この素晴らしい世界でエリス様ルートを   作:エリス様はメインヒロイン

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なんか書いてたら二万字超えそうだったので久しぶりに分けます。


この素敵な夢に祝福を♯1

 目を覚ますと窓の外の陽は随分と高く昇っていた。あの位置ならおそらく正午は過ぎているだろう。俺は温まった布団を名残惜しみながらも手放し部屋を出た。

 

「おーい、もう昼じゃねえか。なんで誰も起こしてくれなかったんだよ。せっかくの休日なのに損した気分じゃないか。…ってあれ?」

 

 俺は連日の夜勤は体調に支障をきたす、というもっともな理由で休暇を貰っていた。久しぶりの休みを楽しみにしていたのだが、起きてみると家には誰もおらず書き置きが一つ置いてあった。

 書き置きを書いたのはエリスなのだろう。その内容は、俺を起こしに来たがよく眠っていたのでそのままにしておいたこと。めぐみんとダクネスは二人で爆裂散歩に行ったこと。エリスもバイトがあるのでもう家を出ること。申し訳ないが昼食は自分で用意してほしいとのこと。

 

「俺一人分なら昼飯は用意できるけど…」

 

 閑散とした屋敷に俺の独り言が吸い込まれていく。めぐみんが連れて行ったのだろう、ちょむすけもいないようだ。誰もいないこの屋敷はいつも以上に広く感じる。

 はい、率直に言って寂しいです。俺は屋敷で一人昼食や内職をする気にはなれず、外に出ることにした。

 

 

 

 雪が積もった街中をぶらぶらと歩く。吐き出した息は白く染まりそして霧散する。なんとも物悲しい光景だ。

 昼食はギルドで取ることにした。あそこならバイト中のクリスや知り合いの冒険者達がいる。暇するなんてことはないだろう。酒を飲んだりして出費がかさむだろうが久しぶりの休みだ、少しくらい羽目を外してもいいだろう。

 それにしても街を歩く人影が少ない。まあわざわざこんな雪が積もった中を出歩く奴はいないのだろう。これで喜ぶのは子供と犬と後はウチの変態クルセイダーぐらいだ。……最後の一人のせいで微笑ましい光景が台無しになってしまったな。

 俺が脳内で不審者を想像したからだろうか。街中で不審な動きをする二人組を見つけた。というかあれは…。

 

「ダストとキースじゃないか。お前らこんな所で何やってるんだ?」

 

「「おわぁっ?!」」

 

 路地の奥をチラチラと覗き込んでいた二人は大げさに驚いた。いかにもやましいことをしていました、といった感じだ。

 

「なんだよカズマか。びびらせんなよな、まったく」

 

「ダストの言う通りだ。カズマは相手を気遣うことを覚えた方がいいぞ、まったく」

 

「なんで普通に声かけただけで説教されなきゃならんのだ」

 

 この二人の男はダストとキース。この街で俺と同じく冒険者をしているやつらだ。金髪がダストで黒髪がキース、こいつらと後二人のメンバーでパーティーを組んでいる。

 日頃の行いを見ていると本当に冒険者なのか疑わしくなってくるこの二人。新人を見つけては高圧的に絡みに行く姿勢はまさにチンピラのそれだ。

 そんな二人に初めて会ったのはスキルを教えてもらいにいった時だ。その時の礼も兼ねて時々飯を奢ってやったりしている内に歳が近いこともありよく話すようになった。まあダストの方は俺にたかりにきてるだけな気もするが。

 

「それにしてもカズマに会うのも久しぶりだな。どうだ、今から一杯?」

 

 ダストが酒をあおるような仕草で飲みに誘ってくる。

 

「飲むのは構わないが今日は奢ってやったりはできないぞ。手持ちがあんまりなくてな」

 

「どうしたんだ? 前会った時は結構羽振りが良かったのに」

 

「いやな、最近馬鹿みたいな額の借金背負わされて。今はそれの返済で手一杯なんだよ」

 

「あー、だから最近酒場でお前を見かけなかったんだな」

 

 キースは納得がいったような顔をしている。以前会った時はホースト討伐の賞金やキャベツ狩りで懐が潤ってたからな。あの頃の俺はこんなことになるなんて夢にも思ってなかったよ。

 俺の話を聞いてダストが腹を抱えて笑い出した。

 

