君のヒーローになれたなら   作:明鏡止水

1 / 10

※第4話からの閲覧をお勧めします。

この作品が面白そうだなと思ったら、時間があるときにでもこの話を読んでいただけると幸いです。


エピローグ
正しく前へ


 0

 

 

 善意で人は救えない。

 

 どんなに強い思いがあろうと、どんなに綺麗な願いだろうと、実現するためには力が必要だ。

 

 無力で、矮小で、低能な俺には現実を変える力など持ち合わせている筈もなく、目の前のことだけですら、傍観しているのが精一杯だった。

 

 無力が悪だというのなら、力は正義なのか。

 

 君の決断は悪だろうか、俺の願いは正義たりうるだろうか。

 

 

 

 

 

 1

 

 この場所に初めて来たのは何時だっただろうか、どんな経緯で君たちと出会ったのかは記憶の海からとっくの昔に消えている。

 

 苦手だったアルコールの匂い、眩しいくらいに白い風景、辛気臭い待合場所が日常へと溶け込んだのは果たして何時からだったのだろうか。

 

 冷たい空気が肺に流れ込み、僕は静かな階段をゆっくりと登る。

 

 靴と床が当たる音が反響を繰り返し、数を重ねることで自ずと覚悟は出来ていた。

 

 何の覚悟か、と言われれば大したものじゃなく、訳あって少しの期間会えなかっただけで妹のような人と会うのに身構えてしまってるだけのこと。

 

 幾度となく顔を合わせ、時に同じ屋根の下で夜を明かしているけれど、心の中には取り払う事の出来ない壁があった。

 

 申し訳なさか、負い目か、はたまた緊張か、尊敬か。本当の理由がわからなくて当てはまる言葉を探しているけれども、今でもなかなか見つからない。

 

 長いような、短いような道のりを辿り目的の場所へ到着した。何度も来た場所だけれど、念のため正解かどうかを確認する。

 

 ちょうど目の高さの辺りに貼ってある表札のような、記号のような、この部屋の主の名前が刻んであり当然の如く見慣れた名前だった。

 

 ココココンとキツツキのような4連打のノックは、合言葉の代わりを果たしていた。

 

「どうぞ」と返事が返ってくるまで、入らないというのが決まり事だ。

 

 決まり事というか、決め事。その時、ぼーっとしていたこともあって、配慮のかけらもなく図々しく扉を引いた結果アクシデントが発生。看護師からこっぴどく怒られたことがあり、偶然が起こした事故だとしても僕は再発しないように努めている。

 

 まとめると「あの子は女の子なんだから少しくらい配慮しなさい」との事、ぐうの音も出ない説教で負った傷は優しすぎる言葉によって表面上は癒えたものの、今では脳みその奥深くまで刻み込むほど神経を使うようになっていた。

 

「はーい、どうぞー」と朗らかで可愛らしい許可が下りると、もう一度『鳴神(なるかみ)紫音(しおん)』と書かれた文字を確認し、歩みを進めた。

 

 薄紅藤色の綺麗な髪、血管が透けて見える白い肌、葡萄のような紫がかった暗い瞳は僕を見据えると瞼に遮られ、くしゃりとした健気な笑顔に思わず飲み込まれた。

 

 とっくに日が沈み、冬の澄んだ夜空を背景にしているからか、余計な補正がかかり不覚にも引き込まれそうになる。

 

 まるで物語に出てくるお姫様、もしくは妖精の類だ。

 

 あんなことがあった直後だというのにも関わらず心配そうな僕を気遣って、もしくは強がり、空元気のようなものかもしれないけれど満面の笑みを浮かべて僕を向かい入れる姿勢にいつも戸惑ってばかりだ。

 

 こういう時、何を言えばいいのか未だにわからない。

 

 けれど、精一杯頑張っているこの子の前で深刻な雰囲気でいるというのが、この子が一番嫌いなことは知っている。

 

 家族のような僕たちにですら心配をかけることを拒んでいた。未だ取り払われることのない心の壁は、もしかすると互いに気を使い過ぎているからということも考えられる。

 

 いざこの子の目の前に立つと、合理的で冷静な思考はどこかへ飛び、そんなことよりも僕はこの子の悲しい顔は見たくなかった。

 

