エミール/帰郷 または、天津社長の奇妙な1日〈完結済み〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

ひょんな事から球型の未来人・エミールと出会ったZAIAエンタープライズジャパンの社長・天津垓は、彼の記憶を取り戻す手伝いをする事となる。港町に向かい、エミールは紆余曲折の末に仲間の記憶を取り戻す事に成功するのだった。さらなる記憶の復元を求め、2人はZAIAの兵器工場を目指す。だが、順調に事が進む一方で、天津は謎の声の干渉を受けていた。


第3話:兵器開発工場にて

天津とエミールはZAIAの兵器開発工場を訪れていた。

鉄錆の異臭に鼻を、鉄と鉄が擦れる金切音に耳をやられるこの工場の中で、ZAIAが誇る新兵器が開発されているのである。

 

ZAIAが誇る最新鋭の装着型兵器レイドライザー。一見ただのスマホケースにしか見えないこの兵器は、プログライズキーという小型の認証キーを併用する事で最大限の力を発揮する。その小さな外見からは想像もつかないほどの膨大なデータがその内には蓄積されており、レイドライザーはそれを元に装着車の全身に鋼鉄の鎧を展開するのである。

 

現在、この工場で量産しているプログライズキーは、『インベイディングホースシュークラブプログライズキー』だ。名前が長く覚えにくいとの不評により、『バトルレイダー用プログライズキー』の愛称で親しまれており、装着者に超人的な膂力と鉄壁の防御力を付与するのだ。

これにより変身したバトルレイダー……通称レイダーは、分厚く強固なモノコック構造の装甲を纏い、様々な危険任務に従事しうる戦士へと変貌するのである。まさに、テクノロジーを用いた人間の正統進化そのものだ。

 

さて、そんな近未来テクノロジーなのだ、さぞかしつるりとした白色壁と青色ダイオードに塗れた研究所で作られているのだろう……そう予想する人物は、このZAIA兵器開発工場を目にして、己の目を疑う事になる。

一面を覆い尽くす、錆とベルトコンベアの数々。建物のあちこちは腐食し、機器関連を監視する製造員達は皆防護服に身を包みながら赤茶けた鉄の工場内を徒歩で移動している。

そう、世界の最新鋭を彩る近未来兵器は、意外にも鉄の匂いにまみれた工場で作られていたのだ。

そんな鉄錆の工場内に、全く似つかわしくない白装束の男が1人。一切の汚れなど許しませんと言わんばかりの純白のスーツに身を包む彼こそが、この工場の主の主・ZAIAエンタープライズジャパン社長の天津垓だ。

天津は顔のついた灰色の球体・エミールを抱えながら、工場を進んでゆく。

 

「ここが、我がZAIAの開発工場だ。人類の未来を切り開く前線基地であり、ヒューマギア撲滅の最重要拠点でもある」

 

「わぁ!!すごいですね!!大きな機械がガチャンコガチャンコ!!」

 

やすみ無く労働を続ける製作機器の横を通りすがる度、エミールは感嘆の声を漏らす。

その無邪気な驚嘆がまんざらでもないのか、天津は得意げに機械の説明を行なっていた。

「アレはバトルレイダー用の短機関銃『トリデンタ』の銃身となる。向こうに見えるのは、対象捕縛用のネット格納装置だな」

 

跳ねていこうとするエミールを必死の力で抱きとめ、天津は彼の視線の先にある機械の正体を一つずつ明らかにしてゆく。だが、天津自身、ここでどのような工程を経て製品が作られているかは、把握し切れていない部分が多かった。

現場は現場、上層部は上層部、会社の上と下を完全に分けて考えるというのが天津の企業に対する姿勢であり、それはかつて行われた飛電インテリジェンスとのお仕事5番勝負の際、彼の名誉に深刻な損害を与えもした。

だが、それでも彼の考え方は変わらなかった。天津にとって、企業に所属する人間は己の道具であり、手足に過ぎないからだ。彼らが汗水垂らして開発したこれらの道具の力を使い、世界を獲る……それが、天津の理想であった。

 

ふと、見知った製品を視界に捉えた天津は、担当の職員に許可を取り、製品を手に取った。

それは、耳のような形をした、赤い小型の機械であった。物珍しげに覗き込むエミールに、天津は誇らしげに解説を始める。

 

「これはザイアスペックと言ってね。人間に最新型AIと同程度の思考能力を与える機械だ」

 

