「局長。やはり、今回の
「また、『ジョン・ウォーカー』ですか……」
個性によって得た情報は証拠足りえない。特に精神系の個性は顕著である。それは警察でも変わらない。
しかし個性によって得た情報から仮説を立てて推理・捜査の糸口にする事は黙認されている。
捜査官・
和久は今までも容疑者あるいはその関係者への取り調べの際に個性を用いて、様々な事件の全容解明、あるいは解決へと道筋を立ててきた。
だが最近になって、捕まえたヴィランの悪意、その根底にある共通の人物像を多く見るようになった。
顔や声など個人を特定するための情報は判別できないが、ソイツは服装や頭に被せたシルクハット、さらに手に持つステッキと、紳士のような格好が印象に残る人物だった。
ここまで明確なイメージが読み取れるという事は、それだけその悪意にこの紳士然とした人物が関係しているという事だと今までの経験から推測するのは難くない。故にそのイメージを悪意から検知できたヴィランたちにその人物について問い掛けるも、彼らはその人物を知らないようだった。その返答にこちらを騙そうとする悪意は感じられない以上、嘘は言っていないのだろう。
あれほどまでに明確なイメージが悪意の根底に存在していた人物を、彼ら本人は全く認識していない……それが一体何を意味しているのかは現時点では不明ではある。
しかし本当にその人物が存在して、ヴィランたちに関わっていたと仮定すると、それはつまりヴィラン、それも連続殺人鬼を生み出している危険人物がこの社会に潜んでいる可能性があるという事になる。
悪意の底にある残滓以外、何一つとして糸口を掴めていないこの謎の存在を、警察は『ジョン・ウォーカー』と仮称していた。
もちろん現時点ではその存在を明確に示唆する証拠はない。現状、和久の個性でしかその痕跡を見つけられていないのだから当然の事である。そもそも彼の今までの功績や信用がなければ虚言妄言として処理されていただろう事案だ。
悪意の中に『ジョン・ウォーカー』の存在が確認された被疑者の共通点を洗い出してはみたが、『ジョン・ウォーカー』に繋がるような点はいまだに見つけられていない。
「今回も共通点らしきものは見つかりませんでした……今までのヴィランとも接点がない」
「そうですか……現状、証拠らしい証拠がないので表立っての調査はできませんが、ジョン・ウォーカーの痕跡があれば報告をお願いします」
「了解しました。必ずヤツの証拠を探し出してみせます」
「とはいえ少しくらい息を抜く事も必要ですよ……そういえば、水波呑君の息子さんってもう高校でしたか?」
「はい。雄英のヒーロー科に進学する事になりました」
「雄英のヒーロー科! すごいですね! 親の背を見て子は育つといいますが、正義を志す辺りやはり君の影響を受けているようですね」
「……どうでしょう。私は、少なくともいい親ではありませんでしたから……」
「何を言っているんですか。奥さんが亡くなってから片親で子供を育て上げたのにいい親じゃないわけないじゃないですか」
「いえ、私は仕事にかまけてほとんど構ってやれませんでした」
「そう自分を卑下しないでください。この仕事柄仕方ない事でしょう」
「仕方ないとはいえ、それを言い訳にするのは我ながらどうかと思いますし」
「真面目ですねぇ……では、これからも息子さんが安心して暮らせる世の中にする事、それが君が親として出来る事だと思いましょう」
「そう、ですね。せめて、アイツが安全に暮らせるよう、一人でも犯人を捕まえないと……」
そのために、まずはこの『ジョン・ウォーカー』の正体を突き止めてみせる。和久はそう決意した。
◇
彼の母親の死因は不明だった。外傷は一切なく、心不全だと診断された。
