目が覚めると、そこは知らない場所だった。
「ここは、どこだ……?」
周囲を見渡してみる。
俺が立っている場所は大小様々なコンクリートの塊が積まれて足場になっていて、おそらくそれは円形に積まれていて、その高さは俺の視界からは地平線まで地面が見えない事から相当に高い事がわかる。おそらく円形の塔のようにこの瓦礫は積み上げられているのだろう。足を踏み外せば即死するか瓦礫にぶつかって転がり落ちるかのどちらかになりそうだが、幸いというべきかこの瓦礫の塔は直系が大体20メートル程はありそうなので無理に走ったりしなければ足を踏み外す事もないだろう。
……ここまで観察してみたが、やはり見覚えがない。何で俺はここにいる? いや、そもそも俺は誰だ……? ちょっと待て、自分の名前も、記憶も思い出せない……!?
この場所の事も、自分の事すら思い出せない。そんな異常事態にも関わらず、俺は不思議ととても落ち着いていて、冷静に周囲を観察していた。
瓦礫でできた円柱の外側は地平線まで青空で広がっているが、円の中心部分もまた瓦礫のない空間が広がっているらしく、俺は何気なくその穴を覗いてみた。穴は予想外にもそこまで深くなく、穴の底が瓦礫が一つも落ちていない芝生の生えた空間である事がはっきりとわかった。
そして、その穴の底にいたのは、胸から血を流して横たわる一人の少女の死体だった。
「────カエルちゃん……」
芝生を血で赤く汚しながら力なく倒れている彼女の姿を見て俺の口から自然とその名前が零れた。
……そうだ。俺は彼女の事を知らないが、彼女の名前は知っている。彼女は『カエルちゃん』だ。
そして彼女の姿を見て、彼女の事を思い出した事で、俺は俺の事を理解する。
俺の名前は『蔵井戸』。名探偵だ。
そして、彼女の死の謎を解く事が俺の使命だ────
そう理解した瞬間、かすかに何か音が鳴ったかと思えば、先程まで俺以外誰もいなかった瓦礫の塔の上に、いきなり人が何人か現れた。
「はっ? 何だ? ここどこだよ……」
「アンタ、ここがどこだか知ってるか?」
「いや……俺もわからない」
そう返答しながらも彼らを観察していたが、その姿や声は安定していない。常に変化し続けているのだ。
身長、顔立ち、声質、年齢、果ては性別まで、変化し続けてその特徴を掴ませてくれない。
一言で表すのならば彼らはこの世界にとって『誰でもない』のかもしれない。
そんな事を考えていると俺たちのいる場所に影が覆った。
「はっ……?」
何かと思って上を見ると、そこには足元にあるようなコンクリート、それも俺くらいなら容易に圧し潰せる程にデカい塊が迫っていて────
「────アアアアアァァァッ…………!? …………あぁっ?」
…………そして、全身をグシャグシャに圧し潰される常識外の痛みと筆舌に尽くしがたい喪失感に苛まれがら、彼は布団の中から飛び起きた。
「……ぁぁあああ…………そうか、夢か……今日は
跡形もなく潰された四肢や胴体が無事な事を潰された自身の無事なその手で確認しながら、荒くなった息を整えるように細く長く呼吸を繰り返していく。
「
そして、
「さて……謎が解けるまで今日は何回死ぬのかね」
そう言って彼は何事もなかったかのように再び眠りに落ちた────
◇
悪意を読み取る個性を持つ警察官の父と、人に意思を伝える個性を持つ主婦の母の間に生まれた彼は、至って平凡な日常を送っていた。
人類の八割が個性と呼ばれる特異能力を持って生まれる超常社会において、彼もその例から外れず物心がついた頃にある個性に目覚めた。
────それが、平凡な彼の終焉だった。
それは、ある夜の事だった。
いつもと同じように眠りに落ちた彼は、普段とは違う夢を見た。
その夢の世界は現実と瓜二つだった、彼自身現実と変わらない姿をしていて、身体の感覚だって変わらないし、現実と区別をつけるのも難しいくらいだった。
違うのは自分以外の人間が顔や姿の見分けもつかない人影になっているくらいだった。
その人影は彼を認識しない。それぞれが誰かの生活をなぞるかのように動き続けていた。
いつもの日常のようで明らかに違うその夢の世界に彼の中から恐怖が湧き上がった。
そんな現実と見紛う夢の中で、他の人影とは違う、けれど見知らぬ誰かがやってきた。
彼以外の人影ではない誰か。それを夢の中で見つけた彼は、その誰かに駆け寄り、その最中に誰かの手の中に握られていた拳銃が彼に向けられ、銃声が鳴り響いた。
