一章一節「臭い」
懐かしさを覚える風景。朦朧とした意識の中、誰かがと誰かと一緒に本を読んでいる、そんな感覚を覚えながら聞こえてくる声に耳を傾けていた。
『───友達に腹が立っても、怒りはやがておさまるもの。だが敵に腹が立つと、怒りは決しておさまらない』
『・・・どういう意味?』
『言葉通りさ、友達ならからかわれてもいずれは怒りもおさまる。だけどそれが敵だったり、知らない人だったりすると怒りは絶対に収まらない』
『まるで私があなたと初めて会った時のようね』
『君は気難しいな。まるでこの世の終わりみたいな顔をしていたところに、声をかけただけなのに』
知っている。
俺はこの会話を。
この本の題名も。
そして隣にいる少女は──────────
「────ッ」
肌に伝わるヒリヒリとした熱と腹部の激痛によって目が覚める。辺りを見渡し、状況を把握する。
地面に転がっていた愛用の杖を掴みやっとの思いで立ち上がり、近くに浮かぶ二つの球体に手をかざし魔力を送る。
「早く起き上がれ。事態は最悪、主の危機だ」
パチン、と音を立て二つの球体が形を成す。
「ハァーッ! 起き上がった直後にマタ仕事カヨ! 人使いが荒いねぇ~マッタクよぉ!」
軽快な声とともに形を成したのは男の使い魔であるグリフォンとシャドウと呼ばれる悪魔達。それらを従える男、Vはグリフォンの軽口を鬱陶しそうにしながら彼らに指示を出す。
「辺りに手頃な民家がないか探してこい。お前は俺の近くにいろ」
グリフォンは飛び立ち、シャドウはVの傍らに佇む。
そしてグリフォンが姿を消したところで事態は急変する。
「・・・面倒な」
カラカラと体から音を立てながら近寄る骸骨たち。その手には骨でできた剣のようなものや、弓などそれぞれが様々な得物を手に握っていた。
「良いだろう。手負いの獣程恐ろしいものは無いと、その骨に染み渡らせてやろう」
シャドウに魔力を送り指示を出す。
「好きにやれ」
蹂躙が始まった。
三時間前
「ヤアアァァァ!」
薄紫の少し露出の高い少女──マシュ・キリエライトが身の丈を超える大きな盾を全力で相手に叩き付けている。
「グフォア!」
「よくやった嬢ちゃん! 喰らいな!」
マシュの突進により態勢を崩した黒衣の敵に間髪入れず青髪の丈夫がルーン魔術を叩き込む。
敵の断末魔とともに火柱が立ち敵を炎で包み込む。そして炎が消え去った後に余白を置いて敵は青白い粒子となって消散していった。
「やりました! 先輩!」
マシュがやり切ったとばかりに笑みを浮かべこちらを見る。私はそれに応え一緒に一時の勝利を喜んだ。
レイシフト後、私たちはオルガマリー所長と合流し行動方針を決めていた。だけど突如黒衣の男が奇襲を仕掛けそのまま交戦。劣勢でジリ貧だった私たちの助けに入ってくれたのがキャスターさんだった。
「おう、まずは一勝だな。嬢ちゃんはまだその体に慣れてねぇが、まぁそのうちに慣れんだろ」
「・・・おほん。初戦闘、よくやりました。マシュ・キリエライト、藤丸立香。先ほどは取り乱してしまいましたが次からは所長らしく、指揮に入っていきます」
さっきまでヒスを発揮していたオルガマリー所長が持ち直してくれた。良かった。このままだったらどうしようかと思った。
そう考えていたところにオルガマリー所長の通信機が振動する。
『こちらロマニ! 良かった、繋がった!」
「ロマニ! そちらの状況は? 魔術師たちは無事なの!?」
詰め寄るように所長はドクターに問う。それに戸惑いながらもドクターはカルデアの現状を報告した。
曰く原因不明の爆発でマスター達の殆どが瀕死となりコールドスリープ状態であること。カルデアの職員も爆発に巻き込まれ少人数であること。現状を聞いて所長は頭を抱えた。
