RE:fate/V   作:夜廻

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セーフ


二章三節「絶対に守る」

沈む。沈んでいく。

まるで海の底へと沈んでいくように、ゆっくりとゆっくりと、その身が下へと落ちていく。それに焦燥は無く、まるで微睡の最中のように心地よく、脱し難い。

黄昏に薄められた双眸から見える景色には、凪いだ水面に写った自身の姿が見える。このような状況にも関わらず、呆けた面を晒し、薄ら笑いを浮かべている。此処は何処か。そのような疑問は露と案じず、その微睡に委ねまた俺は目を閉じた。

 

だが、その安寧は生暖かい血溜まりの感触と共に終わりを告げる。

 

痛い。苦しい。────怖い。

 

いつの間にかうつ伏せになっていた身体を辛うじて起こし、自身の前に立ち塞がっていた人物を見る。

 

「────────」

 

目の前の人物は、微笑みを浮かべていた。────その身を串刺しにされ、口から血を吐いても尚。笑っていた。まるで安心したかのように、俺のことを見つめていた。

 

「逃げなさい。────」

 

その声を聴いて、漸く思い出した。その人が誰で、()()にとってどれだけ大切な人だったかを。

 

崩れ落ちる。暖かな温もりが、幸せが、全てが。

 

この屑共がッ────!!!

 

声にならない叫びだった。己の手に顕現した形見を手に悪魔どもを駆逐した。

 

俺を守るために身代わりになった母────エヴァは既に事切れていた。

 

その亡骸を手に母を見つめる。己が汚れる事は厭わない。

 

 

「失ったのは、俺が弱かったせいだ。力がなければ、何も守れやしない。────家族すらも」

 

 

己が受けた傷は既に癒えている。だが母の傷は癒えることは無い。人間故に、脆弱な種族故に。

 

優しく、丁寧に母の亡骸を手放す。悲しむ暇はない。周囲には既に悪魔達が群れを成していた。

 

 

頬につたった一筋の光を拭き取る。閉じた目が開く。その双眸はもう、人ではなかった。

 

 

『楽に死ねると思うな』

 

 

閻魔刀を手に、群れへと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈む。沈んでいく。だが、先ほどよりかは水面の距離が近い。安寧は、無い。意識は明瞭としている。

 

 

────────行かなければ。

 

 

己には為すべきことがある。いや、思い出した。何故俺が恨むのかを、苛立つのかを。────恐ろしいのかを。

 

水面へと手を伸ばす。あとちょっと。そう思った矢先、その手を掴む(あしゆび)が。

 

 

 

────────オイ! 起きろV! こんな所で寝てる場合じゃネェぞ!

 

 

 

慣れ親しんだ声に思わず笑ってしまう。そういえば、そうだったな。

 

腕が引っ張られ、水面へと顔面をぶつける。それと同時に、己の身体は重みを取り戻した。

 

 

 

 

 

「やっと起きた! マッタク、Vチャンが最後なんだぜ!? 起きるの!」

 

辺りを見回す。だが、此処は噴水広場ではなかった。

何処かの家屋に今俺達はいる。そして俺達以外の気配がこの家屋にあることも察知した。

 

「・・・あっ」

 

部屋のドアが開く。出てきたのはまだ幼い少年だった。その後ろには妹らしき少女が少年の後ろについて離れない。

だが、()()()子供達ではなかった。匂いで解る。夥しい人間の血の匂いだ。何故服が汚れていないのかは不明だが、その身からは血の匂いが漂ってくる。

 

「お前達か。俺を此処まで運んだのは」

 

少年は緊張しているのか強張りながら頷く。

 

・・・いや、緊張ではないな。コレは恐怖している事から来るぎこちなさだ。

 

事実、少年から付いて離れない少女の俺達を見る眼はバケモノを見るような眼だ。少年達から警戒心が感じ取れるのが良く解る。

 

それもそうか、この街が魔界化してもなお生き残っているのならばあの悪魔達や人間の死を目の当たりにするのは必然。それら超常を殺した俺たちはバケモノに写るのも無理はない。

 

「・・・・取り合えず、礼を言っておこう。あのまま倒れていたら奴らの餌食になっていた所だ」

 

座っていたベットから立ちあがり、立て掛けてあった杖を手に取る。

 

