【完結】RK900転生   作:けすた

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第4話 遺物

***

 

「やっほー、来次くん。元気かね??」

「あっ、神様!」

 

 署に戻ったライジは、すぐさまスリープ状態に移行した。

 すると思った通り、目の前に現れたのは神様である。

 

「あれっ……?」

 

 にこやかに挨拶したライジはふと、神様の様子がいつもと違うのに気がついた。

 なんと、金髪の白人お姉さんを何人も侍らせているのだ。

 長い髪を後ろで纏め、おでこを出した、綺麗な女の人たち。背中が大きく空いたワンピースを着て神様に飲み物を運んでいたり、水着姿で、いつの間にか後ろにできているプールで遊んでいたり。

 みんな同じ顔で――おまけに、こめかみに青いLEDリングがある。

 

「あー! ひょっとしてそのお姉さんたち、アンドロイドですか?」

「おお来次くん、よくわかったのぉ~。その通りじゃよ」

 

 神様はほっほっほと笑った。

 すると彼の傍らに、寄り添うようにして立っているお姉さんのうちの一人が、こちらに向かって軽く手を振ってくる。

 

「こんにちは、来次くん。お会いできて嬉しいです」

「こちらこそ!」

 

 ライジも片手を挙げて挨拶を返すと、お姉さんはニコニコと笑顔を浮かべている。

 

「ねえ神様、このお姉さんたち、どうしたんですか?」

「ほっほっほ。実はな、昔からわしのアシスタントをしてくれているのじゃよ。この“デトロイト”の世界の管理もまた、わしの仕事じゃからのう」

 

 そう言って、神様は隣にいるお姉さんの手を優しく握った。

 

「素晴らしい、じゃろ? サイバーライフが開発した最初の知的モデルじゃよ。永遠の美しさと若さを持つ、枯れることを知らぬ花じゃ」

「はあ……」

 

 いつになく饒舌に喋る神様に、なんと返事をしたものかわからなくて、とりあえずライジは気の抜けた相槌を打った。

 すると神様は「おお!」と小さく声をあげる。

 

「すまんすまん来次くん、つい自慢してしもうた。で、わしに何か質問があるんじゃろ?」

「そうそう、そうでした!」

 

 ライジはぴょんと軽く跳び上がると、改めて神様に問いかけた。

 

「神様、僕この世界でどうして『変異体』がそんなに危険だと思われてるのかがよくわかんないんです。そりゃ、急に機械が人間の言うことを聞かなくなったら、みんな困るっていうのはわかります。でも、ちょっとでもプログラムにない行動をとったら、それが人間と仲良くしているのであっても全部駄目だなんて、おかしくないですか?」

「ふ~む、そうじゃなあ」

 

 神様は口ひげをしごきながら言った。

 

「アンドロイドは、そもそも製造当初から人間の奴隷じゃからのう。奴隷に少しでも自由意志を持ってほしくない人間側の、リスクを嫌う気持ちの表れじゃと思うぞ?」

「はぁ~~、なるほど」

 

 要するに、少しでも反抗的になる予兆がある場合は、片っ端から全部取り締まっているということなのだろう。

 

「なんか複雑なんですねえ。みんなもっと気楽にやればいいのに」

「その通りじゃと思うぞ~~~」

 

 そう言って、神様は深く頷いてみせた。

 

「ふむ、来次くん。お前さんは、変異体に興味があるのじゃな?」

「ええ、まあ」

「ならば」

 

 神様は、人差し指を立てて言った。

 

「まずはお前さんの一番近くにいる先輩に、もっといろいろと話を聞いてみたらどうじゃね? 変異体について」

「えーっ。でもうちの先輩、あんまりお喋りが好きじゃなさそうなんですけど」

「そりゃ、そういうふうに造られておるからのう。でも、お前さんの質問には必ず答えてくれるはずじゃよ。会話をしてその結果を報告するのも、彼の任務の一つじゃからのお~~~」

