この素晴らしい世界でエリス様ルートを 作:エリス様はメインヒロイン
目の前で暖炉の火がパチパチと燃えている。現代の日本では電気式暖炉なんてものがあるらしいが、もちろんこの世界にそんなハイテクなものは存在しない。中世ヨーロッパを思わせるこの光景にここが異世界なんだなと実感させられる。
俺はその火をぼんやりと眺めながら、たまに薪を足したり火かき棒で灰をぐるぐるとかき混ぜたりしながらぼーっとしていた。
数日前、屋敷をタダで手に入れた俺達パーティーは危険な冬のクエストを受けるのやめて、各々バイトなり内職なりをして借金返済の金を稼ぐことにした。
夜型の俺は毎晩高時給で門の監視の仕事をしている。今は昼間なので一階の居間にある暖炉前のソファーを独占してゴロゴロしているところだ。
「カズマさん、もう少し詰めてください。私も暖炉の火に当たりたいです」
「ん? ああ、エリスか。残念だが今はカズマさんが夜勤のための英気を養っているところだ。ここは諦めてさっさとバイトにでも行ってくるんだな」
屋敷での彼女は人目につかないということもありエリスの姿で過ごすことが多くなった。本人曰くこの姿の方が落ち着くとのことだ。少し前まで正体を隠していたことを考えると随分と窮屈な思いをしていたのだろう。いつも着ている修道服のようなドレスや頭のベールを脱いでラフな格好で過ごしている。
「今日のシフトは夕方から、つまり私もお仕事のために暖炉に当たる権利があるというわけです。というわけで、えい!」
エリスは無理矢理俺の体を押しやって自分のスペースを確保してきた。なんて横暴な女神様なんだ。
「この一番暖かいポジションにふさわしいのはパーティーの稼ぎ頭であるこの俺だ。そのことに感謝しつつ早く場所を明け渡すんだ。お前が座ったらゴロゴロできないだろ」
「もう。そんなこと言うならお店でもらってくるお酒、もうわけてあげませんよ。ただでさえアンナが勝手に飲んで少ないんですから」
「む、それを引き合いに出されたのなら仕方がない。この場所に座るのを許可してやろう」
エリスは以前と同じくギルドの酒場でバイトしている。この時期は冒険者達が働かずに呑んだくれているので人手が足りないそうだ。冒険者達のセクハラを軽くあしらう彼女は重宝されていると聞く。
「それで、俺は一度しか見てないがその幽霊少女は今何してんだ?」
「物体が素通りできる幽霊の特性を活かして、カズマさんの胸を腕で貫いてハートキャッチごっこしてますよ」
「こええよっ! 見えないからって調子に乗りやがって!」
胸の前の空間を手で振り払うが当然空を切るだけで何も起きない。居間に入ってきためぐみんはその光景を呆れたように見てきた。
「随分と暇そうですね。そんなに暇なら私と爆裂魔法を撃ちに行きましょう。最近クエストに行かないので日に日にストレスが溜まっているのです」
「何言ってんだよ。お前がここ数日、街の近くで爆裂魔法撃ってるの知ってんだからな」
「あれは違います。街の近くで全力で爆裂魔法を撃つと守衛さんに怒られてしまうので、最近は出力を抑えたり着弾点の精密性をコントロールできるよう訓練しているのです。まあそれでも怒られますけど。……ですが…」
「ですが?」
「そんな半端な物は私が目指す爆裂魔法じゃないんです! もっとこう理不尽なまでの圧倒的な火力が爆裂魔法のロマンなんです! 全力で撃たないと私の衝動は満たされないのです! というわけでカズマ、早速爆裂散歩に行きますよ!」
「お前の熱い気持ちはよーく分かった。その思いが叶うこと、この暖炉の前で願っててやるよ。それじゃあいってらっしゃい」
「他の人に迷惑をかけたらダメですよ。それと今日は寒いですから風邪をひかないようしっかりと着込んで行ってくださいね」
「く、二人とも人を子供扱いして。まるで子供の面倒を見ない駄目な父親と、外に遊びに行く子供を見送る母親のような態度です」
誰が駄目親父だ、この爆裂娘め。俺は子供の面倒を見るのはそんなに嫌いじゃないんだぞ。
雪が積もった街中を俺とめぐみんは歩く。当初は爆裂散歩を断っていたが、結局なんやかんやあって付き合うことになってしまった。
「やっぱり寒いな。もう門を出た後で適当に撃って帰ろうぜ。守衛さんに怒られたら俺も一緒に謝ってやるからさ」
