マイさんは余計な事をしない。と信じた。実際レッド寮に居た。なんとなく事情を察したらしい。終わるまで待つと。賢い子だ。自分はというと、明日香さんと合流する事にした。戻る途中。道を塞ぎ凄い顔でガイウスさんが立ってたんだけど。
『……見ていたぞ』
「あれ。デッキ置いてた筈では」
『貴様に縛られる事など何一つ無い。やろうと思えば勝手に離れる事も出来る』
一人で出来るもん宣言に聞こえた。ならば何故常にこちらを見てないんだ。見ないなら見ないで文句を言わないでくれと思ってしまう。
『何故負けた?』
「ああ」
マイさんとのデュエルですね。
『どう考えても、あの月の書は違う。それに……』
「月の書は、読みすぎたんです。自分でも何故か分からないぐらいには頭を使ってましたよ。ブラフなんかも使いました。まさに、最後のセットカードはブラフの大地讃頌」
真剣にやっていても、やってるからこそ変に深読みして。見返すと何やってんだってのは結構あります。デュエルに限らずですが。
「っても信じないでしょうけど。わざと負けたとかじゃないです。諦めて負けたなんてのはとんでもない」
『本当か?』
「もちろん。変に深読みしちゃう時だってあるんですよ。信じよ、帝」
疑うような、と言うよりは。なにか見透かしたような視線を送った後にため息をつかれた。
『減らず口を叩きおって。どうしてここまでの事がありながら平凡なままで居られるのか理解出来ん……負ける程の理由があったのか?』
「まーまー。何言ってるか分かりませんがホントに疑い過ぎです。でもあの子は伸びますよ。楽しみですね」
『下らん……負ければ威厳が無くなる。貴様はあやつから見れば下の人種になった。負けた者の思い通りにならないのが世界だ』
「別にマイさんの上になりたいわけじゃないですよ〜」
『だとしても負ければ……』
「はいはい。知ってる知ってる。勝たなきゃダメな時は、勝ちますって」
この帝は、人とはかけ離れている割には人の心が読めるらしい。
「……じゃあ。最初のデュエルでガイウスさんに勝った自分は勝者?」
『最初から、デッキ破壊などと姑息なっ……』
「あー。はいはい。なるほどです。姑息な手に負けちゃったからノーカンって奴ですね。帝なのに、言い訳ですね」
『なっ!!』
最初のデュエルで負けている。それを掘り返した途端に怒った。確かに、上に立つなら勝つのは必須だと笑った。
ガイウスさんとの戯れもそこそこに、レイと十代のデュエルを見る為に移動。当然、計画通りに明日香さんについて行ってデュエル見ました。ついでに連れて来たカイザーと自己紹介も。
「会うのは初めてか。明日香から話は聞いている」
「初めまして。カイザーさん」
「カイザー……さん?」
「気にしないで。こういう人なの」
カイザーさん。という文の使い方が違和感らしい。でも自分の中ではカイザーさんなのだ。ヘルカイザーさんなのだよ。
「変な人みたいに言わないでくださいよ。ほら、丸藤さん。だと翔君と被りますし」
「翔君って呼んでるなら被ってないわよ」
「亮さん。ってのは、馴れ馴れしいですし」
「貴方がそんな言葉を使うのね……カイザーさんの方が、あだ名みたいで馴れ馴れしい印象だと思うわ」
「おー。びしっとした解答。流石デュエルクイーンさん」
「……」
「あ、ちょっと待ってくださいたたたたたた!! 絞め技だめ!! はしたない!! カイザーさんの前ですよ!!」
最近の訓練のおかげで何故かリアル耐久も鍛えられ落ちないけど痛いものは痛い。自分の首を締めている明日香さんを見た時のカイザーさんの顔が一瞬物凄いものだったのは内緒にしておこう。
肝心の十代君とレイさんのデュエル。見てる限り、恋する乙女はやっぱり脆すぎる印象。これゴブリン連打するだけで勝てるんじゃねってイメージ。実際辛いだろう。守備のゴブリン貰っても美味しくないし。後は、精霊が見えるからかデュエルの流れでクスクス笑ってしまいました。バーストレディを女の子って呼べる十代君凄い。そのデュエルも無事終了。つまりはレイの1件も終わり。見送りは十代君に全部投げた。最初は、一人残される十代君かわいそうだから隣に立ってようかとも思ったけれど……ね。恨まれそうなので。カイザーさんの前で、男だぁ! とも言えないし。いや、何で隠したし。ああ。自分が分からない。当然、一緒にマイさんも帰るんですが、レイさんより先に船の中に行ってましたね。当然、挨拶はしておいた。
「では。気をつけてお帰り下さい」
「……ええ。またね」
「はい。またですよ〜」
シンプルだった。らしいっちゃらしいが。戦利品として奪われたディスクは腕に付けたままだった。予備ディスクよ……さらば。消えたディスクをごまかす方法を考えながらの帰り道は、カイザーさんと明日香さんについて行った。なんとなくだけど。そうしたらカイザーさんから話を振られた。あの人基本喋らないからびっくりしたけど。
