6
鳴神美雷の役割は、様々な災害を人為的に作り出し、ヒーローとして災害現場での訓練をするために作られた雄英高校の施設で嘘の災害や事故ルーム、通称USJと呼ばれる演習場に何人たりとも侵入を許さないという事だった。
無情にも鳴神美雷にはそれだけの個性を持ち合わせていて、演習場内での惨状はより苛烈を極めることとなる可能性が大きく跳ね上がる。
もっとも、外部との通信手段は自らが断ち切り、足で情報を届けようとした果敢な生徒を雷撃で意識を飛ばし、大勢が駆け付けることなど万が一にも考えにくい。
無関心を装いながら、その心中は決して穏やかなものではなかった。
死を持ってすら償う事の出来ない罪を重ねた人間であれば、特段興味はなかった。しかし、今標的にされているのは将来有望なヒーローの卵たちで、命を落とす、ましてや怪我をすることでさえも無駄とも思える。
平和の象徴の抹殺、それは今まで排斥されてきた一般に悪とされる部類の人間が喜ぶだけで、一般市井にとっては危機的状況以外の何物でもない。
美雷とて、元はヒーローを目指した身としては無視できる状況ではない。
けれども、何も出来ないのが現状だ。
だから、今から起きることを目に焼き付けることを決めた。
平和の象徴の終幕、ヒーローの卵たちが潰れる瞬間を記憶する。
それが、美雷にできる償いという名の自らに課した罰だった。
もっとも、そこには自己満足という名の言い訳しか詰め込まれていないが。
「私たちを助けることが出来なかったんだから、せめて目の前の生徒くらい助けろよ」
苛立ちと哀願、悲しみと望み、期待と絶望。
鳴神美雷は夢を見た。遥か昔、画面越しでみんなを助ける憧れたヒーローの姿を。
当然だが、彼も人間。手に届く範囲しか助けられない。
全てを助けるなんて、不可能だ。
だからせめて、手の届く範囲はどんな窮地であれヒーローらしく、憧れた英雄らしい姿を見せろと強く思う。
「…………私を助けたいんだったら、さっさと立ち上がりな」
子供の頃に見た夢は醒めた。
それでも、鳴神美雷は夢を見る。
とびっきりの馬鹿が、いつか自分を泥沼から引き出してくれるのではないかと。
心臓を鷲掴みにされる感覚を見せてくれた強い瞳の持ち主に、一縷の望みと、濃厚な絶望を込めて。
7
随分と素敵な目覚めだった、雑木林の湿った地面を布団代わりにすることなんて後にも先にもない。
そんな現実逃避はさておき、こうやって、地面に寝そべっているという事はあいつに簡単にあしらわれたという事だろう。
記憶にあるのは、視界を塗りつぶす眩い閃光……それだけだ。
意識自体が戻ったのは、そう遠くはない時間なはずだ。
ただ、体が動かない。というか、動かしたくねぇ。
体に響き渡る激痛と熱さがなければこのまま眠りにつきたいくらいだ。
意識はそこそこあるものの、時間がゆっくり流れる感じというか、何とも言えない空間にいる感じ。
間違いないことは、正常な状態とはかけ離れているという事だけだろう。
久々にあいつに会って、テンションが上がり、ぶちのめされて。
ようやく見えた現実を目の当たりにして、冷静になれた。
ずっと考えないようにしていた、本当に大事な事。
あいつを助けるためには、ただ無理やり俺が捕まえたところで何の解決にもなっていない。
それですべてが解決するほど、甘くはない。何かもっと重大で、どす黒い渦の中にいるあいつを助け出すためには根本的な解決が必要なのだ。
それこそ、大事な何かを失ったとしても。結果的に自分の正義に反したとしても、法と倫理を犯そうとも。
だから、全てとは言わずともおおよそのことを知る必要がある。
当面の目標は変わりはしないが、親父殿に頼り切った情報だけじゃなくて、自分で調べる必要も出てきた。
単純に強さも必要だ、今のままでは何を成すにも力不足なのが否めないだろう。
母さんと親父殿に聞いて、この個性の底上げを、単純な戦闘能力を引き上げる。
当面の目標はさておき、現状はどうなっているか。
見た感じの景色として、そこまで日時は経っていない。もしくは1日、もしくは数日過ぎているのかのどちらかだ。
綺麗に仰向けだった体を無理やり引き起こして、とりあえず胡坐をかく、あいつの個性を浴びたせいか、電流の通った個所が焼け付くように痛い。
体のいたるところに針が敷き詰められて、動くたびに肉を引き裂き、新たな場所に突き刺さる感覚だ。
この激痛に耐えてまで何かをしよう。そんな動機を持つのは不甲斐ない自分自身に叩きつけられた現実の厳しさと、好きな人1人を助けられない悔しさ。それに尽きる。
何かをしていないと、おかしくなりそうだった。
微動すれば容赦なく走る灼熱ですら、挫けそうになる思考をかき消してくれるからありがたい。
未だに1-Aが襲撃されていたとして、命に係わる怪我をクラスの連中から出すわけにはいかねぇ。
あいつが関わっている限り、一般的な人間が命を落とすのは何としても避けたい。
あいつの言う事が事実で、罪を重ね、人を殺め、その手が血塗れでも……それでもあいつが目指したヒーローってやつは、この惨状を見捨てねぇはずだ。
……かつて見た理想の虚像をなぞるこの行為にどんな意味があるのだろうか?
