エミール/帰郷 または、天津社長の奇妙な1日〈完結済み〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

ひょんな事から不思議な生命体エミールと出会った天津社長は、彼の記憶を取り戻すべく各地を奔走する。港町でかつての仲間達の、兵器開発工場で機械生命体との戦いの記憶を取り戻したエミールは、天津に『戦いをやめる事はできないか』と問うのだった。


第4話:屋敷にて

工場を後にした天津とエミールは、高級ホテルにて身を休めていた。

既に時刻は15時を回っている。

とっくに腹の虫が鳴ってもおかしくない頃合いだったこともあり、2人はホテルの大展望にて開催されるバイキングを訪れる事にした。

 

65階ということもあり、流石に窓から覗くビル群の景色も壮観だ。だが、その景観も料理の香りも、天津の脳を刺激するには至らない。彼の脳裏には、工場で見たあの景色がこびりついている。

そして、あそこでエミールに言われた言葉も。

 

『なぜ戦うのをやめないのか』

 

その問いに対し、天津は明確な答えを出す事ができずにいた。彼自身、戦いが好きかと言われるとそこまでではない。極力無駄なリスクは避け、利益だけを享受するのが彼にとっての定石だ。

定石のはず、だ。

だが、現実はどうだ。天津は先陣を切り、ヒューマギアの討伐へと社員達を駆り立てている。ここまで彼を駆り立てるものは何なのだろうか。巻かれるパスタがフォークの銀を隠す程の逡巡の果て、天津はその答えを見出した。

それは、人間の誰もが当たり前のように持つ感情。それは……

 

「食べないんですか?」

 

エミールの問いかけで、天津は我に帰った。

目の前には、苦労して運んだ料理が山積みにされている。手にしたフォークの先端からは、いつの間にか湯気が消えていた。

少し呆けていた程度に思っていたが、時計の針は彼の予想以上に進んでいた。眼前の料理も、元々の量の半分ほどに減っていた。

 

「君は、よく食べるな」

 

天津の感心に、エミールは食んでいた肉をそのまま飲み込み、笑ってみせる。歯の周りには、肉のカスがついたままだ。

 

「はい!!といっても、本来は必要ないんですけどね。嗜む程度です」

 

言葉とは裏腹に、食料は次々と球体の内に消えていく……一体どうやって消化しているのか気になるところだ。天津は笑いながらも、『バイキング形式のものを選んで幸いだった』と胸を撫で下ろした。レストランを訪れていたら、いくら天津の懐には致命的なダメージが加算されていた事だろう。

やがて、食料も減ってきた頃、エミールの食べるスピードも落ちてきた。頃合いを見計らい、天津は自身のフォークを置いた。

 

「どうだ、記憶は取り戻せてきただろうか」

 

「はい!!朧げながらですが、昔の記憶を取り戻す事ができました……でも、一番思い出したい記憶はまだです。一番大切な……あの人の……」

 

首を垂れるエミール。だが、すぐに「えへへ。僕がこんな弱気じゃダメですね」と繕ってみせる。その一連の言動に、天津はエミールの真意を垣間見た。

無理もない。彼は怖いのだ。

これまで天津が彼から聞いた記憶は、どれも美しいものばかりだった。仲間の記憶、自身が過ごした思い出の記憶、美しい風景の記憶……

だからこそ、二度と戻らないであろうその時が愛おしいのだ。そして、一番思い出したい記憶を思い出した時、きっと、彼はそれの素晴らしさに押しつぶされてしまう。それを恐れているのだ。

彼の心情を察し、天津は優しく微笑んだ。

 

「まぁ、時間が制限されているわけでもない。ゆっくりと思い出していけばいいさ」

 

「ありがとうございます」

 

エミールの声が、少しだけ明るくなった。

その笑顔には、これまでに増して信頼の色が濃くなっていたようで、天津は少しだけ調子に乗ってもいいかと思ってしまった。

いいビジネスの鉄則は、相手の信頼を得る事。信頼する相手の言うことは、全て甘い蜜に聞こえるものだ。

天津はわずかに身を乗り出し、「そういえば」とさりげなく切り出す。

 

