姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児   作:箱女

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65 哀愁の体育祭

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 各学年の数々の競技をはさんで、午前最後の種目の時間となった。三年生の各クラスの得点差はそれほど開いてはおらず、それだけにそれぞれ応援の熱の入りようはすさまじいものがあった。表面上、というかその目的の中心がそこにあるのは間違いないのだが、別の要素がひとつ紛れ込んでいるのもまた事実であった。例年の通り、姫松高校における体育祭午前最後の種目は三年生による “玉入れ” である。

 

 

 サングラスとカチューシャの男が出るということで下級生からも異様なほど注目を集めているというのに、3-2の一部の生徒、数名の男子と女子だ、の表情は奇妙に固いものになっていた。大半が拳児の名前を叫んだり他の出場者の名前を叫んだりしているのと比べると、その煮え切らない表情はひどく浮いて映る。

 

 しかし引きつった表情をしている人物がわずかにいることになど気付く者は誰もなく、そんなことは選手入場のくだりになって更に盛り上がる歓声に余計に塗りつぶされた。本来なら玉入れという競技において、誰かひとりに注目することは無意味だ。ただそれでも視線を集めてしまうのが播磨拳児という個性であり、またここ数ヶ月で培われた要素だった。端的に言ってしまえば、玉入れとは思えない熱狂がそこにはあった。この種目が終われば昼食休憩に入るということもその熱狂に拍車をかけたのだろう。その渦の中で違和感に気付ける者がいようはずもない。そう、今日の播磨拳児には決定的にあるものが足りていないのだ。

 

 ちなみに姫松高校の玉入れはたとえば小学校でやるようなものとは多少違っており、各クラスの玉入れに出場する選手のうちのひとりが他のクラスの籠、これは三メートルの棒の先端に籠がつけられたものだ、を体に巻き付けて逃げ回る。それを追いかけて玉を投げ入れるという全力を尽くそうと思えば意外にヘビーな競技なのだ。走って逃げ続けるのもおそろしいほど難しく、結局は動く籠を目がけて玉を放るくらいの競技となっている。

 

 起きようのないミラクルが起きることもなく、玉入れはつつがなく進行していく。それに向けられる熱の入ったエールは、一歩引いて眺めてみると異様としか言えないものだった。振ればしゃらしゃらと鳴るクラスごとに色分けされた玉が宙を舞ってそれぞれの籠へと向かっていく。時に玉どうしがぶつかり、時に籠に直接ぶつかり、あるいはそのまま目的の場所へと吸い込まれていくさまは何も考えずに眺めていればどこか幻想的ですらあった。しかしそれでもたった三分の競技時間に変わりはなく、あっけないとさえ言えるほどにあっさりと三年生による玉入れは終わりを迎えた。

 

 

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 多くの生徒が学年もクラスも関係のない位置取りで玉入れという競技を見ていたおかげで、競技終了と同時に昼食休憩が始まったとき、絹恵は違うクラスである漫の隣に立っていた。周囲は先ほどの前後不覚の熱狂からは脱したようで、いつも通りの、日常会話なら通る程度の騒がしさに落ち着いている。そこで絹恵は、熱狂のなかとはいえ大声では口にできなかったことを漫に話してみることにした。

 

 「なあ漫ちゃん、さっきの播磨さん……」

 

 「やっぱり絹ちゃんも気付いた?」

 

 「うん……。いつもよりちょっと小さなってる気もするし、なにより」

 

 「ヒゲがない」

 

 ふたりの音声が完璧に合わさった。そう、ほとんどの姫松生はサングラスとカチューシャだけで播磨拳児をそれと認識していたが、それでは見た目の要素としてはひとつ足りていないのだ。拳児といえば夏休みを終えて以降多くの人に声をかけてもらえるようになったことは事実に違いない。しかしだからといって彼を見かけたら挨拶をしてくれるような人々であってもその顔をしっかりと見ているというわけではない。親しくなろうとしての接触でないぶん、むしろ全体像としてぼんやりとした映像が頭に残ることもあって、最も強い印象を残しているのは普段から身に着けている装飾品なのである。もちろんヒゲも印象を残してるのに違いはないが、サングラスとカチューシャに比べて、言われれば思い出す程度の位置づけになっているのは仕方のないことと言えよう。