「へぇ〜!!これをつければ、機械の考えてる事が分かるんですね!!」

 

「まぁ、当たらずとも遠からず、だ。世界を照らすザイアスペック……ZAIAの押し出す商品といえばこれが代表格だが、無論それで止まるつもりはない。後に起こるヒューマギアの反乱を止めるべく、ZAIAは兵器開発にも尽力しているんだ」

 

天津の説明はその後も続いた。エミールは、天津の説明をわかるんだか分からないんだかと言った表情で聞いていた。天津の説明が続く度、期待に満ち溢れていたその表情は、退屈と悲しみに染まっていった。

やがて、天津の説明が終わった時、エミールは嘆息まじりにこう漏らした。

 

「兵器、ですか」

 

「ああ。人間は身を守るために武力を求める。我々ZAIAは兵器関連のインフラを整備する事でこの国に安心をもたらすのさ」

 

「本当に……兵器で安心は作れますか」

 

エミールの発言に、今度は天津が短いため息をつく番だった。

彼の野望を阻む最大の敵、平和主義者特有の心配性がエミールの口から現れたからであった。

 

天津の心中に浮かんできたのは、これまで説得してきた政府のお偉方の顔であった。『兵器で安心は作れるのか』それらの答えに対し、天津は作れると言い続けてきた。

そして、彼らはこのレイドライザーとザイアスペックを試し、その全能感に飲まれていった。『兵器で安心は作れる』その言葉の真偽は分からない。だが、力を手にした者は得てしてそれに飲み込まれる事を天津は知っていた。

 

「来たまえ」

 

天津は工場の奥部、地図上では立ち入り禁止区域とされている空間にエミールを連れて入った。そこには何もない広大な空間が広がっており、その一角では研究員達が何やら装置を操作しているようであった。

壁には無数の弾痕や刻み傷が刻まれており、ここで数えきれない戦闘と実験が行われていた事を想像させる。

天津がデスクに近づくと、研究員達はすぐさま頭を下げた。天津はそれを満足げに見下ろし、手元のレイドライザーを手に取る。

 

全能感を味合わせるには、まずコレを装着させてみるのが一番……そう思いエミールの方を見た天津だが、すぐに諦めたように首を振った。

彼では体格が違いすぎるのだ。そもそもベルトが展開されるかも怪しい。

天津は研究員の1人を呼びつけ、手に持ったレイドライザーを押しつけた。気の弱そうな研究員はおずおずとそれを手に取る。彼の名は京極大毅、かつてZAIAエンタープライズが飛電インテリジェンスとのお仕事5番勝負に臨んだ際、スカウティングパンダレイダーに変身して勝負の妨害を行ったZAIAの元開発部主任である。

会社の備品を独断で使用し、社のイメージを貶めた彼は、平社員へと降格させられていたのだ。

 

「京極と言ったか……コレで変身してみろ」

 

「は、はいぃっ!」

 

京極は恐る恐るといった調子でレイドライザーを腰元に押し付ける。すぐさまベルトが展開され、レイドライザーは彼の腰に装着された。その一連の動作の速さに、エミールから声が漏れる。

 

『SEARCH』

 

研究員は手に持ったスカウティングパンダプログライズキーのスイッチを入れ、そのまま腰元にあてがった。

 

「実装うっ!!」

 

プログライズキーはレイドライザーの曲がった口元に滑り込み、『Raid Rize』と低い音を立てる。

同時に、レイドライザーから伸びる無数の血管の如き白い線が、煙を上げながら研究員の体を覆い尽くしてゆく。

 

『SCOUTING PANDA』

 

煙が晴れたのち、そこには頭部と下半身を白、上半身を黒の鋼鉄鎧に包んだ怪人……スカウティングパンダレイダーの姿があった。右腕に巨大なレーザー砲が装備されており、顔面は決して獲物を逃さない意思表示の如く、赤いゴーグルが装着されている。

レイダーは実験場へと飛び出し、大きな円形の的が描かれた壁に向けてレーザーの引き金を引いた。銃口から迸る赤いレーザー線が壁を焼き、的の中央にくっきりと黒い焦げ跡を作る。

その一連の攻撃の鮮やかさに、エミールの瞳が輝いた。

 

「おぉー!!すごいビームですね!!あの人が着てる鎧もかっこいいです!!」

 

「鎧、か。言い得て妙だな……このレイドライザーは、ヒューマギアから身を守るための鎧とも言える」

 

