いい天気だ。絶好のデート日和だ。
予約していた今晩泊まるホテルで汗を流し、美容院に繰り出して髪形をばっちり決めてきた。
ジムチャレンジの開会式もあるので、身なりを整えるのも不思議ではあれど不自然じゃないが理由は違う。
気分は最高潮だった。明日からジムチャレンジで、今日はグローリアとデートだ。これでテンション上がらなければ男じゃない。
待ち合わせ場所のカフェを探し出したのは1時間前、おっかなびっくり席に案内され、メニューから適当にブレンドティーを頼んだ。慣れないカフェで、どぎまぎと過ごす。
「随分早いんだね。お待たせしちゃったよ。ひさしぶり、ホープ」
「今来たところだから、気にしなくていいぞ」
時計を見ると、まだ待ち合わせの30分前だった。グローリアも、自分と同じように早めに来てくれたのだろうか。そうだとしたら嬉しい。
今日のグローリアは会うたびに異なるオシャレなメガネ―――今日はシルバー×ピンクのハーフリムサングラス―――に、落ち着いたグレーで色をそろえたワンピースとキャスケット帽を身に着けていた。大人びた印象に、ピンクのクリアなサングラスの光沢が鮮やかだ。家の居間で母さんのファッション雑誌が転がっていることがあるが、まるでそこから飛び出してきたようなのに、違和感なく着こなしている。
「今日もグローリアはおしゃれだな。サングラス、ばっちり決まっているぞ」
「ホープは気づいてくれるんだね。このサングラスはお気に入りなんだ。うれしいよ、ありがとう。ホープも、美容院にいったばかり?」
「気づかないやつがいるのかよ。ああ、今、切ってきたばかりだぞ。明日は開会式だからな」
美容院にいってきたばかりと気づかれて照れくさい。思わず、目をそらしてしまう。
グローリアは店員を呼び止めると、メニュー表を見ずに、さらりとダージリンとスコーンを頼んでいた。カフェの定番メニューを頼む様子に慣れを感じて、自分がわたわたと注文していたところを見られなくて安堵する。本当に、早く来てよかった。
「なあ、あそこのお客さん、ミミッキュを連れているぞ」
「そうだね、めずらしいね」
ここはポケモンの同席がOKな店で、カウンターのそばのお客さんがピカチュウを模した布を被ったポケモン、ミミッキュを連れていた。ワイルドエリアで霧の日にごくまれにしか現れない、とくせい『ばけのかわ』を持つ強力なポケモンだ。このジムチャレンジ期間中に出会うことがあれば、ぜひ捕まえたい。
そんな話をグローリアと話しながら、ふと気になった。
「ミミッキュって、どうやって食べるのかな?」
ミミッキュの顔に口はあるが、絵で描かれたものだ。まさか、口のところだけ開くのだろうか。それとも、ゴーストタイプだから『すりぬけ』るのだろうか。
「ちょうどスコーンを分けてもらうところみたいだよ」
見ていると、ミミッキュの服の裾から黒い影の触手が出てきて、スコーンを掴んでひっこんだ。視線を感じたのか、ミミッキュがこちらを振り向く。
ミミッキュはデリケートなポケモンだ。特に、布の中を覗かれるのを嫌う。配慮が足りなかったと反省して、見るのを止めた。
「そりゃ、そっかって食べ方だったな。オレは布を通りぬけるのかと思ったよ」
「なにそれ。私、『れいかいのぬの』持っているけど、そんなことはできないよ」
「サマヨールをヨノワールに進化させるってやつか! すごいなそれ。どうやって手に入れたんだ?」
「信じてくれないかもしれないけど……」
グローリアが教えてくれたのは、女の子の幽霊からもらったという話だった。
街で会った『おんなのこ』に手紙を託され、届けにいったら相手の『おとこのこ』はお爺さんだった。お爺さんの話では手紙の相手は、子供のころの病弱だった友達だという。驚いて『おんなのこ』がいた場所に戻ったら、『れいかいのぬの』が落ちてきてどこからともなく「ありがとう」と聞こえたらしい。
「不思議な話だなー。女の子は病気で死んじゃったのに、ずっと『おとこのこ』に手紙を渡したかったんだな」
「ね、ホープはこの話、どう思う?」
「うーん、おじいさんは女の子の真相を知って、墓参りしてあげればいいと思ったよ。そういうグローリアは?」
「私はこれでよかったんだと思うよ。だって、『おんなのこ』は大切な手紙を、ちゃんと『おとこのこ』へ渡すことができたんだから」
変わらない幽霊の『おんなのこ』と、年を取った『おとこのこ』。
お爺さんは女の子が亡くなったことを知れたのかと妙に気になった。
ダージリンの香りが漂うカップを、グローリアはソーサーに戻した。音は聞こえなかった。
「予定があるから、そろそろ行くね。あと、実はプレゼントがあるんだ」
「これは『きせきのたね』……?」
グローリアから差し出された包みを開くと、中からくさタイプの強化アイテムが出てきた。
手持ちはヒバニーとワンパチだ。すぐに使えるようなものじゃない。
「うん、そうだよ。ヒバニーはほのおタイプで水タイプには弱い。ジムチャレンジの中で、くさタイプのポケモンを育てることもあるかなって」
嬉しかったけれど、同時に悔しさと焦りが同時に胸の中で燃えた。
父さんがポケモンの研究者で、師匠のダンデ叔父さんは元チャンピオンだ。同世代の中では、ポケモンに詳しいのに、グローリアにはかなわない。話があって楽しいし、笑うグローリアを見ているだけでテンション上がる。プレゼントはもらえたのは嬉しいし、自分のことを知ってもらえているのも良い。
けれど、これは違う。同じジムチャレンジャーなのに、ライバルと見られず、自分が完全に下に見られている。確かにポケモンバトルで勝てたことはないが、負けっぱなしでいるつもりもない。
そして最後に直感だ。唐突なプレゼント。よそよそしげな態度。明日も開会式で会うはずなのに、まるでもう会わないと言われているような気がした。
覚悟は決まった。いつかは伝えようと思っていたことだ。
「ありがとう。そして突然だけど、聞いて欲しい。オレは君が好きだ! ポケモンバトルで勝ったら、付き合いたい!」
「まさか、告白されるとは思っても見なかった」
きょとんと、放心したような表情をしていた。いつもすました顔でいるから、崩せたことが心地よい。このまま押し切る!
「だって、好きだからな。グローリアといると、ドキドキするんだ」
「そっか、告白って、そんなに簡単なことだったんだ」
噛みしめるように、グローリアは言った。まるで泣いているようにも見えた。
なんでそんな表情をするのか、わからない。
そして、わからないことに胸が苦しくなる。
「ホープのことは嫌いじゃないよ。だから、言う通りにしてあげる」
グローリアはサングラスを外して、真っ直ぐ見つめてきた。
「私をバトルで負かせてみせてよ」
強い言葉のはずなのに、まるで縋るような弱弱しさだった。
翌日の開会式で、オレは言葉の重みを知った。