「全然元気やん、学校抜けだしてきて損したわ」

 

 面会が17:00から出来ると今朝の段階で知っていた。HRやら課外なんてくだらないスケジュールをしっかり守ってまで学校にいる意味はない。

 

 今日は特に会える時間は限られているというのに、成績書に反映されない予定に付き合う義理はない。

 

 最も、今更そんなこと気にしても仕方がないけれど。

 

「抜け出して!? 真面目に行くってこの前約束したじゃん!」

 

 紫音との約束は授業をきちんと受ける、というもの。約束事に厳しいことは結構長い付き合いで知っているし、もちろん授業はきちんと受けてきた。

 

 6時間目が終わった瞬間、速攻で教室を出たけど。

 

 紫音は思ったより大きな声で僕の発言に驚く。声質はいつもと変わらず、目もしっかりしている。

 

 この様子だったらすぐ退院も出来るかもしれない。

 

「約束通り授業は受けてきたから安心しな」

 

「確かに、約束は授業だけだったけど……もう受験目前だよ? 夕課外あるでしょ?」

 

 確かに受験は間近、だけどこの数日で何か変わるわけじゃない。

 

「まぁね、と言うか今更勉強しても変わんないし問題ないよ」

 

「試験日まであと何日かわかってる? あと5日! 案外最後の詰め込みが大事なんだから……鞄に勉強道具入っているよね?」

 

「そりゃ入ってるけど……そんなことよりオセロでもやらない?」

 

「私が教えるから勉強! オセロだってどうせ私が勝つし、何より……お母さんと約束したし」

 

「そっかー、ならしっかりやらんとね」

 

 母さんと紫音との約束、子供ながらに責任感の強いこの子は約束をとても大切にしていた。

 

 確かに素行が良くなかった時期もあり、母さんが心配するものわかるが、紫音にこうやって協力させるのは卑怯だと思う。

 

 僕の紫音への対応を見て目論んでいるのだから尚更気に食わない。

 

 なにはともあれ折角来たのだから僕のことではなく、紫音を楽しませようと思ったけれど、そう言うのであれば仕方ない。

 

 夕課外でやる予定だった冊子を取り出し、しぶしぶ問題を解き始めた。

 

 マジで今更やったところで変わらないと思うけれど、紫音の満足げな顔が見れるなら良しとするか。

 

 国語、社会のやり直しを終え、数学に入ることしばらく紫音の指が視界に入る。

 

「ここ違うよ。そもそも問1で求めたAの値が間違ってるし」

 

「え、マジか……マジだ。毎回思うけど、なんでそんな頭いいの? 難しいと有名な雄英の過去問だぜ? まだ来年中学生だったよね?」

 

「私のことはいいの! やることがなくて勉強できるようになっただけだから! はい、頑張って」

 

「はいはい、やりますよ」

 

 

 

 

 

 紫音の指摘による数学という魔境から遂に抜け出したところで時間が来たようだ。

 

 とりあえず集中していただけのことはあって時間が経つのはずいぶん早い。

 

 後ろから感じる気配はこの病室の前で止まりノックをした後で看護師が入ってきた。

 

鬼燐士(きりんじ)くん、ごめんね。今日はもう時間なの」

 

 時計を見上げるといつの間にか21:00を過ぎていた。

 

「わかりました……じゃあね、明日も来るよ」

 

「来ないでいいから勉強しなよ、私は大丈夫だからさ」

 

 痛々しい管の繋がれた左腕でひらひらと手を振った。

 

 僕のことを心配する理由はわかる、だけど同時に迷惑をかけないようにと努めている様子は見ていて痛々しかった。

 

 本当は遊びたいはずだ。僕が勉強していた時にもしきりにトランプやオセロ板を弄り、数学で僕に間違いを指摘した時、とても嬉しそうにしていた。

 

 直ぐに続きをするように促すも、必死に邪魔をしないようにそわそわしていて、正当な理由を見つけ僕に教えるときの表情は澄ましてはいるが、とても楽しそうだ。

 

 手に取るように伝わる緊迫感、いい子でいないと、いい子にならないと、強迫観念にも似た気遣いはこのところ更に強く伝わってくる。

 