実験場へ足を運んだ天津は、「ご苦労だった」と研究員……京極をねぎらった。だが、彼はそれには答えない。

天津が不思議がる中、レイダーは体をわずかに震わせ始めた。

 

「う、ううううううっ!!」

 

「どうした?」

 

近づく天津に対し、レイダーは俊敏な動きでレッドサイトを天津の脳天にあてがった。

 

「なッ!?」

 

とっさに身をかがめ、近くにいたエミールを抱えて床に伏せる天津。レーザー線は彼の頬をかすめ、向こうの壁に黒線を刻んだ。煙の出る頬を抑え、天津は反射的に取り出したサウザンドライバーを腰元にあてがう。レイダーは狂ったように床を踏み鳴らし、赤線の先を再び天津へと向けた。

 

「アンタのせいだ。全部、アンタのっ!!」

 

「逆恨みか……まったく、面倒なことだ。エミール、実験室の中に隠れているといい」

 

「天津さんは大丈夫なんですか!?」

 

「私なら、心配はいらない」

 

続け様に発射されるレーザー線の雨を避けながら、天津は黄金のベルト・サウザンドライバーに、二つのキーを装填する。

 

『ゼツメツ・エボリューション』

 

『BREAK HORN』

 

アウェイキングアルシノゼツメライズキーと、アメイジングコーカサスゼツメライズキー。二つの力が装填されたベルトは、天津の入れたスイッチにより、天津の身体に黄金の鎧を形成する準備を整えた。

 

「変身」

 

天津の発声に合わせ、巨大な3本角のカブトムシと双角のアルシノが躍り狂う。両者の角は互いの隙間を補い合う形で組み合い、天津の身体に黄金の鎧を形成する。

 

『パーフェクトライズ! When the five horns cross, the golden soldier THOUSER is born.

"Presented by ZAIA." 』

 

 

ベルト中央の扉が開き、天津は黄金の鎧を身につけた仮面ライダーサウザーへと変身した。

 

「サウザーの力を示す絶好のデモンストレーションだ。行くぞ!!」

 

黄金の鎧を装備した騎士は、エミールを背後に庇うように立ち……レイダーへと突進した。

 

 

 

______________________________________

 

 

 

戦闘開始から数分、戦闘場所を工場内に移し、サウザーとスカウティングパンダレイダーの激闘は続いていた。

工場の中は既に火の海であり、製造員達が慌てふためきながら逃げ惑っている。そして、それらの人混みから少し離れた場所で、二人は機械の隙間より睨み合っていた。

機械の隙間を縫うように、レイダーの持つ巨銃からレーザーが迸る。鋭く放たれる赤い閃光を黄金槍……サウザンドジャッカーで防ぎながら、サウザーは機械を蹴り飛ばして前進する。

 

「京極……この機械一台にどれだけの価値があるか、君ならよく知っているだろう」

 

「うるさい!!もう俺には何も残ってないんだ……せめてアンタだけでも道連れにしてやる!!」

 

サウザーの接近を許したレイダーは、レーザーの矛先をサウザーの背後にあった巨大な機械へと変更した。元よりレーザーの出力は高く、機械はそれに耐えられるほどの耐久力を持ってはいない。機械は高熱に耐えられず爆散し、鋼鉄の破片を撒き散らす。それは、近くにいたサウザーにも降りかかった。

破散した機械の骸を見下ろし、サウザーは不機嫌に鼻を鳴らす。

 

「なんという事を」

 

元より3分と経たずに倒すつもりだったサウザーにとって、この攻防は痛手である。

レイダー側もそれを分かっているのだろう、再び機械を盾にし、その隙間からの銃撃を試みる。スカウティングパンダレイダーは、遠距離攻撃を専門にするレイダー……近づいてしまえばどうという事はないのだが、複雑に機械の配置された工場内でそれは至難を極めていた。

 

「俺はアンタの援護をしようとしただけだったんだ。その結果、俺は主任を解任され平社員まで落とされた……ここで恨みを晴らしてやる!!」

 

機械の隙間より放たれるレーザー線を、サウザーは再び槍の……今度は先端で受けた。槍の先端はレーザー線により赤熱し、その先端を徐々に溶かしてゆく。

その威力を目の当たりにし、彼は笑いを止められずにはいられなかった。

 

「流石は我が社の製品……攻撃力も機動力も、従来の兵器とは桁違いだ。正しく使われず、プログライズキーも嘆いているだろう」

 