しかし彼女の死に顔は、とても苦痛に満ちたものであった。
……それは、事故だった。誰が悪いわけでもない、いくつかの要素がかみ合ってしまったが故の事故だ。
彼は他者に自身のイメージを送り込める個性の持ち主だが、個性の発動自体が不安定な状態で送り込むイメージとそのタイミングをコントロールができなかった。
彼の母親は他者とイメージをやり取りできる個性で、その個性故か感受性が高く、他者からのイメージを正確に受け取りやすい体質だった。
この当然の個性の相性の良さが、悲劇の要因となってしまった。
彼が突発的に思い浮かべてしまったのは『死』のイメージだ。ただし、有り得ないほどに事細かで現実感溢れる死のイメージだった。
その痛み、その恐怖、その喪失感。まるで何度も何度も体験してきたかのような濃厚なイメージ。
それが、突発的に個性によって送り込まれた。
そして、そのイメージを送り込まれた母親は、そのイメージを寸分違わず体感してしまった。
あまりにもリアルすぎる死のイメージ。そのイメージを突発的に発信してしまう未熟な個性。そしてそれをより正確に受け取ってしまえる体質。
それらがかみ合った結果、彼の母親は彼から送り込まれた死のイメージに耐えきれずに命を落としたのだった。
それが、彼の初めての殺人だった。
◇
ヴィラン『アーティスト』
彼は、幾人もの子供を誘拐し、その血肉を使って絵を描くという猟奇的殺人事件を起こしてきた凶悪なヴィランだ。
彼は世に作品を送り出す際、常にこのような言葉を添えていた。
『真に美しい作品は、真に美しく穢れなきモノからしか生まれない』
これこそがヴィラン『アーティスト』が持つ信条であり、犯行動機であった。
「だから私はこの個性によって穢れなきモノを画材に変え、それによって作品を世に生み出してきた」
彼の個性は『画材変質』。その手に触れたものを別の何かを絵具などの画材に変質させる事ができる個性だ。
彼は物心ついた頃からこの個性を使って様々な絵具を生み出し絵を描いてきた。
最初は身近な物を絵具にしていた。鉛筆、消しゴム、落ち葉に埃、色んなものを試した。そして成長していく毎にその芸術に対するこだわりは大きくなっていき、ひたすらに自身の求める
だが彼の芸術は認められなかった。
それでも彼は真の芸術を求めて描き続けた。
その過程で、様々な試みをしてきた。その過程で、道を踏み外していった。
初めの切っ掛けは、いつも自身の芸術活動を邪魔してくる近所の野良猫だった。結果が出なくて焦っていて、何とかしようと画材の準備をしている最中に邪魔をされ、その野良猫を捕まえようとした。咄嗟に動いたのは個性を発動したままの右手だった。
野良猫は、絵具になった。
とんでもない事をしてしまった。最初はそう思った。しかしこれは野良猫で、周りには誰も見ている人はいなくて、誰の迷惑にもなっていない。何より、目の前にできた絵具は今まで見た事のないくらいに素晴らしい物に見えた。この絵具で書けば、自分の思う真の芸術に近付くのではないか?
彼はその欲望に打ち勝つことができず、野良猫から作った絵具で絵を描いた。その結果、今まで描いてきた絵が塵のように思える程の作品ができた。
彼は思った。命ない物から作る絵具よりも命あるモノから作る絵具の方が素晴らしい物ができる、と……。
そこから彼の個性の対象は木の枝や不要物から猫や鳥などの動物へと移っていき、さらに試行錯誤を繰り返すごとに法則を見出していった。
質のいい絵具を生み出すには、知能の高い生き物の方が適している。
魚よりも小鳥の方が、小鳥よりも猫や犬から生み出した方が美しい絵具が手に入る。
────だったら、人間なら────?
