姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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12 縁は異なもの味なもの

―――――

 

 

 

 それは二日目の昼休みの、辻垣内智葉のとある一言に端を発する。

 

 「意外と播磨のヤツは笑うとかわいい顔をしているぞ?」

 

 いったいどんな話の流れでそんな発言が飛び出たのかなどもうどうでもいい。たまたま昼食の席に同席していた漫と絹恵はお互いに目を見合わせて驚いた表情を浮かべていた。今にも目玉が飛び出そうなほどに目を剥いている。そんなことを言い出した辻垣内智葉は固より、そうなんですか、と呑気に相槌を打っている郝慧宇も知らないだろう。播磨拳児は姫松高校に通いだしてから少なくとも麻雀部員の前で笑ってみせたことなどないのだ。口の形は常に真一文字かへの字であって口角が上を向いたことなどない。それどころかついぞ空笑いの声すら聞いたことがない。

 

 これは由々しき事態である。先日の真瀬由子女史による発言の影響があるのかどうかは定かではないが、これは何か女子の沽券に関わる問題に発展する可能性を秘めた話題であると姫松の二年生コンビは認識していた。具体的には女としての魅力においてハコワレに追い込まれているかもしれないのだ。別に部内に拳児に惚れている者がいるというわけではない。それはそれで想像したくはないのだが人の心とは不思議なもので、それを素直に認めるわけにはいかないのだ。

 

 「あ、ということはそのとき彼はサングラスを外していたのですか」

 

 おそらく肩まで届くであろう髪をつむじの辺りでお団子に結っている中国出身の少女、郝慧宇が二年生コンビにとって核心となり得る問いを投げかける。この場では余談であるが、彼女は昨年の十五歳以下のアジア大会で銀メダルを獲得するほどの実力者である。今年からインターハイに姿を見せる選手の実績としてはずば抜けたものだ。それと今の質問の精度に関係があるかは誰にもわからないことではあるが。

 

 「ああ、夜に外でサングラスをかける道理もないしな」

 

 「昨日サトハが見つからないと思っタラ、外に逃げてたんでスカ」

 

 「ちょっ!? サングラスも、ええ!? 外て、外ですか!?」

 

 もはや何を言っているのかわからない。高校三年生が、それも十人いたら十人とも認めるような美人と元裏プロが外で逢引きなんて、漫にとってはそんなの反則である。合宿という僅かな期間で離れてしまうふたりが惹かれあうなどという少女漫画的な展開まで想像してしまいそうだ。わりと近年の少女漫画が過激であることを考えると漫を責めるのは酷というものだろう。拳児がサングラスを外していたというのも聞き逃せないことである。もしそれが本当だとすればまたもや姫松高校は後れをとっていることになる。いったい何に対してのものかは知るところではない。

 

 「ああ、私が外で星を見てたら播磨が来たんだよ。ひとりで涼むつもりだったらしい」

 

 「何かお話でも?」

 

 「ん、まあ、……ああいや、秘密にしておいたほうがいいか」

 

 智葉は昨日の月の下での会話の内容を思い出し、それを明かさないことに決めた。それは全くの善意であった。隠すようなことではないがひけらかすようなことでもない事柄を、当人でさえない自分が話すことではないと考えたのだ。また拳児に聞いたところによれば姫松の部員たちは見事に勘違いをしているらしく、そこで自分が余計なことを吹き込んでも混乱させてしまうだけだということを理解してもいた。だから智葉のこの判断は英断と言われるべきであって、文句を言われる筋合いのものではない。

 

 しかし、非情なことにそれとその判断が周囲にどのように捉えられるかということに対して何の関係も持ってはいなかった。

 

 「……サトハもお年頃ってやつでスネ」

 

 「どういうことだ?」

 

 「思春期のふたりが夜に密会して秘密の話となれば、もうそういうことかと」

 

 「……はぁ。あまりバカなことを言うもんじゃない。そもそも昨日のは偶然だ」

 