「・・・わかりました。報告感謝します」
『所長、もう一つ報告があるのですが...レフ教授とAチームのVが行方不明です』
「────なんですって?」
『コールドスリープ時に人物認証を行ったのですがその場にいたはずの教授とV君が確認が取れませんでした』
V、その名前を聞いて思い出す。ブリーフィングで所長にビンタされた後、マシュに介抱された時
に会った人物。体に沢山の刺青を入れたどこか儚さを覚える背の高い男の人。
『何をしている、キリエライト』
『Vさん、それはこちらのセリフです。所長が怒っていましたよ。大事なブリーフィングなのにAチームの人間がいないと。早く行ってあげてください。じゃないと始まりません』
『フン、オルガマリーも面倒な奴だ。俺がいなくとも奴らだけで十分だろうに』
カツカツと杖を突きながら歩きだすV。だが途中で止まり、ふとこちらに振り返る。
『────難儀だな。お前も』
一瞬誰に言ってるのか分からなかったが自分に言ってるのをすぐに理解した。少し意識は朦朧としているが、何とか反応することが出来た。
『ありがとう、心配してくれて』
そう答えるとVさんは一瞬吃驚したような顔をして、けどまた少し不機嫌そうな顔をして歩いていった。
回想から意識を戻し、続くドクターの言葉に耳を傾ける。
『もしかしたら二人もレイシフトをしてどこかに飛ばされたのかもしれない。それを考慮してほしい』
ドクターはそう語る。だが所長はそれを一蹴する。
「今は二人よりこの現状の打破です。・・・マシュ、藤丸。これよりこの特異点の修復、ファーストオーダーを発令します!」
「「はい!」」
その二人のことが気になりながらも、所長の号令とともに私たちはこの特異点の修復に乗り出した。
カラン、と骨が転がる。積み上げられた骸骨たちの骸の上でVは腰を掛けていた。
「・・・」
Vはこの地に来る前の出来事を思い出す。あの爆発に巻き込まれる前のあの時を。
カルデアの新入りとマシュに道中で鉢合わせてから管制室に入る。どうやら作戦を開始する直前らしく、現場は慌ただしい。
「やっと来たわね」
どこか呆れた声色をしながら声をかけてくる眼帯の女。同じAチームのマスター、『オフェリア・ファルムソーネ』。
「またドクターとサボっていたわね? どうして貴方はいつも・・・」
「まぁ、待て。所長がお目見えだ」
オフェリアの小言を遮り、鬼の形相で待ち構える所長を見取る。
「V、貴方はAチームのマスターである自覚は無いの!? 事前に伝えていた筈よね! 今日はブリーフィングだって!」
オルガマリーの小言は止まらず、レフが止めるまで続いた。俺がそれを澄まし顔で聴いていたのに腹が立ったのだろう。最後の辺りには何を言ってるのか全く分からなかった。
「兎に角! レイシフトが始まります! 定位置につきなさい!」
「俺はブリーフィングの内容を聞かされていないが」
「キリシュタリアとかに聞けばいいじゃない!」
相当怒った様子で行ってしまった。まぁ、これはいつものことだから気にしないが。
オフェリアのほうに向きなおりブリーフィング内容を聞くことにする。
「はぁ...全く貴方って人は」
呆れながらもオフェリアはブリーフィングの内容を教えてくれた。
疑似地球環境モデルであるカルデアスが2016年の人類滅亡を証明した。そしてその証明の原因となった特異点を破壊、または修復をすることがAチームのマスターである俺達の仕事だということ。オフェリアの説明をまとめればこんなところか。
「成程、大体把握した」
「理解したなら早くコフィンに行くわよ。皆が待ってる」