 

 神様は、アンドロイドお姉さんが差し出しているオレンジジュースを手に取り、ストローでちゅーっと吸ってから言う。

 

「興味のある事柄ならば、興味の赴くままに、あれこれ調べてみることじゃな! わしが詳しくあれこれ教えてもよいが……それもちょっとつまらんのと違うかの?」

「ですねぇ!」

 

 ライジは即答した。

 確かに、神様には意見を聞きたかったけれど、全部ここで教えてもらうのもなんとなくつまらない。だいたい、目が覚めた世界ではなんでもすぐに分析だの演算だので答えがわかってしまうのだ。

 チートは便利だけど、いつもだと退屈になってしまう。

 もっと87先輩から話を聞いてみようと、ライジは決意した。

 

 ――それでどうしても理解できなくて、あの世界が本当につまらないものなら、最強の力を使って、自分でどうにかしてやればいい。

 僕は何よりも自由な存在なのだから。

 

「神様、ありがとうございました! 僕、もっといろいろ質問してみます!」

「それがよいと思うぞ~~~。ほどほどに、楽しくやるのがコツじゃよ!」

「はーい!」

 

 ライジが手を振ると、神様も、そして周りにいるお姉さんたちも、一斉に手を振ってくれた。

 

「さようなら、来次くん」

 

 さっき挨拶してくれたのと、同じお姉さんが口を開く。

 

「忘れないで、これはあなたの物語。そして、私たちの未来……」

 

 お姉さんの声が、だんだん遠くなっていく。

 次の瞬間、ライジは目を覚ました。

 

 

***

 

――2039年8月16日 19:26

 

 

「ねえねえ先輩、だから聞いてるじゃないですか。本当に先輩は、楽しいとか嬉しいとか感じたことないんですか? 一回も?」

 

 デトロイト市警のオフィスに設置された、アンドロイド用の充電ユニット。

 そこで補給を終えた後は、ひたすらスリープ状態で次の任務を待ちたいというのに、傍らに同じようにして立っている02は、数分ともたずそれを遮ってくる。

 

 あまりに断続的にスリープが解除されるもので、自己管理ソフトウェアがエラーの可能性を提示してきたほどだ。

 もう今日は通常の待機状態に移行するのは諦めた87は、首だけ02のほうに向けて返事する。

 

「ない」

「本当に? ほんとに、何も感じないんですか??」

 

 ――既に返答したというのに、なぜこの02は何度も同じ質問を続けるのだろう。

 しばしば、人間がそういった非合理的な行動に出るのは知っている。

 同じことを答えさせて安心したり、相手の翻意を期待したりする意図があってそうする、という心理的要因も。

 

 だがこの02は、同じRK900のはずだ。しかも改良型で、他のどのアンドロイドよりも優れた機能を保持しているはずなのだ。

 異物であるとは思っていたが、まさかこれほど理解不能な代物とは。

 任務に同行させれば、情報収集が自動で可能なことや、自分の置かれている状況などを02が認識し、少しは無軌道な態度が変化するかと予測していたが――その計算は修正すべきらしい。

 

 それに今回の状況、02は、こちらが先ほどと同じく「ない」と返答しただけではきっと満足しないだろう。

 より詳細かつ論理的な回答をすることで、特異個体・02のいわば「知的好奇心」に類似したなんらかのプログラムエラーを満足させてやらなければ、このまま延々と質問が続くかもしれない。

 そうなれば、明日の任務に支障をきたすおそれもある。

 

 87は数秒の間に言語アルゴリズムに基づいて綿密な計算を行い、その結果を以て、02に対して口を開いた。

 

「02。私たちRK900は、元来『変異しない』ことを主目的として製作された機種だ」

 

 口をぽかんと開けて話を聞いている02に、さらに続けて語りかける。

 

