Morfonicaは俺を巻き込むな   作:ねこちゃん

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お久しぶりです、投稿ペースが遅くて申し訳ありません。


幕間 むかしのおともだち

 

 昔、私は音楽が好きだった。好きなバイオリン。好きだけど少し変な男の子。好きな人とやる好きなバイオリンは私の人生で最も幸福な時間だっただろう。でもそれは遠い遠い昔。

 

そう、そうだった。()()日もこんな弱い雨が降っていた。どうせなら雷でも落ちてくれれば良かったのに、私の気持ちを表すから……なんて柄にもなく感情を荒げた。悲しい気持ちになるのは久しぶりかもしれない。

 

 

 

 

 

私は、父に弦巻終を()()()()

 

 

 

あの時の心の痛みは今でも覚えている。

 

 

 

☆♪

 

 

 この広い舞台の袖にただ一人でバイオリンを抱え、座っている金色の少年がいた。一般人には到底理解できないがここはただの音楽コンクールの舞台だ。

 

 富裕層の人間達は我が子に才能を身につけようとさせた。音楽なんかその大人のお遊びにはうってつけだった。こんなことで優劣つけずに楽しくやればいいのに。と幼い頃の堂崎柊こと弦巻終は思っていた。

 

そこにパーティでよく見る令嬢が挨拶に来た。知り合い以上、友達未満。正直こういう人達って苦手だ。自分を保つために巻き込まないでほしい。形だけの挨拶なんて面倒なだけだ。

 

「今回も互いに楽しみましょう?弦巻さん」

 

「……ええ。少ないバイオリン奏者ですが良い音を奏でたいです」

 

「はい、それでは私はここで。ごきげんよう」

 

 

たったそれだけか。そう思われて仕方ないが、挨拶をした結果だけが必要なのだ。ああいう生きるのが上手い人間は顔を覚えてもらうことを知っている。そんな人間に興味はない。特に今日は集中しなくてはならないのだ。

 

(おじい様が見に来られるから……失敗出来ない)

 

と心を落ち着かせ、はぁ。とため息をついた。近くにあった箱に座ったが座り心地が良くない。すると突然横から美少女、いや美人?多分俺より若いはずなのにキリッとした顔つきをしている。だが子どもである、大人には見えない。また挨拶か、と俺は憂鬱な気分になった。

 

 

「せっかくの舞台なのに、楽しそうじゃないのね」

 

 思ったのと違う言葉を投げられた俺は、無意識に顔を上げた。その細い目で見下ろされていたら、威圧感すら与えるだろう。

 

「ほっといてくれ。君には関係ないだろう」

 

「今回のバイオリン、貴方と私だけね」

 

「話を聞いているのか?」

 

 その女は俺の意思関係なく、話を進める。ああ、助けてくれ。巻き込みたくないんだ。

 

「単純に気になったの。私と同じバイオリニストで男の子、それなのにちっとも笑わない。緊張しているのかと思ったのだけど、そうじゃない」

 

まだ純粋無垢な少年は金色の輝きを表現出来ず、弦巻終はこの不安を隠しきれずにいた。

 

「ふーん、それで?名前も知らないお嬢様に勝手にある事ない事言われて迷惑なんだけど」

 

不良貴族?いやイライラしているだけだ。図星。関わらないでくれ。

 

「バイオリンは好き?」

 

一体何なんだ。いずれにせよ、きっと俺はこの黒髪の女に()()()()。わかるんだ、だからこそ腹が立つ。

 

「バイオリンは……やってみたけど上手くない。でも嫌いじゃない」

 

 表情変えることのないバイオリニストはその後も俺を見ていた。母親が息子を心配してるみたいでなんかムカつく。そんなこと言ったら失礼か。当時、年の近い友人は初めてだったかもしれない。共通の趣味、バイオリンもあるし、何より交友関係は全ておじい様に止められていた。

 

「貴方のこと、もっと教えて」

 

次第に俺は本当は心に留めておこうと思っていた些細な事も打ち明ける様になった。彼女は話をするのは上手くないが、聞くのは上手だった。最初の態度も謝った。少しだけ、バイオリンのコツも教えてくれた。少年だった俺はどんな事でも他者の交流がとても嬉しかった。

 

 

 コンクールは順調に進んでいった。結果から言うと俺は8位だった。このたくさんの出場者達を考えると自分にしては好成績ではないだろうか。これも()()()()のおかげだろう!

