次元の理を盗んだ転生者と禁忌教典 作:■ ■■
「今日からヒューイ先生の代わりに新しい先生が来る。一か月の非常勤講師としてだがな」
そうアルフォネア教授は言ったが、一向にその「非常勤講師」とやらの姿は見えない。
その講師について教授は「中々優秀」と言ったが、既に授業時間の半分は過ぎている。
「講師泣かし」で有名なシスティーナも険悪な感じで隣のルミアと話している。段差で後ろの列ほど高いこの教室の中で一番後ろの方に座っている僕には、彼女を落ち着けようと頑張るルミアの姿がよく見える。
因みにこの学院の教室は、生徒の席が黒板と教卓を中心に半円を描いている。前世で見た「空想の大学」って感じだ。他はどうか知らないが、僕の通っていたところは小中高と同じような教室だった。ホワイトボードはあったが。
ガチャリと内開きのドアが開く。講師が来たことに気づいたシスティーナが早速文句を言おうとし……突然叫びだす。
「って、あーー!」
その姿を見た講師は、ゲッともらす。
ああ、今朝システィーナに吹き飛ばられた男か。なんでこんなに遅いんだ?
「あ、貴方は今朝の……!」
「違います人違いです」
「なわけないでしょっ!」
凄くめんどくさそうな顔で、言い訳するようにそういって、彼はシスティーナから顔を背けた。
で、お名前は?
「えー……」
頭をぼりぼり掻きながら、凄くやる気のない姿勢で教壇の前に立つ。欠伸を噛み締めながら少しの間をおいて、自己紹介が始まった。
「グレン=レーダスです。これから一か月、皆さんの勉学のお手伝いをさせて頂きます」
グレン先生、ね。ここから趣味だとかそういうのに続かない所を見ると、効率重視な人なのだろうか。こちらに背を向け、手に取ったのはチョーク。早速授業が始まるのか、と僕は身構えた。
グレン先生が黒板に書く字を凝視する。
ん? 真ん中? 行き成りど真ん中? 何を書くんだ? どんな授ぎょ――
……。
「え? じしゅ……え? じしゅ……う? え? ……え?」
信じられないという様子のシスティーナ。ざわついている教室。僕も信じられない。何だこの講師。型破りにも限度があるだろ。
それに追い打ちをかけるように、グレン先生が言う。
「えー、本日の一時限目の授業は自習にしまーす」
ふあぁ……と欠伸を一つして、付け足すようにこう呟いた。
「眠いから」
さしてグレン先生は教卓の前に座り……そのまま眠った。
振りでもなく。ガチで。《ディメンション》で確認したけど、本当に寝てる。
……。
沈黙が教室を支配する。かつて地球上でこれほど静かであった場所があるだろうか?
重く垂れ込む共通の感情。「非常勤講師が授業放棄」というありえない展開に、言葉にし難く口にするのが躊躇われる思いを抱える。
もう、単に「音が無い」という領域を飛び越えて、音が吸収されてるのではないかというほどの空気。
窓の外に、風で梢が擦れる音や鳥の鳴き声が響く。ガラスの窓に遮られ、チョークの音にすら劣るほど小さくなったその音が教室中に聞こえ、かえってこの静寂を濃くする。
……うん。
ぐがぁぁぁー。
グレン先生の鼾が、静かな教室に届く。
何を思ったのかシスティーナが立ち上がる。
そして手元の分厚い教科書を振りかぶり、叫んだ。
「ちょおっと待てぇぇええぇ――――――!!!!」
そりゃそうだよな。
マジで先生を殺しかねないシスティーナと、その凶行を止めようとするルミア。
僕らは唯、それを見守っていた。
……いやだって別に先生の味方するつもりないし。
一応我に返ってルミアに加勢したりしたが、ぶっちゃけあのまま放っておいても良いんじゃないかと思う。ていうか止めなくても良いんじゃない? 主人公ならこんなところで簡単に死なないだろうし、主人公じゃないなら死んでもかまわ……構わないな。うん。
カツ、カツ、とチョークの音が響く。
「で~多分こうだから~」
学院は、前世の小学校のような形式で授業が行われている。
即ち、一人の教師が複数の教科を生徒に教えるということだ。
従って、学園で学べることはその教師の質に左右されることに他ならない。
その点においてヒューイ先生の授業はとても分かりやすく、またその人柄も人好きされるものだっために人気であった。
ではグレン先生はどうなのか?
それはヒューイ先生とは正反対と言わざるを得ない。
とてもやる気のない授業。そもそも社会人としていかがなものかという人柄。
……これが、僕らの講師?