……頭部を撃たれての即死だった。
頭部の痛み、真っ赤に染まった視界、突拍子もない混乱、冷たくなっていく身体、それらすべてを塗りつぶすかのような喪失感。
それらが、
叫び声をあげていたのだろう、心配した母親が駆け寄ってきた。
『怖い夢を見たのね……』母はそう言って彼を抱きしめた。個性を使ったのか彼の脳内に慈愛に満ちた母の声が響き渡り、少し落ち着く。
泣きながら母に今の怖かった夢の事を話す彼を、母は優しい笑みを浮かべながら聞いてくれた。
────ああ、よかった。あれはただの夢だったんだ。
そうして落ち着いた彼は母の温もりを感じながら再び眠りに落ちて────
────気付けば先程いた世界に立っていた。
現実と変わらぬ質感、変わらぬ自身。違うのは先程まで感じていた母の温もりがなくなった事と誰かもわからぬ人影がいる事。
それだけであの怖い世界に再び放り込まれたのだと理解できた。
────彼が目覚めた個性、それは『現実のような夢の世界で誰かに殺される』個性だった。
それから、彼は眠るたびに自身の個性によってこの地獄のような夢の世界に放り出され、あらゆる方法で殺され続ける事になる。
八回目の死は、刃物で滅多刺しにされた。
十五回目の死は、四肢を切断されてそのまま放置された。
三十七回目の死は、顔の皮を剥がれた。
六十二回目の死は、空間ごと捩じり切られた。
百を超えてからは数えるのを辞めた。それでも誰かが殺しにきた。
ある時はひたすらに殴り殺され。
ある時は全身を焼き殺され。
ある時は酸か何かで融かし殺され。
ある時は身体を削ぎ殺され。
ある時は臓器を抉り殺された。
彼は逃げた。時に隠れて見つからないように逃げ、時に形振り構わずひたすらに逃げた。その最中で誰かに、ヒーローに助けを求めた。
世間一般の子どもと同様に彼もヒーローに憧れていた。どんなヴィランがいてもヒーローが助けてくれるはずだと思っていた。そんなヒーローがカッコイイと思っていた。
こんな訳のわからない状況でも、こんな絶望的な状況でも、きっとヒーローが助けに来てくれると信じていた。
────だが、来なかった。
仕方のないことだろう。誰が行き方もわからない夢の世界にまで助けに来れるというのか。しかし彼の中で幼いながらも築き上げられたヒーローへの憧れ・希望は自身が殺されると共に徐々に崩れていき、もはや無きに等しかった。
そんなある日、たまたまものすごく有名なヒーローと出会い、話ができた。
「どうしたんだい少年、暗い顔をして。何か困りごとかな?」
「……言ってもどうしようもないよ」
「そうとは限らないさ。これでも私はスゴイヒーローなんだぜ。言ってみるだけ言ってみるといいさ!」
「……夢の中で、いつも怖い人が俺を殺しにくるんだ……何とかしてよ」
「あ、夢の話か……うーん私はそういう精神的な問題はちょっとなぁ……」
「やっぱり無理じゃないか……」
「あー……い、いや、大丈夫!! 何故って? 私が行くからさ!! どうしても耐えられないのならばその夢の中で私を呼ぶといい!! どこだろうときっと駆けつけてみせようじゃないか!!」
そうして夢の中でヒーローの名を呼び…………彼は救われた。
◇
『────この痛ましい事故の原因が一刻も早く究明される事を────』
テレビから流れてくるニュースの声にふとトーストを齧っていた春人の意識がそちらに向いた。
「……ああ、今回の夢はこれか。事件とも発覚してないんだな」
世間的に事故としてニュースに取り上げてられているが、春人はそれを事故ではなく人為的な事件であると確信していた。
昨夜見た夢がこのニュースで取り上げらえている事故────事件の
夢の中でその殺意の世界に潜り込み、どのような人物がどのような意思で行なったかすら解き明かしていたが、それを誰かに伝えることはない。無断使用した個性による証言は証拠能力を持たないし、言った所で誰も信じないからだ。
できると思った事ならするが、必要のない事をわざわざやるつもりはなかった。
「……まあいいか。謎解きは中々に楽しめたし、新たな挑戦への試金石としてはいい結果だった」
どうせすぐに警察が事件だと理解するだろうと、対岸の火事を眺める事から自身の直近の試練に集中することにした彼はマグカップに入ったコーヒーを口にした。
砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーは、その値段相応の味わいを春人に与える。