……悩みに悩んだのち、彼はリストラされたと騒ぎ暴れ酔い潰れた男を絵具にしてみたが、それは醜い絵が出来上がった。
今までの傾向から考えれば、おかしいな結果であった。
何故こうなったのか、思考し、試行し、彼は一つの答えを得た。
大人は、醜い。
醜悪な大人からは醜い物しか生み出されない。そう結論付けた。
動物は単純ではあるが純粋である。故に今までは美しい絵具が生み出せたのだろう。
つまり、純粋で穢れない知性体こそ、真の芸術に相応しい絵具を生み出すのにふさわしい。
そう考えた彼が辿り付いたのが────子供だった。
「子供は純真だ。穢れなきその在り方は私の生み出す芸術にピッタリだ」
そう考えた彼はもう止まらなかった。子供を誘拐して絵具に変化させ絵を描く。それは彼の理想の芸術であった。
「君たちは、真の芸術として永遠に世に残り続けるんだ!」
こうして、ヴィラン『アーティスト』は誕生した。
子供を狙う卑劣なヴィラン、彼がヴィランとして特に優れていたのはその隠蔽能力だ。
彼は子どもを攫っていたにも関わらず、その足取りを全く掴ませなかったのだ。
もしかすると子供で描いた絵を公開しなければ連続誘拐殺人
彼は今日も真の芸術のために子供たちを拉致し、そして────
◇
昔、ウチはヴィランに攫われた事がある。
当時、世間を騒がしていたヴィラン『アーティスト』。子供ばかりを狙って拉致し殺した後にそれを元に描いた絵を公開するという危険なヴィランだ。
当時のウチは特に気にしていなかった。そんなヴィランがいる事は怖いが、自分とは関係のない所できっとヒーローが何とかしてくれると思い込んでいたからだ。
だから、ウチ自身がソイツに捕まってしまうだなんて思いもしなかった。
芸術がどうと講釈を垂れてくるが、そんな事は頭に入ってこなかった。
誘拐され、拘束され、視界も塞がれた。何故か口は塞がれておらず声を出す事は出来たものの、漏れてくるのは恐怖に苛まれて荒くなった呼吸だけ。
少しでも周囲の情報を知りたくて、つい個性のイヤホンジャックを伸ばして地面に突き刺した。
運よく相手には気付かれなかったけど、それから伝わる音でわかったのはそこまで大きくない部屋で自分と犯人らしき大人の他に何人かがいる事。その他の人も足音とかが聞こえないから、おそらくウチと同じように拘束されているだろうこともわかったけど、それだけだった。
「さて、じゃあ誰から絵具にしようかなぁ?」
死を目前とした恐怖心。誰か助けてと願うもあまりの恐怖に声が出ない。地面に刺したイヤホンジャックからも外部からの助けが来る気配は感じ取れない。
きっと、地獄みたいな場所というのはこんな場所なんだろうとふと頭に浮かんだ。いっその事もう死んだ方がマシかもしれないとさえ思った。
そんな時だった。
「────真に美しい作品は、真に美しく穢れなきモノからしか生まれない。アンタはそう言ったな」
……それは、大人の声ではなかった。おそらくウチ以外に捕らわれた子供の一人が発した声だろう。それは間違いないだろう。でも、明らかにおかしかった。だって、この声の子がウチと同じ捕らわれた子供なんだとしたら、どうして…………
「……ああ、そうさ。それがどうかしたかい? もしかして共感してくれたのかな?」
「いや、一つ疑問に思って」
「疑問……?」
「もしそうなら────」
────どうして、この子からは聞き取れる心音は、こうも落ち着いているのか────?
「────アンタ自身は真に美しく穢れなきモノなのか?」
「…………何?」
その言葉に、今まで嬉々としていた男の声から余裕が消えたように感じた。
「もしアンタの持論が正しくて、アンタの作品が真に美しい作品だというのなら、それを生み出したアンタこそが真に穢れなき存在であるはずだ。そうだろ?」
「……ああ、そうだね。真の芸術のために全てを捧げる私こそ、穢れなき存在の一つだろうさ」
「本当に?」
「っ……! 私は真の芸術を生み出し、それを世に知らしめる事のためだけに活動している! そのためならばどんな事だってするし、してきた! そんな私が、真の芸術を生み出すに相応しくない存在だとでも言いたいのか!?」
「どんな事だってしてきた、か…………本当にそうか?」
淡々と紡いでいく拘束された子供の言葉に、自由なはずの男の心臓が早鐘を打ち始める。
「本当に真の芸術を生み出したいだけなら、わざわざ子供を誘拐する必要はない。もっと有効な手段があったはずだ」
「もっと有効な、手段……だと?」
