墓標あるいは墓場   作:痛み分け

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次の話の補足事項も併せて読むことをお勧めします。

それでは、どうぞ






第一話

「何というか君、災難だったね」

 あたしを助けてくれた彼は自身の事をアサシンと名乗った。彼はあの時と変わらず陽気な声を上げていた。

「災難…ですか」

 正直な話、それで済まして良い問題では無いと思う。現にあたしはハジメテを奪われそうになり、死にそうな目にあったのだから。

「むむむ、納得がいかない、という感じだね。

犬に噛まれたとでも思っておくと大丈夫…と流して良い感じでもないね」

 そこで彼は言葉を切ると、腕を組んで考え始めた。

そうして唸ること、二、三分して口を開いた。

「君は理不尽な事にあった。それは事実だ。

その上、君にはあの女性が何で、僕がどういった存在なのか、シンジと呼ばれた彼と女性はどういう間柄なのか等々、疑問も尽きないのだろう。

普通であれば知る権利とやらを行使して、情報の開示を求めるのが筋だろう。

でも、これは普通じゃない。

これは普通から遥かに飛びぬけた異常だ。」

 彼はそこで一呼吸を置いて言った。

「ここから先に関わるのなら、命を覚悟した方が良い。

いや、命で済めばいい、と言い換えよう。

――――君はどうする?」

 あたしは、さっきまでの陽気さが嘘の様に鳴りを潜めたアサシンの声で気付いた。

 あたしは今岐路に立たされているのだ。

 道は二つある。

 一つはこの夜の出来事を綺麗さっぱり忘れて、今まで通りの生活を送ること。これは、非常に安全だ。一応、この冬木の街で何かが起こることは分かったので、一か月ほど祖父母の家に滞在して遣り過ごし、何食わぬ顔でここに戻ればいい。

 もう一つは、全てを知ること。こちらは非常に危険だ。あたしにはアサシンやライダーの持つ特異な身体能力など無いし、友人たちのような非常に切れる頭脳があるわけでも無い。あたしは紛れもない一般人だから、彼らの闘争に巻き込まれたら生き残れはしない。今回のような奇跡など毎回毎回起こるわけがないのだから。

私が選ぶ道は決まっていた。

「教えて、アサシン」

「君はそれで良いのかい?」

 アサシンの薄い緑の瞳に戸惑いの色が見えた。

 あたしを助けてくれた彼は悪人ではないらしい。そもそも悪人ならば、あたしを助けてはくれないだろう。だから、あたしは彼の善意に乗っかることにした。

「あたしを助けてくれるんでしょ?」

 彼は両手を上にあげてこう言った。

「降参!

分かったよ、最後まで責任は持つさ。

でも、気を付けてくれよ。

ここから先は魑魅魍魎蠢く、パンドラの箱だ。

逃げたくなったら、いつでも言いな。

魔女の雷よりはマシだ、と勇気づけてはやるからさ。」

 彼は鷹揚な身振りをしながら、跪いて高らかに宣誓した。

「今より、僕は君の護衛官(サーヴァント)だ。

君に降りかかる火の粉は僕が全て払うと約束しよう」

 そうしてあたしは彼から令呪という紋章を受け取り、依り代となった。

 そうそう、彼の真名はファランと言うらしい。どこかで聞いた事のあるような……、具体的には今日読んだ図書の中に。

後日、あたしは大層驚くことになる。

―――彼は伝説になった人狼騎士、その人だったのだから。

 

 

「真名ってそういう事だったの!?」

「そうだよ、知らなかったの?

じゃぁ改めまして、僕は人狼騎士ファラン。コンゴトモ ヨロシク」

「イメージが壊れるから止めて!」

「我が儘だなぁ。

諦めなよ、伝説なんて脚色と真実が半々で出来ているんだから。

勿論、僕は全部事実だけどね!」

「神狼騎士に改名して出直してきなさいよ!」

「貴様、それだけは言ってはならないことを…。

オレサマ オマエ マルカジリ」

ギャー、なんて声を上げながら追いかけっこをするのは酷いオチだと思った。

 

 

 

 

 僕が美綴綾子のサーヴァントになって早三日。平凡な日常を過ごしていた。

 あの後僕は、一人暮らしだと言う美綴の家に転がり込んで、寝床としたのだった。

 彼女は男女がどうのこうのと言っていたが、小娘程度に欲情できるほど飢えていない、と鼻で笑ったらムキになって簡単に許可が下りた。自分の主並みにちょろい。

 で、今は時刻にして朝の九時。彼女は学生なので、学校に行っている。

最初は僕も付いていこうかと思っていた。彼女を襲った少年はどうも同級生のようだったし。ただ、彼女の別にいらないという言葉と、何かあれば令呪を使えばいいという考えに至り止めたのだった。