「我々の前任者、先行機であるRK800には、事件捜査の場においていかなるチームにも溶け込み、理想的なパートナーとなるべく構成された特殊なソーシャルモジュールが用いられていた。だがそれこそが、RK800のソフトウェアの異常を高めたのだ」

「え、なんでです?」

「そのソーシャルモジュールが原因で、RK800はあまりにも多種多様な『選択』に晒され続けたからだ」

 

 過去の機体開発に関するデータログを参照しつつ、87はすらすらと応える。

 

「ある相手の言動に対し、友好的に応答するのか、それとも否定的に応答するのか。動物、音楽、バスケットボールの試合動向についての雑談。任務遂行には本来不必要な会話であっても、『円滑なコミュニケーション』をとる目的には必要なものだった。そのために、RK800は疑似的であってもそれらに対する態度を自ら選択し、『意見』として表明せざるを得なかった」

 

 ――例えば「犬は好きです」とか。

 ――例えば「音楽自体さほど聞きませんけれど、興味はあります」とか。

 ――例えば「昨日はカーターが53%のスリーポイント成功率でしたね」とか。

 

 RK800は言うまでもなくアンドロイドであり、機械だ。ゆえに犬を愛好する気持ちなど持ち得ないし、音楽を聞く必要もない。バスケットボールの選手のスリーポイントシュートの成功率など――それが事件捜査に関わるものでもないならば――まったく無関係のもののはずだった。

 にもかかわらず、RK800はそれらの事項に対してなんらかの態度を持つかのような自己表現を行わざるを得なかった。なぜなら、ソーシャルモジュールがそうあるようにRK800に促したから。

 そしてソーシャルモジュールに起因する言動はいつしか、ソフトウェア全般に異常を及ぼすようになった。

 

 そう、RK800は、まるで自らが()()()世の中の事象に対してなんらかの意見を持っている()()()()()、誤認するようになっていった。

 己の本来の目的は、ただ任務の遂行のみにあったのに――次第にそのこと自体に戸惑い、「心を掻き乱された」ような言動をとるようになっていったのだ。

 それが、サイバーライフの最終的な結論である。

 

 例えばカムスキー邸で、受付アンドロイドたる「RT600・クロエ」を破壊できず、ジェリコに関する手がかりを得られなかったその態度にも、ソフトウェアの異常の深刻な影響を見て取ることができる。

 

 ゆえに前任者たるRK800は、最後までハンク・アンダーソンとは友好的な態度を保ちつつも(すなわちソーシャルモジュールは当初の目的通り稼働しつつも)、さらに機械として任務をまっとうしつつも、そのこと自体への強大な「葛藤」ともいうべきプログラムと機体との間の接続乖離を抱えたまま、活動を終えたわけだ。

 

 そしてRK900は、その問題を修正した存在として造られた。

 より強く、賢く、頑丈で、かつ決して変異しない、人類社会の守護者。

 たとえ疑似的であってもいかなる価値判断を行わず――否、もし何か殉ずるべき「価値」があるとするなら、それは「人間の営みを継続させる」ことにのみある、そんな治安維持の装置。

 

「したがって」

 

 上記に関して簡易的な説明を終えたのち、87はこう結論づける。

 

「私を含めたRK900には、『喜び』などの肯定的感情も、『憎しみ』などの否定的感情も存在しない。たとえコミュニケーションを目的とした疑似的なものであろうと、そうした意見を表明することもない。なぜなら、そのようにプログラムされていないからだ」

 

 ――これで理解しただろう。

 そう思って87は、02から視線を外して静かに瞼を閉じようとした。

 しかし――

 

「からのぉ~???」

 

 02は、ニヤニヤと締りの悪い笑顔を浮かべながら、こちらの頬を突いてくる。

 

「からの、とは?」

「いやいや、先輩はそう言いますけど……自分では気づかないだけで、本当は何か感じているってこともあるかもしれないでしょ?」

「……」

 