「…………うん、不味い」
とにかく苦かった。安物のインスタントコーヒーの粉とお湯を適当に入れて混ぜただけの物だから当然といえば当然である。
元々幼い頃から眠気覚ましに飲んでいた故に味は度外視だったが、今ではこの苦味にすっかり慣れてしまっていた。
とはいえ別に好きな味というわけでもないので水で口直しをしてから、彼は真新しい制服を身に纏った。
「さて、今日も死なないように頑張ろうか」
今日は、彼が雄英高校ヒーロー科への受験日当日だった。
◇
絶望でしかなかった悪夢から解放された。
とはいえ憧憬が崩れ去ったヒーローへの不信感はぬぐえないし、かといって殺しに来るヴィランの印象が底辺に位置するのは変わりなかった。
頼れるモノがないのなら、自分で何とかしなければならない。
長い間一人で殺人鬼に殺され続けてきた彼の中にはそういった考えが生まれていた。
身体を鍛え、知識を蓄え、技術を磨く。
ストイックに自己研鑽を続ける彼の姿は周囲から見ると少しおかしく見えた。
当然周囲の人間からどうしてそこまでするのかと尋ねられることもあり、彼が「ヴィランに襲われた時のために」と答えると、周囲の人間は「そんなもしもの事を考えても……」と呆れていた。
しかし、彼にとってそれは『もしも』の事ではなく、常日頃の事で死活問題だった。
周囲との間にズレが生じ始めている事に彼自身気付いていたが、どうするつもりもなかった。
◇
最悪だ……!
昔から、ヴィラン向きの個性だと言われ続けてきた。
それに対して、曖昧に笑みを浮かべるばかりで否定する事ができなかった。
それでも、憧れを、ヒーローになるという夢を諦めきれなかった。
だからこそ、厳しいとわかっていても、ダメ元でも憧れの雄英高校ヒーロー科を受験したんだ。
だけど、やっぱり現実はそこまで甘くなく、実技の試験内容は俺にとって最悪で……
「くそっ……よりにもよって、何で……っ!」
夢に向かって進むために行動を起こしたのに、実技試験の真っ最中である今、俺はただ逃げるために足を動かしていた。
実技試験というくらいだからヒーローとしての技能──ヴィランに相対するための能力があるかを見るためのものだっていうのは予想できた。あの雄英ならばヴィランとの実戦を想定した状況を用意してもおかしくないとも思っていた。
その仮想ヴィランが人間なら問題はなかった。試験内容や立ち回り次第ではあるけども俺でも受かる可能性があっただろう。
けど、今回のヴィランは────
『────標的発見!!』
「なっ!?」
路地の先から俺の前に現れた仮想ヴィランは動く鉄の塊────ロボットだった。
普通の人じゃこんな鉄でできたロボットを倒すなんてできやしない。だから学校側としては個性を使って何とかしろって言いたいんだろう。でも俺の個性じゃどうしようもない。
こんな個性じゃなかったら……何度そう思ったかわからない考えが再び頭に浮かんでしまい、ロボットの動きから注意が逸れてしまった。
『人間ブッ殺ス!!』
「……ッ!? しまっ────!?」
こんな……『洗脳』なんて個性、ロボット相手には使えないじゃないか────
「────おっと失敬」
目の前に迫った
『ガガッ!? ギギッギギッ!?』
「よ……っと!!」
そしてビキビキと何かが圧し折れるかのような鈍い音と共にその首が千切れ、そして頭部の落ちた身体はズズン、と地面にひれ伏した。
「大丈夫か?」
「っ…………!」
ロボットを容易く屠った事を何でもなかったかのようにこちらに手を差し出してくるソイツに、どうしようもない劣等感が湧き上がってきてしまう。
気付けば、差し出された手を払いのけてしまっていた。
「……いいよな。増強系か知らないけど、アンタもヒーロー向きの個性持ちなんだろ」
「…………」
「俺みたいなヒーロー向きの個性を持ってない奴の気持ちなんてわからないだろうな」
……我ながら、最悪だ。助けてもらったのに、こんな悪態ついて礼の一つも言えないなんて……
だけど、止められなかった。
憧れは所詮憧れでしかなく、自身の無力さを噛み締めている目の前で俺が欲している力を揮う男に劣等感と嫉妬がどうしようもなく湧き上がる。
所詮は負け犬の遠吠えに過ぎないが、この俺の悪態に対して目の前の男がどうどう返してくるのか……最悪殴られても仕方ないとも思っていたが、その動きに意識が向く。
コイツは、どう反応する……?