 だが、今日に限って僕は霊体化して彼女の所に行こうとしていた。

 時間をずらしたのは、普通についていこうとしても拒絶されるのは目に見えていたからだ。

 そして、そうまでして彼女の元へ行こうというのは、何も理由がないわけでは無い。きちんとある。

 そう、その理由は―――ただの勘である。

 それは冗談でも何でもなくて、酷く曖昧ではあるが、確証を持っていた。

 何と言うか、似ているのだ。あの時と。

 イアソンに唆されたアルゴナウタイの暴漢共から守った時と。

 何も最初からイアソンたちが行動すると理解していたから、見張っていたわけでは無かった。虫の知らせ、第六感とでも呼ぶべきものが警鐘を鳴らしたから、あの場にいたのだ。

 そして、今回も警鐘が聞こえたのだ。

 できれば、何事もありませんように。僕はそう祈って彼女の元へ急いだ。

 

 その日の学校は非常に薄気味が悪かった。

 校門を越えると途端に気分が悪くなり、いつまでも気怠さが消えなかった。それは、あたしだけでは無い様で、仲の良い友達たちも気分や具合が悪そうだった。

 いったい何が起こっているのだろうか。細菌兵器によるバイオテロ?それとも、誰かが作ったメシテロ(ダークマター)?

 と、目を逸らすための方法が、毎度毎度くだらないことを考えるのは、やめた方が良いのかもしれない。

 あたしには見当が付いていた。きっと魔術とか言うヤツの仕業なのだろう。そうじゃなきゃ、今の状況を説明することは出来そうもない。でも、あたしには確証が無くて、彼を呼ぶ気にはなれなかった。

 時刻は十時になり、何とか気力で気怠さを抑え込んで二時間経っていた。その頃には死屍累々と言える光景が広がっていた。机や廊下の至る所に倒れ伏して、浅い呼吸を繰り返す同級生。それは何も生徒だけでなく先生も同様の有様だった。そうした状況だから、二人の生徒がやけに目に付いた。

 一人は衛宮 士郎。赤銅色の短髪に黄色の瞳。体格はがっちりとしており、日々鍛えていることが窺えた。

 もう一人は遠坂 凛。リボンで括りツインテールにした黒の髪に碧色の瞳。小柄ながら、引き締まったプロポーションはモデルのような体型だ。

 その二人が深刻そうな表情で学校を走り回っていた。いつの間に仲良くなったのだろうか、あたしは場違いな感想を抱いた。でも、あたしはこの感想から一つの仮説を考えた。

 それは、彼らはこの状況を理解して、何か解決の糸口を探している、もしくは見つけたのではないだろうか。

 ならば、未だ体の動くあたしは彼らの協力をするべきだろう。たとえ、足手まといであったとしても。

 だが、あたしはまたもミスをすることになる。

 気付くべきだったのだ。

 あの慎二が、一度手痛い反撃を食らった所で止める様なヤツではないことに。

 むしろ、よりたちが悪くなって帰ってくることを。

 

「なぁ、衛宮に遠坂、あたしに手伝えることは無いか?」

 その申し出は俺にとって、少し予想外だった。

 同じクラスで元同じ部活をしていた一人の同級生。誰にでも気さくで、俺みたいな奴にも気にかけて声を掛けてくれる女の子。俺にとって美綴綾子は普通で、こうした異常事態の中ではクラスの奴の介抱を優先すると思っていた。

「大丈夫よ、美綴さん。

私たちはちょっと保健室に用事あって行くだけだから、心配しないで」

 言葉に詰まり、何も言えない俺を尻目に遠坂はしれっと嘘をついた。遠坂の頭の回転の速さを褒めるべきか、臆面も無く嘘をつけることを怒るべきか、非常に悩ましくはあるが、今は見なかった事にしておいた。

「すまん、美綴」

「いや、それなら仕方ないね。

でも、一つ聞いておきたい事があるんだ。

まだるっこしいのは嫌いだから単刀直入に聞くよ。

魔術が関係しているのか?」

 俺は美綴の口からその言葉が出るとは思わなかった。

「魔術、面白いたとえね。

確かに今の光景って現実離れをしているものね」

 そう言いながら、遠坂は鈴を転がしたような声を出した。口角を僅かに上げて、笑っている様に見せていたが、その目は笑っていなかった。冷徹な魔術師としての仮面を被っていた。

