姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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03 Common Sense

―――――

 

 

 

 「ぐ……、ま、待て!今仕上がるから!」

 

 「じゃあ一分だけ延長なー」

 

 「鬼かオメー!?」

 

 

 播磨拳児が悲鳴を上げる理由は昨日の午後まで遡る。昨日の衝撃的なデビュー戦のあと、部室に戻るといっせいに取り囲まれて質問攻めにあった。そこで判明したのは、拳児に学生レベルでの麻雀の常識が存在しないことだった。インターハイのルールはおろかあの宮永照の存在も知らない、それどころか牌譜の読み方さえ知らないという有様だった。事態を重く見た恭子は即座に主将である洋榎と相談し、一般レベルの知識を叩き込むことを決めた。その直後に拳児と、なぜか漫が連れられたのは視聴覚室だった。

 

 「あの、末原先輩、こんなとこで何するんですか」

 

 「ん? ああ、二人にはDVD観てもらおかな、て」

 

 「DVD?」

 

 二人の声が揃う。

 

 「瑞原プロの麻雀番組や。分かりやすい上に誰が観ても勉強になるしな」

 

 恭子は手際よくプロジェクタの準備を進める。本来であれば教職員しかセットをすることのないだろう機器を淀みなく接続していく様子を見て、拳児は感心していた。あれでは手伝いに入ろうとしても逆に作業の邪魔になってしまうだろう。

 

 「播磨は牌譜の読み方とか覚えなな。いくら実力あってもそれじゃあ監督は務まらんし」

 

 拳児と漫は部室を出るときに手渡された筆記用具とメモ帳を机の上に置いて、いつ番組が始まってもいいように待機している。

 

 「漫ちゃんはアレやな。播磨の理解が追い付かなくなったら教えたり。もうすぐ先輩なるしな」

 

 「うう、そやった……」

 

 準備が終わったのだろう、ふう、と一息をついて恭子はDVDをデッキへと差し込む。ついでそのデッキのリモコンを拳児に渡し、わからなかったら巻き戻すことを言い含めてさっさと出て行ってしまった。残された拳児と漫は素直にDVDを見ることにした。

 

 

 『はやりんのミラクル☆麻雀講座』と題された番組内容は、牌のおねえさんこと瑞原はやりプロが講義形式で進めていくものである。時に映像を、時にかわいらしいイラストを交えて進んでいくこの講座は、他のプロが出している麻雀指導DVDよりも格段に理解のしやすいものだった。初心者から上級者まで、をモットーに制作されたこの番組はまったく同じ内容を見ていても視聴者のレベルによって受け取り方が変わるという神業的な造りとなっている。拳児が牌譜の読み書きでふむふむとうなずいている横で、漫も牌譜そのものを見ながらなるほどなぁ、などと感嘆の声を洩らしていた。集中して画面を見つめるふたりの姿には、どこか微笑ましいものがあった。

 

 ときおり一時停止や巻き戻しをしながら観た九十分は、観終わっただけで上手くなったような気がする非常に満足度の高いものだった。ふたりは鼻息を荒くして、報告するために恭子のもとへと向かった。視聴覚室の外の廊下はまぶしくて、思わず漫は手で光を遮る。隣にいる拳児はサングラスをしているためまったく動じていなかった。なんだかずるいと思ってしまったことは誰にもとがめられないだろう。

 

 漫が世間話にもならないような話を振りながら、片付けのために再び恭子を引き連れて視聴覚室へと向かう。恭子に軽くあしらわれるその光景は実によく馴染んでいた。ときおり拳児にも話題が振られるのだが、こういうときに適切な振る舞いができるほど器用ではない。男子と女子とで対応を変えるようなタイプではないのだ。だからいつもどおりにぶっきらぼうに返答をしておいた。

 

 「あ、そや。播磨、明日テストするからな。牌譜の」

 

 「任しとけ、ヨユーだぜ」

 