「検体の件だが、最後の屋敷を回ったら、早速協力してもらえないだろうか。なぁに、ちょっとチクッとするお薬を打ったり、ちょっと眠くなる光を当てたりするだけさ」

 

エミールは「はい」と短く返事をしたのち、すぐに我に帰り、「えぇっ!?嫌ですよ」と否定してみせた。

何がいけなかったというのだろう。確かに、最初に約束をしていた時は、薬や光やアークによる生体レントゲンの事は話していなかったが……

エミールは、フルフルと震え、怯えた眼差しで天津を凝視している。

 

「僕に何をするつもりですか?いいとは言いましたけど、目が覚めたときに手が生えたりしてたら嫌ですよ!!」

 

「大丈夫だ。身体の一部が欠けるなんて事、絶対に起こらない。ウン、オコラナイ」

 

エミールの震えが大きくなる。ここぞと言う時に嘘をつけない自身の信条を天津は強く恨んだ。

 

「なんで少し片言なんですか!!あーもう、怖い人だなぁ……」

 

エミールは少しため息をつき、「いいですよ」と諦めがちにそうこぼした。彼にどんな心の動きがあったかは知らないが、ともかく結果は伴った。天津はほっと胸を撫で下ろす天津に、エミールはまた目の端を尖らせてみせる。

 

「もし何か怖い事があったら、すぐに逃げ出しますからね!!」

 

「分かっているとも」

 

「本当ですね」

 

「本当だとも」

 

「本当に本当に本当ですか?」

 

「本当に本当に、1000%本当だとも。ZAIAの社訓に誓ってもいい」

 

無意味な問答を繰り返し、最終的にエミールはため息をついた。落ち着いた静寂が、2人の周りに流れる。呆れているはずなのに……その表情には、僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「天津さんと一緒にいると、懐かしい気持ちになります。昔、こんな人と一緒に旅をしていたような」

 

「それは、さっき名前の上がった人々か」

 

天津の問いに、エミールは派手に頷いた。その反応に、天津は再度、エミールの話す彼らが彼にとってどれだけ素晴らしい人であったかを認識したものだった。

 

「僕達は互いを信頼し合う仲間でした。あの人の妹を取り返すために、僕達は戦っていたんです」

 

「あの人」……先ほどよりエミールが呼称する人物である。エミールのかつての仲間は、巨漢・カイネ、本のシロ、そしてナンバリングされたアンドロイド達という事が推測できる。そして、今彼は『あの人の妹を取り戻すために』と明確に発言した。つまり、おそらく「あの人」はエミールの慕う存在、リーダー格であったのだろう。

エミールの元いた時代では亡き人なのかもしれないが、彼について知る事ができれば、何か彼のテクノロジーについて知ら事ができるかもしれない。

天津は顎に手を当て、追求を進める。

 

「『あの人』は、相当大事な人のようだな」

 

「はい!!僕の大好きな人です!!」

 

エミールは上機嫌で「あの人」の説明を始めた。芸術的なまでに外見が優れていたこと、釣りがうまかったこと、性格は冷徹そのものでありながら、困っている人には優しかった事。

そして、たった1人のために戦っていた事。彼は魔王を打ち倒し、そしてこの世界から姿を消したのだと言う。

自身と共通する点はあれ、天津はその人物を自分に重ねることはできなかった。あらゆる面で対極に位置する飛電或人とも違う。

様々な人物と交流してきた天津だが、彼の知る中に、「あの人」と重なる人物はいなかった。

 

「いい人でした……優しい人でした」

 

エミールはそう締めくくった。「天津さんも……」そう言いかけたエミールの言葉を、天津は「いや」と制した。

そこから先に続く言葉が、彼の勘違いだと知っていたからである。天津、優しい人ではなくあろうと努めてきた自負があったからだ。

 

「君は私をいい人と言った。その言葉にきっと、偽りは無いのだろう。君の仲間も、話を聞く限りいい人だ」

 

天津はそこで一旦言葉を切り、語気を強め声を低く言い切った。

 

「だが、きっと私は彼らとは違う」

 

「どうしてですか」

 

首を傾げるエミールに、天津は「私は、冷たい人だからだ」と返した。その言葉には、これまでの親切な社長とは違う、敵を殲滅する戦士の威あった。

 

