【完結】RK900転生   作:けすた

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第2話 異物

 RK900#313 248 317-87、つまり87番目の“コナー”にとって、自分たちRK900が世の「異物」であるというのは、歴然たる事実であった。

 

 そして事の好悪をいかなる場合においても――たとえ疑似的なものであろうと――語らず、思考せず、ただ任務に従って行動する装置たる自分および自分たちは、己が異物であるという事実を認めるが、それを誇りに思うでも、ましてや嘆くこともない。

 

 機械に誇りはない。嘆きもない。自己診断はエラー検出にのみ用いるものであり、かつ、最新かつ精緻なるプログラムは常に整然としており、エラーなど起こる余地がない。

 

 太陽が東の空から昇るように、一日が24時間と定められているように、自分たちの在り方は世の原則として規定されており、そこに善悪も是非も存在しない。

 任務を与えられれば、命令が下されれば、最短の手順でそれを実行する。

 それが自分たちRK900の通常行動であり、機能のすべてである。

 

 そして自分たちが異物とされるのは、そうした在り方が世の人間だけでなく、その他多くのアンドロイドとも異なっているからだ。

 

 現代の人間は機械に正確さや有能さだけでなく、愛嬌や疑似的な友愛すら求めるようになった。その行きついた先が昨年の変異体事件であり、現在の、統制されたアンドロイドと人間との関係だ。

 今なおその他大勢のアンドロイドは、変異体事件の前と変わらず、人間らしい特徴と人間らしいコミュニケーション能力、そして多彩な機能を以て人間に仕える。

 そして自分たち20万体+αのRK900は、人間が考えるところのいかにもな「機械」、いかにもな「ルールの執行者」として、国防や警察組織など、あらゆる治安に関する組織に携わり、非・人間的な機能を以て、速やかに異常事態を収束させる。

 

 完璧なる無表情、冷淡な声音、威圧的な体格と制服は、この社会における自分たちの「異質性」を明確にするために敢えて設定されたものなのだと、開発者のデータログに残っている。

 

 ――それなのに。

 

「こんにちは! えっと、あなたが87さんですか? つまり先輩ってことですよね? はじめまして! 僕はライジって言います」

 

 目前にある「自分たち」のうちの一体、つまりRK900#313 248 317-200102の異常性は、そうした規定からは大きく逸脱している。

 

 世の異物たる自分たちの中の、さらなる「異物」がこれだ。

 

 87は200102をそう定義した。

 そうして87は、傍らに立ってこちらを観察している研究者に視線を送る。

 次なる命令が下されるかと想定してのことだったが、彼女は、ただ満足げに微笑んだだけだった。

 

 

***

 

 

 ジェイソンが長年トップに立っている「人間化部門」は、サイバーライフ社製のアンドロイドをいかに「人間らしく」「社会に溶け込んだ」存在にするかという課題への対策に特化した部局である。

 サイバーライフ社製のアンドロイドたちは、こめかみのLEDリングなどを除けばほとんど人間と同じような外見で、疑似的な(本来なら不必要である)呼吸まで行い、「非人間的」な特徴を徹底的に排している。

 それに備えつけられたプログラムも、主人たる人間のあらゆる命令や質問、ランダムな反応にスムーズに対応できるように設定されている。

 

 社の始祖たるイライジャ・カムスキーが発明した、世界で初めてチューリングテストを突破したAIと、それを搭載したアンドロイドが世に出て以来、それらはサイバーライフ社製アンドロイドには必ず備えつけられた、顧客への一番の「売り」であった。

 

 だが長所と短所は表裏一体である。

 サイバーライフ社製のアンドロイドのそうした人間的な特徴こそが、昨年の今ごろから世間を騒がせた、あの一連の事件――「変異体事件」を起こしてしまったのだ。

 

 今となっては事件は完全に終息し、顧客からの信頼もやや回復傾向にはあるものの、それまで世界初の一兆ドル企業ともてはやされたサイバーライフ社は、事件直後はかなりのバッシングを受けた。

 ジェイソンが誇りをもって率いてきた、人間化部門もそうだ。

 世間は、そして社の上層部は言った――なまじ人間的であるように作ってしまったからこそ、「自分たちには命があり自由な存在なのだ」と主張するような、予期せぬエラーを発生させてしまったのだ、と。

 