 

 しかし麻雀部員は一般生徒と比較して拳児と接する機会が多く、そのぶん鮮明に彼の顔を思い描くことができる。団体戦メンバーとして夏を戦った彼女たちならなおさらだ。絹恵も漫も玉入れに出場していた人物が播磨拳児ではないことに確信に近いものを抱いている。

 

 「でも誰と入れ替わってるかなんてお姉ちゃんにも聞かれへんしな」

 

 「播磨先輩のクラスのひとは絶対ごまかすやろ」

 

 「どう考えても反則やけど、なんでそんなことしてるんやろなあ」

 

 拳児の思考回路など本人を除いて世界中の誰ひとりとしてわかるものではなく、ましてや今回の場合は本人でさえ本来の目的を見失っているという緊急事態である。したがって団体戦での全国制覇などという稀有な経験をしている彼女たちであってさえも、彼がヒゲを剃ってまで誰かに成り代わっている理由はわからない。なおこれは余談だが、拳児は必要であれば意外なほどにあっさりとヒゲを剃り落とす。矢神高校時代にもすくなくとも二度はヒゲを剃った姿が確認されており、それがまた別に違和感を残すほどの印象を与えなかったのが実情である。

 

 ふたりして教室に置いてある弁当を取りに歩いているときに、ふたりともが黙って頭を働かせていた。いま起きている事態は (一部の人間にとって) 一種の異常事態であり、そのことが及ぼす影響について瞬時に理解が追い付くような状況ではなかったのだ。

 

 ( ……待ちや。なんかいっこ見逃してる気がする )

 

 ( 偽播磨さんはヒゲはないけど、サングラスとカチューシャはしてる…… )

 

 弾かれたようにお互いのほうを向いた絹恵と漫は目を見た瞬間に同じ結論にたどり着いたことを理解した。拳児がいつもの格好をしていないというのなら、それが導く解はたったひとつだ。

 

 「播磨()()、いま素顔や!」

 

 実はこのふたりにとって拳児の素顔というのは臨海女子へ合宿へ行ってから異様なほどの興味の対象となっているのである。姫松に初めて訪れたその日からあの格好だった拳児は、もう半ば以上あの姿が素のものなのだと認識されつつあり、またそう認識されていたのだがそれを叩き壊す事件が臨海女子での合宿で起きた。辻垣内智葉による “播磨拳児は笑うと意外とかわいい顔をしている発言” である。この事件は知識欲だとか女子としての危機感だとか、実にさまざまなものを刺激した。実際問題、普段は隠されっぱなしになっているものを見るチャンスがそこに転がっているとだけ考えても彼女たちの心情は簡単に理解できる。そこへずっと気になっていたもの、という条件がつくのだから、反応としてはごく当たり前のものと言えるだろう。

 

 絹恵も漫も今すぐ3-2の教室に駆け込みたいくらいの気持ちではあったが、さすがに上級生の教室にそんな用事で訪ねるわけにもいかない。それに姿を変えているであろう拳児が教室にいる保証はなく、またいつもの昼休みは屋上にいるのが定番となっているが、体育祭と文化祭のときだけは閉められている。これは気分が高揚しているときに屋上に上がってはいけない、という考えから来るものである。そうなると拳児の居場所の手掛かりはまったくなくなる。事実上、彼を捜すのは不可能であった。

 

 

