姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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54 嘘のつけないひとたち

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 龍門渕一行が宿泊しているホテルの部屋は、座り心地のよかったホールの座席なんかを遥かに飛び越えて快適だった。座っているソファからしてもそうだし、飲食物の類も透華付の執事のおかげで一流のものが味わえる。一人ひとりのスペースの事情を考えてもさすがにホールとは比較にならないし、アロマでも焚いているのかなんだか落ち着く甘い香りまでする。そのうえ周囲を気にせず話せるものだから、八雲も愛理も結局は彼女たちのお世話になることを選んだ。

 

 窓から見える空の大部分はまだまだ青いが、端の辺りは次第にその色を変え始めていた。時刻で言えばもう夕方といって差し支えのない頃だ。かたちだけでは判別のできない鳥の影が遠くの空を横切った。部屋自体が高いところにあるためか、セミの声はほとんど聞こえない。あるいはセミたちでさえもいま行われている決勝戦に意識を奪われているのかもしれない。

 

 

 「愛理さん、そろそろお聞きしてもよろしくて?」

 

 タイミングとしては出し抜けのものであるはずだったが、透華の問いかけは突然の印象を与えなかった。どこかで普通の人の目には見えない、言葉の波のようなものが彼女には見えているのかもしれない。

 

 「何のこと?」

 

 儀礼的な返答だった。とりあえずこの段階を踏んでおかなければいけない種のもの。

 

 「それはもちろん愛理さんと播磨拳児監督の関係について、ですわ」

 

 それは執事を除いた龍門渕側のメンバーの誰もが知りたいと思っていた事柄だった。もともとのクラスメイトが名門校の監督としていきなりデビューを果たしたとはいえ、その行方を見守るために貴重な高校三年生の夏を二週間ほども費やすというのはなかなかのことだと言える。少なくともただの友人程度の関係性でできるようなことではないだろう。もちろんほとんど同じようなことが彼女といっしょにやってきた八雲にも言える。愛理と八雲が違っている点は、龍門渕側からすれば年齢だけだ。

 

 愛理はきまり悪そうな表情を浮かべる以外になかった。こんな質問をされてにこやかにしているほうがどうかしている。聞かれるのはわかりきっていたことだが、それでもどうしようもないことだ。

 

 「……気が進まないわね」

 

 「愛理さんの執事のナカムラさんに尋ねてもよいのですけど」

 

 にっこりといたずらっぽい笑みを浮かべて透華は口を開いた。普段は育ちの影響もあって淑やかで大人びた印象を与える外見をしているが、こうして笑うと年齢相応のかわいらしい顔立ちをしていることに気付く。もちろん愛理は透華の本性がこちらのほうに近いことをよく知っている。でなければこんな提案が出てくるはずはないのだ。

 

 「ナカムラだけは勘弁して。脚色して話すに決まってるわ」

 

 目を閉じてため息をつきながら降参の意を示す。元軍属という異色の過去を持つ沢近家の執事はその頃の血が騒ぐのか、拳児のことを妙に気に入っており、たびたび愛理と拳児をくっつけようとする動きを見せていた。そんな彼に拳児のことを聞かれたら、面白半分どころか面白さ八割ほどで嬉々として話し始めるだろう。おそらくは愛理の気に入らない感じで。

 

 仕方なく愛理は思案を始めた。どのような順番で話をするかも大きな要素になり得る類のものだからだ。先の発言があったというのにこのまま黙ろうとしたところで、そうは問屋が卸さないだろう。既に透華はもとより、赤いリボンがやけに目立つ衣も目を輝かせている。救いと言えば八雲を囲む面子の三人が比較的離れたところで彼女にちょっかいを出していることぐらいだろうか。それでもどのみちいずれ透華から彼女たちに伝わることは避けられないだろうけれど。

 

 「関係、と言えばクラスメイトくらいのものね。二年生のときの」

 

 「それだけですの?」

 

 「とりあえずはそれだけよ」

 

 愛理の言葉はそっけない。もともと素直ではない性格なのだ。

 

 「では愛理さんにとって、彼は他の男性とどう違うのでしょう」

 

 透華は愛理の扱いを心得ていた。質問の仕方しだいではさっさと打ち切られてしまいかねない。そうはさせないためのやり方というものがこの世にはあったりする。

 