「君のデュエルには、少し興味がある」
その一言から入った。
「迷宮兄弟に一人で勝ったその実力。偶然だと言う人が大半だが、俺はそう思っていない」
「そうですか? 自分でもあれは偶然だと思ってますが」
「デュエリストのデュエルに偶然は無い」
自分でも偶然だと、そんな事を思っていた自分にはっきりと。自分の言葉を否定するかの様に。そう言った。
「1枚1枚のカードの動き、そのドローでさえも。デュエリストは自ら決める。君のデュエルは、そういうデュエルに見えた」
「お、おお……」
正直どう返せば良いか分からない。確かに、カイザーさんほどなら初手やドローカード確定させられるとは思いますが。別に信じないわけじゃない。けど、前の世界からの常識が信じる事を邪魔する。
「それに、相手の切り札が出た時。君は笑っていた。自分のカードと同じように、相手のカードにも思いを寄せていた」
「お、おう」
「自分も、そして相手も。互いに認め、思いをぶつけられる。両者ともに全力を出せる。そんなデュエル。俺は、そういうデュエルを目指している。君のデュエルは近いと思った。そんな気がした」
言えない。多分、カイザーさんが思ってるのとは違うなんて言えない……
ま、まあ。真面目に考えてみよう。うん。カイザーさんのこの頃は、勝っても負けても共に得るものがあるからそれで良い。って考えだった気がする。後に起こる1件で「負けたくないぃぃぃい!!!!」になるからね。今は勝ち絶対じゃない。自分も多分、最初はそのスタンス。まあ負けても大丈夫だし的なアレだったはず→明日香さん喝入れられ→やっぱゲームは勝たないと。に戻った感じ。ゲームじゃなくても、負けて得るものがあるのは、勝つ気がある人だけですよね。でもこれ後から本人気が付くんで言う必要ない……な。うん。
それにこんな話をすると、ガイウスさんに勝ちがどうとかお前が何言うって言われかねない。言い返せないけど。勝ちは狙ってる。でも例外だってある。
「まあ。そうなんですか。としか言えませんが。自分は好きなようにしてるだけですよ。
ただ、カイザーさんとデュエルするなら、是非とも、是非とも、是非とも! サイバー・エンドを拝みたい。いや、貴方なら出してくれる。絶対に。信じてますよ。いやむしろ、出してくれなきゃ困ります」
「ふっ。そうだな」
あのサイバー・エンド。必ずや使ってみたい。そうしたいではないか。責めて、上から倒したい。
「明日香が君に負けたという話も、納得が行く」
「負け……いや、引き分けでしたけど」
「2回目のデュエルだ」
2回目。思わず明日香さんに視線を送る。
「ええ。話したわ。1度負けた。1度だけよ。決着はついてない」
「……えー。話したんですか」
えー。って言った意味。それは、明日香さんが再選の時、わざわざ! 2人だけしか居ない場所を選んでデュエルしたからです。そうしたら、誰にも言うなよって意味に聞こえるじゃないですか。
「入試の時と同じデッキ。聞いた時は驚いた。クロノス教諭を倒して尚、切り札を隠していたとは」
「いやー。それは、本当に偶然。むしろ、あのデッキは魔法使い族みんな切り札にするデッキですから」
そのデュエルでは結構ハプニングはあった訳ですよ。けど、楽しい感じでは無かった記憶。多分そんなに笑ってないし、終わるまで楽しいとも思わなかったかな。終わったあとも正直これはこれでどうなんだ? って気はしてやっぱこの世界のデュエルをするのは難しいなと感じた記憶。
「それに……本気の君は少し怖いらしい。命を狙われてるかと思われていた。なんて言葉、明日香から聞いたのは初めてだ。とてもじゃないが今の君がそんな雰囲気を出すとは思えない」
「ちょっと、亮!」
思わぬ発言に慌てて口塞ぎに来る明日香さん。遅いんですよね。まあでも。
「まあ狙ってましたからね命。出てたんじゃないですか。そんな雰囲気」
「……えっ?」
自分の返しにカイザーさんは固まり、明日香さんは戸惑いの声を漏らす。
「本気、真剣。賭けるものが大きい程に強いものです。例えばスポーツだって、その1人の人生。つまり命を賭けてやってる人が居ます。そういう人にならないと上に行けないからですね。超天才は管轄外です。まあデュエルだってそうなんでしょう。命賭けて、命を狙いに行ったつもりでデュエルしてました。……なんて冗談ですよ。2人とも固まらないでくれますか」
この世界のデュエルはただの遊びじゃない。そう思わせる程の何かを感じた。気づかせてくれた人に向けて、恩返し……と言うと変ですが。
「まー。ここに来たからには将来もデュエルで生きたいですし、なら本気でってのは相当に本気ですよ」