「理解しているだろう? 自覚していただろう? 一番単純な話なんだから」
「何を……何を言っている……!?」
「わからないのか?」
何でもない、当たり前の事のように、その子はヴィランに対してその方法を口にした。
「簡単な話だ。アンタ自身で、絵を描けばいい」
「────ッ!?」
「真の芸術のために全てを捧げたというのなら、まず捧げるべきはアンタの命のはずだ。なんせアンタ自身穢れなき存在なわけだ。絵具にするには申し分ない、いや、これ以上ない対象のはずだ」
『なのに何故それをしない?』そう問うその子の言葉に、ヴィランは何も答えない。いや、答えらえない。何かを言おうとするけど、言うべき言葉が見つけられない。そんな風に感じた。
そんなヴィランの様子を感じ取っただろうその子はさらに続ける。
「つまり、真の芸術だの言いながらも結局アンタは、自分の身を切る覚悟もない、口先だけの意気地なしなのさ」
「違うッ!! 私はッ!! 私は口だけではっ、意気地なしなどではないッ!!」
激昂したように声を荒げるヴィラン。でもその声からは怒りだけではなく震えも感じられて、男の在り方自体が揺らいでしまっている。
明らかに余裕のない声で叫ぶようなヴィランの反論を、その子供が再び淡々と崩していき、そして毒を染み込ませるかのように言葉で抉っていくのだ。
……さっきまでこの場を支配していたのは間違いなくこのヴィランだった。当然だ。ウチらは拘束されて動けるのはコイツだけで、そもそもこの状況を作り出したのはコイツなんだから。
でも、今は違う。
拘束されているウチら。自由に動けるヴィラン。状況は変わっていないはずなのに、既にこの場を支配しているのはもうヴィランじゃない。ウチらと同じく誘拐されたはずの、名前も姿もわからない一人の子どもだ。
捕らわれていたウチにもわかった。このわずかな言葉の応酬によって、もはやヴィランの精神はズタボロになっていた。
ウチは驚愕した。あのどうしようもない程に絶望的だった状況が一変した事に。
だけど、ウチの恐怖心は決して消えはしなかった。
先程まで目の前に迫った死に対する恐怖でどうにかなってしまいそうだった。ヴィランから感じる恐怖で自ら死んでしまった方が楽なんじゃないかって思ったくらいだ。
だけど、今はそれとは少し違う恐怖を、この子から感じていた。
解らない。どうしてこのヴィランはあの言葉一つでこうも揺らいでしまっているのか。
解らない。どうしてこの子はこのヴィランの在り方をここまで理解しているのか。
もう、この子どもが既にウチや他の子どもと同じだと思えなかった。
これは、もっと、得体のしれない、悍ましいナニカで────
「さあ、どうする?」
「私は……私は……ッ!!」
……そして、そこからきっと、この空間は本当の地獄に変わったのだろう。
「────そら、頑張れ。アンタの理想の体現まであと少しだ」
そんなささやかな声援と苦悶に震える男の漏れる声が、その空間を支配し続けた。
……その後、ヒーローが監禁場所にたどり着いた時、そこにあったのは拘束され恐怖に怯える子供たちの姿と、悍ましい絵の描かれた血塗られたキャンパスの前で息絶えたヴィランの姿だった、らしい。
ウチは救出された後両親の元へ返されて、後日警察の事情聴取を受けた。
ウチがどうやって攫われたのか、攫われた後どんな扱いをされたか、そしてヴィランがどうして死んだのか。
ウチはあの時の子が一体どんなヤツなのか気になった。けど個人情報の保護とかの色々な問題のせいで結局他の誘拐された子どもたちとは会う事はできなかった。
……正直、ヴィランは怖い。実際に誘拐されて、殺されそうになったんだ。その恐怖はすぐに消えるものじゃない。癒えるまで時間が掛かる。
でもそれ以上に、あの子の在り方が恐ろしかった。
あの子に助けてもらったのは確かだ。でも、同時にヴィラン以上に恐怖を感じたのも確かだ。
ヴィランに対しての恐怖はわかる。ウチ自身や大切な人が危険にさらされる事から来るものだ。
でもあの子への恐怖は違う。ウチに危害が来たわけじゃない。それでも、あんな自ら命を絶つように相手を諭す考え方と実際にそうさせる事ができた能力……ウチには全く理解できなかった。
理解できない恐怖は心の中で燻り続けている。この恐怖を時間は決して癒してくれない。
ならあの在り方を理解したい。理解しなきゃ、この恐怖はずっと心に残り続けるだろう。
でも、どうすれば再びあの子に巡り合えるだろうか。そう考えて、あの時の言動を元にウチなりに考えてみた。
