クレイジー・フード   作:炭焼き職人

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第3話

 月光が寮生達の寝顔を照らす。

 皆様夜に弱すぎでは無いでしょうかね。オレは勿論昼過ぎまで寝てたので全然ぴんぴんしております。世の自宅警備員達はこうやって夜型の生活になっていくのだろう。

 今夜の飯はふみ緒さんのぶり大根、伊武崎の燻製三種、青木のかき揚げだ。かき揚げは特にこれといって特筆すべき事はない。オレの得意料理は揚げ物だし、もっと上手く作れるだろう。

 燻製は中々と言ったところだ。榊の米ジュースがもっと辛口ならより良かっただろう。ぶり大根はその点きっちりとジュースに合う味付けだった。

 

 唐突に一色先輩が

 

「もう料理が尽きたね。鰆の切り身があるんだ。僕が何か作ろう」

 

 と言って裸エプロンのままキッチンへと向かう。オレと幸平だけが残された。

 こちとら初対面の同級生と話すネタなんか持ってないっつうのに。

 

「そう言えばさ」

「はい?」

「お前の得意な料理って何があるんだ?」

「揚げ物だが・・・・・・それが?」

「そんじゃさ、揚げ物のコツ教えてくれないか?揚げ具合を見極めるコツとか、温度の調整方法とかさ」

「わかったわかった。そんなにがっつくな、ステイ、ステイ」

 

 食い入るように色々と聞いてくる幸平に、多少うんざりしながら質問に答えていると、一色先輩が料理を持って帰ってきた。傍目から見たらオレが襲われているようにしか見えないこの光景を見て、

 

「早速親睦を深めてるね、良いことだ」

 

 とのたまった。どこに親睦を深めている要素があるのだろうか。もしかしたら一色先輩は真性のホモなんじゃなかろうかと思っていると、目の前に皿が差し出された。

 

「どうぞ、召し上がれ。『鰆の山椒焼き ピューレ添え』だ」

「「いただきます」」

 

 柔らかくしっとりとした鰆に箸を入れ、ピューレをつけて口に運ぶ。口の中に鰆の上品な脂と少しピリッとしたソースの味が広がった。柔らかな甘みが鰆の脂と合っていて、それに加えて山椒が豊満になりがちな味を締めている。

 一色先輩の料理を味わっていると、幸平も一品作り上げて持ってきた。どうやら一色先輩が幸平を焚きつけたらしい。

 

「完成だ!「ゆきひら」裏メニューその20改!『鰆おにぎり茶漬け』だ!」

 

 注いでいるのは出し汁の代わりに梅昆布茶。一口食べると、口の中で鰆が踊るようだった。淡泊な筈の鰆が非常にジューシーになっていて、噛めば噛むほど旨みが出る、というやつだ。

 

「幸平君。君、ポワレを使ったね?」

「「「ポワレ?」」」

 

 榊、吉野、幸平の声が重なる。幸平は自分でやっておいて驚いているのだから大したものだ。話を聞くところによると幸平は親から習ったらしい。

 ちなみにポワレとは素材の上からオリーブオイルなどを掛けて均一に焼き色を付ける技法で、魚はバリッと仕上がる。幸平曰く、ご飯と一緒にザクザク食うのもいいし昆布茶に浸して少ししんなりさせるとまた違う食感が楽しめる、らしい。

 まあ含蓄は置いといて、確かに旨い。

 一色先輩に至っては裸エプロンのくせに、そのエプロンが殆どずり落ちている。するとその一色先輩が思いついたようにこちらを振り返った。

 

「そうだ、折角だし日野君も何か一品作ってみないか?」

 

 起きてきた寮生共が期待に満ちた目でオレを見る。やめろ、やめてくれ。オレは自分の食べたい飯だけを作りたいんだ。

 うるんだ子犬の目もこいつらには通じない。オレは覚悟を決めて厨房に立った。

 

 さて厨房に立ったは良いが何を作ろうか。こんな深夜にカロリーたっぷりな飯はそぐわないだろう。

 とりあえず冷蔵庫を物色してみる。にんじん、大根が少々、筍、たらの芽、きゃべつ、菜の花。

 よし決まった。後先考えずにばくばく食ってた暴食共の面倒を見てやろう。

 まずはたらの芽と筍の灰汁を抜く。同時に菜の花をボイル、それと昆布、鰹の出し汁を用意しておく。

 次にカットしたにんじんを出し汁にぶち込んで圧力鍋。直ぐに煮込みができる優れものだ。

 灰汁を抜いたたらの芽と筍、ボイルした菜の花を出し汁に入れて一煮立ち。片栗粉を入れて少しとろみをつけておく。

 

 それとは別にソース(と言う呼称がふさわしいかは疑問だが)を作る。

 春キャベツに大葉少量を混ぜてフードプロセッサーにイン!

 

「ゲーハッハハ!!顕現せよ!和風ピューレ!」

 

 魔王のごとき哄笑をあげるオレを、寮生共は哀れな目つきをして眺めていた。ったく、お前らの為に作ってるんだぞ。ちっとは感謝してくれ。

 

「一色先輩、あいつ、いつもああいう感じなんすか?」

「ん?日野君の場合、アレがデフォルトだよ?」

 

 煮物の上に大根おろしをすり下ろし、和風ピューレをほんのすこしかけた後、柚皮を削る。

 

「できたぞ。料理名はそうだな・・・・・・『春山菜のみぞれ煮』ってところか」

 

 一口。幸平達の目がカッと見開く。そして一気に表情が和らいだ。

 

「「美味い・・・・・・」」

 

 オレが作ったのだから美味いのは当たり前だが、やはりこうストレートにほめられて悪い気はしない。

 

「山菜の甘みを引き出しながら苦みを抑え、とろみのついた出汁と絡まっている」

「そして柚皮、大根おろし、ピューレで色々な味を楽しめるのね」

「しかもそのどれもがお茶漬け、山椒焼きに合っている」

「良くも悪くも完結した品を膳へとまとめあげる料理の腕、さすがだね日野君」

「これでもうちょっと素行がしっかりしてると良いんだけど」

「ほっとけ」

 

 ったくちょっと見直したと思ったらこれだよ。素直に賞賛することが出来ないのかねこの寮生共は。

 一色先輩が両手をパンと叩く。

 

「それじゃ、そろそろ解散としようか」

 

 既に日付は一つ進んでいた。


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