 ついで小さな頭がぴょこんと跳ねた。体の向きを愛理のほうへ変えて、じっと瞳を覗き込んでいる。その奥になにか目新しいものが見えるのかもしれない。

 

 「……なんというか、関わったことのないタイプだったわ。粗野で、バカ正直だった」

 

 ほとんど遠い過去のことのように話してはいるが、愛理が話しているのは去年のことであって、時間の連続性はまったく途切れていない。あるいは愛理からすればそうではないのかもしれない。愛理はアイスティーの入ったカップを口元へと運んだ。

 

 透華はいったんその言葉を要素に分解して組み立てなおしていた。素直でない彼女と話すときはこの作業が必要不可欠だった。とくに人物の印象については気を付けたほうがいい。言い方ひとつで受け取り方がずいぶんと変わるものが非常に多く、また彼女はそれを使って巧妙に煙に巻こうとするだろう。少なくとも()()()()()()()()()と透華は確信していたが。

 

 「……つまり愛理さんに対して心理的な壁がなかった?」

 

 「そうね、その言い方でも間違ってないと思うわ」

 

 「エリ。エリはハリマとやらとの間に特別ななにかを抱えたのだろう? 衣はそれが聞きたい」

 

 ひどく答えにくい質問に、愛理は頭痛を感じたような気がした。まず愛理の中ではっきりさせておかないとならないのは、愛理と播磨拳児はいわゆる彼氏彼女の関係にはないということだ。もちろんなったこともない。そのうえで先の衣の問いかけに答えるとなるとなかなか難しい。ただ事実を淡々と伝えるにはまだ愛理は若すぎたし、なにより記憶が鮮明過ぎる。その当時の感情まで呼び起こしてしまいそうで、それこそ気が進まなかった。

 

 それでも愛理はどうにかして答えることに決めた。気休め程度かもしれないが、できる限り古い記憶から話を持ってくることで先に挙げた弊害を回避しようとした。

 

 「別に私とアイツはそういう関係じゃないわ。まずそれを理解してもらいたいんだけど」

 

 愛理がそう言うと透華と衣がすぐに頷いた。金糸の髪から花の香りが漂ってくる。きっとシャンプーの香りに違いないだろう。

 

 「去年の体育祭でね、私とヒゲと両方に責任があるかたちで私が怪我したの。軽い捻挫」

 

 その際に行われたのが騎馬戦の騎馬を二人で同時に蹴り崩すというとてもまともではない行動だったことには触れない。その体育祭ではそういった行為がなぜか禁止されておらず、意外と主流の戦い方だったことも忘れてはいけない。彼らふたりが特別に外道だったわけではないのだ。

 

 ちなみに愛理が怪我をした直接の理由は、彼女が剃ってしまった拳児の頭を守るためである。なぜ拳児の頭が月代のように剃られていたのか、そしてどういった段階を踏んでそこに至ったのかを説明するのにはあまりにも事情が込み入りすぎていた。それらはすべてまともな理由ではないことだけは断言できる出来事だった。

 

 「それでそのあと女子のクラス対抗リレーにも出てたんだけど、まあ、本調子じゃなくてね」

 

 痛みをこらえて出場した愛理は、捻挫のことをほとんど誰にも悟らせずに走った。実際にそのスピードは目を見張るものだったし、その働きはアンカーの手前の走者として十分なものであった。しかしその途中、痛んだ足の影響で彼女は転倒し、バトンと順位を大きく落とした。彼女はかなりオブラートに包んだ言い方をしているが、そこを確かめる術は透華にも衣にもなかった。

 

 「私の怪我の責任でも感じてたのかしらね、あいつが男子リレーで勝つって言いに来て」

 

 「言いに来て?」

 

 「そのまま勝ったってだけのハナシよ、それでおしまい」

 

 ちょうど言葉を切ったところでテレビから歓声が上がった。副将のうちの誰かが大きな和了りでも見せたか、あるいは見事な打ち回しを見せたのだろう。しかし透華と衣の興味はいまはそちらには向いていなかった。

 

 「衣には男女の機微がわからぬ。比翼連理にも聞こえるし、そうでないようにも聞こえる」

 