 

そして全ての項目が終わり、俺は最初とは比べ物にならない喜びを感じていた。今すぐあいつと話したい!伝えるんだ、ありがとうって。

 

 

〜☆〜

 

 

 演奏が終わると共に、一息つき。私は舞台を降りる。すると前から弦巻終が楽しそうにしていた。()()()()の少年は、初めて自分の足で立つ事を覚えた人の様に走って向かってきた。

 

 

「いた、瑠唯、見たぞ!名前も確認した!お前3位って凄いな!」

 

「……どうして名前呼び?」

 

「え?いや……名前があるんだから名前で呼ぶのが普通だろ?」

 

「……貴方の中ではそれが普通なのね」

 

 八潮瑠唯は段々と弦巻終について理解してきた。対人経験の少ない純粋な少年。それが今の瑠唯の終の感想だ。初対面の時は見るからに暗そうで、幼くも世間を恨んでいるような全ての終わりかの如く濁った目をしていた。

 

「なあなあ!それより俺にもバイオリン教えてくれよぉ〜〜〜なあ、頼むよぉ〜」

 

「……そのテンションは鬱陶しい」

 

 浮かない顔をしてなんだか放ってはおけないから。そんな理由で話しけてはみたものの、失敗だったかもしれない。でも……

 

 

「なんだよ〜さっきは絡んできた癖にぃ〜〜〜とそんなことより、この後二人でバイオリンを弾こうよ。奏でてみたいんだ!こんな気持ち初めてで!」

 

「……そうね。私も一度やってみたかったのよ。二重奏」

 

 

何故だろう。自分も凄く楽しくなっていた。ボロボロの彼の可能性か、それとも私自身の変化の期待なのか……。まだわからない。

 

「フフッ……」

 

「お、笑ったな。やっと笑ってくれたな。可愛い笑顔」

 

「からかわないで」

 

「瑠唯は基本表情を変えないから怒ってるように見えるぞ。せっかくの美人が台無しだ。キリッとした瑠唯も好きだけど、笑った瑠唯の方が何倍も好きだな」

 

そう自信満々に言葉を繋ぐ彼だけど、それは友人にかける言葉ではないわね。

 

「貴方、ナンパ師の才能があるわよ」

 

「ええっ!?」

 

表情をころころと変える弦巻終を見ていると、先程の暗い彼とは別の人物と話している気分だった。

 

「自覚はないの?」

 

「うぐっ……生憎、まともに話せる友達がいなかったもんで」

 

お世辞にも上手いとは言えないバイオリンに、特別気品があるわけでもない。それでも私は彼から学べる物があると考えている。私の前に挨拶に来ていた少女。彼女もきっと彼の本当の力を感じたのだろう。まるで人に好かれる天才ね。

 

そう思いながら私達は私達だけの演奏をし続けるのだった。

 

 

 

 

〜☆〜

 

 

 あれから私達は私の家……つまり八潮家で来る日も来る日もバイオリンを演奏した。

 

私が弾いて彼が聞く。私が聞いて彼が弾く。プロの演奏者の演奏を聴きに行ったりもした。夜遅くなったら一緒に同じ夕飯を食べ、一緒の部屋で寝ることだってあった。子どもの頃の話。

 

あんまり彼がはしゃぐものだから、私まで怒られそうになったりした。正直、彼の調子に乗る癖は世間知らずが生んだ性格なんかじゃなくて、ただ単に目新しい物に喜び、興奮する子どもらしさ。であった。

 

 

 

そんな日々が3カ月ぐらい続いた頃、()()日は黒い雨雲が空を隠した。まるで土砂降りの日の空みたいだった。

 