き、きっと本気を出せば凄いんだ……
そう願う僕なんかお構いなしに、授業が進む。
「~で、大体こうで~」
やる気が無くても一流、という授業では勿論無く。寧ろ自習していた方が実りがあるのでは? というほど無意味な時間。
書いている文字は汚すぎて殆ど解読できなく、喋っていることは教科書の音読。
その授業を受けている生徒の反応といえば、
「すげぇよ。おれ、あそこまで死んだ魚みてぇな目ぇした人なんて、見たことないぞ……」
「ヒューイ先生の方が良かったなぁ……」
という呟きがそこらで聞こえるということで、まぁお察しいただけると思う。
ただ、そんな授業でも真面目に受ける人というのはいるもので。
「あの、先生」
「うん?」
気弱そうな、小柄な女子が手を上げる。
彼女の名前はリン。図書委員が似合いそうな雰囲気の女子だ。
どこか幸薄そうな空気を抱えているが、とある一点だけは羨ましがられるものを持っている。
何がとは言わないが。
「何が」とはいっていないがっ!
「質問があるんですが……」
「なんだ? 言ってみな?」
あれ? 答えるのか?
いや、そうだよな。それが普通だよな。てっきり「自分で調べろ」とかいうものかと思ってたが、うん、仮にも教師だしな? 答えるよな。
うん。
違和感しかない。
「えっと、さっき先生の紹介した、此処のルーン語の訳の一例なんですが……これの共通語訳が分からなくって」
「ふっ、俺も分からん」
「えっ?」
「すまんな。自分で調べてくれ」
……。
僕は一体、何回絶句すればいいのだろうか。
まさか当たってこれほど嬉しくない予想があるなんて、今まで一度も知らなかった。
当たんない方がよかったな、こんな予想。
堂々とそう言い放ったグレン先生に、呆然としているリン。
グレンの発言にシスティーナが、立ち上がって抗議する。
「待ってください、先生。生徒の質問にその対応は、講師として如何なものかと」
もっともだ。しかしそれで態度が直るような先生でないことは、一日にも満たない授業で十分理解できている。
案の定、めんどくさそうなグレン先生は、その抗議にこう返した。
「あのなぁ? 俺にも分からんって言ってんだろ? 分からん物をどう解説するんだ?」
「それならば調べ上げて次の授業で改めて伝えるとか、工夫するのが講師というものだと思うのですが?」
「む、じゃあ自分で調べた方が早いんじゃねぇの?」
「そういうことを言いたいのではありません! 私が言いたいのは講師としての態度で――」
「あー、なに? お前らルーン語の辞書の引き方、まだ習ってなかったの? じゃあしょうがねぇな。俺が調べといてやるから、明日また来い。はあ、余計な仕事が増えちまった……」
「ぐっ、辞書ぐらい引けます! もう結構です!」
随分と煽るなぁ。
ハラハラしてそのやり取りを見守っていたリンは、荒々しく帰っていったシスティーナが乱暴に着席する音に肩を跳ねさせた。
そしてようやく混乱が引いたのか、それともとりあえず人の目に晒されたくなかったのか。そのまま自席に戻っていった。
その後、リンはシスティーナに借りたルーン語の辞書を引き、分からない文法をシスティーナに聞きに行きながらその時間を過ごした。
男子間でも女子間でも好かれているリンの対するその態度を見たクラス中の空気は一気に悪化し、無駄に時間が経つにつれ苛立ちは深まっていくのが肌で分かる。
こうして、
次の授業は錬金術実験。薬品などを扱う危ない授業で、念のために汚れても良い服に着替える必要がある為、今は男子更衣室に居る。
「なあ、スコール。あの新任講師、最悪だったよな」
そうカッシュは僕に言う。
眉間にしわが寄り、口もいつものように緩くない所を見るに、先ほどの授業が腹に据えかねたのだろう。気持ちはわかる。
「ははは……僕としては何故講師に成れたのが知りたいところだね。講師に成れてる以上、ある程度の実力はあるはずで、だからさっきのリンの質問にも答えられたはずなんだけど……」
「だよな!? なんであんなにだらけんのかねぇ! やる気がないなら帰ってもらいたいよ、まったく!」
「なんでやる気が無いんだろうねぇー」
そう、そこが不自然だ。
講師になった動機が志望なら、あそこまでだらける事は無いはずだ。なら講師になったのは志望した訳では無いことになる。
強制された? 誰に?