 播磨拳児は不良の類型のうちの、いわゆる一匹狼タイプに分類される不良である。手当たり次第にツッパるのではなく、自らへとまっすぐ向けられる力に対してのみ立ち向かう。だから普通に接するぶんには何らの問題もない。それどころか案外話せるやつ、との評価を受けることがしばしばあるくらいだ。

 

 「播磨先輩めっちゃ気合入ってますやん」

 

 「ふーむ、それやったらちょっと難度上げてもええかもな」

 

 ぼそっとつぶやく恭子の横顔を見て、拳児は自分の発言の迂闊さを呪う。こいつは冗談が通じないタイプに違いない。とはいえ仮にテストで失敗したところでどうなるというわけでもないので、拳児は恭子の発言はスルーすることに決めた。

 

 

 今後もDVDや録画した試合を観る機会があるだろうということで、視聴覚室の機器の使い方を習いながら片づけを手伝う。せいぜいケーブルの接続くらいしかないため、そこまで複雑ではない。先ほど映像で見たプロほどではないが、恭子もずいぶんと説明が上手い。素直にすごいと思った拳児がそれを告げると、恭子は遠い目をしながらため息まじりに口を開いた。

 

 「ま、主将と漫ちゃんがおるからな……」

 

 いまひとつ何が言いたいのか拳児には伝わらなかったが、とにかく苦労しているであろうことは察することができた。

 

 「あー、なんだ……。おめーにもイロイロあんのな」

 

 「ちょ、先輩たちヒドないですか!?」

 

 漫が心外だ、とでも言わんばかりに割り込んでくる。恭子が嬉しそうにいじくり始める。拳児はもう一度だけプロジェクタの配線と、しまってあるところを確認する。普段からバイクに触ったりしているだけあって機械にはそれなりに強い。エアコン修理のアルバイトもこなしたことがある。直接は関係ない気がするが。

 

 「で、播磨はこれからどないするん?」

 

 「いや学校通ったりするんじゃねーの?」

 

 「そうやなくて今日のハナシや。うちらはもうちょっと残って練習してくけど」

 

 時刻は午後三時を過ぎたあたりだ。空の色がすこしずつグラデーションをかけてやわらかくなっている。今から帰ってすぐにやるべきこともぱっとは思いつかない。本当ならば編入試験のための勉強をするべきなのだが、そのことが頭からさっぱり消え去っているうえに、拳児は妙なところで義に厚い。戦国武将や時代劇が好きだからだったりするのだろうか。

 

 「監督ってのはよ、最後までいねえと意味がねえんじゃねえのか?」

 

 「ん、ええ心構えや。せっかくやからもうちょっとお勉強しよか」

 

 

―――――

 

 

 

 言わずと知れた小鍛治健夜が一線から退いたことで女子麻雀界は群雄割拠の時代となっていた。あまりにも華々しすぎる彼女の功績はしばらく現役選手たちを悩ませるタネとなるだろうが、それでも死角の見当たらない最強が居座り続けるよりははるかにマシと言っていい。本来であればタイトルを獲る実力のあるトッププロたちが、彼女ひとりがいるというだけで無冠に終わっていたことを考えれば当然と言える。現在は着物姿がトレードマークの三尋木咏を筆頭としたトップ集団に、新星とも呼ばれる戒能良子をはじめとした若手たちが追い上げる図式が構築されている。

 

 そしてプロの登竜門と目されるインターハイもまた世間の耳目を集めるに値するほどに盛り上がっていた。未だ四月にもならない時期から、である。やはりその中心はインターハイ団体・個人の両方で連覇を果たしている宮永照だった。彼女の所属する白糸台が三連覇を成し遂げるのか、あるいはそれをどこが止めるのか。その有力候補とされるのが全国ランキング二位の北大阪地区代表である千里山女子、霧島の巫女を擁する永水女子、強力な留学生を揃える臨海女子、前回大会で旋風を巻き起こした龍門渕、そしてそれらに平然と肩を並べるとされる姫松。今年の大会は年々レベルが上がっているとされる高校女子麻雀においても異常と言えるほどに豊作な年度のものとなる。

 