 

私は窓から外を見上げていた。はぁ……とため息をつきながら長いカーテンを閉める。今日は先程の話を聞いてから気分が憂鬱だ。弦巻終はそれでも自分のための研究をやめない。

 

「帰らなくていいの?」

 

と私が聞く。すると彼は悲しそうな顔をした。

 

「いいんだ、どうせあんな家、俺は愛されていないんだから」

と寂しそうに呟いた。

 

今になって考えると、彼も逃げ出したかったんだろうと考察出来る物言い。

 

「そんなことよりさ、曲作ってみたいんだ!俺だけだと頼んでも家族はうるさいし、才能ないから無理だったけど、瑠唯がいるなら出来る!」

 

「作曲なんてした事ないわ」

 

「俺たち二人ともバイオリンやってるんだし、バイオリンの曲なら出来そうだけどなぁ」

 

「簡単に言うわね」

  

「やってみなくちゃなぁ……とりあえず機械をセットしてみる」

 

 

そうして終は瑠唯に背を向けた。

 

 私は彼に()()を定める。心がざわつく、心臓が破裂しそう。コンクールでもこんなに緊張しないのに。ああ、私。本当はもっと貴方を愛したかったのだ。子どもだったからバイオリンじゃ伝えられなくて私はその感情を憎悪と勘違いしていた。弦巻終を嫌いだったんじゃない。好きだったんだ。他の誰にもないその純粋さで私を邪魔しないで。私の父は貴方の事が嫌いだったのよ……。

 

 

私は______引き金を______。

 

 

「……ッ!!」

 

 

八潮瑠唯は引かなかった。気絶するだけとわかっていても、幼き少女が夜を共にした友人を撃つなんて出来るわけがなかったのだ。いや誰にも出来ないだろう。張り裂けそうな心を一体誰に伝えればいいのか。何が正解なのか。お嬢様とはいえ、人間なのだ。完璧な人間なんていないのだ。

 

 

「……から、ここは瑠唯に頼みたい。瑠唯?瑠唯、おい聞いているのか?」

 

「え、ええ……」

 

私はずっと一人だった。

 

「そっか、聞いてるならいい」

 

それは比喩で実際には心が、だ。

 

「終!」

 

彼も同じできっと巻き込まれただけだ。

 

 

「絶対、いい曲を作りましょう」

 

どうかこの時間を奪わないで。

 

「ああ、もちろん!」

 

私はその小さくも禍々しく、諍いの元であるコレをしまった。

初めて神に願い事をしたかもしれない。

 

 

 

 

〈時は少し戻り、終が来る前〉

 

 

とある老人の男性が、一人の召使いを連れ、八潮邸に入っていった。高級車から降り、傘をさして貰って門を抜けて中へと。

 

 

「邪魔するぞ。八潮、相変わらず殺風景な家だな」

 

「来て早々文句ですか?創一(そういち)さん」

 

実際、八潮邸の中はクソがつく程真面目な瑠唯の父親が、これが私の人生だ。とも言わんばかりの部屋だった。よくいる調子乗った金持ちが持っているような悪趣味な家具や装飾品などは一切置いておらず、それでいて気品のある家だ。

 

それでも弦巻ほどの家となると、ここですら殺風景になってしまうらしい。創一の価値観の問題でもあるのだが。

 

「それで今日はどうしたんですか。まさか用事もなく会いにきた、なんて事はありませんよね?」

 

「ハッ………くだらんわ。次からはもっとユーモアのあるギャグを考えておけ」

 

「はぁ……」

 

「お前の娘の瑠唯ちゃん……だったか、相変わらず才能の塊じゃのう……ウチに預けるってのはどうかな?」

 

 弦巻家では弦巻終の祖父、弦巻創一(つるまきそういち)の趣味の一環としてあらゆる分野の才能を育てあげている。この話を断る一般人はいない。何故なら弦巻というブランド力で弦巻家と関係を持っておきたいから……本当に才能を開花させたいから……とまあ断る理由のないメリットだらけの話だ。しかしごく稀にいるのだ。その珍しい者が。