レイダーは機械から身を乗り出し、少しずつ天津へと近づいてゆく。近づくごとにレーザーは出力を増し、サウザンドジャッカーの先端を削り取ってゆく。

 

「く……っ!!」

 

絶体絶命のサウザーに止めを刺さんと、レイダーが駆け出した。

だが、レイダーは気が付いていなかった。サウザンドジャッカーのトリガーが、わずかに引かれていた事に。

 

「だが!!」

 

「何ッ!?」

 

「サウザーは全てを凌駕する!!」

 

サウザーはサウザンドジャッカーを、それこそ釣り人が竿を引きでもするように大きく引いた。そして、ありえない事に、レーザーはまるで釣り糸の如くレイダーを引っ張り、彼の元へと浮き上がらせたのである。

 

「ひ、ひいっ!?」

 

宙を舞い、悲鳴を上げるレイダーに、サウザーはサウザンドジャッカーの矛先を向ける。狙いすまされた一撃はレイダーの腹部を貫き、レイドライザー本体に大きな打撃を加えた。

苦しげに呻くレイダーを放り捨て、うずくまるレイダーに向けてサウザーはサウザンドジャッカーを構える。

 

「サウザンドジャッカーの吸引能力を利用した。お前はもう終わりだ、京極」

 

頭を踏みつけるサウザー。レイダーもまだ闘志の火が消えていないのか、抵抗を続ける。焼けて歪に歪んだサウザンドジャッカーの矛先が、レイダーの首元に突きつけられる。

 

「大人しく……」

 

「ま、まだだ。こうなったらっ!!」

 

レイダーは巨砲の装着された右腕だけを右方向へと突き出すと、闇雲にレーザーを発射した。当然、それがサウザーにダメージを与える事はない。だが、レーザーの先からは、サウザーにとって予想外の悲鳴が上がった。

 

「わあっ!?レーザー飛んできましたっ!?あ、こっちに来るっ!?」

 

「なに……?」

 

アレは、エミールの悲鳴だ。

このままでは、彼に被害が及んでしまう。それはサウザーの意図するところではない。

 

「仕方がない」

 

サウザーはレイダーの頭を蹴り放つと、レーザーの放出されている砲身にサウザンドジャッカーを突き刺した。レーザーを制御する高熱体が暴走し、レーザーの起動が大きく変わってゆく。やがてレーザーは天へと放たれ、その脅威を空へと返した。だが、内部にあふれている高熱のエネルギーまでは止まらない。

 

「く……おおっ!!」

 

爆発と共に、高熱がレイダーとサウザーを襲う。熱は両者を平等に焼きながら、徐々にその大きさを増してゆく。

このままではまずい……そう判断したサウザーはサウザンドジャッカーのトリガーを引き、レイダーのベルトを突き刺した。

 

『JACKING BREAK ©︎ZAIA エンタープライズ』

 

槍の先端はベルトを穿ち、スカウティングパンダプログライズキーを破損させ、京極の変身を解除させた。変身の解除によりレーザーの電力供給も絶たれ、サウザーは高熱による地獄の攻撃から解放された。

ベルトのスイッチを切り、変身を解除した事により、サウザーは天津へと戻った。

 

と、それを見計ったかのように、工場の入り口から無数の足音が響き渡った。

再びベルトを構える天津だが、すぐに彼はそれをやめた。足音の主達は、天津がよく知る服装をした人物達だったからだ。

全身を防御服に覆い、ザイアスペックを装着した屈強な男達。彼らは、対ヒューマギア特殊部隊A.I.M.S.の隊員達である。

 

「天津社長!!」

 

「君達は、A.I.M.S.の……なぜここに?」

 

「本社に要請のあったもので……」

 

A.I.M.S.隊の隊長らしき人物は、そこで言い淀んだ。何かを察した天津は、懐からスマートフォンを取り出す。そこには、気がつかぬうちに十数の着信が届いていた。

天津は目を遠くへやりながら、知らぬふりで「連絡は受けていないな」と通した。

「申し訳ありません」と頭を下げ、A.I.M.S.の隊長は続ける。

 

「ラボはもぬけの空、社長への連絡もつかず捜索体制を固めようとしていたところに、研究所の方から要請がありまして……」

 

「急いで飛んできてくれたというわけか」

 

