3
所詮は有象無象、眼中にもない。
それが、鬼燐士燈夜への轟焦凍の率直な感想だった。
初日から欠席、雄英高校にそんな奴もいるんだなと人並みの感想を覚えただけで、深い関心は何一つ持ち合わせていない。
戦闘訓練で相対した時も、自分の勝利を微塵も疑う事はなく、現実に軽く氷漬けにされた燈夜に対しても雄英高校と言えども所詮はこんなレベルだろうと自分を客観視する余裕は充分にあった。
それでも、一応は燈夜のことを評価もしていたのだ。
動けない状態でも焦る素振りはなく、不敵な笑みを浮かべる様に、敗北が確定した状況でも諦める素振りを見せないメンタルを上から見下し称賛していた。
「動いてもいいけど、足の皮はがれちゃ満足に戦えねぇぞ」
挑発のつもりもない、自然と見下していた燈夜を気遣っての言葉だ。
形式上はクラスメイト、3年ほどは同じような環境で過ごす人間を労う、常識的な優しさは持ち合わせていた。
生い立ちも、これまで積んできた努力も、幼き頃に決意した望みと憎しみ、そして与えられた才能によって無意識に周りと自分とを差をつけて判断を行うようになった。
事実として間違いはなく、彼の行いは自然だ。しかし、これまで関わってきた人たちには該当したのかもしれないが、ここは雄英高校ヒーロー科、今まで通りな筈がない。
「勝手に足の皮剥がれるって決めつけんなよ」
だが、返ってきた反応は轟焦凍の想定外の答えで、移した行動に目を見張った。
空気が揺らぐ、それと同時にいとも簡単に氷結から脱出した。無理やり足を引き抜いたという方が正しいが、少なくともそんな簡単に抜けれる固定具合では無く、簡単に氷結から力尽くで動ける燈夜は、いろんな意味で轟焦凍を苛立たせた。
「俺をがっかりさせんなよ?」
次に投げかけられる言葉と同時に燈夜の周りの空気が歪んだ、いったいどんな個性かは詳しくは知らないが、発動させたのだと容易に理解る。
轟焦凍は初めて、鬼燐士燈夜を真っ直ぐ見据えた。
明らかに太い首、肩幅は広く十分に鍛えられているのだとよくわかる。
軍の特殊部隊をまんま模倣したかのような服装からは、それ以上の情報はない。しかし、纏っている空気は轟焦凍が冷静であれば何かが違うと思わせる事は容易であった。
彼の目に留まるのは、炎のような燈夜の生命エネルギーそのもの。
彼の中で、燻ぶっていた何かに燃え移った。
燈夜は臨戦態勢に移りつつ、個性の出力を引き上げる。
陽炎のような空気を歪ませるものから、蝋燭のような灯灯火へ、そして不規則にはためかせ勢いを増していく。
まるで、炎のように。
燈夜が身に纏うオーラは色こそ炎に類似しているが、性質に共通点はほとんど見られない。直接オーラに触れても多少は暖かいが、火傷することなどなく、轟焦凍の創り出した氷結を個性の影響で割ったり、力尽くで固定した状態から抜け出すことは可能であるが、熱を用いて氷を溶かすことは不可能だ。
それこそ、体全体を厚い氷で覆われでもしたら今の燈夜では抜け出すことは叶わないだろう。
「確かに強い個性だ、今までやってきた奴らとはレベルが違ぇ。個性だけは、な」
忌々しい思い出が蘇る。轟焦凍の体は個性を使用していないにも関わらず、カッと熱くなるのを感じていた。
怒りというエネルギーは恐ろしく良く燃える。
燈夜は個性で感じ取る轟焦凍の中で燃え盛る怒りと淀みを正確に感じ取り、次に来る攻撃に備えた。
「ほざけ」
手加減は一切ない、誰かと重なった燈夜に放つ氷結は最大出力に近い威力で氷塊を生成する。
不格好に建物の4階から氷結が生え、明らかな余剰出力で形を形成する。
―やべぇ、熱くなってしまった! あいつは……?
