憂き世は鬼の世   作:ミーティ(汚)

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因縁

 

 無惨が鬼と化してから、十年余りの時が流れた。無惨は自分の肉体の事を、いっそ偏執的なまでに確認し続けた。死活問題だったからだ。

 無惨の力は圧倒的だった。肉体を瞬時に造り変える肉体操作能力、軽い腕の一振りで人体を四散させる身体能力、日光に晒されない限りどこまでも死なない不死性、如何なる傷も秒単位で治癒する再生能力、更には己の血を他者に注ぐことで眷属を作り出す能力に、理を捻じ曲げる妖術たる血鬼術。生物として優遇に優遇を重ねた位置にあると言っても過言では無い。

 しかしながら、その無惨を何処までも付け狙う者達がいた。鬼殺隊と名乗るその者達は、人類の上位種と呼んで差し支えない鬼に自ら進んで立ち向かう馬鹿達だ。悪鬼滅殺などとほざいている事は無惨も知る所だが、生憎と鬼が人を喰う事は人が魚鳥を食う事と何ら違いは無い。被食者が捕食者に抗うのは世の常だが、己を正当化するのは人間の悪い癖だと無惨は思う。

 

 ともあれ。その鬼殺隊なる連中は鬼と戦っている訳だが、当然不死身の存在を相手にしているのだから、ほぼ一方的な戦果になってしまっている。しかしその中でも日光で鬼を焼き殺した例が無いわけでもないのだ。殺された鬼は須く()()()()の雑魚だが、この結果を甘く見る事は出来ない。人類は同族を殺す手段を長い歴史の中で磨いてきた種族だ。鬼という天敵種の出現が、人類の持つ殺戮に対する勤勉さにどう影響を与えるのか、無惨には想像がつかない。思いもよらない方向から鬼を殺す術を見つけ出してくるような気さえする。

 元々無惨が鬼を作っていたのは、太陽を克服した突然変異体の出現を期待しての事。とはいえ流石に可能性として低いこちらの比重は軽く、主な目的は無惨の持たない技術などを自勢力に取り込む事と、かの薬を完成させる原材料『青い彼岸花』の捜索の為の人員確保だ。ここにもう一つ、鬼殺隊を排除する為の戦力確保という理由が発生した。理由が理由なので、今までのように余裕かまして気が向いた時に鬼を作る、などという真似をしている場合ではなくなった。より多くの鬼を生み出し、鬼殺隊という組織に対抗する為の纏まった戦力を欲したのだ。

 

 当たり前の話だが、結果として鬼の被害は増える。既存の鬼も増えた鬼達も、無惨が血と共に擦り込んだ忠誠心や向上心、闘争本能などによって多くの人間を喰らい強くなる事を望む為である。そうして鬼の被害が増えると鬼殺隊への志願者も増える。鬼殺隊の戦力が増えて鬼狩りが捗ると鬼が減るので、無惨が戦力の補充と拡大を画策してさらに鬼を増やす。すると被害が増え、という千日手に陥っていた。

 当然無惨は面白くない。大々的に動くつもりなど塵程もなかったのに、無惨も鬼殺隊への対応に相応の時間を割く事を強いられるようになったからである。それでも鬼は、極端に言えば変異した瞬間から戦力として運用可能。鬼という不死身の相手に対応する事に特化して鍛える所から始めねばならない鬼殺隊に比べれば、まだまだ余裕があると言えた。ぶっちゃけ、場当たり的な対応で問題がない。成りたての鬼を屠るのにすら多大な犠牲をかけている現状、その祖たる無惨を討つには鬼殺隊の全戦力を傾けても役不足極まりない。

 

 鬼と鬼殺隊の鼬ごっこが軌道に乗り、一連の対応がある程度流れ作業と化した頃から、無惨は鬼殺隊を取り纏める者を探し始めた。鬼殺隊は頭を潰せば大きく弱体化すると予想したからである。

 因縁が始まっておよそ百年が経過した現在、鬼殺隊の構成員は四種類に分けられる。一つ目は鬼の被害から逃れた生き残りや実情を知った遺族、二つ目は元孤児や浮浪者、三つ目は金銭に惹かれた者、四つ目は鬼狩りを家業として定着させた者。最後は些か特殊としても、他は分かりやすい。一つ目は鬼への恨み辛みが募っているから戦意が高い。二つ目はここを追放されたら行き場がないので必死。三つ目は鬼殺隊の構成員への高い給金が引き寄せた数合わせだ。

 当然これらは皆、熱量が違う。金目当ての連中が鬼相手に本気で命を賭けて戦えるとは思えないし、孤児や浮浪者相手に他者への奉仕精神なんてものを求める方が無理だろう。誰だって自分の身が一番可愛い。無価値な死が最も近かった孤児や浮浪者は、死を伴う脅威に敏感だし生への執着が強い。足並みが揃う道理など無い筈の彼らを纏め上げるには、大義名分となる理を説き、旨味となる益を見せ、ただの集団から組織へと昇華させる為に威を示さなければならない。

 

 簡単に出来る事ではない。個人の中には個々の意思が通い、その奥には崇高な理念と醜悪な欲望が共存する。そしてその理念も欲望も、個々人によって矛先が異なる。相手によって見せる側面を適宜変えつつ、手練手管を尽くさなければ、人を死地に向かわせて目的を達成させるなどという戦果は得られない。

 無惨は相手を正当に評価した上で、そこに付け入る隙があると見た。完璧な組織構築には代替の効かない人材などあってはならないが、往々にして組織にはそういった存在がいるものである。それが鬼にとっては無惨であり、鬼殺隊にとってはまだ見ぬ当主であった。