 これらは麻雀に関わる者にとっては常識といってもいい知識であるが、残念なことにと言うべきかやはりと言うべきか拳児にその知識はなかった。これまでの経緯から恭子はその辺りの常識が拳児にないことは推測していたが、一日に詰め込み過ぎてもあまりよろしくないだろうと考えて触れないことにしておいた。

 

 

 「さて、あと監督として知っとかなあかんのはインハイのルールやな」

 

 またもや部室を離れて、適当に入った教室で恭子が話を始める。教壇に立つ姿は実に堂に入ったものとなっている。ひょっとして普段からこうやって部員たちにさまざまな説明をしているのだろうか。拳児と、なぜか今度は絹恵を教卓の真ん前に座らせて恭子は思案している。即興で講義のプランを考えているように拳児には見えた。

 

 「えーっと、末原先輩、私はなんで連れてこられたんでしょか」

 

 「絹ちゃんももう立派なレギュラーやからな。その辺の意識づけも兼ねて、って感じや」

 

 レギュラー。今日のあいだに手に入れてきた少ない情報を組み合わせて拳児は考える。とにかくここが麻雀部であることは間違いない。麻雀は基本的には四人で打つものである。そしてどうやらインターハイが存在するらしい。それらとレギュラーという言葉から導き出される結論とは。

 

 「……ハッ!? まさか、団体戦でもあるってのか!?」

 

 「あー、そやったな。播磨はその辺も知らん設定やったな」

 

 「私たちの前やったら別にもう隠さんでもええような気はしますけどね」

 

 「…………?」

 

 「ま、裏の界隈があったとして、そこに団体戦があるとも思えんしな。きっちり説明しよか」

 

 なにか致命的な勘違いが起きている気がするのだが、その原因が拳児にはわからなかった。昼の対局から逃げたことが原因ならば自分への評価は下がっているはずである。逃げ出すことで上がる評価などイメージできなかったし、そんなものはあったとしても願い下げだ。

 

 「オイ、何を勘違いしてるかはしらねーが……」

 

 「じゃあ絹ちゃん、団体戦の大雑把なルールをどうぞ」

 

 「えと、各校の代表の五人が十万点を持越しで奪い合う変則的なルールです」

 

 「ちょっ、オイ、人の話を……」

 

 「で、質問は?」

 

 もう講義は始まってしまったようで拳児に割り込む術はない。恭子はすでにチョークを手にしている。口で説明するだけでは追いつかないだろうから板書をするものと推測される。まさか投げはしないだろう。絹恵はちょっとだけ楽しそうに笑っている。

 

 「……チッ。先鋒から大将までいるんなら勝ち星で決めない理由はなんだ?」

 

 「ん。麻雀やからやな。四チームの代表が卓につくから星が同数になりやすい」

 

 「逆に言うと、ひとりずば抜けていれば勝てるいうことでもありますね」

 

 ( そりゃホントに団体戦って呼んでいいのか )

 

 かつかつ、と小気味いい音をさせて炭酸カルシウムが黒板の上を滑る。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将と国語の授業のように縦書きで横に並べられる。なんとなく予想していたことではあるが、恭子の字は綺麗だった。

 

 インターハイの団体戦はトーナメント形式であること、団体戦の出場者はそれぞれ二半荘を戦うことをときおり絹恵に話を振りつつ説明していく。予選では決勝以外は一半荘しか戦えないことも忘れずに添える。拳児もきちんと聞く姿勢を崩さない。

 

 「ちっと待てや。トーナメントでやるってんなら数が合わねえんじゃねえか?」

 

 「ええトコに気ぃついたな。そや、数は合わへん。さあ絹ちゃんどないしよ?」

 

 楽しそうに恭子は絹恵に問いかける。

 

 「し、シード校と出場校数の調整ですよね?」

 

 不安げな表情で絹恵が答える。

 

 「あともう一歩で完璧やったな。実は二回戦以降は二位以上が勝ち上がりなんや」

 