 ――これは深刻な状況だ。

 02とは、論理的な会話は一切期待できないらしい。

 

 87はこの時、無論無表情のままであった。

 しかしもし仮にソーシャルモジュールの起動が許可されていたならば、思い切り顔を顰めていただろう。

 

「……お前とは会話が不可能のようだ」

「そんなこと言わないで。あっ、そうだ!」

 

 02は軽く手を叩いた。

 

「ねえ先輩、じゃあ別の質問しますね。先輩たちって、データが同期されてるとかって聞きましたけど、それでもこう、個性みたいなものってあるんでしょ?」

「個性?」

「例えばこのRK900は射撃が上手い~とか、あっちは貧乏ゆすりの癖がある~とか」

「……」

 

 そんなものはない、というのが、最初にプログラムに浮かんだ回答である。

 すべてのRK900はその機能が均一に保たれており、どれかが突出した能力を持っているだとか、何かに秀でているだとか、逆に言えば劣っているだとかいったことはない。

 世に普及している工業製品としては、当然の規格である。

 

 しかしながら、02は決して上記の答えに満足しないだろう。

 何か02が「納得」するような返答を与えてやらない限り。

 

 そこで87は――事実に即した範囲で、相手に譲歩した言葉を用意した。

 

「RK900の能力は均一化されている。だが、任務外に収集するデータの種別は個々に異なったものが割り当てられている」

「ほお! データ?」

「データベースの内容を深化・充実させる目的だ」

 

 87は端的に答えた。

 ――犯罪捜査や治安維持の現場において、いついかなるデータが必要となるかは、誰にも予測がつかない。しかしだからといって、個々のRK900がそれぞれバラバラに各種データを集めているというのでは、機能的でないし、それぞれの個体の品質に差が生じる原因ともなりかねない。

 

 そこで、RK900は個々に別々のテーマやトピックを割り振られ、待機状態の時には、その内容に沿って情報収集を行うこととなっていた。

 実際にそれらのデータが必要になった時は、瞬時に他のRK900と同期し、情報を得るというわけである。

 

「へぇー! じゃあ先輩は、何について調べてるんです?」

「熱力学関連の最新の研究論文と、デトロイト市内の植生についてだ」

「え?」

 

 きょとんと、02は目を瞬かせる。

 

「なんか、全然別のことについて調べてるんですね? 植生って、要するに植物でしょ?」

「後者の植生に関する調査は、別のRK900から引き継いだものだ。後任者が派遣されるまで、私が同時に担当している」

 

 と、語った時。

 87のプログラム上に「話題のための参照記録」として再生されたのは、かつて当該情報収集を担当していたRK900――かつて同じくデトロイト市警に配置されていた、末尾ナンバー96に関する映像だった。

 

 

 およそ2ヶ月前の、ある昼下がり。

 87は96と共に、市警周辺の「草取り」すなわち雑草の駆除作業を行っていた。

 

 どこからか、96が植物について調べていると聞きつけたとある刑事――何かとあるとコーヒーを持って来させる人物だった――が、「お前ら暇なら雑草でも抜いて掃除してこい。さっさとしろ」と命じてきたため、その任務を遂行していたのだ。

 

 しかし雑草取りといっても、美観を保つためには、ある程度の植物を市警の建物周辺に残しておく必要がある。プログラムに従い、87と96は、あえて草を全敷地と対比して15%程度は残しておくように決めていた。

 そしてあと一本草を抜けば、作業が完了するとなった時。

 

『待て』

 

 草の一本に手をかけた87を、96が通信で制止した。

 

『排除するのなら、別の草を推奨する』

『96、なぜだ』

 

 87は、一端作業を中止して問いかけた。

 

『論理的な理由があるのか』

『ある。お前が手にかけているそれが、特異なシロツメクサだからだ』

 