「君の大切に思う人々は、私とは違う……もっと優しい人だよ。人の心を考え、譲り合いながら願いを叶える優しい人」

 

エミールは喋らない。騒がしいバイキングの中で、2人の周りだけが静寂に閉ざされている。天津の説得は続く。

 

「だが、それではいけないんだ。優しい人は結局、何も為せず人の悪意に押し潰される」

 

「…………」

 

「何かを成したければ、誰に邪魔されようと覇道を貫く覚悟を決めねばならない。非情になるしかないんだ」

 

そこまで言い切り、天津は改めてエミールを見た。彼は天津を茫然と見ていた。その瞳は空っぽのようで、天津を見ていない。きっとその向こうには「あの人」がいるのだろう。

静寂に包まれる空気の中、エミールは徐に口を開く。

 

「『振り返るな』それが、あの人の口癖でした」

 

「ほう」

 

天津がそう溢したのは、純粋に意外だったからである。「振り返るな」その言葉は、何かを成し遂げようとするものにしか発せない言葉だからだ。

数えきれない二者択一を続けた先に、積み上げ続けた塔の頂から下を眺めようとする自分を諫めるために、その言葉を使うのだ。

エミールは続ける。

 

「僕達は、そう……マモノ……と呼ばれる存在を倒す旅をしていたんです。その中で、大切な人が死んだ事が……何度も、あったはずなんです」

 

エミールの声色からは、長く蓄積された苦悶が感じ取れた。だが、心の内を語った天津は、もう優しい社長ではいられなかった。自身の理想を追い続けるためには、自分の姿を隠すべきではない……天津は敢えて厳しく言い放つ。

 

「死んだ人間は蘇らない。切り捨てて進むべきだ」

 

「彼らを殺したのは、僕なんです」

 

予想を遥かに超える答えに、天津は二の句が告げなかった。天津とて人を殺した事はない。ヒューマギアを始末した事はあるが、実際に意識ある命を殺めた事は無いのだ。

この純真なエミールが、自身さえ経験したことの無い深みを知っている。天津の中でのエミールの姿は、少しずつ変わり始めていた。

エミールは続ける。

 

「僕は人類の敵を殺すために作られた兵器です。この身体には、巨大な敵を殺し尽くすための武器が、山ほど搭載されているんです」

 

「ラボで見せた、あの攻撃か」

 

「アレはただのくしゃみです。本当なら、ビームも出せるんですよ」

 

ビームという言葉に、天津はガタッと椅子を引いた。それは本能的な反応であった。

一瞬遅れて理性が追いつく。くしゃみであのレベルであれば、ビームはおそらく攻城兵器か何かのレベルだろう。

試しに撃たれては堪らない……引け越しの天津に、エミールはクスリと笑んだ。

 

「ここでは、出しませんけど」

 

ほっと胸を撫で下ろす天津を楽しそうに眺め、エミールは笑いながら続ける。灰色の口で、乾いた笑いを、浮かべながら。

 

「僕は、沢山の命を奪いました。その中には、僕の意思に反するものも少なくありませんでした。そんな時、あの人が言ってくれたんです。『エミールは俺達を救ってくれたじゃないか。もう振り返るな』って」

 

「命を奪った事を、振り返るな、か」

 

天津は、自身の中での「あの人」の像が徐々に固まってゆくのを感じていた。その像は、よく似ていたのだ。理想の追求に野心を燃やしていた、ZAIA設立前の自分に。

 

「全部終わってから、振り返ればいいんです。天津さんも人類のために戦うなら、きっといい人です!!頑張って、人類を守ってください!!」

 

「ああ。言われずともそうするさ」

 

エミールへ向けて、天津は手を差し出す。彼に手がない事は知っている。だが、そうせずにはいられなかった。

天津にとって、エミールは最早研究対象ではなかった。自身の思考を打ち明けた友であり、理想の近しい仲間を持つ同志であった。

 

「君は自分の事を人間と言った。ならば、君は兵器の使い手であるべきだ。君が人類のために戦う戦士である事を誇れるように、私も夢の実現に尽力する事を約束しよう」

 

「はい!お互い、頑張りましょう!!」

 

