この素晴らしい世界でエリス様ルートを   作:エリス様はメインヒロイン

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運命からは逃れられない


この借金男に救済を

「ぶぁっくしょぉおおん!!」

 

 眠い目を擦りながら木造の天井を見上げる。どうやら自分のくしゃみに起こされたようだ。もうじき冬が訪れる事もあり今朝もこの場所は冷え込んでいる。むくりと体を起こし辺りを見渡す。風通しが良く藁が敷き詰められたこの場所が今の俺の寝床だ。

 

「はぁー…もう嫌になるよ」

 

 誰に聞かせるでもなく一人愚痴をこぼす。どうしてこんな事になってしまったのだろうか。俺の吐いた溜息が一瞬白くなり虚しく消えた。

 

 

 

 それは遡ること数週間前。

 ベルディアを倒した翌日にギルドではその討伐の報酬が冒険者全員に配られていた。その報酬の額は皆一律だったがベルディア討伐に大きく貢献した俺のパーティとミツルギには特別報酬が支払われるとのことだ。その額合わせて三億エリス。

 魔王軍幹部を倒し、大金を手にして、クリスともちょっといい雰囲気になった。俺の冒険者生活は順風満帆になる…はずだったのだ。

 

『ええと、ですね…。今回の討伐の際に使われた爆裂魔法によって正門付近の建物の多くが損壊していまして…。まあ、魔王軍幹部を倒した功績もあるし、全額弁償とは言わないから、一部だけでも払って…くれと…」

 

 ギルドのお姉さんは俺に小切手を渡しながらそう告げてきた。話している途中から目を背け出したのは俺の表情の転落ぶりを見ていられなかったからだろうか。

 

『カ、カズマ君。しっかり意識を保って。気持ちはわかるけど』

 

『わ、私はあの時反対しましたからね。私のせいではありませんからね』

 

『安心しろカズマ。クエストを毎日受けていればいずれ返せるさ』

 

『佐藤カズマ…僕の分の報酬は君に譲るからそれを弁償金に当てるといい』

 

 その弁償金の額を目にした奴らが声をかけてきたが、あまりのショックに何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 

 特別報酬三億エリス、弁償金額三億四千万エリス。つまり俺の手元に残るのは四千万エリスの借金。俺の冒険者生活は一気にどん底に叩きつけられた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 ギルドの酒場にて。

 

「金がないっ…誰か俺に金をっ…」

 

 俺はテーブルに突っ伏しながら一人呻いていた。だが俺の願いが誰かに届く事はなく周りの冒険者達はまたいつものかと見て見ぬふりをする。街の英雄に対してあんまりな仕打ちである。

 

「またそんな事して。見てるあたし達の方が恥ずかしいんだよ」

 

「まったくです。この男にはプライドと言うものがないのでしょうか?」

 

「私としてはダメ人間のようで悪くないと思うのだが」

 

 そこにウチのパーティーの三人娘が合流してきた。プライドを捨てて金が貰えるならいくらでも投げ捨てるが。

 

「今朝もすごい寒かったけどちゃんと眠れた? やっぱりあたしだけ部屋で寝るのは不公平な気がするんだけど」

 

「いや馬小屋で寝るのは俺だけでいい。この借金も俺が作ったようなものなんだ。クリスまで巻き込むわけにはいかない」

 

 クリスはめぐみんとの相部屋で過ごしてもらっている。爆裂魔法を撃ったのはめぐみんとはいえそれを指示したのは他ならない俺自身だ。寒い思いをするのは俺一人で十分だ。

 まあそれはそれとしてこの借金には怒り心頭ではあるが。この世界には損害保険というものは存在しないのだろうか。普通に考えて四千万エリスとか一個人が支払える額ではない。

 

「気にしなくていいですよクリス。悪いのはカズマなんですから」

 

「おいめぐみん。確かに俺の指示ではあったが撃ったのはお前なんだから少しは思うところがあるだろ」

 

「ありませんね。強いて言うのなら街の中で撃つ爆裂魔法もなかなか乙なものでした」

 