 無惨は鬼も人も使役し、鬼殺隊の頭を特定した。産屋敷。無惨が人であった頃の実家と血縁関係にある、遠い親戚だった。それを知ってから無惨は鬼に命じて産屋敷の資金源を幾度と無く襲わせたが、潤沢な資産の源は断てなかった。親切な()()は多いらしい。それに鬼殺隊の動きを見る限り、()の躾も得意なようだ。だが人だ。弱く、脆く、些細な事で容易く死ぬ、人なのだ。良くも悪くも鬼殺隊は産屋敷の独裁状態だ。決断も対応も迅速だが、頭が欠ければ途端に動きが鈍る。何もかもが一致しない者達を個人で纏め上げるから、その個人が欠ければ一から作り直し。不死身の鬼ならそれでもいいが、産屋敷はそうではない。

 

 無惨は京都に足を運んだ。天皇がいるだけあって、人も物も情報も沢山集まる。相応の立場にいる者を鬼にしようかと考えていた。青い彼岸花の捜索と、産屋敷の資金の流れの切断。この二つをこなすには単純な武力だけではなく、人の世で通じる権力が必要だと判断したのだ。全てを暴力で押し通すのは流石に無理があった。

 夜中、皇居をふらふらと歩く。屋内であれば何とでもなる為、無惨は数日潜伏して皇居内における人間関係や彼らの人となりをある程度把握していた。そして一人の女に目をつけた。まだ起きているであろうその女に、これから接触しに行くのだ。

 

 やはり目的の女は起きていた。日本製のものも製造され始めているとはいえ、未だ高級品の鏡────それも大きな姿鏡を女官でありながら持っているあたりに、与えた人物からの寵愛具合が窺える。腰まで伸びる艶やかな黒髪に、体型が分かりにくい服装の上からでも分かるほどの女性として恵まれた肢体。鏡を覗き込む透き通った目は憂いを帯び、絹のような肌を繊手が確かめるように撫でていた。今現在権力を握る男が美しいものを好むという事は無惨も耳にしていたが、不老不死故に性の欲求から解放された無惨から見ても成る程確かに愛でるに足る美しさだ。そして本人もそれを認識し、誇っているからこそ隙がある。無惨は女に気付かれないように忍び寄ると、小さく声を掛けた。静かな夜には、それで十分だ。

 

「夜分遅くに失礼する」

 

 女は勢いよく無惨の方を向いた。咄嗟に叫ぼうとした口を瞬時に手で塞ぎ、黙らせる。女が目を見開いたのは、こんなところまで見知らぬ男が侵入してきたが故か、或いは目にも留まらぬ速度で距離を詰められたからか。

 

「声を潜めてくれると有り難い……ああ、予想以上に優秀だ。抵抗は無意味だと理解している。さて、こんな脅迫じみた状況に持ち込んだ当人がこのような事を言うのも何だが────」

 

 無惨は女から手を離し、微笑を浮かべた。冷ややかさを漂わせた、しかし美しい笑みだった。

 

「────人を捨て、魔へと堕ち、それでもなお永劫不変を望むのならば、この私が叶えよう。ただし、その時その瞬間からお前は私のものとなる。さあ、如何」

 

 女は暫し呆けた顔を晒していたが、不意にごくりと唾を飲み込むと、差し出された無惨の手に己の手を重ねた。

 その日、女は人を辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は美しかった。賢かった。赤子の頃に少女を拾い、今まで大切に育ててくれた両親には心から感謝している。そこに偽りはない。でも、己の知り得た中で誰よりも優れた容姿が、知性が、他者と比べ得る()()の存在として認識される事を許容出来なかった。恵まれたが故に傲慢だった。

 時が経って少女は女となり、その美しさにも賢さにも磨きが掛かった。最早他者との比較すらおこがましい程に。その評価は、女の隠れた自尊心を擽った。しかしながら、定命の存在故の必然が女に襲い掛かる。老いである。

 いつだったかそれを自覚した日から、女は時が流れる事を酷く恐れるようになった。毎夜毎夜、自室で鏡を用いて己の美貌に変調がないかを確認する程に。老いたくなかった。死にたくなかった。否、命などどうでもいい。ただ、若く美しいままでいたかった。賢いままでいたかった。老いさらばえて、痴呆になる。そんな惨めにも程がある姿を晒したくはなかった。

 だから、女にとってその言葉は救いと同義だった。

 

『人を捨て、魔へと堕ち、それでもなお永劫不変を望むのならば、この私が叶えよう』

 

 人を捨てる事に迷いなど無い。永劫が手に入るならば、忌み嫌われる魔にもなろう。首を垂れる事に否など無い。不変となれるならば、心からの忠誠など幾らでも捧げよう。

 太陽の下に出られぬ、人を貪り喰らう鬼となる。その事に問題など塵程も無い。だって永劫となったのだ。不変が手に入ったのだ。あれだけ恐れていた時の流れは、不滅ならざる定命の者達が()()していく様を眺める愉悦の源泉となった。故にこそ女は、主君たる鬼舞辻無惨に心底からの感謝と忠誠を捧げるのだ。血に混ざる呪いによって捻じ曲げられた、歪な忠誠ではない。それはあまりに純粋で、ある種の信仰に通じる、美しくも危険極まりない代物だった。

 

 望んで鬼へと堕ちた女の名を、藻女(みくずめ)と言った。無惨に出逢う少し前、上皇に仕える女官として取り立てられてからの名は、玉藻前。のちに九尾の狐として、歴史の片隅に名を刻む事となる魔性の女だった。

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