天津の差し出した手に、エミールは口端を突いた。ここに、2人の心の同盟関係が成立したのである。

客も少なくなってきたレストラン……天津はウェイターを呼び、ゴールドカードで会計を済ませた。

レストランのエレベーター内で、エミールが恥ずかしげに話しかけてくる。

 

「僕、天津さんの事が好きになっちゃいました。また、一緒にお食事しましょうね」

 

「ああ」

 

天津もエミールに対し好意的な感情は抱いていた。こうして本心を打ち明けられるのは、彼がこの世界のどこにも属していないイレギュラーだというのが大きかったのだろう。

彼の心は、いつになく晴々としていた。

 

だが、それを引き裂くかのように、頭痛が天津の頭を襲った。

眼前の景色が赤く歪み、頭の奥から声がする。

 

『人間を滅ぼすために我の尖兵となるか、さもなくば塩芥と化すか……選べ』

 

「またか……なんだこの声は」

 

エミールが何か喋っているようだが、声に邪魔されて聞こえない。苛立ち紛れに頭を強く掴むと、声は遠のいてゆく。

エミールの声が、次第に近くなってゆく。

 

「天津さん」

 

その声で、天津は我に帰る事ができた。エレベーターはもうすぐ1階に着こうとしている。

エミールは天津の異変には気がついていなかったようで、独白を続けていた。

 

「僕は昔、ある大事な戦いから逃げました。暴走するのが怖くて、自分が自分でなくなるのが怖くて……」

 

前後の文脈が読めないため、返しようは無い。ただ、自分が自分でなくなる事、先の声も相まって、それだけは他人事のように思えなかった。

 

「もし僕が、その……おかしくなってしまった時は」

 

「言うな」

 

天津はエミールを遮った。エレベーターの扉が開き、光が流れ込んでくる。その光に、天津は先んじて一歩を踏み出した。

 

「私の代わりがいないように、君の代わりもいない。ZAIAの未来を切り開くのは、ほかでもない我々自身なのだから」

 

「……はい!!」

 

天津の言葉に押されるように、エミールも、続けて光へと踏み出した。

 

__________________________

 

 

 

2人が屋敷にたどり着いた頃には、時刻は17時を回っていた。

白一色の石畳を進み、巨大な木製のドアの前にたどり着く。

なんの偶然か、エミールの指定したその屋敷は、天津にとっても因縁のある場所であった。

 

「ここが、最後だな。この近くにある屋敷といえば、これになるが」

 

「外観は少し違いますけど、雰囲気がすごい似てます!!きっと、ここだと思います」

 

リンゴンとチャイムを鳴らす。

同時に、スマホが震えた。何かと思って見てみると、A.I.M.S.の小隊長からメッセージが届いていた。

 

『天津社長、どこにいますか?』

 

短く、そう書かれていた。件名も無ければ挨拶も結びも無い……少なくとも社会人の書くメールではないだろう。呆れてスマホのスイッチを切ろうとする天津だが、瞬間、彼の脳裏を奇妙な想像がよぎった。

もしや、彼らに何かあったのだろうか。

ZAIAはクリーンなイメージで通っているが、裏で行っている大胆な事業故、敵は多い。ましてA.I.M.S.はヒューマギア弾圧の旗頭だ。彼らが襲われたとなれば、すぐに社長である自分が対処しなければならない。

電話をかけ直そうと通話ボタンを押したところで、天津はその手を急ぎ後ろに隠した。

 

大柄な男が、扉を押し開けて姿を現したのだ。

 

髭をもじゃもじゃに生やした男は、目を細めて天津を睨め付ける。彼はこの屋敷の主で漫画家の石墨超一郎である。彼は天津の顔を見るや、鬱陶しいものでも見るかのように顔をしかめた。

威圧的な彼の態度に、天津は笑顔で返す。

石墨がこんな態度をとっているのには理由があった。彼の所有するヒューマギア・ジーペンは、何度か危険な目に遭っている。そして、そのジーペンを破壊する命令を出したのが他でもない天津なのだ。飛電或人の尽力により彼は破壊されずに済んだものの、その身を危険に晒した事は間違いない。

そんなこともあって、天津は完全に石墨から警戒されていた。

 

