エミール/帰郷 または、天津社長の奇妙な1日〈完結済み〉   作:TAMZET

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第1話:飛電インテリジェンス本社ビルにて

ここは大都会。

10万ルクスの太陽の輝きは、山際でなくビルの側面から顔を覗かせる。

本社ビルの正面を埋め尽くす一面のガラス窓はその輝きを受け止め、余すところなく天津の身体へと照射する。彼の持つ白の魅力は光によって最大限に引き上げ、神の威光の如くエントランスを照らし出した。

真白に染まったエントランスに、飛電インテリジェンスが誇る【HIDEN】のロゴマークが浮かび上がる。

視界に映るそれら全てを堪能し、天津は満足げに頬の端を緩めた。

 

「なるほど、一望千里とはこの事だ。世のビルがまるで棒切れのよう……まさに1000%の眺めだ」

 

彼の名は天津垓。ZAIAエンタープライズジャパン社長兼飛電インテリジェンス代表取締役社長を務めている。

彼の朝は、彼を知るものが考えるより遥かに早い。

 

日雇いの用務員より少しだけ遅く出社し、ビルの中腹に設置された空中回廊から、無人のエントランスを眺める。

出社する社員達は、彼の聖骸布にも似た白装束姿を見るや、恐れ、慄き、その姿を見る事にすら不敬を覚え、首を垂れて各々の持ち場へと早足で向かう事だろう。過去に対立していた企業の面々ではあるが、天津は彼らに対しても労いと励ましの気持ちを忘れていない。彼らの技術と能力を極限まで吸い上げ力とする事、それが彼らへの最大限のリターンであると彼は考えていた。

彼の後ろに続く者たちに道を示すべく、先陣を切ってビジネスの最先端を切り開く。それは、出社においても同じ事なのだ。

 

窓の外では、荒れ狂うビル風が悲鳴の如く甲高い風切り音を上げている。その一端が、通気孔の穴から、まだ仄かな乾燥を含んだ春の冷風となって吹き付ける。本来なら腹立たしさを覚える不愉快な風も、天津にとっては、この眺めの前では心地良さに変換されるのだ。

 

だが、この眺めともすぐにお別れすることになるだろう。

既にヒューマギアのリコールは終わった。

残る反乱分子、滅亡迅雷が活動を再開すれば、それらから人類を守る仮面ライダーという兵器の価値は飛躍的に高まる。

滅亡迅雷亡き後も、奴等の意志を継ぐ者は現れる事だろう。それらを尽く滅し、仮面ライダーが神話となれば、天津のZAIA内での地位は飛躍的に高まる。

そうなれば、日本支部の社長のみならず、CEOへの梯子にも手が届く。

これも全て、飛電是之助が生み出したヒューマギアの功罪だ。

彼の遺産を踏み台に、遙か高みへと飛翔する。それが、天津の抱いていた積年の野望であった。25年以上その実現は、まもなく果たされようとしている。

 

「この眺めを毎日堪能していたとは、飛電或人も驕奢なものだ」

 

「本当、綺麗ですねぇ。こういうのを、絶景って言うんですよね」

 

絶景、良い言葉だ。

だが、天津はあえて首を振る。絶景……それでは1000%には届かないからだ。

この絶景を、『絶景』で終わらせてはならない。この景色が過去のものになるほどの飛躍を遂げてこそ、ZAIAの……いや、天津垓の夜明けは完成する。そう、ここからが真の覇道への第一歩なのだ。

 

「……ん?」

 

そこまで考えたところで、天津は思い至った。

 

今、誰と会話しているのだろう、と。

 

慌てて辺りを見回せど、彼の視界が捉える景色は、普段の空中回廊の様子となんら変わらない。

そもそもここは空中回廊、そうそう訪れるものなどいないのだ。先程の声を幻聴と断じ、彼は社長室へと歩みを進めようとする天津だが、また同じ声に引き留められた。

 

「あれ、どこか行くんですか?」

 