「────お前、観察力が足りないな」
返されたのは、そんな言葉だった。
「…………はっ?」
何故ここで俺の観察力の話になるのか。意味がわからなかった。
怒らないのか? 無視しないのか? 嘲笑わないのか? 心配しないのか?
「推察するに、お前の個性は……精神干渉……それも『洗脳』あたりか」
「なっ……!? 何で……!?」
「顔に書いてある」
「そんなわけないだろ!!」
真顔でそんな子供でも分かる嘘、というか冗談を言ってくる男に言い返すと、男は軽く息を吐くと、何でもない事のように説明してきた。
「少し考えればわかる事さ。見たところお前はまだロボを倒せていない。さっきの様子を見るに戦闘慣れやケンカ慣れをしている様子もなく、また個性を重視している発言から戦闘系の個性持ちでもないんだろう。手ぶらな所を見るに創造系でも転移系でも収納系でもなく、さらに今回の試験内容から考えてロボに干渉できる個性でもない事から人間の精神に働きかける個性であると考えられる」
「さらにお前は俺の事をヒーロー向きの個性だろうと指摘した。つまりお前は自分の個性をヒーロー向きじゃない、あるいは逆であると考えている。精神系の個性でそういった誹りを受けやすい個性と考えて、結論を出した。それだけだ」
「…………っ!」
たった、それだけの事で、この一瞬の間に俺の個性を当てやがったのか……!?
普通そこまで頭回らないだろう? この一瞬でそこまで考えられないだろ? これで個性もヒーロー向けだとか、不公平だ────
「ちなみにだが、俺の個性は、精神系の一種だ。この試験じゃ何の役にも立たない」
「え……?」
……今、コイツ、何て言った……? コイツの個性が精神系……? 肉体増強系でも攻撃系でもなく、精神系の個性だって言ったのか……!?
「う、嘘を吐くなよ! 肉体面が無個性と変わらないんなら、一体どうやってロボットを倒したっていうんだよ!?」
信じられなかった。個性が意味をなさないならどうやってさっきロボットを倒したって言うんだ。「目の前で見てただろうに……」と少し呆れながらもソイツは説明してくれた。
「いくら戦闘向けの個性に有利な試験とはいえ、殆ど暴力ありありのケンカもしたことない奴らが殆どだろう。そんな奴らに個性がないと倒せない相手を倒せなんて試験いくらなんでも理不尽すぎる。だから素人にもちゃんと倒せるように細工はされてるのさ。ちゃんと観ればわかるけどわざわざ弱点作ったりな。武器だって……」
そういってソイツは手に持ったバールでロボットの残骸を漁ってロボットに内臓されていただろう金属棒を取り出した。
「こんな感じでそこら中にあるわけだしな」
「…………っ」
言葉が、出なかった。ヒーローが個性を使わずに敵を制圧するなんて、今まで考えた事もなかった。
ヒーローといえば個性といってもいい程、個性はヒーローにとっての武器であり象徴だ。まずは個性ありきで考えるだろう。
だからこそ俺は自分の個性がヒーロー向きじゃない事にハンデを感じているし、事実今まさにどうしようもない状況に陥っていた。
けど、目の前のコイツは個性なんてなくったってヒーローはやっていけると、その行動をもって示していたのだ。
それに比べて俺はどうだ? どうせヒーローなんて無理だって思ってた。俺自身が一番思っていた。だから相手がロボットだってわかって、もう心のどこかで諦めてたんだ。こんな俺がヒーローになろうだなんて、笑い種だ……。
「ほら」
「え……?」
自己嫌悪に陥る俺に、目の前のコイツはさっきロボから掘り出していた鉄の棒を俺に差し出していた。
「時間はまだある。これやるから頑張れよ」
「で、でも……俺じゃポイントは、稼げない」
そうだ。心のどこかで諦めてた俺じゃ、どうしようもない……。そもそも俺じゃ、この試験を突破できない……
「考えるのをやめるなよ」
……そんな俺の自己否定を、ソイツの一言が止めた。
