君のヒーローになれたなら   作:明鏡止水

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第1章
望んでいた好敵手


 

 1

 

 無駄に大きい門をくぐり、無駄に大きい扉を開け、無駄に広い廊下を歩く。

 

 国立ということも関係しているのか、収めている税金がふんだんに使われた学校だってのはよくわかった。

 

 あと、雄英生というのはみんな時間に厳しいっぽい。開始まで5分以上もあるのに誰も廊下にいねぇんだもん。

 

 長ったるい廊下を我が物顔で進んでいると、ちょうど曲がり角で無精ひげを生やした大人とあった。多分先生。

 

 細身だが十分に鍛えられている、首の太さは常人より遥かに太いし、流石はプロヒーロー。

 

 とはいえ、なんだか不用意に近づきたくはなかった。

 

 明らかな不審者、公園で出会ったらホームレスかなと思ってしまう風体だ。

 

 思惑と裏腹に、現実とは簡単にそれを裏切る。

 

 静かに後ろをついて行っていると、グリン、と首がこっちを向いた。

 

 目がなんかめっちゃ赤いし、大丈夫かこの人? 

 

「鬼燐士燈夜、であってるな。体調は大丈夫なのか?」

 

 思いの他渋い声、そして常識的な日本語と知らない情報が一斉に流れ込みいささか戸惑う。

 

 確か昨日は無断欠勤したけれど、一応連絡入ってたのか? 

 

 あのパパ上が? まさかぁ

 

 どうでもいいや、それならそれで。

 

「ん? 体調? 全然だいじょうぶっすよ」

 

「……そうか、ならいい」

 

 探るような視線、変わらない首の角度、ヤバそうな目、多分この人苦手だ。

 

「いや~申し訳ないっす、嬉しくて寝れない日が続いてたんすよ。雄英の、しかもヒーロー科に合格出来てマジ良かったっす」

 

 あくまで朗らかに返答をした、ヤバそうな人っぽいし目を付けられると随分とダルそうだ。

 

 残念なことに、完全に目を付けられている最中なのだけれど。

 

「実技試験、見させてもらったよ。歴代3位タイ、らしいな。レスキューポイントがあればもしかしたら歴史を塗り替えられたかもしれん、素直に称賛するよ」

 

 今ので確信に変わった、目付けられてるどころじゃない。完全にマークされてるわ。

 

 だる。

 

「あはは、あざっす。筆記で駄目だった分取り戻そうって、必死だったっすからあんま実感わかんすけど」

 

「随分と慣れた感じだったからな、詮索はしないでおくが、はっきりと言っておこう。お前があれだけ個性を上手く使い、あの状況であれだけうまく動けたのか、大体の推察はつく」

 

 法律で個性を用いて人に危害を加えることは禁止されている、数々やってきた喧嘩に勿論ルールなどあるはずもなく、それこそ何度も警察に捕まりそうになり挙句の果てに近所のヒーローにも追われたことがあったな。

 

「だから警告だ。もし、お前がヒーローに向いていないと判断すれば……すぐにお前を除籍し、雄英高校から放校する」

 

「へぇ、厳しいっすね。ホウコウってなんすか?」

 

「雄英高校側がお前の籍を取り消す、簡単に言えば雄英高校に入学した事実が記録上無くなるってことだ」

 

 …………エグいて

 

「質問なんですけど、命を賭して綺麗ごとを実践する仕事、その気がないのならホウコウする、的な感じっすか?」

 

「極端に言えばそう言う事だ、ここは喧嘩をしに来る場所じゃない」

 

 なるほど、俺が喧嘩をしにここに来ていると思っているわけか。腕試しとかそんな感じの、ヒーローとは程遠い行いをするだろうと。

 

 スリルか何かを求めてきた酔狂ものだとでも言いたげに、粘っこい視線がまとわりつく。

 

「はっはっは、喧嘩だなんてするわけないじゃないですか! それに、心配せんでもそんな気はないっすから。人助けをしたい気持ちは誰にも負けるつもりはねぇからよ」

 

 言葉に嘘はない、聞いて納得がいったのかどうか知る余地もないが、150度近く曲がっていた首がようやく前を向いた。

 

「それなら行動で示せ、ビシバシ鍛えてやるから覚悟しろよ」

 

「逆っすよ、先生たちこそ覚悟して下さい。俺は最強になるためにここに来たんですから」

 

 親父は言った、殴り合いで勝ったのならば知っていることを全部教える、と。

 

 目先の目標は定まっている、最短最速で強くならなければ。

 

 年の功はあっちにはある、しかしヒーローになった俺と、なれなかった親父では絶対的な差があるといってもいいだろう。

 

 今警察をやっている奴なんて……いや、間違いなく単純な戦闘能力ならそこら辺のヒーローよりも断然強い。なんで警察なんてやってるんだ? 

