姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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63 ウワサのオトコ

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 ( ん、珍しいな、まだ誰も来てねーのか )

 

 部室の開放係は一年生のあいだで持ち回りの当番制になっており、拳児が部室を訪れるころにはまず開いているのが通常である。というのも一年生たちからすれば、いくら慣れたと言ったところで拳児の存在は怖いのである。姫松高校の監督代行はあまり怒らないどころか今まで一度もそんな姿を見せたことがないが、どう考えても怒らせるのはマズいという考え方が一年の間で浸透しており、その結果として拳児が来る前に部室を開けておく、という通常のパターンが形成された。もちろんそんなことは拳児は露とも知らない。

 

 そこでため息ひとつつかずに、たまにはそういうこともあるか、と軽く舌打ちをしつつも自分でカギを取りに行こうとしてしまう辺りが “播磨拳児と書いてバカと読む” と言われ続けてきた所以であり、あまり物事を疑うことをしない人間性の証明となっている。ついでに言えば環境への順応性が意外と高いことをも示している。放課後になっているというのにいまだに部室の前に部員がひとりも来ていないという時点でふつうなら何かしらの疑問を持つものだが、彼の頭には考えそのものが浮かんではこなかった。

 

 階段を下りて職員室へ向かうあいだの校内は、いつもより雰囲気が落ち着いているような感じがあった。普段はもう少し騒がしいというか活気があるのだが、今日に限ってはどうも違う。そんな周囲の様子にちょっとした違和感を覚えながら、拳児は部室のカギを受け取るために職員室の扉をノックする。

 

 扉を開けた瞬間に殺気に似た圧力を感じて思わず身構え、そうしてからはじめて室内の教員の刺すような視線が自分に集まっていることに拳児は気付いた。間違っても生徒に対して放つような圧力ではない。あまりの事態に拳児が出入り口で立ちすくんでいると、いつの間にかコーチを務める赤阪郁乃が拳児を不思議そうな目で見つめていた。いつものように口元には人差し指が添えられている。さすがに気が動転しているときに気付かぬうちに接近を許せば拳児も驚かずにはいられないようで、思わず声をあげてしまった。

 

 「おっわァ!? あ、赤阪サンか……。驚かさねーでくれよ……」

 

 「あれ~、拳児くんが来るなんて珍しいけどどうしたん~?」

 

 いつものふんわりした調子にかすかに安堵を覚えつつ、拳児は部室のカギを取りに来たことを説明した。あるいは一年生と入れ違いになったかもしれないが、それはそれで構わないとも。

 

 すると郁乃はその言葉を聞いたとたんに、肩と羽のような髪を震わせてくつくつと笑い出した。すぐには収まらないところを見ると、わりと本格的な笑いであるらしい。

 

 「ふっふ、拳児くんそれはアカンわ、センセのハナシはよう聞かな」

 

 いったい何を言っているのか理解できない拳児は、ただただ呆けたように口を開けっ放しにしている。そして郁乃の口から追撃が放たれた。

 

 「あんな、今日からテスト一週間前で部活も職員室入るんも禁止やねん」

 

 部室の前から職員室までのあいだで感じてきたすべての違和感がいっせいに結びついて、大きな衝撃を拳児に与えた。その衝撃は彼から言葉を奪い、愕然とした表情をもとに戻すための知性を消し飛ばした。ぶっちゃけてしまえばあまりにカッコ悪い一連の流れに逃げ出し方すら思い浮かばなくなったのである。

 

 その後、自分がどのようにして家に帰ったのかを拳児は覚えてはいない。

 

 

 実は、このテスト前というシーズンは拳児にとって最も過ごしにくい時期なのである。そもそも播磨拳児は不良であり、そんな存在がテストが近いからといって真面目に家だの図書室だので勉強するかと聞かれればノーと答えるしかない。麻雀部の監督として真面目にやっているのだからそれくらいはできるだろうと見る向きもあるかもしれないが、それにはちょっとした誤解が含まれている。たしかに拳児は一本気な性格をしており、やると決めたことはきちんとやり抜く男だが、その範囲はきちんと狭い。もともと塚本天満のために姫松を優勝させると決めたのであって他は範囲に入っていないのだ。もっと言えばテスト勉強は拳児の頑張る項目にない。

