姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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全国編
19 のけものケンヂ(嘘)


―――――

 

 

 

 播磨拳児が真夏の昼下がりの都心をひとりで歩いているのには理由があった。

 

 

 「えっとな~、明日が開会式と抽選会なんは知っとるやろ~?」

 

 郁乃がいつもと変わらない調子で団体戦のメンバーたちに声をかける。これから臨むのは全国大会なのだから多少は緊張してもおかしくないのだが、彼女とその言葉はまったくの無縁であるようだった。そのかわりなのだろうか、洋榎を除いたメンバーたちの表情には緊迫したものがあった。拳児も枠としては郁乃や洋榎と同じである。全国大会だろうがインターハイだろうが不良と名乗る以上はそんな名前にビビっていられないと考えている拳児と、洋榎と郁乃のふたりを同じくくりで見てしまうのは失礼な気がしなくもないが。

 

 「それでな、今日一日を無駄に過ごすんもアレやし調整のために知り合いのプロ呼んどいてん」

 

 おお、と小さく声が上がる。いかに名門と呼ばれる姫松とはいえ、質を問われてしまえばプロと比肩するだけのものを持っているわけではない。個人で見れば引けを取らない選手もいるのだが、調整という観点から見れば格上と打てるというのは大きな利点である。全国大会に出てくるようなプレイヤーを相手に加減をしつつ打てるような人間などそうそういるものではない。

 

 午後の予定を聞いて盛り上がっている団体戦のメンバーを視界の端に収めつつ、拳児はひとりでぼんやりと考えていた。先ほど聞いたとおりにこれからプロがやってきて調整に協力してくれるとして、そうなると拳児にできることは基本的になくなる。卓を囲むことは論外だが、たとえば他の出場校の研究をしようにも郁乃と恭子が既に終えてしまっている。そもそも未だに牌譜や映像から実のある発見をできるほどに拳児は麻雀に成熟していない。拳児が切れるカードとしては、理沙を呼ぶなんていうのもなくはないのだが、仮に呼んだところで状況にマッチしていない上に拳児自体は何もしていないという事実に変わりはない。

 

 自分のいる意味について真剣に悩み始めた拳児の隣に、いつの間にか郁乃が立っていた。普段と変わることなく柔らかい笑顔を浮かべて、興味深そうに拳児を眺めている。眺める対象に選ぶには趣味が悪いと言いたくなるが、そこについて文句をつける筋合いは誰にもないだろう。

 

 「なあなあ拳児くん、ちょこっとええ~?」

 

 郁乃の接近に気付いていなかった拳児は驚いてすこしのけ反った。

 

 「うおっ!? な、なんスか?」

 

 「実は拳児くんにお願いがあってな~?」

 

 血管の透けそうなほどに白い頬の真横にぴん、と人差し指を立てて郁乃は話を始めた。ちなみに郁乃の “お願い” に対して拳児は抵抗の手段を持たない。住居の世話から始まって、麻雀部の監督としての立場のアシストなど今の拳児の生活の基盤を支えてくれているのは彼女であって、拳児にはその恩義を無視するなどという不義理なことはできないのである。

 

 「ホンマやったら私がやらなあかんことなんやけど、この辺の地理を把握してほしいな~、て」

 

 「はァ、地理スか?」

 

 「うん、万が一に備えてのお店屋さんとか病院とか知っておきたくて~」

 

 そこまで言うと、郁乃はすこし照れくさそうに先ほど立てた指で頬をかいた。他の誰がやっても不自然な仕草だが、やはり彼女だけはそれを当たり前のものに見せる奇妙な雰囲気を持っていた。

 

 「でも私、道とか覚えるの苦手でな~? そういうのって男の子のほうが得意って聞くし……」

 

 「いいスよ、そんくれー俺がやります」

 

 聞いた途端にぱあっと郁乃の顔つきが明るくなる。普段から笑顔なのにどういう仕組みでそんな印象を持たせることができるのかはわからないが、実際にそう感じるのだから仕方がない。

