むしろ、全カットしたいレベル。
というのも、読めばわかります。
一方で、できれば読んで貰いたくもない、そんな話。
俺は、一人城に来ていた。
冬木にある森を抜けた、その先にある古めかしい城。ドイツにあるノイシュバンシュタイン城に似たソレはある人の持ち物。
この聖杯戦争を起こした始まりの三家の内の一つ、アインツベルンのものだ。このような城を建設するのは、莫大な金を持っている彼らしかできないことだろう。
俺は城の門を無遠慮に開く。元々呼び鈴など無いのもあるが、ここの主に態々挨拶をする必要もない。
「あらあら、リンのサーヴァントじゃない。
ずいぶん礼儀がなってないのね。
レディの部屋に入るときはノックをして、返事があるまで待っているものよ」
扉を開けたエントランスに一人の少女がいた。真っ白の長髪に、赤い瞳。小柄であること、髪だけでなく肌も白いことからウサギ、いや妖精を連想させた。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。それが彼女の
「これは失礼した。
何、態々そのようなことをしなくとも君なら気が付いたと思ったんだがね」
俺の言葉にイリヤは少し頬を膨らませた。
「サーヴァントの癖に生意気。
形式は大事でしょ」
俺は少し頬を緩めた。あの人が変わらないように、この少女も変わっていない。
「ふーん、あなた、そんな顔もできたのね。
ずっと仏頂面だったから、感情を忘れたか、封じているのかと思っていたわ」
彼女の言葉に私は苦笑した。
「私もできていると思ったのだがね。
どうにも不出来らしい」
「そうね、でも、今のあなたの方が仏頂面よりかっこいいわ」
彼女は、顔に満面の笑みを浮かべた。だが、それも一瞬だった。
「それで、世間話をしに来たんじゃないのでしょう?」
彼女の一言で、俺はいつもの俺に戻った。
「ああ、そうだ。
一つ、取引をしよう」
「ふーん、取引ねぇ…。
知ってる?取引って対等な立場でしかできないのよ」
彼女の隣に、黒い影が蠢いた。ゆらゆらと揺れる影法師はやがて大きな人型を作り出す。
「あなたじゃ、普通に戦っても私のバーサーカーには勝てない。
だから、チャンスをあげるわ。
一度、私のバーサーカーを一度殺してみなさい」
彼女の顔には絶対の自信が溢れていた。それは慢心ではない。確かに、通常の俺であったなら為す術もなく、殺されているだろう。
―――だが、俺にとってこの邂逅は初めてではない。
「I am the born of my sword.」
呟かれた一小節。それはバーサーカーが動き出すよりも早く、無数の剣群がその身を貫いていた。
「バーサーカー!
あなた、一体何をしたの!」
イリヤの焦る声に、俺は淡々と答えた。
「一回殺して見せろ、と言ったのは君だろう?
望み通りに殺して見せただけだ」
イリヤは苦虫を潰したような顔をしたが、すぐに止めた。冷静さを取り戻したのだろう。
「ええ、そうね。今回は引いてあげる。
で、取引って一体何かしら?」
その言葉に俺はこう言った。
「君は随分と衛宮士郎にご執心だったように思う。
だから、ここに彼を連れて来よう。そこで彼と話をするといい。
代わりに、私は君たちの語らいを邪魔されぬよう守ろう」
「それは私にメリットばかりで取引とは言わないわ。
何が目的なの?」
「何、交代制というやつだよ。
君が衛宮士郎と話す代わりに私が君を守る。
反対に私が衛宮士郎と話す代わりに君が私を守る」
イリヤはため息を一つ、はいた。
「私にはあなたのしたいことが全く分からないわ。
まぁ、それならやってあげなくはないわ。
いいわ、取引に応じてあげる」
「感謝する、イリヤ」
彼女は酷く驚いた声を上げた。
「今、なんて…」
俺は彼女の言葉に特に返答をせず、踵を返した。答える必要もない。きっと聡明な彼女ならたどり着くだろうから。
―――ああ、なんて度し難い
俺は俺に、そう吐き捨てた。利用できる全てを利用しようとする、その在り方に。俺は未だあの頃から一歩も進めていない、ということを理解できてしまったから。
目が覚めると、いつも見た天井ではなかった。どこだ?わからない。
「やっと、起きたんだね、お寝坊さん」
不意に掛かる声。それは幼い響きを纏っていた。
「イリヤ!」
俺は酷く驚いた。なぜ彼女がここに?いや、ここは彼女の家なのか?