 メガンと郝の追撃に、やっと自身の言葉の持ちかねない意味に気付いたのか智葉は即座に否定の意を伝える。しかしそんなものはいったん火のついた女子の思考回路には燃料にしかならないものである。否定もアウト、肯定はもっとアウト、逃げ場などどこにもない。こうなってしまえば我慢して事態が過ぎ去るのを待つしかない。

 

 「え、でもさっき播磨さんの笑ったカオ見たって言うてましたよね」

 

 「別に仏像でもないんだから笑わないなんてこともないだろう」

 

 「いえ、私ら一回も播磨さんの笑うとこ見たことないんですけど……」

 

 思わず智葉は額に手をやった。いったいあの男は普段どんな生活を送っているのかと問い詰めてみたくなる。愛宕洋榎や末原恭子の話によれば人当たりは悪くないらしい。しかし目の前の少女が言うには一度も笑顔を見せたことがないらしい。両者に矛盾はない。だがギリギリだ。笑顔のない不良風味の人当たりがいいと言われて信じる人間のほうが少ないだろう。

 

 これは間違いなく面倒なことになる、と智葉は確信した。規模は最低でも同席している郝慧宇とメガン・ダヴァン。このふたりがこれをからかいのネタに使うことは容易に想像がついた。ただしこれはすべてが智葉にとって都合のいい方に動いた場合である。おそらく上重漫と愛宕絹恵の様子を見るに、この話は姫松へと広まるだろう。噂話で留まればまだいいほうだ。まかり間違って周囲がしてはいけない勘違いをしてしまえば、いよいよ面倒なことになる。だから智葉はこの場ではこう言い続けるしかなかった。

 

 「あのな、昨日の今日だぞ? そんなことになるわけがないだろう」

 

 「テレなくてもいいんでスヨ、サトハ。大人になるには大事なことデス」

 

 「縁は異なもの味なものと言いますし」

 

 「郝、おまえ中国出身だよな?」

 

 早くも女子高生らしいやり取りが始まった途端、漫と絹恵が立ち上がり、脱兎のごとく駆け出した。智葉が先ほどから感じていた頭痛がわずかに深まった。このままいけばおそらく播磨拳児にも何らかの影響が出るだろうが、智葉はフォローを入れることを選ばなかった。こういうイジられる立場に立つのは生まれて初めてのことで、既になんだか疲労してしまっていた。

 

 

―――――

 

 

 

 姫松高校麻雀部の鉄則。それは何かあったらとりあえず末原恭子に相談することである。以前もこの奇妙な風習のせいで彼女は散々な目に遭った。もっとも記憶に新しいものでは、口下手で有名なトッププロが姫松を訪れたときのことだろうか。一介の高校生が不機嫌そうなプロを相手に何ができるかと聞かれれば、せいぜいが怯えるくらいである。結果的には拳児が来ることでその場は収まったが、恭子からすれば洒落になっていない状況だったのだ。さすがの彼女もそのときばかりは癒しを求めたものの、最終的には立ち上がってみせた。その精神力の強さと恭子ならなんとかしてくれるという信頼がこの悪循環を作り上げていることに彼女自身は気付いていないのだが、それはまた別のお話。

 

 

 「す、末原先輩!」

 

 「なんや漫ちゃん、絹ちゃんも。練習まではもうちょっとあるけど?」

 

 恭子には他人に比べて食事がゆっくりなため、食器を戻すタイミングも遅い。そのためちょうどひとりで食器を持って歩いていたのだが、そこで漫と絹恵に捕まったのだ。

 

 たしかに学校の食堂としては広いが、別に何百メートルもあるわけでもない距離をわざわざ走ってきた二人に恭子は訝しげな視線を送る。今日は合宿の四日あるうちの二日目だ。チームとしての問題点に気付いて報告するにしても個人的なアドバイスを求めるにしても夜にすればいい話で、別にこんな中途半端な時間に持ってくる必要はないだろう。

 

 「いや、ちょっとハナシがあってですね……!」

 