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 昼食休憩も午後の競技も、あとひとつを残してすべてが消化された。三年生の各クラスの得点は均衡しており、残る種目で一着を獲れば文句なしで優勝が決まることがはっきりしていた。それだけにどのクラスの出場選手の気合の入りようもすさまじく、全員が譲る気などなさそうに見える。一陣の風が吹き抜けて、乾いたグラウンドの砂を運んでゆく。学年別クラス対抗リレーの出場者は男女三人ずつの計六人であり、それぞれが200mを走りつつバトンをつなぐのがこの種目のキモである。選手たちがそれぞれのスタート位置に向かっている最中に3-2が走る順番を変更したというアナウンスがなされた。そのアナウンスを、ほとんど誰もがさほど重要なことではないかのように聞き流していた。

 

 “柿沢” という文字を胸に備えた男が、アンカーを務める選手の集合場所に姿を見せた。他のアンカーは集中力を高めているのかその男に注意を払わない。誰も気付かない。その男が播磨拳児であるということに。

 

 普段あまり意識されることはないが、カチューシャで押さえつけられている拳児の前髪は意外と長く、何もせずに垂らすと鼻の先まで隠れてしまう。通常状態と今の状態を見比べて同一人物だとすぐに判断できるひとはまずいないだろう。そのこともあって現時点で拳児は、“いつもは目立たないが実はかなり足の速い柿沢くん” として認識されている。たしかに播磨拳児は注目を集める存在だが、いまは決定的に意味が異なっている。求められているのは拳児ではなく、最後の勝負に直接影響するアンカーだ。

 

 ヒゲを剃りサングラスもカチューシャも外して仕込みも臨戦態勢も整えた拳児は、丁寧にウォーミングアップを行いながら既に充足感に包まれていた。なぜならこれで自分に対する侮りを払拭できるからである。誰であっても播磨拳児をナメることなど許されてはならない。拳児はこみ上げる笑いを必死に抑えながらアップを続け、まだレースが始まってもいないのに途切れることなく続く応援に耳を傾けていた。

 

 「柿沢ー! ぜんぶお前に懸かってんで!」

 

 「オトコ見せえよ! カッキー!」

 

 「柿沢ー! 柿沢ー!」

 

 ( …………アレ? )

 

 拳児は気付いていなかった。自分で成り代わることを思いつき、柿沢本人との交渉から何からすべてを自分でやったにもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ( これひょっとして俺が勝ったところで意味ねーんじゃ…… )

 

 拳児が真理に到達しかけたそのとき、スタートの合図が鳴り響いた。なぜかはわからないが一年生のレースも二年生のレースも妙なくらいに白熱した展開であったため、その熱が最後を締めくくる三年生のリレーまで持ち越されていた。もう誰もこの雰囲気からは逃げられない。さすがの拳児も総勢七百人近くの熱狂からは逃れる術を持たず、心のなかでただこうこぼすしかなかった。

 

 ( ……世の中ってホント空気読まねーのな )

 

 姫松高校のグラウンドに白線を引いてトラックを作ると一周がおよそ400mになり、また女子と男子とが交互に200mを走るというルール上、ストレートコースの対角に男子と女子が分かれるのが通例となっている。もうすでに第一走者の女子がカーブに差し掛かっていた。第二走者の男子が準備に入っているのを見ながら、もうひとりの男子が拳児の顔を見ることなく、しかしはっきりと聞こえるようにつぶやいた。

 

 「俺たち二組の優勝は任したからな」

 

 強い決意を宿した瞳は勝利へ向けて燃えており、それはもはや美しいとさえ評しても何ら問題のないような力強さを湛えていた。誰が何を言ったところでひとつの目標に向けて魂を燃やす人の姿はかっこいいものであって、拳児に声をかけた彼はまさにその姿に合致していた。彼の顔立ちは精悍を超えてほとんど戦士に近いものになっており、その存在だけで士気を高揚させるような立ち姿であった。それを見て拳児がさきほど思ったことをふたたび思っただろうことは想像に難くない。

 

 

 躍動する肉体は空気を切り裂き、踏み出される一歩は次の瞬間には大地を置き去りにする。手も足も何もかも壊れたってよさそうに見えるほどの走りだ。すくなくとも明日以降のことを考えているものとは到底思われない。まるで意思そのものがかたちをとって走っているかのようだった。