あれがウチらを助けるための行動ならば、やり方はともかくあの子は正義感の強い人間という事だ。つまり、ヒーローを目指してもおかしくはないだろう。
あれがヴィランを死なせるための行動ならば、この先もきっとあの子は同じように人を死なせ続けるだろう。つまり、ヴィランに墜ちてしまう可能性は十分にある。
そのどちらにも関わり合える道は……そう考えた時、一つの答えが出た。
だからこそ、ウチはヒーローに────
◇
俺は絶望の中で最後の希望であった彼の名を呼んだ。どこだろうと助けの声を上げれば駆けつけると言ってくれた、最高のヒーローの名を。
…………彼は、来なかった。俺の中のヒーロー像は完全に崩れ落ちた。
「────何やら、気に入らない奴の名前が聞こえたから来てみたけど、どういう状況なのかなこれは?」
そうして最後の希望であったヒーローに失望し、絶望しか抱けなくなった俺は、しかしヴィランによって救われた。
夢の中で俺を殺しに来たヤツをあっさり一蹴した彼の事を、俺はヒーローだと思ったが、彼はそれを否定した。
己は正真正銘ヴィランであると。
そんなヴィランを名乗る彼はこの状況が珍しいのか、あるいは単なる気紛れか、俺の身の上話を聞いてくれた。
「成程……毎夜毎夜ヴィランに殺される夢を見る、か……面白い個性だね」
「……疑わないの?」
「個性は個性と一括りにされるがその幅は多岐に渡る。君のそれは夢の中で人の意識とリンクする個性なんだろうさ。個性のオンオフができない上にその相手がヴィラン、それも殺人者に限るという辺り悪辣だがね」
さすがの僕も欲しいとは思わないね、と軽く微笑む彼に、ついつい弱音と共に涙がぽろぽろと漏れてしまう。
「逃げても誰かが殺しにくるんだ……もう、嫌なんだ。何度も何度も殺されて殺されて……」
「そこまでの境遇だと『いっそのこと死んだ方がいい』なんて考えが浮かんできそうなものだけど」
「何で? 死ぬのが嫌なのに何で死のうなんて思うの……?」
「ああ、そうか。君は死が救いじゃないと体験しているんだったね。他の誰よりもずっと死について詳しいわけだ」
「よくわからないけど、死ぬのは嫌だよ……」
「ふむ……。残念だけど僕には君をどうしようもできないし、どうする気もない。守るつもりもなければわざわざ君を殺すつもりもない。だけど一つだけ、助言のような事くらいはしてあげよう」
「助言……?」
「これをすれば、少なくともただ殺されるだけの夢じゃなくなるのは確かだね」
「本当!? 何をすればいいの!?」
「それはね…………」
俺は、その彼の言葉が希望になると信じて、耳を傾けた。
「────キミがその相手を殺してしまえばいいのさ」
そして彼は、あっさりと、なんでもないようにそう言った。
「え……でも人を殺すのはダメな事じゃ……」
「おいおい、
そうなのだろうか……子供ながらにそう思ったりもしたが、同時に確かにとも思ってしまった。こちらを殺しに来ているのだから、殺し返されても文句を言われる筋合いはないはずだ。
「問題点があるとすれば、子供の君が大人のヴィランを殺そうとするのは大変だって事くらいだね。だがそれも大した問題ではないだろう。君は大きな武器を持っているんだからね」
「武器? 武器なんて持ってないよ。個性もこの夢以外にあるわけじゃないし……」
「人間ってのは意外と死なない事もあるけど、案外あっさり死ぬものなんだ。どうすれば人は死ぬのか、どこまでなら死なずに済むのか。それを君は実際に体験して誰よりも知っているはずだ。死への理解。それは大きなアドバンテージだよ」
これが、俺と彼────先生との出会いであり、別れであった。
……次の日、彼は夢の中で彼を殺しに来たヤツを殺し返した。その日、彼は殺されなかった。
◇
「……なんだここ……?」
気が付けば俺は見覚えのない場所に立っていた。
自分の足でここに来た覚えもない。かといって黒霧のヤツがここにワープゲートに開けたわけでもなさそうだ。
訳の分からない展開に苛立ちが湧き上がる。思わず首筋辺りをガリガリと掻き毟ろうとした時、声が聞こえてきた。
「────やあ弔。こうして顔を合わすのは久しぶりだね」
「……先生っ!?」
そこにいたのは、俺の恩師である『先生』だった。
「急にすまないね。実は今日は君に紹介しておきたい人物がいるからここに来てもらったんだ」
「俺に紹介したい奴……? いや、そもそもどこだよここ?」