 

 手持無沙汰な拳児にとっても何かを頼まれるというのは決してイヤなことではなかったし、また頼られるというのは素直にうれしいことでもあった。それに天満を奪い去った後に東京観光も悪くないのではないか、と浅ましい考えも同時に頭をよぎった。もちろんそんなことを表情に出すような真似はしていないが。もう生活態度だけで見れば不良とは縁遠いはずなのに、その辺のプライドだけはなぜか頑なに守っていた。

 

 

 ちょうど近くにいた絹恵に拳児が声をかけている。おそらくこれから外に出る理由をテキトウに告げているのだろう。そんな様子を横目に郁乃はうんうんと頷いた。

 

 ( 拳児くんおるとどっちも集中し切れん可能性あるしな~ )

 

 

―――――

 

 

 

 ( ……クソ、どうして東京ってえのはこう道が入り組んでやがんだ? )

 

 宿泊しているホテルからの最寄りの駅を中心に歩き回って、薬局などのもしかしたら必要になるかもしれない場所を把握した拳児はまだ街をうろついていた。駅の近くに病院が見つからなかったのである。ほとんど病院の世話になったことのない拳児はそういった立地条件などに明るくない。とりあえずホテルからの最寄りの駅の近くには無いのだろうと判断した拳児がちょっと駅から離れたほうへと進んでみたところ、見事に迷子になったのである。

 

 周囲を見渡したところで目に入ってくるのは似たようなかたちをした味気のないビルばかりで、たまらず拳児は舌打ちをする。見つかるのはガソリンスタンドやファストフード店など、どちらかといえば部員たちよりは拳児のほうがなじみ深いものばかりだった。

 

 太陽はまだ高い位置にあって容赦なく地上を照らしている。そんな中を休憩もなしに歩き続けたため、さすがの拳児もそろそろ疲労が溜まってきていた。気が付けば飲み物もろくに口にしていない。万が一のために病院を探しておきながら、脱水症状で病院に運び込まれるなんてことになってしまえばお粗末なことこの上ない。せっかく近くにファストフード店があるのだからと拳児は店に入ることに決めた。

 

 

 時間としてはお昼時をちょっと外したものだったのだが、拳児が考えていた以上に店内は混んでいた。食事よりもむしろ涼んだり話をするスペースを確保するために訪れている客の方が多いように見受けられる。たしかに夏の盛りにわざわざ外で話し込むようなヤツもいるまい、とひとりで納得して、拳児はとりあえず何を飲むかを考え始めた。

 

 目の前がガラス張りの、道に面したカウンター席に着いて拳児はひとつ息を吐く。暑さに対してはそれなりに強いはずなのだが、それでも今日の陽気にはつらいものがあった。世間の風潮に合わせて店内の室温は控えめにしてあるはずなのだが、それでも外との気温差に驚いてしまうほどに外は暑いのである。拳児の席から見える道行く人々はハンカチやハンドタオルが手放せないようで、しきりにその汗を拭っている。がしゃがしゃと氷の入ったコーラをストローでかき混ぜながら外を見ていると、拳児はなんだか変な優越感を覚えた。

 

 とくに実りのあることを考えるでもなく拳児が頬杖をついてただ視線を前に投げていると、ぎ、と軽く隣の席が軋む音がした。別段気に留めるようなことでもない。誰かが隣の席に座ったというだけの話である。だから拳児もそのことを意識に上げることすらせずに、ときおりコーラを飲みながら先ほどの体勢を維持していた。

 

 「えっ、あれっ? ひょ、ひょっとして、播磨拳児さん? ですか?」

 

 矢神でもなく姫松でもないこの東京の街で自分を知っている人間などいないと思っている拳児は心の底から驚いた。ストローから口に入ったコーラが逆流してむせる。声のした方に顔を向けると形容しがたい雰囲気をまとった女性が座っていた。それこそ浮世離れというか、この世のものではないような。まず、服装が全体的に夏のものとは思えない。学校の制服だろうことに違いはないが、どう見ても冬服である。このクソ暑いと言ってもいいような天気の中を黒いブレザーにロングスカートで歩こうという考えを持つ人間はきわめて少数だろう。というか拳児からするとそんな人間が存在するとは到底思えなかった。