不遜な態度を取りつつも、天津は内心では感心していた。彼らは命令のためとはいえ、私を助けるためにここまで追ってきた訳である。

ナイーブで命令を遂行できない刃とは違い、なかなか優秀だ。彼のような人物にこそ、隊長用のプログライズキーを開発するべきなのかもしれない。天津はそんなことを考えながら、彼の労を労った。

 

「ともかく、ご苦労だった。この反乱分子を連行していってくれたまえ」

 

伸びている京極をA.I.M.S.達に引き渡し、天津は改めて工場の惨状を見返した。あちこちからは煙が上がり、機械のいくつかは無残にも破壊されている。

これでは、レイダーの製作を再開するまでに数ヶ月の時間を要するだろう。それだけの時間があれば、飛電製作所はヒューマギアの制作を本格的に再開するかもしれない。ヒューマギアの人類に対する貢献は、正直な所天津も認めている部分があった。だからこそ、彼らを詰ませるためにありとあらゆる手段を取ってきたのだ。

 

「盤面が有利に進んでいる時こそ、手を抜かず攻め立てなければならない。だが、この有様では……」

 

天津は憎々しげに顔を歪めるのだった。

 

 

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天津が工場の破損具合を確認した頃には、既に時刻は14時半を回っていた。彼が一息つくために実験場に設置された休憩室の戸を叩いたところ、中からは元気な返事が返ってきた。

エミールのものであるとすぐに分かり、疲れ切っていた天津は少しだけ開けるのを躊躇った。

だが、本来ならこの随行は彼の記憶を取り戻すためのものである。「きっとあと一息だ」そう言い聞かせ、大きく深呼吸し、その勢いのまま扉を開く。

 

「おかえりなさい天津さん!!」

 

中では、エミールは、オレンジジュースをすすっていた。その無邪気な有様に、天津はため息を溢し、内心少しほっと胸を撫で下ろしたものであった。

 

「無事だったのか」

 

「はい!!とっても優しい研究員のお姉さんに保護してもらいました!!なんだか……懐かしい感じがする人でした」

 

このオレンジジュースも、その研究員達が用意したのだろうか……ともかく、そこには事故現場といった雰囲気は微塵も感じられず、天津は拍子抜けしてしまったものであった。

残ったジュースをズズッと飲み干し、エミールは跳ねながら天津の元へと近づいてくる。

 

「かっこよかったです!!金属の鎧を纏って戦う……まさに騎士って感じがしました!!」

 

エミールの感想に、天津は平静を装い「そうか」と返した。その頬の緩みが、彼の喜びに満ちた本心を物語っていた。

 

「レイドライザーは我が社の商品であり、サウザンドライバーはZAIAの芸術作品。君にそう言ってもらえるとは、光栄だな」

 

エミールは未来の存在。この時代のテクノロジーが未来からも評価されている事に、天津は喜びを隠せなかった。

 

「ふ、ふふふふ、はははは!!」

 

「ふふ、ふふふ、うふふふ」

 

さもおかしげに笑い合う2人。

その笑みには、邪悪さやうちに秘めた欲はあれど、たしかに通じ合う喜びという感情があった。

やがて、2人が落ち着いた頃……エミールは、勢いよく動き出した。足取りは軽く、彼は上層の階段を目指して跳ねてゆく。

天津が「どこへゆく」と尋ねると、エミールは笑顔でこう返した。

 

「いいところを見つけたんです」

 

エミールの向かった先は、工場の奥地……丁度高い塔が立つ一角だった。赤錆だらけの酷い景色を進んでゆくと、巨大な大扉が姿を現した。

赤く点滅する扉上の光は、その前に天津が立った瞬間、優しい緑色に変わった。扉はゆっくりと開き、薄暗い工場の闇が眩いばかりの陽光に侵食されてゆく。

網膜を焼く陽の光……熱を持ったその光を前に、天津は思わず顔を手で覆う。エミールも眩しかったのか、天津の足を盾に、光の矢から目を隠した。

大海原を進む鳥の列。赤茶けた橋が、大海原のはるか向こう……丁度海境を隔てた別の県へと伸びようとしていた。

錆は衰退を、海原は大自然を、そしてそれを行く鳥達は、生命の神秘を物語っているように思える。それはひどく退廃的で……美しい光景であった。

 

「素晴らしい……景色だ」

 

「はい。朝見た時より、ずっと」

 

ZAIAの工場が、その昔、海を跨いだ大橋を建造する建物の跡地に建てられた事は天津も知っていた。だが、捨てられた跡地に興味などなかった彼は、見に行こうとすら思わなかったのだ。彼だけではない、ZAIAの社員の中で誰もここを見に来ようとは思わなかっただろう。