そうだ。まず場所の説明をしてほしい。先生が連れてきたのはわかるが、いくら何でも訳が分からなすぎる。
「ここは、言うなれば人の無意識、夢の中の世界。今、現実の君や私は眠っているのさ」
「夢の世界……この世界を先生の個性で作り上げたのか?」
「いや。この世界自体は彼の個性によるものさ。僕はそれとはまた別の個性でそれに相乗りしているだけさ」
つまり、単独でこの不可思議な世界を生み出せる個性持ちって事か……額面だけ見れば強キャラのように思えるな。
「で、どんなヤツなんだよソイツ」
「彼は今警察の中で密かに噂されている連続殺人鬼メーカーだ」
「連続殺人鬼、メーカー?」
「人の心に働きかけて、ヴィランに変えてしまう。そういう個性を持っているのさ」
「つまり、洗脳してるって事か?」
「────正確には違うな。私がしているのはあくまで思考誘導にすぎない」
ちょうどその時、俺と先生以外の声がこの場に響いてきた。
「その人が持つ本質・欲求……それを呼び覚ましているに過ぎない。この夢の世界もそのための舞台だと思ってっくれればいい」
声の主に視線を向けると、ソイツは絵に描いたような紳士の格好をしていた。シルクハットをかぶり、気取ったようにその手に持つステッキをくるくると回していて俺たちの前に姿を現した。
「コイツが……」
「そう、彼が僕の協力者の一人、連続殺人鬼メーカーその人さ。ドクターの脳無と比べると戦力としては落ちるだろうけど、どこにでもいる誰かが急に
「……なるほどね。つまり手駒作りに最適ってわけ、だ」
手駒を増やして雑兵として使うもアリ。突発的にヴィランにして暴れさせて攪乱するもアリ。ゲームのやり方が増えたってトコだな。
「先に一つ断っておくが、私は君の下に付くわけではない」
「……あぁ?」
「あくまで私の事を君に紹介してもらったのは私の目的を達成するために君と足並みを揃える事がプラスに働くと考えただけの事。決して君の思想や考えに同調したわけではない」
「何が言いたいんだお前?」
「……簡単に言えば、互いに利用し合おうという事だ。仲間や同士ではなく、あくまでビジネスパートナーに過ぎないという事だ」
小難しい事ばかり言う奴だ。気に食わない。けど、先生の紹介だ。全くの無能ではないんだろう。
なら使えるだけ使わせてもらおう。コイツ自身も言っていた事だしな。お言葉に甘えて利用できるだけ利用してやろうじゃないか……。
「わかったよ。せいぜい仲良くやろうじゃないか…………で、名前は? 俺はお前を何て呼べばいいんだ? ステッキ野郎か? ジェントルマンとでも呼べばいいのか?」
心の籠っていない俺の軽口に特に反応するわけでもなく、つまらない態度でヤツはこう名乗った。
「────『ジョン・ウォーカー』。警察はそう呼んでいる」
続かない
以下設定という名の落書き
水波呑 春人:主人公にして名探偵『蔵井戸』。彼の個性自体がID本編における『ミヅハノメ』などの機能を有している。夢のせいで死に慣れているが死を許容しているわけではなく忌避している。外見のイメージとしては黒髪緑目の高校生。
幼少期からの経験からヒーローに対しての憧れは一切なく、かといってヴィランに対しても凄まじい嫌悪を抱いている。
名前の由来は『ミヅハノメ』とID本編キャラ『鳴瓢秋“人”』『本堂町小“春”』
カエルちゃん:殺意の世界で死体で発見される女の子。基本的な設定はID本編と変わらない、はず。春人は気付いていないが、外見は少し春人に似ている設定。
ジョン・ウォーカー:ID本編と同様、連続殺人鬼メーカー。その正体は……未定。主人公の裏の顔のようにしたけども、もし続きを書くなら違う人になる。
水波呑和久:主人公の父親。オリキャラ。ID本編における『ワクムスビ』の役割になっている。
名前の由来は『ワクムスビ』→『ワク』→『和久』
心操人使:雄英の実技試験で主人公に助けられた。主人公との問答によってヒーローへの憧れを確固たるものにした。体育祭では多分強化されてそう。
緑谷出久:クラスメイト。主人公のことを無個性じゃないかと疑っていた。主人公にも無個性だったんじゃないかと疑われている。
アーティスト:主人公の裏面の引き立て役として作られたオリキャラヴィラン。主人公に自殺教唆され死んでしまった。なお主人公はこのヴィランのイドにも既に潜っていたという裏設定。
耳郎響香:クラスメイトだがそれ以上に、特に理由もなく引き立て役のヴィランに攫われた過去を作られトラウマを作る事になった被害者。八百万と悩んだけど耳郎にした。