「オーイ! 生きてたカー!?」
思考を停止し、呆けていると間の抜けた馴染みの声がした。顔を上げるとそこにはグリフォンの姿が。
「遅い、今まで何をしていた」
「イヤー、ホネホネ共と遊んでたら手間取っちまって。だが仕事はちゃんとしてきたゼ!」
「・・・ならば文句はない。早く案内しろ」
こいつは仕事は出来るが如何せん遊び癖が抜けず寄り道しがちだ。
骸の山から降り、グリフォンが先導する方角へと足を踏み出す。
だが次の一歩を踏み出そうとした直後、文字通り目の前の地面が爆ぜた。
「ウェア!?」
丁度飛来物の真下にいたグリフォンは間抜けた声を出しながらも間一髪で躱すことに成功していた。
そして粉塵が晴れ、現れたのは瘴気を纏ったサーヴァント数名。
「・・・チッ」
思わず舌打ちが出る。裏切者からはすでにこちらを捕捉され、傷の治療も終わらぬ間に刺客を向けられる始末。自らの惰弱さに苛立ちが募る。
だがそれよりも、癪に障ることがある。
「この程度で俺を始末できるとでも? 嘗められたものだな」
裏切り者は、どうやら勝ちを確信しているらしい。上空からグリフォンに見渡させたが、誰もいない。となるとつまり死に損ないの羽虫程度、自らの手を下すまでも無いと判断したらしい。恐らく裏切者自身の目的地へ向かい始めたのだろう。
「理性無き獣如きに、俺達を殺せるなどと思うなよ」
「アァ! 後悔させてやるぜこのヤロウ!」
間抜けな場面を晒す羽目になりグリフォンもご立腹だ。それにそろそろ“コイツ”も外に出たい頃合いだろう。
「理性無き貴様らには過ぎた代物だが...悪夢を見せてやろう」
悪夢が、降りてくる。
聖杯を守護するセイバーとの闘い。本当にギリギリの戦いだった。最後にキャスターさんが間に合わなかったら押し切られていただろう。サーヴァントたちが光の粒子に還り、この特異点は修復されたかに思われた。だが、その希望は儚く砕かれる事になる。
「いやはや、まさかここまで足掻くとは。全く人間の意地汚さには感服させられるよ」
その声は確かに聴いたことのある声。だがあの時の優しい声とは違う、蔑みの感情がこもった声色だった。
「レフ!? 生きていたのね!?」
所長が駆けだそうとするのを止める。そしてマシュが私たちを守るために前に出る。
「所長、戦闘準備を。レフ教授...いえ、レフ・ライノールは敵です」
「何言ってるの、マシュ? だってレフは今までカルデアに尽くして来たのよ!? レフが敵な訳ないじゃない!」
所長は錯乱したかのように叫ぶ。だが、その様子はレフにとって喜劇に他ならない。
「ククク、ハハハハハハハッ!!!!」
レフは嗤う、自らを信じる盲目の少女を。そして蔑む、まるで父親に縋るようなその稚拙さを。
「レ、レフ?」
オルガマリーは懐疑する。そして恐怖する。愉快そうに嗤う先程と反転したレフの凍てついた視線に。
「ひっ」
全幅の信頼を置いていた人間から肯定するような行動に心臓が締め付けられるような感覚に陥る。だが、それに追い打ちをかけるようにレフは真実を突き付ける。
「実はね、オルガ。管制室の爆発、爆弾は君の足元に設置したんだ」
「────えっ? じゃあ、あれは全部レフが...なら今の私は...? けれど私はちゃんと此処にいるじゃない!?」
オルガマリーは狂乱する。事実を知った故に、ソレを認めたくないが故に。
「君は生前、レイシフトの適性がなかった。だが丁寧にも、トリスメギスは残留思念となった君をこうしてこの土地に転移させた」
「分かるかな。君は死んだ事ではじめて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ」
崩れ落ちる。目から光を失い、譫言を発する。やがて眼からは涙が流れ始める。
「ああ、そうだ。マシュ。君にも伝えたいことがあってね」
ただ同じ言葉を発するブリキの人形となったオルガマリーから、今度はマシュに目を向ける。
「・・・なんでしょう」
「おお怖い。あれだけ閉鎖的な所で育った君がそこまでの眼をするようになったのは。やはりあの男おかげか」
「話が見えません。話すのなら、手短にしてください」
「ならば端的に言おう。あの男、Vはもうこの世にいない」
マシュの眼が見開かれる。だが、それは一瞬のことで今度は好戦的に笑みを浮かべる。
「いいえ、あり得ません。あの人は貴方如きに遅れを取るような人ではありません」
「希望的観測だな。奴にはサーヴァントを複数送りつけてやった。いくらAチームのマスターとはいえ、単独でサーヴァントも無しに切り抜けられまい」
切り捨てるようにレフは言う。だが、マシュの威勢は崩れず、その姿がさらにレフを苛立たせる。そして極めつけは、藤丸立香の行動だった。