 漫の語調にはずいぶんと力が入っているように見える。めずらしく真面目な話なのだろうか、と思案してみるがそう判断するのも早計な気がする。絹恵がなぜか動揺しているようで、ちらちらとどこかを窺うような仕草をしてはこちらを見て頼りなげに笑っている。まったく見当もつけられないので、仕方なく恭子は話を聞いてみることにした。

 

 「まあええけど……。で、いったい何の話?」

 

 「お、驚かんとってくださいよ?」

 

 「そんなん聞く前にわかるわけないやろ」

 

 漫は一呼吸置いて絹恵と目を見合わせたあと、真面目な顔をして言った。

 

 「は、播磨先輩と辻垣内さんがデキたかもしれません」

 

 てっきり合宿の場での話なのだからどうあっても麻雀の話なのだろうと思っていた恭子の思考はあまりにも予想外の角度からの砲撃に、比喩でもなんでもなく思考停止に陥っていた。

 

 三秒ほど経って開いた口が塞がり、ようやく入ってきた情報を脳で処理できるまでに回復した。音と蒸気が出そうなほどに必死で頭を回して、様々な方面から検討を図る。想定外の事態にも即応してみせた恭子の修正ならびに対応能力は手放しで称賛されるべきだろう。

 

 「……すさまじいインパクトやったわ。冗談として優秀やで、漫ちゃん。絹ちゃんもな」

 

 「ええと、先輩、冗談とちゃうんですよ」

 

 「えっ」

 

 「末原先輩は播磨さんの素顔見たことあります?」

 

 どうやら恭子の分析は外れていたらしい。漫だけならまだしも絹恵からこんな質問が飛んでくるようではいよいよ真実味を帯びてくる。もちろん恭子は拳児の素顔など見たこともない。どころかサングラス姿が当たり前のものになりすぎて、あれを素顔と認識しかけていた。改めて思い返してみて、恭子は感心したように言った。

 

 「……いや、ないわ」

 

 「あれ、ていうか末原先輩めっちゃ冷静ですね」

 

 漫の声色はなにか予想が外れたかのような残念そうな色を帯びている。

 

 「なんで私が取り乱さなあかんねん」

 

 「えっ、だって播磨先輩と辻垣内さんですよ!? ええんですか!?」

 

 「別に事実やったとしても自由にしたらええやろ。……あ、でも外に漏れるのは面倒やな」

 

 由子から何もないとは聞いていたものの、それでもきっと恭子と拳児の間に何かがあると勝手に思い込んでいた漫は肩すかしを食らったような気分だった。漫からすると、ここで恭子が何らかのわかりやすい反応や行動を見せるのが正しいかたちである。そうなってくれないと何も始まらないからだ。この期に及んでも誰も拳児に確認しようとしないあたり、彼の本来の扱い方というものを本能的に理解しているのかもしれない。

 

 絹恵の感想は漫とは違っていた。男らしい恭子のセリフに尊敬の念を強めると同時に妙な安堵を覚えてもいた。かたちとしては非常に奇妙なものかもしれないが、姫松の麻雀部の活動は安定しているのだ。恭子の発言の方向性次第ではそれが壊れてしまう可能性もあって、漫のように無邪気に残念がることは絹恵にはできなかった。というか智葉と拳児の関係の問題はまったく解決していないのでほっとするも何もないのだが。

 

 

―――――

 

 

 

 ( それにしても不思議な話ですね )

 

 智葉の件の真偽は別にして、郝は卓上の河を眺めながら播磨拳児について思いを巡らせていた。事前に聞いていた情報では姫松高校は関西どころか全国でも指折りの強豪であり、またこの合宿で実際に卓を囲んでその能力の高さを体感した。そんな素晴らしい高校に何の前触れもなく高校生の監督代行が現れたというのだから、郝でなくとも興味が湧くのは仕方のないことと言えるだろう。しかもその姫松の選手たちから聞いたところによると、ついひと月ほど前にふらりとやってきたのだという。だがその割には選手たちの信頼は厚いようで、そのことがさらに郝に疑問を抱かせた。