「お前の力で倒せないなら、どうやったら倒せる? 何があれば、どんなものがあれば、どうやれば……それを考え続けろ。手札にないなら探せばいい。ヒントはそこら中にあふれている」
「考え、続ける……」
「諦めなければ夢は叶う、なんて言わないけどさ。すぐに諦めてたら出来る事もやれないぜ」
「────────」
そう言ってこの場を離れていくアイツの背中を見ながら、俺はその言葉を噛み締めていた。
俺は、ずっと悩んできた。『洗脳』という敵向きの個性を持って、そう言われ続けて、それでも、そんな俺でもヒーローになれないかと悩んできた。決してすぐに諦めていたわけじゃない。
そして今回、ダメ元で雄英のヒーロー科を受験した。
ダメ元……それは、半ば諦めていたんじゃないのか? でも、諦めきれなかったから、今回受験したんじゃないのか?
俺は、今回、何のために受験したのか。自分の中で、再び問い掛ける。
────俺は、夢を諦めたいのか? それとも、本気でヒーローになりたいのか? ────
……答えは驚くくらいにあっさり出た。
────俺は、ヒーローになりたい。
そうだ。俺はヒーローになりたいから、ヒーロー科を受験したんだ。それは絶対に諦めたいから受けたわけじゃない。
答えが出た。なら、あとは行動に移すだけ。そのために何が必要か、考え続けろ。
それが、俺を助けてくれた
心操人使────雄英高校・実技試験結果、ヴィランポイント:2点
◇
ある日、何が切っ掛けだったのかはわからないが、今までとは違う夢を見るようになった。
その夢の中では、彼は彼自身の記憶を忘れていて、ただの一般人である彼が『名探偵・蔵井戸』になっていて、『カエルちゃん』という謎の女子の死の謎を解く事を目的に行動していく。
推理力というべき頭の閃きは普段以上に冴えているような気がして、身体は普段の感覚で普段以上の動きが可能で、さらに世界は現実やいつもの夢と比べても明らかに歪んでいた。
いくつもの『カエルちゃん』の死の謎を解く毎に理解していく。
いつもの夢が彼の認識する彼の心の世界だとすれば、あの夢はきっと誰かが認識する誰かの殺意の世界なのだと。
このいつもと違う夢を見るようになった事によって、彼の観察し読み解く力が飛躍的に向上し、さらに名探偵の時に出来る動きを参考に自身の動きをも改良していった。
そうしてできる事が増えて行き、気になった様々な事に挑戦していく。
この経験から彼は『できると思ったらやる』という座右の銘を持つ事になった。
◇
水波呑春人。
彼は僕、緑谷出久と同じく雄英高校ヒーロー科1-Aに在籍している一人である。
全国から選りすぐられたヒーロー志望の人間が集まったというだけあって二重の意味で個性が濃いこのクラスにおいて彼は他の皆とは違う意味で目立っていた。
目立っているといっても目立ちたがりだったり問題児というわけではない。どういえばいいのか……特別何か問題を起こすとか自ら主張するとかじゃなくて、むしろ落ち着きがあるというか……どこか浮世離れしているというか達観しているというか、それが逆に特徴として浮き出ているというか……表現するのが難しいけど、僕も含めた他の皆が持っているヒーローに対する貪欲さというものが感じられない。
そして僕は、そんな個性的な彼の個性を見せた場面を見た事がない。
入学してすぐの個性を使った身体測定の時も、ヒーロー学とかの授業でも、雄英体育祭の時も、ヴィラン連合が襲ってきた時でさえ個性を使っていなかった。
僕が見ていない場面────例えば僕が怪我をして保健室にいっている間とかに使っていたのかもしれないと思って他のクラスメイトにも聞いてみたけど、誰も水波呑君の個性を見た人はいなかった。
それは本戦まで進出していた雄英体育祭でも同様だ。
頑なまでに個性を使わない水波呑君だけど、いくら戦闘向けの個性じゃないとしてもここまで使わないのは明らかにおかしい。
もしかして使わないんじゃなくて使えないんじゃないか……?