あのデュエルは……
□□□□□□
「……分かってるわね?」
「もちろん。真剣勝負ですよね」
大きく深呼吸する彼。1対1のこの場所で、デュエルは始まる。引き分けたデュエルに決着をつける為に。初めこそ私は彼を退学させるつもりで挑んだデュエルだったけれど、今は違う。
「……あー。よし。始めようか」
「じゃあ行くわ。私のターン、ドロー。フィールド魔法。リチューアル・チャーチを発動。そして、手札抹殺。この魔法カードの効果で互いのプレイヤーは手札を全て捨て、新たに同じ枚数だけドローする」
彼のデュエルに関してはデータが少ない。と言うのもデュエル事に明らかに違うデッキを回していることが殆どだから。だからまず狙うべきは相手のデッキの把握。
「お互いに、本気になれそうなカードかもしれないわね。貴方の本気。見せてもらうわ」
「……そんな、狙って引いたみたいなこと言いますか?」
互いの手札交換を済ませる。墓地に送られたカードは入試試験の時に見たカード。つまり、クロノス教諭を倒したデッキ。
「リチューアル・チャーチの効果。墓地の魔法カードを任意の数デッキに戻し、戻した数と同じレベルの光属性・天使族モンスターを墓地から特殊召喚。私は墓地の手札抹殺とサイクロンをデッキに戻して、サイバー・プチ・エンジェルを守備表示」
サイバー・プチ・エンジェル 守備力200
「サイバー・プチ・エンジェルのモンスター効果。デッキから機械天使の儀式、または「サイバー・エンジェル」モンスターを手札に加える。私はサイバー・エンジェル-弁天-を手札に。
まだ続くわ。魔法カード、儀式の準備は発動するとデッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、更に墓地から儀式魔法カードを回収する。デッキから加えるのはサイバー・エンジェル-韋駄天-。墓地からは機械天使の儀式。そのまま機械天使の儀式を発動! 手札のサイバー・エンジェル-弁天-を生贄に、サイバー・エンジェル-韋駄天-を特殊召喚!」
サイバー・エンジェル-韋駄天- 攻撃力1600
「弁天は生贄にされた時に光属性・天使族を、韋駄天は儀式召喚に成功した時に儀式魔法カードを、デッキから手札に加える。私が加えるのはマンジュ・ゴッドと機械天使の儀式。
私は1枚。カードを伏せてターンエンド」
殆ど理想に近いターンだった。さあ、このフィールドをどう返すのかしら。
「自分のターンドロー。魔法カード。グリモの魔導書を発動。このカードの効果は、デッキからグリモ以外の「魔導書」カードを加えます。長いので流しますよ。分らない所は……いや。余計なお世話ですね」
いつもの様な軽い雰囲気が、ターンが始まってから完全に消えた。ピクリとも動かないその目はカードじゃなく私に向けられている。
(こんな機会めったにない。本気でやろう。その価値がある相手だ。この世界に合った本気を見せる。これは難しい事だ。このカードを只のゲームとして遊んで来た自分にとっては特に。けど前の世界の常識に囚われて、ただのゲームと思っていては勝てない。恥じらい等は論外だ。カードを信じてプレイする。命を賭けて戦う。そうやっている目の前の敵が、強いのだから。相手の全力に応えるなら、この先を見据えるなら……)
視線はこちらから外れず、手はカードを動かし始めた。見なくても分かっているとでも言っているみたいに、迷い無く素早く。
「加えるのは、魔導書士バテル。そのまま召喚」
バテル 攻撃力500
「バテルの効果で「魔導書」魔法カードを1枚デッキから手札に。加えたのはセフェルの魔導書。
そのまま発動。手札の「魔導書」カードを相手に見せ、墓地の「魔導書」通常魔法カードを対象に発動。選んだ「魔導書」通常魔法の効果を使用できます。見せるのはゲーテの魔導書。墓地からはグリモの魔導書を選び発動。デッキからアルマの魔導書を加えます。魔導書院ラメイソンを発動して、カードを2枚伏せてターンエンド。……どうしました?」
どうしても不気味に見えてしまう彼を見ていると、不思議そうな声が、いつもの様な柔らかい声が届いてきて、思わずびっくりしてしまう。
「えっ? あ、いいえ。何でもないわ。私のターン」
落ち着きましょう。冷静に考えるのよ。今はデュエルの事を……2枚のセットカードの内1枚は、入試試験でも使った速攻魔法。ゲーテの魔導書。その可能性が高い。墓地の魔道書を2枚除外で表示形式を裏側に、3枚で1枚のカードを除外する効果。当然無視できる効果じゃない。それ以外に気にする事は、バテルが攻撃表示で出て来た事。入試の時はハッキリ間違えたと言っていた。今回も間違えた? それとも、これを囮に罠を仕掛けたの?