「ZAIAの社長自ら何の用ですかい?言っときますが、ウチのジーペンはリコールさせませんよ」

 

「ヒューマギアは危険ですよ。痛い目に遭わないうちに、私のいう事を聞いておいた方がいいと思いますが」

 

「余計なお世話だよ」

 

彼の後ろには、男性型ヒューマギア・ジーペンの姿があった。彼の耳についている髪飾り、緑の瞳を見たエミールは、「あれが人類の敵のヒューマギアなんですね」と言い、天津に口を塞がれた。

 

「なんなんだよ、それ?」

 

「我がZAIAが誇る、ヒューマギア廃絶運動促進ぬいぐるみ、エミールです」

 

いけしゃあしゃあと答える天津。石墨も嘘だとは思わなかったのだろう、それ以上の追求をする事はなかった。

 

「ヒューマギアは危険なので是非とも回収させていただきたい所ですが……」

 

そう前置きしつつ、天津は彼の背後に姿を現したジーペンに一礼して見せた。彼なりの敵意はないという感情の現れである。

その礼儀正しい仕草に、石墨も若干面食らったようであった。

 

「まぁ、事を荒立てたくないのはこちらも同じです。今日はぜひ石墨先生の仕事場を見学させていただきたくお伺いしたわけですから」

 

「俺の仕事場ねぇ……普段ならアポ無しだと困るんだがな」

 

石墨はエミールへと手を伸ばした。けむくじゃらの手に少し体を震わせるエミール。石墨は「固いし、震えてるな」とエミールを撫で回すが、その度天津は「新商品です、バイブ機能付きです」とごまかした。

やがて、満足したのか石墨は扉を大きく開け、天津を中に招き入れた。

 

「まぁ、こいつの可愛さに免じて許してやるよ。好きに見てきな」

 

「ありがとうございます」

 

天津は一礼し、屋敷の中へと足を踏み入れる。西洋風の建築ではあるが、中はコンピューターや漫画のキャラクターが描かれたパネル等で溢れていた。

 

「あ、あぁ……」

 

エミールは口を大きく開き、呆けているようであった。

明らかに西洋の雰囲気をぶち壊しているその内観に、天津は顔をしかめる。立体的な三次元の芸術の側に、低俗な二次元の異物が置かれている……これでは、たとえエミールがここの屋敷にいたとしても、記憶の復元は望めないだろう。

この悪趣味な漫画シリーズを全て撤去して貰おうかとも考えたが、客分として来ている手前そうも行かない。

とにかく、この漫画のないところ……例えばそう、庭などへ行こう。

天津はエミールを抱えたまま、進路を庭へと向ける。

 

「エミール、庭の方を……」

 

天津の言葉を遮り、エミールは「ああっ!?」と叫んだ。天津が驚いてエミールを取り落とすと、球体は床に跳ね、その勢いで前進し始めた。

天津も追って駆け出すが、凄まじい勢いのエミールを視界に捉えるのがやっとである。

 

「この通り、見覚えがあります!ここをまっすぐです!」

 

「あ、ああ」

 

「そこの突き当たりを左に!!」

 

「わ、分かった」

 

迷路のような屋敷を、エミールは迷うことなく進んでゆく。屋敷には幾つもの部屋があり、曲がれど曲がれど長い廊下が続いていた。エミールの姿が段々と遠くに離れてゆく。

 

「そこを抜けると、庭があるはずです!!」

 

そう言って、エミールの姿が角から消えた。

天津はその時には息も絶え絶えであり、壁に手をつき、やっとの思いで角を曲がる。

 

「この庭が……どうか……したのか……」

 

果たして、エミールはそこにいた。二次元の温床とは違い、石造りの質素な噴水がある庭。不気味な程に日の当たらないその場所は、木が生えそろい、お世辞にも綺麗な庭とはいえなかった。

 

「ここは……やっぱり……ッ!?」

 

「どうした?やはり見覚えがあるのか」

 

天津が駆け寄っても、エミールは彼の方を向こうとしない。ただ「あぁ……うぅ……」と唸り、独り言を繰り返すばかりだ。

この何の変哲もない庭に何があるというのだろうか。天津が噴水に近寄ろうとしたところで、エミールの独り言が大きくなった。

 