 

 バトンの受け渡しはどのクラスもスムーズに行われ、脱落するようなクラスはなくレースは終盤戦へと入っていた。拳児のいる二組は現時点で前から三番手を走っている。トップと比較しておよそ七メートルほどの差。時間にして一秒ほどといったところだ。200mのレースで一秒差はかなり大きなものであり、ましてや相手は各クラスのナンバーワンに違いない。常識的に考えれば逆転して勝利をつかむなど厳しいと言うほかない。すでにバトンゾーンに入って準備を済ませている拳児の目には、走り終えて呼吸を整えるクラスメイトの姿が映っていた。

 

 トップを走る六組、ついでわずかな差で三組のアンカーがバトンを受け取ってスタートを切る。彼らがスピードに乗り始めたそのとき、ついに拳児が第五走者からバトンを受け取った。そこから全速力まで一気に持っていくためにありったけの力を脚へと注ぎ込む。まだ助走段階に等しい二歩目三歩目のときに、拳児はちいさく口を動かしていた。

 

 「……もうなんでもいいけどよ、この俺様が」

 

 四歩目で信じられないほどの爆発的な加速を見せる。

 

 「この俺様が! 負けてたまるかってんだよおおおおおおおおおお!!」

 

 そのフォームは決して洗練されたものではなかった。テレビで見るような陸上選手どころか姫松の陸上部のそれと見比べてもどこか歪なものだ。しかし力強い。地面を蹴る脚が、振られる腕が、次第に前傾から起き上がっていく肉体が、弾丸のようにバトンを運んでいく。呼吸すらも邪魔になる純粋な世界。駆ける。風景は引き伸ばされてもはや意味を成していない。その目に映るのは前を走る二人だけだ。視界の端がちかちかと明滅する。左曲がりのカーブに差し掛かる。ここを抜ければ短いストレートコースの先にゴールが待っている。

 

 慣性という物理法則が存在し、また実際に走る距離に差が出る以上、短距離を走って順位を競う競技においてカーブの内側と外側には大きな有利不利が存在する。一般的に考えればカーブの間の追い抜きはよほど実力に開きがないと無理である。むしろカーブで前を行く選手を追い抜こうというのは愚かしいとさえ言えるほどのことだ。しかし拳児はヘアピンカーブの半ばを過ぎた辺りで明らかに走るコースを膨らませた。一メートルの差でさえ致命傷になりかねない短距離走でわざわざそのコース取りをする理由など呆れるほどに単純だ。

 

 一位しか目に入っていないこと、そして十分に勝てると思っているということだ。

 

 巻き上がる砂塵が僅かに足を滑らせていることを如実に伝える。しかし拳児の絶対的なバランス感覚はそれをまったく苦にしない。カーブの外側から巻き込むように体を合わせ、ストレートコースに入るころにはすでに歩幅一歩分の差をつけてトップを追う態勢に入っていた。もう標的は手を伸ばせば届くところにいる。獲物をその目に捉えた狼がその脚を緩めるわけがない。外から見てもはっきりとわかるほどに回転数を上げた拳児が瞬く間にトップに並び、抜き去り、そして片手を突き上げながらゴールテープを切った。

 

 ほとんど雄叫びと変わりない歓声とともに3-2のクラスメイトたちが走り終えたばかりの拳児のもとへと駆けつける。ある者は背中をたたき、ある者はただただ騒ぎながら周囲を動き回っていた。一貫して誰もがリレーでの勝利を祝福していた。

 

 「柿沢! やるやん!」

 

 「ホンマかっこよかったで、カッキー!」

 

 「俺もなー、脚ケガしてなかったらホンマはそこにおったんやけどなー、惜しいことしたわー」

 

 「お前100m十四秒台やろ」

 