「ふふふ、とぉーっても戸惑っているね。
無理もないと思うけど、クイズをしている時間もないんだよね。
だから、答えを言うよ。ここは私のお城」
俺はセイバーを呼ぶために右手へ目を向けた。そこにはあるはずの物がなかった。
「お兄ちゃんは戦争から脱落しちゃったんだよ。
リンのサーヴァントに契約を切られてね」
「アーチャーが?」
俺はソレをすんなりと受け入れていた。何かと俺に敵意を向けていたのだから、こうなることは明白だった。ただ対策を怠った俺のミスだった。
「で、俺に何の用があるんだ、イリヤ」
もう参加者ではない俺に、一体どんな価値があるのだろうか。俺には判断が出来なかった。
「んー、最初は復讐をするつもりだったの」
イリヤは滔々と、淡々と言った。そこに感情の色が見えず、ガラス玉のような無機質な瞳が映っていた。
「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
いえ、イリヤスフィール・エミヤ・フォン・アインツベルンと言った方がいいのかしら」
その告白は衝撃的だった。イリヤは
「母はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。
そして、父は衛宮切嗣。
私はキリツグに捨てられたの」
俺は理解した。彼女があの冷たい殺気を向けることが出来た理由を。
「キリツグは私と約束をしてくれたの。
前回の戦争、第四次聖杯戦争に向かう前に、終わったら私を迎えに来てくれるって。
つまらない勉強をして、一人寒い思いをしながら、凍えそうな城の中で。
何日も何日も、私は待ち続けたわ。
バカな話よね。
私は一体何を根拠にキリツグが帰ってくると思っていたんだろう」
俺はその先を知っていた。理解してしまった。
「結局、キリツグは帰ってこなかったわ。
アインツベルンを裏切った。でもね、それはいいの。
私が許せなかったのは…」
俺は耳を塞ぎたかった。その先を聞きたくなかった。
「私を置いて行ったのに、私を捨てたのに、新しい子供を拾って育てていたこと。
ねぇお兄ちゃん、いえシロウ、私と貴方の差は一体何なの?」
俺は答えられなかった。答えることが出来なかった。
「でも、不思議よね。
私は貴方を憎んでいた。心の底から憎悪していた。
そのはずなのに、貴方に初めて出会ったとき、浮かんだ感情は違った。
私は嬉しかったの。
私の最後の家族だったから。
独りぼっちだと思っていたから」
イリヤの瞳には感情があった。それは戸惑いに近い色をしていた。
「私は未だに分からないの。
貴方を憎んでいると同時に、愛着を感じているの。
ねぇ、シロウ、私はどうしたらいいの?」
「それは…」
俺はすぐには答えを出せなかった。きっと助かりたいのなら、殺すべきじゃないとか命乞いをするべきなのだろう。だが、そうして繋いだ命に何の価値がある?
