――私は甦りであり、命です。私を信じる者は、たとえ死んでも生きるのです。
(ヨハネによる福音書 11:25)
「すまんのぅ~、お前さんは死んでしまったんじゃ」
目の前には、土下座の姿勢でお尻をプルプルしているおじいさんがいる。
布切れ一枚でできたような白い服、背中には白い羽根、ぴかぴかの禿げ頭の上には金色に光る輪っか。
どこからどう見ても、神様っぽい格好だ。
「あのう」
土下座されている少年、こと
「あなたは、えっと、神様ですか?」
「いかにも、わしは神様じゃ」
顔を上げたおじいさんは、白い口ひげだけモサモサだった。
――というか、本当に神様だったんだ!?
「すごい。その神様が、僕にいったいなんのご用ですか」
「だから言ったじゃろ~、お前さんは死んでしまったんじゃ。すまない。すべてわしらのミスなのじゃ」
「ええっ!」
来次は驚き、辺りを見渡した。
そういえば、こんなところ見たことがない。周りには一面の白い雲と青空。よく見たら自分が座っているのも雲の上だった。まるでマンガか何かみたいだ。
(僕、たしか学校から帰る途中で……)
――そうだ、下校途中。通りかかった公園の池からいきなりニシキゴイが飛び出してきて、地面でびちびち跳ねてて苦しそうだったから、池に戻してやったのだ。
そしたら突然頭の上で何かすごい音が鳴り響いて、びかびか光って、一瞬だけ「痛い」と感じて、それで――
「僕は雷に撃たれて死んだんですね」
「話が早いのぅ~~、その通りなのじゃ」
土下座の姿勢から普通の正座に戻った神様は、オホンと咳払いしてから続けて言った。
「お前さんの寿命はまだかなりあった。なのにわしらのうっかりミスで、お前さんはそれよりもずっと早くに死んでしまったのじゃ……まさかあそこで魚を救う者がおろうとはのお~、最近の若者には珍しい心がけじゃ」
「そうですか? 当然のことをしたまでですよ」
「謙虚じゃの~。とにかく申し訳なかった、この通りじゃ」
「頭を上げてください。間違いは誰にでもありますよ」
死んでしまったのは残念だけど、今から文句を言ったってしょうがないだろう。と、来次は思っている。
「優しく謙虚なうえに心が広いんじゃの~~~」
神様はうっとりしたように言った。来次はというと「いやぁ」などと言って頬をぽりぽり掻いているだけだ。
「僕はそんな、平凡な人間ですよ」
「お前さんはポテンシャル的には平均的な人間よりも上に成長するはずだったんじゃよ~。そうじゃ!」
何か思いついたように、神様はポンと手を叩いた。
「それでは、わしの力でお前さんを甦らせてあげようかのぉ。といっても、死人の復活にはルールがあって、お前さんが元いた世界に戻すわけにはいかんのじゃ。お前さんには、いわゆる異世界転生をしてもらうことになる」
「異世界転生! すごい、小説で読んだことあります。ワクワクするなぁ~」
「そうかそうか。それなら、話が早いのう」
神様は、何もないところから木でできた杖のようなものを取り出し、手に握った。
「転生にあたっては、何か特別な力を与えてから送り出すことになっているのじゃ。こちらのミスで死んでしまったわけじゃから、せめてもの償いというか……転生した先ですぐにまた死んでしまっては申し訳ないからのぉ~」
「なるほど。……ええと、それって、いわゆる転生特典ってやつですよね?」
「そうじゃよ。スキルでも外見でも、なんでも好きなものを言うてみい。わしの力の都合となるが、3つまでつけてやろうぞい」
来次は腕を組んだ。
「3つかぁ~~~~、うーん」
「どんな特典でもいいんじゃよ」
「そうですねぇ、じゃあ~」
じっくり考えてから、来次は神様に言う。
「じゃあまず一つめは、僕をその世界で最強の存在にしてください。やっぱり、転生した先で長生きしたいので、努力とかしなくても最強なのがいいです」
「ふむふむ、チートじゃな。それから?」
杖をいったん置いて、紙にメモをとっている神様を見つつ、来次は続けた。
「二つ目は、えっと、すごく頑丈にしてほしいです。力が強くても身体が弱いのは困るので」
「最強なら元々頑丈なんじゃないかとも思うのじゃが、ええのかの?」
「何かの間違いで殺されるとか、病気とか、そういうことがないといいな~と思って!」
「優しく謙虚なうえに心が広く慎重なんじゃの~~~」
神様はまたうっとりしている。
来次はまた「いやぁ」と照れてから、最後の願いを言った。
「三つめは、自由な存在にしてほしいです」
「自由とな??」
「はい。だって、最強で頑丈な身体でも、ずっと誰かの言いなりになってないと駄目だなんて、嫌なので……誰の強制も受けずに、のんびりスローライフとかできたらいいなって」
「なるほどのぉ~~~~」
神様はしっかりとメモを取りながら言った。
「有史以来それを願って、人生のうちに真に叶えられた者はそうおらん。じゃがわしの力ならほいほいっと叶えてやろうぞい!」
「ありがとうございます! 嬉しいなぁ」
「なんの、わしの過失じゃからのぉ~~~~」
そこで神様はまた杖を手に取り、メモを見ながらええと、と言う。
「では竜木来次くん、お前さんは転生先の世界では最強かつ頑丈で自由な存在になれることじゃろう。わしが杖を振ったら、そこはすぐに転生先じゃ。頑張るのじゃよ。おっと」
何か思い出したように、神様は付け加えた。