「それではいつもと変わらないじゃないですか。そんな何もない場所に撃っても私の破壊衝動は満たされません」
「ついにテロリストじみた発言しだしたな。ここら辺はお前が爆裂魔法で吹っ飛ばした場所なんだからあんまり変な発言は控えろよな。石投げられても知らんぞ」
「その時はその石を全力で投げ返すだけです。けどそんな恨み言を言ってくる人には会いませんよ。なんなら街を救ってくれたお礼としてお菓子を貰ったりしてますから」
それは子供扱いされてるだけではないだろうか。面倒なことになりそうなので口にはしないが。
それにしても街の住人は感謝しているのなら借金の取り消しとか考えて欲しいのだが。
「『エクスプロージョン』っ!!」
めぐみんの杖から放たれた光が丘の上にある半壊した廃城に着弾、発光、爆裂した。ただでさえボロボロになっていた廃城がさらにコナゴナになっていく様は見ていてすっきりする。これが破壊衝動なのか。
「ふっ…。カズマ、今日の爆裂魔法は何点ですか?」
爆裂魔法を撃った反動で雪の上にうつ伏せで倒れているめぐみんが尋ねてくる。
「四十点」
「なっ?! 今日のは自分で言うのもなんですが中々の高得点だと思ったのですが」
「確かに威力は中々のものだった。それに加えて廃城に積もった雪が爆風で吹き飛ぶ様は白い蕾が花開くような美しさがあった。それだけを考えたら九十点はあっただろう」
「なら、どうして…」
「減点の理由はただ一つ。こんな寒い日に無理矢理俺を連れてきたこと。それでマイナス五十点だ」
「そんな理由は納得できません! 厳格な採点を要求します!」
わざわざ付いてきてやってるのに文句の多い奴だ。俺はめぐみんの抗議を無視しつつ彼女を背中に背負う。
「じゃあもう帰るぞ。お前も明日からはバイトするなり内職するなり借金に貢献することしろよ」
「内職なら一つやっておきましたよ。革袋作りのやつです」
「…まじか。お前いつのまにやってたんだよ。あれ結構な量があっただろ」
「実家に手のかかる妹がいましてね。外に遊びに行くたびに服のどこかを破ったりするやんちゃな子でした。そのおかげで縫い物には慣れてるんですよ」
めぐみんの意外な一面を見た。そういえばこの間の料理も手慣れていたし家庭的な面があるのかもしれない。まあ普段の爆裂バカがその全てを台無しにしているが。
また別の日。
俺は絨毯の上に寝転がってうちのペットことちょむすけをもふもふしていた。人懐っこい漆黒の魔獣は俺の手の中で大人しく撫でられている。おやつとして煮干しを与えると旨そうに食べる姿は我が家の癒しである。
ちなみにこの世界の煮干しは原材料の小魚をすっ飛ばして煮干しとして海を泳いでいるそうだ。何故調理済みの魚が生きて泳いでいるのか甚だ疑問だが気にしたら負けだ。
そんな俺と黒い毛玉の触れ合いをエリスは不満そうな顔で見てくる。
「どうしてカズマさんにはそんなに懐いてるんでしょう。私が触っても引っ掻いてくるだけなのに。私だって少しくらい撫でてもいいじゃないですか」
「動物ってのは賢い生き物だ。人間が考えている以上に相手の本質を見抜いてるんだよ。つまり心優しいこの俺に懐くのは必然だったわけさ」
「それだと嫌われてる私は乱暴者なんでしょうか…。というかその猫本当に猫なんですか? アンデッドや悪魔とは違いますけど何かただならぬ気配を感じるんですが」
「自分が懐かれてないからって酷いこと言うな。こんな愛くるしい生き物がそんな得体のしれないものなわけないだろ」
だがふと思い返すと、こいつは確かホーストという悪魔に狙われていたはずだ。それに背中に変な羽生えてるし。まさか本当にただの猫じゃないのか。
そんな俺の疑念が現実になるようにちょむすけはふわりと宙に浮いた。
「エ、エリス! 飛んだぞ! ちょむすけが飛んだ!」
「ああ、それはアンナがポルターガイストで浮かしてるだけですよ。猫と地縛霊、どちらが上かはっきりさせようじゃないか、ですって」
見るとちょむすけは慌てたように足をバタバタさせているだけで自分で飛んでいるわけではないようだ。ちょむすけがただ猫かどうかはともかく、我が家のヒエラルキー最下層はあのしっこくのまじゅうに決まったようだ。