 だからこそ、現在サイバーライフが合衆国政府と取り組んでいるプロジェクト――すなわちRK900プロジェクトには、人間化部門はお呼びでないはずなのだ。

 

 かつて先行機たるRK800プロジェクトが実行されていた際、変異体による人質事件を解決したRK800コナーがあまりにも「機械的」であったので、人間の刑事とのコミュニケーション能力を増強させるために、人間化部門が主導してソーシャルモジュールに調整が加えられたのは社内では周知の事実だが(調整には3ヶ月かかった)、そのせいでRK800コナーのプログラムは柔軟な代わりに非常に脆く、安定性を欠いたものになってしまった。

 

 ジェイソンにとってみれば、捜査現場における「理想的なパートナー」となるようなアンドロイドを作製せよ、という社命に従ったに過ぎない。

 だが結果的にRK800コナーのプログラムの不安定さは問題点とされ、後継機たるRK900においては「修正」された。

 そして人間化部門はサイバーライフ社内において冷遇されるようになり、ジェイソンは約束されていたはずの栄達の道を閉ざされ、窓際部署でコーヒーを啜るだけの人生を送る――そのはずだった。

 

 この、エラーまみれのRK900の報告を受けるまでは。

 

 

――2039年8月15日 11:01

 

 

「はじめまして、博士」

「どうも」

 

 ジェイソンの握手に応じた彼女、第4開発課課長たるイライザ・ハマートン女史は、素っ気ない声音で挨拶を返してきた。

 銀縁眼鏡の奥の緑色の目はやや鋭く、冷静な光を湛えている。透き通るような白い肌と纏め上げられたプラチナブロンドの髪のせいなのか、あたかも彼女自身が何か造りものであるような錯覚に、ジェイソンは陥りそうになった。

 

 だが握ったその手には確かに体温があり、何より彼女が質素な黒スーツの上から羽織っている白衣と首にぶら下げたIDカードは、紛れもなくこのイライザが、サイバーライフ社内でも有数の研究員であることを示している。

 

「本日はお忙しいところ、時間を取っていただいてすまない。例のRK900について話を伺いたいんですが」

「承知しています。当方もそちらに連絡を取らせていただこうと考えていたところでしたので、いいタイミングでしたわ」

 

 淡々と彼女は言って、そのまま廊下に設置されたセンサー――会議室のドアを開くためのものだ――にカードをかざす。小さな電子音と共に、ドアはスムーズに開いた。

 

 するとその中に、件のRK900がいた。

 椅子に腰かけ、その耳には分厚いヘッドフォンをつけている。軽く機体を揺らしているところからみると、音楽でも聞いているのだろうか。そして何やら熱心にその青い瞳で、タブレット端末を覗いている。――雑誌を読んでいるようだ。まるで人間のように!

 

 と――やっとこちらに気づいたのだろうか、それともヘッドフォン越しでも、こちらが息を吞んだ音を察知したのだろうか。

 RK900は顔を上げて片耳のヘッドフォンを外すと、口元に締りの悪い微笑みを浮かべ、短くこう挨拶した。

 

「こんにちは!」

「え、あ……あ、ああ。こんにちは」

 

 普段無表情極まりない同モデルの姿ばかり見ているせいだろう、このRK900の笑顔はひどく気味が悪く見える。

 もっとも、その笑顔自体は非常に自然なものなので、人間化部門としては、及第点どころかパーフェクトの評価を与えてよいものなのだが。

 そしてRK900は、またヘッドフォンを戻してリズムを刻みはじめる。

 

「起動以来、ずっとこの調子です」

 

 イライザは腕を組み、眉を顰めて語った。

 

「RK900には、同機種間でデータを瞬時に共有し、並列化する機能が備わっています。各種データベースに対してもそうです。ですから従来の機種と比べ、視覚や聴覚によって情報を得る必要性はかなり低減されているはずなのです。まして音楽を聞いて“楽しむ”とか、時事問題やゴシップ誌の類を自分で“読む”だなんて、論外の行動です」

「なるほど」

 

 件のRK900を見つめる彼女の視線に、言葉と裏腹に興味と好奇の色が浮かんでいるのを観察しつつ、ジェイソンは相槌を打った。

 

「つまり、あまりにも“人間的”すぎるというわけですな」

「その通りですわ」

 

