姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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24 二回戦③

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 先鋒戦が終わった後に出場選手よろしくさっさと手洗いへと向かった拳児は、帰りに考え込みながら歩いていた。彼が腕を組んで片手を顎にやってぶつぶつと呟いている様は何か良くないことを連想させそうだが、実際に考えているのはチームのことであった。その中でも今は先鋒として戦い抜いた上重漫が大きなテーマとなっていた。相手が相手とはいえ食らったものが役満の親被りだ。彼女の性格上ダメージを受けている可能性が非常に高い。監督としてどうフォローを入れたものかと先ほどから頭を悩ませているのだが、どうにも他人の心配をするという経験が少ないものだから取るべき手段がさっぱり見つからないのである。己の無力さを痛感した拳児は小さくため息をついて、またのしのしと歩き出した。

 

 考えのまとまらないまま控室の扉に手をかけて、ドアノブをひねって手前に引く。拳児の目的のためには誰一人として調子を落とされるわけにはいかないのだ。少なくとも今大会で優勝するまでは。月並みではあるが、“気にするな” 程度のことを言って茶を濁そうかと思っていた拳児の目に飛び込んできたのは、意外にもとくに思いつめた様子もなくテーブルの上にあった煎餅をかじっている漫の姿だった。

 

 目の前の情景に肩透かしを食った拳児は入り口のそばで突っ立っていた。彼女が立ち直っているのなら拳児が変に手を出す必要もない。仕事が減ってラクと言えばラクなのだが、なんだか拳児は腑に落ちないような感覚に襲われていた。はたして女子高生というものは概して立ち直りが早いのか、あるいは上重漫という少女が特別な造りをしているのかは定かではないが、とりあえず世の中には自分の想像を簡単に超える存在がいるのだと拳児は改めて思い知ることとなった。

 

 気を取り直した拳児がさっきまで座っていた椅子に向かって歩き出した途端、選手控室専用の館内放送で次鋒の選手のコールが入った。このコールから十分後に対局が開始される。早めに対局場入りする選手もいればぎりぎりまで姿を見せない選手もいる。その辺りの考え方は個人の感性による部分が大きいため、外から何かを言うのは無粋というものだろう。

 

 姫松の次鋒である真瀬由子はというと、普段と変わらない態度で頑張る旨を仲間に伝えている。暫定的には最下位に沈んでいる状況なのだが、彼女はそれをかけらも匂わせない。そこにあるのは自信か仲間への信頼か、どちらにしろ二回戦の突破を疑っていないと言っても差し支えない表情をしていた。いかに拳児と言えどまさかそれに水を差すわけもなく、ちらりと視線を由子の方へと投げた。サングラス越しの、なんともぶっきらぼうなエールの送り方である。それを知ってか知らずか、由子は拳児に一言だけ残して控室を後にした。

 

 「キーウィ対策は、……ま、それなりにはできてるから心配しないでいいのよー」

 

 

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 「……なあおい、キーウィって何だ?」

 

 「ん? ああ、そういう名前の鳥がおんねん。飛べへん鳥でな」

 

 由子が対局場へと向かった直後、拳児は生まれたばかりの疑問を口にした。本日対戦する相手の名前はきちんとチェックしていたがそんな名前の選手はいなかったし、真瀬由子という少女もこのタイミングで意味のわからないことを言うタイプではない。となればそこには何らかの意味があるはずで、そういうときには恭子に聞くのがこの部の流儀である。

 

 「あ、それ私もテレビで観たことありますよ。なんやもこもこしててカワイイんですよね」

 

 話を聞いていたのか絹恵が輪に加わる。その鳥のもこもこ感を表現しているのだろうか、球体のものをやわらかく持つような動作をしながらの発言である。名前を聞いたこともなければもちろん見たこともない拳児の頭には疑問符が飛び交っていた。拳児の中で飛べない鳥の代表といえばダチョウであり、たしかに羽毛はやわらかいかもしれないがいくらなんでもデカすぎる。飛べなくて両手に持てるサイズでもこもこで丸っこいと言われると、その条件ははたして本当に鳥なのかと拳児が疑ってしまうのも仕方がないと言えよう。

 

 ちょっと頭を働かせてみたが、どうにもイメージが浮かばないため拳児は考えるのをやめた。とりあえずそういった鳥がいるものとして話を進めなければどうにもならなそうだ。そもそも拳児が知りたいのはキーウィがどういう鳥かということではない。

 

 「でよ、ナンで真瀬のやつはそのキーウィとかいう鳥の対策なんてしたんだ?」

 