 ああそやったー、と絹恵は自分の額をたたく。麻雀におけるインターハイ団体戦では、出場校である全五十二校のうち四校がシードとされ一回戦を免除される。そして一回戦を勝ち抜いた十二校とその四校で行われる二回戦では上位二チームが準決勝へ、同様のルールで決勝戦へと進むチームが決定される。もちろん出場してくるのは全国の予選を勝ち抜いてきた強豪であり、生半なことでは一回戦を抜けることも難しいとされる。

 

 「さ、じゃあ部室の方に戻ろか」

 

 今日習ったことを明日テストされるということで、重要そうなところのメモを取っていた拳児の作業が終わるのを待って恭子が言う。教室の窓の端のほうからこれから沈もうとしている陽の光が差し込んできている。いつの間にか外から聞こえてくる声は野球部のものではなくなっていた。

 

 

―――――

 

 

 

 教室に戻ってきた拳児は午前中に出してもらった椅子にまた座って見学を始めていた。今日こそ見学だけで済んでいるものの、もし部員たちから練習の指示などを求められたら現時点ではどうしようもない。実力も経験も勘も、おそらく麻雀にかかわるすべての事項で彼女たちを下回っているのは動かしようのない事実だった。だからせめて自分から歩み寄るくらいのことはしなければ男とは言えないだろう。たとえ意中の女の子が自分を見てくれなくても野郎が恋をしてしまったら男を下げてはいけない、とは播磨拳児の持論である。

 

 だから見学だって全力でやるに決まっている。あまりにも真剣になりすぎて、席から立って卓の真後ろで仁王立ちしてしまうくらいに。人数の多い姫松麻雀部の全員の顔と名前の区別をつけるにはまだ時間がかかるだろうが、そんなことは関係ない。名前がわからなくても部室にいる以上は部員であり、であるならば監督代行たる拳児がじっと見ることに何らの問題もないのだ。ルール上は。

 

 いきなり拳児が見に来た卓についていた少女たちは完全に怯えきっていた。控えめに言ったって不良の見た目に隆々たる体躯。それに卓についている新二年生からすれば先輩であるうえに昼休憩に見せた人の領域を超えた豪運。果ては裏プロだなんて噂まで流れるような存在なのだから無理もないだろう。しばらく時間が経てばまた見方も変わってくるのだろうが、午前中に見たインパクトを午後に修正するなんて器用な真似ができる人は少数派に違いない。それでもさすがは強豪校の部員といったところか、打牌に乱れは見られなかった。

 

 一方でプレッシャーを与えている側である拳児は変わらずにじっと卓を眺めていた。麻雀について深く研究したこともなければ才能と呼べるほどの特別な嗅覚も持ち合わせていない拳児は、卓における少女たちのアクションの意味がいまひとつ掴めないでいた。どうしてシャンテン数が進みそうな場面でわざわざ遠回りを選択するのか、あるいはどうしてあえて鳴きを入れたりするのか。腕に覚えのあるプレイヤーならば場面を見ればすぐにわかることだが、相手の待ちをきちんと外したりしているだけのことだ。もちろん拳児も相手が聴牌しているのではないかと警戒することもあるが、しっかりと論理に従って待ちを読み切るだけの技量はない。そのうえ目の前ではリズムよく場が進行していき立ち止まって考える時間がまるでない。

 

 ( ッ!そういうことか!後でゆっくり考えるために牌譜ってのは役に立つんだな!? )

 

 もちろんのこと他の役立て方もあるのだが、差し当たって拳児にとっては間違いのない利用方法である。そうとなれば拳児の頭は一気に加速していく。明日のテストの演習にもなるから、次の局から実際に牌譜を起こしてみようと考えた。午前中に受け取ったメモ帳にある程度のスペースを空けて東南西北、と書いていく。DVDで観た内容はまだしっかり頭に残っている。単純な性格をしている拳児はそれだけでやる気を出していた。しかし、いきなりメモ帳を出して必死になにかを書きつけている様はまたもや卓についている少女たちの恐怖の対象になっていた。

 

 播磨拳児は不良ではあるが、頭が悪いというわけではない。それどころか全力を出せばテストにおいて学年でも有数の点数をたたき出せる能力があり、また実際にその経験もある。ただ彼は致命的なまでに間が悪く、そして抜けている。だから牌譜の読み書きを理解しても、その速度まで頭が回っていないのだ。見ながら考える段階で早いと考えていたのに、それを書くことの難しさを考慮していなかったのだ。