 

 ところで、播磨拳児が現在住んでいる部屋にはテレビもパソコンもない。なぜないのかと問われれば、それは必要がないからだ。拳児はインドアとアウトドアのどちらかで比較すれば圧倒的なアウトドアであり、自宅でやることなどほとんどないとさえ考えている。暇でしょうがなくなればバイクでそこらを走り回ったり、あるいは街に出てうろつくのが彼の時間のつぶし方である。もちろんテレビが置いてあれば点けることはあるだろうが、わざわざ買うという段階までいかないのが彼の生活だ。近いもので購入したのはラジオだが、それほど真面目に聞いていないのが現状である。テスト勉強の環境としては上出来と言えるものなのだが、ある意味もったいない話だ。

 

 

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 テスト直前職員室乱入未遂事件から週末をはさんで月曜日、朝練も禁止の通学路はなんだか妙に居心地が悪かった。運動部の朝練がない関係上、校門へ向かう生徒の数がバラけていないのは当たり前のこととして、それとは別に視線がやけに自分に集まっているように拳児は感じていた。もちろん普段から注目を集める存在であることに間違いはないし、ある程度は拳児自身も慣れている。しかし今朝の空気はふだんのそれとは違うのだ。どこか、そう、拳児が初めて姫松への道を歩いたあの日を思い出す。好奇と不審の入り混じった視線なのだ。

 

 しかしいまさらそういった視線を集める理由が拳児には思い当たらない。転校直後ならば理解はできるし、夏休み明けも優勝を経験してきたということで注目されてもそこまで不思議ではない。ただ、今日は九月も三週目の月曜日であって、タイミングとしてはどうにも違和感が残る。奇妙なことは重なるとはよく言うが、土曜の晩にもメガン・ダヴァンからよくわからない電話があったばかりだ。そんなことを思い出しているあいだにも視線は拳児に突き刺さり続けた。

 

 

 開きっぱなしになっていた二組の扉をくぐって教室に入っても、やはり好奇の視線は途絶えなかった。むしろ他のクラスや学年よりも距離が近いぶんだけ無遠慮になっている気さえする。そんなものに晒されて機嫌がよくなるわけもなく、拳児は自分の机にカバンを軽く放って席に着いた。何だってんだ、と小さく愚痴るのも忘れない。

 

 「ふふ、ずいぶん機嫌悪そうだけど?」

 

 隣の席の、シニヨンが特徴的な少女が声をかける。クラスメイトも拳児への恐怖がだいぶ薄らいできたとはいっても、さすがに機嫌が悪そうなときに絡んでいけるほどではない。そこを見ると真瀬由子は播磨拳児の扱いにいちばん長けていると言ってもいいのかもしれない。彼女の話し方は心配してのものなどではなく、どこかからかうような要素の入ったものだ。

 

 「朝からジロジロ見られてるような気がしてよ、ワケわかんねーぜ」

 

 「……ん? あれ、なにも知らないの?」

 

 由子のまるで深刻でない楽しそうな表情がわずかに濃度を下げる。

 

 「俺ァなにを知ってりゃいいんだ?」

 

 「播磨、あなたひょっとしてニュースとか見ない?」

 

 「ウチにゃテレビはねーからな」

 

 「とするとパソコンなんて持って……」

 

 「ねーよ。使い方もよくわかんねえしな」

 

 みるみるうちに由子の笑顔がひきつったものへ変化してゆく。ひいき目に見たってグッドニュースが入ってきたようには見えない。由子はわりといろいろなパターンを想定してきたつもりだったが、さすがにこれは予想外だった。もちろん拳児がテレビ等を持っていないことを予想したところでどうなるものでもないことはわかりきっているが。

 

 そんな会話をしているうちに担任の教師が教室へ入ってきた。拳児が登校してくるのがぎりぎりなのだから、担任が入ってくるのもだいたいが似たようなタイミングになる。さすがにそれを無視して話を続けるわけにもいかず、ふたりの話は一時中断となった。

 

 