 「ちゃうちゃう、鳥の対策やない。あんな、キーウィはニュージーランドにしかおらんねん」

 

 「あ?」

 

 「それが転じてニュージーランドの人のことを愛称でキーウィて呼んだりすんねんな」

 

 拳児が真面目な顔をして鳥の対策なんて言うものだから、さすがの恭子も半笑いになりながら丁寧に説明する。絹恵に至っては顔をそむけて吹き出している始末である。一方で説明を受けた拳児は未だに納得がいっていないようであった。腕を組んで首を傾げている。

 

 「あの宮守のやつがニュージーランド出身だってのか? ンなことまで調べんのかよ」

 

 「十中八九あの子は異能持ちやからなあ。何がルーツになっとるかわからんし」

 

 こちらも腕を組んでため息まじりに言葉を返す。拳児はそちらには参加をしていないが、他校の選手のデータをかき集めるのは相当に大変なのだろう。団体戦の大将という重要なポジションでありながら調査班の中心的メンバーとしても働いている恭子の仕事量は、ほとんど正気とは思えないほどのものであった。彼女が抜けて来年は大丈夫なのかと拳児が目を向けると、ひとりはまだ顔をそむけて必死に笑いをこらえており、もうひとりはまだ煎餅を食べていた。拳児が言える立場ではないが、来年がものすごく心配になる図であった。

 

 「ところでよ、上重のやつはなんであんな平然としてんだ?」

 

 「後ろに頼れる先輩いるんで問題ナシですー、やって」

 

 その胆の太さには、さすがの拳児も嘆息した。

 

 

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 ( うわ、ホンモノのお人形さんみたいなのよー )

 

 由子が対局場に入ると、そこには既にこれから卓を囲む選手が三人とも揃っていた。その中でも由子が目を奪われたのは、控室でも話題になっていたニュージーランドからの留学生であるというエイスリン・ウィッシュアートである。由子も同じ部の恭子や絹恵を筆頭に数々の美人や可愛いと言われる少女を見てきたが、そこにいたのは日本人的な美しさとはまた別種のものを持った少女であった。どちらかといえば目の前で呼吸をしていること自体が不思議に思えるくらいの、美術品に近い感覚を呼び起こす印象の外見だった。

 

 しかしその少女がこの卓では最も警戒するべき相手であることに変わりはない。岩手予選のレベルがどれだけのものかはわからないが、そこで彼女は予選における和了率で全国トップを記録している。おそらく予選では手を抜いているであろうとはいえ、あの宮永照を抑えてのナンバーワンというのは驚異的であることに違いはない。牌譜や映像を見る限りは巧者という印象を受けなかったから、おそらくは何らかの能力が関わっていると由子は推測し、それには恭子と郁乃も同意見であるようだった。さすがに正確なところはまだはっきりしていないが、その能力のおおよそのイメージは掴めている。厄介なのは一人で彼女の対策を取ろうとしても無理なパターンが存在することである。彼女の持つ力はおそらく任意かつ恒常的に発動するタイプのもので、そうなると手が揃わないときはどうしたって出てくる。そこまで考えを進めていた由子の次の判断は実に適切だった。他家がどこまでエイスリンに対する策を練っているのかを確認するべきだと考えたのである。

 

 誰にでもできる芸当ではない。柔軟性と高い判断力を併せ持って初めて成り立つ、力業と言ってもいい手段である。他家が利用できるのなら利用し、できないのならそれに準じて打ち方を変えると言っているのだ。加えてチームの順位を考えると、まだ大差がついていないだけでこのままでは苦しい戦いになることは必至である。それでもなお由子はチームの持ち点を原点に戻すことを最低目標に据えて、この次鋒戦を戦うことを決めた。

 

 

 席決めの結果、由子は南家に座ることになった。ほかは起家が永水の狩宿、西家は清澄の染谷、北家は宮守のエイスリンといった具合である。由子は席順そのものに気を払うことはしない。清澄も永水も映像で見る限りは堅実なプレイヤーだ。それはそれで厄介な部分もあるのだが、面倒な懸案事項は少ないに越したことはない。座席の座り心地を確かめながら、由子は試合開始のコールが入るのを待っていた。

 

 次鋒戦開始のアナウンスが入り、狩宿が賽を回すボタンへと手を伸ばす。出た目は両方とも二だった。

 

 先鋒戦の流れを引き継いでいるのか、由子の手はそれほど良いとは言えないものだった。上手く牌がハマれば化ける可能性もあるのだが、それを期待するには急所が三つは多すぎた。それならそれでエイスリンの異能の潰し方に思考を思い切り割くことができる。そう考えれば現状は次鋒戦も始まったばかりなのだから別に悪いものでもない。物事は状況と考え方次第だ、世の中にまったく手の出せない最悪はそれほど多くは存在していない、という由子独自の柔軟な発想は、恭子の物の見方に影響を受けているのかもしれない。

