この俺、
刃禅それ自体は簡単だった。四大貴族には格が劣るとはいえ犬蒔樫は貴族の家の一つだ。代々実力で護廷十三隊の席官を務めている一族の次期当主としてその程度は楽にこなせた。
それに、俺が使っている斬魄刀は代々の当主に受け継がれたものらしい。ならばなぜ浅打のままなのかは分からないが。
覚悟を決めて禅を組み、膝の上に刀を乗せる。後は意識を集中させれば精神世界へと潜ることができる。
再び目を開くと、森の木々に囲まれた神社があった。百段以上はある階段の先にある鳥居の上には足を投げ出して座っている灰のような白の髪をした幼女。他に誰もいないことから考えると、やはり彼女がこの斬魄刀なのだろう。
どこか実家の母上の面影のある幼女は、──いや待て何故幼女に母上の面影を見出しているんだ。
白を基調とした洋服を着ている彼女に怒りを覚える。上半身は袖の長さが余っていることが目につくくらいだ。現世では萌え袖というらしい。別にその程度なら怒るほどでもないのだ。貴族である俺は幼女の胸が見えそうになっていようが興奮などしない。精々が寒くないかの心配だ。
しかし、その下半身には次期当主として大人な良識を身に着けている俺は苛立ちを覚える。
なんなんだあの服は!下着が見えそうで見えない状態になっているではないか。スカートというものは知っているが、あそこまで丈が短いなどあり得ないだろう!いくら幼女の姿をした斬魄刀だとはいえ、まるで痴女のような服装には憤懣やるかたない。
そのうえ彼女は鋭い犬歯をちらつかせ、ただでさえパンツの見えそうなスカートをたくし上げるのだ。それも俺を挑発するような目でだ。偶に黒の下着が見える。紐だったりもする。それはまるで俺のことを取るに足りない雑魚だと言っているようで。そのあまりに恥じらいを捨てた態度に俺の霊圧は急速に膨れ上がる。
「あの幼女に大人の常識をわからせてやらねばなるまい」
断固たる決意を以てあの幼女に近づく。別に幼女が性の対象になることなどあり得ないが、この犬蒔樫羽韻の斬魄刀があのような痴女など沽券に関わる。
だが、近づけない。一向にあの幼気な痴女に届かないのだ。怒りに任せて階段を上り続けるが、一向にあの幼女に手が届かない。
「ざーこ♡」
精神世界から出るときに聞こえたその一言がいつまでも頭に残っている。
「あの犬蒔樫がこれほどの霊圧を放つなんて、どれほど強大な斬魄刀なんだ……」
一つ隣の部屋から周囲の声が聞こえる。意識が現実に戻ってきて、放出した霊力の多さに身体からガクンと力が抜けた。刃禅はこれで三回目だが、その最中に俺が周囲を押さえつけるような霊圧を放っているせいで一人だけ別の部屋でこうして精神を集中しているのだ。
まだ俺は負けていないんだが、近づけないのであれば方法を変えるしかない。あの幼女の面影を求めて、俺は母上に話を聞いてみることにした。教官に助言を求めることも考えたが、どう相談するのかというところで挫折した。破廉恥な幼女が斬魄刀なのですがとでも訊くつもりか?俺のプライドにかけてそんなことはできない。
瀞霊廷に犬蒔樫の家はある。朽木や志波よりは小さいが、それでも豪邸と呼べるだろう。
「お帰り、羽韻。あら、私に用事?」
俺は母上に事情を話した。あの幼女に勝てない……いや負けてはいないんだが立場の差をわからせることが難しいとそう語った俺の姿を見て、母上は今までにないほど真剣な顔をして言った。
「そうだね。確かに私はあなたの悩みを解決できる。けど、それをあなたに渡すかは悩んでるの。別に私はあなたが死神を目指すのを止めるつもりはないよ。でも、もしその道を行き続けるのであれば、一つだけ忠告しなくちゃいけない」
「あなたはきっと、自分にとって大切なものを失う。それだけは覚悟しておいて」
「覚悟はしています。それでも俺は母上の姿に憧れてこの道を選んだのです」
だからこそ、俺は強くならなくてはならないのだ。
「きっとこれがあなたの求めているものよ」