 

 「あ? なんで俺のことを、……って、ん?」

 

 「わっ! いきなり有名人に会っちゃった! ちょーラッキーだよー!」

 

 確認するや否やうれしそうに奇妙な動きを始めた長い髪の女性を、今度は拳児が首をひねりつつじっと眺めはじめた。

 

 「ちょっと待て。アンタの顔どっかで見たことあるような……」

 

 必死に記憶の棚を探る。人の顔と名前を記憶するのが得意ではない拳児が、普段から会っているわけでもない人に対して引っかかりを覚えるのは非常に稀なケースである。ひどいときには一年を共に過ごしたクラスメイトの顔を見ても首をかしげることがあるほどなのだ。失礼な話だが拳児は未だに姫松高校麻雀部 (とくに一年生) の名前を把握しきっていない。そんな男が額に手のひらを当てて唸り声を上げ始めたところでその効果は怪しいところである。

 

 「え? あ、岩手の宮守高校から来ました姉帯豊音です!」

 

 拳児とは対照的に彼女の顔には喜色が満ちていた。感激、という言葉を表情だけで表現するならばこれ以上のものは見当たらないと思わせるほどのものである。長い下睫毛がぴん、と張るほどに目を見開いて、自然と笑いがこぼれるような形に口を開けていた。声が若干上ずっているような気もするが、普段の彼女を知らないために拳児にはそこの判断はつかなかった。

 

 「岩手の、宮守……?」

 

 拳児の記憶探索にもうひとつのとっかかりができた。間違いなく聞いたことがある。それも最近のことだ。姫松が地区予選を突破してからはひたすら他の地区の予選の様子を映像で見たり牌譜で見たり、と学校にいないときでも常に忙しかった。もちろん拳児がそれらを見たところで解析できるなにかがあったわけではないが、映像を通して感じ取れるものは明らかに存在した。そしてたった今出た岩手の宮守という単語は、拳児のそのセンサーが反応したものと同一であった。

 

 ゆっくりと拳児の頭の中で記憶の残滓が集まってかたちを作ってゆく。そう、あのときたしかに拳児は感じたのだ。余裕のある点差の状況で、彼女は。

 

 「……そうだ。決勝の大将戦で抜いて打ってたヤツだ」

 

 「えっ」

 

 豊音の体がぴくりと跳ねる。

 

 「や、別に責めるつもりはねーけどな。戦略とかいろいろあンだろうしよ」

 

 「あ、あはは……」

 

 否定とも肯定とも取れないような、曖昧な反応を返す。豊音からすれば不思議で仕方がないだろう。今や高校麻雀界では超がつくほどの有名人である彼が、隠れて岩手予選に偵察に来ていたとは聞いていない。それに彼女には()()()()()()()があって、その実力を人の前で披露する機会がまったくなかった。だから彼女自身とその仲間たちを除けば豊音が手を抜いていることを把握することなど不可能であるはずなのだ。

 

 拳児がゴールデンウイークに郝とネリーに対して発揮した、強者を嗅ぎ分け、全力を出しているかを見抜く能力は時間とともに、また他の地区の予選の映像を見ることでさらに磨きがかけられていた。対局の結果如何にかかわらず、ただ雰囲気のみで判断するというのだから恐ろしい。しかしそれに反して拳児自身の麻雀の腕は雀の涙ほどにしか上達しておらず、ある意味で言えば宝の持ち腐れに他ならないものであった。

 

 「そーいうのはアンタだけじゃなかったしな。名前は覚えちゃいねーがケッコーいたぜ?」

 

 ( や、やっぱりちょーすごい人なんだ…… )

 

 涼しい店内でこっそり冷や汗をかきながら、意を決したように豊音は拳児に声をかけた。

 