 

 現在の郝の拳児に対する評価は智葉のいいひと (これは本人が強く否定しているが) であるということと、あとはただのチンピラぐらいのものである。自身と同い年のネリーがやけに懐いていたような気がするが、彼女は気まぐれなところがあるので何とも言えない。おそらく姫松の選手たちを納得させるほどのものを持ってはいるのだろうが、それが見られない限り郝は拳児に対する評価を変えるつもりはなかった。余計なことを考えながら打っていたため、不必要なところで振り込んでしまい、彼女はため息をついた。

 

 

 よくよく見なければわからない程度に不満そうな顔をして、郝は次の対局をどうしようか考えていた。先ほどの半荘はあの不注意な振り込みのせいでトップが取れなかったのだ。それでも彼女の不満はどちらかといえば自身に向かうものであって、そのストイックさは臨海女子の間では有名である。とはいえ彼女がその不満をほとんど表面に見せないのにはまた別の理由があった。

 

 さて今度は誰に声をかけようかと思案していたところで、背後から野太い声が響いた。

 

 「オウ、ちっといいか」

 

 言いがかりであることに違いないが、そこには先ほど郝が振り込んでしまった原因の男が立っていた。それにしても彼から声をかけられるようなことなどあっただろうか。

 

 「ええ、構いませんが」

 

 「あー、オメー名前は?」

 

 「郝です。郝慧宇」

 

 「そうか、俺ァ播磨拳児だ。別に忘れてくれても構わねー」

 

 何の冗談だ、と郝は内心で毒づく。いま日本で一番注目されている男子高校生の吐くセリフとはとても思えない。それともこれは日本流の謙虚なウィットというやつなのだろうか。

 

 「でよ、オメーさっきなんで手ェ抜いてたんだ?」

 

 ぴしり、と郝の身体が硬直する。

 

 「……なんのことでしょう」

 

 「別に責めてるわけじゃねーよ、単に気になっただけだ。そういう練習があんのか?」

 

 郝慧宇の麻雀における技術はほとんど理不尽な領域に達しつつある。彼女はアジア大会で二位に輝いた実績を持っているが、それはそもそも彼女の実力を反映したものではない。郝慧宇の故郷は中国であり、そのため彼女の馴染んだ麻雀は世界で流行しているものとすこしルールの違うものであった。いわゆる中国麻将である。役から何から違う世界で戦ってきた彼女はまだ世界のルールに順応する前にアジア大会に挑み、そして銀メダルを獲得したのだ。その対応力と圧倒的なセンスは想像を絶するものであり、またその頃に比べて世界のルールを理解し始めた郝の実力は日を追うごとに伸びている。もはや全力で打つとなると臨海女子のレギュラー陣、あるいはそれに即した実力を持った相手でなければ話にさえならない。だから彼女は普段打つときにはある程度実力をセーブして打つようにしていた。

 

 なにより大きな問題は見抜かれたという点にあった。麻雀において手を抜いたことを看破するのはほとんど不可能に近い。なにか異能を持っているのに使わないだとかそういうはっきりした原因があるのなら話は別だが、郝は純粋に技術のみで打つタイプであった。仮に大真面目に手を抜いているかどうかを判別するのなら、気の遠くなるようなデータを集めてからでなければ違和感すら抱けないはずなのだ。しかしこの男はさもそれが当たり前であるかのように言及した。

 

 「どうして私が手を抜いていると?」

 

 「んなモン見てりゃわかんだろーがよ」

 

 なんのことはない。ただ彼女は播磨の強者レーダーに引っかかったのだ。ケンカの世界で磨かれたそれは強豪麻雀部という環境に置かれることによって、少しずつ麻雀に特化したレーダーとして育ちつつあった。もともと相手が全力でケンカをしているかを見抜くことは拳児にとって朝飯前のことだった。それを麻雀に転用できたとして何の不思議があろうか。

 