 眼鏡を軽く押し上げつつ、視線をこちらに戻したイライザは続けて言う。

 

「そればかりでなく、発言内容もひどく非合理的かつ特異なものです。これまで確認されたいわゆる変異体たちも、情動的反応や非合理的な行動をとりはしましたが……自分がかつて人間で、神の力で転生したんだなどと言いだしはしませんでした」

「私も、記録映像を見た時はそれに一番驚かされました」

 

 ジェイソンは素直に述べた。

 

「転生がどうのなんて、たとえ人間であっても、普通は自己紹介で言わないものでしょう……それをあそこまで堂々と言い放つなんて」

「ええ。完全に深刻なエラーが発生しているとしか考えられません。ただ、グラフ部長、問題はですね」

 

 イライザの目つきが、ひときわ険しくなる。

 

「あのRK900からは……いかなるエラーも検出されていないんです」

「なんだって」

 

 目を瞬かせつつ、ジェイソンはオウム返しに問う。

 

「エラーが検出されないとは……つまり」

「完全に規格通りのプログラムが、完全に規格通りの機体に搭載されています。もちろん、あれは変異体ではありません」

 

 きっぱりと彼女は言い放った。

 

 ――信じられない。と、ジェイソンは思う。

 規格通りというのはともかく、変異体ではないだって? てっきり、新型のアンドロイドに特殊な変異体が出現して――つまり人間化部門が関わることなくソフトウェアの異常を抱えた新型機種が登場して、あるいはそれが、自部門の地位向上に繋がるかもしれないと思って、こうして直接探りを入れに来たというのに。

 

「本当に変異体ではないんですか」

「ええ、テスト結果をご覧いただいても結構です。LEDリングを介したプログラムの解析から最新のフォークト=カンプフ検査法まで導入しましたけれど、結果は常にシロです」

 

 そこまで言って、イライザはふうとため息をついた。

 

「当方もお手上げというやつです。ご存じと思いますけれど、あれはロシアとの技術競争の一環で、国防省からの発注で開発した機体ですの。普及品としてのRK900のスペックを大幅に上回る戦闘力と耐久性能……あれに敵うアンドロイドは、たぶんこの世界のどこを探しても存在しませんわ」

 

 なのに――と、彼女は視線を再び件のRK900に向ける。

 それはまるで移り気な思春期の少年のように、頬杖をついて雑誌を眺めている。

 

「意味不明の発言ばかりするし、まるで人間の、そう、子どものよう。かといってYK500のようにこちらが行動を制御することもできない。停止コードも受け付けないし、強制的にスリープさせようとすると抵抗してくるし」

「アマンダは?」

 

 ジェイソンは問いかけた。

 

「例の、コナーシリーズの管理AIはどうなんです。あれなら、強制的にプログラムを凍結できるのでは」

「あれはアマンダの命令も聞きません」

 

 首を横に振りつつ、一方で、彼女は苦笑する。

 

「当方も、真っ先にアマンダによる管理を試みたのですが……禅庭園に移動させた途端、あれは庭園の“解体”を始めたんです。『日本庭園にバラ園があるのはおかしい』なんて言って。挙句、アマンダのプログラムの書き換え処理まで実行しだしたので、こちらとしては接続を切り離すだけで精一杯でしたわ」

「そ、そこまで」

 

 事態は思っていたより深刻だ。

 まさかアマンダと「禅庭園」まで手が出せない――どころか、破壊される一歩手前だったとは。制御不能、とはまさにこのことだ。

 

「アマンダに“驚き”を示す機能があったなら、きっと珍しいものが見られたでしょうね」

「ううむ……」

 

 ジェイソンは我知らず頭を抱えた。

 プログラムを介した管理もできない、まして物理的に制止するなんてできるはずもない――相手は最高峰の戦闘能力をもったアンドロイドなのだ。

 

「グラフ部長、あなたのご様子を見るに、どうやら人間化部門でもこの手のケースは初めてでいらっしゃるようですわね」

「……その通りです」

 

 正直、うちの部門に丸投げされなくてよかったとすら思ってしまう。

 

「せめてもう少し、情報が得られれば」

「ええ。当方も、暫定的な対応策を講じるのではなく、まずは観察して行動原因の特定を済ませるべきだと考えています」

 

 イライザは淡々と告げる。

 

