憂き世は鬼の世   作:ミーティ(汚)

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跳梁

 

 鬼舞辻無惨は鬼である。陽の光を避けながら人を喰らって生き長らえ、その果てにいつの日か陽の下に出る事を望む、鬼である。無惨は様々な理由から眷属たる鬼を生み出しているが、当然ながら好き嫌いがある。例えば数十年前に鬼にした玉藻は無惨も能力気質共に申し分無いと評価する鬼であり、何かと目に掛けて血を追加で与えたりしている。逆に鬼の力に酔って粗暴に暴れ回る鬼は無惨の好むところではなく、ついうっかり殺してしまう事もたまにある。

 実験を繰り返してきた無惨は、人間の頃から確たる芯を持ち合わせる者は鬼と化してもある種の矜恃を持ち合わせる事が多く、そうした鬼こそが強く賢くなるのだと理解するに至っていた。こうした時代において矜恃を持ち合わせる者を調達するとなれば、やはり侍を狙うのが順当と言えた。平安末期における、平氏と源氏の戦い。それを実際に見る事が出来るのは、些か楽しくもあった。

 図らずも玉藻という歴史上に名を残す存在を鬼にした無惨は、他にも歴史上の人物を鬼にする事を目論んだ。今の時代で有名なのは源義経や武蔵坊弁慶などだろうか。その中でも鬼にしやすいのは、生死不明とされている人物。諸々を鑑みて、無惨は狙う人物を決めた。巴御前。剛力の女武者として知られる人物である。

 

 巴御前とは、平家物語において河内源氏の一門である源義仲に幼少期から付き従っていたとされる女性だ。宇治川の戦いで敗れた義仲に落ち延びるよう促され、最後の奉公として敵将の首を取って東国へと去ってからは物語に出てこない。それ以降の話にはばらつきがあるが、無惨が狙うのは彼女が落ち延びるその時なので問題ない。

 宇治川は京都近郊の宇治にある。京には玉藻が潜伏しているので前もって情報収集を命じていたが、義仲の側に女性の武者が居るという報告を既に受け取っていた。後は敗走して一人になった所を狙えばいい。

 勝算はある。芯のある人間は、芯が折れれば脆いもの。それが命令とはいえども主人を見捨てて自分だけ生き延びるという最悪の形でへし折れた心に、偽りの柱を据えてやる。あとは鬼にさえしてしまえば、血による忠誠が偽りの柱を補強する。その果てにどんな鬼になるだろうか。そんな事を考える時、長き時とともに擦り減った無惨の心はささやかながらも躍るのだ。

 

 

 

 

 

 首尾よく巴御前を鬼にした無惨は、若干ながらも欲を出した。他にも著名な者を素体とした鬼を欲しがったのである。次に狙ったのは源義経。ただしこれには問題があった。義経は、記録では死後にその首を酒漬けにして鎌倉に送られている。つまり義経の顔を知る者が後々確認をするので、死体の偽装・誤魔化しが出来ない。仕方が無いので、無惨は全身を回収する事は諦めて体を狙う事にした。

 生物の肉体の死後も暫く細胞は生きている。結局は大本が死んでいるので当然時間経過と共に無事な細胞も崩壊・死滅するが、目標を定めた後の実験によって条件次第ながらも半日から一日程度なら()()()()()事が分かった。限定的とは言え死者蘇生まで成すのだから、鬼の血は偉大だ。

 無惨は義経が奥州へと落ち延びるのに付かず離れず付いて行った。無惨の身体能力と体力であれば、多少義経一行の行き先を探しながらでも夜中に充分追いつける。巴御前を鬼としてから約五年、そのうちおおよそ二年を無惨自身で見張りながら機会を窺った。数百年を生きる無惨にとって、分かりやすい成果の出る人材集めは暇潰しに最適だったのだ。

 そして、今日。屋敷を攻める兵と、それを食い止めんとする者達が衝突した。暗く締め切られた広い屋敷に人の気配は乏しい。奥に篭った義経は妻と娘を己の手で殺すと、そのまま自身の腹を裂いた。介錯役であろう男が即座に首を落とすと、男は屋敷の二階に登って刀の切っ先を口に含み、頭から地面へと落ちて自害した。それを確認した無惨は、予め用意しておいた身代わりの死体と義経の死体を入れ替え、首だけを残す。まさか断面を繋ぎ合わせて確認する狂人はいまい。首さえあれば生死確認には充分なのだから。労に見合った収穫を得て、無惨は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼岸からの遣いだろうか。それが、巴御前が鬼舞辻無惨を初めて目にした時の感想だった。

 

 巴とて、女といえども武士の端くれ。例え主の命であったとしても、主を見捨てて生きるなど誇りが許しはしなかった。心の底から死を望みながら、しかし亡き主の命がその選択肢を奪った。無惨が巴の前に現れたのは、そんな時だった。

 巴から見た無惨は、暴力的なまでの生命力と、背筋の凍るような死の気配を兼ね備えた男だった。人に酷似した形をしていながら、どこまでも人からかけ離れた存在として認識した。地獄の刑吏や三途の川の渡守と誤解したのもむべなるかな。それ程までに濃密な、死の香りだった。

 無惨は巴に、死にたいかと問うた。巴は是と答えたが、主命故に生きねばならぬとも言った。もしやこの男が私を殺してくれるのだろうか。そんな仄暗い期待を乗せた視線を向けた巴に、無惨は笑みを返した。上弦の月にも似た、優美さと悍ましさが()()ぜになった笑みだった。

 

「ならば、人としてのお前はここで死ぬがいい」

 

 一体どういう意味だと不審がる巴に、愉しげに無惨は語り出した。鬼、鬼殺隊、両者の因縁、鬼の殖え方、そして原種たる無惨自身のこと。人を喰らい、太陽に嫌われ、その代価に永劫不滅の身を手に入れた人ならざるもの────鬼。鬼となれば、『源義仲に仕えた巴御前』は死んだも同然。ただの巴として鬼となり無限の時を生きられる。そして永劫を生きる事は、巴に残された最期の命令────生き延び、主君の最期を後世へと語り継ぐ事も叶う。生来の性として生真面目な巴は、意外にも人を外れるというその誘いに魅力を感じた。それは己が望みと主命の間で板挟みになっていたが故の、ある種の逃避でもあった。

 

 この日、巴御前は死んだ。そしてその代わりに、ある一体の女鬼が夜を彷徨う事となる。

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