決まりきった結末を語る必要はない。
ユウリがチャンピオンであるということは、ガラルで最強ということだ。
ダンテたちのポケモンは一蹴された。
止められる者は誰もいなかった。
残心として息を吐き、ユウリは空を見上げた。
時計塔の外壁は、ムゲンダイナの解放とダンデたちとのバトルで崩れ落ちていた。
夜風を遮るものは何もなく、時計塔の頂上でもある場所からは水平線まで夜空が赤く染まるのがよく見えた。
ぱち、ぱち、ぱち。
乾いた拍手の音が響く。
「や。さすがチャンピオン。見事なバトルだったよ。強化されたムゲンダイナがいたとは言え、鎧袖一触だったね」
現れたのはムゲン団、団長ローズだった。
「ローズさん、儀式の結果はどうですか?」
何事もなかったかのような落ち着いた声で、ユウリはローズに声をかけた。
「もちろん、上手くいったとも。すべて君のおかげだ。外敵を全てなぎ倒し、必要な物を揃え、ムゲンダイナを暴走させることなく、完璧に開放してくれた。感謝してもしきれないよ」
「ローズさんが設立したマクロコスモスと、ブラックナイトのデータ、そして貴方がなければ、こうはいきませんでしたよ」
ユウリがCEOとして就任していたマクロコスモスは、ガラルの各地にワイルドエリアのポケモンの巢を模した制御装置を中継としたエネルギーネットワークを構築していた。
ムゲンダイナの強大な力を制御するためのバックアップ、その副産物としての各地でのダイマックスエネルギーの蓄積。
ブラックナイトとガラルの王族が起こした事件を踏まえて、ダイマックスのエネルギーが漏れないように内に籠る仕組み。それに加え、ポケモンに影響を与えるレベルに達するならば、ネットワークを伝わって余裕がある個所に逃がしつつ、ダイマックスエネルギーを 周囲に拡散させ濃度を下げる仕組みを取り入れている。
もっともその拡散させる効果で、周辺が赤く染まる事態になっているのだが、具体的な影響がないので問題ないはずだ。
「ムゲンダイナの無限の力がガラル中に満ちて、各地のねがいぼしが励起している。この光景がずっと見たかったんですよ。真のブラックナイト……いや、色から言ってクリムゾンナイトですかね。これで将来的にガラルを襲うはずだったエネルギー問題は解決しました。ガラルの未来は明るい。もう、私に悔いはありません」
過疎化が進んでいたスパイクタウンでも、今ならばダイマックスできるスポットができるだろう。
溢れだしたエネルギーは土地に染み込み、蓄積され、今後も尽きることはないはずだ。
「かつてダンデくんと協力できたなら、あるいはブラックナイトの時点で辿り着けたかもしれませんが……もはや感傷ですね。さて、ムゲン団を団長として取り仕切っていた私からお伝えしたいことがあります」
「どうしたんですか、改まって」
悪い予感がユウリを襲う中、さらりとローズは告げる。
「ムゲン団総帥、ユウリ。過去を変えることは、現実的に難しいと言わざるを得ません」
爆弾は炸裂した。
「他の地方の伝説、ウルトラホールの理論からして、ムゲンダイナに過去を変えるだけのポテンシャルは間違いなくあります。ムゲンダイナが伝説として司るのは、無限のエネルギーです。それはこの光景を見てもわかるでしょう」
ガラル各地に、ダイマックスの赤い光が溢れ出している。
ムゲンダイナというたった一体のポケモンの力が、ガラルという広大な土地を巡り活性化させている。
「ガラルのエネルギー問題どころか、宇宙の熱的な死すら覆しかねない、伝説の中でも最上級のポテンシャルでしょう。
ですがね、あくまで『無限のエネルギー』を司るだけで、万能なわけではない。むしろ無限のエネルギーを溢れさせ周囲に影響を与えるだけの不器用なポケモンですよ。力は溢れているのに、何もできない」
「……前に、そのときはムゲンダイナが2体いるほどのエネルギーがあれば、世界に穴を開けて、そのまま歴史を、因果律を曲げられるって言っていたのは嘘だったんですね」
我慢ができないとばかりに、ユウリは怒りに歯を食いしばりながら問い返す。
気の弱い人ならば失神しそうな気迫だが、ローズの雰囲気は穏やかだ。
「嘘ではありません。まさにそこが本質です。
『くちたけん』と『くちたたて』によるダイマックス、ねがいぼしをバックアップとした工程は、ムゲンダイナの蛇口を広げていただけです。それだけじゃダメなんですよ。
他の物や人の意思がある程度の影響を与えることは確認できていますけれど、破壊やエネルギープラント以外に本格的に運用するには、指向性を定めるための力が必要です。無限の力に干渉できるのは無限の力だけ。
……つまりもう一体、ムゲンダイナが必要です」
「2体のムゲンダイナって、ふざけているんですか」
「残念ながら事実です。計画では君の意思をトリガーとして、過去に飛ぶことになっていましたけれど、手ごたえはないでしょう?」
さて、と一つ息を吐いて、ローズは襟を正す。
「こんなことを黙っていたんです。私のことは好きにしてくれて結構。
……今回のことでマクロコスモスとムゲン団のつながりは明らかになりますし、同時に大きな利権が得られました。傷ついたムゲン団のメンバーが、心の傷を癒すだけの時間と環境を用意できます。
時間は全ての傷を癒すでしょう。
過去に戻れるなんて話があるから、そこにしがみついてしまう。団長である私だからこそ言いますが、ムゲン団は解散させるべきです。
私が団長として、動いていた記録はまとめてあります。そして、チャンピオンと総帥の繋がりを隠すため、君のことは元々残していません。
ダンデくん達にはばれているせいでポケモンリーグ側の調整は必要ですが、正義のチャンピオンとしても、組織の裏切り者を裁く総帥としても、貴方が私を裁けば収まるべきところに収まるシナリオは手配しています。
……落としどころとしては、それでいいのではないかね?」
いまやローズは本性をさらけ出していた。
未来しか見ない殉職者。ユウリはローズのことをわかっているつもりで、甘く見ていた過去の自分を呪った。
ここまで取り返しがつかないほどに話を広げ、勝ち逃げしようとしているローズがどうしようもなく許せない。
怒りがユウリの頭を沸騰させていた。
「ムゲンダイナァァァァアアアアアアアア!!!」
何もかも消えてしまえ。願いを込めたユウリの絶叫に呼応し、ムゲンダイナの全身が激しく明滅する。
「やれやれ、こうなってしまいましたか。おや……」
今にも『ダイマックスほう』が放たれようとしている中、ローズは穏やかに微笑んでいた。
こうなることは十分予想できていて、用意はできていた。心残りがあるとすれば、オリーヴのことぐらいだ。
ローズを守るように、光の中を人影が飛び出した。
オリーヴかとローズは一瞬焦るが、別人だった。
さっきまでうずくまって、動けなくなっていたマサルだった。
手には、記憶喪失で倒れていたときから持っていた、空のモンスターボールが握りしめられていた。
ユウリに強い意志が宿る視線を向け、空へと叫んだ。
「こい、オレのムゲンダイナ。ムゲンダイビーム!」
マサルの背後の空間が溶け落ち、歪み、穿たれる。
穿たれた穴から飛び出したのは、もう一体のムゲンダイナだった。
マサルの指示に呼応し、ダイマックスし、ムゲンダイビームを放つ。ユウリのムゲンダイナが放ったダイマックスほうとムゲンダイビームが激突し、爆音とともに暴風が巡った。
誰も夢想だにしていなかった、2体のムゲンダイナの対峙。
それが現実となっていた。