不思議なことに、轟焦凍の中で氷結で捉えたという選択肢はなかった。直ぐに燈夜の姿を探すために目を凝らす。
冷気で霞んだ部屋は見にくく、部屋の5分の4は氷で覆われ、部屋を飛び出し轟焦凍の秘めたるポテンシャルを象徴している。
逃げ道は自分から見て後ろしかない、数瞬で答えに至った轟焦凍だったが後頭部に強い衝撃が走りその姿を黙認することはなかった。
とっさに個性を使用し、部屋はちょうど轟焦凍1人が入れるスペースを残して氷で埋め尽くされる。
至る所に設置されたカメラだけが、燈夜の姿を捉えていた。
氷で埋め尽くされた部屋の斜め上、氷結を避けるためには結果的に天井をぶち抜くしか方法がなく、凍てついた建物の屋上で一息つく。
―嬉しいぜ、想像以上の強個性……こりゃいろんな意味できついな。時間がたてば葉隠ちゃんの身を危険にさらすことになるし、障子目蔵はまだ建物に入ってきてないが、今頃連絡を取って次の策に打って出てるだろう。まずは安否確認だな
『葉隠ちゃん、大丈夫か?』
『残念ながらだいじょばない、体も冷えてきたし……もうちょっと頑張れる、かも』
『もう無理だ、って思ったらぁぁっぶね! とにかく、ギブしていいから! 安全第一で!』
コンクリートの壁という隔たりがあるが、氷結は遮るものを無視し燈夜に襲い掛かった。
危険度は勿論把握しているため、大げさすぎるくらいに大きく跳躍する。
空中で葉隠透との通信を終え、隣の建物に飛び移った。
―位置がばれた、これは間違いなく障子目蔵の方だな。索敵能力か、あんなデカい図体でそんなん予測できっかよ……しかも轟焦凍の個性のコントロールも中々正確だし、靴片方持っていかれたか。しゃーねぇ、出し惜しみは無しだ
『悪ぃ、やられた……出血もしてるし、直ぐには動けそうにない』
『回収に向かっていいのか?』
『ああ、鬼燐士燈夜の方はどこにいるからわかんねぇから気を付けてくれ』
『わかった、すぐに向かう』
『ああ、頼んだ』
燈夜と轟焦凍が戦闘を行った部屋から、核まではそう遠くはない。
それに、燈夜は30メートルほど離れた建物の上まで撤退しており、先ほどまでいた場所には北極の氷河をそのまま持ってきたかのような氷塊が生えていた。
この間、まだ勝敗の宣告は受けていない。あくまで訓練で勝ちを拾いに行くなならばこの時間で勝利は掴めた。
障子目蔵の詮索能力が、核の位置を割り出すなど簡単な可能性はあって、事実勝敗の鍵は轟・障子チームの手中にほとんど手に入っている。
―くそったれ、考えろ……
足元が滑り側頭部に後ろから蹴りを喰らわせる予定が急遽変更になり、ドロップキックを先ほど叩きこんだ。上手くいっておけばそこで轟焦凍の無力化には成功し、価値は手中に収めることが出来ただろう。
確かに轟焦凍は個性こそ使える者の、軽い脳震盪を起こす程度にはダメージが大きく、そう簡単に起き上がれない。
―まだ、負けてないという事は轟焦凍が行動を起こしていない訳だ。あの目、あの攻撃、本気だった。俺を氷に閉じ込めるまでやる気だったってか? ったく、サービス精神旺盛すぎだろ
窓という窓を、出入り口という出入り口を全て閉ざされた闘技場に戻って何が出来るというのだろうか。
時間は無情にも過ぎる。これ以上葉隠透に負担をかけれない事を個性が故に、燈夜は痛いほど知っている。
4
『オールマイト先生。轟さんは流血をしています、葉隠さんもこのままだと体温が下がって危険な状態になりますし、この辺で止めておいた方が
』
『いや、葉隠少女が言い出すまで待とう。葉隠少女もそれを望んでいない……心配ないさ! 八百万少女! 決着は目前だ!! トップヒーローの感ってやつは良く当たるんだよ! HAHAHAHAHA』
『お、あいつが動いたぞ!』
―葉隠を巻き込むわけには行かねぇ、誰かを守りながら戦るのがこんなにも難しいとは思わなかった
『葉隠、元気か?』
『なんとか、だいじょうぶ。ちょっとねむいくらい』
―あー、これ大丈夫じゃねぇやつ
集中力を研ぎ澄まし、個性で葉隠透の状態を探る。
想定通り、ギリギリの状態だ。
鳴神紫音が体調を悪くし、倒れるとき、入院するときの状態と酷似している。