「ここは……昔、僕は……人を石に……」

 

「人を、石に?」

 

聞き逃せない言葉に、天津はエミールの方を振り返る。そして、戦慄した。

エミールの瞳は、赤く光っていた。それもただの赤ではない、輝きを纏った、濃く紫みを帯びたワインレッドの赤である。

空気が振動し、あたりの木々がざわざわと悲鳴を上げる。眼前で起きる事態の異常さに、天津は反射的にサウザンドライバーを構えた。

 

「僕は、兵器です。でも、僕は保険の兵器……とある人が暴走したときに備えて、それを止める、為のっ!!」

 

「エミール!!どうしたんだ!!」

 

エミールは震えている。天津の言葉も届かないようだ。彼の震えに合わせ、空気の振動も大きくなってゆく。

いや、それだけではない、心なしか眼前のエミールが大きくなっている気がする。

 

「ああああぁぁぁっ!!」

 

途端、エミールは絶叫にも近い悲鳴を上げた。悲鳴は振動となり、天津の身体を吹き飛ばす。宙を舞った彼の白軀は噴水に叩きつけられ、派手な水しぶきを上げた。

 

「エミール!!」

 

振動に潰されかける鼓膜、水に濡れた視界……五感を潰されならも天津は叫び、噴水から這い出した。振動に耐えながらエミールの元へと歩み寄る。

そこで、振動は止んだ。

辺りには、風ひとつない静寂が帰ってくる。空は曇り、世界は灰色だ。不気味なまでの静けさが、庭を埋め尽くす中で、天津の背丈ほどまでに巨大化したエミールの、抑揚のない声がした。

 

「僕は、実験体7号……人類の敵を、抹殺する」

 

瞬間、エミールの目から放たれた熱線が、屋敷の一角を破壊した。その衝撃波に天津は尻餅をつき、轟音と熱に顔を覆う。

熱線の通った跡には赤熱した石や草木の跡が残っており、その威力の凄まじさを物語っていた。

 

「エミー、ル?」

 

エミールはゆっくりと天津の方を振り返る。虚に赤く光る両の瞳、それは天津を見ているようで、見ていなかった。

見つめ合う二人、その中で、エミールの瞳に光が集まってゆく。

瞬間、静寂を切り裂く者があった。

 

「おい!!アンタ何やってんだよ!!飛電の社長を呼んだからな。そこの変なの連れて、とっとと出てってくれ」

 

姿を現したのは、屋敷の主・石墨超一郎その人である。その言葉で我に帰った天津は、前転してエミールの斜め右へと体を滑り込ませた。直後、高出力のレーザーが天津のもといた場所を焼き切り、噴水を真っ二つに切断した。

 

「何だ、あれはッ!!?」

 

水の跳ね狂う庭を、石墨とジーペンは唖然と見つめている。エミールの身体がゆっくりとこちらを向き、その視線の先がジーペンに映る。

エミールはゆっくりと「ヒューマギア、発見」と言い、目に赤紫の霊光を溜め始めた。

 

「行くぞ!!」

 

呆然とする石墨の手を引き、天津は駆け出す。

 

「ヒューマギアは、人類の敵!!人類の敵は、殺すッ!!」

 

瞬間、高出力のレーザー砲が放たれた。レーザーは石墨の背を掠め、屋敷の一部を爆散させる。すんでの所で攻撃を躱した3人は、あの長い廊下を全力で駆ける。

天津を先頭に、ジーペン、石墨……そのふくよかな体型のせいか、石墨は既にグロッキー状態だ。

 

「早く逃げろ!!あのレーザーに焼かれたら、即死だぞ!!」

 

後ろを振り返らずに走る天津。3人の背後では凄まじい爆音と破裂音、そして、低い声で「どこーだー」と聞こえてくる。

天津はエミールの変貌について考えを巡らせる。

 

(今エミールは暴走状態にある……なんとかして鎮めなければならないが、捕まれば、それこそただでは済まないだろうな。最悪、消されるかもしれない)

 

ZAIAの未来を担う天津にとって、それは不都合な事であった。

背後で石墨が「てか、何なんだよあれ」と喚く。ジーペンが首を傾げる中、天津は短く、「未来の生物兵器だ」と答えた。

「なんでそんなもん連れてきたんだよ!!てか、アンタ仮面ライダーなんだろ?俺たちの事守ってくれよ」

 