「(予想はできるけれど、やりずらいわね……)私は、マンジュ・ゴッドを召喚! その効果で手札に加えるのはサイバーエンジェル-弁天」
儀式魔法を発動するのか。発動するのならばゲーテの魔導書で除外されるのはフィールドの韋駄天を除外される可能性を考えないといけない。そうなれば手札のカードも使わなければ儀式召喚出来ないから。簡単には動けない。ならまずは攻撃して、ゲーテの魔導書があるなら発動させて……いえ、手札のサイクロンを……打つの?
この間にも彼は私の方から視線を外さない。獲物を狙う狩人。スキを伺う暗殺者。笑わない目がじっと、ただ私を待っている。
(っ……調子が狂うわね)
まるで今まで見てきた彼が、彼じゃ無い気さえする。いえ、違う。私は知らない。彼がどこから来たのか、なぜこの場所に居るのかさえ。
「貴方を見て、少し怖いって感じたのは初めてよ」
重い空気に耐えられなくて、そんな事を言ってしまった。けど返って来るのは視線だけ。いえ、当然ね。真剣なデュエルを望んだのは私。彼はそれに答えてるだけ。
「……ごめんなさい」
「あっ、いえ、すいませんちょっと反応すれば良かったですね。つい……」
「いえ、いいのよ。私が言ったんだから。真剣に。本気でやりましょう。バトルよ。マンジュ・ゴッドでバテルに攻撃!」
バトルフェイズが始まり相手攻撃宣言。その攻撃に彼は少しだけ不思議そうに首をかしげながらセットされた罠、砂塵のバリア-ダスト・フォース-を発動した。
「ダスト・フォース?」
「ミラーフォースの、破壊の代わりに裏側守備にするカードです。因みに表示形式の変更も縛ります」
叩きつけるように吹き荒れる砂嵐が全体を多いつくしモンスターの姿は消えた。バトルフェイズが終わる。ミラーフォースなら、機械天使の儀式で肩代わりしてバテルを破壊できた。裏側にされただけならば儀式召喚の生贄にもできる。そこまで大きな損害はない。けど確かに。迂闊だったかも知れないわね。
「私は、カードを伏せてターンエンドよ」
エンドフェイズの宣言と共に、場のカード1枚が宙に出来た渦に吸い込まれて消えた。
「エンドフェイズにゲーテの魔導書。グリモ、セフェル、エトワールを除外して裏側表示の韋駄天を除外しました。
では自分のターン。スタンバイフェイズに魔導書院ラメイソンの効果。墓地の魔導書をデッキの下に戻し――」
「させないわ! 速攻魔法、サイクロンでそのフィールド魔法を破壊よ」
さっきのターン、罠を踏んてしまったけれどそれでもこのカードを取っておいたのは彼にドローをさせない為。嫌な予感がする。手札を与えるとなにかが不味い……そんな気が。
「……バテルを生贄に、魔導冥士ラモールを召喚」
サイクロンを温存した結果召喚された上級モンスター。黒い服装で包まれた魔法使いは顔の半分を覆う髑髏がその表情を隠している。手に持つ大きな鎌と髑髏は嫌でも死神を想像させてくる。
魔導冥士ラモール 攻撃力2000
「上級モンスター……の割には攻撃力が低いわね。それだけ効果があるって事かしら」
「無いですよ。今は。ただの攻撃力2000です。更に手札から魔法カード、ヒュグロの魔導書。魔法使い1体の攻撃力を1000ポイントアップ。バトルです。セットされたマンジュ・ゴッドに攻撃」
効果が無い? そんなカードを彼が入れる? いえ、そんな事はない筈。なら、少しでも効果を見る為にもここは通してみるのも手ね。攻撃がそのまま通ってマンジュ・ゴッドは破壊された。当然の様にその瞬間にカードの効果が発動する。
「ヒュグロの効果を受けたモンスターが戦闘で相手を破壊した時、デッキから魔導書を手札に加えます。加えるのはゲーテの魔導書。バトルを終了。自分は手札からアルマの魔導書を発動。このカードの効果で除外されているアルマ以外の魔導書を手札に加える。セフェルの魔導書を手札に。
セフェルを発動。手札のゲーテ、墓地からアルマを見せる。除外されているグリモの魔導書を手札に。
グリモの魔導書を発動。デッキから魔導書院ラメイソンを手札に加えそのままフィールドに。カードを2枚伏せて、終了」
結局、効果を発動したのは魔導書カードであの上級モンスターは何もして来ない。分からない。得体の知れないモンスターと、嫌でも見えるゲーテの魔導書。本当にやりにくいわ。