ああ。訳の分からないことばかりだ。
「……ん?」
「あ? どうしたんだ?」
そういえば、もう一つ違和感が。
「いやさ、次の授業、錬金術だよな?」
「ああ、そうだな。それがどうした?」
「講師も着替える筈だよな?」
「あ、ああ」
「
「……」
嫌な予感がする。
少なくとも周囲にグレン先生がいないのは分かる。職員用の更衣室がつい先日出来上がったなんて話は無いし、着替えるなら此処に来るはずなんだけれど……
「まさか忘れたんじゃ……」
「それはないだろう」
「あれ?ギイブル?」
カッシュと話していると、傍で着替えていたギイブルが入ってきた。
さっきまで自習で、更衣室に来るのが遅かったけど……その割に着替えるの早いな。
「先ほど、此処に来る前に着替えを手に持ったグレン講師の姿を見た。恐らく教員用の更衣室があるのではないか?」
「でも去年ヒューイ先生は一緒に着替えてたよなぁ?」
「それは……友好を深める為だったんじゃないか?」
「そもそも教員用の更衣室があるなんて、聞いたことないよ?」
一年以上この学園で学んで、その傍らにマッピングをしてきたが、それらしい部屋は無かった。
ギイブルとカッシュの考察を聞く傍ら、以前先輩から聞いた豆知識を思い出す。
「なあ、二人とも」
「なんだ?」
「どうした?」
二人して和気合い合いとしているところに水を差すようで心苦しいが……
「先輩に聞いた話なんだが、ちょっと前までの男子更衣室は『今の女子更衣室の場所』らしいぞ?」
「「……」」
それがどうした、という返しが来ない。
うん、気付いたか。
「グレン先生って、確か此処の卒業生じゃ……」
「……流石に施設の変化ぐらいは覚えるだろう。講師として」
「
「……」
「くっ、グレン先生は嫌いだが、今は素直に羨ましいっ……!!」
「女子更衣室、勿論システィーナさんもいるよな?」
「……」
「次の授業。大丈夫かな?」
「「……だ、大丈夫だろ」」
「だといいけど……」
案の定、この日の錬金術実験は担当する講師が人事負傷に陥ったことにより、中止と相成った。
「あー! くそっ、何もあそこまでやらなくていいだろ……いちち。割とマジでやりやがって、あいつら」
いやまあ、そりゃそうだろ。
「ずいぶん痛々しいですね、先生」
んー、すげぇ。骨に軽く罅が入ってたり色々青タンできてたりするけど、逆に言うならそれだけだ。あれほど声張ってたなら、その怒り具合も想像がつく。おそらくシルフィーナは全力だったろう。勿論後遺症が残らない程度に加減はした筈だが、それでももう少し重症になると思ってた。成程、痛みの中でもブレないこの体幹といい、先生は肉体派なのかな? 実力はある方だろう。
軽く覗きはしたが、見ているだけで痛くなってきたので途中で切り上げた先程の乱闘騒ぎを思い返して、そう思う。そういや、本当にヤバい奴は一個も当たってなかったな。
「おー、えーっと、バックランド……だっけか? たっく、ひでぇぜあいつ。か弱い男にこんなことするかねぇ? 親の顔を見て見たいよ、全く」
「授業参観の日になれば見れますよ」
「そん時俺もうやめてっから」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
「おう、どういう意味だ?」
「ふふふ……」
「おい、その意味深長な笑いをやめろ」
あからさまにやる気がない人だけど、見た限り実力は確かだ。本人がとこか特殊な組織に属している様子もないし、恐らくは誰かに個々の職をあっせんされただけなんだろうけど……だったら猶更辞めるのは難しい。
たぶんこの先生の事だし、学校に出した被害の賠償やら見直された実力やらが原因で正式に雇われるんじゃなかろうか。教員としてか警備としてかは分からないが。
「まあ、先生が何故そこまで手を抜いてるのかは分かりませんが、このままだと凄いことになりますよ?」
「ああ? 辞職させられるなら、むしろこっちからお願いしたいが――」
「いえ、そうじゃなく」
成程、やめるにやめられない、と。自分の意思で講師になったわけじゃなく、それをやめようとすることを阻められている。
んー、うちの学校の上層部の関係者で、尚且つこの人を御せそうなのは……本命でセリカ先生、次にリック学園長。大穴でヒューイ先生かな? 他の先生じゃ、まず付き合う事すらできなさそうだ。ストレスで胃が死にそう。
セシリア先生なんてのもあり得そうだが……年中吐血する法医師と、その面倒を見るツンデレ主人公。あると思います!