家の奥から母上が持ってきたのは何本かの巻物だ。厳重に仕舞われたその封を解くと、そこに描かれていたのは、あの刃禅での精神世界を思わせる絵だった。違う点があるとすれば、描かれている男は羽の生えた幼女の許に辿り着いているにもかかわらず無様に彼女に屈服し、へこへこと腰を振っているということだ。
ああ、なんて無様な姿だ。これが大人だとでもいうのか。まるで獣、犬畜生のような姿ではないか。
「愚かだと、そう思ったでしょう」
母上の言葉に意識が引き戻される。
「それがあの子から見たあなたよ。あなたはあの幼女をわからせようと必死で、自分がどのような態度だったのかをわかっていなかったの」
自分もあんな風な姿を晒していた。そう気づいた俺は愕然とする。あんな醜態を演じていたなんて、母上に顔向けできない。そう考えていたが。
「大丈夫。誰だって通る道よ」
母上のその言葉に励まされた。今までの俺は必死で、自分を客観的に見る余裕がなかったのだ。けれど今はもう違う。
「母上、俺、もう一度あの斬魄刀と対話してきます。待っていてください!俺は必ずや始解を体得してきます!」
どうすればいいかは分かった。上からわからせるのではない。ただあの幼女と対等に接するだけでいいのだ。
──怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物とならぬよう注意せよ。
俺が後に知った言葉だ。俺は分かっていなかったのだ。あんな痴女のメスガキと分かり合おうとすればどうなるかということを。
「さようなら。犬蒔樫羽韻。またね」
母上がなにか呟いていたのも、高揚していた俺には聞こえていなかった。
一人、刀を傍らに座禅を組んで精神を集中する。
何時もと同じように、目の前には厳かな神社。後ろにはただ森が広がるばかりだ。
石段を上る。一歩ずつ、確実に近づいている。疲れで目線が下がろうと、歩幅が短くなろうとも、それでもあの斬魄刀を目指して進んでいく。鳥居が徐々に大きく見えてきたことから、もうすぐ着くのだろう。
そしてついに、階段を上り切った。木々が開けたその場所は青々とした空が広がっていて、鳥居から降りた幼女が俺を見つめていた。俺は、彼女に認められたのか。
「俺はお前に辿り着いたぞ」
「あなたはわたしにたどりついたのね」
彼女は同じ言葉を返す。
「ちからがほしいの?」
「そうだ。俺は力が欲しい」
「ちゅうこくはきいた?」
「それでもだ」
俺の斬魄刀は距離を詰め、突然俺の首筋に噛みつき、唇を奪った。
「ん!?」
痛みはなかった。口の中に血が流れ込む。このままでは息が詰まってしまうと慌てて呑み込んだ。
まさか俺の初めての口づけがこんな幼女とだなんて。そんなことを思ったが、ここで激昂しては意味がない。冷静に意図を見極めようと幼女の目を見つめ返す。
猫のような金色の瞳に映っているのはあの幼女と瓜二つの女の子だ。
よく考えてみればいくつかおかしな点があった。何故俺がしゃがまなくともあの幼女と同じ目線の高さだったのか。歩幅が短くなったにも関わらず足の疲れ具合は変わらなかったのか。その理由がこれだ。
森に囲まれた石段を登りきると、俺は幼女になっていた。
「よろしくね、わたし。わたしのなまえは──」
意識が浮上する。斬魄刀の名前が分かったということは、始解ができるようになったということだ。膝の上の浅打を持ち上げる。上昇した霊力を実感し、一抹の不安を抱えながら立ち上がった。さらさらと灰白色の長髪が重力に従って落ちる。霊術院の制服が危うくずり落ちそうになったので慌てて押さえるが、胸と股間の辺りが心もとない。
ここにきてついに理解した。間違いない。あの斬魄刀『嗜血花』は常時展開型の始解だ。
そしてその始解によってこの俺、犬蒔樫羽韻は幼女になってしまったのだ。
確かに俺は大切なものを失った。鍛え上げた俺の身体と男性機能だ。こんなこと覚悟のしようがないだろう!
需要があれば続きます。