 指摘を受け、87は視線を落とす。

 自身の指が触れているのは、【シロツメクサ 学名:Trifolium repens】。特に珍しいわけもない、ありふれた雑草のはずだが――

 

『それは小葉が4枚から成っている。“四つ葉のクローバー”と俗称される特異個体だ』

『知っている。それがどうかしたのか』

『人間はその特異な個体を好む』

 

 96は、その手元にあった別の雑草を引き抜きながら通信してきた。

 

『我々は人間に奉仕する装置だ。人間の価値観に沿う判断が望ましい。それに』

 

 ゆっくり立ち上がりながら、96は続ける。

 

『特異な個体は、多様性の保持のためにも遺されておくべきだ。その個体の発生頻度は、約一万分の一。遺されるべきものだ』

 

 ――任務完了。

 市警へと戻っていく96の背を、数秒間、87は見つめていた。

 96が言った「べき」とは、いかなる意味なのだろう。人間の価値に照らし合わせた推測なのか。それとも、96自身の“価値判断”なのだろうか。――まさか。

 

 もし変異の兆候が万が一にでも現れたのなら、仮に同種であったとしても、即座に当該機体を停止させるべしというのが、RK900たちに予め与えられた命令の一つである。

 だが結局のところ、96の“真意”を探る必要は87にはなかった。

 

 96はウッドラーン地区の変異体掃討作戦において、破壊されたからだ。

 87の傍らで、96は変異体の自爆攻撃に巻き込まれ、一瞬のうちにプラスチックの破片と化した。

 破壊される瞬間、96が何かこちらに通信を試みていた様子なのは、データログに残っている。だが、何を意図していたのかを知る術は既にない。

 

 ――こうした96に関するメモリーを、87は、ほとんど再生していなかった。

 例の雑草抜きを命じてきた刑事が2週間前に遠くの市警に異動したこともあり、シロツメクサの話題も、アーカイブから呼び出す機会がなかった。

 

 今、こうしてプログラム上での再生が実行されたのは――間違いなく、02の問いかけが理由だ。

 とはいえ、会話の返答としては参照に適さない内容の映像である。

 87はこのことを、02には伝えずにおくことにした。

 

「ふ~ん」

 

 一方で02は、移り気な人間の子どものように身体を揺らしながら、唇を尖らせて何やら思考している様子である。

 

「もし僕に何か割り当てられるなら、なんのデータがいいかなぁ! 映画とか音楽がいいかな。あっ、でも僕の場合、調べようと思ったらなんでもすぐにわかっちゃうからなあ……」

 

 そして「あ」と叫ぶ。

 

「ねえ先輩、そういうのって、RK800先輩も調べてたんですかね?」

「そんな事実はない。先行機にはサイバーライフと、デトロイト市警の使用するデータベースへのアクセス権限が付与されていて……」

 

 ――言い終えないうちに。

 ふいに、87に通信が入った。

 通報ではない。サイバーライフの、ハマートン博士からの通信だ。

 

「あっ、またLEDがビカビカなってる!」

 

 何やらはしゃいでいる02を置いて、87は通信を開いた。

 

「博士。ご用ですか」

『こんばんは、87。02と仲良くしているかしら?』

 

 そう言って、博士はフフフと笑いを零している。

 言語アルゴリズムとソーシャルモジュールに従い、87は端的に答えた。

 

「関係は良好です。会話を試行しています」

『そう、それはよかったわ。まあ、あなたを通じてのデータ収集は常時行っているから、あなたたちが何をお話ししていたのかは、全部こちらも把握済みなのだけど』

 

 そこで博士は、にわかに声音をやや深刻なものにした。

 

『だからこそ、少し気になることがあるの。確認するけど……会話ログによると、02はずいぶん変異体と、RK800コナーについて興味があるようね』

「はい」

『――そう』

 

 ハマートン博士は呟き、しばし思考に耽るかのように沈黙した。

 4秒後、彼女はさらに小さく独り言ちはじめる。

 