 

 ともかく、一応他の手段を探しつつ、親父をぶっ飛ばす力を手に入れる。

 

 ここはすべてが踏み台だ。

 

 無力な俺には何もできなかった、しかし力があれば何かを変えることが出来るのかもしれない。

 

 少なくとも、今は、そう思った。

 

 2

 

「恰好から入るっていうのも大切なことだぜ、少年少女!! 自覚するのだ! 今から自分は……ヒーローなのだと!!!」

 

 ヒーローを目指す奴なんて聖人君子しかいない、悪い意味でそう思っていたが、実際は全然違った。

 

 ただ単に、めちゃめちゃいい奴らしかいねぇ……

 

 1日遅れて絶対問題児扱いされているし、絶対みんな話しかけてくれないと思ったのにめっちゃ話しかけてきてくれるんだぜ。

 

 勉強もわかんないとこ教えてくれるし、なんかもう、本当に申し訳ねぇ。

 偏見で悪口を散々言ってた自分が恥ずかしい。

 

「さぁ始めようか有精卵ども! 戦闘訓練のお時間だ!」

 

 でも、だからと言ってそれとこれとは別だ。

 

 雄英高校ヒーロー科に入ったからには仕方がない。

 

「すまねぇが、遠慮なく殴らせてもらうぜ」

 

 ああ、割とガチで憂鬱だ。

 

 面と向かった敵意をぶつけられるのは慣れてはいたが、敵意もなく、ただの訓練だからと言って個性を使っての戦闘行為をすることになるなんて。

 

 いわゆる学校の優等生、そのトップ達の最上位にいる人柄もよく、頭も良い品行方正な奴らとこんな事をすることになるとは夢にも思わない。

 

 屋内での戦闘訓練、ヴィラン組とヒーロー組に分かれての2VS2の屋内戦。

 

 状況設定は敵側がアジトに核兵器を隠しており、ヒーローはそれの処理。

 ヒーローは制限時間内に敵を捕まえるか、核の回収をすること。

 

 敵は制限時間まで核を守り切るか、ヒーローを捕まえること。

 

 俺たちは今回敵側だ。ヒーローと相対する側。

 

 ルールに則って、勝ちを拾いに行くのならばおそらく、是非もない。

 

 だが、これは貴重な戦闘訓練。あくまで実力、地力を伸ばすためには絶好の機会だ。

 

 俺はクソ難しい授業を受けに来たわけでも、こいつらの人の好さを実感しに来たわけじゃねぇ。

 

 トップヒーローになる可能性を秘めた奴らすらも、ぶっちぎって強くなる。それがまず第一段階。

 

 すなわち、現状の実力を計るには最高のシチュエーションだ。

 

 俺たちの組は第2戦、緑谷出久・麗日お茶子と爆豪勝己・飯田天哉の組が思ったよりも熱い戦いをしていて、血も騒いでっからなぁ。

 

 なにより、相手にとっては不足なし。

 

 推薦入学で入ってきた轟焦凍・そして障子目蔵。

 

 まず轟焦凍、あいつは強い。個性云々を関係なしに、何かしらの訓練を相当受けている。あと、良い目をしている。

 

 野心に燃えた、ヒーローらしからぬ何かを憎んでいる目だ。

 

 あんなタイプはおおよそ変なプライドか、もしくは貫きたい何かを秘めている。意思の固さが強さに直結する奴もいるが、あいつはどうなんだろうな? 

 

 障子目蔵はまず、体格が断然違う。膂力に関しては全力で個性を使わなければ到底太刀打ちできない、筈だ。

 

 アジリティは間違いなくこっちが上だが、個性に関してどちらも情報が無い分、あえてそうして闘うのもありなのかもしれないけれど……

 

「よろしくね! 私は葉隠透っていうの! 何て呼べばいい?」

 

「おう、こちらこそ。俺は鬼燐士でも燈夜でもおい、でもお前でも何とでも呼んでくれれば」

 

「わぁ! 一番悩む奴!」

 

 テンション高く話しかけてくる女の子、葉隠透というらしいが、個性により何も見えない。

 

 つーか、透明。本気出しちゃおう! とか言ってマジでどこにいるのかわかんなくなったんだけど、これって全裸ってことであってんだよな? 

 

 

 …………

 

 

 あんま触れんでおこう。

 

 大体どこら辺にいるのかはわかるし、一応違うとこ向いてれば、何かがあっても問題ないでしょ。

 

「さて、時間がない。相手はずいぶん強そうだけど、その様子だと潜伏して不意を突こうって考え?」

 

「そそ、私の個性は見ての通りだしね。そういう燈夜はなんか考えありそうな顔をしてるけど?」

 

「いや、葉隠ちゃんが核を見張ってくれるのならヴィランらしく、相手を襲撃しようって考えたまでさ」

 

「爆豪くんもやってたしね、いんじゃない? 私は応援するよ! なにより、燈夜の個性を見たいしね」

 

「あぁそっか、そう言えば皆は昨日体力テストかなんかで見たんだっけか」

 

「うん、本当にあの2人の個性知らないままでいいの? 知ってた方がいいんじゃない?」

 