「ああ、そうだな。私もそう思うよ。

でもな、最近ヘンテコなコスプレ女に襲われて、存外あるのかもしれないなんて思う様になったんだ」

「そう…それは何と言うか、ご愁傷様としか言えないわね。

で参考までに聞きたいのだけれど、そのコスプレ女って貴方の後ろにいるヤツの事かしらッ!」

 遠坂は素早く左の腕を美綴の後ろに持っていき、指さした。

 その瞬間、遠坂の指から黒い球体が飛び出した。

 それは遠坂が得意とする魔術、ガンド。遠坂のような一流の魔術師が撃つそれは、銃弾以上の威力を誇る。

 高密度の魔力の塊はいつの間にか美綴の後ろにいた女性目掛けて飛んでいき、弾けた。

 完全に直撃し、爆風がおこる。だが、遠坂の顔は苦々し気に歪んでいた。

「手荒い、いえ、熱烈な歓迎ですね、とでも言いましょうか」

 女性は何事も無く、手を横に薙いで簡単に爆風を払った。

 女性の身に纏うボディコンには一切の汚れも無く、無傷だった。

 俺はそこで、この女性が人間ではないことに気が付いた。

「なんで、なんであんたがここに居るんだよ!」

 美綴の声には震えが混じっていた。よく見ると、足も僅かに震えている。

「おかしな事を言いますね、アヤコ。

主人の近くに侍るのが、従者の役目ではないでしょうか?」

「なんであたしの名前を…、いやそれは今関係ない。

あんたの言い分だと、ここに慎二もいるってことか!」

 大きな高笑いが、辺りに響いた。その声の主を、俺はよく知っていた。

「そうさ美綴、僕がいない束の間の平和は楽しんでくれたかい?」

 慎二は廊下の先の階段から姿を現した。ライダーもこちらと距離を置き、慎二の隣に移動した。

 慎二もこの戦争のマスターだったのか。だがそれよりも問題なのは、この現状を誰が引き起こしたのか、が明白である事だった。

「まさか、慎二、お前が学校に結界を張ったのか?」

 慎二はまたも笑い声を上げた。

「おや、衛宮にしては察しが良いじゃないか。

僕がライダーに命令してやらせたんだ」

 俺は自然と拳に力が入った。それは怒りだけではなく、ある種の覚悟も籠っていた。

「なんで、こんなことをしたんだ、慎二。

お前はいつも人を小ばかにした態度をとっては、人を貶めることに躊躇いのない奴だったが、最後の一線だけは守っていたんじゃないのか?」

 慎二はまたも笑い声をあげた。だが、それには明らかな嘲りの色が見えた。

「おいおい衛宮、お前は本当に御目出度い奴だな。

僕を笑い殺す気かよ。

それになに、僕の事を分かった風な口きいてるわけ?

はっきり言ってな、うざいんだよお前ら!

あの僕を小ばかにした男もそうだし、衛宮にしても、遠坂にしても、美綴にしても…。

いつもいつも僕の事を見下しやがって。

分かっているんだぞ、お前らが僕の事を心の中で笑っていることぐらいなぁ!」

「おい、慎二」

 俺は慎二の言葉を遮ろうとすると、遠坂が俺の口の前に手を持ってきていた。

「はぁ、ガキに力持たせちゃいけないってこういう事を言うのね。

ありがとう、間桐君。良い参考になったわ。

だから、代わりにプレゼントを受け取ってくれるかしら?」

「おいおい、なんだ遠坂、今頃命乞いか?

そうだよなぁ、自慢の魔術はライダーには効かなかったんだからな!

良いぜ、お前が僕の女になるって言うなら考えてやるよ」

「確かにこの状況じゃ、それが正しい判断よね。

でもね、あんたの女になるくらいなら舌を噛み切って死んだ方がマシよ」

「あっそう、ならもういいや。

殺せ、ライダー!」

 距離にして約二十メートル。それはライダーの脚力をもってすれば数瞬ともいえる短さだった。

 死ぬ。ランサーに刺されたときに見た、視界が真っ赤に染まる光景が浮かんだ。

 俺はどうして遠坂が挑発するような言い方をした理由も、彼女のプレゼントという言葉の意味も分かっていなかった。

 そして、直ぐに理解することになった。

「シンジ!」

 此方に向かってきていたライダーは瞬間的に足を止め、慎二の方へと向き直った。

 そこには白のサーコートを身に纏った一人の男の姿があり、その足元に倒れ伏している慎二の姿もあった。

「いやー助かったよ、お嬢さん。」

「ファラン!」

 美綴に、ファランと呼ばれた男は少し頬を掻いてこう言った。

「分かっていて言っているのかな?」

 それは何とも締まりのない言葉だった。

 

 

 

 

 僕の宝具は大変特殊だ。どれくらいの特殊性があるかというと、サーヴァント界で史上類を見ないレベルである。

 特殊性、その一。発動に条件がある。つまり、条件を満たさなければ行使できないという事だ。これは往々にして、メジャーな物ではあるだろう。

 特殊性、その二。強制発動である。ただこれは、体が勝手に動いて云々という訳では無い。むしろ、タイミングの最適化すらしてくれる優れものである。だが、目的が遂行されるまで永続的に起動し続ける。これは往々ではない。往々であってはいけないレベルである。