少年のような、少女のような、ともかく未発達な声帯から出される柔らかい声。それは、明らかに天津の足元から聞こえてきた。

彼が恐る恐る目を向けた先。

そこには、彼の理解の外にあるモノ……『謎の球体』が転がっていた。

 

「これは、何だ?」

 

最初に思い浮かんだ比喩は、地蔵の頭である。所々が僅かに欠けた、おそらく石造りと思われる灰色の球体。

つるりとしたその表面には、大きな二対の目と、剥き出しの歯茎にも似た紋様が描かれていた。

 

「僕、ずっとあなたを探していたんです。その白い服!!その髪型!!いい人というのは、あなたの事ですよね!!」

 

天津はもう一度耳を澄まし、確信した。

間違いなく、声は確かに、この球体からしているのだ。僅かながら歯茎のような模様が動いている、ように見える。

じっと球体を眺めていると、球体の目の模様がキュッと細くなった。睨み付けている……いや、笑っているのだろうか。

 

(これは、生物なのか……それとも、機械なのか……ヒューマギアのように機械らしい発声法ではなかった。よほど高度なAIが組み込まれているのか……)

 

球体を観察するうち、天津はこれの正体を知りたいという少年じみた思いが、己の心の内に沸沸と湧き上がってくるのを感じた。

膝をつくようにしゃがみ込み、球体表面の顔に向けて語りかける。

 

「君が、喋っているのか?」

 

「はい!!」

 

球体からは元気な返事が返ってきた。

これで、球体が喋っている事がはっきりした。先程のやりとりから察するに、少なくとも言葉を話せるレベルの知能を持っている。

だが、手も足も持たないその外見は生物と断じるにはあまりに不自然である。

 

ここで、天津は一つの仮説を立てた。

恐らくこの球体は、飛電インテリジェンスが密かに開発していた人工知能搭載型のロボットなのだろう。この球体がここにいる理由はそれで説明がつく。これの正体については副社長の福添に確認したいところだ。

スマホを開き、連絡帳の欄を開いたところで……天津は、そっと画面を暗くした。

 

(アレに聞いたところで、何も分からん、か)

 

かつて彼に衛星ゼアの事を尋ねても、有益な情報は得られなかった。彼をはじめ、飛電の役員達は皆、衛星ゼアや仮面ライダーに関する情報を共有されていないのだろう。

飛電インテリジェンスのワンマン体制は、飛電是之助の時代から変わっていないというわけだ。だとすれば、福添には確認するだけ無駄である。邪険にされる事を覚悟で飛電或人に尋ねた方が余程効率的だ。

天津はこれらの思考を数十秒で済ませ、球体の方へ向き直った。球体は首を傾げるようにコロコロと転がり始めていた。

徒歩でそれを追いながら、天津は訪ねる。

 

「なぜ転がっているんだ?」

 

「こうやって移動した方が楽しいからです!!跳ねることもできますけど、視界がブレて酔ってしまう事が多くて……」

 

「なるほど。実に合理的な解答だ。質問を続けさせてもらおう。君は、機械か?それとも、別の動力で動く何かなのか?」

 

「いえ、僕は人間です。動力は、愛と平和です!!」

 

「人間は、愛と平和だけでは動けないと思うが……」

 

真面目に返答をしたところで、天津は自身の少年心は急速に冷めていくのを感じた。

愛と平和で動く生物などいるわけがない。ましてや人間は愛と平和などでは動けない。人間を動かすのは、いつだって欲求と恐怖だ。球体の回答により好奇心が薄れ始めた事で、彼の心には大人な社長の天津が戻ってきた。

 

(何をしているんだ私は。こんな得体の知れないものとまともに会話する必要などないじゃないか。こんなものは、それこそ飛電の職員にでも預けて、私は社長室でどっしり腰掛けていればいい。まったく、変な好奇心を抱くものではないな)

 

平常心を取り戻した天津の行動は早かった。

球体に背を向け、速足でエレベーターへと歩く。今一番近くまで来ている上りのエスカレーターをザイアスペックで検索し、そのためのボタンを高速で押す。

エレベーターのドアが開くまで12秒。この無駄のない行動こそが、天津が出来る社長と言われる所以でもあるのだ。

後ろからは、ポムポムとゴムボールが跳ねるような音が聞こえてくる。押し寄せる好奇心を殺しながらエレベーターに乗り込むと、例の球体も勢いよくその中に乗り込んできた。

ボヨンボヨンとエレベーター内を数度跳ね回り、球体は天津の足元に落ち着いた。

 