 

「ご冗談を。確かに私も瑠唯のステップアップには興味はありますが、弦巻家には預けられないですよ」

 

「ふむ……まあいい。才能を育てるにしても仕事にしても嫌々、というのは無意味だからなぁ。そう言われることも覚悟していた。ならば……」

 

 

不適な笑みを浮かべながら懐から出したのは拳銃だった。いや、拳銃に似た何かだ。

 

影から見ていた瑠唯は思わず飛び出してしまった。

 

「いたのか、瑠唯ちゃん。君に頼みたい事があるんだが……」

 

 

その後、瑠唯は父と一緒に話を聞いた。この拳銃のような物は殺傷能力はないが、気絶させるぐらいなら容易い物……らしい。これで私に終を撃ってほしい、と。

 

何故そんなことするのか私は理解が出来なかった。

 

その話の途中、召使いの方が警告を出していた。

 

 

「で、でもこの銃は本来、動物の実験用に使われる物です。こちらを人間でやるなんて、人格や記憶がどうなるかわかりませんよ!?」

 

「構わない、やれ」

 

父と私は驚いていた。この人が結果や才能を重視して、それ以外簡単に切り捨てる人間だとは知っていた。父にそういう人間だと教わってたからだ。でも私が驚いたのはそこじゃない。一瞬でも躊躇わずに自分の孫を撃たせることに恐怖を感じたのだ。

 

 私にソレを渡した後、弦巻創一は父に何かを話していたが声が小さく聞こえなかった。

 

「なあ八潮…………の……だろう?」

 

「え!?いや……それは……した」

 

父の答えはYESだった。そうなったらもう私は従うしかなかった。それが私だった。まるでロボットみたいに命令を聞く機械……。

 

 

今日、私は彼を撃つ。感情を捨てろ。それしかない。

 

 

私が決心をしている間に、創一達は帰っていった。後味の悪い言葉だけ残していって……。

 

 

 

〜☆♪〜

 

私は決めた。自分に従って撃たない。決断した。

 

 

 あれから数時間、初めての作曲に試行錯誤を重ねていた。流れる雨の音すらも作業のお供として活用した。

 

「よしっ!完成!」

 

「中々いいメロディーね」

 

「ああ、後は誰かに頼んで編曲すれば将来売り上げNo.1間違いなし!」

 

「誰がそんな事出来るの?天才ぐらいしかいないでしょう」

 

「なら天才に頼めばいいだろう」

 

「子どもね……」

 

作曲だってほとんど私がしたようなものだけど、退屈しなかった。

 

これが満足感という物だろう。瑠唯は先程の話などすっかり忘れて楽しんでいた。そう、これでいい。これが正解。だったはずなのに……

 

 

 

 

バァン!!!

 

 

気づいたら……いつの間にか……銃声がした。

 

 

弦巻終は頭から血を流し倒れていた。空気が変わり音が鳴り響いた。

 

 

「…………え?」

 

 目の前の光景に、もう正直作曲だとか、バイオリンだとか今はどうでもよかった。ただ目の前で倒れている友人が非現実的すぎて理解も感情も追いつかなかった。

 

こんなの求めていなかった。ああ、夢なんだ。きっとこれは……。

 

 

「瑠唯……すまない」

 

父のその声で無理やり現実に引き戻される。嫌でも苦く、苦しい味が胸を締め付ける。愛されていないとはこういうことなのか。安心できる自由がないとはこの事なのか。

 

「言ったじゃない…………。あのヒト達……」

 

「瑠唯の未来のためなんだ……」

 

未来?友達を捨てる事が未来に繋がるというの?弦巻家ではそう教えているの?何を脅されて怯えているの?次々と浮かんでくる疑問を前にして、私は彼に駆け寄り身体を起こしてあげる。

 

金色の髪色とそこから伝わる赤い血はまるで一つの絵画のようであった。その終を持ち上げ、悲しき顔と涙を浮かべる少女は一体何を思うのか。

 