「所長! 気を確かに! 今はあのもじゃもじゃを倒すことに集中しましょう! 聖杯があればきっと手立てがあるはずです!」
無計画の励ましの言葉。その言葉に、根拠は微塵もない。だが、オルガマリーとって、今はそれだけで充分だった。
涙を拭き、立ち上がる。
「ありがとう、藤丸。その言葉だけでも、楽になったわ」
本当に根拠のない言葉。だがオルガマリーには、必死で立香が自分を励まそうとしてくれている事それだけで、また立ち上がることが出来た。最初はひどい仕打ちをしてしまったが、もしこの地から帰ることが出来たのならば、その時はあの時のことを謝ろう。そう心に決めていた。
「フン。見込みなしと見逃してやった48人目のマスターが、まさかこれほどまでに低能だったとは。笑えるよ。ならば手始めに、その希望が無意味だということを知るがいい!」
レフが手をかざすとその背後に孔が空き、その中には真っ赤に染まったカルデアスが。
「な、なによアレ。カルデアスが真っ赤になってる...」
「信じられないようだが、事実だよ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ」
「未来が観測できなくなり、お前たちは“未来が消失した”などとほざいていたが実際は違う」
レフは語る。まるで革命家のように演説を始める。
「未来は消失したのではない。焼却されたのだ」
「解るか? これは人類史による人類の否定だ。お前達は進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない」
「自らの無意味さに! 自らの無能さに! 我らが王の寵愛を失ったが故に!」
「何の価値もない紙屑のように跡形もなく燃え尽きるのさ!」
そしてレフは腕を前に突き出し、それと同時にオルガマリーが宙に浮く。
「なっ、体が宙に....────何かに引っ張られて」
「だが、その前に。私も鬼ではない。オルガマリー、
「う、嘘でしょレフ。宝物って、カルデアスのこと?」
レフはいつもの貼り付けた笑みでオルガマリーを見つめる。その様子を肯定と受け取ったオルガマリーはこれから起こることを想像し、青ざめる。
「や、やめて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」
「ああ。ブラックホールと何ら変わらない。それとも太陽かな。まぁ、どちらにしろ」
「人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま地獄の死を味わいたまえ」
オルガマリーの懇願を一蹴し、狂ったような笑みを浮かべるレフ。その問答の間にもオルガマリーはカルデアスに引き寄せられていく。だが、その手を掴むものがいた。
「フンぬうぅ!」
「くうっ!」
「マシュ、藤丸...!」
二人でオルガマリーの腰を抱き、止めようとする。それに伴って進行も止まり、何とかそこにとどまる事が出来た。
「まだ、終わらせないっ! 一緒にかえるんだ!」
「なんだ? そんなに死に急ぎたいのか? まぁいい。どうせ後から送ってやるつもりだったんだ。手間が省けて一石二鳥だ」
「何してるの二人とも!? 早く放しなさい!」
オルガマリーは叫ぶように訴える。だが、二人はその腕を放そうとしない。それどころか、力は強まるばかり。
「ダメです! 所長がいなくなったらカルデアはどうするおつもりですか!?」
二人が死力を尽くす。だが無情にも次第に引力は強まっていき、三人もろとも空中に浮き始めた。その様子をレフは愉快そうに、嘲笑うように見ていた。
だがその余裕も、長くは続かなかった。
「────ッ!」
突如、飛来してきたものを防御壁で防ぐレフ。その顔は驚愕の二文字であり、意識が三人から逸れたことによって藤丸達は地面へと落ちていく。
「何者だッ!」
その顔を醜悪に歪ませて飛んできた方向へ向く。だが、そこには誰もおらず。
「一体な────ガァアアアアアアアア!!!」
代わりに返ってきたのは、天からの雷だった。
レフは大聖杯の縁から無様に転げ落ちる。そして洞窟の入り口から一人の男が歩いてくる。そして三人の前に立ち、やがて口を開いた。
「“私は見た、道の片面に、他の創造物よりも高貴に創造された者を。その者は、天国から地獄へと電光石火のごとく落下した”。────見事な転落劇だったぞ。レフ・ライノール」
「プッ! ククク、アッーーーハハハハハハハッ!!! マァ、見事な転げ落ち方ダゼ! あの有名なイケダヤかよっ! 名演技だったぜェ? レフちゃんよぉ!!」
詩はダンテ『神曲』から抜粋。