人により打ち捨てられた工場の最上層は、意外にも人の携わるビル群より美しい景色を映し出していたのだ。

エミールは配管の上部に巣を作られた鳥の巣を眺め、ふぅと息を吐いた。なごみと、懐かしさと、諦めと……様々な感情の込められたその息に、天津ははるか年下に見えるこの球体の……生きた年月の深さに戦慄した。

 

「昔、こんな景色を見ました。あの時もこんな風に、鳥さんたちが飛んでいて……それを蹴散らすように、巨大な機械生命体が降ってきたんです」

 

「機械、生命体?」

 

その単語は、天津にとって聞き覚えのないものであった。人工知能、AI、ヒューマギア。そのどれもは生命体型機械であれ、あくまで無機質な機械の分類なのである。

 

(機械「生命体」……機械の、生命体だと?)

 

天津にとって機械とは生命の対義語であった。生命を持つ機械など想像もつかない。

エミールも天津の思考を察していたのだろう、補足するように続ける。

 

「僕のいた未来では、エイリアンが地球を攻めてきたんです。その……とっても恥ずかしい形をした彼らは……僕に似てるロボットを作って、地球を侵略しようとしました」

 

エイリアン、地球侵略……今時SF映画のリメイクでもやらないような、荒唐無稽な話。だが、天津はそれを笑うことはしない。エミールの持つ驚異のテクノロジー、その片鱗を見てしまった彼には、エミールの言葉を笑う事はできなかったのだ。

金属板から発せられる反射熱。それにより乾いた喉を動かし、天津は尋ねる。

 

「人類は、何をしていたんだ」

 

天津の問いに、エミールは短く「いませんでした」と答えた。

あまりにも冷淡なその返しに、天津は自分の耳を疑った。いなかった……その言葉が示すところがただの「不在」ではないと、エミールの口調の孕む凶兆が告げていた。

「いなかった」……人類は絶滅していた?天津の想像に答えを返すかのように、エミールの語りは続く。

 

「その頃にはもう人類はほとんど残っていなくて……代わりに、人類の作ったアンドロイドが、彼ら機械生命体と戦ったんです」

 

「アンドロイド……ヒューマギアか?」

 

天津は合点が言ったとばかりに両腕を大きく広げた。開いた白の背広に丁度巨大な高空の風が流れ込み、危うく海に放り出されそうになった彼は、エミールに咥えられて一命を取り留めた。

危ういところだったが、彼の表情には満面の笑みが広がっていた。天津は興奮した様子でえみーるにかたりかける。

 

「きっとその人類もヒューマギアに滅ぼされたに違いない。彼等が戦う理由など容易に想像がつく!!エイリアンの放ったロボットとやらに自分の星を侵略されるのが怖かったのだろう」

 

天津は笑いを隠すこともなく続ける。

 

「やはりヒューマギアは悪だ。ヒューマギアを道具に帰化するまで、我々は戦いをやめるわけにはいかない」

 

「その……ヒューマギア、ってなんですか?」

 

「機械仕掛けの、人類の敵さ。人類を滅亡に追いやろうとする悪魔のロボットだよ」

 

そこまで続けたところで、天津はエミールの言葉に違和感を覚えた。そう、エミールはヒューマギアを知らないのである。天津は笑みを引っ込め、再度尋ねた。

 

「アンドロイドとは、ヒューマギアの事ではないのか?」

 

エミールは狐につままれた猟師のように、フルフルと体を横に振った。自身の仮説を立証できなかった事に天津は若干悔しがったが、なればこそ真実が知りたいと、説明の続きを請うた。

エミールはおずおずと語り出す。

 

「確か名前は、そう、『ヨルハ』だったと思います。彼女達の事は、よくは覚えていません……何しろ、昔の事ですから」

 

「そうか、早とちりをしてしまったようだ」

 

天津は恥ずかしさを隠すように、小声で「すまなかった」と付け加えた。もっとも、それは高所の風に流され、エミールには届かなかったようだが。

ヒューマギアとは違うとはいえ、アンドロイドが、地球を守るために戦ったという事実は、天津にとっては都合の良くないものであった。人類がいなくなり、アンドロイドの惑星となった地球……そんな世界は、到底受け入れられるものではない。

そんな天津に、天啓が閃いた。

 

「だが、ふむ……君はヒューマギアを知らないのか」

 