「あっはっはっは! 借金持ちだなんて笑えるなカズマ! 幸運の女神様にでも嫌われてるんじゃないのか? まったくしょうがねえな、今日はこのダスト様が出してやるよ!」

 

「おい、借金についてはお前も俺と大差ないだろ。……っていうかお前最後なんて言った?」

 

「ああ? 今日は俺が奢ってやるって言ったんだよ」

 

 こいつは何を言っているんだ? 異常事態だ。キースを召集、事情を聞くことにした。

 

「おい、ダストのやつ一体どうしたんだ。常日頃から金がないだの借金がヤバイだのぼやいてて、いつもこすい手で儲けようとしてるあいつが人に奢るだって? 頭をハンマーでぶん殴られたのか? それともヤバイ薬にでも手を出したのか? 槍でも降ってくるんじゃないのか?」

 

「気持ちは分からんでもないが落ち着けカズマ。ダストのやつ今日は珍しくついててな。賭場で大勝ちしたんだよ。借金もあらかた返して今はウハウハってところだ。……まあ俺も今日のダストは偽物なんじゃないかと疑ってるんだが」

 

「おいお前ら聞こえてんぞ。俺が誰かに金出すのがそんなにおかしいのか?」

 

「「うん、おかしい」」

 

「即答かよ……」

 

 だがそういう事情なら遠慮なくダストにご馳走になろう。ちょうど俺も暇していたところだ。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 冒険者達が集うギルド、そこに併設された酒場は今日も賑わっている。その職業柄、命の危険が付き纏う冒険者稼業。だがそんなの知ったことかと今日も彼らは騒ぎに騒ぐ。

 郷に入れば郷に従え。俺達も周りの奴らと同じように好きに騒ぐとしよう。

 

「なーにが借金だ! 街を救ったのは俺だっていうのに? 壊した分は弁償してください? ふざけんのも大概にしろよな!」

 

「いいぞカズマ! そのまま借金なんか踏み倒しちまえ! どうせ貴族のお偉いさん方は無駄に金蓄えてんだ、気にするこたぁねえ!」

 

「ダストの言う通りだ! 領主の太ったおっさんはケチくさいので有名だ、あの腹にたんまりと金蓄えてるだろうよ!」

 

 郷に入って好き放題に不平不満を垂れ流しました。あー、愚痴を吐き出すのって気持ちいい。冒険者ギルドの職員が複雑な顔でこっちを見てくるが知ったことか。

 

 

 

 酒がいい感じに回ってきた所でキースは愚痴っぽく言ってきた。

 

「それにしても冬場はやることもなし、人肌が恋しくなるよな。まあ綺麗所に囲まれてるカスマには分からん話だろうが」

 

「おまけに屋敷まで手に入れたって? 借金以外はうらやましい限りだぜ。なあクズマ、誰か一人くらい紹介してくれないか? 俺としてはあの金髪のねーちゃんがいいんだが」

 

「おい、人のことをカスだのクズだの好き勝手に呼ぶな。別にお前達が思ってるようなことは何もないぞ」

 

 始めは借金に対して同情的だった二人も屋敷を手に入れたあたりの話から徐々に方向性が変わっていった。表情から嫉妬の念が見られる。

 

「何もないってことはないだろ。あんないい女三人と同じ屋根の下、何も起きないはずはなく。どうせ夜な夜なここじゃ言えないようなことしてるんだろ」

 

「ゲスの勘ぐりはそこまでにしろよ。大体俺はあいつらをそういった目で見てねえよ」

 

「……お前それでも男なのか? じゃあ一体どんな目で見てるってんだよ」

 

 そんな気味が悪い物を見つけたような目で見るなよ。あいつらの見てくれがいいのは認めるが本当にそんなんじゃないんだ。

 

「そうだな…じゃあダストが押してたダクネスからだ。あいつは多少生真面目な所はあるが顔よし、スタイルよし、おまけに騙しやすいときた」

 

「なんだよ、今のところ良い点しかないんだが」

 

「まあ最後まで聞け。そんなぱっと見は完璧に見えるあいつなんだが……その中身はドMなんだよ。それもただのドMじゃない。モンスターの攻撃で昂り、罵詈雑言で頬を染め、男達にエロい目で見られると興奮する。そんなレベルの変態だ」

 

「「うわぁ」」

 

 二人はまじかよ、と言った顔をしている。俺の言わんとすることが分かってくれたようだ。

 

