オーヴリーグ。オーヴ地方に住むトレーナー達が目標とするこの施設の一室に、3人のジムリーダーが集まっていた。部屋の中は静かで、誰も口を開こうとしない。
だが、その静寂は突如として破られる。
「おはよう……」
タキがどこか眠たげな表情を見せて部屋の中に入ってきた。
「おう、お疲れさん。カロス地方はどうだった?」
椅子に座っていたユコウが笑みを浮かべて声を掛ける。
「まあ、それなりに楽しかったですよ」
「カロス地方、良いよねあそこ! ヒャッコクシティには行った?」
どこか興奮した様子で畳みかけるのは、エスパータイプを用いるジムリーダーであるバニラだ。
「いや、行ってないけど」
「えー、勿体ない。あそこの日時計、とっても凄いんだよ!」
彼女の本業は歌手であり、時折別の地方に赴いてはコンサートを開いている。タキとは年齢が近いことも有り、お互いに良い友人だ。
「……雑談はそのくらいにして、そろそろ向かいましょう」
「えー、もう少し話してても良いでしょー?」
堅い表情でハルユキが発した言葉にバニラが文句を述べる。だが、ハルユキはその言葉を受け入れない。
「今も待っているトレーナーが居るんです。私達の役割を忘れた訳では無いでしょう?」
「そうだな。折角待ってくれているんだ。その期待には応えないとだろう!」
バニラはなお何かを言いたげな表情を見せるが、ユコウの言葉も有ってそれを受け入れる。
そして4人は部屋を出て、長い通路を歩く。
「ねえ、タキちゃん」
「どうかした?」
その最中、バニラが再びタキに声を掛ける。
「何か楽しそうだね?」
「……まあね」
タキの脳裏には、数日前までの交流大会が思い起こされる。あの試合の後、カロス地方でメガシンカ継承者としても活動しているジムリーダーと連絡先を交換したり、プラターヌ博士の研究所を訪れたり、オーヴ地方には居ないポケモンを捕獲したりと、満足な活動を送ることが出来た。そのテンションが漏れ出しているのかもしれない。
「まあ、これで遅刻とかなければ何も文句は無いんですがね」
「……」
ハルユキの言葉をスルーしながら歩みを進めると、目の前の通路が4つに分かれる。
「それでは、行くぞっ!」
ユコウの掛け声に、他の3人は静かに応え、それぞれ別々の通路へと進んだ。
彼は地元では名が通ったトレーナーだった。幼いころから何度もバトルを経験し、勝利をもぎ取ってきた。そんな彼が現在目指しているのは、オーヴ地方最強のトレーナーの称号。つまりチャンピオンとなる事だ。
ポケモンリーグで四天王全員を倒すことが出来れば、チャンピオンとのエキシビジョンマッチの切符を手に入れることが出来る。それに勝つことが出来れば、きっと自分は誰もが憧れる存在になれるだろう……。
そんな妄想をしながらポケモンリーグの入り口である巨大な門を潜った。
だが、そんな彼が今目にしているのは、まさに悪夢としか言いようがない光景であった。
「くっ、あくのはどうだっ!!」
指示を受けて、口から漆黒の閃光が放たれる。
「ゲンガー、躱して」
だが、その攻撃はまるで宙を泳ぐかのように動くゲンガーには命中しない。
「地面に向かって、きあいだま」
「ゲンガッ!」
ゲンガーが巨大なエネルギーの球を地面に向かって放つ。その威力によって砂埃が舞い、ゲンガーの姿が視界から消える。
「ヘルガー、気をつけろ!」
「ルガッ!」
彼とヘルガーはゲンガーの攻撃を警戒し、砂煙を注意深く見つめる。しかし、いつまで経っても攻撃が来ない。何かがおかしいと思い始める。
「……なっ!?」
そして砂煙が晴れると、彼は驚愕に目を見開く。そこにゲンガーの姿が無かったのだ。
「一体、どこにっ!?」
彼とヘルガーは慌てて辺りを見回す。相手はその焦りを見逃さなかった。
「今だよ」
「ゲンガッ!」
突然、ヘルガーの影が蠢いたかと思うと、その中からゲンガーが飛び出してきたでは無いか。あまりのことに彼の動きが止まる。その隙を狙って、ゲンガーは至近距離できあいだまをヘルガーに向かって放った。
「ルガ―ッ!?」
その強力な一撃を食らったヘルガーは倒れ伏し、戦闘不能となる。
「くっ……」
これで倒されたのは計3体。残りの手持ちも3体。対して相手の残りの手持ちは、場に出ているゲンガーを含めて2体。数だけなら有利に思える。だが実際はそうではない。既に残りの手持ちのポケモンは全てダメージを受けているのだから……。
当初はあくタイプのポケモンで一気に倒そうと考えていたが、相手が最初に繰り出したヨノワールのかわらわりによってマニューラが一撃で倒されてしまい、そのまま相手のペースに呑まれてしまっていた。
回復のためのアイテムを使えば、その間に強力な攻撃を受けてしまうため、バトルに追いつかない。
「さあ、次のポケモンを出したら?」
慈悲を感じられないその言葉に心が折れそうになる。だが一度挑んだ勝負を逃げ出すわけにはいかない。それがトレーナーとして彼に残された最後のプライドである。
彼は震えを気力で抑え込み、ボールを投げた。
「ふう……」
全てのバトルが終わり、裏の通路でタキは溜息を吐く。