「お前達、暇なら家事を手伝ってくれないか。私一人に押し付けるのは同じパーティーを組む者としてどうかと思うぞ」
先程から一人部屋の掃除をしていたダクネスが文句を言ってきた。
「うるさい。文句を言う暇があるならバイトの一つでもしてこいよ。まあどうせ一日でクビになるんだろうがな」
「くう…。いつもならご褒美の罵倒だが今回は自分の情けなさで嬉しくない…」
その不器用さからどんなバイトも一切できないダクネスには我が家の家事を任せている。まあ、任せたと言っても掃除と洗濯ぐらいなのだが。その二つも始めは経験がないからと散々なものだった。
「言ってくれれば手伝いますよダクネス。それで私は何をすればいいですか?」
「助かるよ。そうだな、エリスにはトイレ掃除を頼みたいんだが」
手伝いを申し出たエリスは微妙な顔をして固まった。手伝うとは言ってもトイレ掃除なんて率先してやりたい場所ではないだろうに。
「お前は仮にも自分が信仰してる女神にトイレ掃除をさせるのか。幸運の女神改め、トイレの女神にでもしたいのか」
「え…? いやそんなつもりはないが…」
「無意識でもなんでもお前のその行為は女神エリスを侮辱する行為だ。この背教者め! 恥を知れ!」
「す、すまないエリス! いやエリス様! 友人という関係に浮かれて扱いを蔑ろにしてしまった! 確かに女神相手にトイレ掃除を頼むなんてふざけた話だ! 許してくれ!」
「エリス様、この者に然るべき罰をお与えください。具体的にはこれからはメイド服を着て家事をこなすよう言ってやってください!」
「やめてください! 別にトイレ掃除だからって気にしてませんから! カズマさんもダクネスに変なことを吹き込まないでください!」
もう少し押せば行けそうだったのにエリスに止められてしまった。惜しいことをしたな。
またまた別の日。
その日の俺は仕事を終えた疲れにより深い眠りに落ちていた。
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目の前の幽霊少女が退屈そうに私の作業を眺めている。テーブルの上に寝っ転がる姿は行儀が悪いのだが幽霊だから問題ないとの一点張りだ。始めは物珍しげな顔をしていたが、地味な作業だと気づいて今はこんな感じになっている。
私が居間で内職の水晶磨きをしているとめぐみんがやってきた。
「おや? カズマがいませんね。エリス、どこに行ったか知りませんか」
「カズマさんなら部屋で寝ていますよ。なんでも昨日の夜はカエルが門の辺りまで近づいてきてその討伐で疲れたそうです」
「まったく、カエル如きに軟弱な人ですね。しょうがないので今日はエリスにしますか」
「?」
「『エクスプロージョン』っ!」
めぐみんの杖から放たれた光が丘の上にある廃城、というより瓦礫の山に着弾、発光、爆裂した。すでにコナゴナになっていた瓦礫の山がさらに理不尽な力でチリも残さず吹き飛ばされる様はどこか哀愁を感じさせる。何故このような無益な破壊活動が行われているのだろうか。
「ふっ…。クリス、今日の爆裂魔法は何点ですか?」
爆裂魔法を撃った反動で雪の上に仰向けに倒れているめぐみんが尋ねてくる。
「そんなこと聞かれても分かんないよ。…だいたい八十点くらい?」
「ほう、その点数にした具体的な理由を聞いてもいいですか。あれを見て思った感想を素直に言ってくれるだけで構いませんから」
「具体的にって言われても…。あんなにボロボロの瓦礫の山を爆裂魔法でさらに吹き飛ばす意味ってあるのかな」
「つまりクリスは何故人は爆裂魔法を撃つのか、と問うているのですね。中々哲学的な感想です。その答えは一つ。そこに爆裂魔法があるからです!」
いつからそんな大層な話になったのだろうか。というか普通の人は爆裂魔法なんて撃てないし撃ちたいと思ってない。今日のめぐみんはいつも以上に訳がわからない。
「ほら、何でもいいから帰るよ。いつまでもそんな格好じゃ風邪ひいちゃうからね」
私は雪に埋もれためぐみんを背負って帰路についた。
「さすがは女神と言うだけありますね。カズマには劣りますがクリスも中々にいい着眼点を持っています。これから精進すればきっとカズマにも負けない爆裂ソムリエになれますよ」