「次はいつもトンガリ帽子をかぶってるめぐみんだ。あいつも顔はいいしなにより家庭的だ。家では基本あいつが飯を作るんだがこれがなかなかうまいんだ」

 

 ダストとキースは茶々を入れずに聞いている。先程の話を聞いてこいつにも何かあると察しているのだろう。

 

「だけどな、あいつは街で噂の爆裂狂いだ。その行動は何よりも爆裂魔法が優先されてる。正直頭おかしい。それに喧嘩っ早いし男勝りだし。そもそもめぐみんは年下すぎて恋愛対象以前に子供にしか見えん」

 

 二人は納得がいった顔をしている。

 

「それじゃあクリスはどうなんだ。あいつも裏だと色々とヤバいのか?」

 

「クリスか。あいつはなあ……うん、ほとんど欠点がないな。かわいいし、面倒見があるし、案外お茶目だったりするし。欠陥だらけのウチのパーティーの唯一と言っていい良心だ。クリスがいなかったら俺は今のパーティー解散して別のやつらを探してたかもしれん」

 

「えらく好評価じゃないか。俺達は惚気なんて聞きたかねえぞ」

 

「分かってるよ。それでそんなクリスの唯一の欠点はな………胸が小さいことなんだよ」

 

 

 俺の言葉に数秒、沈黙が流れる。そして堰を切ったように男三人は笑い出した。

 

「胸が小さいか! 確かにそれは大事だな! さすがはカズマだ、よく分かってる!」

 

「クリスはパッと見男みたいな体してるもんな! さすがに男相手じゃあ勃たねえよ!」

 

「別にそこまでは言ってないぞ! でもこないだデュラハンのやつに小僧とか呼ばれてて、あの時はマジで笑い堪えるのに必死だったからな!」

 

「「「うひゃひゃひゃひゃ!!!」」」

 

 男三人集まって、そこに酒が加われば下世話な話になるってもんです。こんな話はエリス達とはしないからか、つい口が回ってしまった。

 ひとしきり笑った後、ふと前を見ると何故かダスト達が青い顔をしていた。

 

「どうしたんだ、そんな切羽詰まったみたいな顔して。飲みすぎて気持ち悪くなったのか?」

 

「あ、ああ、そうなんだ。久しぶりに飲んだからかな」

 

「カズマには悪いんが俺達はちょっとトイレに行ってくるよ」

 

 そう言い残して二人はさっさと席を立って行った。前はこれくらい平気そうに飲んでた気がするんだけどな。

 そんなことを考えながら酒を飲もうとするとジョッキが空になってることに気付いた。俺が新しいのを注文しようとすると。

 

「新しいお酒が欲しいの? じゃあお兄さん、これあたしからのサービス」

 

 ゴツン、と頭を何か固いもので強く小突かれた。

 

「いってえ?! 誰だ、人が気持ちよく飲んでる時に!」

 

 俺が怒って振り向いた先にいたのは。

 

「そうだね。誰かって聞かれたら、胸が小さくて男の子みたいな人かな」

 

「騙されやすいドMの変態女もいるぞ」

 

「爆裂狂いは許しましょう。だが子供扱いは許しません」

 

 羞恥と怒りで顔を赤くしたクリス、ダクネス、めぐみんの三人娘がいた。クリスの手には先程の凶器と思われるジョッキが持たれている。

 

「な、なんだよ、三人ともいたのか。えっと、今日はみんな用事があるって……」

 

「あたしの用事はここのバイトだからね。まあついさっきまでは裏方にいたんだけど」

 

「私とダクネスは今日の爆裂魔法を撃ち終えてたまたま寄っただけですよ」

 

 俺の運って本当に高いのだろうか。クリスがいつも通り接客してたらあんなこと喋らなかったし。二人もギルドに来るタイミングがドンピシャすぎるし。

 

「……一応聞いておくんだけど……どこから聞いてました?」

 

「あいつらをそういう目では見てない、ってところからかな」

 

 つまり不味いところは全部聞かれてるということですね。

 さて、三人の冷たい視線に晒されている俺だが。別に悪いことをしたわけではない。ただ自分の心の内を正直に言葉にして、それがたまたま三人の逆鱗に触れただけだ。

 俺は理不尽な暴力には断固として屈しない。男女平等を掲げる俺がお前達に頭を垂れることはないと知れ!