 

 牌譜や映像といった資料からは見えない、あるいは見えにくいものというものはたしかに存在する。それらを確かめるにはどうするのが一番いいか。答えは単純だ、実戦でぶつかればいい。それ以上に優れた情報源などあり得ない。由子も実際に卓を囲んでみて初めてわかったことがいくつかあった。由子は事前に永水と清澄の次鋒を堅実だと評したが、それは誤りであったと反省せざるを得なかった。決して暴力的な攻め方をしてくるというわけではなく、彼女たちも何かを狙っていることがありありと読み取れたからだ。結果として堅実に見える打ち方になったことと、初めから堅実に打とうとすることの間には大きな溝がある。前者である彼女たちはいわゆる試合巧者と呼ばれるべきプレイヤーなのだろう。

 

 そしてそれよりも由子に強い印象を残したのはエイスリンの打ちっぷりであった。多くの場合、雀士は自摸の前にいくつかのパターンを想定する。あの牌が来たらこっちを捨てよう、あの牌が来たら手替わりを考えようという風に。その想定のうち都合のいいものがそのほとんどを占めるのは仕方のないこととした方がいいだろう、重要なのはそこではないからだ。思考時間がいかに早くとも自分以外にも自摸をする人が三人いて場況は変わり続けるのだから、常にそちらに思考を回しているわけにもいかない。そうなってくると思考の網から漏れた牌が必ず出てきて、その牌を引いたときには誰であっても手が止まるものなのである。しかしエイスリンにはそれがない。一度たりとも逡巡することなく、牌を引いてはリズムよく捨て続けていた。

 

 これで由子は推測の範囲を出なかった彼女の能力の輪郭に確信を持った。次に引く牌だか何だかはわからないが、彼女には何かが見えている。その “ナニカ” を知りたいのもやまやまだが、今はそれを知る必要はない。いま力を入れて考えるべきなのは、彼女の能力の汎用性とその潰し方だ。おそらく染谷も狩宿も同レベル、少なくとも近い水準で頭を回しているだろうと由子は推測していた。もちろん今後の動きを見る必要はあるが、共闘も一方的な利用も考えられる。仮にそうなってしまえば、そこはもう真瀬由子のフィールドだ。

 

 

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 今年の姫松高校を語る上で、真瀬由子の名前が出ることはほとんどない。話題を集める人物がそこに集まり過ぎているからだ。高校麻雀界に衝撃を与えることとなった播磨拳児をはじめとして、プロの娘であること以上にその才能で名を響かせる愛宕洋榎、不安定ではあるもののその驚異的な爆発力が耳目を集める上重漫、実質的なプレイングマネージャーであるとのうわさが後を絶たない末原恭子、高校から麻雀部に入った身でありながら二年生にしてレギュラーの座をつかんだ愛宕家次女の愛宕絹恵。この錚々たる面子の中では由子はまるで目立たない。しかしそれがすなわち強さに直結するかということになると、話はそう簡単ではなくなる。

 

 拳児の見出した攻守のバランスに高度な判断力、ならびに思い切りのよさは姫松というチームに欠かせないものであり、彼女無しにはチームが成立しないとさえ言えるかもしれない。目立つチームメイトは、ことによると彼女にとって体のいい煙幕と見ることもできる。もちろん彼女について丁寧に研究したり、あるいは姫松の勝ち方をよく見てみればほとんどのパターンで由子が関わっていることを発見できる。しかし高校生でそれをピンポイントに見抜くことができる人間はそう多くないだろう。インターハイにはそれこそ全国から優秀なチームが集まるのだから。由子にとって、注目が散るのは歓迎すべきことだった。

 

 

 状況は進行して南一局。染谷が親のときに一度だけ連荘があり、そのほかは全員が一度ずつ和了った。なんとも面白みに欠ける展開に見えるかもしれないが、やはり卓に着いているプレイヤーからすればシビアな点棒の削り合いであり、また情報戦とも心理戦とも言えるようなやり取りであった。エイスリンの能力は事前の推測通り、鳴くことでその効果を緩和することができるものであるらしい。ただその効果はまちまちで、実際に鳴きを入れても彼女が和了った局は存在した。

 