「褒められてるのに全然嬉しくない。爆裂ソムリエってなんなのさ…。後あんまり外で女神うんぬんの話はしないでね。まあ信じる人なんていないだろうけど」
そういえばめぐみんに関して、以前カズマさんから聞いた話で気になっていたことがある。
「ねえ、こないだカズマ君から聞いたんだけどさ。めぐみんはいつからあたしがその…あれだって気付いてたの?」
「あれとは何ですか? …ああ女神のことですか。わかりづらいのではっきりと言ってください」
人がぼかして喋ってるのにお構いなしのようだ。まあ今は周りに人がいないし気にしすぎる必要はないだろう。
「そう、あたしが女神だってこと。あたしとカズマ君で頑張って隠してたのによく気付いたなって思って」
「…それは本気で言っているのですか? 側から見たら怪しさ満点でしたよ」
そんな可哀想な人のように語られる謂れはないのだが。そんなに言うのならその怪しかった所とやらを聞いてみようじゃないか。
「あのホーストという悪魔と戦った時。いくら相手が目が見えてないからといって、クリスが一人であの悪魔を抑えていれたのは明らかにおかしいじゃないですか」
「…はい」
「リッチーであるウィズに対してもその正体に気づきながらも躊躇せずに切り掛かって行きましたし」
「…はい」
「そもそもカズマはことあるごとにエリス、エリスと叫んでましたよ」
「…それはあたしのせいじゃないね」
まだまだ怪しい点はあったそうだがもう十分なので止めてもらった。というかこれ以上は恥ずかしい。自分が思っていた以上にボロが出ていたようだ。
「まさかめぐみんがこんなにも鋭い子だったなんてね。さすがのあたしも見抜けなかったよ」
「あなた達二人が抜けているだけですよ。まあパーティーの仲間として近くで見てたから気づいたことも多いですからね。他の人は気付かないと思いますよ」
そのフォローに少しだけ安心する。私が女神だということは軽々しく広めてよいものではないのだから。
「ん? でもその話を聞く限りだとめぐみんはパーティーに入る前からあたしに何かあるって気付いてたんだよね。そんな怪しい人がいるパーティーによく仲間になろうって言ってきたね」
「まああの時は他にパーティーを組んでくれそうな人達はいませんでしたからね。それにあなた達と一緒なら楽しそうだと思いましたし」
普段は爆裂魔法のことしか考えてないめぐみんが楽しそうだったからと意外な理由を言ってきた。その普段見せない一面に少しからかいたくなってしまった。
「ふふっ。めぐみんも中々可愛いこと言うね。そっかー、あたし達はそんなに魅力的なパーティーに見えてたんだ。これはカズマ君達にも教えてあげないと」
「ほう、それは困りましたね。カズマのことです。この話を聞いたらきっと私をからかってくることでしょう。そうなる前にその軽そうな口を塞いでおかないといけませんね」
「…ねえめぐみん。気のせいかさっきから腕のチカラが強くなってきてるんだけど…。そんなに強くしがみつかれると息苦しくなってくるんだけど…」
「気のせいじゃないですよ。意図的に絞めてますから」
その後、他の二人には喋らないということを約束してどうにか事なきを得た。
めぐみんと爆裂散歩から帰ってきた後。暇を持て余した私とダクネスは以前から興味があったボードゲームにいそしんでいた。聞くところによると王都で人気のある対戦ゲームだそうだ。駒は冒険者の職業やモンスターをモチーフにしたものが使われていて、それぞれに特殊な能力がある。
「このマスにアークプリーストを移動。一旦後ろに下がって様子見です」
「甘いぞエリス。ジァイアントトードは前方三マスまで舌が伸びるんだ。アークプリーストを捕食」
「ああ?! 能力が高いアークプリーストがカエルなんかに負けるなんて! ならこのオーク兵を前進させて王様を包囲します」
「む、仕方ない、クルセイダーをオーク兵の前にテレポート。これで三ターンの間クルセイダーはオーク兵を釘付けにする。つまりその間は嬲り物にされると言うことだ。くっ…盤上のこととは言えなんて羨ましい!」
「引っ掛かりましたね! ダクネスならそうくると思ってましたよ!その隙にこのとっておきのドラゴンを王様の前に飛翔して移動。チェックです!」