俺は口を開けなかった。口を噤むしかなかった。
「なんてね」
イリヤは無邪気な笑顔を見せて、そう言った。俺はまたも呆然とするしかなかった。
「お兄ちゃんは真面目だから、きっと答えを出せない。
分かっていたんだ。
これは私が自分で折り合いをつけるべき問題なの。
私はただ知って欲しかったんだ。
自分の家族に、私を忘れないでねって。
私はアインツベルンが作った最高傑作。
この聖杯戦争が進む度に私は私を失うの。
私が私じゃなくなる前に」
俺は彼女の言っていることを信じたくなかった。彼女の悲壮に満ちた顔を見て、嘘ではないと分かったから。
「もう時間もあまりないね。
アーチャーはこのお客さんのことを知っていたんだ」
イリヤは何事かを呟いた。そして、向き合って言った。
「ねぇ、お兄ちゃん、最後にわがままを言うね。
アーチャーを否定してあげないでね。
きっと彼はソレを望んでいるんだろうけど、最後まで掌の上も癪だから。
姉より優れた弟は居ないってことだよ」
イリヤがなぜそんなことを言うのか、分からなかった。でも、俺は素直にその言葉に頷いた。
「うん、じゃぁ、私はいくね」
そう言ってイリヤは去っていった。
俺は俺の為すべきことを為すことにした。
俺は門番のように、静かに目を閉じて、立っていた。耳に地面を踏みしめる音が聞こえた。
「来たか」
「ええ、アーチャー。
説明してくれるんでしょうね?」
セイバーを引き連れた凛の姿がそこにはあった。彼女たちの顔は険しかった。
「ああ、説明はするとも。
だが、今ではない。もう少し、状況が整うまでは待ってもらおうか」
「そう言って、はいわかりました、待ちますなんて言うと思っているの?」
「いや、無論思っていないとも。
だから、先手を打たせてもらおう」
瞬間、彼女たちのへ剣群が突き刺さる。が、セイバーに担がれ間一髪で避けていた。
「さすが、直感に優れているだけはあるか」
凜はその剣群を見て、驚愕の表情を作っていた。無理もない、それは一つ一つが宝具と言って差し支えないのだから。
「底の知れないヤツだとは思っていたけど…これは予想外ね」
「君にそう言ってもらえると恐縮だよ、リン」
俺は素直に彼女を称賛した。一瞬で気づく、優れた目を持つことに。
一触即発。俺と彼女たちにはそんな雰囲気が流れていた。だが、それも霧散した。
「交代の時間よ、アーチャー。
後は好きにするといいわ。
私は、招かねざるお客様の相手をしてくるとするわ」
門より出てきたイリヤに俺は礼を言った。これで準備は整った。
「ついて来るといい。
真実を知る覚悟があると言うのなら」
俺は彼女たちの返答を聞かずに、城の中へ入っていく。そこには、『俺』がいた。
「随分と遅かったな、衛宮士郎」
「アーチャー…」
「貴様は疑問だらけだろうな。
何故、俺が裏切ったのか。何故、俺がお前を嫌うのか。
そして、―――何故、俺に惹かれるのか」
俺の言葉にただ息を飲んだ。
「その答えは、戦いの中で分かる。
構えろ、衛宮士郎」
俺は、使い慣れた双剣、干将莫邪を投影した。それに遅れるように奴の干将莫邪が投影された。そして、戦いの火ぶたが切って落とされた。
戦いの差は歴然だった。
俺が、どれほど投影をしようとアーチャーには届かない。数合を打ち合うだけで崩れ、消え去る。
「どうして、自身の投影が俺に及ばないか分かるか?
所詮、貴様のは中身の無い猿真似だ。
中身を伴ってこそ、贋作と言えど真へと迫る」
アーチャーの言いたいことは、分かっていた。そんなことは、打ち合う度に痛感していた。
「もう気付いているのだろう、衛宮士郎。
幾度となく、打ち合うこの戦いの中で、この剣戟の中で」
打ち合う度に流れ込む、映像。それは醜悪なものだった。
誰かを殺す映像。時に弓矢で射貫き、時に剣で切り裂く。無慈悲に、冷酷に、感情など感じさせない機械のように、正確に殺す。
「見えているのだろう、映像が。
それは記憶だ、衛宮士郎。
俺が辿ってきた、道程そのもの」
そこには一切の救いがなかった。殺して、殺して、殺しつくす。
「それを見て貴様は何を思った?