あいつの望んだとおりに生きて欲しい、夢も希望も幸せさえも十分に手に入れられるのだから。そんな破綻した願いを見えない糸で繋ぎとめるために、自分勝手にあいつのやりそうなことを推測して動く。
あんな話を聞いて、明らかに敵側の立場で再開して、まともな感覚でいられなくなるのも当然だろう。
守る力もないのに、誰かを救おうだなんて、何と烏滸がましい話だ。
力を全身に込める。
痛みを圧し潰し、焼かれるような熱さを自分の力で塗りつぶす。
思い描くだけじゃ何も変わらない、思い描いて行動するから何かが変わる。
良くも悪くも。だから、正しい事ばっか言ってられねぇよな。
俺は頭はたいして良くないし、知らないことだらけだ。自身のあった腕っぷしだって井の蛙の世界の話で、外に出ると、というかめっちゃ身近にもめちゃくちゃ強い奴はいる。
何もかも未熟なままだ、だから間違える。今も、未来もずっとそうかもしれない、けれど……何かを変えたいんだったら間違いでも突き進む。
幸いにもまだ動ける……今はやるべき時だ。
体を無理やり動かしながら目前に聳え立つ壁の向こうを探る。潜在的に秘めた生命力しか感じられないが、おおよその強さは把握できた。
単純な話、生命力が大きい奴は大体強い。個性の要素も組み合わさって、一概に強さの判別はでいないが、相関関係は間違いなくそこには存在するだろう。
クラスメイトの気配は全然探れる、何人かはおかしいけど、命に別状はないはずだ。相澤がやばめで、あと宇宙服も負傷している、か。
全体的に見れば……これはジローと上鳴、そしてお嬢様か? 敵意むき出しで硬直状態か。
それに、中央には色々なのが混じった気持ち悪い奴もいるし、何がおかしいかってその相手をしてるのが風前の灯火のような、けど馬鹿強い気配なんだよな……。
逆に、それとよく似た器に収まりきらない煮えたぎるマグマのような気配が緑谷……か。
ともかく、最大級の戦力が平和の象徴様とぶつかっているという事は、敵側の狙いはオールマイトの殺害でみて間違いないのかもしれない。
そして、サブミッションとしてクラスメイト達、ヒーローの卵を潰すこと。
美雷がこうして相手側にいる以上、学校側の支援は望めない。かといって、この場面で犠牲者なくことを終わらせるのには俺一人じゃ不可能だ。
だから、信じざるを得ねぇ。プロヒーローなら、その仕事を全うしろ。
俺は確実に来る気を伺うしか、出来ねぇ……くそっ、こんなに自分が無力だとは思いたくなかったぜ。
軽やかに登れたはずの、高いだけの壁をやっとかっと乗り越える。
実際に得た視覚情報とあらかじめわかっていた情報を擦り合わせ、この混乱の中心を見定めた、正直遥かに予想を超える化け物と、それに立ち向かう死に体のオールマイトには驚いたが、つべこべ言ってられねぇ。
いつ倒れるかもわからない全身を振り絞って、跳んだ。
風が無償に心地よかった、これから激戦地に力もないまま飛び込むというのに、不思議とやれる気がする。
―残酷だね、私に希望を見せようだなんて…………まぁ、及第点だよ。行ってこい
確かに、何かが背中を押していた。
俺が美雷に何かを訴えれるのだとしたら、結果以外に何があるのだろうか。
確かに感じる美雷の気配を目で辿ることは出来なかった。
見たくない現状から目をそらすように。
8
「手ぇ上げろ、個性は禁止だ。使えばまずこいつを殺す」
その場にいたのは耳郎響香、八百万百、上鳴電気の3人だ。
しかし、そのうちの1人上鳴は個性による弊害から、理性を失った状態でヴィランに囚われた。
「上鳴さん……!」
「やられた……! 完全に油断してた」
「同じ電気系個性としては殺したくはないが、そっちがそんな態度なら、しょうがないよな」
ヴィランとて、生き残るのに必死だ。思いのほか雄英高校の生徒に実戦的な強さがあろうとも、まだまだ実戦不足。
