姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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02 席を立つということ

―――――

 

 

 

 固まった空気の中で動くことができたのはこのなかでただひとり、赤阪郁乃だけだった。まるでこの場に異常など起きていないかのように歩みを止めない。全部員の目が入り口に立っている拳児に釘付けになっていることに気付いているのか気付いていないのか、顎に人差し指をあててきょろきょろと部員たちの顔を見比べている。

 

 「あれ~、みんな聞こえてるん~?」

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 いち早く停止状態から復帰した拳児がもろもろの事情を確認するために声をかける。形相は必死そのものだ。サングラスをしていたってそんなものは伝わってしまう。

 

 「どしたん拳児くん~? あ、いくのんて呼んでくれてもええよ~?」

 

 「違う!そういうことじゃねえ!」

 

 「あ、そやな。拳児くんの紹介まだやったもんな。そっち先やんな~」

 

 呑気な声で自分の紹介をしている郁乃を見て、拳児は事ここに至ってようやくとんでもない人に借りを作ってしまったのではないかとの認識が浮かんだ。未だに麻雀部の面々が一言も発することができないのも無理からぬことだろう。様子から考えればおそらくなんの事前説明もなかったことが窺える。いきなり見知らぬ不良をつれてきて今日からこの部の監督だとか言われても理解が追い付く人間がいるとは思えない。話がぶっ飛びすぎている。それは拳児からしても同じことで麻雀部とは聞いていたが、それが女子部だとは聞いていない。

 

 「おい赤阪サン!女子しかいないとは聞いてねーぞ!?」

 

 「あれ~? 言うてへんかったっけ~?」

 

 かわいらしく首を傾げる。彼女ほどこの仕草の似合う女性もなかなかいないだろう。

 

 「でもあれやしな~。拳児くん引き受けるーて言うてくれたしな~」

 

 「ぐっ……!」

 

 よほどのことがない限り自分の発言を曲げることのない拳児にとってその一言は決定的であり、残された希望は向こうが願い下げをしてくれることだけだった。手段としては就任後にすぐ辞めてしまうだとか嫌われるように振る舞って追い出されるように仕向けるなどもないわけではないのだが、どちらもまともな考え方とは言えそうにない。

 

 反撃の芽を摘まれた拳児の顔に陰が差したころ、ようやく麻雀部の面々が放心状態から正常な状態へと戻りはじめた。そばにいる部員同士が互いに顔を見合わせている。小声でなにやら話を始めた者もいるようだ。そんななかで、ひときわ元に戻るのが遅かった少女がほとんど無意識につぶやいた。

 

 「えっ、……いや、誰?」

 

 声の主は前髪を右に流して額を大きく露出した少女だった。ちょうど耳の辺りで小さな房をそれぞれひとつずつ作っている。顔の造りは童顔という表現がしっくり来るものだが、それに反してと言うべきか、女性性の象徴のひとつである胸部はその存在を激しく主張している。

 

 「いややなぁ漫ちゃん、今言うたやんか~。播磨拳児くんやで~」

 

 「そうやなしに、私らこの人のこと知らないんですけど。実績とかあるんですか?」

 

 「ああ、そういうこと~? ええとな~、それは言われへんのよね~」

 

 室内が一気にざわついた。ここ姫松高校はわざわざ誰かに確認する必要もないほど麻雀においては強豪校である。そんな場所で監督を務められる人材というのは非常に限られてくる。少なくとも選手としてかなりの実績を残しているか、あるいは他の高校で監督としての実績を残しているかのどちらかは要求される。そうでなければ部員たちを御することなどできない。少なくとも赤阪郁乃は普段の振る舞いがどうであれ、彼女たちを納得させるだけのものは持っている。その郁乃が監督の立場を見たこともない男に譲ると発言した。さらにはその男の経歴について話せないとも。

 

 「言われへんてどういうことやろ」

 

 「ま、まさか裏プロとか……?」

 

 「そんなんホンマにおるん?」

 

 「そうですよ、言うてあの人学ランですやん」

 

 「でも裏やったら年齢とかカンケーないんちゃうん」

 