 担任が教室を出て一時間目が始まる前、由子がなにやら全速力でスマートフォンをいじくっているのを拳児は感心しながら眺めていた。画面の上に指を滑らせる簡単な操作だけで実に様々なことができるのだという。当然ながら拳児は彼女が何をしているのかはわかっていない。由子がスマートフォンを操作し始めて二十秒ほどだろうか、突然拳児の前にそれが差し出された。

 

 「オイ、何の真似だこりゃあ」

 

 「いいから見てほしいのよー、たぶんジロジロ見られてる理由がわかると思うから」

 

 そう言って彼女が差し出した画面には、どこかで見たことのある少女が映っている。長い金髪、猫のように丸い目、にじみ出る傲岸不遜な態度。

 

 「コイツは……、大西じゃねえか」

 

 ( 大星さんなんだけどね )

 

 由子が画面に触れると映像が動き出す。どうやら彼女が見せたいのは動画だったようだ。

 

 画面の中の少女はインタビュアーから投げかけられる質問に淀みなく答える。目の奥にあるのはもう絶対的な自信だけではなく、決意のようなものがちらついている。敗北を経験することで何かを得たのかもしれないし、考え方に変化が起きたのかもしれない。しかし拳児からすればはっきり言ってどうでもいいことである。そもそもにおいて自身との関連の薄いこの少女が、今日やたらと視線を集めることにどう関わっているいるのだろうかと思い始めたその瞬間だった。

 

 話題はそのとき姫松に及んでいた。団体戦で優勝をしているのだから当然だろう。大将を務めていた大星淡の頭に刻まれていたのはやはり恭子で、その話が終わればまた別の話題に移るか、あるいはインタビューそのものが終わるかといったところだった。しかし実際にはそうはならず、少女の口から播磨拳児という言葉が紡がれたのである。

 

 『うん、ハリマケンジとは二回。たまたまホールの外と、街で』

 

 『そんなには話さなかったよ、アイサツと、……えっと、アドバイス?』

 

 『えへへ、それがね? 女の子用のアクセ見てて、あれたぶんプレゼントだと思うんだけど』

 

 『誰に渡すんだろーね』

 

 件の動画を見て、思わず拳児は立ち上がって後ずさった。ショッピングセンターでの出来事がありありと思い出される。小さな画面の中でえへへ、とかわいらしく笑っているこの少女は完璧だった偽装 (拳児的には) を見破り、拳児がアクセサリを買おうとしているのを突き止めた挙句に好き勝手にアドバイスをして何も聞かずに帰って行ったのだ。

 

 口を開けたまま満足に言葉を発することもできない拳児に、申し訳なさそうに由子が補足情報を付け加えてくれた。

 

 「これね、おとといの土曜の生中継なんだけど、動画サイトで話題になっちゃって……」

 

 つまり拳児は自身が知らない間に、女の子にアクセサリをプレゼントする予定の男として日本中に認知されたということになる。そんな予定はまったくないというのに。ちなみに拳児が固まっている理由は恥ずかしいから、などという軟弱なものではない。彼は想い人さえいれば他はまあいいや、というあまりに男らしすぎる思考回路の持ち主であり、そんな拳児に対して贈り物をすることを囃し立てたところで一発殴られて終わりである。重要なのは彼の想いの矛先が塚本天満以外に向いていると周囲に思い込まれてしまうところにあった。どうせこの流れならば贈り物をする相手は姫松の連中の誰かということにされているのだろう。それくらいは拳児にもわかる。実は前にも、周囲の勘違いを発端として塚本天満の妹である塚本八雲と付き合っていることになってしまい、想いを寄せる本人から恋の応援をされるという苦い経験をしたことがある。要するにこういった状況に軽いトラウマのようなものを抱えているのだ。

 

 「……オイこれ誤解を解くには」

 

 「無理じゃない?」

 

 ほとんど拳児の言葉にかぶせるように由子が否定する。不特定多数に対して広まったあまりにも面白そうな事案を収束させる方法などたったのひとつしかない。そして見るからに拳児はその手段を選ばないだろう。そもそもが誤解だと言っているのだから。

 