「なぜついてくるんだ」

 

眉を潜める天津に、球体は気丈に返答する。

 

「ここは、とってもいい人の隠れ家だったと聞きました。いい人は白い衣に身を纏い、世界を救ったと聞いています!!」

 

「私がその、いい人だと?」

 

「はい!!壁画に見た目がそっくりです」

 

「壁画……?」

 

天津は球体の発言をまともに聞くのをやめた。言っている事が取り止めを得ていないからである。

だが、この球体を邪険にあしらっても、ずっとついてくるかもしれない。なにより、ここはエレベーターの中だ。彼を追い出すためには一度エレベーターを止める必要がある。わざわざそんな事をするのも億劫だ。

そんな天津の判断の元、球体は彼と共に社長室へと入室した。白を基調とした、サイバネスティックな社長室。窓際には観葉植物が置かれ、天津のコーディネートした白机が部屋の中央奥部に鎮座する。そこにあるのはチェス板と僅かな調度品、そして名刺のみだ。どこぞの先代社長のように、卓上を書類の山で埋め尽くしなりなどしない。この整然とした空間は、部屋主たる天津の几帳面な性格を表しているかのようだ。

 

天津は鼻歌混じりに歩を進め、悠々と黒椅子に腰掛けた。

程よく柔らかい椅子の感触に、ほんの少しだけ心中の緊張を解く事ができる。

この席は、かつて私が敬愛していた人間のものだ。この席に座る度、天津は実感せずにはいられなかった、ようやく彼に追いつく事ができたのだと。

 

ここから見る社長室の景色は、まさに静観と言った具合である。企業的インスピレーションが沸き起こるのも肯けるといったものだ。

もっともそれは、ポムポムと跳ね回る灰色の異物さえいなければの話ではあるが。

 

「わぁ〜!!綺麗な部屋ですね!!」

 

球体は不遜にも天津の机の上に着地すると、チェス板のクイーンの駒を口に加えた。

 

「これ懐かしいです!!先に王様のコマをとった方の勝ちなんですよね!!」

 

球体は器用にコマを動かし、盤面の状況を進めてゆく。天津はPCを開き、なるべくそれを視界に入れないように、画面を注視するが、球体は狭い卓上を跳ねたり転がったりしながら彼を妨害する。

 

「落ち着きがないな」

 

「これ久しぶりで楽しくて……あっ!?女王の駒飲んじゃった!?どうしましょう!?」

 

流石に我慢できなくなった天津は、憤怒の形相で球体を持ち上げ、部屋の向こうへと投げ捨てた。球体の落ちていった階下から「何をするんですか」と抗議の声が上がるが、無視をした。

 

やがて、球体は跳ねながら階段を登ってきた。この時点で天津は背後にある小窓のスイッチを入れようとしていたが、流石に良心が咎めたのか、そっとその手を離した。

球体は再び大きく飛び跳ねると、天津の名前が記されたプレートを押しつぶし、屈託ない笑顔を天津へと向けた。

もっとも、相対する天津の顔は、仁王像か鞍馬天狗の如く怒りに歪んでいたわけだが。

 

「今は何年の何月ですか?」

 

球体からの質問に、天津は苛立ち混じりにPCの画面端の日付欄に目をやった。日付欄には4月30日とある。

 

「2020年4月の……」

 

天津が皆まで言うのを待たずして、球体は天井まで跳ね上がった。

 

「やった!!戻れた!!実験は成功です!!」

 