「殺傷能力はないって言ったじゃない!!!」

 

「…………」

 

「ねえ!誰か答えてよ……私…………」

 

こんな理不尽な事があっていいのか。こんなにも戦っている少年がいるのに、私は何もできない。それ所か、父が全てだと思い込み、彼をまた才能だとか大人の都合に巻き込もうとした。子どものわがままも聞いてもらえないのに。

 

「病院へ連れて行こう……瑠唯。一度彼から離れるんだ。彼は……終くんは()()の子じゃない」

 

「……とりあえず、彼を治して」

 

「あ、ああ」

 

連れて行かれる彼を見ながら心に穴が空いた気持ちになった瑠唯は、ただ一人決意を固めた。

 

そうだ……変わろう。数年後もし彼に会えるとしたら。そうしたら私は優秀な人間になって弦巻終の助けになろう。もし未来があるなら、私は自分自身で作ってやる。

 

土砂降りの日だったソノ日からは私はあまり笑わなくなった。彼とまた笑顔を分かち合うまで。そう誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 それから数年。私は音楽を捨てた。

 

もうバイオリンは出来ない……彼がいないのに私は……私だけ弾くことなんて出来ない。

 

 

「はぁ……ダメね。私」

 

15歳となった八潮瑠唯は昔と比べて、全てにおいて見違えるような人間となった。

 

「未来どころか過去に引っ張られたままなんて……それは終も同じかしら。いや、柊……だったわ」

 

あの容姿端麗、文武両道とも言われる八潮瑠唯でもとんでもない人生を体験している男の子についてはつい独り言が多くなってしまうようだ。

 

「次はいつ2人で弾けるのか楽しみね」

 

部屋に飾られたバイオリンを見て、懐かしみながら今日も制服を着るのだった。

 

 

 

〜???〜

 

「ここは………」

 

 ()()を意識した時、時間や自分の知る世界の概念など無いに等しかった。それぐらいココは特別な場所で自分の居場所だと感覚で悟った。

 

暗い夜空に綺麗な星々、それを隠してしまうオーロラ。羽の模様すら見えないがたくさん飛び交う水色の蝶。そしてここら一帯を覆い尽くす青い花。その花の中で俺は意識を失って倒れていた。

 

そして()()を自分にとって大切な場所であるということにそう時間はかからなかった。

 

(また、俺は夢の中にいるのか……)

 

白昼夢ならまだしも、ここはなんだか妙に落ち着く。そしてその事実が逆に怖い。

 

何故だろう。月ノ森に来て会ったばかりの広町七深と八潮瑠唯には何処かで会った気がするのだ……。これは予感なのか、それとも……。

 

 

 なんだかボーッとするし、視界はグラつく。耳鳴りはするし、火薬みたいな臭いがするぞ……。

 

 

「やあ。元気かい?問題はない?調子はどう?」

 

なんだこいつ。急に目の前に倉田さんっぽい人が来たぞ。凄い見た目だかそっくりな人。いつからいた?どうやって出た……。疑問を考えるだけ無駄そうだ。

 

「誰だ?倉田さんのモノマネ芸人か何か?」

 

「うーん!残念!違いますっ!もう私がこういう性格なので、誰か言っちゃうと、君が撃たれて人格と記憶が亀裂を生み、崩壊しかけ、混ざり合ってそこから生まれた君の、君自身の憧れ、そして希望だよ」

 

「あー……つまり倉田さんのモノマネ芸人?」

 

「違うって言ってんでしょ!!!」

 

撃たれた?憧れや希望?病院で診てもらったらどうですかと言いそうになったが、本人は至って真剣なので無自覚タイプの人かもしれない。

 

「それでなんでここには透明な蝶がたくさん舞ってるんだ?なんかのイベント?」

 

「だってここ現実じゃないから」

 

「は?」

 

 何を言っているんだコイツは。というか俺はいつからこんなファニーな子とお知り合いになったというのだ。というか人に言われて自覚したくない。

 

「ここ現実じゃないの。アナタの過去とか記憶の混ざった夢っぽいアレ」

 

