次元の理を盗んだ転生者と禁忌教典 作:■ ■■
これは、主人公に憧れた一人の愚か者の物語だ。
僕の名前は「スコール・バックランド」。
ただの転生者だ。
別に神様転生ってわけではない。少なくとも神様に会った記憶は無い。
僕はただ、死に間際で理を盗んで運よく転生しただけの一般人だ。
僕が転生したのは割とテンプレートをなぞった異世界だ。それはもう、簡単に夢想ができるんじゃないかと思いあがってしまうぐらいには『なろう風』で、でもそうできないぐらいには『現実的』な。
記憶の整理がてら、軽くこの世界について説明させてもらおう。簡単に言えば、この世界は文明レベルが産業革命直後の、科学が『魔術』というちょっと不思議な技術に置き換わった世界だ。
呪文を唱えれば指先から火が噴き出たり、バリバリ雷が迸ったり、風が吹き荒んだりする。
でも、それらの魔術を公衆の面前で行使するには資格が必要で、資格ごと習得したいのならしかるべき教育機関で学ばないといけない。そもそも魔術を扱えるようになる大前提の『魔力』を持つ者が少ないせいで、その魔術師たちもちょっとばかり選民思想が入ってるって感じだ。
ちなみに、この国で魔術を学びたいなら基本的に「アルザーノ帝国魔術学院」とやらに入学する必要がある。この学院が大体どのぐらいのレベルなのかは、下調べを怠った僕では分からない。主観でいいならそこそこ良い方だとは思うのだけれど、そもそもの比較対象が少なすぎて正確な判断はできない。
うーん。国の名を関している以上、きっと名門なのだろうが……。まぁ、ともあれ、勉強は頑張らねば。環境が良かろうと、身が入らなければ意味がないのだから。
前世の知識も、というか勉強も、数学以外は役に立たなそうだし……。
なんで科学が発展してないんだよ。唯一の得意科目が……。
え? 国語はどうなんだって? ……ここ、異世界。日本語、無い。
オーケー?
まぁ、だからこうして暗号代わりに使えるんだけれどね。
そして年月は過ぎ、僕は無事に「アルザーノ帝国魔術学院」に入学した。
した、は良いもののつい最近学院の有名講師が辞めてしまい、残った授業が非常勤の方に委ねられることとなったのだ。それだけでも、真面目に勉強している学生にはつらいのに、僕は彼の特殊な事情を知ってしまっている。
だから、明らか様に不審な失踪がなんかの波乱の前兆に思えて仕方がない。
はぁ、これはもう絶対になんか事件が起こる前触れだよなぁ……。『この時、僕らはまだあんな凄惨な事件が起ころうとは予想だにしていなかった』って感じの
不安しかないよ。
朝もやの残る並木道を歩いていく。
未だ朝早く、通りに人影はさほど見えないが、所々で働きだしている姿を見るともう少しすると、ここも活発になり人通りが増えるだろう。
コンクリートの類は見当たらず、石と木で構成された街道に、家々。
差し込む朝日がそれらを照らし、道には薄い影を引いている。
その道の脇で一人の少女が、座り込んだ老人を隠すように蹲っていた。
少女の後ろ姿しか見えないが、その蜂蜜のような金髪はそれだけでも羨ましがれるだろう髪質だ。ウサギの様なリボンが特徴的だ。
着ている制服から、僕の学園と同じ生徒だと察し、記憶の中を漁って人物に辺りを付ける。
それと同時に、彼女の行動に少しばかりの好奇心を覚えた。
道脇に近づくように進路を修正して、その少女が何をしているのかも理解した。
隠れていて見えないが、どうやらその老人は指を怪我したらしい。それを見つけた少女――ルミア=テインジェルが「魔術」を使って治しているのだろう。
本来学外で許可なく魔術を使うのは違法なのだが……まぁ、別に犯罪を起こそうとしているわけでもなし、見逃してもいい程度の事だ。でも人にバレたらバツが悪いだろう。