 

 思考判断というものは洗練されるもので、こと麻雀という種目においてはそれが顕著に表れると言っていいだろう。乱暴な言い方をすれば河と手牌を見比べてどの牌を捨てるのかを決めるのが麻雀という競技であり、特殊な例を除けばある程度パターン化されてくるとさえ言ってもいいかもしれない。もちろん河を含めた牌の組み合わせなどそれこそ数えきれないほどのもので、絶対の解答など存在しない。それでもこの洗練という過程は上達するうえで必ず通る道であって、ここ姫松の麻雀部のそれはきわめて高い水準を誇っていた。早い話が打牌までの思考時間が短いのだ。

 

 まるで示し合わせたかのように一定のリズムで続く打牌に、拳児はまったくついていくことができなかった。捨てられた牌を確認してメモ帳に書いて顔を上げれば、卓の上にはもうひとつ捨牌が増えていた。その速度にさらに鳴きが加わるとなるととても追いつけたものではない。それもそのはずリアルタイムで牌譜を書く場合、よほどの熟練者でもない限りは河を読み上げる係と実際に牌譜を起こす係の二人で行うのが通常である。一人で行うのならば録画した映像を使ってでなければ難しいだろう。先ほど観たDVDではリアルタイムで牌譜を起こす場面を想定していなかったため、拳児がそこを勘違いしたのも仕方のないことと言えた。

 

 ( ぐおおおっ!? マンガの締め切りよりやべえんじゃねえのかコレ!? )

 

 メモ帳にペンを走らせながら奇妙な動きをしている男とそれに怯える卓についた少女たちの映像は、外から見るとまったく意味がわからず、また犯罪的な匂いがした。

 

 

―――――

 

 

 

 「きょーこ、アレ何しとるよーに見える?」

 

 「私らの後輩にメモ帳持って拝み倒してるように見えますね」

 

 「いたいけな少女に麻雀を打つことを強要する変態に見えるのよー」

 

 「見た感じ実戦で牌譜取ってみようとでも考えたんとちゃいます?」

 

 「フフッ、アホやなあいつ。お、ゆーこそれロンやで」

 

 「ふぇっ!?」

 

 休憩を昼に挟んだものの朝から集中して打ち通しということで、洋榎が提案した三麻に興じつつ何やらおかしな行動を取っている拳児を観察していた。言わば息抜きのようなものである。そうは言いながら牌にはきちんと触れているあたり、芯の芯まで麻雀漬けなのだろう。

 

 「おお、また始めよった。ええ子らやな。で、なんであいつ牌譜ひとりで取ってるん?」

 

 「んー、DVDで触れてなかったんちゃいますかね」

 

 「ほー、でーぶいでーか」

 

 「でーぶいでー?」

 

 「でーぶいでー」

 

 ぷす、と恭子の口から空気が漏れる。なんとか堪えていた洋榎と由子もたまらず続く。反響し合ってだんだんと波が大きくなる。最終的には言葉を発するのさえ難しくなっていた。

 

 「くふっ、く、ひ、洋榎それ、その辺のお、おばちゃんでも言わないのよー」

 

 「しゅ、主将、そ、それはアカンですて……」

 

 「むふっ、なんなんやろな、ふ、タ、タイミングが、完璧やったんかな」

 

 

 ( ぐぬ、人が必死でやってるってのにいい気な連中だぜ! )

 

 目尻に涙をためるほど笑っておきながら恭子の目はしっかりと拳児の手元を捉えており、それを見てプロの対局の牌譜を一発で取らせてみようかと考えるに至ったのである。恭子が本当に確認したかったのは牌譜の読み書きを理解できたかどうかであり速度はまったく関係なかったのだが、あんな姿を見てしまえばちょっとしたイタズラ心が芽生えても仕方ないだろう。

 

 だからこの翌日、拳児は悲鳴を上げることになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 


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