「はい。なんだか美味しそうな名前ですね」

 

彼らの実態を見ればそんな事は言えなくなるだろうが、ともかく好都合である。エミールは純粋だ。おそらく天津の言った事であればたとえカエルの子供がナマズになると言っても、全てを間に受けてしまうだろう。

天津の頬が緩んでゆく。

 

「それは実に幸福なことだ」

 

そう、幸福なのである。

天津は歌うように説明を始める。

 

「ヒューマギアとは、高性能アンドロイド。高性能思考プログラムを内蔵し、自力で様々な事項を学習し己を進化させる人型のロボットだ」

 

「へぇ!!すごいですね!!」

 

分かっているんだかいないんだかの返事をするエミール。ここで天津は「しかし」と声を低く落とした。エミールの瞳がキュッと丸くなる。天津は真顔になり、続ける。

 

「こう言うと聞こえはいいが、彼らは突如、何の前触れもなく暴走して人間を襲う危険性を伴っている。彼らの暴走に巻き込まれた罪もない一般人は後を立たない……優れたテクノロジーは時として脅威となる。それを学んだ我がZAIAは、苦肉の策として、ヒューマギアのリコールに及んだというわけだ」

 

天津は目を開く。

海上には、眩いばかりの太陽が反射していた。これこそZAIA神話の序章。これより幾度となく語られるであろう神話の一説。

 

エミールがアンドロイドは危険であると知ることができれば、より天津に協力的になってくれるかもしれない。彼がテクノロジーの提供をしてくれれば、未来はまた人間達の手に取り返されるかもしれないのだから。

エミールの圧倒的な攻撃力の前では、ゼロワンも滅亡人類の連中もひとたまりもないだろう。何せ、あのラボの強固な防壁を壊せるくらいだ。戦力としても申し分ない。

 

さらなる協力を……

得意げにエミールの方を振り返ると、エミールはキョトンとした表情をしていた。

天津はしまったと口を抑えた。

エミールは未来の人間とはいえ、その精神年齢はほぼ子供である。彼は株主でもなければビジネスパートナーでもないのだ。

 

「すこし、難しかったか」

 

天津の問いに、エミールは意外にも、「いえ、理解はできました」と答えた。

天津の瞳が丸くなる。この小さく幼稚な球体が、今の説明を理解できたとは思えない。天津が重ねて「本当か?」と問うと、エミールは「似たような人たちを知っていますから」と返した。

似たような人達とは、おそらくは彼の記憶にある時代にいたアンドロイド達の事なのだろう。エミールは続ける。

 

「はい!!ヨルハの人達とそっくりです。この時代のあの人達は、悪い人達なんですね」

 

ヨルハというのは知らないが、ともかく悪い人達というのは間違いない。付け加えるなら、ヒューマギアは人ではなく道具だ。

天津が悲しげに頷くと、エミールは顔をしかめた。うまい、あと一歩だ。

天津の心が躍る。

しかし、すぐにエミールの表情は悲しみに曇った。何故だろう。

 

「どうした、エミール」

 

「いえ……少し、考えてしまって」

 

エミールは少し間を置き、話し出した。

 

「天津さんは、そのヒューマギアの人達と戦わなきゃいけないんですよね」

 

「ああ。我々人類は、最終的には彼らを彼らを一体残らず滅ぼさなくてはならない」

 

「それって、多分、戦争をするってことですよね」

 

エミールの言葉には、悲痛が感じられた。それは、かつて刃が言っていたことと同じ。優しい、躊躇ある人間の言葉だった。

そして、天津がとった対応も同じだった。あの時は刃の方に手を置いた。今は、エミールの頭に手を置いている。

そして、語りかけるように囁くのだ。「エミール。これは必要なことなんだ」と。

エミールの体がびくっと震える。天津は畳み掛けるように続ける。

 

「人類が生き残るためには、ヒューマギアを滅ぼさなくてはならない……そのためには、多少の犠牲も仕方ないんだ」

 

一瞬の間ののち、「はい」と返事が来るのを、天津は期待した。刃の時は、短くそう帰ってきた。エミールが彼女と近しい優しい心の持ち主であれば、きっとそう返ってくるはず。

天津顔面に邪悪な笑みが張り付く。

だが、返ってきたのは別の言葉だった。

 

「僕は、そうは思いません」

 

「なんだと」

 