少しの好奇心を満たした僕は、その少女に存在を気取られないように足を止めることなくその場を通り過ぎていく。足音を殺し、気付かれないするのを忘れずに。
彼女はシスティーナ=フィーベルという娘と同居している。その為にほぼ毎日一緒に登校しているが……周囲に姿が無いということは、恐らく寝坊しているのだろう。その内彼女と合流するに違いない。
案の定、少し遅れて彼女が合流するのを
先程、視線の届かない老人の怪我を知ったのと同じ方法だ。
魔法《ディメンション》。
それが、僕が
転生者である僕が独自に編み出した、『呪術』と呼ばれる技術。
元ネタは転生前にドはまりした小説の設定からだが、この世界でその小説は無いので大手を振って僕が開発したと言える。言わないけど。
今僕が学んでいる「魔術」とは根本的に違うので、一応別体系の技術としているが、専門家に見せたことは無いのでどうかは分からない。
この魔法のお陰で、僕は半径十メートル以内の情報を常に知覚できる。
普段は取得情報を落して微々たる量の魔力のみで発動させているが、その気になれば今の規模とは比べ物にならないほど広く、かつ濃く展開できたりする。
さっきも彼女のいる方の道脇に進路を修正したが、実際彼女との距離は9メートル位。足音も殺していることだし、早々バレる事は無い。
今は《ディメンション》に魔力を接ぎこんで、後ろのルミアとシスティーナの視線から逃れるように歩いている。
道の看板や、ランタンの街頭。この魔法なら眼球運動の仕方から相手の意識の向いている方向も割り出せるので、意識の外に出るように歩いている。
何故僕があの二人を避けるようにしているのか。まぁ、それほど大したことじゃない。ルミアが幼馴染に似ていて、少し苦手なのだ。
『惚れた方が負け』という通り、僕は彼女にべた惚れで、彼女には頭が上がらない。告白して、それにOKまで貰ったのだから更に。
彼女以外に浮気しないように、というかルミアを見ていると彼女に見られているみたいで落ち着かなくなる。
彼女は僕の故郷で僕の帰りを待っているので、故郷に帰るその日までしっかりしていなければならないしね。
そういうことで、この事情を知らないルミアには悪いが、彼女には一切の非が無いことだけ伝えておく。
避け気味な僕の対応で彼女がしょんぼりしていると、まるで幼馴染の方がしょんぼりしているみたいでどうにも敵わない。
そういうわけで、彼女は学園における僕の天敵といえるだろう。
そんなことを考えながら十字路を通り抜ける。もう充分離れたし、そろそろ《ディメンション》を元に戻そう。
ところで、先程までの魔法は魔力を節約するために極々小域にしか展開していなかった。具体的には、『僕からの半径』ではなく、『対象の周囲』に重きを置いていたのだ。
当然その分だけ他のところに割いていた注意は減っていて、だからこそ今更気づいたのかもしれない。
十字路を渡り切って、ふと横を見ると遠くに男の姿がある。走っているようでだんだん大きくなるが、このままでは後ろの彼女たちとぶつかるかもしれない。
少し思案して、まあいいやと割り切る。
男も「街角でごっつんこ!」とかやらかすほど馬鹿じゃないだろう。というかむしろやらかすなら見て見たい。
すっかり手慣れた《ディメンション》の操作で、十字路の所に意識を残したまま僕は進む。
この慣れ具合で、僕がどれ程野次馬してきたかお察し頂けると思う。学園内のスキャンダルネタは、大抵抑えている。
あ、案の定ぶつか――
「お、《大いなる風よ》――ッ!」
――らず、システィーナの一節詠唱で唱えた黒魔【ゲイル・ブロウ】が炸裂して男は吹き飛ばされた。
……これは予想外だった。「危機下での判断にこそ、その者の本質は宿る」というが、これが彼女の本性なのだろうか?
