現世で何度目かの魂葬の実習があった。あの有名な檜佐木先輩の時のように虚が突然現れるということもなく、至って無事に実習を終えられたことは喜ばしいことだろう。
疲れからか直ぐに眠りにつき、次の瞬間には廊下の端の方で目を覚ます。また銀架城に飛ばされたようだ。前にあのお爺さんと戦ったのは今までで一番いやな思い出だ。今は疲れで逃げることも難しいだろう。絶対に見つからないようにしよう。
少し城を見て回る。それにしても、床の氷を剥がしたりしないのだろうか。偶に滑って転びそうになる。そうして人のいない部屋に隠れながら城を観光していた時だった。
「ねえ、ここらへんでキャンディちゃん見なかった?緑の髪の子なんだけど」
後ろから声がした。話しかけてきたのは、アホ毛を二本触角のように生やした女の子だ。えっと、キャンディちゃんというのがだれか分からないが、多分あだ名だし、仲がいいのだろう。多分女。緑髪の子を見た覚えはないな。
「知らないわ。ごめんね」
なんか、このまま放っておいても罪悪感が湧く。しょうがない。トサカ頭とお爺さんに見つからないように探そう。やっぱり心臓に悪いな。
「もしよければ手伝うよ?えっと」
「ジゼルだよ。ありがとね」
そうして城の中をジゼルちゃんと二人で探し回る。心当たりがないか聞いてみたが、いそうな場所はもう探した後らしい。
別れても連絡手段がないので隣に並んで探す。そういえば、ジゼルちゃんからは懐かしい匂いがする。なんだろう、この匂いは。栗の花みたいな……どちらかと言えば生のイカ?そうだ、精液だ。この躰になってからはオナニーなんて縁がなかったから懐かしい匂いだと思ったのか。
いや、そもそもなんでそんなにおいがするんだ?というか匂いがキツイな。もしかすると。
「精液臭い。ジゼルちゃんって男なの?」
「は?」
やばい。いつの間にか考えが口に出ていたみたいだ。流石に失礼にもほどがあったので殺意を向けられた。咄嗟に謝ろうとしたが、体が動かない。それに、体を動かす感覚が全くない。
「あれ?なんで?」
ジジも不思議そうな顔をしている。
「右手上げてー」
ジゼルが自分の右手を上げながら命令すると、俺の右手が上がる。ついでに片足を上げたポーズが可愛い。
「左手上げてー」
同じようにしてジゼルが命令すると、俺の左手が上がった。
「ばんざーい」
両手が上がる。
「なんで何もしてないのに死体になってるの?」
心底不思議そうな顔で言われた。俺にもわからない。殺意に反応して嗜血花の能力が発動したと思ったらこうなっていたのだ。
もしかして──
「ジゼルって、血を飲ませた相手を操れたりするの?」
「そんな感じだけど……あっ」
ジゼルはにんまりと笑った。ジゼルも理解したのだろう。そう、俺がジゼルの血を取り込んでしまったせいで、今俺はこの子の命令を聞くだけの状態になっているのだ。全部俺がうかつなことを言ってしまったせいだ。
「あれ、というか、意思があるの?」
「あるけど、どうかしたの?」
「ふーん、そっかー」
ジゼルは少し考え込んでいる。この問いかけから察するに、俺は身体だけ操られている状態だが、本来は意思もなくなるのだろう。
「えっと、さっきは失礼なことを言ってごめんなさい」
謝ろう。これが俺のせいなのは確かだし、ここでさらに機嫌を損ねて自殺してとか言われたら非常に拙い。
「いーよ、もう気にしてないから。でも、傷ついたのは確かだしにゃー」
「ねーバンビちゃん!ペットができた!」
そうして俺は、戦わずして完全に敗北した。強制的に自分の能力まで全て話してしまったのだ。なぜか死神ではないことが前提に話が進められていたので、俺が死神とはバレなかったが。
「はい。私はご主人様のペットです」