「あっ、あの! 僕たちを、助けて下さい!」

 

縋る様な面持ちと予想通りの展開に俺は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日はとても晴れた気持ちのいい朝だった。そう、そんな日には二度寝をするに限る。

夢の世界に飛び立つ為に再び目を閉じる。でも、それは僕の部屋を勢いよく開ける音と共に遮られる。

 

「レオ! 朝だよ!」

 

妹のリナの襲来だ。リナは元気の塊のような妹でしかも早起き、いつも僕を起こしに来る。僕は寝ていたいのに・・・。

 

「うーん、もうちょっと寝かせて・・・」

 

布団に潜り込み朝日とリナから逃れようとする。だけどリナが布団をはがすからソレは叶わない。

 

「ダメだよ! 今日は父さんが帰ってくるんだから迎えに行かないと!」

 

「・・・ハァ」

 

父が帰ってくる。その言葉にベットから起き上がる。

 

父は建築士で、今とても大きな仕事をしている。ルーアン大聖堂の建設だ。三百年前から作られているあの建物を父は住み込みで働いて建設に携わっていて。一週間の内5日間をあそこの近くで過ごして大聖堂を作っている。あんなに大きな歴史のある建物を作っている父は誇りに思う。

 

「わかった。じゃあ朝ごはん食べたら迎えに行こう」

 

僕の言葉にリナは笑顔になると部屋から出ていく。

 

「早く居間にきてね! 母さんが朝食を作って待ってるから!」

 

リナはそう言い、部屋の扉を閉める。それを見送った後、僕はため息をつく。そして頭を抱える。とても気分が悪い。別に妹に起こされたからでは断じてない。こうなってしまったのはあの日が原因だ。

 

二日前────ジャンヌ・ダルクが燃やされたのを見てしまった日から、あの時の光景が夢の中でフラッシュバックして寝起きが最悪だ。母さんもそのことを解っているから起きるのが遅くなっても怒ったりしない。

 

「はぁ・・・・」

 

ため息が思わず口から溢れ出す。けど、何とか気を取り直して居間に向かう。今日は父さんが帰ってくる。久々に家族みんなが揃う。とても、楽しみだ。

 

「レオ、おはよう。ごはん出来てるわよ」

 

母さんが笑顔で迎えてくれる。いつもの何気ない些細な事なのに、今はそれがとても幸せに感じる。

 

食卓に座り、食事を摂る。やがてそんな穏やかな時間も終わりを告げる。

 

「ご馳走様! レオ、行こ!」

 

元気の塊は行動力の塊。リナは直ぐに行動に移そうとする。僕は食べていたその手を止め、席を立つ。

 

「今行くよ」

 

「レオ、無理しなくていいのよ」

 

母さんが心配そうに声をかけてくれる。大丈夫、そう伝え家から足を踏み出した。

 

 

 

「リナ、楽しみなのは解るけどあまり離れないでよ」

 

道行く途中で前を行くリナに話しかける。けど、そんな言葉はリナには届いていないようだ。どんどん先に行ってしまう。

しょうがないな、そう思い走ろうと足に力を籠める。だけど、視界の端に写ったものに目を奪われる。見てはいけない。そう思っていても、視界は言うことを聞いてくれない。

道行く人々は気にも留めず往来が止むことは無い。だけどその広場の地面には、黒い焦げ跡が噴水の正面に広がっていた。噴水の水は止まっている。あの日から数日経っているのにまだ水は流れない。

 

ふと、処刑台に立つジャンヌ・ダルクを幻視する。異端審問にかけられ、異端とみなされた。そして、火炙りの刑に処された。それが周りの大人たちが言っていた経緯。何か悪い事をしたのだろうということは解った。けれども、ジャンヌ・ダルクのその真剣な顔は、とても悪い事をするような人には見えず、火に炙られようともその芯の通った顔を崩すことは無かった。それなのに、それを見ていた司教様は、笑っていた。目の前で人が焼かれているのに、司教様は、嗤っていた。恐らく僕だけだった、それに気づいてしまったのは。そしてこの世の真理を、僕は知ってしまった気がした。いつだって、嗤うのは悪魔で。正しい人は、苦しい思いをする。きっとこの世界は────

 

「レオ」

 