級友の思わぬ獰猛性に冷や汗を流しつつ、男の行方を追う。いやまあ、傍に
男は放物線を描いて……おい僕の背より高く打ち上げられてるんだけど大丈夫なのこれっ!?
慌てて着地予想地点を見ると、そこは斜め前の噴水だった。
まあ、水なら何とかなるんじゃないかな。知らないけど。
ハラハラしつつ見守る。
「うわっ!」
男はバッシャーン! と大きな音を立てて落ち、盛大に水しぶきを上げた。その音が思いの外大きく、びっくりしてしまったのだ。
声を上げたことで、二人とも噴水の傍に僕がいるのに気づいたみたいだ。これはもう、逃げられそうにない。
幸い、男に怪我は無いようだった。受け身でも取ったのだろうか?でも地上と水中じゃあ、勝手が違うと思うのだが……
好奇心が疼くが一旦抑えて、男に声をかける。
「大丈夫ですか?」
男は僕を一瞥して、こう言った。
「ちっ、男か」
僕は彼を再び噴水の中に蹴落とした。
「おわぁっ!」
「さて」
何事も無かったかのように、すたすた歩き去る。心無しどころか、おもいっきし早く。
空を仰いで見える、変わらずそこに浮かぶ半透明の天空城、「メルガリウスの天空城」。
前世の世界の常識で考えれば、存在自体があり得ない物がごろごろしているこの世界で、今日も僕は生きる。
「今日も良い天気だ」
そう言って、僕は歩を進める。
「『良い天気』じゃねぇよっ! 全く!! どんな教育受けてんだ!? あ!?」
そう、スコール君の後ろ姿に向けて吠える黒髪の男の人。親の顔が見て見たいわっ! と愚痴を言いながら、私たちの方に向き直る。
結局、また話しかけられなかったなぁ……学校の中なら話しかけに行けたんだけれど……
そして、謝ろうとするシスティを差し置いて口を開いた。
「あの……ごめんなさ――」
「そしてお前もだ! 街中での魔術行使は違反だぞ!? というかそれ以前に下手したら殺人だぞ!?」
うん、凄く怒っている。
謝罪を遮られたシスティは固まっている。
「まー完全にお前らが100%悪いのは明白なんだが、俺は優しいから何かお礼になるようなもんでもありゃ許してやらんでも……」
ああ、駄目だ。システィだけが怒られるわけにはいかない。怒られるなら、私もだ。だって、あの行動はシスティが私の事を守ろうとしてやったのだと知っているから。
さっき男の人が出てきたとき、ぶつかりそうだったのは私の方だった。システィは私を守ろうと、とっさに動いてくれたのだ。
昔から少し乱暴に思われて男子から敬遠されるところがあるけれど、そんなシスティが凄く優しいのを、傍で見てきた私は知っている。
何より、魔術を故人であるお爺様との絆のように扱うシスティが、魔術行使で悪く言われちゃったら、きっと、凄く傷つくだろうから。
「す、すいません。私からも謝ります……」
うう、でも怖いよぉ……
男の人の視線が私に向く。まるでつい今しがた気付いたみたいな……いや、実際そうなんだろう。私、そんなに存在感ないかなぁ?
「……?」
「……?」
男の人が、何かを探るように私を見つめてくる。まるで、記憶の中から何かを掘り起こすように、難しい顔をしている。
むにっ。
「っ!?」
いきなり頬を摘ままれた。
それから体中をジロジロ見られたり、肩やら腰やらをペタペタ触られる。
へ、へぇっ……!?
「お礼」って、そういう事っ!?