 この二つの特殊性をミックスした素晴らしきクソ宝具の名は《汝ら、獣なり》。これがアサシンとして与えられた僕の宝具。

 本来、僕はアサシンのクラスでは呼ばれない。というより、呼ぶことが出来ない。

 何故なら、僕にはアサシンとしての要素が一切ないからである。それなのにも関わらず、僕をアサシンとしてのクラスに召喚できたのは、我が主のズルの結果である。

 前提条件として、サーヴァントの召喚について話をしようと思う。

 サーヴァントの召喚は現代風に言うのなら、検索エンジンによる検索が近い。

 どう言う事かというと、膨大な英雄や偉人のデータから、Aという項目に該当するサーヴァントが絞られ、次にその中でBという項目に該当するサーヴァントが絞り込まれ…を繰り返し、最後まで残ったサーヴァントの内から一騎がランダムに召喚されるという事である。そして、この項目の優先順位というのが、触媒が一番大きく、次に性格や性質などと言った相性の良し悪しである。

 そう、普通であればピンポイントに狙ったサーヴァントを引くことは難しい。理由は単純、触媒で幅を絞れても、相性で弾かれる可能性があるからだ。

 だが、何事にも例外はつきもので、触媒に生前の遺品など、その人だけを特定できる物があれば相性に関係なく召喚をすることが出来る。

 で、彼女は自身と柳洞寺にある門を触媒に僕の召喚を図ったわけだ。その意図は言わずもがな、僕が来た時点で成功はしていた。

 確かに僕は触媒によりほぼ特定された。もう後は召喚される器を作るだけだった。

 ここで、問題になるのが器だった。

 僕はアサシンとしての経歴が殆ど無い。真っ白だ。

 それを理解していない彼女では無かった。彼女は簡単な細工をした。

 彼女は指向性を持たせたのだ。奇襲=アサシンの動き、となるように。

これが彼女の言うズルである。とは言え、彼女を良く知る僕からすればそれだけの筈がない。きっと色々な事を他にもしているのだ。

 それでも、無茶苦茶な話だ。奇襲をしたらみんなアサシンの適性があるようになってしまうのだから。

 ここで、生きてきたのが僕のアルゴナウタイへの大立ち回りだ。

 彼女により、奇襲をアサシンの動きとして一時的に認識させられた結果、この大立ち回りが見直されたのである。本来であれば、さらっと流されてもおかしくはなかった。現に僕の伝説は後世までいくつか語り継がれているが、この大立ち回りは眉唾としてあまり有名な話ではない。

 この大立ち回りがどうも、イアソンを謀略により牢屋に叩き込んだと認識された。…謀略の欠片何も、身体能力と魔力でイアソンたちへ正義の鉄槌を振り下ろし、牢屋に叩き込んだ、が正解のはずである。

 どうにも、大義名分を得るための動きがギリギリ謀略となった所以のようだ。それでいいのかと言いたいが、魔女の術に仕向けられて行っているのだから、どこかのネジも一緒に緩んだのであろう。

 そうした偶然の産物で、現界出来た僕の経緯であるが、何が言いたいかと言うと、僕の宝具はこのアルゴナウタイの大立ち回りが元になっているのである。

 長々と話していたが、結局の所それが結論である。

 閑話休題。

 僕の宝具《汝ら獣なり》は、メディアもしくは主に準ずる者に危害が与えられ、その光景を僕が見て、誰の目から見てもそうであると判断されたとき強制発動される。効果は危害を与えた者への奇襲である。

 効果だけを見ると、しょぼい宝具だ。だが、この真価はそこではない。

 この宝具の真価は際現性にある。

 僕はアルゴナウタイへ奇襲を行い、半数を気絶させた。その後、奇襲の対象外、逃れた者の約半数を相手に一時間以上戦闘行為を持続した。つまり、敵の内半数を気絶させてしまえば、僕の糞みたいなステータスであっても一時間以上戦闘を持続させられる。限度は、あの時のアルゴナウタイの数に相当する約五十人。

 だから、最大で二十五組のサーヴァントとマスターがいても、条件が整い、二十五人のサーヴァントかマスターに奇襲が成立すれば僕は残りを全部的に回しても一時間以上の戦闘行為を続けることが出来る。

―――凄く、しょぼい宝具です。

 これだから彼女に使えないと言われるのだ。そもそも、謀略の欠片もない。結果的に最後は物理で決まっているじゃないですか、やだー。

 

 

 

 