醜悪な映像だと思ったか?救いがないと思ったか?」
俺はアーチャーの問いに答えることが出来なかった。図星だったからだ。
「だが、それが貴様の末路だ、衛宮士郎」
すんなりと、その言葉は耳に入った。
「貴様の投影は未熟だが、確実に真へと至り始めている。
何故だか分かるか?
貴様は俺と打ち合う度に剣を通して、その構造を読み取っているからだ。
その弊害として記憶まで流れているようだがな」
俺は何度も何度もアーチャーと打ち合う。剣は徐々に徐々に、打ち合う数を増やしていく。最初は一合、次は二合、三合、四合…。だが、届かない。
「期待したか?俺と打ち合う数が増えて。
だが、幾ら学び取ろうと意味はない。
所詮は贋作から、贋作を真似ているに過ぎないうちは」
それだけでは無かった。俺とアーチャーの決定的な差は戦闘の経験値。ファランに稽古をつけてもらったと言えど、それだけでは足りなかった。
「こうして打ち合うのも、時間の無駄だな」
そう言って、アーチャーは不意に剣を下ろした。
「何故、俺が、お前が英霊へと至れたのかを語ってやろう。
貴様が見た記憶だけでは補完しきれまい。」
アーチャーは語り始めた。
「俺が至れたのは、端的に言えばアラヤ、抑止力との契約だ。
人を救う、その漠然とした願いを胸に契約をした。
救える命があると、そう信じた。
だが、欺瞞でしかなかった。
俺が救いたかった物は何一つ手に残らなかった。
大を救うため、小を切り捨て続けた俺にふさわしい末路だった。
結局の所、俺は正義の味方等ではなかった。器ではなかった。
俺は装置でしかなかった。
正義、という大義を決行するただの機械。
それが俺だった」
言葉は俺の胸に深く、深く、突き刺さる。俺は間違っていたのだろうか、この思いは。人を救いたい、ただそれだけのことなのに。
「ふぅーん、それがあなたの結末なのね。
だから、それをやり直すために衛宮君を殺すの?」
遠坂が口を開いた。
「ああ、過去の俺が消えれば、今の俺も消えるかもしれんからな。
いや、別に消えなくてもいい。
この世界では壊れた装置ができなくなるのだから、それだけでも十分だ」
「そう、あなたは弱くなったのね。
きっと、いつものあなたなら全部抱えているでしょうに。
衛宮君、あなたの思いは間違いじゃないわ。
だってそれは尊いものだもの」
アーチャーはその言葉を鼻で笑った。
「ならば、いいだろう。
これを見て、なお心が折れないというのであれば」
アーチャーは静かに何かを唱え始めた。そして、火が輪を描くように走り、やがて全体を包んだ。
赤茶けた空。大地に突き刺さる無数の剣。地平線の果てには、大小さまざまな歯車が縦に横に噛み合い回る。
「これは…固有結界!