 拳児は、もう何も言わなかった。すべては決定されたことだったのだ。拳児が面倒くさいという理由で玉入れに出場を希望した時点であらゆる道は閉ざされていたのだ。この瞬間、世界は柿沢のためにあった。立役者はもちろん拳児だ。体育祭のあいだじゅう騒がしかったせいでほとんど忘れ去られていた実況席がリレーの順位をアナウンスしていたが、やはりそれは騒ぐ生徒たちの耳には届かないようだった。悲鳴も、怒号も、歓喜も、すべてを混ぜ込んだ大きな渦が姫松高校のグラウンドを支配していた。ほんのすこしだけ日が傾き始めた空の下で、体育祭は終幕を迎えた。

 

 

―――――

 

 

 

 週末が明けて月曜日の昼休みの終わりごろ、計画がきれいに頓挫した拳児の機嫌はとくに悪いというわけでもないようだった。むしろ廊下を歩くその足取りはどこか軽ささえ感じさせる。いま学校中の噂の中心になっているのは拳児にとってかわられた柿沢であり、そのおかげで拳児が玉入れに出場したことに関する話はまったく聞かれなくなったのである。計画そのものは初めから間違った進路をとっていたが、結果として “拳児への侮りを払拭する” という目的は達成された。正確には払拭ではなく別の噂による上書きなのだが、彼はそんな細かいことを気にはしない。

 

 意気揚々と教室に戻り、午後もきちんと前向きに授業を受けた。なんとも信じられないことに、拳児が一日を通して真面目に教師の話を聞いたのである。これはまったく初めてのことで、隣に座る由子は内心で彼の体調を心配したほどである。

 

 拳児に変なものでも口にしたのかと尋ねるべきかどうかを由子が悩んでいるあいだにその日の授業は終わり、帰りのホームルームの時間がやってきた。普段通りならばとくに担任から話があることはない。時期的には近くに文化祭が控えているが、その話は体育祭の前にされているため繰り返されることもない。つまるところ帰りの挨拶だけをしてさっさと部活に行くなり帰るなりするはずの時間である。教室はいつものように騒がしい。普段通りの日常で、担任が口を開けばすっと静かになるのもまた3-2の日常だった。

 

 「今日もとくにないけど、播磨は部活行く前にちょっと残ってな」

 

 その一言だけを残して号令がかけられ、クラスメイトたちは教室を出たり雑談を始めたりとそれぞれの行動に移っていく。いつもなら拳児も教室をさっさと出て部室へと向かうはずなのだが、担任に呼び止められたためにまだ席についていた。取っている行動だけを見ればただの真面目な生徒である。もちろん見た目と舌打ちのせいで誰もそんな風には見ていないが。

 

 さて拳児には居残る理由が皆目見当もついていない。進路調査票はきちんと提出したし、先日のテストでも赤点は取っていない。部活に関してのことであるのならば郁乃から話があるだろうからこれもナシだ。卒業するためなのだから当然といえば当然だが、特筆するような事件など起こしていない。顎をさすりながら考えていると担任が手招きをして拳児を呼んだので、拳児は素直に付き従うことにした。

 

 いったいどういうタイミングなのかどのクラスもホームルームが終わってそれほど経っていないというのに、拳児と担任が歩いている廊下には誰もいなかった。前を歩く担任が不意にゆっくりとした口調で話し始める。

 

 「なァ、播磨」

 

 「なんスか」

 

 振り向くことなく声をかけてきたものだから表情というものがまるで見えない。はっきり言ってしまえば不気味だ。廊下の窓の外に見える空はまだはっきりと明るい。太陽の位置は窓のほうには存在していないようで、差し込む光は見当たらない。ほんの一拍だけおいて、さらに担任が続けた。

 

 「お前、口元と顎がずいぶんすっきりしたよなァ……?」

 

 ( こっ、コイツ、まさか……!? )

 

 「体育祭で替え玉とはええ度胸や。おっと、赤阪センセにも許可もろとるからな、長いで」

 

 

 インターハイ団体優勝の栄冠を手にした姫松高校麻雀部監督代行播磨拳児が、お説教をもらったことを知る人物は、ほとんどいない。

 

 

 

 

 

 

 

 


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