 「そういうものじゃないわ、たまにはいいところあるじゃないってくらいのこと」

 

 愛理には比翼連理の指すところの意味がつかめなかったが、とりあえずの訂正を入れておいた。当然ながら愛理はそのあとの後夜祭についての話をしなかった。あるいはこここそが透華と衣が聞きたがっていた部分なのかもしれないが、なんとも気恥ずかしいうえにその時間が持っていた意味を愛理は正確に説明できない。外からみればそれはたしかに男女の関係を思わせるものだったかもしれないが、愛理からすればそれはわずかにピントがずれていると言わざるを得ないものだった。

 

 見る人が見れば一目でわかる、誤魔化すような笑みを愛理は浮かべた。薄い皮膚の一枚下にはこれ以上の具体例の追及を拒絶するといった感情が透けて見えるようだった。もうここはレッドゾーンだ。思い出す内容によっては怒りが抑えられないかもしれない。それを言葉にすることなくできるだけ正確に愛理は表現したつもりだ。透華がどう受け取るかまではわからないが。

 

 透華は視線を上げて、天井を見つめながら考え事をしている。愛理の発言の内容を精査しているのか、それとも新たな質問を案出しているのかはわからない。愛理としてはできればこれ以上は勘弁してもらいたいところだろうが、きっとそうはならないだろう。

 

 「それでは愛理さんは播磨監督に対してどんな思いをお持ちなのでしょう」

 

 「とくに何もないわ」

 

 「ほんとうに?」

 

 むしろ言葉に詰まるのが自然ですらあった。愛理の拳児に対する感情は、単純な好悪で表せるようなものではない。ちょっとしたことや些細な行き違いが積もり積もって重なって、一歩も後ろに戻れない複雑な感情を形成した。もちろん人と人のあいだの感情もおしなべてそういうものなのかもしれないが、愛理と拳児のあいだのそれはそれこそ独自に名前をつけられても不思議ではないような特殊なものだった。それは素数のようにそれ以上の単純化ができない感情なのだ。

 

 「わたくしには愛理さんが播磨監督を、少なくとも嫌っているようには思えませんでしたわ」

 

 「粗野で粗雑でバカでサイテーだけど、たしかに嫌いなわけじゃないわ」

 

 「道理だ。でなければエリは東京までインターハイを見には来るまい」

 

 その瞬間、あるひとつの疑問が愛理の脳裏を過ぎった。その疑問に対する答えを用意する前に、これが致命的な問いになることが時間を置かずに愛理にはわかった。衣が何気なく声に出したその言葉は、愛理の頭に生まれた疑問を連れてくるものだった。まず間違いなくこの疑問を透華も口にするだろう。これは問われなければならない質問だ。そしてそれに対する返答がどのようなものであれ、愛理にとっての “前” がここで定まるだろう。どうして今までこのことに気が付かなかったのだろうか、と愛理は自問した。しかしそんなことに意味はなかった。

 

 一拍置いて、やはり透華がその質問を口にした。

 

 「それでは愛理さんは何をしに東京へ?」

 

 自然で、当然で、逃げ道のない質問だった。そもそも麻雀に強い関心を抱いていたわけではないのだから、麻雀を見に来たとは言えない。いやそれすらも言い訳で、彼女たちの関心はひとりの男にしか初めから向いていない。そして透華が問うているのはその一歩先だ。大会中に会えるかどうかもわからない拳児の後を追ってきて、そこでいったい何をどうしようとしているのかを聞いているのだ。それこそ結果を追うだけなら自宅のテレビを見ていればそれでよいのだから。

 

 愛理は静かに目を閉じて、東京に来てからの自分のこれまでの行動を振り返った。そうしてその振り返りは愛理をあるひとつの事実にぶつけた。彼女はとくに何か行動を起こしたわけではないのだ。ただスクリーンあるいはテレビの前に座って、彼の所属する姫松高校の試合を眺めていただけだ。あまつさえ彼のチームメイトに出会ったときにはエールまで送っている始末だ。自分の行動が指し示す意味を理解できないほど愛理の頭は鈍くできてはいない。彼女は初めからわかったうえで東京に来たということを認めなければならなかった。東京に来たのはひとつの区切りの儀式であって、それ以外の意味は些末なものに過ぎなかった。

 