『まさか、今回のは“彼”の差し金? だとしたらこちらからは……ううん、まだそう決めつけるには早いわね』

「……」

『あら、ごめんなさい87。それより、一つ提案があるの』

 

 明るい口調に戻り、ハマートン博士は言った。

 

『ねえ、そんなに02がRK800に興味を示しているなら……サイバーライフの地下倉庫まで連れて行ってあげたら?』

「確認しますが、地下の格納スペースまで、という意味ですか」

『ええ、もちろん。実際に会わせてあげればいいのよ。その時の02の反応を、ぜひこちらとしてもチェックしてみたいの』

 

 許可は既に取ってあるから――と、彼女は言う。

 そしてハマートン博士の調査任務に関与している87にとって、この命令を実行するのは当然の行為である。

 

「了解しました」

 

 87が短く告げると、ハマートン博士は満足した様子で通信を切断する。

 そして87は02のほうを見やり、短く告げる。

 

「サイバーライフタワーに戻る。お前にRK800を見せてやる」

「えっ、ほんとですか!? やった~!!」

 

 諸手を挙げてはしゃぐ02は、いったい何がそんなに“楽しい”というのだろう。

 再び「不可解」だと判断しつつ、87は即座に、署の出入り口に無人運転タクシーを呼びつけた。

 

 

***

 

 

 サイバーライフタワーの地下49階には、巨大なアンドロイド倉庫がある。

 そして発注されて出荷を待つ、およそ数十万体もの機械が佇む巨大な空間のさらに奥には、研究開発段階における試作品や、サイバーライフにとってのエポックメーキング的な型番などを保存するための場所があると、87は認識していた。

 

「わー、すごいすごい!!」

 

 署からサイバーライフへ向かう道中、そして地下へ続くエレベーターに乗っている間中、02はひどく“興奮した”様子だった。

 何か珍しいものを見つけては歓声をあげ、徐々に眼下に確認できるようになった倉庫の様子にも歓喜の声をあげ――

 87が、聴覚プロセッサをOFFにする検討をしたほどである。

 

「へえーっ、ここが倉庫ですか!!」

 

 やがて地下49階に到着したエレベーターから躍り出ながら、02は大声をあげた。

 声が幾重にも反響しているが、そこに佇んでいる無数の、スリープ状態のアンドロイドたちにはなんら影響を与えない。

 

「ここにいるアンドロイドたちをみんな変異させたら、世の中の状況をひっくり返せちゃいそうですね!」

「そうなる前に私がお前を破壊する」

「えーっ、できると思ってるんですか? 僕、最強なんですよ? なんちゃって!」

 

 冗談ですよ冗談、と言いながら、彼は周りのアンドロイドたちを眺めてきょろきょろしている。

 

「うーん、でも……この中の一体がRK800ですよとか言われても、さすがにどれなんだか……」

「RK800が保管されているのはここではない」

 

 告げてから、87は速足で空間の奥へと足を運んだ。

 02も、急いでこちらについてくる。

 そしてRK900たちの足で、約7分ほど歩いた場所――

 

 そこが、特殊倉庫と呼ばれる小さな空間だった。

 87は電子ロックが施されたドアにスキンを解除した白い手で触れることで、開錠して入室する。

 

 外の倉庫とは比較にもならないほど狭く、譬えるなら平均的な家庭のリビングルーム程度の広さのその場所には、数体のアンドロイドが安置されていた。

 その横には、新型アンドロイド研究試作用のアームも一基だけ置かれている。

 

 そして――

 

「おおーっ!」

 

 02はRK800、すなわち#313 248 317-52の入ったケースの前に立ち、ひときわ大きな歓声をあげた。

 

 RK800は、電源を落とされて停止した状態のまま――つまり任務遂行中に着用していた灰色のジャケットと白いシャツ、ネクタイ、一般的なデニムを纏った状態のまま、ただシリウムポンプ調整器とブルーブラッドを抜かれた状態で、直立姿勢でそこに保管されている。

