2002年1月1日
シャトルが帰還する。
ただこれだけでぼろぼろの基地はお祭り騒ぎだ。
直接戦う事が出来ず、厨房から見送ることしか出来ないあたしでも、その事実がどれだけ奇跡的な事なのかはわかる。
出撃して、また食堂に顔を出す衛士が減っているなんて事は当たり前、間引きだろうが防衛だろうが大抵は誰かが欠けていくような戦いだ。
ましてや地上最大のハイヴに向かったんだ。
事実、地上部隊も大勢行ったはずだろうに誰一人として帰っては来ていない。
そんな中、突入した部隊のシャトルが帰還するんだ。
基地に居る人間は全員大喜びだ。
シャトルが見えないか、動ける者は格納庫へ、手が離せない者やあたしも窓から外を見上げている。
シャトルが夕陽に照らされて長い影を落としながら近づいてきた。
着陸し、直ぐに冷却材と洗浄液がかけられる。
みんな降りて来る人を今かいまかと待ちわびている。
ようやくハッチが開き、1人だけ、まだ少年と呼べるような顔つきの男が降りてきた。直ぐに医療班が駆け寄り、支えられながらも出迎えた人々に応えて笑顔で手を振っている。
あたしはそれだけを見ると厨房の方に戻った。
医療班は何名かシャトルにも乗り込んでいったから、霞ちゃんも居るんだろう。
せめて2人に何が食べるものを用意できるようにしたかった。
人は生きている限り食事を取る。
怪我をしたり、弱っている時ほど食べることは重要になって来る。
食べれば弱っていても耐えることができる。
美味しいものを食べれば、どうしようもないことがあっても笑顔を浮かべることもできる。
何よりも食事が変わらずにで出て来ることは彼らの癒しになるのだ。
手を離せず、今も怪我人に付き添っている医療班のために片手でも食べられる軽食を、心が弱っている怪我人には温かいスープを作る。
厨房を任された者として、班に手早く作業を指揮、分担して自分の作業に取り掛かる。
作るのはサバの味噌煮だ。
最近はこれを作ることが多かったから慣れたものだ。
先日の戦闘では厨房の損傷が少なく、もう普通に料理を作れるようになったのは幸いだった。
まだ基地全体は復旧できておらず、以前と同じように注文を聞いて作るなんて余裕は無いが、人類の明暗を分ける戦いから帰ってきた英雄を特別扱いして文句を言う奴は居ないだろう。
居たとしても食堂はあたしの領域だ、黙らせる。
いつも通りの会心の出来だ。
霞ちゃんの分は後で部屋まで持っていってもらおう。
出来上がる頃合いで歓声が近づいてきた。
タケルが来たんだろう。
喧しいのでくっついてきた雑多な連中を追い返した。
そしてあたしはいつもと同じように声を掛ける。
「よく帰ってきたね!さあ、これ食べな!」
サバ味噌の乗ったトレーを見ると、タケルは意外そうな顔をした。
「いくらあちこち壊されててもこれくらい作れるんだよ」
「そうじゃなくて、なんでサバ味噌なのかなって?」
相変わらずの鈍ちんだなこいつはと呆れてしまった。
ちょうど腕を吊り、顔に包帯を巻いた茜が現れ、タケルの肩を小突いた。
「まだ気付いてなかったの?この数ヶ月、あの子たちみんな飽きもせずサバ味噌ばかり食べてたじゃない!」
「そういえばそうだったっけか?流行りか」
そんなとぼけた事を返すタケルに茜がますます怒りの表情を浮かべた。
「いや…そうだな…そうだったな。みんなもっと自分の好きなものとか食べればよかったのにな」
ぽつりとこぼすタケルに茜は沈黙した。
「へえ、気付いたなんて朴念仁のあんたが成長したもんだね!」
英雄様があまりに暗くならないように背中を強く引っ叩く。
「いいから食べな。茜ちゃんはまだ病人食だから合成緑茶で我慢してね」
タケルにトレーを持たせ、茜ちゃんの分の合成緑茶も乗せて送り出した。
「ありがとうおばちゃん」
タケルはようやく歩き出し、席に座った。
茜ちゃんも向かいに座って話している。
シャトルの着陸を見てから厨房に戻る途中で珠瀬事務次官を見かていた。本来は自分の事務所に居るのだろうが、どうしてもシャトルから降りて来る人を見たかったのだろうか。
1人だけが降り立ち、歓声に応えているあの姿を見たのだろう。
だが毅然と前を向いて歩いていた。
あの子たちは最後に何を伝えたのだろうか。
年頃の少女らしく想う人に恋を伝えるなんて出来たのだろうか。
あたしは何人も送り出し、帰って来なかった子たちの好物を作るのを繰り返してきた。
今回の勝利から人類の戦いは変わり始めるだろう。
だが直ぐには終わらない戦いだ。
あたしの領域のこの厨房で、これからも皆と戦い続けるのだろう。
初投稿です。クリアした勢いだけで書きました。超短いです。好きな人の好物を一緒に食べてくれる子って可愛い。