突如として、静寂が訪れる。
さっきまで嫌というほど聞こえていた砲撃の音も、耳をつんざくような爆発の轟音も、嘘みたいな静けさだ。
周りは、ただただ、クレヨンで塗りつぶしたような、黒一色。あとは、下から上へと泡が体を這っていく感覚だけ。
──────私、沈むのね
当然と言えば当然の結果。多勢に無勢、元々勝機なんてないに等しかったのだ。レイテの海すら臨めずに沈むのは、ちょっと残念だけれど。
大和さん達は、上手くやっているかしら? 時雨は、朝雲は、上手く逃げ切れたかしら?
今の私には、それを確認する術はもうない。ただただ昏く、静かな深海に沈んでゆく。
──────ああ、やっと、終わったんだ
死を自覚しながらも、不思議なくらい心は穏やかだ。
悔しさも、悲しさも、痛みすら感じない。ちょっとの解放感があるだけ。海に溶けゆく泡のように、ただただ沈んでいく感覚があるだけ。
ふと、海面からぼんやりと月の光が漏れ出る。しかし、人間のように手も足もない鉄の塊は、その光に手を伸ばすこともできず、ただぼんやりと見つめることしかできない。
──────結局、何もできなかったな
終ぞ、活躍することはできなかったけれども。いつの間にか一人になって、それでも、ボロボロになりながらもここまで頑張ったのだ。もう、楽になっても許してくれるだろう。
──────待っててね、朝潮、大潮、荒潮。私も、もう、いくから
キラリと、私の体から一雫の何かが零れる。こんな私でも涙が流せるのだろうか、それとも……
ただそれも、泡のように海に溶けていく。海の黒に塗りつぶされていく。けれどそれは、まさに私の泡沫の思いを、表しているようで。
今の沈みゆく私には、もう何もできない。
──────けれど、もしも。もしも、もう一度やり直せるのだとしたら、今度こそ……
今度こそは、誰にも期待されずに、たらい回しにされてきた、こんな鉄屑にも、意地があったんだって、艦としての役目をやり切ったんだって、胸を張れたら───
もし、神様なんてものがいるのなら、もう一度だけチャンスを。
そんな、叶うはずもない望みを胸に、私はスリガオの海の底へと消えていった。
一九四五年 十月二十五日
レイテ沖海戦に西村艦隊の一隻として参加するも、スリガオ海峡にて米軍の大艦隊と交戦。魚雷を左舷機関室に受け、退避する。しかし、退避中に敵駆逐艦に補足され再び雷撃が命中。大爆発の後、レイテ湾を臨むことなく、駆逐艦「満潮」は船員二百三十名と共に轟沈した。