 現時点での由子の判断は、彼女の麻雀には他者が存在していない可能性がある、というものであった。門前でぶつかれば強さを発揮するのかもしれないが、そんなわかりやすい持ち味を出させてあげるほど豪胆な選手はこの次鋒戦にはいなかった。

 

 得点は次鋒戦開始時に比べてわずかに平らになった程度だ。拮抗しているといってもいい。だがここで稼がなければ、由子は仕事をしたことにならない。彼女は地方予選が始まるより前の、メンバー発表のときに拳児に何を言われたかを忘れてはいない。それはたしかに過酷なものではあるが、由子にも最上級生としての矜持がある。自身を含めた三年生の背中を見て成長していく後輩たちにカッコ悪いところを見せるわけにもいくまい。彼女もそうやってこの姫松で育ってきたのだ。作り上げられた伝統は厚く、重く、そして何よりも強い。

 

 ( なんだか宮守の表情見てると清澄が鳴いたときに一番イヤそうな顔してる気がするのよー )

 

 エイスリンが他家に鳴かれて和了ってみせたのは、由子が初めに鳴きを入れた局だった。それに関してなにかはっきりしたものを見つけるにはサンプルが足りなさすぎるが、清澄の染谷が鳴いたときに彼女が苦い顔をしているのは事実であった。それは染谷というプレイヤーが鳴くこと自体に意味があることの決定打にこそならなかったが、由子はこれを使えるものと判断した。何たる席順のめぐり合わせか、由子は染谷の上家に座っている。それは意図的に鳴かせるときに非常に有利な立場にいるという意味である。

 

 ( 宮守が清澄の鳴きをイヤがるなら、そのアシストを考慮しつつこっちは門前で…… )

 

 トップに立っている永水がほとんど動きを見せていないのは不気味だが、最優先は自チームの得点の回復だ。まずは最下位からの脱出、ついで原点まで戻すこと。さすがに大逆転で一位をかっさらおうなどとは考えていないが、肉薄するところまでいければ後ろがよりやりやすくなるだろう。ここから由子は露骨に打ち方を打点偏重のものへとシフトした。

 

 理想を言えば配牌時点でドラが頭になっていたりある程度の役が組み上がっていたりすることが最高なのだが、さすがにそんなわがままは播磨拳児ではないのだから通らない。理想のことは別にして、由子の手は一般的な時間をかけてそれなりのものに育ってゆく。あまり時間をかけすぎるわけにもいかないが、だからといって宮守対策のために清澄が手を曲げてくれているこのチャンスに安手で流すのももったいない。麻雀における火力と速度の天秤はほとんど永遠の議論のテーマであり、どちらが正しいかなどそれこそ結果論でしか語れないのかもしれない。

 

 入っている手はドラ含みの平和系。もう少し翻数に色をつけたいところだが、そこは自摸次第になってしまう。だからこそ染谷を使うことで間接的に卓を操りたい由子は彼女の手作りにも注意を払いながら手を進める。おそらく永水との叩き合いになるだろうが、そこはやはり蓋を開けてみないとわからない。和了り牌を掴んだ者が勝者でそれ以外は敗者という構造は、シンプルなぶんだけ残酷である。

 

 

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 「そーいや播磨、Aブロックの二回戦はどないやった? 昨日見たんやろ?」

 

 退屈そうに思い切りソファに背中を預けた洋榎が間延びした声を投げかける。画面の向こうではチームメイトが戦っているのだが、そちらにはほとんど注意を払っていないようだ。

 

 ブロックとはシードの位置ごとに便宜的につけられた名称である。第一シードと第四シードの山をAブロックと呼び、第二シードと第三シードの山をBブロックと呼んでいる。つまり姫松高校は第三シードである永水女子の山に入っているためBブロックの出場校ということになる。

 

 「ンだ、どこが勝ち上がったのか知らねーのか?」

 

 「アホ、それくらい知っとるわ。感想を聞いとんねん」

 

 当たり前のことを聞かれて腹を立てたのか、片方の頬をぷう、と膨らませながら洋榎は文句ついでに聞きたい要件を告げる。拳児はそう言われてすこしだけ思案した。顔の向きをわずかに仰角に変え、顎に手をやっている。意外と手入れの行き届いているらしいヒゲは、本人曰く触り心地がいいのだという。

 

 「ほとんど地区予選の印象と変わんねーな、相手が違げーからビミョウには差があるけどよ」

 

 言ってから視線を元に戻して拳児は驚いた。郁乃以外の視線が全て自分のもとに注がれていたからである。拳児はチームメイトの試合くらい見てやれと言いたくなったが、由子に対する彼女たちの信頼はとんでもなく厚い。彼女は目立たないとはいえ団体戦で与えられた仕事をこなせなかったことがないのだという。それは拳児が大阪を訪れる前からの話であるらしい。もちろん拳児自身も由子を有能だと判断しているため、今のこの状況に言うべきことは特にない。