「私のターン」
でも1度ラメイソンからのドローを防いだこのターンが、防御札がゲーテ1枚しかないこのターンが最も脆い。今のうちにダメージを稼ぐ。
「機械天使の儀式を発動。フィールドのサイバー・プチ・エンジェルと、手札のサイバー・エンジェル-弁天-を生贄に、サイバー・エンジェル-荼枳尼-を儀式召喚!」
荼枳尼 攻撃力2700
「弁天の効果で儀式モンスターを手札に。更に、荼枳尼の効果で貴方はモンスターを墓地に送らなければならない」
「ゲーテ」
荼枳尼の効果に合わせ、問題のカードが来た。けどそれは予定通り。
「何度もやらせない! 手札の
詠唱を遮った緑。その光で怯む間に、魔法使いは荼枳尼の一撃でフィールドから消えた。本当に呆気なく。
「バトルよ! サイバー・エンジェル-荼枳尼-でダイレクトアタック!」
自分 LP1300
「リチューアル・チャーチの効果で墓地の魔法カード2枚。機械天使の儀式と儀式の準備をデッキに戻してサイバー・プチ・エンジェルを特殊召喚する。その効果で機械天使の儀式を手札に加えるわ。ターンエンドよ。エンドフェイズに荼枳尼の効果で、墓地の弁天を手札に戻す」
「自分のターン。ドロー。スタンバイフェイズにラメイソンの効果。ゲーテを戻し、カードをドロー。まずは、セットしたサイクロンを発動」
ドゥーブル・パッセが破壊される。流石に簡単には行かないわね。
「天帝従騎イデアを召喚。イデアは召喚、特殊召喚に成功した時にデッキから攻撃力800、守備力1000のモンスターを特殊召喚する。これで冥帝従騎エイドスを特殊召喚」
イデア 攻撃力800
エイドス 守備力1000
「更にエイドスが召喚、特殊召喚に成功した時に、通常とは別に、生贄召喚限定でモンスターを召喚出来る。イデアを生贄に、手札から魔導鬼士ディアールを召喚」
それは空から落ちてきた。生贄のイデアをその剣で貫きながら。贄を通り越して突き刺さる剣を引き抜いたそれは、とても魔法使いには見えない。まさに悪魔そのもの。
ディアール 攻撃力2500
「な、なに……そのカード」
「悪魔のカードです。まあ可愛らしく杖でも持たせてみますか。装備魔法ワンダー・ワンドを装備。これを装備したモンスターの攻撃力は500ポイントアップ」
ディアール 攻撃力3000
「ディアールで荼枳尼に攻撃」
静かな悪魔がその剣先を荼枳尼に向けた。その直後。大きく跳ね、落下するように荼枳尼の頭上から迫る。ここで失うわけには行かない。
「墓地の機械天使の儀式を除外する事で破壊を防ぐ」
「けどダメージは受けてもらいます」
明日香 LP3700
「メインフェイズ2。ワンダー・ワンドを装備したモンスターを墓地に送りカードを2枚ドロー。カードを伏せて、終了」
最初の上級モンスターが何も無く破壊されたと思ったら、今度はドローの為に墓地に? 理解出来ない行動にただ恐怖だけが募ってくる。
「私のターン。ドロー! ……私は、大嵐を発動する!」
罠魔法を全て破壊するカード。自らのフィールドに破壊されて困るカードも無い今、メリットのみのカード。決める。何か分からないけど、決着を急いだ方が良い。
「罠、和睦の使者。これでこのターン、受ける戦闘ダメージは0になります」
焦る私と違って、彼は焦らず罠を発動させる。和睦の使者。完全に相手の攻撃を防ぐ罠。しかもそれだけじゃない。
「更に、破壊されたラメイソンの効果。墓地の魔導書以下のレベルを持つ魔法使い族モンスターをデッキから特殊召喚。墓地の魔導書はゲーテ、ヒュグロ、アルマ、ラメイソンの4枚。よってレベル4以下……魔導書士バテルを守備表示で」
新たにモンスターを特殊召喚までしてきた。2体のモンスターを突破し、ライフを削り切れば勝利。届きそうで届かない。ならせめて、少しでも私の有利な状況にするしかない。
「私は……機械天使の儀式を発動するわ。サイバー・エンジェル-荼枳尼-を生け贄に、サイバー・エンジェル-弁天-を儀式召喚!」
「……攻撃力の高い荼枳尼を生け贄に、攻撃力、能力の劣る弁天を特殊召喚した?」
「そして、ブラックホールを発動! 私の弁天は機械天使の儀式を除外する事で破壊されない」
場のモンスターをすべて飲み込む超重力の渦。生還したのは弁天だけ。機械天使の儀式を墓地に送る為だけに召喚した弁天。けれど後悔はない。これで彼の手札は1枚だけ。ドローと合わせて2枚。少ない手札ではあのデッキは本来の力を発揮できない筈。