 「いやまあたしかに修羅場くぐってそうな顔はしてますけど……」

 

 拳児はこの感じを知っていた。これは誤解される流れだ。ここ一年間ほど誤解と勘違いのなかで生き抜いてきた拳児にはわかるのだ。どれだけ拳児が声を枯らせたところでこの誤解はそう簡単には解けない。間違った認識が水面の波紋のように伝播していく。

 

 「あの、か、仮にこの人がカントクやとして、代行はどないするんです?」

 

 「私? 私はコーチングに専念しよかな~、て思てるんやけど」

 

 逃げ道がどんどんなくなっていく。ここで納得されてしまえばめでたく就任決定だ。一縷の望みをもって部室全体を見回す。好奇の視線が突き刺さる。どうしてだかさっぱりわからないが否定的な視線がない。それだけ郁乃のコーチングには信頼を寄せているということだろうか。あるいはまさか本当に拳児に期待を寄せているとでも言うつもりなのだろうか。

 

 遠くでまだ上手に鳴けないウグイスが鳴いている。その声を盛り立てるかのようにグラウンドのほうから何やら叫び声が小さく聞こえてくる。練習メニューが別のものになったのだろうか。もう部員と郁乃が話している内容は耳に入ってきていない。

 

 

 「そういうことやから、今日は拳児くん見学してってな~」

 

 ぽん、と肩を叩かれて我に返る。とりあえず監督としていきなり何かをするようなことはないようだ。麻雀に関わる知識が圧倒的に足りていない拳児には、そもそも麻雀部において監督やコーチがするべきことがあるとは思えなかった。出してもらった椅子に腰を下ろし、腕を組んで見学を始める。郁乃は別に仕事があるとかですでに職員室へと戻っている。

 

 目の前で繰り広げられる光景は、単純に少女たちが麻雀を打つものだった。ただ少し拳児のイメージと違っていたのは、その真剣さだった。とても遊びで打っているようには見えない。かと言って学校の部活動として行っているのだからなにかを賭けているというのも想像しにくい。そこにどういった理由があるのかわからず、拳児は首をひねる。

 

 よくよく見てみれば全員が打っているわけではなく、数人は立って卓を眺めている。彼女たちが何のためにそうやって立っているのかも不明瞭だ。終わったらしい卓を見てみるとどうやら局後の検討をしているようで、先ほど立っていた部員はその際にアドバイスをする立場であるらしい。これではまるで練習だ。女子高生が真面目に麻雀の練習をするという姿は拳児から見ると完全に異文化であった。

 

 「えーと、播磨さん、でしたっけ。なにか気になることでも?」

 

 いつの間にか拳児の傍らにまた別の少女が立っている。いったん長髪を下ろして、その毛先だけをまとめてつむじの辺りで留めるという実に特徴的な髪形をしている。運動が趣味なのだろうか、スカートの下からスパッツを覗かせている。

 

 「あー、アンタは?」

 

 「にね、いやもう三年やな、末原恭子言います」

 

 「播磨拳児だ。タメだから別にそこまで気を遣わなくてもかまわねえ」

 

 「ん、わかった。それで不思議そうな顔してどないしたん」

 

 「いや、真面目に麻雀の練習してる理由がわかんなくてよ」

 

 「はァ?」

 

 恭子の顔が突拍子もないことを聞かれたときの表情へと変わる。彼女にとってその質問は “なぜ人間は呼吸をするのか” と同義のものであって、考えるべき事柄に属しているものですらない。どういう思考経路をたどってこの質問をするに至ったのかさえ恭子には判断がつかなかった。

 

 指導の声や牌のぶつかる音が室内の音を形成しているなかで、あんぐりと口を開けてこちらを見ている少女の姿がある。その表情を見て、おそらく自分はなにかハズした質問をしてしまったのだろうと拳児は推測する。たしかに拳児の心のなかの頂点に座する女性はただ一人だが、だからといってそれ以外の女性を悲しませてもいいとは考えない。少なくともしばらくはここでお世話になるのだ。最低限の筋は通すべきである。

