最初に動いたのはウルップだった。
「クレベース、あられだ!」
クレベースが冷気を溜め込むと、それを空へと打ち上げる。すると、スタジアムの上空に灰色の雲が生まれ、氷の粒が降り注ぎ始めた。
『まずはクレベースが先制。天候をあられに変えたーっ!』
『あられではこおりタイプ以外が少しずつダメージを受ける。最初に自分が有利なフィールドを作ったな』
いきなりクレベースが有利な状況となったが、タキとムウマージは未だに動かない。ただウルップたちが次にどう動くかを観察している。
「どうした? 来ないならこっちから行くぞ!」
指示すら行わないタキを訝しみながらも、ウルップはクレベースに攻撃を命じる。
「ゆきなだれ!」
「クレベェッ!!」
クレベースが叫ぶと、ムウマージの頭上に大きな雪の塊が生まれ、ムウマージを押し潰さんと落下してくる。
「ムウマージ、マジカルフレイム」
しかしタキは一切焦ることなく、手短に指示を出すと、ムウマージは口から火球を生み出し、落下してくる雪の塊を溶かし切って見せた。
「クレベース、ストーンエッジ!」
クレベースが今度は地面を強く踏みしめると足元から岩のトゲが生まれ、ムウマージへと襲い掛かる。
「躱して」
しかし、ムウマージはまるで踊るかのように軽い身のこなしで、ストーンエッジを避けて見せる。
『クレベース、怒涛の攻めを見せるがムウマージにダメージを与えられないっ!!』
『ムウマージはカロス地方には生息していない。知らない者も多いだろうから、簡単に説明しよう。ムウマージは別名マジカルポケモンのゴーストタイプのポケモンだ。魔法のような独特の技や動きが特徴で、一部の地域では幸せを呼ぶとも、逆に不幸を呼ぶとも言われる、悪戯好きのポケモンでもある』
『私も以前、ムウマージを使うトレーナーとバトルしたことが有りますが、あのムウマージはかなりのスピードですね。あれを捉えるのは至難の業でしょう』
『なるほど。言わばパワーのクレベースとテクニックのムウマージと言ったところでしょうかっ!』
カルネの言葉通り、スピードで大きく劣るクレベースは中々ムウマージを捉えられない。ストーンエッジは避けられ、ゆきなだれにはマジカルフレイムによって迎撃する。完璧なまでにクレベースの技を対処して見せている。
だが、それでも一向にムウマージの方からは仕掛けてこない。スタジアム全体で、それを訝しむ言葉が出始める。
「どうした? 守ってばかりじゃ、オレには勝てないぞ?」
「さあ、それはどうでしょう。もしかしたら既に何か仕掛けてるかもしれませんよ?」
「ほう? だが、あれだ。お前さんのポケモンはいつまでこのフィールドに耐えられるかな?」
ウルップの言葉通り、このフィールドにはあられが降っている。それが徐々にムウマージの体にダメージを蓄積している。一つ一つはそれこそ僅かであるが、積み重なれば大きなダメージに変化する。
「まあ、あれだよ。お前さんに本気を出させるなら、こっちからやるしかないようだな」
そして新たに指示を下す。
「クレベース、あれをやるぞ。ゆきなだれ!」
再びクレベースが雪の塊を生成する。しかし、それが生み出されたのは、クレベース自身の頭上だ。落下を始める塊。このままではクレベース自身にダメージが与えられるだろう。一見、何かの間違いかと思われるその行為。だがそこにはウルップの戦略が有った。
「よし、ジャイロボールだ!」
突如としてクレベースが激しく回転をし始める。すると、落下してきた雪の塊が回転によって弾かれ、四方八方へと高速で飛び散っていく。
「ムウマージ、躱して!」
指示に従い、ムウマージは飛んでくる雪の塊を避けようとする。だがその速度は落下する通常のゆきなだれとは比べ物にならないほど速い。
「マッ!?」
完全に躱し切ることは出来ず、一つの雪の塊がムウマージの顔面に直撃。さらにそれに続くように、二つ三つと連続でムウマージにヒットしていく。
「今だクレベース!」
「ムウマージっ!!」
