帰宅してからというもの俺は悶々とした感情を抱いていた。もうすぐ社会的に大人になろうという歳の高校生が、実の妹に説教をされる。理路整然とそして感情的に訴えかけてくる妹の説教をどうやって切り抜けるか、何をしたらご機嫌が取れるのか、そんなことを風呂に入りながら考える高校三年生がそこにはいた。ていうか俺だった。
謝るとすれば先手必勝が一番。そうとなれば俺の行動は早い。風呂から上がった後、小町の入浴に合わせて俺はマットの上で正座をすることにした。実際何が理由かわからないが、何となく謝ってみたらいい気がする。さすが俺だな。理由がわからないのに素直に謝る。なんか男らしいぜ!
「きゃーお兄ちゃん何やってるの!」
「とりあえず謝ろうと思って」
「そう思ってる人間は普通風呂上がりの妹を待ち構えないよ。というか、お兄ちゃん私に怒られるようなことしたの?」
「いや、お前説教するとか言ってなかったか?」
特に前を隠さずに、小町は明後日の方向を向いた。俺がもし小町の同級生の男であれば、夢のシチュエーションであったと思うが、俺としては何も思わない。千葉の兄妹であれど、比較的に仲が良くてもこうして妹の裸を見る兄としては特に感じない。仮に義理の妹であろうともそれは変わらなかっただろう。よく妹を題材としているラノベがあるが、あれを書いているのは全員材木座みたいなやつだ(偏見)。
「んーそんなことも言ってたかもねー。でもでも今日のお兄ちゃんの対応は小町的にポイントが高かったので特にお咎めなしです」
「お、まじか」
「というかさお兄ちゃん。雪乃さんのこといつから下の名前で呼ぶようになったの?」
「一週間前だな」
「でも結構普通に呼んでなかった? ……お兄ちゃん色々あったんだね」
さすが俺の妹だ。目を見ただけで察してくれている。誰でもあんなところに行けば俺みたいになってしまうと思う。というかあの場では陽乃さんよりも雪ノ下の方がぐいぐい来たのは意外だった。なんなら陽乃さん引いてたし。
「お兄ちゃんも成長してるんだねー。でもさ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「いつまでもそこに居られるのは小町的にポイント低いかな」
小町の笑顔には二種類ある。心の底から浮かべる屈託ない笑顔、感情を押し殺した外面の笑顔。どっちの笑顔も最高なんだよなあ。ちなみに今の笑顔は後者です。そのことを敏感に感じ取った俺はすぐさま風呂場を後にした。
ドアの後ろでは小町が独り言を言いながらドライヤーで髪を乾かしている。風の音でその内容はほとんど聞こえないが、これ以上は無粋というものだ。今日はさっさと寝てしまおう。
「色々あったが今日はこれで安心して眠れ」
「俺は全く安心できないけどな、なあ八幡久しぶりに男同士話そうじゃないか」
肩を掴まれ振り返ると、怒っているのか泣いているのかよくわからない表情の親父がいた。ていうか普通に泣いている。恐らくさっきの小町の悲鳴を聞いて来たのだろうが、絶対何か勘違いしている。
息子に対しては強く出る親父は、俺の愛想笑いを無視して会話を続けた。
「いや、ははは俺の方は話すことないし」
「大丈夫だよ。それに俺明日有休とるから、朝まで話せるぞ」
「明日学校なんですが……」
首根っこを掴まれ、リビングへと拉致られる。まず親父が目撃した勘違いについて正さねばならん。家族想いの良い性格。そんなことを言えばいい親父かもしれないが、こと小町に関しては人が変わるのだ。娘の身体はもちろんのこと、悪い虫がついていないか授業参観で目を光らせているらしい。中学校での運動会では小町に出入り禁止を言い渡されたほどだ。まだ変態不審者さんとして捕まっていないのは血のつながりがあるからだ。警察仕事しろ。
俺はと言えば、中学校ではなるべく関わりを持たないようにしていたのだが、いかんせんあふれ出るオーラのせいか同級生からは『比企谷さんのお兄さん』というあだ名で親しまれていた。全然親しまれてないんだよなぁ。しかもこれは三年生初頭の話。クラス替えを終え、新たなクラスに馴染もうと俺に声を掛けてくれたクラスメイトが必死になってひねり出したのがそれだった。いや普通に比企谷でよくない? と軽口が叩けたのならもう少し変わっていたかもしれない。まあその後はいつも通り指示語で呼ばれるようになったのだが。
「ただいまー」
俺が親父に対して状況説明をしようとした矢先、母ちゃんが帰ってきた。いつものようにくたびれた様子でバッグをソファーに投げ込むと、冷蔵庫へと向かった。
「あんたら男二人して何の相談?」
中のモノをああでもないこうでもないと吟味しながら尋ねる。もう遅い時間なので晩酌か何かだろう。俺も小町もファミレスで済ませてきたから今日は各々外で食べている。