「なら王様でドラゴンを両断だ」
「ちょっとダクネス?! なんでドラゴンが王様に一撃でやられたんですか?」
「何を言っている。王族なんだ、強いに決まっているだろう」
「それはそうかもしれませんけど! なんで変な所でリアリティがあるんですか! このゲームおかしいです!」
「ルールブックに書いてあるんだから仕方がないだろう。これでお前の駒も残り僅かになったな。どうやらそろそろ決着がつきそうだ」
「うう、でもこの冒険者さんなら、冒険者さんならきっとなんとかしてくれます」
「その冒険者はあっさりやられそうだからと最初から使ってなかった駒じゃないか」
結局そのボードゲームは経験者であるダクネスの圧勝で終わった。今度めぐみんに必勝法を教えてもらおう。
「ダクネス、次はポーカーがやりたいです。ババ抜きでもいいですよ」
「運が絡む勝負でお前に勝てるわけないだろう。ほら、これでも飲んで機嫌を直せ」
勝負に負けて不機嫌な私にダクネスは紅茶を淹れてきた。琥珀色で満たされたカップが柔らかい香りを放っている。
「いただきます。…やっぱりダクネスの淹れる紅茶は美味しいですね。私も自信はあるんですがここまで美味しいものは中々淹れられませんね」
「何、コツは手間暇を惜しまないことだ。事前にカップを温めたり茶葉に湯を注いだらじっくり蒸らす。細かな積み重ねが美味い紅茶の秘訣だよ」
ダクネスが珍しく自信ありげに語っている。その様子に少し笑ってしまった。
「どうしたんだエリス? 急に笑い出したりして」
「いえ、大したことじゃありません。…ただこうしてダクネスと自然にお茶しているのが可笑しくて。少し前には考えられなかったことですから」
私の言葉を聞いてダクネスも薄く微笑んでくる。
「これからはいくらだって付き合ってやるさ。そうだな、次はカズマとめぐみんも誘ってみようか」
「それはいいですね。その時は私がお茶を淹れますよ。水の女神が満足する紅茶を皆さんに振る舞ってあげます」
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ふと目を覚ますと、そこにはようやく見慣れてきた天井があった。窓の外は暗く既に夜が訪れていることを教えてくれる。
そろそろ仕事の時間だなとベッドから体を起こしたが、今日から三日程休暇をもらったことを思い出した。それならこのままもう一眠りしてしまおうか。そんな自堕落なことを考えていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「カズマさん起きてますか?」
この声はエリスだろう。俺が寝ていることを考慮してか控えめな声で尋ねてくる。
「ああ、さっき起きたばっかだよ。部屋の前にいるのもなんだし、入ってきていいぞ」
俺の返事に失礼しますとエリスが部屋に入ってきた。今の状況が女の子が自分の部屋に訪れるシチュエーションだと気付き少しだけ胸が高鳴る。
「それで、どうしたんだ? 夕飯にでも呼びにきたのか」
「いえ、特に急ぎの用事があって尋ねたわけではないんですけど…」
用事がないのなら何をしにきたのだろう。俺が不思議そうな顔をしていると。
「以前一緒の部屋に泊まってた時は毎日二人でお話ししてたじゃないですか。なので久しぶりにどうかなって思いまして。…ご迷惑でしたか?」
そんな可愛らしいお願いをしてきた。おそらくは無自覚なのだろう変な期待を抱いてしまいそうだ。俺は動揺を悟られないように自然に返事をする。
「ああ構わないぞ。今日は一日寝て過ごしちまったからな。面白い話を期待してるよ」
「そんな大した話はありませんよ。そうですね、何から話しましょうか…」
そうしてエリスはベッドに腰掛けながら今日の出来事を話し始めた。めぐみんに爆裂散歩に付き合わされただの、ダクネスとボードゲームでコテンパンにされただの。いつも通りの日常を、楽しそうに彼女は語る。
「…それでめぐみんさんがパーティーに入ったのは……この先は言ったらダメなことでした。忘れてください」
「いや、そこで切られたら逆に気になるだろ。めぐみんが何だって? 大丈夫、俺は口が固い男だ。ちょっとぐらい喋ってみろって」