僕を呼ぶ声に驚いて振り返る。リナと手を繋いだ男の人────父だった。

 

「・・・また見ていたのか?」

 

そう父が問いかける。だけど僕はその質問に答えず、踵を返して歩き出した。

 

「・・・? レオ?」

 

違和感を感じたのだろう。リナが呼びかけてくる。それを無視して、歩き出す。そして二人に振り返って言った。

 

「早く帰ろう。母さんが待ってる」

 

「・・・・・ああ、そうだな。行くぞ、リナ」

 

父がリナの手を引き歩き始める。リナは未だに違和感が拭えないのか、首を傾げている。

その様子を見ながら、帰ろう。そう思った矢先、生暖かい風が吹いた。気持ち悪いな、そう思いながら歩き出した直後、ソレは起こった。

 

「・・・あれ?」

 

地面が一瞬、縦に揺れたのだ。そして広場の方から何かが崩れる音と共に────────

 

ぎゃあああああああああ!!!!!!!!

 

悲鳴。思わずソレに後ろを振り返ってしまう。だけど、それがいけなかった。いや、ソレから逃げていたとしても、きっと僕は死んでいただろうから。

 

「────────・・・え?」

 

顔に温かい液体が掛かる。頬に付いたソレを手で拭き、手の平を見る。────血だった。そして目の前の父は、鋭い何かに貫かれていた。

 

思考が止まる。突然の出来事に思考が停止している。父の後ろでは、それを見たリナが大きく口を開けて悲鳴をあげているらしかった。周りの音が全く聞こえない。何が起きているのか理解できない。したくない。

 

父が僕の方に倒れ込んでくる。僕は呆然とそれを受け止めた。とても重い身体は長くは受け止めきれず、滑り落ちるように地面に落ちていく。だがその直前、父が僕の肩を掴む。そして掠れた声で、父は最後の言葉を口にした。

 

「リナと・・・逃げろ・・・」

 

父の身体が地面に倒れる。それと同時に、僕はリナを抱えて走り出した。我武者羅だった。考える暇も、悲しむ暇も無かった。

 

リナの抗議の声と、人々の悲鳴が後ろへと流れていく。振り返ることは、できなかった。

 

走る。走る。走る。息が苦しい。耳に聞こえる程に心臓が暴れている。だが、走ることをやめる訳にはいかない。リナによると、後ろからナニかが追ってきているらしかった。

 

あそこを曲がれば家だ。そう思った矢先、目の前から母が慌てた表情でこちらに走って来ていた。そしてその手には大きな木べらを持っている。

 

「レオ!! 伏せなさい!!」

 

倒れ込むように姿勢を低くする。入れ違い様に母の木べらが通り過ぎ、後ろから追いかけていた怪物に当たり怪物が吹き飛ぶ。

 

「逃げるわよ!!」

 

母は僕とリナの手を取り走り始める。そして家に駆けこみ扉を締め切った。

 

「レオ、お父さんは!?」

 

焦った様子で母は僕に詰め寄る。僕はなにも答えない。いや、答えられない。リナも下を向いて何も答えない。

沈黙する僕と妹を見て母さんは全てを察したのか深く目を閉じる。

 

途端にナニかが扉を破ろうとする音がすぐ後ろで起こった。驚く僕たちをよそに母さんは台所にあった包丁を手に取ると僕たちの手を引き寝室へと向かい始めた。

 

「かあさん・・・・」

 

リナが縋るように母を見やる。母の顔は、何かを覚悟した顔をしていた。

 

クローゼットの前に辿り着き、母が僕たちをそこに押し込む。そして一つ深呼吸をして、僕たちに言った。

 

「いい? 悪い怪物たちがいなくなるまでは何があっても絶対にここから出てはだめよ? 隙を見て、逃げるの、この街から。もし私がいなくなったら、イザベルおばさんを頼りなさい。・・・わかった?」

 

嫌だ。そうは言えなかった。僕たちは黙って頷く。母はそれを見届けると、クローゼットの扉を閉める。そして締め切る前に、僕に向かって最後の言葉を残した。

 

「レオ、リナを頼むわね」

 

クローゼットは完全に締め切られ、暗闇が視界を支配した。僕はリナを抱きしめて、どうにかバケモノがいなくなるように願った。リナは、ずっと震えている。

 