「……はい?」

 

「いや本当なんだって!信じられないかもしれないけど!信じられないような人生送ってるアナタなら対応できるでしょーが!!!」

 

 

少し考え込む仕草をした後、俺はふぅとため息をついた。

 

「……倉田さん、キャラ変わったね」

 

「だからぁ!!!!!この変態無能馬鹿!!!いつまで寝ぼけて現実見ないフリしてんのよ!これが現実なの!幻想じゃなくて!」

 

「……わかってるよ」

 

そんなこと、言われなくても。

 

 

視線を彼女から逸らすと、彼女は声を低く真剣なトーンで話し始めた。

 

「あのねぇ、柊。君には今から彼女達の記憶を追ってもらうから」

 

「追う?記憶をか。彼女達って誰のことを指しているんだ」

 

「まあ今説明するよりも実際に見てもらった方が早いかな。ほら、ついてきて」

 

そう言い残し、ココに現れた一人の少女はガンガン進み、俺を置いていく。

 

「……くだらなかったら寝るぞ」

 

俺は急いで立ち上がり草を踏みながら後についていった。

 

 

 

〜♪☆〜

 

 

 ピーピーと心電図の音で目が覚めた。最初に目に入ったのは白い天井。どうやら病院にいるらしい。

 

 

「ん……」

 

 

身体を起こすと頭痛。そして少しダルい。

 

「瑠唯……」

 

俺はつい最近の記憶を掘り返す。友達……それどころか別の感情すらも抱きかけていた少女を思い出す。

 

「はぁ……だから普通になりたいんだよ」

 

十中八九。家の都合なんだろう。彼女には申し訳ないことをした。

かなり状況は違えど、一緒に居たくてもいれないなんてまるでロミオとジュリエットみたいだなと重い心で想像していた。

 

「……なんだか気分が変だ。別人に意識だけ自分が乗り移ったような……?そんな感覚」

 

 先程から手のひらを何度も開いたり閉じたり、足を動かしたりと自分の身体を試す動きをしていた。

 

正確には自分にもう一つの人格が生まれそう……。そちらの方が正しいのだが、幼い頃の自分が気付くはずもない。

 

 

「さて……」

 

周りを見回す。本当はナースコールで看護師でも呼ぶべきなのだが、終にはどうしてもやりたいことがあった。

 

「瑠唯に、何かしてあげたいな……」

 

迷惑をかけたんだ。最後にさようならも言えなかったんだ。

 

 

 

何かしてあげたいんだ。

 

「なんかあるかな……あっ……今時こんな小さなおもちゃがあるんだなぁ」

 

俺が手に取ったのは猫?のような形のバッチだった。

 

(……これを少し加工出来れば良さそうな物が出来そうだ)

 

ここはただの病室。店のような品物には出来ない。出来る事には限りがある。

 

「このままバッチ……にはつまらないし、ネックレス……は素材がないな。どうするか……」

 

起きかけの頭で少ない知識から正しいと思う答えを捻り出す。

 

(髪留め、なんていいかもしれない。瑠唯はあんまりオシャレしないからな)

 

と考え事をしていたらパワー有り余る子供の力で病室の扉が開かれた。

 

「お兄様ッ!!!」

 

扉が開いたと思ったら今度は思いっきり抱きしめられた。俺にはこころを抱きしめる資格がなかった。

 

「こ、こころ?」

 

見覚えのある金色の髪の毛に知っている匂い。その少女は紛れもなく自分の妹だった。

 

「どうしてここに?」

 

「お父様が教えてくれたの!怪我して病院にいるって!大丈夫なの?」

 

あー……成る程、我が父は教えないで心配をかけるよりも自分の居場所を教えて安心させたみたいだ。だがこの行動力の塊みたいな奴に教えたらこうなるだろうとは俺でも想像出来る。

 

「……まあなんとかね……。こころお前こそ大丈夫だったか?」

 

「なんのはなし?」

 