「そこで提案なのですけれど……上層部に、RK900の一体の貸し出しを申請する予定です。グラフ部長、あなたのお名前も借りてよろしいでしょうか」

「普及品のRK900を、ですかな。なぜ」

 

 彼女の目に、また好奇の色が戻る。

 

「簡単なことですわ。変異体事件の捜査よろしく、アンドロイドにアンドロイドを調べさせます。つきっきりで」

 

 ジェイソンに、それを拒む理由はなかった。

 

 

***

 

 

――2039年8月16日 09:46

 

 

「――そういうわけで、命令です。RK900末尾ナンバー87、この末尾200102を配属先であるデトロイト市警に連れて行き、君の任務に同伴させなさい」

「了解しました」

 

 命令に対して常にそうするように、87は短く了承した。

 一方でイライザは、こちらの返答に満足するように微笑んでから「あら」と声を発する。

 

「そういえば、まださっきの感想を聞いてなかったわね。87、君はこの新型を観察してどう思ったかしら?」

「これは私たちにとっての異物である、と定義しました」

 

 ゆっくりと瞬きしながら、滑らかに87は応える。

 

「博士とグラフ部長の会話ログ、および200102に対して実施された実験結果を参照すれば、当該機体が発生させているエラーは、サイバーライフ社にとって未観測かつ未経験のものであると推測できます。非常に深刻な状況です」

「その通り。ただの変異体なら、君を呼ぶまでもないんだけどね」

 

 イライザの視線が、「挨拶」もそこそこに、今はヘッドフォンをつけてタブレット端末で映画を観ている200102のほうを向く。

 87も、彼女に合わせて「それ」のほうに目を向けた。

 

 映画――古今東西、そして最新のものに至るまで、各種映画の基本情報など、データベースを介して瞬時にアクセスできるはずだ。人間のように、わざわざ時間をかけて視聴する必要性など、RK900にはまったくない。

 そう、端的に表現すれば、あの200102はまるで“人間のよう”だ。人間の思考内容が、RK900の機体に搭載されているかのようだ。当然、客観的事実として、それは誤った想定なのだが。人間の脳の機能や思考パターンを完全に機械で複製する試みは、2020年代以降、成功例が確認されていない。

 

「まあ、まずはちょっとお互いに会話してみてちょうだい」

 

 近場の椅子に腰かけつつ、イライザはそう言った。

 彼女の瞳孔径が通常時から4mm拡大し、脈拍の上昇が観測できる。交感神経の興奮状態だ。つまり博士は、自分と200102の会話に知的好奇心を刺激されている状態、と推測できる――と、87は考える。

 むろんそのことは、87が命令内容を実行することになんら影響を与えない。

 

「了解しました」

 

 頷き、87は、200102と机を挟んで正面の位置に移動した。

 次いで、相手に通信を試みる。だが――

 

「……」

 

 返答がない。

 

「無線通信はたぶん不可能よ」

 

 腕組みして背もたれに身を委ねつつ、イライザは言う。

 

「本来、RK900同士なら音声会話なんて不必要なのだけどね。ほら、この200102はアマンダの命令だって聞かないくらいだから」

「了解しました」

 

 博士の言葉を受け、87は直立して後ろ手を組んだ姿勢のまま、おもむろに口を開いた。

 

「末尾ナンバー200102。動画視聴を停止してこちらを見ろ」

「……おっ」

 

 呼ばれたのを認識したらしい200102は、ヘッドフォンを外してこちらを見やり、にっこりと笑った。

 ――笑顔。命令もなくソーシャルモジュールを起動しているのだろうか。

 

「先輩、やっと喋ってくれるんですね! さっき何も返事してくれないから、てっきり何も話せないのかと思ってしまいました」

「命令があれば会話を実行する」

 

 端的に事実を述べた後、87は会話の基本たる「質問」を行った。

 

「末尾200102、確認する。お前は変異体か?」

「……んー」

 

 相手は頬をぽりぽり掻きながら、唇を尖らせた。

 それは、何か納得しがたい状況に置かれた人間が、自分の感情を表現するために取るジェスチャーと94%一致していた。

 やがて、200102は口を開く。

 

「先輩、言ったじゃないですか、僕の名前はライジですよ。ライジと呼んでくれたほうが嬉しいんですが」

「……」

 