臨戦態勢に入る2人だが、牙はすぐにひっこめた。自分たちの行動次第で人命に直結する、急にそんな状況に立たされては致し方がない。
意表をついて、弱っているものを標的に。
人質を多くすればその分、こちらにも交渉の余地があることを踏んで、上鳴を捕縛した。
「全滅させてと思わせてからの伏兵、こんなことも想定出来て居なかったなんて……」
「電気系、おそらく通信妨害をしてる奴ですか……」
「そいつは違ぇなあ、見当違いだ……おっと、動くなよ。大人しくしとけば、痛い目は見ないで済むぜ」
実際、2人とも優秀だった。
悟られないように、反撃の糸口を必死に探す。
人命のかかったこの場面でも、そうできるのは紛れもなくヒーローとしての資質があるものだろう。
「……上鳴もだけどさ、電気系ってさ“生まれながらの勝ち組”じゃん? だって、ヒーローでなくとも色んなしごとあるし、引く手数多じゃん。いや、純粋な疑問ね? なんでヴィランなんてやってんのかなーって」
―プラグさえ繋げれば、ノーモーションで攻撃できる
浅はかな考えだ、その程度の小細工に汚いことで生きてきたヴィランを騙せるはずもない。
しかし、ある程度目の前に注意を向けなければ難しい判断だ。だから、鬼燐士燈夜の接近には気付くことが出来なかった。
「気付かれないとでも思っっお゛え゛い゛!?」
背後から迅速に近づき、跳んだ勢いそのままに、側頭部に上段蹴りを叩きこんだ。そして、横っ飛びに倒れたところを、馬乗りになって的確に顎をめがけて鉄槌を振り下ろし完全に動かなくなったところで拳を振り上げるのをやめた。
「大丈夫そうだな、間に合って良かった。じゃ!」
そう言うと、燈夜は赤い軌跡を残しながら全力で走り出した。
人を簡単に沈めた後とは思えないあまりにも晴れやかな発言と表情に、耳郎響香・八百万百共に顔を引きつらせ言葉を失うが、すぐに見せた鬼のような形相を見て表情を引き締める。
燈夜は体が千切れるような痛みを覚えながらも、足を止めることはない。局面はひっ迫している事は肌で十二分に感じているからだ。
寄り道の助太刀を速攻で終えると、限りある力を惜しみもせずに走力に回した。
最も血の匂いがする、危険な場所へと。
―すげぇ音だ。オールマイトとあの気持ち悪い気配の敵か、本当に何もなければいいんだけど……あぁ、嫌な予感がするぜ
小悪党の小競り合いと言えども、個性と経験で培われた、確かな勘がそこにはある。
そして、場面はより深く暗い悪の手が迫っている時だ。
不安要素はいくらでもある、これが勝敗のつくゲームであればヒーロー側が明らかに劣勢を強いられている場面。
今回ばかりはらしくない願望を抱えて、燈夜は駆け続けた。
鬼燐士燈夜が視認できる場所に行くと、そこには平和の象徴ですらかき消せない、濃密な悪の匂いが漂っていた。
堂々と、悠然と、偉大に佇むオールマイトを前に、この騒動を引き起こしたヴィラン達は怯む。トップヒーローとしての矜持と、教師として生徒を思いやる気持ち、2重に重なる怒りが2人のヴィランに向かい明確に向けられる。
「衰えた? 嘘だろ……完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を……チートがぁ!!!」
憎しみにも似た平和への強迫観念が、オールマイトを突き動かす。まさしくそれは常人の域を遥かに超えていた、方向性と行動理念が一般的に正しい方向を向いているだけで、オールマイトは狂人の類だ。
「全っ然弱ってないじゃないか! あいつ……俺に嘘を教えたのか!?」
「どうした? 来ないのかな!? クリアとかなんとか言ってたが……出来る者ならしてみろよ!!!」
だが、虚勢にすぎない。
しかし、背水の陣で発する虚勢は幾多もの修羅を潜り抜けた歴戦の英雄が秘めた矜持そのものだ。
「さぁどうした!?」
―もう動けんぞ……脳無とやらが強すぎた! ぶっちゃけもう一歩でも動けば本来の姿を晒すことに……! クソ、増援も見込めない……!