「これで、私のターンは終わりよ」
彼のターンが始まる。そして私は知る事になる。彼のデッキの本当の恐ろしさを。
「手札から、グリモの魔導書を発動。手札に加えるのは……ネクロの魔導書。このカードは墓地の魔法使いを除外し、このカード以外の手札の魔導書を相手に見せて発動できる。除外するのはバテル、見せるのは魔導書庫クレッセン。これにより、墓地の魔法使いを1体、特殊召喚する」
特殊召喚されたモンスターが現れた時に。死神がフィールドに現れた時に、彼は笑みを浮かべた。その笑顔は、果たして本当に笑っているのかも怪しいと感じる程に、でも純粋な笑顔に見えて。
「なっ……なに?」
「特殊召喚」
「ちょっと…えっ!?」
一瞬のうちにフィールドにはモンスターが溢れ出した。4体の上級モンスターが。何が起こったのか分からない。どうして? 1枚のカードが特殊召喚されただけの筈なのに。
「なんで、そのカード……う、嘘…私の、荼枳尼も?」
良く見ると死神の他にさっき墓地に送られた筈の悪魔と、顔が薔薇になっている異形の魔術師。そして、私のモンスターまでが全て彼のフィールドに存在していた。
「時花の魔女-フルール・ド・ソルシエールは特殊召喚した時に、相手の墓地のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。サイバー・エンジェル-荼枳尼-は、頂きました。魔導鬼士ディアールは、墓地の魔導書を3枚除外する事で特殊召喚出来ます」
強力な効果を持つ魔法使い。そして最後に残った、なんの効果も使わなかったモンスター。このカードがまさに、見た目通りに正しく、死を私に運んできたカード。
「魔導冥士ラモール。このカードは墓地の魔導書の種類によって効果が決定する。墓地にはグリモ、ラメイソン、ゲーテ、アルマ、ヒュグロの5種類。5種類の時、攻撃力が600ポイント上昇し、デッキから魔導書を1枚手札に加え、更にデッキから魔法使い、闇属性、レベル5以上のモンスターを特殊召喚出来ます。これで、フルール・ド・ソルシエールを特殊召喚しました」
魔導冥士ラモール 攻撃力2600
フルール・ド・ソリシエール 攻撃力2900
魔導鬼士ディアール 攻撃力2500
サイバー・エンジェル-荼枳尼- 攻撃力2700
「バトル」
荼枳尼の攻撃が弁天を貫く、悪魔が吠え、魔女が翻弄し。そして。
「とどめ」
ゆっくりと、私の元に歩いてくる。顔半分を覆う髑髏と、悲しげな顔をするもう半分の顔を持つ死神が、手に持つ大鎌を振り上げて。
一瞬で、私の身体を半分に引き裂いた。
□□□□□□
思い出すと実は結構恥ずかしい。最後は調子に乗って全力展開しましたね、必要ない分……真剣にやってたはずだが? なんだこれってなった。まあ。次からはそこら辺も気をつけなければと。あと記憶に残ってるのはデュエルしていたその時、また鎧の人の如く変な声が聞こえた気がして、なんか「殺る」とか言ってて、普通に真剣に受け止めてそうだな全力で……って感じでやってたような。
「ま、そんな話はもう良いでしょう」
少し固まった表情のカイザーさん。ちょっとテンション下がるとあれなので、柔らかくするために動く。話し始めながら距離を詰め、人差し指で軽くカイザーさんの鼻先に触れる。
「話すとすれば、人は見かけによらない。女の子は秘密が多いって事です。男の子なら覚えておくべし。ね?」
すっとそんな台詞が出た事に、自分であれで悲しい上に、明日香さんの顔が思いっきり笑って無かった。それはきっとカイザーさんが恥じらった素振りを見せたからだろうか。
……ちがうんだよ。これは、あれなんだ。すっごくアレな話だけど、露骨なぐらいがわかりやすいんじゃないかなー……っていうか、いや、待て。ダメだ。考えるのをやめなきゃ。恥に塗れるのが人生とは言うが流石にきつい。
それに、どんなに露骨だろうがなんだろうが、男の子はね、基本的に、分かってても反応しちゃうんだよ。そんなものだ。生憎見た目は天使印の女の子だし。カイザーさんは貴方と同じで周囲に1歩引かれてるから女の子に詰められるって感覚もほとんど無いんだよ。多分。えっ、本当か?