「このちびっこテロリストがっ!」

 

 しかし本当にどうやって金を工面すればいいのだろうか。一発で借金を全額返済できる仕事はないものか。そんなことを考えているとふとクリスの職業を思い出した。

 

「なあクリス、お前って盗賊職だよな。ちょっと貴族の屋敷に行ってお宝盗んできてくれよ」

 

「あのねカズマ君。あくまで冒険者としての職業が盗賊職なだけで、盗みに入るのが仕事ってわけじゃないんだからね」

 

「なんだ。じゃあ今までそういった事はしてこなかったんだな」

 

「う、うん。あたしは敬虔なエリス教徒だからね。悪事に手を染めた事はないよ」

 

「…なあ」

「ないからね」

 

 目がグルングルン泳いでいる。意外だったが反応から見るに確実に経験者だ。とりあえず最終手段として頭の隅に置いておこう。

 そうしているとダクネスが話しかけてきた。

 

「今回のベルディア討伐は私が皆を煽ったから起きた戦いだ。私にも責任の一端はある。だから私も全面的に協力する」

 

「ダクネス…」

 

「お前は私にただ一言命令してくれればいい。『おいダクネス、そのいやらしい体を使ってちょっと金を稼いで来い』と。そうすれば…」

 

 

「よーしみんな、クエスト行くぞー」

 

「「はーい」」

 

 やっぱり借金は地道に返すのが一番だ。変態に構ってられる時間なんてない。

 

「んん…。無視されるのも悪くないな」

 

 

 

 俺達はクエストの掲示板の前に行き今日受ける物を探していたが、

 

「やっぱりロクなクエストが残ってないな…」

 

 掲示板には報酬は高額だが高難易度なクエストばかり貼られていた。

 というのも、冬の寒さによって弱いモンスターは冬眠して、それをものともしない強いモンスターばかりが活動しているからである。必然クエストも高難易度の物ばかりが貼られると言ったところだ。

 ただでさえポンコツ揃いのウチのパーティーがそんなクエスト受けられるはずがない。昨日まではまだ何とかなるレベルの物もあったが今日はそれも皆無のようだ。

 

「「カズマ、カズマ」」

「却下」

 

 欲望に忠実な二人の意見は参考にならない。こういう時に頼りになるのはクリスだけだ。

 

「ん? なあクリス、この雪精の討伐はどうだ? 名前からしてなんか弱そうに見えるんだが」

 

「あー、それね。…まあ確かにあたし達でもどうにかなるかもしれないけど」

 

 どうにも歯切れが悪い返事が返ってくる。やっぱり危ないクエストなのだろうか。

 

「よしそれにしよう! そのクエストで決定だ!」

 

 ドM騎士が大興奮しているので少なくともまともなクエストではないようだ。だが意外にもクリスもそれに賛同するようだ。

 

「まあちゃんと注意してれば大丈夫なクエストだから行ってみようか」

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 俺達はクエストの目的地である平原に訪れた。そこは一面の銀雪で覆われており、そこらかしこに白くて丸いボールのような物が浮いている。どうやらあれが雪精のようだ。

 こいつは一匹討伐するごとに春が半日早く来るそうなのだが驚くべき所はそのお値段。なんと一匹倒すごとに十万エリスの報酬が貰えるそうだ。もちろんそれだけ高額なのも理由があるのだが。

 

「お前その格好寒くないのか?」

 

「うーん、寒くないわけじゃないけどこれ以上着ると動きづらいからね」

 

 雪原に来るという事もあって全員普段より厚着をしている。ちなみにクリスは全身黒タイツのような物を履きその上にいつもの軽装とショートパンツを着込んでいる。イメージとしてはドラクエ3の盗賊と言った所か。最近は普通のクエストでもこの格好をしている。

 

「寒いのなら私の上着を貸そうか? 私は鍛えているからあまり寒さを感じないんだ」

 

「いや流石にそれは悪いよ」

 