 「あ、あのっ!」

 

 「オウ、どうした?」

 

 「サ、サインもらえませんか!?」

 

 いったいどこに持っていたのか、細く長い指にしっかりと色紙が挟まれ、ご丁寧なことにサインペンまで手にしていた。こうしてお願いをすること自体が相当に恥ずかしいらしく、色紙の位置がだんだんと上がってきて、鼻がすっかり隠れてしまうくらいになっていた。座っているから正確なところはわからないが、印象としては背の高そうな彼女が小動物のようにさえ感じられる。

 

 サイン、という言葉は拳児に過去の夢を思い出させた。塚本天満への恋にささげたと言っていい高校二年の生活のなかで、たったひとつ見つけた自分のための夢。どうしてその道に足を踏み入れたのかさえ憶えていないが、それは播磨拳児という存在を成り立たせる大きな要素にさえなっていた。その道の師匠にも出会ったし、いずれ超えるべきライバルにも出会った。今でこそ姫松高校の麻雀部監督代行なんてことをやっているが、なにかひとつボタンを掛け違えていればその大きな夢に向かって進んでいた可能性も十分にあった。

 

 サングラスの奥で一瞬だけ遠い目をして、拳児は豊音から色紙とサインペンを受け取った。通常であればサインをするのに慣れている高校生などあまりいないはずだが、意外なことに拳児の手はスムーズに動いた。

 

 「じゃあ俺ァこれで行くけどよ、姫松(ウチ)に当たるまでは頑張んな」

 

 そう言うと拳児は氷だけ入った容器と小さなトレイを持って席を立った。これだけ外の日差しが強ければサングラスというものはとても有効なんだろうな、と当たり前のことを豊音は思った。

 

 

 

 「ねね、シロ! さっきね、姫松の播磨拳児さんに会っちゃった!」

 

 「……ああ、高校生で監督やってるっていう?」

 

 ホテルの部屋に戻った豊音が大はしゃぎで声をかけたのは、なんとも気怠げにテーブルに突っ伏した少女だった。シロ、と呼ばれた少女は力なく顔だけを豊音のほうに向けているため、しゃべるたびに頬の肉がむにむにと動く。

 

 「そう! えへへ、サインもらっちゃったんだー」

 

 豊音はシロと呼ばれた少女によく見えるように、彼女の顔の向きに合わせて色紙を突き出した。色紙をじっと見つめたあと、すこし眉をひそめる。それからすこしだけ考えをまとめた後、少女はやっと口を開いた。

 

 「……豊音、それニセモノだったんじゃないの?」

 

 「そんなことないよー、やっぱりスゴい人だったみたいだし」

 

 「いやだって “ハリマ☆ハリオ” とか書いてあるんだけど……」

 

 

―――――

 

 

 

 床から壁からいかにも高級そうな素材でできているホテルのロビーは、試合に出るときのためのローファーで歩くと想像以上に音が立つ。絨毯が敷いてあればそんなこともないのだが、たとえばロビーのソファがあるところに行こうとするとそれがなかったりするのだ。そうやって音を立てて歩くのが絹恵はなぜか嫌いで、できるだけそういうところでは運動靴を履くようにしている。とくに一人で歩くときには。

 

 今、絹恵はロビーの売店に飲み物を買うために一人で部屋から降りてきていた。他のメンバーは部屋で話に興じているのだろう。時間としてはそろそろホテルのレストランが、夕食を求める客でいっぱいになる頃合いである。

 

 ( 初日から播磨さんほっぽってみんなでゴハン食べに行くんもかわいそうやしな )

 

 実際そんなことを拳児は気にしないだろうし、またそういう反応を示すだろうことを少女たちも察してはいたが、それでも彼女たちは拳児が帰ってくるのを待つことに決めていた。誰からも不満の声が上がらなかったあたり、ずいぶんと信頼されているようである。

 