なんであなたが使えるの!」
遠坂は声を荒げた。固有結界、それは世界を塗り替える大魔術。
「そうだ、本来であれば衛宮士郎程度の魔術師には一生をかかってもできない大魔術。
それ程までに衛宮士郎には魔術の才能はない。
だが、それは半分正解で、半分不正解だ。
衛宮士郎には固有結界に限って言えば才能の塊だ。
疑問に思わなかったか。
俺がどうして簡単に宝具を投影できたのか、を。
所詮、あれはここから漏れ出た一部に過ぎない。
衛宮士郎の本質は、剣を貯蔵し内包すること」
アーチャーの言葉に遠坂は息を飲んだ。アーチャーは言葉を続ける。
「そして、固有結界とは心象風景の具現化でもある。
見えるだろう、衛宮士郎。貴様が目指す極致がこれだ。
無数の剣を突き立てて、上った丘に何が見える?」
アーチャーの言わんとしていることが分かる。そこから見える風景は、己が殺すために使った武器の墓標だ。殺害の道具の標本。
「所詮、これが事実だ。
どれほど奇麗ごとを重ねようとも、この重みからは逃れられない。
付け加えておいてやろう。全てを抱えた俺の末路は絞首台だ。
誰からも理解されず、誰にも理解を得ようとしなかった者など恐怖の象徴でしかない。
いつ、その牙が突き立てられるか分からんからな」
アーチャーは一本の剣を俺に投げてよこした。その意図は聞かずとも分かった。
「自害しろ、衛宮士郎。
救済などは絵空事でしかない。
むしろ、それを抱えて溺死した方がマシだ」
私は傷つくシロウを見ていられなくて、飛び出そうとするリンを必死に押し留めていた。
「セイバー、放しなさい!」
「駄目です、リン、これは彼らの戦いです。
最初から私たちに入る余地など無いのです」
私の言葉にリンは項垂れて、腕を力なく下ろした。
「分かっているわ、分かっているとも。
でも、これは酷すぎる、
だって、ここには何も救いがないじゃない」
彼女の嘆きは正しい。
ここには一切の救いがない。ただ無数の剣が捨てられているだけ。その剣の数だけ自らの夢が、希望が、破却されたことを物語っていた。
これは何も彼だけに限った話ではない。私にも当てはまるのだ。
―――我が祖国、ブリテンを救いたい
その思いを胸に剣を抜き、王になった。
幾千と幾万と切り結んだ果てに、私は何を見た?
あのカムランの丘で、私は今と同じ光景を見たのではないのか?
無数の屍を踏み越えた、その先で。私は一つの地獄を見たのではないのか?
その結末を変えたいがために、私は聖杯にやり直しを要求したのではなかったのか?
そこで、私は気づいたのだった。
そのやり直しに何の価値がある。あったこと、全てを否定してなかったことにする、その先に一体何が残っている?
私には彼らを止める資格はなかった。
私はリンと彼らの行く末を見守らざるを得なかった。
だが、元より差のあった二人。一つの決着が着くには十分だった。
アーチャーが一本の剣をシロウに投げた。
それはアーチャーからの自害勧告だった。
シロウはボロボロの体で、持ち上げた。
私とリンはその結末に何も言えなくて、ただ茫然と眺めていた。
だから、それを予想できなかったのだ。
エミヤ シロウという男が、その程度で諦める男ではないことを。
彼の諦めの悪さに私は救われたことがあったことを。
俺はアーチャーの剣を拾い、投げ捨てた。
「確かに、俺の願いは絵空事だ。
万人を救うことは誰にもできない。
十人を救うために、一人を犠牲にする。百人を救うために、十人を犠牲にする。
その取捨選択が現実だろうさ。
でも、誰かを救いたいという思いは無駄ではないんだ。
