彼ら彼女らの物語は終わらない   作:田んぼ二キ

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12.またしても折本かおりは笑っている

次第に陽が長くなるのを感じる。俺の隣を歩く戸塚の横顔はちょうど落ちていく夕陽に当てられている。彼の視線は珍しく手元のスマホに向けられていた。まあここら辺は人通りも少ないし、大きな段差もない。俺が注意すれば、大丈夫だろう。少し伸びた髪は耳にかけられ、長いまつげは汗でほのかに湿っていた。

戸塚観察日記でもつけようかしらんとそんなことを考えていた矢先、用事が済んだようで戸塚が一息つく。

 

 

「よし……八幡、ってどうしたの? 顔近くない?」

 

「おっと、戸塚が歩きスマホしてたからな」

 

「ごめんね、もう終わったから大丈夫だよ」

 

 

そう言い終えて、スマホをしまいこんんだ。その顔には若干緊張の色が帯びている。まるで陽乃さんに会いに行く俺のような悲壮な雰囲気を漂わせていた。

帰り道はもう戸塚の家に向かっていないことに気づく。わかっているのは駅方面に向かっているということだけだった。

 

 

「八幡さ……」

 

 

足音で消え入りそうな声で俺の名を呼んだ。それでも足は止まることはなく、止まってしまえば会話が終わってしまいそうであえて俺は答えることはせず視線で返した。

 

 

「これから僕の同級生だった演劇部の部長に会うんだけど、付き合ってくれないかな……いてくれるだけでいいから」

 

 

半歩前を行く戸塚の顔をうかがい知ることはできない。けれどもその声音で不安な心持ちであることが知れた。さっきの今で、約束を取り付けるにしてはあまりその仲は良くないのではないだろうか。

 

 

「なあ、戸塚。留美のためにってことは分かるんだが、無理してんじゃねえか。それにお前はもうすぐ大事な試合なんだし」

 

「留美ちゃんの為なんだけど、半分は自分の為なんだよ。少し無理はしちゃってるけど」

 

 

えへへと、尻すぼみに笑う。演劇部の部長……いや元部長か、同級生なら直接会わずともメールや電話で詳しい内容は分かるはずだ。留美の為に直接会って詳しい内容を聞くということもできる。問題なのはその関係性。さっきも類推したが、戸塚はその人物と何らかの形で仲たがいしたのかいずれにせよ俺にはわからない。

 

 

「まあ、いるだけなら別にいい。学校でもほとんどいるだけで何もしてないし」

 

「何それ」

 

 

緊張の糸が切れたように、歯と歯の隙間から息を漏らす。それからかばんを背負いなおしてくるりと振り返った。

 

 

「ありがとね、八幡」

 

 

俺は何度この笑顔にこの性格に救われたのだろうかと改めて思う。貰ってばかりで、何もしてあげられていない。もちろん戸塚はそんなことを望んではいないのだろうが、これは気持ちの問題だ。相手がどんな奴だとしても俺は戸塚の味方なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ、あそこだよ八幡」

 

 

そういって戸塚が指さしたのはいつかのカフェ。そこはかつて葉山とそして折本、その友人で遊んだ帰りに寄った。雪ノ下と由比ヶ浜を呼び出して、葉山の思惑も俺の自己嫌悪もごちゃごちゃに織り交ざった場所。特に思うところがあったわけではないが、それでも足を向けようとはせずあれから半年は経つ。

ふとそんないことを思いながら努めて冷静に店内へと入った。

 

 

「あのすいません、待ち合わせで来ているんですけど……」

 

 

店員にそう伝え、ついでにコーヒーを二つ注文した。

 

 

「戸塚はミルクと砂糖どうする?」

 

「僕ブラックだから大丈夫だよ」

 

「そ、そうか」

 

 