詳しいことは正確には知ることが出来ないが、普通に考えれば自ずと危機的な状況は予測できる。
氷漬けの建物の中で一糸纏わぬ姿でいれば、体温はガンガン奪われ、次第に凍傷による壊死で手足の指を切り落とさなければならなくなるかもしれない。
―仮にこっから戻ったとしても、障子目蔵が1階から4階まで行く方が断然早い、入り口は目視できる限り1階しか空いてねぇ……あーくそ、詰みだ
大事な訓練だ。しかし、いくらでもこんな機会があると考えると、自分ならまだしも他人を巻き込むことなどできない。
葉隠透も意地で持ちこたえている、その気持ちの分頑張らなければならないと思うが、限度がある。
命を賭してきれいごとを実践する、そんな仕事。
それがヒーロー。
全くもって、馬鹿らしい。
本音はそう思う燈夜の決断は早かった。
『オールマイト。ギブ、降参だ』
これ以上は付き合わせられない。何より、最初の攻撃の段階で轟焦凍を仕留めることの出来なかった自分のミスだと燈夜は思った。
確かに、燈夜の考えは間違いではない。
しかるべき判断ではあるも、周りから見れば違和感の残るギブアップだった。
最初の飯田・爆豪VS緑谷・麗日のような一生懸命さはない、どこか距離感を計るジャブのような訓練。
前の戦いは緑谷と爆豪の因縁が、見せたぶつかり合いであるため魅了されるのは仕方はない。だが、それを差し引いてところで燈夜の姿はおかしく見えた。
感情はそこになく、事実を単に見つめている。
A組のクラスメイトはその姿と、普通に授業を受け朗らかに笑ったり悩んだりする姿と、どちらが本当の鬼燐士燈夜という人物なのかわからなくなる程。
一瞬の攻防でしか見られなかった燈夜の実力は未知数ではあるも、A組の面々からは一目置かれる程度の危険度は見せつけていた。
轟焦凍も同様にではあるも、その相手よりも互角、それ以上に渡りあったのだから当然の反応だった。
それだけ、訓練中の燈夜は異様に映ってしまった。
燈夜の敗北宣言が認められ、目の前で大きな氷塊が解けて消える。
―なるほどな、半分で凍らして半分で燃やす……立った半分の力しか出してない奴とどっこいどっこいだったって言うのかよ。全然足りねぇな
秘めたる闘志、強くなるための暴力を求めた炎。
燈夜のなかで氷よりも冷たく、輝かしく燃えていた。
5
「やぁ、お疲れ」
「ん、あんたか……今度は何の用?私、やることはやっているはずだけど?」
「別に君の業務にイチャモンをつけに来たわけじゃないさ。お仕事の依頼が入って来てね」
「仕事、ね。はいはい、わかりました。今度は何をすればいいの?情報の抜き取り?セキュリティの突破?それとも、ドレスを着て踊りましょうか?」
「それはそれで見てみたいけどね。でも、今回は特別だよ」
「へぇ、そんな含みがある言い方するって珍しいね。具体的には?」
「簡単な話、電波妨害をしてもらいたいそうだ。横やりが入ると困るらしくてね」
「ふーん、珍しいっちゃ珍しいけど、特別じゃない。という事は場所が特殊ってわけか」
「ご名答!流石冴えているね、聞いて驚かないでくれよ?」
「あのね、私はあんたと違ってやらないといけないことが多いの。さっさと本題に入ってくれない?」
「健気だね~。そんなに妹と仮宿の人達が大切なのかな?」
「じゃないとあんたと手を組んでないっつーの。つーか、話そらすな」
「場所は雄英高校、通称USJと言われる施設だそうだよ」
「…………っ」
「ははっ、君のそんな顔を見るのは初めてだ」
「雄英高校と言えば、実力のあるヒーローが講師としてついてる。だとするなら、狙いはヒーロー…………まさか」
「そのまさか、かもね。報酬は弾むそうだ……それに、愛しの彼がいるかもね♥」
「どこまで知って…………っ!」
「ご想像にお任せするさ。で、やる?」
「どうせ拒否権ないんでしょ……やる。それに、引導渡したい奴もいるし」
「へぇ、随分と入れ込んでいるみたいだね。ボクも手伝お「私がやる」
」
「随分と入れ込んでいるんだね。ボクが言うのもなんだけどさ、こっちの世界に来たわけだし、昔の柵なんて忘たら?」
「それは無理」
「一応理由を聞いてもいいかい?」
「柵は、断ち切るものだから」