この思いに間違いはないんだ。
俺が人を救いたいと思ったのは借り物かもしれない。
切嗣との約束を守るためかもしれない。
あの地獄の中で唯一生き残った、俺の債務だと思っているのかもしれない。
それは全部俺の思いだ。
そこに嘘はない。俺がそう思い、願ったことなのだから」
「ならば、俺が引導を渡してやろう、衛宮士郎」
猛然とアーチャーは突撃をしてきた。俺は干将莫邪を放り捨てた。
遠坂とセイバーの声が聞こえる。自殺のように見えたからだろう。
「トレース、オン」
緩やかに流れる時間の中で、刻一刻とアーチャーの剣が近づいてくる。
焦るな、焦るな。そう自分に言い聞かせる。形は、構造は、その本質を、俺は良く知っているのだから。
「なっ、貴様!」
アーチャーの剣は、俺の剣に防がれていた。左に持った、鎌のような反りの入った短剣と右手に持った、両刃の大剣に。
ファランの持っていた剣。本来であれば、俺はこれを知りえない筈だった。流れて入ってきた記憶になければ。
「何を驚いている、アーチャー。
俺はあの人から教えてもらったんだぞ」
今だから、分かる。この剣の本質が。
俺はアーチャーの剣を切り裂いた。アーチャーは追撃を取られる前に距離を離した。
「俺はお前を否定するべきなのだろう。
お前が俺を否定するように。
そうじゃない、そうじゃなかった。
俺たちは結局の所、ある一点で似た者同士だった。
なぁ、アーチャー、お前がエミヤ シロウだと言うのなら何故この剣を使わない?」
「貴様!」
普段は冷徹な皮肉屋の顔に、憤怒の色が混ざった。
「お前はこの剣の本質を理解していたハズだ。
あの人の、ファランという騎士の本質を」
「それ以上、口を開くな!」
直線的なアーチャーの動きは読みやすく、如何に戦い慣れていない俺でも対応できた。
「あの人は騎士には向いていないし、そもそもこの剣だってあんな使い方をする物じゃなかった。
だって、そうだろう?
生き残る、ということに特化するということは、相手を素早く殺すということに他ならない。
自らに危害を加える外敵を、素早く排除するほうが生存率は高まる」
「黙れ、黙れ、黙れ!」
「右の剣は魂を刈り取るため、左の剣は体を一撃で砕くため、それが本質。
肉体と魂を破壊する、それに最適化したのがこの武器だ。
なぁ、アーチャー、お前がこれを使わなかったのは背負わせたくなかったんだろう?」
「知ったような口を聞くな!」
「その言葉に意味が無い事くらい分かるだろう?俺はお前だ。鏡合わせの存在だ。
お前はあの人の武器に、己の債務を背負わせたくなかったんだろう?
それは自分の背負うべき債務を、ファランに背負わせるように感じたから。
あの人の思い出を大事にしているから、汚したくなかったんだろう。
俺たちはそういう点では似た者同士だ。
あの時、剣の稽古を受けたのは、あの人と父さんがダブったから。
それは正義の味方について語っていたときの父さんの顔と、あの人の顔が同じように見えたから。
俺とお前は、約束を、誓いを捨てられない。
律儀に正義の味方になったのも、あの人の剣を学んだことも、間違いではなかった。
全部等しく俺の思い出で、大切な記憶だ」
不意にアーチャーの攻撃が止まる。
「だから、何だというんだ、衛宮士郎。
それは全てただの感傷だ。
お前がそう思いたいから、思っているに過ぎない!」
アーチャーは距離を置いて、右手を高く掲げた。アーチャーの頭上に剣群が展開された。
「だから度し難いんだ、衛宮士郎!
お前は何度信じて、裏切られれば気が済む!
そんな甘えは捨てろ!