 

「すみませんでした!」

 

 決意を固めて五秒で土下座した。確かに今回は俺に非があるだろう。感性は人それぞれとは言え結果として仲間の陰口をしていたわけだ。深く反省しよう。別に三人の視線が恐かったわけじゃないんだからね。

 

「カズマ君の謝罪ってなんて言うか、重みがないよね。こうやって謝られるの何回目だろ」

 

 何を言っている。まだギリギリ両手で数えられる程度じゃないか。

 

 

 

「くそっ、まだ痛むな。クリスももうちょい加減してくれよな、パーティーの大事なリーダーが馬鹿になるぞ」

 

 ジョッキで小突かれた部分に回復魔法をかけながら一人ぼやく。

 クリス達は次はないからねと、初めの一発と土下座で許しくれた。正直かなり寛大な措置だと思う。今回はさすがに悪酔いが過ぎた。酒は飲んでも飲まれるな、これからは気をつけるとしよう。

 三人が帰ってからしばらくすると、裏切り者二人がトイレの方から帰ってきた。

 

「カズマー、無事かー?」

 

「待てダスト。まだあの三人が潜んでる可能性がある」

 

「心配せずともウチのパーティーメンバーはもう帰ったよ」

 

 俺の言葉に安心したのかダスト達は向かいに座り直した。

 先程二人には俺の背後に近づく三人が見えていたのだろう。逃げるのはまあいいとしてせめて一言忠告が欲しかった。

 

「一人で置いて行って悪かったよ、だから無言で睨んでくるな。まあカズマが俺達が想像してたようなことはしてないってよく分かったよ。……そこで一つ相談なんだが」

 

 キースは周りを見渡して勿体ぶるように続けた。

 

「今から話すことはこの街の男冒険者の間だけの秘密だ。信用できないやつに他言はご法度、女冒険者にはたとえ仲間だろうと話しちゃいけない。そういった話だ」

 

 目線でこの先を聞きたいか問うてくる。ここまで聞いたらその先が何なのか気になってしまう。俺は無言の首肯で答えた。

 それを見てダストは周りに聞こえないよう小さな声でその内容を話した。

 

「実はな、この街にはサキュバス達がこっそり経営してる夢を見せてくれる店があるんだ。夢の内容はもちろん…」

 

「皆まで言わずともわかる。さっそく行こうじゃないか」

 

 俺はダストの話を最後まで聞かずに席を立った。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 この街にいる男冒険者とサキュバスは共存関係らしい。男達は欲望の感情、つまり精気を差し出し、サキュバス達はその代価として男の理想の夢を提供する。男達はその夢でスッキリとし、サキュバス達は男の精気を生きる糧とする。お互いに利益がある素晴らしい関係だ。

 今日ダスト達に出会った場所。その近くの路地の奥にその店はあった。見た目は何の変哲も無い飲食店に見える。そのドアを開けると。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 世の中には数多くの女性の美しさを讃える言葉がある。だがここではあえて一言で表そう。めっちゃエロい、と。

 そんな煽情的なお姉さんが店に迎えいれてくれた。店内にも同じような蠱惑的なサキュバスが何人もいた。店の客は当然男性ばかり。男達は欲望に駆られた目で一心不乱に紙に何かを書き込んでいる。

 

「お客様はこちらのお店がどういった所かご存じですか?」

 

 俺達は無言でコクリと頷いた。お姉さんはその返答に満足したのか俺達をそれぞれの席に案内してくれた。

 ダストとキース、同士二人を見る。二人もこちらに視線を向けていた。きっと今、俺と彼らは同じ気持ちなのだろう。これからの期待と一人になる不安が入り混じっているのだろう。

 俺はサムズアップをして二人にエールを送る。彼らも同じように返してくれる。自分を鼓舞するように、相手の幸福を願うように。互いの夢路に幸あらんことを、と。

 俺が席に着くとサキュバスのお姉さんが一枚のアンケート用紙を手渡してきた。夢に関する質問なのだろうがいくつか気になる項目がある。

 

「あの、夢の中の自分の状態、性別と外見ってのは何ですか?」

 

「お客様の中には英雄や王様になってみたいという方もいらっしゃいます。そういう時は状態の欄に自分がなりたいものを記入してください。性別と外見はそのままの意味で、自分が女性になった夢を見ることもできます」

 

 いわゆるTSといったところか。美少女になるのにまったく興味がないわけではないのだがまだ初日だ。そういった特殊なプレイは経験を積んでからにしよう。

 

「それじゃあこの相手の設定ってのは何ですか?」

 