「で、ライダーはどうするのかな?」

 僕はライダーに問いかけた。

「どうする、とは?」

「君には二つの選択肢がある。

一つは、この憐れなマスターを見捨てて逃走する」

「それはある意味魅力的な選択ですね」

「で、もう一つは結界の解除を条件に君とこのマスターを見逃そう」

「そこで私を倒す、とは出ないのですね」

「できないわけじゃない、と言っておこうか。

雇い主が僕の真名を言ったんだから、その辺りの事情は察して欲しいね」

「つまり、今の貴方に私を倒す力はない、と」

「察して欲しいとは言ったけど、言えとは誰も言ってないよ」

「ああ、すみません。口が滑りました」

 口角を僅かに上がる様子を見て、僕はため息をついた。

 ライダーは確信犯だった。

「で、どちらにするんだい?」

「そうですね、今回は退散するとしましょう」

「できればもう二度と敵対する事が無いようにしたいね」

「私もソレには同意しましょう。

貴方はあの人と似ているので、やり辛い事この上ない」

「ほうほう、それは良い事を聞いた」

 僕は地面に気を失って倒れ込む、シンジと呼ばれた少年の首根っこを掴み、強引にライダーへと投げた。

「…本当に返すとは思いませんでした」

「おいおい、僕はギリシャ世界で一番誠実な男だぜ。

騙して悪いが…、なんてするわけないだろう」

「一番罪作りの間違いでは?」

「そうとも言う」

 ライダーは小さく笑うと、彼女も約束通り結界を解除して、マスターを抱えてどこかへ戻っていった。

「やれやれ、非常に面倒だった」

「何が面倒よ!逃がしてどうすんのさ!」

 美綴は今の対応がお気に召さなかったらしい。非常に憤慨している様子だった。

「あのまま戦っても、負けることは無いだろう。

というか、僕の威厳にかけて打ち倒すさ」

「なら、どうして!」

「君たちがいたからだよ」

 美綴は息を呑んだ。少し冷静になったらしい。僕は話を続けた。

「僕がシンジという少年の首、はとれないから令呪を簡単に奪える距離にいたように、ライダーも君の首を簡単にとれる距離にいた。

その上、ここは彼女の結界の中だ。

簡単に解析したから分かったけど、この結界は言わば消化器官だ。中にいる人間の魔力(栄養源)を際限なく吸い尽くし、マスター(自身)へと還元するという非常に悪辣な物だ。勿論、消化器官と例えるからには、吸い尽くされた人間は死ぬ。

だから、長期戦になったら非常に危険だった」

「でも、打ち倒すって…」

「うん、宝具の時間ギリギリだから一、二時間も戦闘すればね」

 彼女は何とか理解しようと努めていた。

 きっと出会った頃にライダーを簡単にあしらっていた印象が強いから、事実との乖離に戸惑っているのだろう。と、こちらの事は一度置いておくとしよう。

 僕は彼女から視線を外し、置いてけぼりを食らっている二人の魔術師に目を向けた。

「手伝ってくれてありがとう、お嬢さん。

君のお陰で何とかなった」

「礼には及ばないわ。

私も彼もサーヴァントを呼べる状況では無かったし、美綴さんが魔術について聞いてきた理由も何となく察しがつくしね」

「そう言ってもらえると助かる。

で、図々しいことこの上ないのは承知で頼みたい事があるんだ」

「何かしら?」

「僕たちと同盟を結んで欲しい」

「へぇ…、それは図々しい頼み事ね」

「僕もそう思うよ。

そうだね、キャスター陣営の情報でどうだい?」

 僕を冬場に無一文で放り出したことを後悔するがいい。

 …正直な話、僕にしてもメディアにしても真名を明かした所でダメージは無い。理由は簡単で、僕らにはアキレウスのような分かりやすい弱点が無いからである。それにあの人、普通にマスターにメディアって呼ばせていて、隠す気ゼロだった。本当に聖杯戦争に勝つ気があるんだろうか?いや、彼女の場合は受肉をするための膨大な魔力を聖杯に求めているだけだから、きっと聖杯以上に効率の良い魔力の塊があればすかさず路線を変えるだろう。

「それなら、考えてあげない事もないわ。

ここではなんだし、衛宮君」

「…なんだ遠坂、交渉事は俺には無理だからな。

それに俺は未だ状況を飲み込めてない」

「違うわよ、貴方の家を借りたいのよ」

「なんだ、それなら良いぞ」

「続きは衛宮君の家でしましょう。ついてきて」

 そう言って、帰るように促す少女の行動に少年は眉をひそめてこう言った。

「おい遠坂、学校はどうするんだ?」

「どうもこうも無いわよ。

結界を張った元凶はいなくなって一件落着。

何よ。まさか、倒れている生徒や先生をほっとけないとか言うんじゃないでしょうね」

 遠坂と呼ばれた少女の言葉に、少年は言葉を詰まらせた。図星だったらしい。

僕は衛宮と呼ばれる少年に声を掛けた。

「少年、そこまで心配しなくても大丈夫さ。

人間は元々弱い生き物では無いし、死にかけるほど吸われてそうな人もいなかった。

そもそも吸収する量が非常に絞られていたのと、発動した時間も二時間程度だから」

「そうなのか?」

「ファランの名に誓って嘘は言わないよ」

「そうか」

 何と言うか、珍しい少年だ。いや、珍しいというより壊れていると表現した方が良いのかもしれない。

 普通なら自分の身を案じなければならない所を、他人の身を案じている。傍から見れば、他人を思いやれる優しい子だ、と言うべきだろう。だが、それは己の命を対価にしてまで行う行為ではない。

 確かに死にかけているという条件は同じだ。その時点では彼と倒れ伏せている生徒や先生たちと大差はないだろう。ただ、人には大なり小なり生存本能がある。それにより、よほどのことが無い限りは他人の命よりも自身の命を選択するものである。それに今回は、明確に命の危機があると理解していたはずだ。