彼女の下へ来た挑戦者は2人。いずれもこちらの弱点であるあくタイプを使ってきたが、それで簡単に負けるようでは四天王と呼ばれるわけがない。切り札であるムウマージを繰り出すまでも無く、二人とも倒した。しかし、出番が無かったということで、ムウマージは少し不満げなようだ。
「お疲れー」
一足早く、休憩室へと戻っていたバニラがドリンクを飲みながら手を挙げる。
「そっちも余裕だったみたいだね」
「まあね」
今日の挑戦者は、誰一人として四天王を倒すことが出来ず散っていった。
全員、初のリーグ挑戦ということも有ってか、四天王と他のジムリーダーを同一に考えている様子だったが、それは間違いである。
オーヴリーグと他の地方のポケモンリーグは、それぞれの地方の活性化するために設置されたという点は同じであるが、細部が若干異なる。他の地方が最強のトレーナーであるチャンピオンの選定を目的としているが、オーヴリーグは各トレーナーのスキルアップが目的である。ジムはそれぞれのタイプの特色や戦術など、基本的な内容を実践を通して教えることが役割である。そして積み重ねた経験が一定のラインを超えているか判断するために四天王とのバトルを行う。つまりオーヴリーグ制覇とは、オーヴ地方においてトップクラスの実力であることを証明するものである。
この性質上、四天王自身も用いるポケモンのレベルは本来のものより低くなっているが、ジムリーダーとは異なりバトルまで手加減するということは無い。ジムリーダーとのバトルを「授業」と表現するなら、四天王とのバトルは言わば「試練」。ジムバッジを集めただけで簡単に攻略出来るほど甘いものではない。
「ねえ、もし暇ならわたしとバトルしない? ちょっと燃焼不足でさ、本気のバトルしたいんだよねえ」
バニラが突然笑みを浮かべて提案する。
「まあ、良いけど……」
この後は特に予定はない。それにバトル出来なかったムウマージのフラストレーションを発散するにはちょうど良いかもしれない。
「ほう、二人のバトルか!」
ちょうどそこにユコウとハルユキも入ってくる。
「面白そうだな。ワシも混ぜてくれないか?」
「良いですよ! むしろこっちからお願いしたいです」
バトルする相手が増えてはしゃぐバニラ。
ハルユキも興味深そうに近づく。
「僕もご一緒させてもらいます。ユコウさんのバトルは勉強になりますし」
「ちょっとハルユキさん。その言い方だとわたしのバトルには興味無いように聞こえるんだけど?」
「悪いが、君のバトルスタイルは僕のものとは違いすぎるでしょう?」
「ふーん」
拗ねるバニラと溜息を吐くハルユキ。そんな二人を横目で見ながら、タキはユコウに声を掛ける。
「ユコウさん。送ったヌメラの様子はどうですか?」
「ん? ああ、あの子か。今はまだ新しい環境に慣れてないみたいで、落ち着きが無いことが多いな。ただバトルに興味が有りそうな様子だったから、時々ジムに連れて行ってる」
「そうですか。もし何か有ったら、教えてください」
ユコウはその言葉に頷く。
折角のカロスから連れてきたポケモンだ。出来るならその進化の瞬間も見てみたい。
「ねえ、そろそろ行こうよ!」
いつの間に機嫌が直ったのか、バニラが声を掛けてくる。
「絶対、ボッコボコにしてやるんだから!」
「言っていると良いですよ。今日こそ、僕の方が上であると証明しましょう」
いつの間にか二人がバトルするという流れになっているが、これでハルユキの参加も決定した。さて、それではバトルの順番はどうするか。タキがそう考えていると、休憩室の扉が突如として開いた。
「面白そうなこと話してるね」
四人が一斉に扉の方へ視線を向ける。そこに居たのは、タキやバニラと同年代の青年。茶髪でツリ目が印象的な男だ。
「俺も混ぜてよ。久しぶりに本気で戦いたいし」
好戦的な雰囲気を醸し出す彼の名は『レイジ』。このポケモンリーグの頂点。オーヴ地方の現チャンピオンだった。
【キャラ紹介】
バニラ
●女性/20代前半/アンドウシティジムリーダー
●「ワンダーシンガー」
●アンドウシティの正式なジムリーダーで四天王の一人。オーヴ地方では有名な歌手でもある。エスパータイプを得意とする。
●明るく、だれとでもすぐに仲良くできる。
●一人称は「わたし」
●トリックルームやワンダールームなど特殊な場を作り出して相手を翻弄する。
●名前の由来はラン科の植物「バニラ」。
【メガシンカ紹介】
ユキメノコ
●こおり・ゴースト ●すりぬけ
●種族値:70(0)-80(0)-85(15)-125(45)-90(20)-130(20)-580(100)
●とくこうが大きく上昇したほか、すばやさがメガゲンガーと同数値に変化した。
●特性はすりぬけとなり、みがわりを無視して攻撃可能。当初はゆきふらしを想定していたが、ライバルが多いため変更した。結果としてこおりタイプ唯一のすりぬけ持ちである。
●見た目のイメージとしては、身長が伸び、頭部から青い髪のような長い毛が生える。また顔には氷の結晶のような仮面が装着される。