 「……なんというか、そうね、立ち位置の確認をしにきたの」

 

 「立ち位置?」

 

 不思議そうに聞き返す透華に、愛理は頷くことで答えた。

 

 「その立ち位置はきちんとわかりまして?」

 

 「初めからわかってはいたの。確認をしにきただけよ」

 

 そこまで話すと愛理は心の中が妙にすっきりしていることに気が付いた。どうしてすっきりしているのかが初めはわからなくて、しばらく黙り込んで考え続け、そうしてやっとその答えが脳裏に浮かんだ。それはとても単純なことで、彼女が認めたくないことだった。愛理は、播磨拳児という男がほんとうに違う場所にいるのを()()()()()()()話したがっていたのだ。たまたま話した相手が透華たちだっただけで、おそらく誰かに話していただろうことは動かない。八雲を連れてきたのがその証拠だ。

 

 我ながらバカな時間の使い方をしたものだ、と愛理は首を振りながら大げさにため息をついた。それは愛理もまたただの女子高生であり、相応に不安を抱えていることを示していた。そして彼女自身は東京まで出てきたことから導かれる重要なことにまだ気付いていなかった。愛理にそのことを告げれば、きっと彼女は顔を真っ赤にして否定するだろう。

 

 テレビでは緑色の上で四人の右腕と雀牌が躍っていた。

 

 

―――――

 

 

 

 こつこつとローファーが誰もいない廊下の床を叩く。足取りには軽いものも重いものも感じられない。しかし迷いの無さから考えるに、目的地ははっきりと決まっているのだろう。平均よりはずいぶん高い位置にある腰のポケットに手を突っ込んでのしのしと歩く姿は、傍から見ても近くから見てもやはりチンピラだった。

 

 副将戦の場面は確実に進行して、いまはちょうど東場が終わったところだった。インターハイでの優勝そのものに主眼を置いていない拳児とはいえある程度は現状が気になってはいたが、それとは別に単純に喉が渇いたらしい。加えて控室の近くに置いてある廊下に置いてある自販機には彼の気に入る飲料がなかったらしく、わざわざその足をホールのエントランスへ出るほうへと向けていた。褒められた行動でないのは明らかだが、拳児がそんなことを気にするタイプと考える人もいないだろう。

 

 どのみち決勝戦が白熱していることもあり、贔屓目に見てもホールのエントランスは閑散としていた。そのぶん観客席の人口密度が高まっていると言われても信じられないほどに。しかしそれは拳児からすれば都合のいい状況でもあった。誰に騒がれるでもなく目的の飲み物が買えるのだから。気を楽にして少し距離のある自販機のほうへ目をやると、そこには先客の姿があった。小学校四年生くらいの身長にまっすぐなポニーテールをぶら下げて、なぜか長袖のジャージを着込んでいる。ひょっとしたら館内の冷房が彼女にとっては利きすぎているのかもしれない。そのわりに下はホットパンツと夏らしい服装をしているから、まったく事情が異なっている可能性もあるだろう。小学生までもが直接に足を運んで見学するとは麻雀の人気もどうやら本物らしいなと考えながら、とりあえず拳児は自分も利用するつもりの自販機へと歩を進めた。

 

 拳児があと二歩ほどで立ち止まろうと考え始めたあたりで、がこん、と缶ジュースの落ちてきた音が自販機の口から響いた。少女は当然そこに手を突っ込んで缶を取り出し、いざ帰ろうとして振り向いた。そうしてまた自然の流れとして、拳児と面を合わせることになった。拳児自身は露とも思っていないだろうが、大抵ならば面倒なことになるのが筋だろう。少女が泣きだすか逃げ出すかするのが目に浮かぶようだ。しかしその少女はどちらも選ばなかった。きらきらと輝く瞳で拳児を見上げていた。

 

 「播磨拳児監督ですよね!?」

 

 そう嬉しそうに声をかけてきた少女の顔を、拳児が忘れるはずがなかった。異能を持った雀士がそこらじゅうにいるこの大会で、ただひとり拳児に不思議な印象を残した少女だったからだ。信じられないことに、拳児は初めて会うその少女の名前さえ記憶していた。

 

 「オメー、たしか阿知賀の高鴨とかなんとか……」

 