「夢での相手の方の性格、口癖、外見や好感度ですね。細かく書いてくださるとよりお客様のお望みになる相手が現れます。それが実在している人物だろうと構いません。だって夢ですから。お客様の中には自分のパーティーメンバーを押し倒したいという願望の方もいますので」

 

 パーティーメンバーか。つまりドM成分を抜いたダクネスや、十七歳くらいのめぐみんだったり、クリスとエリス二人一緒にだって可能なわけだ。……可能なわけなんだが……なんだろう、これじゃ無い感が強い。

 興奮しないというわけでは無いが何故か忌避感を感じる。というか夢を見た翌日に気まずくなりそうだ。あいつらを夢に登場させるのはやめておこう。

 

「もう質問がないようですので失礼しますね。それではごゆっくり」

 

 俺がいくつか質問をした後、サキュバスのお姉さんはそう言って仕事に戻っていった。未だ空白が多いアンケート用紙と睨めっこする。特に相手の設定の部分が悩ましい。

 サキュバスサービス、正直言って予想以上だった。自分で好きに夢を設定できるなんてこの世界より技術が進んでいる元の世界でも難しいことだ。

 だが自由とは時に苦しい物。なんでもと言われても理想が多すぎて一つに絞ることができない。俺は悩みに悩んだ末、美人でスタイルのいい恥ずかしがり屋のお姉さんと記入した。他の理想はまた次に来店した時に書くことにしよう。

 

「ご来店ありがとうございました!」

 

 俺は料金の五千エリスを支払い一人店を出る。

 ダストとキースはまだ書き終えていなかったので置いてきた。鼻息を荒くし必死にペンを動かす姿に邪魔するのは悪いなと思ったからだ。

 店を出る時サキュバスのお姉さんに住所や本日の就寝時刻を尋ねられた。その時間にサキュバスの方が来て夢を見せてくれるそうだ。

 そして酒等を飲んで熟睡されると夢を見せることができないので飲酒は控えるようにとも言われた。

 俺はその忠告を胸に刻み込み屋敷への道を歩いた。

 

 

  ーーーーーーーー

 

 

 その日の夜。俺が夕食の時間だなと食卓に向かうと、テーブルの上は赤一色に染められていた。

 

「カズマさん、今日はカニですよ、カニ! ダクネスの実家から引っ越し祝いにとこんなに贈られてきたんです! 見てくださいこの真っ赤な甲羅! それにこんな高級酒まで貰っちゃいました!」

 

 昼間のことなど何処へやら、エリスは嬉しそうに酒瓶を抱えながら話しかけてくる。それだけあのカニや酒が上物だということなのか。まあ掘り返されても面倒なので昼間の話題は出さないでおこう。

 しかしカニを食べるなんて随分と久しぶりだ。テーブルにはカニの王様と呼ばれるタラバガニと似た物が並べられている。日本では一杯何千円とするはずだが少なくとも十杯以上はあるように見える。

 

「まさか私の生涯で霜降り赤ガニにお目にかかる日が来ようとは。カズマも早く席に着いてください、私は一刻も早くこのカニを食べたいのです!」

 

「そんなに高級なカニなのか?」

 

「ええ! 私の妹が今の光景を目にしたらものの一分ほどで食べ尽くし『姉ちゃん今の十倍持ってきて』とせがんでくることでしょう! それくらい美味しいと評判のカニですよ!」

 

「カニよりもお前の妹の胃の方が気になるんだけど」

 

 だがめぐみんの様子を見るにこのカニが相当の物なのがわかる。

 そんな興奮した俺達をダクネスは少し呆れたように笑いながら調理されたカニを並べていく。

 

「新鮮な野菜じゃあるまいに、そんなに焦らなくてもカニは逃げたりしないぞ」

 

 ダクネスが席に着いたことで全員が揃い、俺達は早速霜降り赤ガニを食べることにした。

 

 ぱきり、とカニの脚を割る。その中から取り出した身はまるで桜の花びらのような綺麗な色をしていた。俺はそれを醤油に軽くつけ、一口で頬張る。

 うまい。

 カニの旨味が口いっぱいに広がる。身が大きく一口で食べた時の満足感がたまらない。

 自然と手は二本目の脚に伸びていた。これは止まらないな。

 他の皆も黙々とカニを食べている。四人で食べているのにこの食卓に会話はなかった。

 だがそれに文句があるわけじゃあない。モノを食べる時は誰にも邪魔されずに自由で、なんていうか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……。