「ん~そうだね、でも、実戦ではこういう事もありそうだからさ」

 

 単身で行動する際、情報収集が上手くいかない場合も、想定外の敵がいる場合は間違いなくある。

 

 むしろ、想定通りにいくことの方が難しいはずだ。常にイレギュラーとの戦いの中でこういった状況は珍しくない。

 

 見たところ、ここの壁は無造作にコンクリで固められているだけ。鉄筋かなんか入ってれば厳しいけれど、この状態なら壁を抜いて奇襲を仕掛けることも出来なくはない。

 

 だが今はあくまで訓練、正面切って轟焦凍と障子目蔵を叩く。

 

「悪いね、我儘ばっかで」

 

「いいよ。悔しいけど私じゃ、あの2人に太刀打ちできそうにないしさ」

 

 悲しそうな声色だった、確かに葉隠の個性では2人に勝てるビジョンは微塵も思い浮かばないが。

 

 ともかく、戦闘能力じゃ引けは間違いなく取らない。こんな戦闘訓練なんぞでぶっちぎらなけりゃ誰かを助けることも、親父をぶん殴ることすりゃ出来るわけがない。

 

 俺の個性は人の生命力のような、潜在エネルギーのようなものを感じることが出来る。

 

 そして、発動系の個性ならば個性を使うために必要な起こり、とでも言えばいいのだろうか、意識の集約を感じるとることが可能だ。

 

 今の距離では相当威力の大きなものしかわからないけれど。

 

 だから、驚いた。

 

 開始早々、感じた個性の起こり、それは今いる建物をすっぽりと覆えるほどで、今まで感じたことのない脅威を簡単に出現させる。

 

 数瞬たって、個性の実態を把握。

 

 思わず笑みがこぼれた。

 

 これほどの氷結を一瞬で表した張本人は、随分と悠長に現れた。

 

「動いてもいいけど、足の皮はがれちゃ満足に戦えねぇぞ」

 

 間違うことなき強個性、それだけじゃなく単純戦闘能力も相当高い。

 

 いいね、こういうの。

 

 ちょうど望んでいたんだよ。

 

「勝手に足の皮剥がれるって決めつけんなよ」

 

 入学前に提出したサポート会社への要望で、足元は随分と性能の良いタクティカルブーツを装備している。

 

 この程度の氷結ならば無理やり引き抜いても、足の皮がはがれる事なんてないはずだ。

 

 普通にスニーカーで来てたらまずかったぜ。

 

 発動する俺の個性は、正直なところ本質というのはわかっていない。

 

 一度、親父と母さんの個性も良く調べたが、名前は冠されているものの2人ともよくわかっていなかった。

 

 双方ともよく似ていて、というかほんの些細なことしか違わず、まさか近親で結婚したんじゃね? とも考えたけれど、あのゴリラと母さんでは顔つきが違い過ぎるし、多分その線はないと信じたい。

 

 効果や現象については確認できるも、原因や個性の根源について完全に解明できないものが多いため、仕方はないが。

 

 把握している限り、今のところ出来るのは、身体の中にあるエネルギーを可視化できるまでに体外へ放出。出力に応じ色を帯びたエネルギーの総量によって身体能力が向上する。

 

 そして他人のエネルギーを感じ取ることの2つのみ。

 

 先刻までは空気が揺らいで見えただけのエネルギー、出力を上げるとまるで蝋燭の灯のように体を覆う。

 

「俺をがっかりさせんなよ?」

 

 プライドが傷ついたのか、俺の個性がよほど気に食わないのか判別はつかないが、轟焦凍の目が憎悪に燃える。

 

 力尽くで凍てついた足を床から引き抜き、静かに力を練り上げる。

 

 空気が揺らぐ段階を陽炎、そして蝋燭の灯のような段階を紅葉と呼んでいる。

 

 だがそれだけじゃ足りない。

 

 この環境下で、轟焦凍を目の前にこの段階では心許ない。

 

 だから、もう1段階引き上げる。

 

 風に揺られる蝋燭の灯のように、揺らぎ瞬く。そんな灯火が体を覆った。

 

 俺が到達した現時点の最高レベルの1つ下の状態は、茜と言う。

 

 ―夕焼けの空のこと茜色って言うじゃん、似ているしさ……気に入らないじゃないの! 私がそう付けたんだから決定! 

 

 揺らぐ灯火と同じく揺れた心を今一度引き締める。

 

 今は感傷に浸っている場合じゃない。

 

「確かに強い個性だ、今までやってきた奴らとはレベルが違ぇ。個性だけは、な」

 

「ほざけ」

 

 俺と轟焦凍との距離は5メートルは優にあったはず。

 

 その距離はあくまで俺のアドバンテージだと思っていた距離だったが、思考は直ぐに吹き飛ぶ。

 

 余裕から生まれた僅かな隙、自分でも気付かなかったそれを見据えたかのように、危機は簡単に歩み寄る。

 

 俺を飲み込まんとする氷塊が、一瞬で目前に現れた。

 

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