「なんか今、ちょっと嬉しい偏見持たれた気がするんだが」
「嬉しいならいいんじゃないですか? 偏見じゃないし」
「そうかぁ……?」
うーん、鋭い。
「システィーナさんは『教師泣かせ』と呼ばれているのはご存じですか?」
「システィーナ? ……ああ、白猫か!」
「猫? まあ、あれは銀髪なんですけどね。もう少し洒落たあだ名にしてあげたらどうです? 僕も思いつきませんが」
「自分にできないことを他人に任せんなよ」
「先生が『白猫』とか言ったお陰で、それに固定されちゃったんですよ。まあ、それはともかく、ちゃんとしないと彼女がキレますよ。恐らく今日以上に」
「あー、大丈夫だって。」
「だといいんですがね」
僕はそこで雑談を切り上げ、家路に帰ることにした。
「それじゃあ先生、さようなら」
「おう、さよなら」
「魔力容量1865MP、魔力濃度121AMP、か。随分と低いな」
人気の少ない道を歩きながら、僕は
そう、僕は何も雑談するためにグレン先生と接触したのではない、《ディメンション》の応用で、グレン先生の基礎スペックを計測するために近づいていたのだ。
『注視』でもできなくないが、あれは割と大雑把なので近づかないと細かい数値が分からないのだ。まだまだ改造しないとなぁ。
大体『注視』の性質上、それで測れるのは『質量の無い細胞』、僕の『呪術《レベルアップ》』で手に入れた数値がメインなのだ。当然、この世界にそんなものが知れ渡ってるわけもなし。大まかなスペックしか測れない仕様なのだ。今のところ改善の目途は立っているが、まだ暫くは今のままだろう。
因みに、『注視』で見たグレン先生のステータスはこうだ。
【ステータス】
名前:グレン・レーダス HP51/51 MP59/59 クラス:脱落者
レベル1
筋力1.86 体力1.75 技量1.85 速さ1.71 賢さ2.05 魔力1.40 素質3.50
状態:平常
マナ・バイオリズム:ニュートラル
経験値:73701/100
【魔術性質】
魔力容量1865MP
魔力濃度121AMP
【スキル】
先天スキル:悪感2.75 信条2.12
後天スキル:演算思考2.57 戦術分析2.11 最適行動1.60 体術2.15
魔術1.80 拳銃2.85 魔術知識2.85
装備:アルザーノ帝国魔術学院教員用制服
愚者のアルカナ
通信石
とまあ、中々面白いことになっている。
まず全体的にスキルが高い。2.00以上何て化け物の領域だ。そんなものが平然と並ぶステータスは久しぶりに見た。
それに魔術のスキルが高いわりに、魔力は低い。魔術特性が影響しているのかな? にしてはスキルが高すぎる。やはり謎が多い。
まあ、素質が高いのは予想通りだったな。滅多にない素質の高さ、世界に愛されていると言っても過言ではない。……過言かな?
魔力と賢さの偏りも気になる。魔術師は基本、魔力に比例して賢さが高いのだ。この偏りは一体何なのだろうか?
因みに、基本的に言うなら1.50辺りが才能の無い人の限界だ。まあ、限界を超えれないことも無いけれど。
2.00辺りまでが天才の領域。3.00までなら化け物。それ以上はチート。存在がバグっている。つまり上限は3.00と考えていい。
僕が見た限りで3.00を超えたスキルを持つ人物は、いち、にー、さん……七人だな。割といた。いや、あいつらは例外例外。
というか装備の『愚者のアルカナ』ってなんだ? アルカナ、タロット? それなら何でセットじゃなくて一枚だけ? 『装備』に表示された以上、戦闘に関連する道具の筈だけど。
愚者とアルカナといえば大アルカナのタロットカードしかないが、もしかして
愚者、正位置なら『自由』『純粋』『天才』。逆位置では『軽率』『落ちこぼれ』『意気消沈』など。先生の性格からすると……『自由』は当てはまるが、実力はむしろ『落ちこぼれ』の方が近いな。別に本人の全てを表すとは言わないが、それでも固有魔術なら多少は傾向が本人の性質に寄るだろう。まあ、どんな代物かは分からないけど。
そうと決まったわけでもないし、これは一旦おいておこう。
『悪感』というのも良い。少なくともこれが必要な経験があるからこそ此処まで鍛えられているのだろう。その上、『信条』なんて見たことのないスキルまである。
後は、異常に高い経験値だな。この世界に『世界の毒』もとい、『魔素』は無いようだが、それに代わる物の存在は確認している。だから世界が違うからと言って経験値が溜まらないというわけではないのだが……だからと言って溜まりやすいわけでもない。
この経験値からすると、かなりの修羅場をくぐってきたんじゃないか?普通の人の持ち得る量じゃない。すぐにレベル10まで上げられるぞ。
しかも、クラスが『脱落者』。クラスとは自己認識だから、本人は自分の事を『脱落者』だと認識しているわけだ。果たして何から脱落しているのやら。
ああ、忘れちゃいけない
やっぱりこの人、おもしろいなぁ。
「あ、よくよく考えればグレン先生送り込んだのセリカ先生しかいないじゃん」
今更気付いた。