「そんな悪い顔をした人には教えられません。乙女の秘密に踏み入ると痛い目にあいますよ」
「せっかく面白そうな話が聞けると思ったのに。まったくエリスはケチだなー」
二人で今日の話をしている最中。何を思ったかエリスはまじまじと俺の顔を見つめてきた。
「なんだよ、そんな俺の顔をじっと見て。もしかして俺の顔に見惚れたか?」
「あ、別にそういう訳ではないのですが…」
冗談で言っただけだからそんな困ったように頬を掻かないでほしい。素直な反応が一番傷付く。
「カズマさんって最近この姿の私にも気安くなりましたよね。以前はもっとこう、丁寧な感じで話してたんですけど」
「ん? …確かに言われてみればそうだな。嫌だったか?」
「いえ、私としては今の気安い感じの方が好きですよ。ただどうしてかなって少し気になってしまいまして」
どうして、か。正直自分でも覚えがない。いつのまにか今の口調の方がエリスにはしっくりくると感じたからそうしているだけだ。それをどうにか言葉にするのなら。
「なんか…エリスのことをあんまり女神っぽくないって感じてきたから…かな?」
「…カズマさんは神罰がお望みなんですか?」
急にエリスが冷ややかな声で尋ねてくる。どうやら選択肢をミスったらしい。俺の幸運が高いのなら地雷ワードくらい回避してくれないだろうか。
「以前も私が幸運の女神だということを疑ったり…。あなたには女神がいかなる者なのか教えてあげないといけませんね」
「すんませんでした」
俺は速攻で土下座をした。別に何が悪かったのかは分かっていないが取り敢えず謝っとけと俺の敵感知が命令してくる。
「はあ…もういいです。いつまでもそうしてないで顔を上げてください。今回は許してあげますから」
土下座ること三十秒ほど、ようやくエリスからお許しが出た。以前からかった時もご立腹だったことを踏まえるに、女神というのは彼女なりに譲れないところがあるのだろう。
それにしても今後は接し方を変えた方がよいのだろうか。
「それで、口調とかも元に戻した方がいいのか? 俺としては今更戻すのは面倒なんだが」
俺の言葉にエリスは少しだけ逡巡したが笑みをたたえて返答してきた。
「それは…いえ、今のままで構いませんよ。私は女神として敬ってほしいというわけではないですし。それにさっきも言いましたけど、今の砕けた感じで接してくれるあなたが好きですから」
「お、おう。お前がそう言うなら、そのままにしておくよ」
エリスの言葉に耐えきれなくなって目を逸らす。そういう意味じゃないと分かっている。分かってはいるが童貞な俺にあなたが好き、なんて言葉に耐性があるわけがない。
「どうしたんですか、急に顔を背けたりして。それに耳が赤くなってますよ」
この女神、どうやら確信犯のご様子。口元の笑みを隠す気もないようだ。先程の仕返しのつもりらしい。
「おいカズマ、夕飯ができたぞ。そろそろ起きたらどうだ」
ダクネスが部屋のドアをノックする。今度こそ夕飯の誘いのようだ。
「行きましょうか、カズマさん。二人が待ってますよ」
エリスはベッドから立ち上がり俺を誘う。今回は彼女の勝ち逃げで終わるようだ。どうもこの手の空気になると彼女に好き放題からかわれてしまう。なんとも意地の悪い女神様だ。
だけども。そういうのも悪くないと思い始めている俺もたいがいなのだろう。
「なんだエリス、お前もいたのか。…はっ! まさかカズマと二人きりで何かいかがわしいことを…」
「おい変態クルセイダー。お前が一人で何を妄想しようと構わんがそれを俺達に押し付けるな」
「ほら、二人とも早く行きますよ。短気なめぐみんを待たせると何をするか分かりませんからね」
「聞こえてますよエリス。そんなことを言われたら、短気な私はエリスのおかずをたいらげてしまうしかないですね」
こうして今日も騒がしくも退屈しない、いつも通りの一日が終わる。
今回は屋敷を手に入れてからの日常回です。
エリスとめぐみんの絡みがあまりないのでその補完も兼ねてます。早く本編を進めたい気持ちとキャラ同士の関係をしっかりと書いておきたい気持ち、今回は後者が勝ちました。でもさっさとあの機動要塞ぶっ壊したい。
読んでくださった皆様に深く感謝。