過去の話です。
無限の欠片
のどかな昼下がりのハロンタウン。
ガーデンテラスの一席に座って、ソニアはノートにメモを取っていた。
そばの芝生では、3歳になったばかりのホープをザシアンが構っている。
そこへホップがトレーにお菓子とお茶を持ってきて、ソニアの横に腰かけた。
「もう日差しが強くなってきたから、お茶に氷を入れて持ってきたぞ。ホープはザシアンに遊んでもらえて楽しそうだな。ソニアは何を書いているんだ?」
「ありがとう。ザシアンを見ていたら、ちょっと思いついてね。メモ書きなんだけど、よかったら見てくれない?」
「んー、なになに?」
ホップがソニアから、ノートを渡された。
1ページ目
・ザシアンが持つ『くちたけん』はどこから来たのか。
・ザマゼンタも同様の『くちたたて』を持つ。
・『もちもの』として持たせると、ダイマックスポケモンへの特攻を持つ技が使用可能
・同様の効果として、ムゲンダイナの『ダイマックスほう』がある
・ムゲンダイナは素の状態で、自然にこの技を使える
・もしかして、『けん』と『たて』はムゲンダイナに由来する代物ではないか
2ページ目
・『くちたけん』は朽ちる前はどんなものだったのか
・外国語に『矛盾』という言葉がある
・なんでも切れる剣は朽ちた剣へ
・なんでも防げる盾は朽ちた盾へ
3ページ目
(破れている)
「んー、1ページ目は何となくわかるけど、2ページ目はなんなんだ? さっぱりわからないぞ」
「外国にね、矛盾って言葉があるのよ。簡単にいうと、なんでも貫く矛と、なんでも防ぐ盾は同時に存在しえないって話。朽ちる前はどんな剣だったのかなー、すごい剣だったのかなー、例えばなんでも切れる剣かなー、って連想してって、盾と繋がって思い出したの」
「ちょっと強引な話じゃないか? ちなみにこの破れた3ページ目はなんなんだ? 重要な話が書かれてそうで気になるぞ」
「ふっふっーん、正解はこれ」
「なんだこれ。確か、メビウスの輪ってやつか?」
ノートを切った紙で作ったリングをホップは受け取った。紙のリングは途中で捻じれている。文字は書かれていなかった。
「そ。メビウスリング。表と裏が両立する矛盾そのものよ。そしてこれは三次元的にみると、無限を示すマーク、∞になるの。完全と循環を示す輪を、切ると不完全になり、繋げると無限となる! つまり、『くちたけん』と『くちたたて』は無限の力のためのキーパーツなんだよ!」
「ソニア、ご機嫌だな! オレも楽しくなってくるぞ。けど、いくらなんでも、それはこじつけ過ぎだぞ」
屁理屈をこね回して楽しそうなソニアに、ホップは苦笑した。
「うぁぁああああああああん」
ホープの鳴き声が響いた。ホップとソニアが瞬時に顔を向けると、転んで泣いていた。平地なので、怪我は大したことがなさそうだ。
そばでザシアンがオロオロと回っている。今、話題にしていた小難しい話とは程遠い、平和な光景だ。
「おいおい、泣くなよ。ホープ。父さんがおやつもってきたところだぞ」
「! 僕、お菓子食べる! 行こー、ザシー」
舌足らずゆえにザシアンと言えないホープだが、すぐに泣き止んで、大好きなザシアンを引っ張って走る。ザシアンは接触しているせいで、下手な動きでホープを転ばせないように気を付けてついていく。
ホップとソニアは何とはなしに見つめあい、笑った。
夜のとばりが落ちた窓の外へ、ザシアンが鋭い視線を向けている。
「ザシアン……。本当にいっちゃうんだな」
ホープを寝かしつけた、ホップとソニアがやってきた。
ホップの問いかけに、ザシアンはこくりと頷く。
「ねぇ、やっぱり気のせいじゃないの? ここ最近自分を見ている視線があるって。何も出ていくことないじゃない。悪いやつならやっつければいいでしょ」
ふるふる、とザシアンは首を振った。そして、ホープが眠る部屋を鼻で指す。
幼子がいる場所で、争い事を起こすわけにはいかない。それくらいなら、自分が出ていく。揺らがないザシアンの態度に決意の強さが表れていた。
「そっか。ホープのことを気にかけてくれてありがとうね、ザシアン。なら、ホープが十分大きくなったら帰ってきなよ。待っているわ」
相手の正体はわからないし、これで終わりとも限らない。ブラックナイトを経て、ザシアンは有名になってしまった。チャンピオンならともかく、何の変哲もない民家に住んでいたら、有象無象がちょっかいをかけてくることは想像にたやすい。
ザシアンは強く、ホップもソニアも腕に覚えがあるが、ホープが戦いに巻き込まれないとも限らない。
ホップはザシアンに語り掛けるために、座り込み目線を合わせた。
「ザシアン、俺たちはお前のことを家族だって思っているぞ。傷ついたり、寂しくなったら、必ず帰って来いよ。なんてったってここには、世界中の困っているポケモンを助けるポケモン博士がいるんだからな!」
ザシアンは知っているというように吠えた。