 売店には外のコンビニでは見かけないような飲み物が売ってあったりして興味をそそられたりもするのだが、結局はそんな冒険ができずに絹恵はなじみ深い商品に手を伸ばした。小銭のお釣りを受け取って、ペットボトルを片手にちらと大きな玄関に目をやると、ちょうどサングラスとカチューシャをした山羊ヒゲの男が入ってくるところだった。

 

 あ、とちょっと呆けたような表情を晒してしまったことを絹恵はすこしだけ後悔した。

 

 「オウ、妹さん。もうメシは食ったか?」

 

 「いやいや、みんな播磨さん待ちですよ。部屋で待ってます」

 

 「なんだ、ワリーことしちまったな。じゃあさっさとあいつら呼んで食いに行こーぜ」

 

 がしがしと頭をかいて、そのままエレベーターの方へのしのしと歩き出した。白い半そでのワイシャツの裾が、拳児の動きに合わせてちいさく揺れる。絹恵もすぐさま拳児の後を追う。このままロビーで待つのは構わないが、さすがにペットボトル片手に店に入るのは失礼が過ぎるというものだろう。せめてバッグでも持っていれば話は別なのだが、無いものについて考えても仕方がない。ペットボトルは冷蔵庫にでも入れておけば十分だ。

 

 ほんの少しだけ隣を歩いて、ふと気付く。

 

 「そーいえば播磨さん、制服なんですね」

 

 「ん、いちいち着替えるのも面倒だしな。それに明日っからもこのカッコだしよ」

 

 軽くそでを引きながら、拳児は着ている服を示す。

 

 「まさか私服を持ってきてないなんてことは……」

 

 「へ? 別に着る必要なくねーか?」

 

 別に拳児の私服が見たいだとかそういうことを考えていたわけではないが、あまりにも当たり前のように言うので絹恵はずっこけそうになってしまった。相変わらず彼の感性にはつかみきれないところがある。尊敬できる先輩である末原恭子や真瀬由子、そして自身の姉である愛宕洋榎が口を揃える拳児の異常性もこの辺りにその根拠があるのだろうか。どこか見ているものが違う感じを、ときおり絹恵も彼から感じることがあった。

 

 絹恵たちがプロと調整で打つ前に、拳児が告げた外出の目的も甚だ珍妙なものだった。いわく、 “いざって時に間抜け面、なんてのは監督として避けてえからよ”。それだけ言って出かけてしまった拳児にその真意を問うことはできなかったが、とりあえずチームのためになるようなことなのだろう、と絹恵はなんとなく納得した経緯がある。

 

 「そういえばよ、調整はしっかりできたか?」

 

 「はい、播磨さんに向かって言うのもアレですけど、やっぱプロってすごいですね」

 

 昇っていくエレベーターの中でかけた言葉に対する返事は、拳児に関わる勘違いが持続していることを思い出させた。ここしばらくは言葉にされることはなかったのだが、やはり彼女たちの頭にはしっかりと刻まれているのだろう。むしろそうやって口に出されないということがその認識の真剣さを表しているようで、拳児は頭を抱えたくなった。

 

 毒にも薬にもならない話をしながら二人は団体メンバーの待つ部屋へと向かう。ちなみに拳児は別の階の個室に部屋を取っている。緊急時に駆けつけることができるよう、という郁乃による配慮である。その郁乃自身は近所に友人が住んでいるらしく、部屋すら取っていない。彼女の人脈には底知れないところがあるが、誰もそのこと自体には疑問を抱かないのは不思議な話である。

 

 

 しばらくすると、ホテルの廊下に楽しそうで騒がしい声が響いた。ポニーテールの少女を中心に五人の少女が固まって、そのわずかに後ろをヒゲグラサンの男と羽のような黒髪をした女性が歩いている。華やかな集団にひときわ異彩を放つ存在が控えているのだが、どうしてかそこには奇妙な調和があった。その集団こそ、姫松高校麻雀部の女子団体代表である。

 

 

 毎年やってくる一度きりの夏が、夜の向こうで息を潜めていた。

 

 

 

 

 


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