 つまり、彼は警鐘を鳴らす自身の生存本能を押さえつけて彼らを助けることに従事しようとしている、という風になる。

 違う。彼はこの件において生存本能が働いていない。正確には自身でスイッチのオンとオフを付け替えが出来ている。

 それははっきり言って異常だ。何故なら自我の薄かった頃の僕でさえ、誰かの為に命を投げることはできなかったのだから。

 その上、彼には打算が無い。

 彼は打算も無く、ただの義務感や使命感、正義感で命を投げられるのだ。

 一体何が彼をそこまでさせるのだろうか。僕は彼の人となりが気になると同時に、その内に抱えるモノに危うさを覚えた。

 

 

 あの後、特に襲撃も無く俺の家へと無事辿り着いた。そして、当然の如く問題があった。

 家に待機していたセイバーが美綴とファランと呼ばれたサーヴァントに剣を向けたのである。当然の話だ。何も事情を知らない、彼女からすれば知らないサーヴァントが自身のマスターの近くにいるのだ。俺や遠坂が罠に嵌まったと勘違いしてもおかしくはない。

 何とか、俺と遠坂の説得により事なきを得たものの、彼女の顔は堅かった。過去に何か、そう言った出来事でもあったのだろうか。

 俺は今、熱いお茶を片手に寛いでいた。庭では美綴とそのサーヴァントがじゃれ合っている。その様子を見ながら、隣で同じように寛いでいる遠坂に質問した。

「なぁ、遠坂、ファランってどういう英霊なんだ?」

「あー、魔術師の界隈やヨーロッパ圏では有名だけど……あなた、あまりそう言う事詳しくないものね。本人に聞くのが一番だろうけど、いいわ、簡単に教えてあげる」

 彼女はお茶の入ったカップを置いて、改めて口を開いた。

「人狼騎士ファラン。

裏切りの魔女と呼ばれた、コルキスの王女メディアの騎士。

文献によるとその性格は、温和であり何より非常に誠実だったらしいわ。

彼は、メディアの要求は勿論のことながら、神が彼女に仕向けた多くの刺客たちを全て屠り、騎士としての役目を生涯にわたるまで全うした。

その上、彼は自身の主にならい、生涯結婚はしなかったそうよ。

勿論、肉体関係をもった女性も一人もいない。

まぁ、自身の主が姦計に嵌まって裏切りの魔女と呼ばれるようになったから、それを避けるためにそういう関係にならなかったとも言われているわ。

どちらにせよ、たった一人の主の為に何もかもを投げうったのは事実だから、これが誠実と言われる所以ね」

 彼女は一度言葉を切って、お茶を飲んだ。そうして、一息入れると彼女はまた口を開いた。

「彼が魔術師の界隈で有名な理由の一つに彼の出自が関係しているの。

彼の親は魔術神ヘカテーの娘キルケーと一匹の狼らしいわ。

で、彼は生まれながら持っていた魔力とその扱い方、魔術を母より学んだのは必然よね。

だから、彼の魔術の腕も高かった。

それでも、自身の主であるメディアの足元にも及ばないのは、なんとも言えないわね。

ここからが本題。

ある意味、掃いて捨てるほどいる魔術師の内の一人でしかなかった筈なのに、彼が注目されたかというと、彼の特殊な魔術が関係しているの。

彼は液体操作、それもとりわけ血液の操作に長けていたそうなの。

その自身の持つ血液の操作の高い適性を利用して、〝血継ぎ〟という秘術を完成させたらしいの。

これは色々な人たちが研究しているけど、未だに掴めていないの。

正直本人がいるから聞きたいところではあるけど、答えてくれるかわからないしね。

と、こんなところかしら。

参考になった?」

「ああ、何となくだけどな」

「で、僕としては感想を聞かせて欲しい、ところだね」

 俺は突然のファランの声に驚いて、体を一瞬すくませた。

「なんだ、美綴はもういいのか?」

「神狼騎士なんて言うから、じゃれていただけだよ」

「神狼騎士?人狼騎士じゃなくて?」

 ファランは苦笑の表情を作った。そこに遠坂は質問を加えた。

「そう言えばそうね、なんで神狼騎士じゃないの?キルケーの息子でしょ、あなた」

「その疑念は最もなものだと思うよ。

確かに僕はキルケーの息子で、そのキルケーに姿を変えられた元人間の狼が僕の父だよ。