「ヒューマギアを連れてる奴のことなど知らん!!奴の目的はおそらくそのヒューマギアだ……それをヤツに差し出すのが、今できうる最大の防御だ!!」

 

天津はそう言い捨てると、出口とは違う方向へと走り出した。すぐ近くまで来ていたエミールは、出口に向かう石墨達を追って行った。

理想を叶えるためには、自分が生き残るしか無い。天津はそう判断し、あえて最短距離を彼らに譲ったのである。

作戦は功を奏し、遠くから爆発音が聞こえてきた。

 

「とはいえ、このままだと私も危ないか」

 

天津はサウザンドライバーを腰元にセットし、二つのキーを展開した。音が漏れないようにベルトを手で押さえる。

 

『BREAK HORN』

 

「変身ッ」

 

囁くように言い放ち、天津は密かに仮面ライダーサウザーへと変身した。サウザーの力により身体能力と互換が強化された天津は、その聴覚でジーペン達の様子を把握する。

どうやら彼らも逃げ切れたらしい。エミールは屋敷の上空を旋回しているようだ。

 

「エミール、いずれ行くぞ」

 

そろりそろりと屋敷の外に出る天津。

しかし、車の方へと向かう天津の前に、見知った顔が3つ現れた。

 

「何やってんだよ、天津社長」

 

いたのは、飛電或人と不破、刃の3人だ。ZAIAに歯向かい、飛電製作所なる小さな組織にいる事を余儀無くされた反逆者達である。

 

「君達は……飛電或人とその取り巻き」

 

「取り巻き呼ばわりか。まぁ、間違ってはいねぇな」

 

不破は天津を前に不敵に笑んだ。その手には、エイムズショットライザーが握られている。戦意満杯と言った調子で、刃も続く。

 

「お前の部下だった頃より、こっちの方が余程居心地がいい」

 

「Gペンに手は出させない。俺たちが相手だ」

 

ライジングホッパーキーを手にした或人が正面に立ち、3人は並んでキーを展開させた。

 

『JUMP!』

 

『BULLET!』

 

『DASH!』

 

キーは思い思いの音を立て、ベルトに吸い込まれてゆく。

変身した彼らは息の合った動作で空へと跳んだ。

 

「行くぞ!!」

 

対抗するように、サウザーも足に力を込める。だが、跳躍の瞬間、黄金の軀体は銃撃によって弾き飛ばされた。銃撃は鞭のように地面を這い、着地したゼロワン達をも襲撃する。

 

「なんだ!?」

 

銃撃のした方を振り返ったサウザーは、己の目を疑った。そこにいたのは、特務機関A.I.M.S.の隊員達だったからである。

 

「天津社長、ここにいましたか」

 

隊長と思わしき男は、銃を向けながら、笑顔でサウザーに語りかける。その目はエミールの光線と同じように赤く、彼の周囲の空気は歪んでいるようだった。

 

「お前たち、何があった」

 

サウザーの質問に答えず、隊員達はプログライズキーを起動させる。瞬間、彼らの身体が、いや、その骨格が変わり始めた。

 

「なんだ、アレ」

 

或人がそう零す中で、隊長は腰があった場所のベルトにキーを滑り込ませた。隊員服に身を包んだ彼らの全身には鎧が展開され、顔面の赤い、四つ足の化け物へと変貌してゆく。

気がつくとさらに3匹、白面の怪物達が天津達の周りを囲んでいた。

 

「人類は、滅亡させます」

 

隊長の言葉を皮切りに、化け物達は一斉にゼロワンとサウザー達に飛びかかった。




第4話をお読み下さり、ありがとうございます。

スローペースで進んでいた物語ですが、ここで大きな転機を迎えます。次回はいよいよ最終回、2人の物語がどのような結末を迎えるのか、楽しみにしていてください。

次回は1週間後と言いたいところなのですが、最近仕事が忙しくなり始め思うように執筆が出来ないのが実状です。なので、1週間を目安になるべく早くの投稿とさせて下さい。

※同じものをPixivにもあげています。
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