「脳無さえいれば!! 奴なら何度でも立ち向かえるのに!」
「死柄木弔……落ち着いて下さい。よく見れば脳無に受けたダメージは確実に表れている。子供達は棒立ちの様子、増援は見込めません。私と連携すればまだ殺れるチャンスは十分にあります」
「…………うん、うんうん。そうだよな、そうだよ、そうだ。やるっきゃないぜ、目の前にラスボスがいるんだもの」
―頭を潰せ、ば、動きは止まる……一手足りねぇ……!
鬼燐士燈夜の精神も限界に達しようとしていた、意識は何とか保って入るものの直に消えてしまうだろう。
加えて、体も自由が利く状態とは程遠い。少しの遠回りと、全力疾走、頭の中もこの状況の最善手を探し続けるので精一杯でペース配分までには気が回っていなかった。
正真正銘、あと一呼吸の動作が実力を出せる最後の機会だろう。
このまま直接的に攻撃でき、決定打を打つことが出来れば……死柄木弔の意識を奪うか、もしくは動けなくなるほどの負傷を負わせることが出来るのなら、この状況を打破することが可能かもしれない。
―オールマイト、は、もう……駄目だ……なら誰か……無理、か。いや、俺が……
どちらにしろ、最善手ではない。けれども、ここで何か手を打たなければいけないと、燈夜の中で何かが大きく警鐘を鳴らしていた。
「主犯格はオールマイトが何とかしてくれる! 俺たちは他の連中を助けに行くぞ」
渦中の側にいた切島は、オールマイトの姿をみて、ここは任せたとばかりに他の場所への救助を提案する。
爆豪勝己、轟焦凍らも、異論を挟まずここはオールマイトに任せるのがベストだと考え、切島の考えへ賛同した。
しかし、緑谷出久だけは一向に動く様子は見えない。それどころか、なにかブツブツと呟き、依然としてオールマイトから目を離していなかった。
「緑谷?」
疑問に思い、轟焦凍が声をかけるも、彼の耳に届くことはなかった。
―僕だけが知ってるんだ……危険度で考えればモヤの方だ、オールマイトはおそらく限界を超えてしまっている、モヤに翻弄されればきっと……!
「何より……脳無の仇だ!」
―来るんかい!!!
―僕だけが知っている秘密……
緑谷出久が、動き出す僅か前、刹那に訪れるチャンスを鬼燐士燈夜は見逃さなかった。訳でもなく、奇跡的にタイミングが噛み合った。我慢が効かなかったと言い換えてもいい。
残りの意識を全て集約して、燈夜は死柄木弔に向かって狙いを定めた。周囲の状況もろくに把握していない、捨て身の襲撃。
無論、仕留めるつもりでの渾身の行動。しかし、どこまで自分の意識が途切れないのかは本人にもわからない。
だから、確実に問題ない内に突撃を敢行した。
後は希望的観測を含めた、非常に危険な特効ではあるが。
ほとんど同時に、緑谷出久も死柄木弔に向かって突進する。
オールマイトから受け継いだ個性、身にそぐわない力の塊。使いこなす事すら出来ないまま、文字通り骨を折りながら緑谷出久は跳躍した。
「オールマイトから、離れろ!」
しかし、それは想定内。緑谷出久の目論見はあっさりと看破された。
「二度目はありませんよ!!」
緑谷出久に関しては、黒霧と死柄木弔の想定内の奇襲だった。
速さは申し分ないが、距離がある。
もっとも読まれていては奇襲とは言えないが、オールマイトを仕留めるのには緩い判断で、少しばかり遠ざかった。
それでも、厳しいのには変わりはない。
気配を消しながら虎視眈々と機を伺っていた鬼燐士燈夜さえいなければ、動けないオールマイトを前に緑谷出久を屠れる最悪で最高の事態へとなっていたかもしれない。
目の前で次の希望が、自らが作り上げてきた平和が崩れる瞬間をただ傍観できる平和の象徴ではない。ただ、動かなかったのは、彼が緑谷出久の追撃に気付くよりも先に、鬼燐士燈夜が助走をつけ跳ぶ瞬間を目撃したからに過ぎなかった。
緑谷出久に触れれば崩壊が始まる死柄木弔の手が触れようとした瞬間、燈夜の跳び蹴りが死柄木の脇腹にめり込んだ。