そう言って、目当ての人物を探し始める。俺はカウンターの前でちびちびとずぶアマコーヒーを作ることにした。ミルクとコーヒーの割合を三対七それに砂糖を加えるのがポイントだぞ! なんで僕たち男子は聞かれてもいないことについつい饒舌になってしまんですかね……、口には一切出していないが。

 

 

「あのーすいません」

 

 

後ろから声が降ってきた。はつらつとそれでいて抑揚のない声。俺はこの声を知っているような気がする。

 

 

「八幡二階にいるかも……あ」

 

 

振り返ろうと、した瞬間戸塚に話しかけられてそっちに意識が飛ぶ。そのせいで、思考が途切れる。

 

 

「あっれー、なんか見たことあるなぁ」

 

 

間延びした声ではっきりとわかった。俺は相手にばれないように、少し咳ばらいをする。

 

 

「んん……戸塚くん二階いこ」

 

 

小町に似せたのだ。これで変な奴だとは思ってもそれが知り合いとは思うまい。俺は相手に背を向けたまま二階へと上がった。

あれおかしいなと小声でつぶやいているどうやら作戦はうまく――

 

 

「あ、うん待ってよ()()

 

「やっぱ比企谷じゃんウケる」

 

 

まさかとは思ったが、特徴のある語尾ですぐにわかる。というか一言目ですぐに分かったんですけどね……。折本かおり、かつて俺が勝手に勘違いして勝手に振られた中学生の同級生。あれから何度か会ってはいるが、その時の感傷が未だに尾を引いている。

 

 

「おう折本、じゃあな」

 

 

ここで立ち話にでもなれば、戸塚の迷惑になる。ここは急がば回れが吉だろう。戸塚に先を行くように急かし、階段を登ろうとする。

 

 

「ちょ、比企谷冷たくない? あ、ここで会ったことは雪ノ下さんには内緒にしておくからさ」

 

「なっ」

 

 

驚きのあまりセル編のベジータのような情けない声を出してしまった。それにしても超のベジータのピエロ感は異常。まあ物語の設定上仕方ないとは思うが、結局最後は決めるから俺たち男子は何も言えない。男子はドラゴン〇ールを見て育ったものだ、文科省は教育プログラムに入れるべきなんだよなぁ。

 

 

「なんで折本さん知っているんですが? まあ言っても言わなくてもいいですが言わないほうが僕にとってはありがたいですはい」

 

「別に言わないってウケル」

 

「八幡必死だね……」

 

 

折本が笑いながら肩をぺしぺし叩き、戸塚は苦笑いを浮かべる。雪ノ下なら笑って(目は笑ってない)許してくれるだろう。

 

 

「それならいい、じゃ俺たち約束があるから」

 

 

努めてクールに別れの言葉を告げ、俺たちは二階へと上がった。

 

 

「うちも二階だし」

 

 

そう言いながら折本もついてきた。これ以上一緒にいたらからかわれるのは必然。さっさと戸塚の待ち人に会ってしまおう。

戸塚はスマホを見て、駅側の席へと向かった。幸い一人だけだったのであの子が演劇部なのだろう。戸塚は少し息を吐いて、声を掛けた。

 

 

「鴨川さん」「陽菜お待たせ」

 

 

二人の声が重なる。肩まで伸びた茶褐色の髪が首の動きに従って揺れる。大人びたその顔とは反対にその目はいたずらっ子のようなツリ目をしていた。その子は俺たち三人の姿を認めると、少し驚いたのち……。

 

 

「会いたかったよー戸塚きゅーん」

 

 

爆走しながら飛び掛かった。

その様子を折本は手を叩いて笑う。

これからの時間を思い、俺は片手で顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

俺ガイル完終わってしまいましたね……というか昨日届いたBDの特典小説見たんですけど、三年生編始まったんだよなあ。なのでこの作品はもうほんとに関係ないものとして見ていただけたら幸いです。

めちゃくちゃ語りたい……

というわけで今回はここまで。また次回お会いしましょう


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