 

 「あー、なんだ、大会とかあんのか?」

 

 「えっ、それマジで言うてる?」

 

 とても冗談だと言えるような声のトーンではなかった。さっきと比べて表情がすこし引きつったような気もする。拳児はなんだかお腹が痛くなってきた。

 

 「……俺ァ高校麻雀のこととか知らねえからよ」

 

 「いやインターハイくらい知っとるやろ?」

 

 ( インターハイってスポーツのやつじゃねえのか……? )

 

 「ちょぉ待ち。自分ここが姫松やって知ってて来たんとちゃうんか」

 

 「あ? 何が言いてえんだ?」

 

 「自分らで言うんもアレやけど、うち強豪やで?」

 

 間抜けな声を出さないようにするのが精一杯だった。拳児はなんとかうろたえているのがバレないように恭子と顔を合わせた状態で考えをまとめ始める。サングラスというのはこういうときには非常に便利である。どれだけ目が泳いでいてもなかなか悟られることはないのだから。表面上の見た目に反して拳児の脳内は様々な情報の上書きで忙しかった。まず自分が女子麻雀部の監督になってしまったこと (これはおそらく決定事項だろう)。そしてその部はインターハイを目指す強豪であること。このふたつをきちんと整理するまでに拳児は自分の中の常識をいくつか壊さなければならなかった。腹痛がすこし進行する。

 

 ( なんや急に黙り込んで……。けったいな人やな )

 

 一方で末原恭子も頭を高速で回転させる。どう見ても “ありえない” の集合体であるこの存在に対して無警戒というのは考えられないことだった。素性の知れない不良でさらには同い年、ということは学生だろう。そんな存在が監督を務めるなど聞いたこともない。しかしこれまでの監督代行である赤阪郁乃の性格を考慮すれば、おそらく全国高校麻雀協会の監督の年齢制限の項まで調べているに違いない。だからこの男が監督になるための条件はほぼクリアされていると見ることができる。常にあらゆる最悪の可能性を想定して戦う恭子は、本当に目の前のヒゲグラサンが裏プロであることも想定のうちに入れることにした。

 

 麻雀という競技の人気には凄まじいものがある。日本どころか世界各国でその試合のテレビ中継が行われるほどに。それは野球やサッカーなどと同じように、興味がない層であってもどこかから必ずそれに関わる知識は流れ込んでくる。野球における甲子園と同じように麻雀のインターハイというのも連日ニュースを沸かせるタネのひとつなのだ。そんな環境にあって、麻雀のインターハイが存在することを知らないというのは非常に考えにくいことだった。ほとんど全ての情報が入ってこないような場所にいたか、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん拳児にそんな事情などない。ほとんど奇跡のような確率で麻雀関連の情報と触れずに生活を送ってきただけである。だがそれこそ誰も知らないことであった。

 

 

―――――

 

 

 

 本日の全体練習は午前までのようで、午後からは有志による自主練習の時間であるらしかった。麻雀部以外に麻雀部の部室を使う生徒がいないというのは考えてみれば当たり前のことで、練習をするための場所が常に確保されていることは大きな利点なのかもしれない。全体練習の締めの挨拶を聞きながら、拳児は午後をどうするかについて考えていた。先ほど感じた腹痛は強度を増していた。正直言ってトイレに駆け込みたいレベルになってきている。午後から居残りで練習をする部員も時間帯で考えればこれから昼食の時間のはずだ。よってトイレで落ち着くのに適した時間だと考え、ゆっくりと刺激しないように立ち上がる。さて部室の外へ出ようかと体の向きを変えようとしたその瞬間だった。

 

 「なあなあ播磨、ちょっと時間ええか?」

 

 拳児がもといた高校もずいぶんと特徴のある見た目をした人物が揃っていたが、この姫松高校はそれに輪をかけてバラエティ豊かである。たれ目にポニーテール、くせ毛と呼んでいいのか後頭部から頬のあたりまで飛び出している髪がある。外見の印象としてはこれまで見た中でいちばん元気がよさそうだ。大阪というイメージに合致すると言ってもいい。