喜びを表現しているのだろうか、球体はひたすら「やった」や「戻れた」を繰り返しながら、社長室中を跳ね回る。

それなりの質量を持っているのだろう、球体が激突した部分の壁はクレーター状に欠け、調和の取れていた部屋がみるみる酷い有様に変貌してゆく。

球体が壁を穿ち、調度品を破壊するたび、天津の額に刻まれたシワは深くなり、睨みつける目は鋭くなってゆく。

そして……我慢の限界だったのだろう。天津が机に拳を叩きつけ、足を鳴らして立ち上がるまでに、そう時間はかからなかった。

 

「いい加減にしろ!!お前は何者だ?というか、『何』だ!?」

 

天津の怒声に、球体は途端に跳ねるのをやめた。先程までの勢いが嘘かのように、球体はコロコロと静かに天津の足元へと転がる。はしゃぐ子どもをしかりすぎてしまった時のような幾ばくかの申し訳なさを感じ、天津もため息と共に眉間のシワを解いた。

やがて、球体は頬の端をギューっと伸ばし、目をキュッと細めた。

 

「申し遅れました。僕はエミール!!タイムマシンを使って、未来から来ました!!」

 

天津は「そうか」と頷いた。

その頷きは別に理解をしたと言う事を表していた訳ではなく、自身の予想を超える驚きから来るものであった。アークのロストファイルの中には、未来から襲来したタイムジャッカーなる者の存在が記録されていた。今更未来から何かが来たところで不思議ではない。

何よりも天津が驚いたのは、「未来から来た」の部分ではなく、この球体に名前があったと言うことについてなのであった。

 

名前があるという事は、この球体に名をつけた存在がいるという事である。これを通じ、彼らとコンタクトを取る事ができれば、ZAIAのさらなる発展に繋がるかもしれない。

 

天津は、歪みかける口端を精神力で律する。

一流のビジネスマンとは、欲を表には出さないものだ。確固たる勝算を見いだしてから、一気に畳み掛ける……それが王者の戦略なのだ。

 

「エミール、君は……」

 

天津が「誰からその名前を貰ったんだ」と尋ねようとした瞬間、エミールと名乗った球体は、彼の言葉を遮り、部屋中に響かんばかりの大声で叫んだ。

 

「ハクション!!」

 

それは、彼の発した音を聞くに、おそらくは『くしゃみ』だったのだろう。ただ一つ普通のくしゃみと違ったのは、飛んできたのは唾や鼻水ではなく、彼の顔に似たサッカーボール大の丸い光弾だった事だ。

無数の光弾は天津を中心に輪の形をとり、子供が吹いたシャボン玉の如く緩慢な動きで、彼を囲うように通過してゆく。

 

「なんだ?」

 

光弾を訝しげに眺める天津の眼前で、それは社長室の壁をえぐり抜き、ビルの外の景色を露呈させた。

 

「なっ……」

 

突如として生まれた気圧差により、強烈な突風が天津の体をさらう。体勢を崩し、高空へと投げ出されかけた天津だが、すんでの所で床のヘリに指をかける事ができた。

さながら、断崖絶壁から身を投げ出さんとする映画のワンシーンのような状況である。

己の身体を社外へと放り出さんとするその力に全力で耐えながら、天津は叫ぶ。

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

先程までの優雅な朝の景色から、いきなりの生命の危機への急転直下。

一瞬でも気を抜けば死に直結するその状況下で、天津は床のヘリを掴む手に死力を込める。

 

「私はZAIAの社長!!いずれ世界を獲る男!!私の力は桁違いだぁ!!これしきの事で死にはしないぃぃっ!!」

 

鍛え上げられた上腕二頭筋と腹筋が躍動する。死に瀕し限界を超えたその力は、彼の体を会社の内へと引き戻した。

机にしがみつき、穴に吸い込まれんとする身体を無理やり力の外へと逃したところで、天津はようやく死の恐怖から解放された。

彼の眼前では、社長室の壁をえぐり抜いたエミールが「あわわわわ」と慌てた声を上げながら部屋中を転げ回っている。

 

「ごめんなさい!!僕、部屋を壊すつもりじゃ無かったんです!!まさか、こんな事になるなんて……」

 