捨てられないのなら、その甘えごと貫かれろ!」
無数の剣群が矢のように俺に迫る。だが、俺は慌てない。することなど決まっている。
左の逆手に持った短剣を右の肩の辺りに構え、右手の大剣を短剣に対して一直線になるように構える。そして、踏み込む。
左の短剣で軌道をずらして回避する。右の剣で強引に叩き落す。時に、左でずらしながら右で薙ぎ払う。
ファランが俺に何故この構えを教えたのか、それが分かった。
彼は別に良かったのだ。自身の剣が汚れることなど、気にしていなかった。
それは既に汚れきっている、という諦めではない。
彼は俺の本質を気付いていた。俺がどうしようもない偽善者で、人として大事なものが欠けていることに。
だから、彼は俺に生き残る術を与えたのだ。俺の歩む先に地獄が待っていることを知っていたから。
生き残る、とは全てを背負うことだ。
道半ば倒れた人も、大を助けるために切り捨てた小も、正義の名の下に殺した者も、全てを背負って生きるということだ。
それは贖うためではない。
誰かの幸福を願うため、誰かの新しい一歩を踏み出させるため、その希望を作るために背負うのだ。
その結果が、絞首台であろうと、ギロチンであろうと、関係ない。
己の行った行為は明日への希望を繋ぐ、そう愚直に信じるだけだから。
アーチャーが俺を貫くよりも、先に俺は貫いた。
「その先は地獄だぞ、衛宮士郎。
救いなど無く、希望など無い」
「ああ分かって居るさ、『俺』。
全てを背負った結果がお前であるのなら、俺の結果はお前なんだろう。
だが、それは果てじゃない。
俺は俺の業を背負い続けて、希望を目指す」
「その希望を作るために、見つけるために、全てを犠牲にしてもか?」
「俺は偽善者だ。
俺は俺の行ったことに目を背けるわけにはいかない。
だから、全ての負債を背負ってやるさ。
明日のみんなの幸せがあれば、それでいい」
「フン、弟子は師に似る、ということか…」
アーチャーは蹴り飛ばし、俺を引き離した。
突然、アーチャーに無数の武器が刺さった。
「
無論、道化に変わりはないが」
「貴様はアーチャー!
何故ここにいる!」
「久しいな、セイバー。
我が裁定すべき女。
何、これを返しに来ただけのことよ」
セイバーにアーチャーと呼ばれた金髪の男は、何かを投げて寄越した。
それはイリヤの無残な死体だった。心臓は抉り取られ、目は切られている。
「貴様!」
「何を怒る、セイバー。
余興ではないか。
それとも、ここで裁定を始めるとするか?」
顔に緊張が走る。
「が、俺とお前にふさわしい舞台はここではない。
それにまだ狩らねばならぬ畜生がいる」
アーチャーは、忽然と姿を消した。後味の悪い終わりだった。
俺たちはイリヤの死体を埋めて、簡易的な墓を作った。
そうして、帰り道、セイバーが口を開いた。
「シロウ、リン、あなたたちに聞いてほしいことがあるのです」
「何、セイバー改まって」
「私が聖杯を必要として
聞いてくれますか?」
俺と遠坂の答えは決まっていた。
「聞かせてくれ、セイバー」
「はい、感謝します」
戦争の終わりは確かに近づいていた。
読んでもらいたくない、その理由が分かって貰えたでしょうか?
シロウ君は救われた、と言えるのかが非常に言えないからです。
むしろ、救われていないと言っても差し支えないでしょう。
私は二次創作をするときは、設定だけを借りることが多いのです。
言ってしまえば、私なりに再構成をするという感じでしょうか。
何が言いたいのかと言うと、奇麗に並べられた積み木を粉砕して、
また一から作り上げる行為に他ならないのです。
作品の良さを全て殺す、というわけです。
今回だとUBWにおける見どころだった士郎とアーチャーの下りを粉々に砕いたわけです。
正直、書いてて辛かったです。
改悪をしている以上、原作程の良さには届かないことが分かっている事と、
どうしても似た場面なのでどれ位改悪しているかが目に付いて、
非常に乖離を感じざるを得ませんでした。
真面目な話、この話はカットしても構いませんでした。
ですが、ファランという創作キャラが絡んだことでどういう風に動くのか、
動かせるのか、その辺りが気になったため書いてしまいました。
で、書いてしまったから一応載せよう、と思った次第です。
そうした理由から良かったとも悪かったとも感想をいただきたくない、というのが
心情です。
良かったをもらえるとは思ってはいませんが、言わせていただくと
悪かったと言われても、ですよね、としか返せませんし、
良かったと言われても、大丈夫なんだ、と天狗になる未来しか見えない。
そう言った理由です。
と言っても、良いにしろ悪いにしろ貰えて嬉しくない意見はありませんけどね。
面倒臭い作者ですが、もうしばらくお付き合いください。