 

 だがそれと拳児の腹の具合とは何の関係もない。刻一刻と限界が近づいてくる。さっさと昼メシを食べに行け、と叫びたかったが叫んでしまえばおそらく門が開いてしまう。なるべく表情に出さないように顔をそちらへ向けて次の言葉を待つ。

 

 「な、見てばっかでタイクツやったやろ? 一緒に打とうや」

 

 「い、いや、その……」

 

 「なんや別に予定詰まってるわけでもないんやろ?」

 

 「ぐっ……、そうだけどよ……」

 

 「うちらの自己紹介もしときたいしな。ま、うちに恐れをなして打たんのもアリやけどな」

 

 にっと笑むその表情はからっとしたもので、決して拳児を煽り立てるためのものでないことは明白だった。言葉の上っ面からは非常に見えにくいものではあるが、そこにあったのは自負だった。だが言った相手が悪かった。不良はナメられたら終わり。その一線を踏み越えてしまえば、不良はプライドを失ったただの野犬へとなり下がる。拳児はポニーテールの少女の言葉の奥にあるその自身のためだけではないプライドを無意識に感じ取ってはいたが、引き下がるわけにはいかなくなってしまっていた。

 

 「チッ、仕方ねえ」

 

 お腹は、まだ痛い。

 

 

 卓についたのはポニーテールの少女、額の印象的な少女、それと拳児に昇降口で職員室の場所を教えてくれた少女だった。まさか彼女が麻雀部だったとは知らず、拳児はサングラスの奥で目を丸くする。

 

 「なら初めに自己紹介しとこか。うちが愛宕洋榎や、よろしくな」

 

 「おう」

 

 「あ、上重漫です」

 

 「おう」

 

 「愛宕絹恵です。さっきはどーも」

 

 「おう。さっきは世話になったな、ありがとよ」

 

 愛宕、という苗字をあまり聞いたことがないことから推測するとおそらくこのふたりは姉妹なのだろう。なにかを思い出しそうになる。

 

 「なんやなんや播磨ぁ、いくらうちの絹が美人さんやったからってもうコナかけたんか」

 

 「いや何言うてんのお姉ちゃん」

 

 「さっき職員室の場所を教えてもらってよ」

 

 「ええー、そこはもうちょっとノるところちゃうんか……」

 

 おおげさに残念がりながらも手は自動卓の準備のために動いている。学校に自動卓があるというのも拳児からすれば奇妙な光景で、ともすれば学校にいるという感覚を失いそうになるくらいだった。どちらかといえば拳児は手積みのほうに馴染みがある。

 

 サイを回して崩す山を決め、配牌を手元に持ってくる時点で気配が変わったことを察する。なるほど親睦を深める意味合いもたしかにあるのだろう。しかしもっと大きな狙いは査定だ。この対局で測るつもりなのだ。そういった微妙な空気の変化を読み取れないようではしばらく前にいたケンカの世界を生き抜くことはできなかった。だから拳児はそれを鋭敏に感じ取る。気乗りするには十分な条件だった。

 

 いつの間にかギャラリーが卓の周りにはできていた。多くは拳児の後ろについている。逃げ道はとうの昔になくなっているが、注目を浴びるというのはまた別の話だ。脂汗が滲み始める。小刻みに震える手を伸ばして手牌を揃え、理牌を行う。

 

 

―――――

 

 

 

 「な、由子はどう見る?」

 

 恭子は並んで拳児の手を後ろから見ている真瀬由子に問いかける。黄色に近い金髪を耳の上の辺りでお団子にした少女だ。雰囲気で言えばふわふわとしたものがあるのだが、赤阪郁乃とはまた別種のものである。

 

 「んー、ちょこちょこミスはあるけど明らかにおかしい打ち筋はないと思うのよー」

 

 「でもあれやったらちょっと上手い新入生には勝てへん」

 