 俺は再びカニの脚に手を伸ばし、ぱきりと。

 

 しばらくの間カニを堪能していると、隣のエリスがトントンと肩を叩いてきた。何の用だろうと振り向くと。

 

「カズマさ〜ん、ここに火をくれませんか? 今から先輩に教えてもらった甲羅酒を……あれ、カズマさんが二人に見えます?」

 

 顔を赤くしたエリスが不思議そうな表情をしていた。声も普段と比べてよりほんわりとしている。机の上には一人で飲んだのか既に空になった酒瓶が数本置かれていた。

 どう見ても酔っている。別にエリスは酒が弱いわけではないし、普段も自制が利く程度しか飲まない。だからここまで正体をなくした姿は初めて見る。それだけあの酒が彼女のお気に召したのだろう。

 とりあえずエリスの要望通りに目の前に置いてある七輪の炭にティンダーで火をつけてやると、彼女はノリノリで解説してきた。

 

「えっと、先輩に教えてもらったやり方は……まずはここに甲羅を置いてじっくりと炙ります。少し焦げ目がついてきたらお酒を投入! そうしてお酒がちょうどいい温度になるまで待ってから…」

 

 エリスは甲羅を手に取って一口すすり……。

 

「はぁ………おいし」

 

 柔らかい表情でうまそうに一息ついた。

 ゴクリ、と喉が鳴る。エリスの姿を見ていた俺達は早速真似をしようとして、俺ははたと気づいた。

 これダメなやつだ。

 胸に刻み込んだサキュバスお姉さんの忠告を思い出す。酒を飲んだりして熟睡しないようにと言っていたじゃないか。

 ならばここは我慢だ佐藤カズマ。耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ時なんだ。小局に流されるな、大局を見据えろ。

 酒なんて一時の高揚感で終わるような物じゃないか。だが今から見る夢は俺の人生に置いてかけがえのない、初体験と呼んでいい程の一大イベントなんだ。

 

「ふぅ……危ない所だった」

 

 独り小さく息をつく。どうにか衝動を抑え込めたようだ。

 

「うん、確かにこれは美味いな! カニの旨味が染み出ていて味わい深い物になっている! それに甲羅の香ばしい香りと酒の香りがうまく調和しているな!」

 

「そんなことより早く私にもついでくださいよ。人の感想を聞いたところでお腹は膨れませんからね」

 

「駄目だぞめぐみん。これは大人の味だ、お前にはまだ早い」

 

「また私だけ飲ましてくれないんですか! ダクネスじゃあるまいしお預けされても嬉しくないです!」

 

 向かいの席で二人が騒いでいる。だがその喧騒が俺の心をかき乱すことはない。我が心は不動、既に明鏡止水の域に至った。

 

「カズマさんは飲まないんですか、甲羅酒?」

 

「ああ、俺は昼間にダスト達と飲んでたからな。飲み過ぎも体に悪いし今日は遠慮しておくよ」

 

「少しくらいならいいじゃないですか。ほら、カズマさんの分も作りましたよ」

 

 エリスは皿に乗った甲羅を俺の前に置いてくる。カニの甲羅から立つ香りが俺の鼻腔を刺激する。だがそんな誘惑俺には効かん。何者も我が心に踏み込むこと能わじ。

 

「だから俺は大丈夫だって。これはお前が飲んだらいい。さて、それじゃあ俺はそろそろ……」

 

「私のお酒、飲んでくれないんですか?」

 

 俺が席を立とうとするとエリスはシュンとした顔でこちらを見てきた。その顔はやめてくれ。罪悪感がこみ上げてくる。

 俺が波だった心を落ち着かせようとしていると、エリスはカニの甲羅を無言でズイと差し出してきた。どうやら飲まなければ引き下がってくれそうにない。

 仕方がない、一杯だけもらおう。熟睡さえしなければいいんだから寝る前に水でも飲めばある程度酔いも覚めるだろう。

 