 「はい! 高鴨穏乃ですっ!」

 

 多くの疑問が拳児の頭を駆け巡りはしたが、いまこの場でそのいちばん上に来たのは、どうしてこれほどまでに輝いた目で自分を見ているのだろうということだった。接点と呼べるほどに濃い接触は、ふたりの間どころかチーム同士に枠を広げても見当たらない。姫松がBブロックだったのに対して阿知賀はAブロックだ、決勝に来るまでまともに顔を合わせることすらできないのだ。だから拳児にはその理由がよくわからなかった。ただ、拳児のそのささやかな疑問は彼の口の端に上がることもなく解決を見た。

 

 「すごいですよね! 監督一年生で決勝進出なんて! 赤土先生とおんなじだ!」

 

 あまりにも屈託がなさすぎて拳児はそれを頭から呑み込まざるを得なかった。彼女が言うのならきっとそうなのだろう。嘘をつかないとかつけないというレベルではなく、嘘をつくことの意味を理解していないタイプだ。

 

 拳児にはその赤土なる人物が誰なのかはわからなかったが、おそらくは目の前の高鴨穏乃という少女の尊敬を受けていることだけは理解できた。ついで面と向かって褒められているということにやっと気付いた。基本的に褒められるという機会が極端に少ない拳児は、実際に直面したときにどうしても反応が遅れてしまう。そうでなくても高校生という年代で真正面から人を褒められる人間は少ない。照れくさかったりなんなりで心が邪魔をして、そうして結局は口にしないなんてことがよくあるものだ。ある意味で言えば拳児は貴重な体験をしているのかもしれなかった。

 

 「戦ってんのァあいつらだ、別に俺がすげぇワケじゃねえよ」

 

 決まりきった文句で拳児は答える。本心から出ているのだから変えようもない。

 

 「赤土先生も同じこと言ってました。でも、絶対に力になってるって私は思います!」

 

 

 それきり別れの挨拶をして駆け足に去っていく彼女の後ろ姿を、拳児はぼんやりと眺めていた。そして恭子にそれを含めた話をどう話したものかと考え始めた。拳児が控室を出た理由がここにもうひとつある。どうも漫が控室に帰ってきたあたりから彼女の様子が明らかにおかしくなっているように拳児には見えており、その対応策を本人から離れたところで考えようとしていたのだ。優勝を決める立場にある彼女がそれでは困ってしまうのだが、しかし拳児はそういう細かい心の動きが苦手だ。何をどうすれば元通りになるのかを必死に考えはしたが、もともとそちらのほうには向いていない拳児の頭は解答を導いてはくれなかった。

 

 ( チッ、いるとこにゃいるもんだな…… )

 

 答えの出せない問題をいつまでも考え続けられるほど我慢強くない拳児はいつの間にか別のことに思考を回してしまっていた。たった数語しか言葉を交わしてはいないが、それと同じ感じを拳児は前に受けたことがあったことを思い出していた。同時にそういう人物があらゆる意味でどれだけ厄介かも思い出した。現時点で阿知賀の得点が落ち込んでいることくらいは拳児も承知していたが、果たしてそれがどれだけ安心材料になるかは正直なところわからなかった。あくまで拳児が感じ取った可能性だが、あの少女は他三校のリードをぶち壊すだけのものを持っている可能性がある。臨海女子、白糸台と共に厄介な大将が控えていることはわかっているが、そこに阿知賀の高鴨が加わる。彼はそれに対して打てる手などはじめからひとつも持っていなかった。

 

 しばらくのあいだ、高鴨が姿を消したほうを見つめたまま、拳児は自販機に硬貨も入れずに立ち尽くしていた。そうしてもう一度、無いと自覚している頭を働かせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




色々気になる方のためのカンタン点数推移


           副将戦開始時   東四局終了時   前半戦終了時

鷺森 灼      →  四八五〇〇 →  四九五〇〇 →  四六八〇〇

メガン ダヴァン  → 一〇〇三〇〇 → 一〇六六〇〇 → 一一三二〇〇

愛宕 絹恵     → 一三〇〇〇〇 → 一三〇二〇〇 → 一二三九〇〇

亦野 誠子     → 一二一二〇〇 → 一一三七〇〇 → 一一六一〇〇

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