謝るエミール。だが、天津はそれに対し、満面の笑みで答えた。

あまりにも急な出来事が起こりすぎたため、言葉が出ない……わけではない。不思議な事が起こりすぎたからだろうか、天津の頭の中は、酷く冴え渡っていた。このエミールに対し、彼は最良の対処法を閃いたのである。

 

「君に対し、取るべき行動はひとつだ」

 

天津は、ラボの扉のスイッチを入れた。

扉の向こうには、社長室よりも遥かに高度な機械が置かれており、近未来然とした部屋が広がっていた。その内装に、エミールからは感嘆の声が上がった。

 

「わぁ!!すごい機械ですね!!」

 

「我がZAIAエンタープライズの子会社、飛電インテリジェンスが所有する衛星ゼア……これはそのコントロールルームだ」

 

「あの……」

 

「中を見たければ自由にするといい。大事なものもあるが、壊さないでくれれば先に触って構わない」

 

「ありがとうございます!!」

 

天津の許可を得たエミールは、無邪気にも、転がってゆく。前進するエミールとは反対に、天津は僅かに足をにじりつつ後退してゆく。

 

「エミール、少しそこでゆっくりしていてくれ」

 

「はい!!わかりま」

 

皆まで言わせずして、ラボの扉が閉まった。

天津が後ろ手に持ったスイッチで扉の開閉スイッチを操作したのである。

扉が閉まってからの天津の行動は早かった。

スマホを立ち上げ、履歴を探る。

このエミールを押し付ける相手を探さなければならない。だが、個体自体は興味深いので、いつくかの質問をした後にA.I.M.S.の連中に捕縛してもらおう。

そのための時間稼ぎができる人材を探さねば。

履歴の一番上に出てきた名前はこれだった。

 

『刃・ナイーブ・唯阿』

 

先日の指令を出した時のものだ。

ボタンを押そうとして、すぐにやめた。

そういえば、彼女は先日辞表を提出したばかりだったじゃないか。正直彼女がどうなろうが私の知った事ではないが、ここに呼んで来てくれる可能性は1000%無い。

次に出てきた名前は……

 

『ナキinゴリラ』

 

これは……前に嫌がらせの電話をかけた時のものだったか。

ボタンを押そうとして、またやめた。

そういえば、アレは先々週に野良犬と結託して私の元を離反したばかりだったじゃないか。正直一度破壊したわけでアレがどうなろうと知ったことではないが、アレをラボの中に入れて何かされるのも厄介だ。

次に出てきた名前は……

 

『ヒューマギア製造工場主』

 

これは、モデル型ヒューマギアの補償金について揉めた時のものだ。もちろん突っぱねたが。

これは、ボタンを押すまでもない。

あのヒューマギア至上主義者がどうなろうと知った事ではないが、むしろそのままあのエミールとやらに倒されてしまって構わないのだが、万が一衛星ゼアを起動されてしまっては取り返しのつかない事になる。

 

私用スマートフォンに入っていた履歴はそれくらいのものだった。業務用を使うと記録が残ってしまうので困る上に、そこまで頼れる相手もそうそう思いつかない。

 

天津は短くため息をつくと、連絡帳の欄を開き、そこにあった名前に電話をかけた。

 

「福添君。出社まで後どれくらいかかるかな?」

 

電話口からは、眠そうな声が返ってきた。まだ7時くらいなので当然ではあるが、天津は彼に対して不当な圧力をかける。

 

「就業時間など些末な問題だ。社長が出社しているんだ、君も早く、なるべーく早く出社したまえ」

 

福添からの返事が来る前に通話を切り、天津は満足げに頷く。

 

「さて、これからどうするか……」

 

壁に開いた大きな穴を眺め、天津はため息をつくのだった。

ここまでで朝7時半。

天津社長の奇妙すぎる1日は、こうして始まったのである。

 

 

________________

 

 

福添が出社してきたのは8時の事だった。

天津からしてみれば遅すぎる出社だが、基本的に飛電インテリジェンスの出社時刻は8時半なので、規則的にはまったく問題はない。

寝ぼけ眼を擦りながら社長室に入ってきた彼は開口一番、「なんで穴空いてるんですか!?」と叫んだ。天津が「部屋の風通しを良くしようと思ってね」と返すと、福添は首を傾げながらも彼の前に立った。