 局は進んで東場が終わったところで、拳児の順位は四位だった。手酷い振り込みこそないものの一度も和了っていないため、自摸和了で削られたり小さな振り込みが重なって沈んでいるというのが現状だった。勘違いをしている姫松麻雀部の面々はだからこそ違和感を覚えずにはいられなかった。赤阪郁乃が連れてきた以上は何かがあるに違いないのだと。

 

 「とりあえず最後まで見ないとなにも言えないのよー。それにたったの半荘一回だし」

 

 由子の発言は真理である。ただしそれは麻雀の実力が備わっている人間に対してのものであればという注釈がつくが。本気でやる、と口で言ったからといって配牌がよくなるわけではないし、手がいきなり高くなるわけでもない。誰にだって調子の悪いときくらいはある。山から牌を引いてくるというランダム要素を常に含んでいる競技である以上、それは避けることのできない事柄だ。したがって半荘一回で実力をきちんと発揮するというのは想像以上に難しいことなのである。

 

 大筋の感想では対局している三人も恭子と同じものを持っていた。どうしようもなく下手というわけではないし、飛び抜けて引きがいいわけでもない。異能混じりのおかしな空気を感じることもない。無理に評価をつけるとするならば、麻雀を打てる一般の人だった。

 

 一方で注目を浴びている播磨拳児はもはや対局どころではなくなっていた。さきほどから胃だか腸だかから異音がしている。本当に限界が近かった。速やかに脱出しなければならない。もしそれを逃してしまえば考えたくはない形での大阪デビューを果たしてしまう。ちょうど今は東四局が終わったところだ。席を立つには今しかない。卓の中心へと牌を押し込んでいくその動作でさえ歯がゆかった。

 

 拳児の目の前には天秤がある。天秤とはいえ初めから片方にものすごく傾いたものである。片方には勝負の途中で逃げ出すものの、人間としての尊厳を守れる選択。もう片方には自分の胃腸の奇跡の回復を信じて卓にしがみつくという選択。後者には可能性としてまず無いという条件がついている。選ぶべくもない。機械が牌の山を押し上げるのを視界の端に捉えつつ、拳児は立ち上がる。このままでは勝負にならないのだ。

 

 「……勝負になんねーな」

 

 そう言ってゆっくりと歩を進める。急に動いて刺激を与えるのは下策だ。後方から拳児を呼び止める声がかかるが止まるわけにはいかない。余計な言葉を発することなく部室を出ていく。残された対局者たちはまさかの行動にあっけに取られてしまっている。

 

 

―――――

 

 

 

 「勝負にならんー、て南場まるまる残ってるのに……」

 

 絹恵がぽつりとつぶやく。その言葉は同卓している洋榎も漫も口に出さないだけで、寸分違わず同じことを考えていた。愛宕洋榎がいる場において勝利するということは途方もなく困難なことではあるが不可能ではなく、そして拳児は洋榎の実力を知らないはずだ。点差を考えれば逆転を狙うのが通常だろう。どうにも腑に落ちないことが多すぎる。結局なにひとつ解明できないままに当の本人は部屋を出て行ってしまっている。途中で欠けの出てしまった卓に意味などないため、絹恵と漫が目で確認を取り合って山を崩そうとした。

 

 「絹、待ち。由子、あいつの代わりに配牌だけやってくれへん?」

 

 「構わないのよー」

 

 姉である洋榎からの静止に奇妙なものを感じつつも、とりあえず言うとおりに山から牌を手元に持ってくる。絹恵自身の配牌は雀頭がすでにできており面子もひとつある。搭子が複数あるのはうれしいが、このままでは余ってしまうような感じがした。西がぽつんと浮いているが、お守りにしようと考えない限りはすぐに切ってしまえばそれでよい。理牌を済ませて顔を上げると、由子とその後ろにいる恭子が唖然としていた。

 

 「……たしかにこれは勝負にならないのよー」

 

 ぱたぱた、と慣れた手つきで牌を倒す。やけにバラついた、いや、()()()()()()()手牌だった。

 

 くつくつと楽しそうに洋榎が笑う。

 

 「なんや配牌国士十三面待ち、て。アホか」

 

 こうして播磨拳児の姫松高校での生活が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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