「そうそう、よく知らん世界で一人っきりでは辛かろうから、お前さんが眠っている間は、わしと会ってお喋りできるようにしてやろうぞ。困ったことがあったら相談するのじゃ」
「至れり尽くせりですね!」
「神様じゃからのぉ」
神様は胸を張りつつそう言ってから、ほいっ、と軽く杖を振った。
その瞬間、来次は自分の身体がふわりと浮き上がるのを感じる。
青色の光が自分の周りでぐるぐると渦を巻いていた。それに合わせて、ゆっくりと身体は上へ、上へと昇る。たとえるなら、ジェットコースターで最初の坂を上っているような感触だ。
「あっ、そうだ」
来次は大事なことを聞きそびれていたのに気づいた。
「神様、僕、どんな世界に転生するんですか? やっぱり、異世界ファンタジーみたいな感じでしょうか」
「おお、すまん、言い忘れとったな」
神様はこちらを見上げながら、ほっほっほと笑う。
「残念じゃがファンタジーではない。そうじゃな、お前さんが生きておった時代からだいたい20年くらい未来を想定した、架空の世界じゃ」
「SFですね!」
「そんな感じじゃ。でもまあ、だいたい大きな事件は終わった後の世界じゃから、あまり心配せずのんびり楽しめばええぞい」
来次の身体は、いよいよ天高く昇っていた。上には一面の青空しかないが、なんだか手が届いてしまいそうなくらいだ。
そこまで来たところで、来次は、はるか下に立つ神様が、はっきりとこう告げたのを耳にした。
「それでは、来次くん。デトロイトビカムヒューマンへようこそ」
――聞いたことないSFだなあ、と、来次は思った。
***
――2039年8月12日 14:32
サイバーライフ社「人間化」部門のトップ、ジェイソン・グラフは、深刻な面持ちの部下が提出した報告書を一瞥した後、タブレット端末を置いた。
恰幅のよい体格に見合った太い指が、コツコツと神経質そうにオフィスの机を叩く。
「……新型モデルに不具合?」
「はい。第4開発課が担当している例のプロジェクトの新型が、組み上げ時からすさまじい問題を起こしていて」
ジェイソンは、曖昧極まりない部下の報告に眉を顰める。
「すさまじい問題、と言ってもね。うまく動作しないなら解体して再調査、原因の特定、それでいいだろう。なんだって、うちに報告が上がってくるんだ? うちはそのプロジェクトが関わってるような、“家庭的”じゃないアンドロイドは専門じゃないんだ」
怪訝な態度を隠そうともせずに、ジェイソンは白髪交じりの髪を掻いた。
「ふん。RK800プロジェクトみたいに、ソフトウェアの異常がみられるようになったのはうちのせいだ、などと難癖をつけられるのはごめんだよ」
「はい……仰る通りです。ですが、その」
「なんだ」
苛立ったジェイソンが続きを述べるよりも先に、部下はジェイソンが机に置いたタブレット端末の画面を、軽くタップした。
すると、報告書のデータに添付されていた動画が再生されはじめる。
ジェイソンは目を見張った。
そこに映っているのは、ダークブラウンの髪の白人男性を模した機体に、白と黒二色の制服を纏ったアンドロイド。
すなわち紛れもなくRK900――現在のサイバーライフ社製のアンドロイドのうちで最も優秀で、最も耐久力に優れ、最も安定性の高い主力商品である。
だがその言動は、これまでにジェイソンが見たどのRK900とも違う、奇矯なものだった。「それ」の虹彩が、通常の機体の灰色と異なった、夏の青空のような色であるのが気にならないくらいに。
そのRK900は、この映像を撮っていると思しき研究員に対して、実に「陽気」にこう答えた。
『はい。つまり、僕は元々人間だったんですけど、神様に転生させてもらってここに来たんです。最強で頑丈で自由な存在になりたいって願って来たので、たぶんそういうものになってるんじゃないかなぁっと思うんですけど』
標準搭載された低く深い男性の声はそのままに、実に「感情豊か」に、好奇心旺盛に部屋の中をきょろきょろと見渡しすらしながら、そのRK900は語っている。
「これは……!」
ジェイソンはこの時、なぜ部下が言葉を濁していたのかはっきりとわかった。
――こんなエラーは、前代未聞だ。
確かに昨年の変異体事件では、わが社のアンドロイドが、自分たちを称して「命があり自由であるべき存在」だと主張するという深刻なエラーを発生させた。しかも人間に反旗を翻し、革命を果たそうと暴動を起こしすらした。
けれどそれら異常をきたしたアンドロイド、すなわち「変異体」のうち誰も、「自分はかつて人間だった」などと主張はしなかった。しかも「神様に転生させてもらった」だと――?
「これは、これは」
その瞬間、ジェイソンの口元は上向きに歪んだ。
――これはチャンスだ。ここしばらく不遇に甘んじていたが、ようやく運が巡ってきたか。
「おい、君。よく報告してくれたな」
部下に対して姿勢を正すと、彼は速やかに命じた。
「このRK900の開発に関わっている……そう、第4開発課の課長か。彼女にアポを取ってくれ。すぐに」
「かしこまりました」
オフィスを出た部下の背が、ガラス張りのドアの向こう、廊下の奥へと消えていくのをジェイソンは黙って見送った。
視線を落とせば、タブレット端末上で、件のRK900は開発者の困惑などものともせずに元気なお喋りを続けている。
もう一度端末をタップする。
動画が静止した。ジェイソンは、ほくそ笑みながらコーヒーを啜った。