いつものゴマスリの構えである。

天津は彼のこう言った非生産的な部分が好かなかったが、反面、こうして自由に動いてくれる部下というものは嫌いではなかった。

 

「で、どうしたんですか?天津社長」

 

擦り寄ってくる福添を右手で制し、天津はラボの開閉スイッチを短く押した。隙間から垣間見えるラボの中では、中ではあの球体・エミールがまだポムポムと跳ね回っていた。

 

「福添君。君は、アレについてどう思う」

 

福添は目を凝らすようにラボの中に入ると、エミールの姿を凝視した。無理もない、あのような生物に会うことが初対面なのだから。

彼は少し考えた後、答えを出した。

 

「お地蔵さんの頭……いえ、とても不思議な見た目をしていますね」

 

彼の例えが自分と同じレベルだった事に、天津は少しだけショックを感じていた。福添と天津の実年齢は実はそれほど差がない。

現代の流行を積極的に取り入れ、若者風の会話をマスターしていたと思い込んでいた天津だったが、どうもネーミングセンスや喩えのバリエーションまでは会得できていないようだ。

天津は一つ咳払いをしてお茶を濁すと、エミールからは見えない位置で演説を始めた。

 

「そう。実に不思議だ。あの小型の球体が、今朝、突如として私のオフィスに現れた。その生態は実に興味深くてね。君には、是非取り調べをしてほしいんだ」

 

「取り調べ、ですか?」

 

「そう、取り調べだ」

 

福添の表情には、明らかに不満の色が浮かんでいた。おそらくその内訳は、面倒くさいが7割、怖いが3割といった所だろう。

彼は身体をくねらせ、『申し訳ありませんが』と4回ほど前置きした上で、私見を述べ始めた。

 

「あの、そういうのは、専門家にお任せした方が……」

 

彼の言いたいことは分かる。だが、この場から一刻も早く去りたいのは天津も同じだった。A.I.M.S.が機動兵器の準備をこしらえてここに到着するまであと2時間。それまでエミールをここに足止めしておくカカシが必要なのだ。

天津はズイと身を乗り出し、福添の言い訳を遮った。

 

「質問はこのメモにまとめてある。君はそれに対する回答を後で教えてくれ」

 

「天津社長!?ちょっとま」

 

文句を垂れる福添をラボに押し込み、天津は悠々と社長室の階段を降りてゆく。すぐにスマホが震えた……彼からだ。

通話ボタンをタップしてすぐ、天津は皆まで言わせず、語り始める。

 

「大丈夫、きっと危険はないはずだ。それじゃあ、頼んだよ」

 

「危険ないわけないじゃないですか!!よく見たらこのラボ穴だらけでしたよ!!あの生物が開けたんですよね!!」

 

「知らん!!とにかく、言葉が通じる事は分かっている。あのテクノロジーを解き明かせば、ZAIAのさらなる発展に繋がるだろう」

 

何やら電話口からは凄まじい物音が聞こえており、地面も若干揺れているが、それでも天津が歩み止める事はない。

 

「開けて下さい!!社長!!あ……こっちに来る!?やめろッ!?来るなぁぁっ!!?」

 

「君のぎせ……努力が、ZAIAの未来を切り開くんだ。それでは、よろしく頼んだよ」

 

そう言い残し、天津はスマホを数度タップして、福添の電話番号を着信拒否に設定した。

一つ問題を解決した後の彼の心は晴れ晴れとしていた。




第一話をお読みくださり、ありがとうございます。

この作品は、本来12000字程の分量に抑えようとしていたものが、気がつけば5倍強の分量になってしまった元短編です。
本来ならゼロワンとのクロスオーバーの方が盛り上がるとは私も思うのですが、私の中で仮面ライダーゼロワンの主人公は仮面ライダーサウザーなので、今回と天津さんに頑張ってもらいます。

次回の更新は、1週間後くらいになります。どうせその間のどこかで別の短編上げるので、多少は……ね。

※同じものをPixivにも投稿しています。
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