 ダクネスは顔を赤くしながら大義名分を得たりと提案している。寒さもこいつの性癖の対象になるようだ。そんなにお望みなら帰り際に雪の中に埋めて帰ってもいいんだが。…こいつなら普通に喜びそうだな。

 

 

 

「燃えつきろっ!『ティンダー』っ!」

 

 俺が指を鳴らすとそこから火炎が放たれて目の前に浮遊していた雪精を燃やし尽くした。かなりの魔力を込めたので初級魔法とはいえ雪精を倒すのには十分のようだ。

 

「ふっ、決まったな」

 

「何が決まったの?そんな変なポーズ取って」

 

「…ちょっと黙っててくれ。今カッコつけてる最中だから」

 

 クリスはこういう時真面目に聞いてくるから困る。もっと気楽に生きていればいいのに。

 

「男にはな童心に帰りたくなる時があるんだ。お前もわかってくれるだろ?」

 

「あたし女なんだけど」

 

 違う勘違いだ。そういう意味で言ったんじゃない。だからその人を殺しそうな目を向けるのは止めてくれ。

 

「それじゃあダクネス、魔力を吸うぞ。『ドレインタッチ』」

 

「ああ、この寒空の中、情け容赦なく私から体力を奪うなんて。いいぞもっと吸ってくれ!」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 現在俺はダクネスからドレインタッチで魔力を吸いながら火の初級魔法で雪精を討伐している。

 彼女は攻撃は当たらないがその体力と魔力はそれなりの物があり魔力タンクとしてみればかなり有用だ。仲間を魔力タンク呼ばわりするのは人としてどうかと思うが本人が喜んでいるので構わないだろう。

 

 本来初級魔法の殺傷能力など皆無に等しいのだが全力で魔力を込めるとそれなりの火力になる。俺はもう一度指を鳴らし魔法を放った。今度は二体同時に倒せたらしい。

 

「どうだ見てるかめぐみん。これが本物の魔法使いの姿さ」

 

「そんなヘロヘロの姿で何を言っているのですか。でもその指を鳴らす動作は紅魔族的にもなかなかくるものがありますね」

 

 まあ毎回全力を込めているのでこの様ではあるが。ちなみに指を鳴らす必要はまったくない。ただの気分だ。

 

「まったく、本物とはこういうものですよ。『エクスプロージョン』っ!」

 

 めぐみんから放たれた魔法は雪精の群れの中に到達、その圧倒的オーバーパワーで全てを消し飛ばした。

 

「ふっ、私は10匹倒しましたよ。これが本物と偽物の差というやつですね」

 

「本物様はぶっ倒れてるんだがな。このまま雪の中に埋めていけば俺こそが真の魔法使いになれるってか?」

 

「ひゃっ、冷たい?! ちょっと、雪をかけないでくださいよ。……えっとそろそろ止めてくれないと本当に埋まるのですが…。あのカズマ? 」

 

 この後のこともあるのでめぐみんは空気穴を開けて埋めて置いた。爆裂魔法を撃ち終わった彼女にもう仕事はない。断じて爆裂魔法で借金ができた事に対する腹いせではない。

 

 

 そうしている内にそいつは現れた。

 一瞬、風がゴウと吹いた。その風に俺達は目をふさぎ次に見た雪原の上にそれは立っていた。

 名を『冬将軍』。和製の白い鎧兜を纏い、一振りの刀を腰にさした武者がそこにいた。顔は総面に覆われ兜の形も相まってその姿は鬼のようにも見える。鬼は古来より人々に超常の存在として恐れ崇められてきた。ならば人々の想念によって形作られているこの存在もまた正しく鬼武者と呼べるのだろう。

 

 

「…出たな! この時を待っていたぞ!」

 

 ダクネスが嬉々とした顔でそれに剣を向けていた。ドMなあいつのことだ、この瞬間を楽しみにしていたのだろう。だがそうなる事は予想済みだ。

 

「ごめんねダクネス。今日は大人しくしてもらうよ『バインド』」

 

「クリス?! だがこの程度の縄など本気でもがけば少しくらい…」

 