「なになに、母さんには言えないの? ほらあんた」
ビールを三本、落花生を両手に抱えながらそのうちの一本を器用に投げる。親父の方は、多少滑らせながらもなんとか確保した。
「え、母ちゃんも聞くの?」
「え、母さんも聞くの?」
同時に親父と声が重なる。大分驚いているが俺も多分似たような顔を浮かべていることだろう。それほどに母親の参戦は珍しかった。
「私がいたら話せないようなことなの?」
「そんなことないよ。さぁ八幡やましいことがないのなら正直に話しなさい」
「まあいいけど」
実の妹に土下座しようとした経緯について語る高校生がそこにはいた。ていうかそれも俺だった。とはいえ特に怪しい所はない。俺は守秘義務を考慮しながら多少の改変を含めてやや簡潔に語った。
「ふーんなるほどね」
いつもならここでしつこく聞いてくる親父は特に何も発しない。母ちゃんは俺の言った文言にまるで何かを確認するように質問を入れてきたからだ。おかげで今日は早く眠れるな、実際もう眠いし。
「じゃ最後になんだけどさ」
「俺もう、ねたいんだけ」
「八幡あんた彼女出来た?」
やや被せ気味に言うと、二本目を開け、親父はそれを聞いて盛大に噴き出した。俺はというと、動揺を隠しきれず素っ頓狂な声を上げた。
付き合いを始めたカップルが通るいわば登竜門的存在。しかしながら、思春期の学生にとって自ら親に言うことはまずない。大体その前に別れるか、もしくは母親にばれてしまうからだ。親は子供の行動、思考パターンを熟知しているため滅多に外れることはない。これらをもとに論理立てて追い詰める母親もいるしほぼ勘だよりの親もいる。共通して言えるのは親に疑念を抱かせた時点でほとんどばれていることだ。
かくいう俺も例にもれずまだ報告をしていない。相手方の家に行った時点であれだが、まだいいかという気持ちと恥ずかしい気持ちがウエイトを占めていた。
「は、八幡。あれだよなゲームの女の子だよな? それともあれかメイド喫茶ってやつか? あ分かったぞアイドルだな。うんうん」
「勝手に言い終えて納得しちゃうのかよ」
息子のことどう思ってるんだ。しかもどれも現実だったらやばいと思うが。まあ不名誉せよ、納得しているようなのでぼろを出す前にとっとと寝よう。
「じゃ俺ほんとに寝るから」
「その子はどんな子なの?」
その言葉でドアノブにかけた手が止まった。比企谷八幡からみて、雪ノ下雪乃はどう映るか。かつては恩師が、少女が、後輩が、彼女の姉が、そして彼女自身が問いてきた問い。その度に俺はその時々の考えで返していた。そのほとんどは適当で曖昧模糊としたもの。今の場面なら可愛いとか綺麗だとか、そんな単純で明快な響きを持った言葉で返したほうが楽なのにそれを許さない俺がいる。いや決してそれを妥協してはいけない。彼女の人生に値するかどうかの価値は彼女自身がつけるにしろ、それまでの道程は俺が納得しなければ気が済まない。もちろん母親はそんな俺の覚悟など知らないだろう。
「それは……」
「八幡。あんたは弁は立つけど、顔に出ているから。友達でも気づくわよ」
「さいですか……」
だから思ったよりも早く戸塚達にばれていたのか……。今度からはもう少し気を付けるか。もっとも周りにいた奴には既にばれているからそんな機会はもうないとは思うが。
ロジックや勘じゃなく、ただ俺の顔を見ていただけ。それなのに俺の抱えていた秘密をすぐにつまびらかにした。
当然のことながら母親に……。
「はーちまん、おいおい聞かせてくれよそんな大事な話」
「何突っ立っての早く座って教えなさいよ」
「い、いや親父はともかく母ちゃん明日仕事は?」
「明日はお昼からよー。ほらほらまずどの子があんたの彼女なのよ」
「母さんも一緒ならいいだろー八幡。俺とも恋バナしようぜ」
拝啓。小町さんや、もとを正せばあなたがお説教をしようなどと言ったからですよ。お兄ちゃんは今
たちの悪い酔っ払い二人に絡まれています。今頃すやすや寝ているのでしょうね。寝不足はお肌の天敵だと言っていたことを思い出します。お兄ちゃんも早くふかふかのベッドに潜りたいです。
冷静だったはずの母親はどこに行ったのか。
はぁ、家にいるのに帰りたい。
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扁桃腺まじ卍。ということで九話です。一夜にして39.6は聞いてないっすよ承太郎さん~
いや死ぬかと思った。というかコロナかと思ってひやひやしました。
近況報告
一日から新天地へと赴くので落ち着くまでは更新頻度落ちますすいませぬ
今月中にはあと一話上げたいところです!
頑張りマッスル‼
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