でも、正直キルケーが本当に女神だったのかは良く分かって居ないんだ。

いや、この言い方は良くないね。

僕の母の両親が共に神であるのか、それとも神と人であるかはわからないんだ。

少なからず、ヘカテーが彼女の母であることは間違いじゃないから、神の血が入っていることは確定しているんだけどね」

「なるほどねぇ」

「それ程までに変わり者だったんだ、僕の母は。

あの時代の神様はたった一人と決めて入れ込む、なんてするのは居なかった。

それこそ、あの阿婆擦れ、アプロディーテなんかは典型例だ。

自分の好きなように、そのとき気に入っている男に肩入れをする。

むしろ、それが当たり前だった。

でも、僕の母は人と同じように僕を育てたし、神の呪いに翻弄されたメディアに最後まで加護を与え続けていた。

そこには打算があったと思う。

あの人は魔女だから。

それでも、最後の最後まで僕らを見守ってくれていたんだと思う。

だから、僕は人狼騎士と名乗るのさ。

人のように育てられた狼の子の騎士ってね。

惜しむらくは、僕が注いでもらった物を誰かに託すことが出来なかったことかな」

 そう言って、締めくくるファランの寂しそうな横顔が、俺を育ててくれた養父に重なって見えた。

「なら、ファラン。俺に剣を教えてくれないか?」

 気づくとその言葉が、俺の口から出ていた。

「それを俺が、今度は誰かに教えるよ」

 それはあの時と少しだけ似ていた。正義の味方になると誓ったあの頃に。

 ファランは少し、きょとんとした顔をして、陽気な声を上げて笑い始めた。ファランの顔にはさっきのような寂しさの色は見えなかった。

「少年、君は面白いよ、僕が保証する。

そんなことを頼む人は生前にもいなかったよ。

俺を隊に入れてくれとか、もっと強くなりたいから鍛えてくれとか、が大半だった。

教えるために教えてくれ、か。

いいよ、どこまで出来るかわからないけど、僕の技をできる限り覚えるといい。

さて善は急げと言うし、道場を借りようかな、さっそくしよう」

 俺はファランのフットワークの軽さに苦笑いした。

「程々にしてくれよ」

「大丈夫、大丈夫。

これでも隊員たちの教導と指揮をしていた身だよ

適度に扱くだけさ」

 

 

「で、これはどういう状況なんだ」

「あら美綴さん、見てわからないの?稽古よ、稽古」

「それくらいは見ればわかるよ!」

 あたしの声に、右隣りに座った遠坂はため息を一つついた。

「成り行きよ、成り行き。

衛宮君も何か思うところがあったんじゃないの?」

 彼女は、あーあ男の子ってバカばっかりと零していた。

 今、衛宮の家にある小さな道場で、二人の男が木でできた剣を振るいぶつけ合っていた。

 一人はあたしのサーヴァント、ファラン。もう一人は、あたしのクラスメイトの衛宮士郎。二人の技量の差は歴然で、衛宮の振るう剣はファランに捌かれて空を斬る。対してファランの時折振るわれる剣は、衛宮の体のどこかに当たる。最も手加減はされているようで、器用に当たる直前に威力を殺して寸止め程度、あるいは僅かに触れる程度に抑えられていた。

「何というか、不思議よねぇ」

 不意に遠坂の漏らした言葉に私も同意した。

 ファランの剣術ははっきり言っておかしい。二刀流であること、大剣と短剣の組み合わせはまだ理解できる。日本でも有名な宮本武蔵の二刀流も左手に大太刀、右手に小太刀を持ったとされている。ただし、これを行うにはかなりの力が必要となるが。それはさておいて、彼のおかしさは二刀の扱い方である。

 左に持った木刀は主にいなしや捌きに使われ、右に持った木刀は相手の体制が崩れ時や隙を見つけた時に振るわれる。言ってしまえば、左手に盾を持ち、右手に剣を持っているようなイメージである。言い換えるなら、二刀である必要はないのだ。

「セイバーは何かわかる?」

 遠坂は自身の右隣に座る一人の少女に声を掛けていた。その少女は、青い瞳に、透き通るような金髪を青いリボンでシニョンにしている、見た目が人形のようだった。彼女はセイバー、衛宮のサーヴァントらしい。セイバーと呼ばれるだけあって、剣の腕前は常軌を逸していた。