 悪いがそのためにあらかじめドレインタッチで体力を吸っておいたのだ。あれだけ吸ったのならクリスでも抑えられる。めぐみんも雪の下。問題児二人の行動は既に封じているのだ。

 

 クリスの話によると冬将軍は雪精の親玉でそれを討伐していると現れるそうだ。当然自分の子分を倒している冒険者を殺そうとするが、礼を尽くして謝れば寛大な冬将軍は見逃してくれるそうだ。

 見るとクリスはうまくダクネスを抑え込んでいるようだ。冬将軍もそちらには目を向けていない。

 土下座をするだけで見逃してくれるとはなんとも美味しいクエストだ。お望みとあらば何度でもこの頭を地につけよう。プライドなど金の前では些事にすぎない。

 

 

 

 

 

 そんな事を考えていたのがいけなかったのかもしれない。

 十数メートル離れた場所にいる冬将軍はその腰の刀に手をかけた。俺も頭を下げないと、そう思った瞬間。冬将軍の体がブレてその姿を消した。

 俺は慌ててその姿を探した。だが何故か首が回らずその代わりに視界がズルリとずれる。俺の横でキンと音が鳴った。その正体を確認することもできず視界一杯に雪原の白が広がる。

 そうしてようやく自分が何をされたのかを理解した。

 達人に切られた者はその事実に気付かないとは聞くがそれはどこまでを指しているのだろうか。死ぬまで? それとも数秒間? まあそんな事死ぬ人間には関係ない話だが。少なくとも俺は意識が消える前には気付いたようだ。

 自分の体が赤く染め上がっていく様とその横に立つ鬼を見ながらそんな事を考えた。

 

 冬将軍は"きちんと礼を尽くした者“を見逃すのだ。なら邪な思いを抱いていた俺は許されるはずないだろうに。

 そんな考えを最後にして俺の意識は途切れた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

「はっ?!」

 

 意識が覚醒した俺は慌てて首を触る。

 

「ちゃんと…繋がってる」

 

 さっきの出来事はただの夢だったのか。そんな希望的観測が頭をよぎる。だけど自分がいるこの謎の場所の既視感に気づいた時その淡い思いは消え去った。ここは俺が初めて彼女に会った場所によく似ている。

 

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたは先程、不幸にもなくなりました。あなたの生は終わってしまったのです」

 

 俺が落ち着くのを待っていたのだろうか。目の前の椅子に座る青髪の少女がそう告げてきた。

 

 そうか俺は、死んだのか。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 雪原に真っ赤な花が咲いている。

 その赤は命の躍動感でも表しているのか腹立たしいほどに鮮やかだった。そこには既に生は無く、ただただ静が佇んでいる。

 

 それ見るのが初めてというわけではない。地上を眺めていた時に何度も目にした光景だ。そして女神としてその魂達を次の人生へ送り出してきた。悲しみはあれどどこか慣れてしまっている自分がいた。

 

 だけどこんなにも。こんなにも心が揺り動かされたのは初めてかもしれない。先程までの彼の姿を思い返すと頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

 彼だった物に近づく。

 蘇生の制限…。天界の規定…。近くにいる彼女…。そんなことは知らない。知ったことじゃない。そんな物は彼を助けない理由になりえない。

 彼にはまだ生きていて欲しい。私の胸のうちにあるのはただそれだけだ。

 

 

 

 

 




借金からも死からも逃れられない。

唐突にシリアスをぶち込むのは作者の癖です。
冬将軍って謝罪すれば許してくれるのなら割と緩いんじゃね、そんな楽観的思考は首チョンパされました。
カズマさんのせいで残酷な描写タグをつけなければならなくなった。


クリスの冬服って探しても見つからなくて、なら別の作品を参考にしようと盗賊でググるとみんな薄着で参考にならないというオチ。仕方なく普段の服装のマイナーチェンジとなりました。

ここから先数話は真面目な雰囲気になります。たぶん。


読んでくださった皆様に感謝を。

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