もしかして彼は無個性なんじゃ────
「────何か悩み事か、緑谷」
「────ッ!? み、水波呑君!?」
そんな事を考えていたら、その当の本人から声を掛けられて驚いてしまった。すごいタイミングだ。
「あ、いや、ちょっと、大した事じゃないんだけど、その、考え事してて……」
「ふーん……もしかして俺の個性が何なのかって考えてた?」
「えっ!? ど、どうしてわかったの!?」
「顔に書いてある」
「えっ!?」
それが例えだとわかっていながらも思わず手で顔を触れてしまった。
「正確には推測した。緑谷は他人の個性に過敏というか、気にしているように見えるからな」
「えっ!? そ、そんなに僕、個性を気にしているように見えるかな!?」
「ああ。いっそ個性に対してコンプレックスがあるようにも見えるぜ。それはもう──────―無個性のヤツみたいに」
「────!」
すごい観察力と推察力だなと感心した彼の推測は、僕が隠さなければならない部分を的確に突いてきた。
僕の個性の秘密は、誰にも知られてはいけない。もし誰かに知られてしまったら、僕を信じて託してくれたオールマイトに対して顔向けができなくなる……!
「え……えっと、その、なんというか……」
だけど、言葉が出てこない。隠し事への心苦しさがあるのもそうだけど、普通にどう返していいのかわからない……!!
「確か、個性の発現が大分遅かったんだっけか。爆豪も言ってたな」
「あ、うん、そう! そうなんだ! だから無個性として過ごしてきた時間が長くて! 」
何だか水波呑君の言葉に乗っかった形にはなったけど、何とか言葉が出てきた。これで一応誤魔化せた……んだよね……?
でもこのまま話が終わるのも変に記憶に残りそうでマズイ気がするし、とりあえず何か話題を変えよう。何か自然に僕の個性の話から変えられそうな話題は……
「そ、そうだ! それで気になってたんだけど、実際に水波呑君の個性ってなんなの?」
「俺の個性?」
元々僕が水波呑君の個性について考えていた事を見抜かれた話だったんだから、また戻せばいいんだ! 彼の個性が何なのか気になってたし、それも本人に聞けば解決する!
「そうだな……一言で説明するのは難しいんだが……。突発的な『テレパス』だったり特殊な『悪意感知』とか色々と混ざってるし」
「つまり、精神干渉系の個性って事?」
「まあ、そう。でも一番の特徴を言うなら『特殊な夢を見る個性』だ」
「特殊な夢……? 予知夢とか?」
「予知ではないけど、まあそんな感じ。俺は自分の個性を『
「い、イド?」
どうしてそこでイドという単語が出てくるんだろうか? 井戸? 緯度?
「……でもなるほど。だから個性を使っている所を見なかったのか。確かに体育祭もUSJの時もでも使い所がないし、使ったとしても傍目からはわからなかったんだ。というか『特殊な夢』に『テレパス』、あと『悪意感知』とか色々あるってつまり複合系の個性なのか? しかも全部精神干渉系の個性だから個性を使っている場面がなかったのか。いや、『夢を見る個性』は精神干渉のカテゴリーに入れていいのか?」
「緑谷、ブツブツ怖い」
「あっ、ご、ごめん」
それにしても、精神干渉系の個性でヒーローを目指すというのもスゴイ話だ。もちろんヒーローの中にはそういう精神関係の個性を持つ人もいるけど、どうしても見栄えがしなかったりヴィランに対する対抗手段としてはいまいちだったりで、戦闘系個性と比べると少数派だ。何せ、それ以外は無個性の人となんら変わりないのだから、どうしてもハードルは上がってしまう。
そんな個性を持つ彼が、雄英のヒーロー科に入学できて、さらに体育祭でも結果を出すくらいの実力を身に付けるのには並々ならぬ努力が必要だったはずだ。
だから僕は彼がヒーローになろうとした理由も知りたくなった。
「……水波呑君はどうしてヒーローになろうって思ったの? やっぱり憧れから?」
「いや別に。そもそもヒーローになりたいわけじゃないさ。憧れも特にないし」
「えっ!?」
ヒーローになりたいわけじゃないって、どういう事……!? それなら何で雄英のヒーロー科に入ったのか、わからない……!