「約束だよ……燈夜(とうや)は守ってくれるよね?」

 

 紫音の瞳が揺れた。どうせ家にいても勉強なんて出来ないし、恥ずかしい話だけどぶっちゃけ紫音から習った方が遥かに効率が良い。

 

 ほんの些細なことに約束を取り付けるようになったのに気付いたのは最近で、とにかく約束を守ることを大切にしている。

 

 病院に運ばれたのだって約束を守ろうとしたからだ。

 

 体調が悪いなら破っても構わない、優先順位は最低ランクの口約束。

 

 家で安静にしていれば何ともなかったはず。しかし、学校の友達としていた“約束”を守るために無理を押して登校し、持病が悪化、そして今に至る。

 

 生まれつき自らの個性が体を傷付けてしまったり、体の自由を奪うという難病を患っていた紫音は、幼少の頃は特に付きっきりの看病をされることが多かったらしい。

 

 幼い頃に両親は離婚、姉妹を引き取った母親は2人を育てるための仕事と紫音の看病、子育てに追われまともな精神状態でなかったのだろう、理由はわからないが自ら命を絶ったという。

 

 身寄りのない2人を引きとった両親に本気で頭がおかしくなったと思った。

 

 昔の話はやめよう、気分は良くない。

 

 とにかく紫音の情緒を乱すことは好ましくない。その揺らぎが体調不良へと結びつくことは良く知っている。

 

 ここは大人しく、この子のおおせのままにするのが最善だ。

 

「わかったよ、母さんも父さんも紫音がいなくて元気がない。はやく帰ってきなよ」

 

「うん、頑張る!」

 

 何よりも眩しい笑顔、その裏にある影でさえも明るく照らしてしまう。

 

 長々といるのも別れが恋しくなるだろうと思い、潔く病室を後にした。

 

 部屋を出る瞬間、横目に入ったのは寂しさが混じった朗らかな表情は、僕の一番苦手な風景だった。無力な自分が嫌になる記憶と結びついてしまうから。

 

 とてもよく、似ている。

 

 静かで冷たい夜道を歩く、考えないようにしたけれど、嫌でも思い出してしまった。

 

 幾度となく往復した道、3人で立ち寄った公園、時に罵り合い、笑い合い過ごした思い出は悔しいけど何よりも代えがたい物で、この5年間は彼女達との思い出で埋め尽くされていた。

 

『約束を守ってくれるよね』

 

 怯えた顔で紫音が懇願する理由は、あの子にとって最も大事な約束が破られたからに他ならない。

 

 家の近くにある雄英高校の正門を過ぎる。僕にとって忌まわしくもあり気に食わないが大切な場所へと塗り替えられてしまったこの場所で、彼女の姿を見た最後の記憶が蘇る。

 

『一生に一度のお願いです。紫音だけは幸せになって欲しいんです、だからよろしくお願いします』

 

 立ち止まると心臓が締め付けらるような感覚に襲われ、喉が苦しくなる。

 

 現実はあまりにも無常で、残酷だと打ちのめされた日の記憶。

 

 あんな顔をされて、その日を境に彼女は消息不明になった。

 

 彼女が去る前に行った言葉の意味を知ったときには手遅れで、取り返しのつかない過ちを犯したのはわかったけれど、いくら考えようが俺に彼女を助けることは叶わない。

 

 だからこそ決めた、雄英に行こうと。つもりは一切なかったが、一番の近道だと思った。

 

 ヒーローなんて職業に微塵も興味はない。

 

 ただ俺は、あいつの……あいつがあんな顔して出て行ったのが気に食わねぇ。

 

 意味の理解らねぇ事を一方的に言って、お前がいないと紫音の幸せは成り立たねぇのに勝手に消えあがって、ふざけんな。

 

 ぶん殴ってでも連れ戻す。

 

 俺みたいなクソ野郎はどうでもいい。

 

 けど、お前らみたいな人達が幸せに生きれないなんて許せねぇ

 

 だから…………! 

 

 




 鬼燐士 燈夜《きりんじ とうや》

・主人公

・175㎝

・68㎏

・右利き

・個性:■□◆△◆○●◇


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。