急ぎ足のオフェリアに歩幅を合わせながら管制室内を歩く。コフィンについた際に声を掛けられる。
「よぉ、Vの旦那。今日もまたやらかしたな。その胆力、見習いたいよ」
「まったくだ。アンタのその度胸はどこから湧いてくるんだか」
最初に声をかけてきたのは人を喰ったような顔の『ベリル・ガット』。そして目の下の隈が特徴的な『カドック・ゼムルプス』。こいつらは何かと絡んでくるAチームの中でも面倒な連中だ。
「あらVちゃん、駄目じゃない。女の子を怒らせちゃ、あとで謝っておきなさいよ」
「善処しよう」
オカマ、以上だ。
「V」
少し咎めるような声に目を向ける。その先にいるのはAチームのリーダー、『キリシュタリア・ヴォーダイム』。高潔、そんな言葉が似合う様な風体をした男。こいつは別の意味で苦手だ。
「自由なのは良いが、責任感は持ってほしい。そうでないと彼女も、私たちも示しがつかない」
「・・・そろそろ定位置着いたらどうだ?」
「ハハ、まさか遅刻した君にソレを言われるとは思ってもみなかったよ」
挑発。そうとも捉えられる発言にキリシュタリアは動じず、落ち着き払っている。やがて彼は自身の指定されたコフィンへと足を進める。
「作戦が始まる。皆もそろそろ配置についたほうが良い」
そう言い残しキリシュタリアはコフィンの中に入っていく。他のメンバーもそれぞれのコフィンに入っていき、残ったのは俺と彼女のみ。
「・・・ねぇ、少しくらい皆に心開いてもいいんじゃない?」
どこか諭すように語る彼女。
「俺は仲良しをするためにここにいるわけじゃない」
彼女の言葉を一蹴しコフィンの中に入る。コフィンに入る際すれ違った彼女の顔は、少し寂しそうだった。
そしてあの爆発が起きた。
爆発の瞬間、シャドウとグリフォンが俺の身体を包み再起不能は免れた。だが他のメンバーは恐らく死んでいるか運が良くて重傷。
「裏切者がいるな」
あの爆発、爆心地は恐らく所長の足元。そして管制室という警備が厳重な空間において爆弾という危険物を誰にも気づかれずにあの場所に設置できるのはカルデア内の人間以外にあり得ない。そしてその隠蔽力。並みの魔術師ならば爆発前に気づかれて終わりだろう。オルガマリーはそれほど鈍感ではない。所長を務めるだけあって実力はそれなりだ。
故に人物は限られてくる。実力で言えばAチームは申し分ないといえるだろう。だが問題は彼らにメリットがないことだ。犯人の目的は恐らく特異点修復の阻止。それを実行して得をする人間などいない。
だが、人間でないならば多少なりともメリットはある。
「そういえば、“臭う”やつが居たな」
これは俺の経験からの結論だが、この世界生き物は種族毎に『匂い』がある。俺自身人間の側面が強いからか人間は基本的に『無臭』。猫や犬などは人間の嗅覚通り『獣臭』。だが人外となると劇的に違ってくる。カルデア内にも人外は何人かはいる。だがどれもそいつから時折臭いする程度で人外味は強くない。
だが一人だけ決定的に違う男がいた。先ほども述べたが人外の臭いは人間とは別物だ。だがこの臭いはこの現実に存在するもので形容できる。しかし、あれは形容できるものではなかった。
「レフ・ライノール」
貼り付けたようなあの笑み、あれを人は人当たりの良い笑みと云う。だが俺からしてみればあれほど近づきたくないと思うものはない。
これはまだ可能性だ、断定できる証拠はどこにもない。何しろ奴も管制室にいた。奴にも爆破のリスクはある。
「いずれにしろ、グリフォンが帰らないことには始まらない」
使い魔はまだ帰らず、状況は最悪のままだった。
冒頭の詩は『毒の樹』から引用しています。