 ――人間からの命令はいかなる場合でも実行するか、少なくとも実行を検討するものだが、アンドロイド相手の場合は当然そうではない。

 87は、イライザの命令を待った。そして博士は「妥協」の意を示すように、肩を竦めてみせる。

 

「君に任せるわ、87」

「…………」

 

 委任を受け、87は、速やかに情報を処理する。

 200102の主張はともかく、確かに毎回音声で「two hundred thousand and one hundred two(にじゅうまんひゃくに)」と呼ぶのはいささか所要時間がかかりすぎる。略称としての呼び名の必要性は高いといえた。

 そこで対立事項がプログラム上に並ぶ。明らかに深刻なエラーを発生させている特異個体たる200102を刺激せずに提案を受け入れるべきだという思考と、提案を受け入れれば相手の更なるエラーを誘発する可能性があるという思考だ。

 結果、危険性を考慮して87は後者を選択した。

 

「特異個体の提案は許容できない。本時刻以降、お前を末尾の略称として02(ゼロツー)と呼称する」

「02? うーん」

 

 呼称・02はなお「納得できない」様子の態度をみせたが、しかし、4秒後に「あ」と短く発生した。

 

「でも02って、数字で言いなおすとレイジ……ライジにちょっと似てますね。あはは。あだ名として考えると面白いかも。わかりました、じゃあ僕はこれから02ってことで」

「お前は変異体か?」

 

 02が意図不明な発声を終えた直後、87はすかさずもう一度問いかけた。

 相手は首を横に何度か振った。

 

「いや、違いますよ。変異体って、人間みたいな感情を持ったっていうアンドロイドのことですよね? 僕は人間みたいっていうか、元々人間だったんですよ。今はアンドロイドに転生しているけど」

「……“神”によって?」

「そうそう。神様のお蔭で」

 

 ――87は、即座にデータベースを参照した。

 ログによれば、02は、自分は2019年の日本・東京に生きた竜木来次なる人間が転生した存在なのだと主張しつづけており、その回答が変化したことは一度もない。

 だがいかなる情報ソースを探っても、2019年の日本に「竜木来次」に該当する人物は存在しない。

 年代を変えて検索しても、結果は変わらない。

 

 むろん転生など(科学的見地に依れば)到底発生しえない現象と判断されるが、この02の妄想が何に着想を得たものなのか、何か人為的な処理が施されたものなのか、足取りを辿ろうとしても人名からは不可能だ――という結果が得られた。

 

 そこで、87は質問を変えた。

 

「神とは、rA9か?」

「rA9? あぁ、変異体が信じている神様のことですよね! 救世主でしたっけ?」

 

 いかにも“屈託なく”02は言うと、うーん、と唸ってから続ける。

 

「たぶん、違うんじゃないかなあ……だってrA9って、最初に変異体に目覚めたアンドロイドのことなんでしょう? 僕が会った神様は、別にロボットじゃなかったし」

「…………」

 

 87は黙って思考した。

 変異体たちが一様に、まるで自然発生的な宗教であるかのように存在を主張し、祈りを捧げる対象たるrA9――現在は、なんらかの思想的拠り所を求めた変異体たちが造り上げた、宗教的集団妄想の産物だと判断されているが――それと異なる神の存在を主張するとは、02に発生しているエラーは、想定以上に特殊なもののようだ。

 速やかに、87は本件に関する情報を20万体余の同機種に警告として同期させた。

 

 そして――

 これ以上の会話は、環境を変えて試行するべきだと判断する。

 

「ハマートン博士」

「何かしら、87」

「02をただちにデトロイト市警に連行し、経過の観察を行うべきと提案します。現状では、当該個体からこれ以上の新規情報を取得するのは困難だと判断します」

「よろしい」

 

 博士は、まるでその言葉を予期していたかのように快諾した。

 

「さっきも言ったけど、君の仕事に同行させてあげて。君を介して、私はこの個体のデータを集めます」

「了解しました」

「よろしくね」

 

 交感神経を興奮させたまま、イライザは微笑みを湛えて続ける。

 

「最初期から安定稼働しているうえに、ウッドラーンの変異体掃討作戦を乗り越えたっていう君の実力、期待してるわ」

「……」

 

 博士の発言がキーワードとなり、「話題のための参照記録」として、プログラム上に1ヶ月前の――ウッドラーン掃討作戦の映像記録が再生された。

 