そこに高速回転するクレベースが突撃し、ムウマージの体は大きく吹き飛ばされていく。
『今の一撃は重いっ!! ムウマージの体が宙を飛んだぞーっ!!』
『ジャイロボールは自分のスピードが遅いほど威力が上がる技。見事にクレベースの能力を活かしている』
だがムウマージはすぐに態勢を整え、宙に浮く。
「大丈夫、ムウマージ?」
「マージィ!」
タキの言葉に応える声にも力が有る。まだまだ余裕が有りそうだ。
相対するウルップはそれを見て、獰猛な笑みを浮かべる。
「ほう、今の技を喰らってそれだけ体力が残ってるのは、あれだな。随分と良く育てられてる」
「それはありがとうござます。こっちこそ、今の技には驚きましたよ。まさか自分に向かって技を繰り出すとは」
タキはウルップの戦術を素直に称賛しながら、ポケットに手を入れ、あるものを取り出す。それは手のひらに収まる大きさの懐中時計だ。
「ムウマージ、そろそろ行こうか」
「マージィ!」
ムウマージが強く頷く。
「見せてあげます。私達の力を」
そしてタキは懐中時計の蓋を開いた。
「本当に厄介だよな、あいつの戦い方」
控室でタキの試合をモニター越しに見ながらヨルガが呟く。
「何というか、最初はまるで本気を出していない見たいなのに、急に攻め立ててくるのがよ……」
「まあ、それがタキちゃんの戦い方だし」
前半はひたすら相手の動きに対処しながら観察し続けるその戦い方は、ある種の不気味さを感じさせる。
「しかも、こっちが気を抜くと、容赦なく毒だのなんだの打ち込んできやがるし……正直、あいつとバトルするのが一番疲れるんだよな……」
かつてバトルした時のことを思い出し溜息を吐く。ゴーストタイプに有利なあくタイプ使いだったため、勝てると踏んでいたが、結果は惨敗。ひたすらこちらの攻撃を受け流され、徐々に手持ちに状態異常を与えられ、いつの間にかペースを完全に握られてしまっていた。
「でも、今回の相手のウルップさんは強敵ですね」
相手を観察しながら、隙を見て状態異常を与えるという戦術上、タキが最も得意としているのはフルバトルだ。後半になれば対戦相手はいつの間にか手持ちのポケモン全てに状態異常を与えられ、タキのエースであるムウマージに為すすべもなく圧倒される。
だが今回は1on1のバトル。しかも相手は一流のトレーナーだ。タキには分が悪い。
「まあ、あいつなら勝つだろ」
「そうですね。タキちゃんなら、きっと勝てます」
だが二人はタキが負けるとは全く思っていなかった。
「なんせあいつは……」
モニターではタキが取り出した懐中時計の蓋を開けていた。その内部には遠目では分かりづらいが、透き通った石が嵌め込まれている。
『可能性のその先へ……』
その石に右手の人差し指で優しく触れる。すると石とムウマージが―正確にはムウマージの首元に掛けられた紫色の結晶が強く光り始める。
『メガシンカっ!!』
その言葉と共に光がムウマージの全身を包み込む。
「あいつは、ジムリーダーの中で2番目に強い、オーヴ四天王の一人なんだからよ」
『マージィッ!!』
そして光が晴れると、姿を大きく変えたムウマージ―メガムウマージがクレベースを睨んでいた。
【メガシンカ紹介】
ビークイン
●むし・ひこう ●じょおうのいげん
●種族値:70(0)-90(10)-122(20)-90(10)-122(20)-80(40)-574(100)
●すばやさが大きく上昇。他の能力値は少し上昇しており、全体的には耐久型の性能は変わっていない。
●特性がじょおうのいげんに変化。これによって先制技を無効できるという強みを獲得。ただしアマージョと異なり、相手のすばやさを下げる技が無いのが残念なところ。
●見た目のイメージとしては、羽が巨大化し、腕が小型化した。下半身の巣も巨大化し、中央に鋭い針が生まれた。
●当初は特殊アタッカー版スピアーのイメージでアゲハントをメガシンカさせようと思ったが、しっくりこなかったため没。