これからはボクがご主人様だよーなどと言われたせいで、ジゼルへの呼び方がご主人様になった。ただでさえ思考と発言がかみ合わないのに、さらにごちゃごちゃになって面倒極まりない。それに、首輪までつけられた。なんでそんなもの持ってるんだ。それに、少しだけキツく締められていて、痛いし息がしにくい。
「やっぱ趣味わりーな、ジジ」
「かわいいけど、そういうのはバンビエッタちゃんが殺した子でやればいいと思うの」
彼女の仲間であろう少女たちが次々に発言する。何か食べている子の次は、胸がふくよかな体の子だ。可愛い子が多いな。もう一人の女の子は黙ったままだ。この子がバンビちゃんなんだろうか。
「というか、滅却師はいっぺん殺さないとダメだったんじゃねーのか?」
「えっとねー、この子は血を奪う能力らしくて、いつの間にかボクの血が体の中に入ってたみたい」
「なんだそりゃ。ツイてねーな。こいつ」
憐みの目を向けられた。俺だってコレは人生で一二を争う不運だと思ってる。というか、ここにいるの滅却師だったのか。じゃあ、あのトサカ頭とか爺さんも?滅却師ってもう絶滅したんじゃ。まあ、完全にいなくなったわけじゃないんだろう。銃とか使ってたし。弓しか使わないっていうのは古い情報だったんだな。
「ボク先に部屋に帰るから、キャンディちゃんが来たらそう言っといてね」
俺を見せに来ただけなのか。そうしてジゼルに手を引かれてバンビちゃんと呼ばれていた子の部屋から出た俺は──
布団から飛び起きた。全身の感覚が戻っているが、また記憶がなくなっている。ただ、前回と違って思い出そうとすればできないこともなさそうだが、思い出すのはとてつもなく嫌な予感がする。
「一体何があったんだ……」
服がじっとりと汗で濡れたし、霊術院に行くために着替えよう。そう思って立ち上がった時に気づいた。
全身が痛む。股関節は特に痛みが酷く、歩くのもぎこちなくなってしまう。
そして、腹部の臍の下あたりに何かの紋様が走っていた。子宮のあるところを起点に血管に沿って褐色に描かれたそれは、絡み合いながら脇腹まで到達している。
「……何……だと……」
そういえば、私はあの城からいつも通り急にいなくなってしまったわけですが、
どうやら少しボーッとしていたようだ。卒業試験まであと少しなのだから、気を抜きすぎてはいけない。それに、この身体にはもう慣れたとはいえ、もとは彼女の身体だ。あまり長時間裸でいるべきではないだろう。
着替えて部屋を出ると、俺は霊術院に向かう。何故か下腹部の紋様に熱があるような気がした。
「そういえば、バンビエッタちゃんは黙ってたけど、どうかしたの?」
ミニーニャがバンビエッタに話しかける。普段なら積極的に話に入ってくるだろう彼女がずっと黙っていたのを心配したのだ。
「考え事してたのよ。どっかで聞いたことあるのよね、血を奪う滅却師ってやつ」
「ん?そんな
「いや、聞いた気がするってだけ。だめね、思い出せない」
「そんなに気にすることじゃないと思うの」
「ワリィ、ジジとはぐれて、探してたら遅れちまった!」
遅れてキャンディスが到着する。
「そういや、ここに来るときに近くの部屋でだいぶ大きな声、つーか絶叫か?あれ。まあ、そんな感じのが聞こえたんだが、何だったんだ?」
「……あー、ジジが言うには、ペットができたんだとよ。オレより少し小さい滅却師だったぜ。んで、それだけ言って部屋に戻ってった」
「マジかよ。ジジのやつ、そういう癖なんとかしろよな。あいつだってバンビにどうのこうの言えねーじゃん」
「ああいうところ、バンビエッタちゃんとそんなに変わらないと思う><」
「ホントだぜ。あのクソビッチ」
淫紋ですよ!淫紋!
ナニをとは言いませんが、初喪失です。
やりたいことはやれました。