 一時間目の開始を知らせるチャイムが鳴って、数学教師が教室に入ってきた。何らかのリアクションを取ったのであろう拳児のポーズをちらと見やって、さっさと席につけと軽く注意だけした。それを聞いて、拳児は力なく自分の席につく。むしろ授業が始まることが彼にとっては救いだったのかもしれない。

 

 

―――――

 

 

 

 帰りのホームルームも終わって時刻は放課後、校門から出て二分のところにある馴染みのコンビニで拳児がどの飲み物を買おうかと紙パックの陳列棚の前で悩んでいると、誰かが隣に並んだような気配があった。気配というよりは隣に立ったことによる風圧を感じたと表現したほうがあるいは近いかもしれない。しかし拳児はあまり周りを気にするようなタイプではないため、誰が近くに来ようと確認をしない。たまたま視界に入った相手が知り合いであれば彼から接触を図る場合もあるが、基本的には声をかけたり肩をたたいたりしないと気付かない。今日も隣にいる相手に自分から注意を向けることはなさそうだ。

 

 知り合ってからそろそろ半年は経とうかという麻雀部員たちは当然ながらそのことを知っており、現時点でそれが可能なのは三年生と一部の二年生に限られてはいるが、拳児に用があるときは気兼ねなく接していくことが要求されるのである。そしていま拳児の隣に立っている少女はそれができる側の人間だった。

 

 「ん? オウ、愛宕か。で、ナンだそのカオ」

 

 左肩をたたかれて拳児が振り向くと、いつもより若干してやったり感の強い顔をした愛宕洋榎がそこにいた。その表情の理由はまったくわからない。とくに何をされたという記憶もないのだ。

 

 「まあ気遣いと察しの良さは大阪一の洋榎ちゃんやからな、そこは感謝してええで」

 

 「いや、オメー何言ってんの?」

 

 「ガッコの近くのコンビニいうんが雰囲気ないけど、そこはまけといたる」

 

 いくら察しの悪い拳児といえど、さすがに雰囲気という言葉にはピンときた。昨日の今日ならぬ今朝の今で目の前の少女が何を言っているのかが理解できなければ鈍いどうこうの話ではなくなってくる。国のレベルで指折りの才能を持つとされる期待の星は、おそらく存在しないプレゼントを拳児から受け取るつもりなのだ。

 

 拳児の脳内を、わかったこととわからないことが駆け巡る。間違いなく世間は拳児が渡すためのプレゼントを持っていると確信している。そうでなければ洋榎のこの言動は考えられない。そしてわからないのが、どうしてこの少女はそれを受け取るのが自分だと疑っていないのだろうということだった。拳児からすれば勘違いも甚だしい。それに相応しい女性などこの世界にたったひとりしかいないはずなのだ。しかしこれは逆に誤解を解くチャンスでもあった。直に話をする機会があるのならそこで否定をすればよい。まさか拳児がテレビに出て大星淡の発言は間違いだと言うわけにもいかず、彼にできることは地道ではあるが一人ずつ誤解を解くことだけだ。

 

 「待て、ハナシを聞け」

 

 「なんや、場所変えるんか?」

 

 「違え、いいか、あの大西のやつのインタビューは間違いだ。あいつは勘違いしてやがる」

 

 ( あれ、大星やなかったっけ )

 

 普段からは考えられないほどに拳児の話には力が入っていた。なぜなら目の前のこの少女の誤解を解くことができれば他の部員たちにも同様の見通しが立つからだ。紙パックの陳列棚の前であることなどもはや覚えていないだろうことは明白で、コンビニ側からすればいい迷惑に違いない。

 

 「どーいうこと?」

 

 「たまたま出くわした以外は事実じゃねえんだよ、そもそも俺はアクセなんて選んでねえ」

 

 実際のところはショップの前で妄想していただけである。

 

 「なんやそやったんか、ってそれやとずいぶん面倒なことになってへんか」

 

 「オメーの言う通りだぜ、どいつもこいつも大西の言ったことを信じてやがる」

 

 