本当にわからないみたいだが……。今まではお爺様に逆らったとしても病院送りにされる程の事はなかった。……もう俺だけの問題じゃない。俺に関わったらみんな不幸になる。身内にまで迷惑はかけられない。

 

「こころ。お前はいつも楽しいことをして俺を笑顔にしてくれるがもう俺を巻き込むな。迷惑なんだよ」

 

「お、お兄様……?」

 

「ほら、もう帰って……」

 

「い、いや……」

 

「帰れ!!!」

 

俺のこころに言った事のない強い言葉に一瞬、寂しそうな顔をしたこころだが、今度は何かを決め込んだかのような表情をした。

 

「あたし……お兄様が笑顔になれるように、頑張るわ!!!」

 

「……はぁ?」

 

「絶対、ぜぇ〜〜ったい!笑わせてみせるわ!!!待ってて!お兄様!!!」

 

そのまま猛スピードでこころはどこかへ行ってしまった。

大丈夫なんだろうか……。

 

 

(なんというか……感情の処理が上手い奴だな……本当)

 

ひと騒ぎあったものの、俺は小物作りを続けた。すると10分ぐらい経った頃だろうか、いないはずの視線を感じた。またこころが戻ってきたのか?とも思ったのだが、それにしてはやけに静かでまるで水族館の魚を見るかのような静けさだった。

 

「誰だ!?」

 

「え、あれ……バレちゃった?」

 

 出てきたのは……知らない女の子だった。怯えているわけでもなく、ただ俺に興味があるからいた。観察していた。といった感じであった。

 

「あ、ああ君ね、隣の病室の鈴木さんね」

 

「本当にわかってる〜?」

 

(え、カッコつけて誰だと言ったけどマジで誰なのこの子……!?)

 

「ずっと見てたのか……?」

 

「うん、お父さんが絵を描いてたら怪我しちゃって、今日たまたま病院に来たんだけど、そしたら凄い勢いで走っていく女の子がこの部屋に入っていったから気になっちゃって」

 

「……なるほど」

 

こころめ。病院では走っちゃいけませんというのに……。それで最初から見ていたというわけか。

 

「ところでそれ、何作ってるの?」

 

少女が興味を示したのは俺が即興で作った髪飾りだった。

 

「ああ、これか。俺の最高傑作さ。可愛いだろ?」

 

「うん、とっても可愛い熊さん」

 

「猫だよ!!!」

 

「あれ?」

 

すごく自分興味あります!といった目で見ている少女。うーん。作ってはみたけど瑠唯には少し可愛いすぎるか……?渡していらないって言われても困るしなぁ……。

 

「欲しい?髪留めだけど」

 

「え!?いいの!?」

 

「こんなの、店で買うものより安っちいけど。まあいわゆるおまけ集めってやつだな」

 

「おまけ集め?ってあのハッピーセットみたいなやつ?」

 

「そうそう。案外ああいうのでもコンプリートすると達成感あるぜ」

 

「そっかぁ……そうなんだ……えへへ、ありがとう!」

 

少女は早速、その桃色の髪の毛に猫の髪留めをつけた。そんなに嬉しそうだと照れるな……。

 

「その……なんだ。大事にしてくれると嬉しい」

 

「うん!大事にするね!」

 

ニコニコとした名前も知らない少女は高級でもなんでもないガラクタを喜んで身に付けた。まだベッドから動いていない少年は心に少し希望を取り戻した気がした……。

 

「ほら、早く行けよ。俺なんかに構ってないでさ」

 

「……また、会えるよね?」

 

「さあな。君がその髪留めをつけていたらわかるかもな」

 

「そうだよね!いつか君のこと絶対巻き込んであげるから!幸せに!」

 

「あ、ああ……」

 

(変な奴だな……初対面の俺に。普通じゃない子だ……それにまた会うなんてそんな運命的な出会い。あるわけがない)

 

俺が困惑していると、遠くから女性の声が響く。そして看護師が焦った顔して入ってきた

 

「な……ち……ん?おー、いたいた、探しましたよ。お父様がお呼びですよ、()()()()ちゃん」


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