でも。これで恥ずかしいならほぼゼロ距離で明日香さんと居る方が恥ずかしい気がするんだ。しかもあの制服ですよ? 毎夜毎夜灯台で会ってますよね貴方達。
「な、なんてね。あ、明日香さーん」
「……いや、私は、良いのよ。ええ」
「違うんだ!!」
「応援する?」
「する所が無いじゃないか!!」
人は環境で変わるというが、本当に変わる。自分の見た目なんて変わったら本当に影響が凄い。
「本当に、私は構わないのよ。むしろ今まで女子寮に居ても行動を起こさなかったのは……」
「その線はない! ってか、起こしたらやばいでしょ!」
「起こさない方がやばいんじゃないか。って最近話してたのよ。ももえと」
「やっぱあの人かよっ! くそっ、そろそろ、そんな方向にもってかれると思ってたけど速い! 良いですか、あの人の話は大概……」
「で、それを聞いたジュンコが……」
「ああそれ聞かなくても分かるめんどい奴! ちっ、用事だ、用事ができました。自分はさっさと戻ります。お2人は灯台部頑張って下さい!」
「と、灯台部? って、ちょっと!」
あれは止めなきゃどんな被害被るか分からん。早く止めねば。明日香さんを無視して、ももえさんを探しに駆け出した。
見つけた時には漫画研究会の皆様と一緒に居た。その人達、自分を見るなり「合格ね!」「あり!」とかほざいていた。何の話か知らないが後ろで笑ってた人が残像を残して消えていたので何となく嫌な事だとは分かった。捕まえて起こそうとしていた騒動を鎮火させました。疲れた。当人は何食わぬ顔でニコニコしながらコチラに話しかけてくる。
「あら、むしろそうなれば、今後は監視の目も無くなりますわよ?」
「違う視線に晒されるから意味無いですよ」
「まあまあ、そうですの」
「分かってるよな……」
この世界に来た時は、デュエルだらけの人生で、それ以外は普通かな。と思っていたけど案外日常も忙しかった。主にこの人と、それに乗せられるジュンコさんのせいでな。部屋に帰ると、ドアの前で待っていた妙な顔つきのジュンコさんが「そ、その……今までごめん」と謝ってきた。何を言ったあの妖怪。ももえさんを引きずってきてジュンコさんの誤解を解消するのにまた、疲れた。
忙しいのはこれだけじゃない。デュエルパートは……「ヒーロー・バリアー!」「悪夢の蜃気楼と、非常食!」「強欲な壺! 天使の施し! 貪欲な壺! エマージェンシーコール! 揃ったぜ、融合とミラクル……」 「へへっ、伏せていたのはインシュランス!」 って感じで忙しいが。ホントおかしい。でもやっぱ最後の奴だけ納得いかねぇ。実はこの辺りを三沢さんと話すのが少しマイブームだったりする。あの人真面目な顔で「十代のドロー運を計算式で――」とか言う。控えめに言って脳みその構造が違った。違い過ぎて笑える。
疲れに疲れ、部屋に。腕の傷なんて忘れるぐらいには動き回った。なので服を脱いだ時にようやく気がついた。
「うわっ……」
一度広がった傷口は安静にしないと更に広がる。まあ見たくはない程度には広がって、消毒しないと不味いってレベルに。風呂でめちゃくちゃ痛そうだけど、これ傷口洗うかな……とか考えていると、ぬっと現れたガイウスさん。
『帰ったか』
「ここ、お風呂場」
『だからなんだ』
「……いや、いい。なんでもない。ガイウスさん。今日は疲れました」
『その傷、治すぞ』
「……えっ?」
唐突な傷治すぞ宣言。どうしたんだ急に。人に優しくしたり、誰かを癒すことに関しては他の髄を許さないぐらいに弱いガイウスさんが治すとは。尋常じゃないダメージを与えて「感覚なくなったから治った」とか言ってる方が自然なガイウスさんが。
『失礼なことを考えていないか?』
「ガイウスさん。苦し紛れにブルーポーションを傷口にかけるのは嫌ですからね」
『……治すとは言ったが、私がではない。後ろのだ』
「後――ろ?」
振り向く、黒いローブに身を包んだ人影。顔の半分を覆う髑髏の仮面。手に持つのは大きな鎌。その姿に、心を奪われた。
『治療を出来る者を連れて来てやった。有り難く思え』
ガイウスさんの話も半分聞き流し、目の前の不気味な格好の人――それはきっと精霊。に話しかける。帰ってきた声は中性的で、透き通るような声だった。その声は、明日香さんとのデュエルで聞いた声でもあった。
「ら、ラモール?」
『……』
こくん。と首を縦に振るのは、見間違えることの無い姿で。その手が自分の傷口に触れると、その傷はまるで無かったかのように消え、健康的な肌が戻って来た。