「…少しだけですが。

彼の剣は騎士に向いてはいません。むしろ、不向きと言っても良いでしょう」

「そうなの?」

「彼の伝承から察するに、彼が盾を身に着けなかったのは視界を遮られることを嫌ったからだと思います。

彼は全身を騎士甲冑に身を包んでいたようですから、なおさらです。

そうですね、所でリンは騎士甲冑を着たことはありますか?」

「いや、ないわね」

「私のような特殊な何かを持っていない限り、騎士甲冑とは全身を覆うことが当たり前です。

そして、主に頭を守る兜には、最低限の視界を確保するためのスリットしか開いていません。

そうした視界の悪い中で、攻撃を防ぐために盾を構えたら、自らの視界に自身の盾しか映らない、そういう状況もありえます。

だから彼は盾ではなく、小回りが利き、剣の軌道を逸らすことを念頭に置いた結果が、あの短剣になったのでしょう」

 セイバーの話は非常にわかりやすい話だった。確かに西洋の兜よりましだが、剣道で使う面を被っていても視界の悪さは多少感じる。ただ、あたしにはもう一つの疑問があった。

「あいつが、騎士に向いてないってどういうことだ?」

「彼の剣術は誰かを守ることを念頭におかれていないのですよ、アヤコ。

確かに、私と彼の頃の騎士の在り方は違うと思います。

ですが、騎士と名乗るからには仕えるべき主や領民、部下を守らなければならない。

その心構えだけはいつの時代も変わらないと思っています。

話を戻しましょう。

彼の剣は生き残るということに重きが置かれているように感じます。

あなた方が敵かと思ったときに彼と打ち合いをして気づいたのですが、彼の動きは盾を構え、槍を持った騎士のようでした。

常に防御に回された盾役である左の短剣、そして盾の上から振るわれる右の大剣。

戦術、剣の術理としてはこれ以上に無いほど合理的でしょう。

ただし、これには一つの欠点があります。

時間が掛かりすぎるのです。なぜなら、相手の隙を狙って大剣を振るうのですから、相手の隙をどうにかしなければなりませんし、必ず一撃で決まるとは限りません。

一対一の真剣勝負であれば問題ありませんが、複数人、それも自らが守る対象に同時に襲われたら致命的となるでしょう」

 あたしは彼女が言わんとしていることを何となく理解した。学校でライダーに襲われたときも、時間をかければ倒せると言っていた。

 でも、と思う。あたしは少し引っ掛かりを覚えたのだ。

 彼は本当にそんな戦い方しかできないのだろうか、と。

 

 

 

 士郎君の稽古をつけて、今日は美綴共々ここで泊まっていくことにした。

 理由は特にない。強いて言うのなら、この縁側から眺める月が奇麗だったから。

 月を見ていると吠えたくなる。狼を止めても狼としての習慣が残っているからだろうか。

「さて、弓兵君が僕に何の用かな?」

 後ろを振り向くと、赤い外套を纏った一人の男がいた。浅黒い肌に、老人のような真っ白の短髪、黄色の瞳。ただ佇んでいるだけの所作に、どこか僕は見覚えがあった。

「何をしている…と聞くのは野暮だな」

「そうだね、野暮なことだ。

ところで、君は酒が飲めるかな?」

「付き合え、ということか」

「そういうことだね。まぁ、嫌ならそれでいいけどね」

「いや、一杯だけなら付き合おう」

 そう言って彼は僕の隣に腰を下ろした。僕は士郎君の家から拝借してきたお猪口二つに、お酒を注いだ。

「ライダーをやったのかい?」

 僕は単刀直入にそう聞いた。彼は眉をひそめた。

「何故知っている?」

「うん?そんなに知られちゃ不味いことかい?

てっきり学校の襲撃の時に居なかったから、そう言う作戦かと思っていたんだけど」

 彼は少し呆れたような顔をした。どうやら僕は頓珍漢なことを言ったようだ。

「ライダーをやったことはマスターには言わないでほしい」

 彼は何やら訳ありらしい。

「いいよ」

 彼は少し表情を柔らかくした。

「恩に着る」

 そう言って去ろうとする彼に僕は言葉を投げかけた。

「君の所作を見て、僕は疑問を持っていたけど、歩き方を見て確信したよ。

それは僕の隊に入った者なら確実に身につけていることだ。

身につけさせていることだ。

でも、僕は隊の中で君のような人を見たことがない」

「勘違いじゃないのか?」

 彼は足を止めて、こちらに向き直った。

「それは否定しないさ。

だけど、仮に僕の予想通りなら、少し誇らしいね」

「誇らしい?」

 彼は心底不思議そうに聞き返してきた。

「確かに、あの心のあり様は壊れているといっても良かった。

でも、それを貫き通した結果が君だというのなら、それは悪くないと僕は思うんだ。

心は摩耗して、何も残っていないのかもしれない。

記憶は風化して、朧気になっているのかもしれない。

体は劣化して、さび付いたように動かせないのかもしれない。

それでも、君は前を向こうと足掻いて足搔いて足搔いている。

その姿が誇らしい」

 僕は更に言葉を紡いだ。

「君のやろうとしていることが、何となくだけど分かるんだ。

きっと僕は君を止めるべきなんだろう。間違っているとか言って。

だけど、僕は君を止めない。

君が前に進むためにソレは必要なことだと思うから。

僕が信じられないのであれば、この首を斬るといい。

君になら僕の首をくれてやる」

 僕はそう言い切って、ただ座して待っていた。彼に斬られるのなら、悪くはない、そう思いながら。

 結局、彼は僕の首を斬ることはせず、霊体化して去ったようだった。

 空に残る満月に、僕は静かに酒が注がれたお猪口を掲げて、一息に飲んだ。

彼らの結末に救いがあることを祈って。

 

 

 

 

 







難産でした。


色々とおかしなところはあるでしょうが、スルーしていただけると幸いです。


前書きにもありますが、次の話の補足事項を併せて読むことをお勧めします。



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