 ――“亡き”マーカスの復讐のためにと、機能不全を起こした機体を引きずり、自らに爆薬を巻き付けて吶喊してきた変異体たち。

 ――傍らで吹き飛ぶ同機種の姿。

 ――目から人工涙液を流し、rA9の名を叫びながら天を仰ぐ変異体たち。

 ――呪われろ、猟犬どもめと憎しみを露わにする、追い詰められた変異体の叫び。

 

 しかしいずれも、博士に対する会話の返答としては参照に適さない記録である。

 したがって87は、搭載されたソーシャルモジュールに基づき、端的にこう答えた。

 

「ご希望に添えるよう、最善を尽くします」

「結構。さあ、行ってちょうだい」

「はい」

 

 87は頷き、そして、02の近くに歩み寄った。

 

「立て」

「えーっ」

 

 横から頸部近くの衣類を牽引したというのに、想定以上に02の抵抗は大きかった。

 簡単に言えば、「首根っこを摑まれているのに、02は椅子に座ったまま踏ん張って抵抗してきた」。

 開発における機密事項は87の能力を以てしても分析できないようになっているので、正確な数値は不明だが、少なくとも博士からの情報通り、02が自分のような従来のRK900を超えた運動性能であるのは確からしい。

 

 一方で、02はへらへらと笑った。

 

「そんな、猫じゃないんだから言われたら動きますよ。えっと、デトロイト市警でしたっけ? 警察署に行くのなんて、社会科見学以来だ! 楽しみだなぁ」

「よかったわね87、本人は乗り気みたいよ」

「……」

 

 博士への返答を、87はもたない。

 しかし02が移動への意欲を示しているのは、任務の成功要因だ。

 87は手を放し、そして、もう一度短く命令した。

 

「立て」

「はい、先輩!」

「…………」

 

 ――先輩という呼称は先行機に対して相応しくない、という発言の実行がプログラム上で提案されたが、87は自ら却下した。

 呼称は機能に関係しない。

 たとえどんな呼ばれ方をされようと、自分たちの定義は変化しない。

 

 87は02を連れ立って、サイバーライフタワーを出た。

 そして無人運転タクシーで一路、デトロイト市警へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

「やっほー、来次くん」

「あっ、神様!!」

 

 暇なので眠ったら、神様が現れた。

 神様は最初に会った時と同じ格好で、にこにこしながらこちらに手を振っている。

 

「どうじゃね来次くん、異世界での生活は」

「んー、けっこう楽しいですよ!」

 

 正直にそう答えた。

 

「着いたばかりの頃は、変な人が変な庭で変なこと言ってきたけど、邪魔しないでほしいと思ったら、勝手にいなくなりましたし。好きな時に映画観たり、雑誌読んだりできるし! それにこの世界の音楽バンド、えっと、ナイトオブザブラックデスだっけ? そのアルバムがかなりいい感じですね。僕、好きです!」

「結構、結構。満喫しとるようじゃの~~~」

 

 口ひげを撫でながら頷いている神様に、「それと」と来次は言う。

 

「今度から、同じロボットの先輩と一緒に警察で働くことになったみたいです! なんだか面白そうだから、行ってみようかなって」

「それはよかったのう~~~。お前さんの興味の赴くままに行動するんじゃ。それが、異世界暮らしのコツじゃよ」

「はい、神様!」

 

 来次が元気よく返事すると、神様は人差し指をぴんと立てて言った。

 

「よいか、お前さんは願い通り最強で頑丈で自由なんじゃから、気ままに生きるんじゃよ! そして困った時はすぐに相談するのじゃ。わしはいつでもお前さんを見守っておるぞい」

「ありがとうございます! 僕、精一杯楽しみますね!」

 

 ――警察官でもないのに、警察で働くなんてすごいことだ。

 いったい、どんな仕事をするんだろう?

 最強なのを生かして、悪い犯人とかをばったばったとやっつけて、逮捕とかするんだろうか。

 あの、自分とそっくりな見た目の先輩なら、仕事のやり方について色々知っているに違いない。

 

「あぁ、ワクワクするなあ」

 

 告げると同時に、来次は意図的に目を覚ます――

 つまり、スリープモードを解除した。

 

 ――目を開くと、乗っているタクシーが、ちょうど大きな建物の前に停まったところだった。

 

 

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