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 言うべきことはすべて言ったと見えて、拳児は紙パックのレモンティーを買ってさっさとコンビニを出て行った。洋榎もテスト勉強のお供を探すという目的を果たしたので店の外へと出ることにした。意外と商品の前で悩んだ時間が長かったらしく、ちょっと先に出たと思っていた拳児の姿はもう見えなくなっていた。南寄りのそよ風にいつの間にかコンビニに売られていたおでんの匂いと外の匂いの違いを感じ取る。これが部活終わりの夕方だったらアウトだったな、と小さく頭を横に振ると、ひとりで何をしているの、と声をかけられた。

 

 顔を上げると仲間であり親友でありクラスメイトでもある由子がそこに立っていた。あらためて親友の姿をよく見てみると、着ているものはまったく同じ制服なのにどうしてか彼女のほうが品があるように思えてしまう。育ちの良さというのはそういうところに出るのだろうか、と洋榎は暇な時に考えたりもするのだがいっこうに結論は出ない。

 

 「ん、おでんの誘惑を振り切ってたとこやな」

 

 「おでん? ああ、たしかにコンビニはいい匂いがするのよー」

 

 由子は洋榎の真後ろにあったコンビニに目をやって納得したように頷いた。

 

 「あ、なあなあゆーこ、播磨問題が間違いやったって知ってた?」

 

 話題の転換としてはあまりに唐突だが、彼女たちの間はこれでいい。別にいまさらそんなことを気にするような間柄でもないし、そもそも重要視するような事柄でもない。

 

 「大星さんが言ってたやつなら知ってるのよー」

 

 「アクセなんて選んでないってさっき言うとったで。アイツも大変やんなあ」

 

 「んー、でも播磨の言ってることも意外と曖昧なのよー?」

 

 コーチよろしくかわいらしい顎に人差し指を当てつつ、由子が拳児の発言に疑問点が残ることを指摘した。ふたりはもう顔を合わせた直後からいっしょに駅に向かって歩を進めており、周囲の帰宅する姫松生と合わせて見れば風景の一部として馴染んでいる。

 

 「だって大星さんの言ってることは間違いだーって言うだけで他になんにも言わないんだもの」

 

 「……言われてみればゆーこの言うとおりやな」

 

 「だからひょっとしたら大星さんが100%間違ってるわけじゃないのかもしれないのよー」

 

 雑談の接ぎ穂にしては面倒な可能性を含んだ話題だが、これが面白いのだから始末に負えない。未だもって播磨拳児とは謎に包まれた男であり、そのプライベートを知る者は誰一人としていない。面と向かってそういう話題を振りにくい人物に対する無責任な噂話ほど盛り上がるものも少ないだろう。こういうときの高校生の想像力は必要以上にたくましい。もちろんそれは男子も女子も問わないが、細かいところまで詰めていくのは往々にして女子のほうである場合が多い。

 

 「もしかしたらアクセやなくて別のもん選んでたんちゃうか?」

 

 「そういえば買ってないともプレゼントしないともギリギリ言ってないような……」

 

 そこまで言ってふたりは顔を見合わせた。行き止まりと思い込んでいた道を試しに進んでみたら意外と奥に続いていたのを見つけてしまったような感覚があって、戸惑いというか、その先に進んでいいものかお互いに判断に迷ったのである。いくら楽しそうなことであっても良識の範囲というものがあるからだ。

 

 足を止めてまばたきを何度か繰り返して、洋榎と由子はほとんど同じようなタイミングで苦笑いを浮かべた。思っていることを正確に言葉にするのは難しいが、互いに何を思っているかはわかりきっている。だからあえてその部分だけは言葉にするのを避けた。

 

 「……別にうちらがフォローに回る必要もないな」

 

 「放っとけば自力でなんとかすると思うのよー」

 

 いまではただのクラスメイトと言っても差し支えのない関係性なのだから、たしかに彼女たちが拳児のために動き回るのも奇妙な話ではある。それにもしふたりが行動を起こした場合、周囲にさらなる誤解を生む可能性が非常に高い。ただでさえ拳児の意中の人と勘違いされつつある状況なのだ、拳児のフォローにまわることはその勘違いを補強する要素にしかなりえない。優しいとか冷たいとかそういう話ではなく、動けばどちらにとっても迷惑がかかる。そこまでわかっている以上、彼女たちには動きようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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