 エリスから甲羅を貰い、一口飲んだ。

 ああ、この味はどこか覚えがある。そうだ、あれは確か親戚一同が集まった時。昼間から酒を飲んでいた親戚のおっさん達が、俺に飲んでみろと勧めてきたものに似ている。

 当時子供だった俺はそれが何かもわからずに興味本位で飲んだ。子供の舌には当然酒のうまさなんてわからずに吐き出し、周りの大人達から笑われたものだ。

 あれから何年も経った今、何故あの大人達がこれを好んで飲んでいたのかが少し分かった。

 口の中に酒の甘味とカニの風味がサーっと広がる。温められた酒は少し飲んだだけなのにポカポカと不思議な感じがする。飲みやすい、そして何より美味い。

 気づいた時には既に空になった甲羅を持っていた。

 

「どうです? 美味しいでしょう」

 

 エリスはどうだと言わんばかりに笑いかけてくる。酒のせいかふにゃふにゃとした笑顔になっている。今日は珍しい表情がいくつも見れるな。

 俺が肯定すると彼女はもう一杯と甲羅に熱燗を注ぎ込んでくる。女神に酌してもらうとはなんとも贅沢な話だ。そう思いながら俺は二杯目を口にした。

 そうして三杯目を飲み終えたところで。

 

(って違う! 飲んだらあかんて言うたやろが!)

 

 どうにか正気に戻ってこれた。既に手遅れな気もするが。

 この酒はダメだ。飲み始めたら止まらなくなってしまう。今回はなんとか帰ってこれたがおそらく次はないだろう。

 それに既に三杯も飲んでしまった。早くこの場から立ち去って酔いを覚まさないと。運動して汗をかくとアルコールが抜けると聞いたことがある。そのためにもどうにかここを離れる言い訳を考えないと。

 

「そうだ! 冒険者たる者いついかなる時でも戦えるようにしておかないとな! だから俺ちょっと鍛錬してくる! それじゃあご馳走様ー!」

 

 俺は適当な言葉を一気に捲し立てながら急いで部屋を出た。後ろから訝しげな視線を感じたが今は構ってられない。

 

 

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 雪が積もり真っ白になった庭で独り剣を振るっていた。ポカポカとした体にはちょうどいい温度だが、今はそれどころではない。どうにかして酔いを覚まさないと。

 だが剣を振るっても一向に直る気配はなく、逆に血の巡りが良くなったせいか一段とフワフワとしてきた。

 まずい、どうやって酔いを覚ませばいいのか分からん。こんなことなら日本にいた時にもっと酒について調べておけばよかった。

 水を飲んだり顔を洗ったりもしたが完全に酔いが覚める気配はない。後思いつくことと言ったら。

 

「そうだ風呂に入ろう。ガンガンに冷やした水を浴びて風呂に入ればきっと酔いも覚めるはずだ」

 

 そうと決まれば早速風呂に直行した。

 

 

 

 




徐々に文字数は増えてたけどさすがに二万字はあかんなと思いぶった切りました。後半も近いうちに投稿します。

ダスト&キースです。一応地の文で少しだけ登場はしてました。作者は最近愚か者を読み始めたのでまだいまいちダストのキャラがわかってません。読み終わったらこっちでもちゃんと登場させたいな。

カズマさんって三人娘の夢見るんですかね。アクアはまあないとして、めぐみんには好意を抱き出して、ダクネスはカズマさんの好みドストライク。夢を見る理由はあると思うんですよ。
でも多分見てないんだろなーっていう謎の信頼感がある。

アルハラ女神のエリス様。泣き落としで酒を飲ませてくる。ご褒美か? お酒は飲めない人はマジで飲めないらしいので無理に勧めるのはやめようね。



 カニのシーンはアニメを参考にしながら書いてたんですけど、アニメのカニもタラバガニがモチーフになってると思います。脚の本数とゴツゴツした感じ、ボリュームがある身の感じはタラバガニと特徴が一致してます。
 でもタラバガニのカニ味噌は味が悪いそうなんですよね。それに身の劣化を早めるからあまり流通してないそうな。だから甲羅酒はあまり向いてないんだろうなと思う次第です。
 ちなみにタラバガニはカ二の仲間ではなくヤドカリの一種だそうです。分かりやすい見分け方は脚の本数。足がハサミを合わせて八本なのがヤドカリの仲間、十本がカニの仲間だとか。
 だから霜降り赤ガニや十六巻で出た渡りガニもたぶんヤドカリの仲間だと思います。数えたら八本でした。

 何でこんなどうでもいい雑学書いたかって? 作者が執筆の参考に色々調べてたら無駄に知識がついたからです。創作してると無駄な雑学が増える増える。なんか勿体ないので書きました。
 


読んでくださった皆さんに深く感謝を。
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