『見ての通りだ、人と話すのが得意では無い。本来なら最初で連れてきても良かったが、拒否されていた。私はそれでも構わなかったが、貴様があまりにも脆く、必要になったからな。むりやり引っ張ってきた』
『……違う』
ワンテンポ遅れて否定が入る。最初の返事もそうだけどちょっと話すのが遅いというか、なんというか。というか、その声聞き覚えがありすぎる。「殺る」とか物騒な事言ってた、明日香さんとのデュエルの時に聞こえた声だ。
ラモール。カードの精霊。ガイウスさん曰く元々自分の所に居たらしいけど恥ずかしがって隠れていたらしい。人と話すのが苦手。話すことを考えているらしく少し話はじめの前に間がある。
「なるほど。言葉を選ばないで喋ってるガイウスさんよりはマシと」
『貴様』
『……うん』
『貴様ら!!』
見た限りガイウスさんとの仲は良好。そして魔法使いだけあって色々な魔法が得意。例えば回復魔法。その他、補助。ガイウスさんは攻撃すれば勝てるらしいのでそこら辺は覚えてないそうな。
「そしてガイウスさんが出来ない事をやってのけると。流石です」
『……ガイウス、苦手だから。人に優しくするの』
「それは分かる」
後ろで怒っているガイウスさんをスルー。でも本当の事だ。精霊来て驚く事はガイウスの時にやったので、割とすんなり受け入れられた。因みに十代君はHERO全員精霊だと思う。恋する乙女戦みたいに。喋る機会はあんまり見ないけど活躍していた。
きっと精霊ってのは結構居るものだと思います。恋する乙女も精霊、だと思いますし。あれが「フェザーマンさま〜!」とか言ってるシーンは傍から見れば無言の特攻してる恋する乙女だったようなので(明日香&カイザーさん確認)。
「最初から居たんですね」
『……けど、使われなかった。だから』
「そ、それは……」
最初から、つまり入試から。入試の時はフォルスで止めを刺せたので手札に置いたままだったのだ。
『……しかも、あの後から全然使わない』
「あ、明日香さんの時はありがとでした! だから、許して下さい!」
なんだかゴキゲン宜しくないようで咄嗟にそう言うと、後ろのガイウスさんが反応。
『なに、貴様。また明日香とデュエルしていたのか。私以外の奴で!』
「うおっ、な、なんですか。そうですけど」
『……ふっ』
ガイウスさんの反応具合から、何となく察したラモールさんが微かに笑った。
『なぜ私を使わない!』
「い、いや。魔導書で除外しないと明日香さんの機械天使面倒ですし」
『私の効果を忘れたか! ええい、何故貴様は肝心な所で使わぬのだ!』
とても怒っていらっしゃる。こう見えてガイウスさんは強者求むなお方。強い人とデュエルするのが好きな様子。明日香さんは強いですから。そんなお怒り気味なガイウスさんを見てラモールさんクスクス笑う。少し機嫌が戻ったらしいラモールさんの言葉は、もう片方のお方を更に怒らせた。
『……あのデュエルは、いつもより出たから、許す』
『なんだと? どういう事だ』
「えっ、ああ。2回ぐらい出さないといけなかったんです。手札事故ですよ、事故」
実際1回出した時には決めているのが殆どのラモールさんを数回出すのは事故だ。だが。あの人それが気に入らなかったらしい。まあガイウスさんは登場する回数1回が基本ですし、そもそも1枚しかデッキに入れてませんし、墓地から特殊召喚しても効果使えませんからね。今日は、このままガイウスさんの機嫌を直すのが時間かかった。とんでもなかった。もうあれだったからね。
その日から数日の間、初手には必ずガイウスさんが居る。
「ガイウスさん、初手にいると動けない」
だが来るのをやめなかった。これは自分のせいなのだろうか。畜生め。だが絶対に必要ないタイミングで来られるよりは初手にいた方が良い。それに何だかほっこりする。精霊。いやまあ、嬉しい存在。けどやっぱりガイウスさんは面倒だった。
この時、忘れかけていた敵がすぐそこに迫っているのに気がつくのは、あとの話だ。遠い遠い場所から迫る、影。自らを隠そうともせず、立ち塞がる者に持てる全ての力でねじ伏せる。暴力的な影。影は興味深そうに男の話を聞いていた。
「へぇ、そんな人が居るのね」
「ああ。……だが、それを聞いてなんになるんだ」
「色々よ、貴方は貴方で頑張りなさい」
獲物を見つけた狩人の目。オモチャを見つけた子供の目。その目を遥か先の孤島に向けて。
「あの子が認めるデュエリスト。十分過ぎる情報ね」