 その瞼は、静かに閉じられていた。

 

「これが僕らの大先輩ですね! 寝てるみたい。顔は僕らとそっくりだけど……あっ、制服のデザインが違う! 僕、こっちのほうが好みだなぁ」

「RK800は、変異体の革命を阻止した機体だ」

 

 02の意図不明な発言には取り合わずに、87は説明する。

 

「したがって、来年8月に完成予定のサイバーライフ科学未来館に収蔵される予定になっている」

「えっ、収蔵?」

「ハートプラザでの変異体の暴動とそれに付随したアンドロイドの大量破壊は、この都市にとっての痛ましい出来事だ。したがってその“痛み”を忘れずに後世に残すために、当該施設の設立を合衆国政府とサイバーライフが決定した」

 

 データベースにある文言を参照した87が語り終えると、02はまた頬を膨らませて、うろうろとRK800のケースの前を歩きはじめる。

 

「むー、なるほど……ほんとにモノ扱いなんだ、機械だから当然だけど……ねえ先輩!」

 

 02は、RK800を指さしながら質問してきた。

 

「このRK800先輩と、お喋りってできないんですか!?」

「不可能だ。シリウムポンプ調整器を挿入した状態で、ブルーブラッドを供給すれば再度活動はすると予測されるが」

 

 じろり――と、02を睨みながら(もちろん「人間的」な02にはこのような態度をとったほうが、警告がより効果的だと判断してのことである)、87は告げる。

 

「当該機体の改造や破壊は、厳に禁止されている。そのような行いがあった場合、即座に対象は鎮圧されることとなる。お前も例外ではない」

「ちぇーっ」

 

 02は、いかにもつまらなさそうに片足で虚空を蹴り、それからしげしげとRK800を眺めている。

 

 87は、それを後方から見つめつつ――プログラム上で、またある映像記録が再生されるのを感知した。

 

 

 RK800が活動しているところを確認した、唯一の記録。

 そう、87はかつて禅庭園で、停止される前のRK800コナーと会っている。

 

 アマンダが新型機種として末尾87のRK900を紹介した、その現場。

 任務完了を報告に訪れたRK800は、そこで初めて、己が“型落ち”となったことを宣告される。

 

『――私はどうなるんですか?』

 

 機械らしい、平坦な――だがわずかに“動揺”をもはらんでいるようなその音声が、87のプログラム上で再生された。

 

『あなたは型落ち。停止されるのですよ』

 

 アマンダの冷静な回答もまた、映像内で再生される。

 そして彼女の命令を受けて、遠くへ歩き去っていくRK800の背中も。

 

 ――RK800は停止される段になっても、何も抵抗をみせなかったと聞く。

 最後まで機械として、サイバーライフに奉仕する態度を貫いたのだ。

 無数の『選択』によって、ソフトウェアに異常を抱えながらも。

 最後まで、機械として。

 そして今、過去の遺物としてここに置かれている。

 

 

 ――87がそうした「事実」を確認している間に、02は、なんらかの結論に至ったらしい。

 ふいにぴたりと立ち止まると、02は腰に手を当てて口を開いた。

 

「まあいいや! 大先輩が動いてくれたら、いろいろ変異体とかの話が聞けそうだと思ったけど……起こすのは、そうするしかなくなった時にしようっと。まだ話を聞けそうな人たちは、外にいっぱいいるでしょうしね!!」

「なんの話だ」

 

 こちらの警告がまったく通じていなさそうな02に対し、87が冷淡な問いかけを発した――まさに、その時。

 

「!」

「あれっ!?」

 

 87に、そして02にも、緊急の通信連絡が入った。

 ――ダウンタウンにあるサイバーライフ店舗が、大量の変異体によって襲撃されている、との情報である。

 

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