 

 自分にそれを聞いていったい何になるんだと頭を抱えたくなるが、この場にいるのは一人を除いて自身を裏プロだと勘違いしてやまない少女たちである。偶然を原因とするそれぞれの思い込みの深さや彼女たちの性格を考慮すれば、そこに救いがないことは明白である。拳児はもう一度頭を抱えたくなった。

 

 「……まァ、Aブロックで一番力があんのは白糸台だろ、これは動かねーよ」

 

 「千里山はどうです?」

 

 口を開いたのは漫だった。千里山女子とは北大阪地区の代表校であり、愛宕姉妹の母親が監督を務める高校なのだという。本当は姉妹の二人の方が聞きたかったのかもしれないが、ひょっとしたらそこには多少は複雑な思いがあるのかもしれない。そこまで空気を読んで漫が発言をしたのかはわからないが、どのみち大阪において姫松と千里山はライバル関係にあるのだ。

 

 「中堅と大将がしっかりしてんな、順当に行きゃあ次点はここなんじゃねえの」

 

 「残りふたつは?」

 

 「福岡の……、理沙サンの出身校だったか。あそこは副将がキモだな、そこ次第だろ」

 

 たしかに拳児の言うとおり、印象はほとんど変わっていないらしい。拳児の査定用の目は異能を完全に無視した素の実力に特化しており、これの精度の高さは恭子も舌を巻くほどである。なにせ彼はこれまで高校麻雀に関わってこなかったことが原因で前評判だのといったものに縁がなかったのに、ほとんど半荘を見ただけで高い実力を持つものを見分けるなんて芸当を見せつけたのだ。ちなみに合宿で異能が存在すること自体は理解したものの、それに対するアンテナは育っていない。当然それに関する分析などもってのほかである。

 

 「あとは、奈良のなんつったか……。あそこは地区予選からよくわかんねーんだよな」

 

 「阿知賀やな」

 

 「勝つにも負けるにも何かが足りてねー気がしてよ」

 

 「どういうことです?」

 

 「俺ン中でもうまく消化できてねーが、番狂わせがあるならここじゃねーかと思ってる」

 

 なんとも珍しいかたちの評価に漫と絹恵は目を見合わせ、恭子はひとつため息をついた。洋榎は彼女たちと決勝で当たったときのことを思い描いているのか、機嫌の良さそうな表情になっていた。それにはまず二回戦と準決勝を抜けなければならないのだが、そこのところを彼女がどう考えているのかは掴めない。

 

 

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 打点を重視した打ち方に変えるという策が具合よくハマり、由子は南一局で満貫を自摸和了ってみせた。このままの流れでいけば原点もすぐに見えたが、インターハイの二回戦に姿を見せるような打ち手がそうそう見逃してくれるはずもなかった。エイスリン封じで忙しいはずの染谷が早くも鳴かされた状態にアジャストしたのか、見事と言うしかない手の回し方で華麗に次局を和了ってみせる。負けじと狩宿が鳴きの速攻を見せて二局連続で和了り、次鋒戦前半戦は終了となった。

 

 由子は席を立つときに呆然としているエイスリンの姿がちらと目に入ったが、すぐに視線を背けた。たまたま彼女にとって特別に相性の悪い相手がいた。ただそれだけの話だったから。

 

 

 このあとの後半戦でエイスリンは染谷をはじめとした三人に完封されることとなった。もちろん得点はマイナスではあったが、それでも彼女の被害は少なく済んだと取るべきだろう。狙いうちにされてもおかしくはなかったが永水だけがプラスである状況が影響したのだろう、狩宿と他二人の間での点のやり取りが中心になっていたからだ。最終結果だけでみるならば姫松の一人勝ちと宮守の一人負け、それと永水と清澄の微増が数字上の結論である。

 

 

 

 

 

 

 

 




色々気になる方のためのカンタン点数推移


          次鋒戦開始   後半戦開始   次鋒戦終了

狩宿 巴    → 一一八二〇〇 → 一一六一〇〇 → 一二一五〇〇

真瀬 由子   →  八五一〇〇 →  九二六〇〇 →  九八四〇〇

染谷 まこ   →  九三六〇〇 →  九六五〇〇 →  九三八〇〇

エイスリン.W → 一〇三一〇〇 →  九四八〇〇 →  八六三〇〇


一応全局ぶんの点数推移もありますが今回はこれで。

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