どれだけ時間が経ったかはわからない。だが、何かを引き摺るような耳を塞ぎたくなるような音は、もう無くなっていた。

 

代わりに、遠くで瓦礫が壊れる音がする。そしてそれは段々と近付いてくる。

 

「レオ・・・なんか来るよ・・・」

 

リナが服の端を掴む。それを治めるようにリナに声をかけ安心させる。だけどそれとは裏腹に破壊音は近付いてくる。そしてそれが聞こえた時、僕は目を見開かずにはいられなかった。

 

『貴様はその辺のゴミでも食ってるといい』

 

女の人の声だった。人の声、これだけで驚かずにはいられない。あれだけの地獄を体現しているこの街にまだ生きている人がいる。そう解りクローゼットから抜け出そうとした。だけど次に聞こえたモノによってその動きは石のように止まる。

 

『『『逃がすかぁ!!!』』』

 

女の人の後に聞こえたバケモノのような声。それのせいでここから動けない。

 

「レオ、どうするの?」

 

リナの言葉に考え込む。この街にまだ生きている人間がいるという事実は恐らくこれっきりだと思う。だからこれを逃せば助けてもらえる可能性はもうない。だけど今出ていけばバケモノに見つかるかもしれない。

 

「・・・いこう」

 

クローゼットの扉を開く。久しぶりの光に目が細まる。

これが危険な賭けだって解ってる。でもここで動かなければ、運良く差し込んだ一縷の望みを逃すことになる。危険を承知でも、行かなきゃいけない。

 

破壊音が遠ざかっていく。移動を始めたらしい。早く行かなければ見失ってしまう。

 

血に塗れたリビングを抜け、玄関の扉の隙間から外を窺う。外は瓦礫だらけで、一日前の普通のあの風景はもう見る影もなかった。

 

でも、瓦礫だらけの風景の中で一つだけ、何かが通った形跡が見られる場所を見つけた。

 

「リナ、行こう」

 

リナの手を引きそこへ向かう。周りには、バケモノはいなかった。

 

瓦礫を越え、次の痕跡を辿ろうとした次の瞬間。僕たちの眼の前を極大の光線が目の前を横切った。やがて光線が消え、焼き跡が残った地面が目の前に現れた。もしもう一歩でも進んでいたら・・・。

思わずその場に座り込み、目に涙が浮かぶ。いつから命というモノはこんなに軽くなってしまったのだろう。火刑の時だって、誰かの決めたことでジャンヌ・ダルクが死んだ。次は突然、何の前触れもなく父と母が死んだ。その次は、もしかしたら自分たちだったかもしれない。

あの頃が恋しい。帰りたい。あの日常に戻りたい。誇れる父と、優しい母と、落ち着きのないリナ達全員で、また食卓を囲みたい。

 

「・・・レオ。大丈夫?」

 

リナの言葉に我に返る。

何を考えていた? 今は惜しむ時ではない。父さんと母さんに言われたことを忘れたのか。僕はリナを守らなきゃいけない。そのためには、危険だって躊躇わず踏み込まなきゃいけない。弱気でどうする? 立って進め、なんとしてでもこの地獄に垂れ降ろされた糸を掴まなければ。

 

「・・・大丈夫、行こう」

 

再びリナの手を引き、大穴が空いた住居を抜け、噴水広場の方面へと向かっていった。

 

そして見つけた。倒れ込む男女と、動物たちを。急いで駆け寄り、胸部に耳を当てる。鼓動の音がする。

 

「レオ! この人も生きてる!」

 

その言葉に、ホッとする。そして次の問題に直面する。

どうやってこの人達を安全な所に運ぶかだ。僕たちは子供でこの人たちは大人(?)だ。とても運べそうにない。

 

「これは、どういう状況ですか」

 

そんな五里霧中のなか、突然後ろから声をかけられた。また、女性の声だった。思わず後ろに振り返り、声の主を見つけ、息を呑んだ。

 

金髪碧眼と整った顔立ち、女性であるにも関わらず甲冑をその身に着ている。それが誰なのか一目見ただけでも分かった。

 

あの日火刑で処刑されたジャンヌ・ダルクその人が、僕たちの後ろに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よいお年を
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