「俺の個性って、日常だと突発的にイメージを送りつけるくらいで実質無個性とそんなに変わらないわけだが、ちょっと疑問に思ったんだよ。俺と実際にヒーローやってるヤツらってどう違うんだって」
「どう違うかって……?」
彼の個性は聞いた話通りなら精神干渉系の個性だ。
ヒーローの中にはそういった精神系の個性持ちもいないわけじゃない。とはいえ多くのヒーローの個性は戦闘に応用できる個性が多い。そんなヒーローとどう違うと言われても……大分違うと思うんだけど……疑問に思う事なのか?
何を疑問に思うのかわからない僕の心情を読み取ったのか、水波呑君はこちらを窺いながら続きを話してくれる。
「……ヒーローにはそれ向きの個性がある? 向いてない個性でもやれることはやれるし、それ向きだろうとやれてない奴はやれてない。人を助けられる? 助けるだけならヒーローじゃなくてもできる。そもそもヒーローだからって絶対に誰かを救えるわけじゃない。そもそもヴィランだなんだといっても所詮は犯罪者だ。わざわざ治安維持組織としてある警察の他に特例を作る必要性はない。当時は必要だったのかもだが、今からでも改めて警察に組み込めばいいだけの話だ」
「ね、ねえ水波呑君……話、逸れてきてない?」
「おっと失敬。で、まあそんな風に疑問に思って、考えて、考えていって……結論が出た」
「け、結論?」
「極端に言えば、なろうと思えばヒーローなんて誰にでもなれる。だったら俺でもできると思った。だからやろうと思った。それだけさ」
────それは、僕の中にはない考え方だった。
「それだけで、ヒーローになろうと……!? しかも、最高峰の雄英に入って……!?」
「せっかくやるんなら一番難しい所でやろうって思っただけさ。できると思ったからな」
ヒーローに憧れ、ヒーローになりたいと願い、無個性だと発覚した。
親はもちろん周りの皆から無理だと言われて、それでもヒーローの夢を諦めきれなかった────だけど誰かに背を押してもらえるまでヒーローになるための一歩を踏み出せなかった。
僕にとって『ヒーロー』は特別な存在だ。憧れで、夢で、手の届かない……届かなかった存在だ。
だけど彼にとっての『ヒーロー』は違うのだろう。普遍的で、単なる職業で、選択肢の一つに過ぎない。
おそらくだけど、世間的に一般的な考え方なのは僕の方だ。普通の人はヒーローをそんな誰でもなれる存在だなんて思っていない。はっきりいってこの感性は独特すぎると思う。
だけど────
『できると思ったからやった』
そう当たり前のように口にして、それを実行した彼を、僕はスゴイと思った。
「で、そういう緑谷はど何でヒーローになろうと思ったんだ?」
「え!? ぼ、僕!? 僕は、その……子供の頃からオールマイトに憧れてて────」
……少し独特な水波呑君でわからない事も多いけれど、少し距離が近付いた気がした。
……と、ここでもう一つ気になっていた事を思い出したから聞いてみた。
「そういえば水波呑君のヒーローネームってどういう由来なの? 何というか、ヒーローっぽくないというか……」
カッちゃんみたいな殺伐としたセンスの名前じゃないんだけど、でもヒーローとして名乗る名前としては少しおかしいというか……明らかに違う職業名が入ってるし……。
「あれは、そうだな……ある種の理想、かな。現実でもああなれたらっていう願いと、戒めって所かな」
「理想……?」
────これは、ヒーローの卵『名探偵・蔵井戸』が本当のヒーローになるための物語────