いや、でもいやらしさは無いような……どちらかというと、何かを確認しているような……。
そこでようやく再起動したシスティが、男の人を蹴り飛ばす。
「アンタ、何をやっとるかぁぁぁああぁぁ!!!」
「ぎゃぁぁぁあぁ!!」
その上段廻し蹴りは見事その男の人の延髄を捉えて、凄く痛そうだった。
男の人は情けなく地面を転がっていき、みずぼらしくなっていく。
おそらく卸したてだったのだろう見事な衣服はボロボロで、濡れ果てた上に擦り切れ土塗れになり、最早その原型もない。
でも、うん、助かったよシスティ。
「不注意でぶつかってくるのは良いとして、何なのよ今のはっ!? 女子の体を不躾にジロジロ見まわした上に無遠慮に撫でまわすなんて信じられない! 最っ低!!」
「ちょっと待て、落ち着け!? 俺はただ学者の端くれとして、純然たる好奇心と探求心でだな!? やましい気持ちは無い! ちょびっとしか!」
「なお悪いわっ!」
「ごぼっ!」
追撃に、脇腹に鋭い拳が突き刺さる。もちろんシスティの拳だ。
激しく動いたシスティは息を乱しながら、こういった。
「はぁ、はぁ……ルミア!! 今すぐこの変態を警備官に突き出すわよ!!」
「えっ」
「ええっ!?」
一瞬過激過ぎではと思うが、まぁここで見過ごして他の人に迷惑をかけるかもしれないし……
「ち、ちょっと待って!! 許して!! 仕事初日からそんなの殺されちゃう!!」
その男の人はシスティの足元まで這いつくばり、足を掴んで警備官を呼びに行こうとする動きを止める。
突然ヘンタ……男の人に足を掴まれたことで、システィは悲鳴を上げた。
「触らないで! しっ、知らないわよそんなの!!」
うん、この場はさっさと切り上げた方が良いかもしれない。
「まぁまぁ、私も気にしないから……」
反省はしてるみたいだし、と小さく付け足す。実は少し気にはしてるが、そんなことを言ってると更に足止めされそうだ。下手したら遅刻して、今日から来るという新任講師の人にシスティまで悪印象を抱かれるかもしれない。
「ええっ……!? もう……本当に甘いわねルミア……」
そうは言うが、システィも矛を収めてくれるようだ。というかもうこれ以上関わりたくないのだろう。もう足が学園の方に動いている。
何はともあれ、これで安心して学園に行ける。早く行こう。
そう決意したところで、男の人が起き上がって口を開いた。
謝罪かな?そういうのはいいんだけれど……元々悪いのはこっちだったんだし……
「フゥ、所でその制服……お前ら魔術学院の生徒だな?」
「だから何なのよその変わり身は」
何だろう。なんでさっきまでの事を無かったように話し始めれるんだろう。実は割と凄いのかもしれない。見習いたくはないが。
魔術学院の生徒だと分かったのは、此処、「学究都市フェジテ」で、学院が一つしかないからだろう。
「授業は8時40分からだろ? 急がないと遅刻だぞ?」
システィの突っ込みに構わず続ける。って遅刻?
余裕を持って出てきたから、まだ時間があるはずなんだけれど……
「は? 遅刻?」
システィも不思議に思ったのか、そう聞き返した。
男の人は自分の懐中時計を見せてこう言った。
「この時計を見ろ、もう8時半だ」
「え?」
確かに8時半になっている懐中時計を見て、慌てて自分の時計を見る。
そこに示されているのは8時。あれ?
「その時計、進んでませんか?今8時の筈ですけど……」
暫く呆然としてから、何かに気づいたようで顔を歪めている。
小声で何かを呟いたようだが、聞こえなかった。
「あー、俺急用思い出したわ。邪魔したな、お二人さん」
「「あっ!?」」
くるりと身を翻して、何処かへ歩き去っていく。急用って何なのだろうか?
「な、なんだったんだろ……」
「もうどうでもいいじゃない。私たちも行きましょ、ルミア」
そう言って空を見上げたシスティと共に学院へ向かう。
私もそれにつられて空を見る。
いつも通り空に浮かぶ幻の城に、澄み渡った晴れの空。
本格的に朝になってきて、日差しが明るくなっていくのが分かる。
「うんっ、本当に良い天気」
そう私は言って、微笑みを零した。