 しかしそんなレーダーの存在など知らないどころか想像すらしたことのなかった郝は、ただただ驚愕するばかりであった。コーチングのできそうな若い女性がいるのに彼女を差し置いて監督代行を務めているというのにも納得がいってしまった。長くても半荘程度見ただけでそのプレイヤーが手を抜いているかどうか見抜ける人間など、正直なところ本国中を探してもいないのではないかと郝には思えた。怪物はいるところにはいるものである。

 

 「(ラオ)、とお呼びしても?」

 

 「……よくわかんねーけど好きにしろ。で、なんで手ェ抜いてたんだ?」

 

 「いえ、とくに意味はありません」

 

 「ふーん。ま、そんならクセになんねーように気をつけな」

 

 そう言って立ち去る拳児の後姿を彼女はじっと見つめることしかできなかった。真に凶悪なのは外見などではないと理解した。あれだけの眼を持つ男だ、彼自身が卓についたらどれだけの猛威を奮うのか想像がつかない。郝は夏にあるインターハイで臨海女子が負けることを露ほども考えていなかったが、播磨拳児が陣頭指揮を執っている姫松高校は警戒に値すると認識を改めた。

 

 ちょうどそのとき、郝は視界の端にふりふりと長いポニーテールが揺れるのを捉えた。おそらく真剣に高校麻雀でインターハイを狙う者ならば知らない者はいないだろうとされるプレイヤーである。その実力は世界中から留学生を集める臨海女子において最強の名を冠する辻垣内智葉と比肩するだけのものを持ち合わせているとされ、また高校卒業後もプロとしての活躍を既に期待されているほどの傑物である。彼女ならば播磨拳児と打ったことがあるかもしれないと思い、郝は声をかけることにした。

 

 「あの」

 

 「ん、なんや? 打つ相手探しとるんか?」

 

 「それもありますが、ひとつお聞きしたいことがありまして」

 

 「なんやなんやー? スリーサイズと体重以外やったらなんでも答えたるでー」

 

 「あの、ラ……、いえ、播磨さんと打ったことはおありですか?」

 

 それを聞いて洋榎は昨日あった面白いことを思い出すように笑った。

 

 「うん、アイツがうちの高校に来た初日に打ったわ。くく、アイツそこで何したと思う?」

 

 くつくつとこみ上げる笑いを抑えながらいたずらっぽく問いかける。その様子を見るにこの話は何度か聞かれ、またそのたびに話しているのだろう。

 

 「……いえ、わかりません」

 

 「あんな、播磨のヤツな、うちと打っとんのに途中で勝負にならんー、言うて席立ってん」

 

 郝としては生返事を返すしかない。話の先がまだ見えない。

 

 「しかもそのときドベやねんで? 初めは逃げたんかな思うたわ」

 

 「ということは違ったのですか?」

 

 「せやねん。うちもなんやおかしいな思て配牌だけやってみたんや。したらな……」

 

 ごくり、とのどが鳴る。郝はそれが自分ののどの音だと気が付かなかった。

 

 「配牌国士十三面待ちやってん」

 

 「は?」

 

 「せやから配牌国士十三面待ちやってんて。そら勝負にならんわな」

 

 「それは……、その……」

 

 「しかも様子見で打ってたんもバレてたしな、あれ本物やで」

 

 そこまで聞かなくても郝は拳児のエピソードを信じただろうが、洋榎の最後の一言はあまりにも決定的だった。自身とまったく同じ体験をしているのだ。それは播磨拳児という巨怪な像が彼女のなかで完成した瞬間だった。この手のイメージは一度植え付けられてしまえばそれを取り去るのは容易ではない。彼女が拳児に対してのイメージを崩すには少なくとも年単位での時間が必要になるだろう。それが彼女にとっていいことなのかは誰にもわからないことだった。

 

 拳児自身は姫松をはじめとして誰からどんな評価を受けているかなど知らないまま合宿の時間は流れていく。外には千切れ雲が二つ三つと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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