エミールの言葉は固い意志を伴っており、天津は面食らってしまった。たじろぐ天津に、エミールはその小さな体を弾ませて詰め寄る。

 

「僕は、ここよりも先の未来で、今のあなたと同じように、人類のために戦う人達を見てきました。その人達は、人類のためと言いながら、どれだけ傷ついても、戦いを辞めなかったんです」

 

その小さな身体から発せられる圧に、天津はたじろぐしかない。どれだけ虚勢を張ろうと、その小さな身体を押し返せない。

天津はやがて、巨大なクレーンに押し付けられるようになってしまった。

エミールの語りが、熱を帯びる。

 

「2Bさんも9SさんもA2さんも……僕を残して行ってしまいました。多少の犠牲は仕方ない、自分達の代わりはいるから……すこしでも多く機械生命体を倒すんだ……そう言って、みんなやられてしまいました」

 

彼の語りに、天津は「私は違う」と反論した。これは、彼の心からの反論だった。

『代わりはいる』それは弱者の言葉である。真に理想を成し遂げようとする者ならその言葉は使わない。誰を犠牲にしてでも、自分の理想のために戦うと発言するはずだ。

天津は腕を振り、続ける。

 

「私に代わりなどいない。人類が正しい道を進めるよう、私が導かなければどうなる!!私は、常に人類にとって最良の道を!!」

 

「なら、戦いをやめることって、できませんか!!?」

 

それは、まさに悲痛な叫びだった。

彼が目にしてきた誰よりも、悲痛な。

何も、言い返せない。

熱狂に燃えていた天津の心は、瞬間、水を打ったように静かになった。鏡の水面に、エミールの言葉が吸い込まれてゆく。

 

「この世界は、綺麗です。天津さんと会った建物も、見せてもらった港町も、ここも。戦ったら、それに巻き込まれていろんなものが壊れてしまいます。物ならまだいいです、作り直せばいいんですから。でも、命は戻ってこないんです!!」

 

命は戻ってこない。

それは、戦場を知りつつも生命の奪われる戦場を知らない天津にとって、初めて向き合う真実だったのだろう。

画面上でしか死を知らない者と、数多の死を見届けてきた者の言葉の重さの違い。天津はそれを、今間近で感じていた。

エミールの言葉は続く。天津は絶景を背に、彼の言葉に耳を傾けるしかない。

 

「戦って戦って戦って……何もかも壊して、相手を滅ぼして……それであなたは満足ですか!!あなたの大切な人は喜びますか!?」

 

今までの天津なら、響かなかった言葉。「下らん」と一笑に伏してきた言葉。

しかし、高空という逃げ場のない場を前にして、エミールという純粋な存在を前にして、天津はその言葉を笑えなかった。

対峙してきたそれらの意見と真っ向から向かい合って、何の言葉も返せなかった。

エミールも流石に申し訳ないと思ったのか、顔を伏せ、「ごめんなさい、言いすぎました」と謝った。

 

「僕、天津さんには傷ついて欲しくないんです。あなたは、この時代で出会った、とってもいい人だから……」

 

「そう、か」

 

「もっと、自分を大事にしてください。あなたが死んでも、生き残った人は喜ばないんですから」

 

そう言い残し、エミールは建物の内へと戻っていった。彼が振り返った時、天津はまだ茫然と立ち尽くしていた。大海原に視界を預け、ただひたすらにその絶景を見ていた。

エミールは申し訳なさそうな表情で、そのまま大階段を降りていった。

しかし、エミールは知らないだろう。天津の頭の中に、1人の人間の顔すら浮かばないという事を。死を前にして誰かにすがる、それを甘えと断じ、切り捨ててきた事を。

 

「それでも、我々は戦い続けなくてはならないんだ。ヒューマギアを滅ぼさなければ、人類は滅亡してしまうからね」

 

絶景を映し出す橋を前に、天津はそう独白した。




第3話をお読みくださり、ありがとうございます!!
今回は、あまり活躍の出番が無かったスカウティングパンダレイダーに登場してもらいました。素晴らしいZAIAの工場を滅茶苦茶にしてしまった彼に、天津社長もご立腹です。
さて、余談ですが……このエミールは、大切な戦いから逃げたエミールとなります。その戦いがいつなのか、彼のきた未来がどの未来なのかは、後々明らかになってゆく事でしょう。


次回の更新は1週間後になります。DBDが楽し……なかなか時間が無くて小説を書けないのが辛いです。

※同じものをPixivにも投稿しています。
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