エミール/帰郷 または、天津社長の奇妙な1日〈完結済み〉 作:TAMZET
巨大企業ZAIAエンタープライズジャパンの社長・天津垓は、ひょんな事から未来人のエミールと出会い、彼の記憶を取り戻す手伝いをする事に。最後の記憶を取り戻すために向かった石墨邸で、エミールは最後の記憶を取り戻すが、同時にその重さに耐えきれず暴走してしまう。彼の暴走を止めようとする天津だが、怪物レッドアイとゼロワン達に邪魔をされてうまくいかない……そんな中、暴走したエミールがゼロワン達と交戦を始めてしまう。
巨大化したエミールとランペイジバルカンの戦いは、さらに激しさを増していた。
バルカンを明確に敵として認識し、周囲にバランスボールほどの炸裂型エネルギー機雷……通称エミール玉を山ほど展開する。飛電のラボの外壁をも打ち砕く絶大な威力の機雷である、触れればいかに重装甲を誇るバルカンと言えどタダでは済まない。
だが、対するバルカンもさるものである。背面に展開したファルコンの羽で空を駆け、そして脚に展開したチーターの爪で地を蹴り、対空する機雷の雨を躱しながらエミールに的確な一撃を送り込むのである。
直撃を受けるたび、その方向に熱線を放つエミールだが、予備動作のある鈍重なビーム攻撃は、既にバルカンに見切られつつあった。
その戦局を歯がみしながら見ているしかない男が1人。ZAIAエンタープライズジャパン社長の天津垓である。
エミールの不意打ちを受け完全に戦闘能力を喪失した彼は、もはや立ち上がる事すら出来ずにいた。服を血と煤に汚し、地を這い、少しでも戦闘に近づこうとするその姿に最早エリート社長の面影はない。だが、それでも彼は、立ち上がろうと全身に力を込める。
彼は知っている。エミールの無垢を、バルカンの正義感を、そして眼前で行われている戦闘の無意味さを。自身に余力があれば、バルカンを止め、エミールの暴走を抑えられるのだ。
思考の中で幾多にも展開されるビジョンに、手が届かない事への言いようのない悔しさ。それが、天津の全身を押す力となっていた。
そんな彼の眼前で、戦局が動いた。
エミールの背面を、銀の斬撃が襲ったのである。驚きクルクルと回転する彼の周囲に、銀鉄の結晶塊が次々と生成されてゆき、それらは剣の形をとって機雷を切り裂き始めた。
結晶をレーザーで攻撃しようとするエミールの正面で、ランペイジバルカンがショットライザーを構える。正面への警戒を怠っていたエミールは、火、氷、毒の3つのエレメントを持つバルカンの攻撃をまともに受けてしまった。
轟音と共にエミールの巨体が大きく跳ね上がり、遠くの地面まで弾き飛ばされる。苦悶に表情を歪ませながら、エミールはまた周囲に機雷を展開させた。
「う、うぅっ!?な、何が……?」
「エミールッ!!メタルクラスタには惑わされるな!!確実にバルカンから撃破するんだ!!」
エミールを妨害した攻撃がメタルクラスタによるものである事は、天津には瞬時に理解することができた。その対処法も天津はよく知っていた。ゼロワンメタルクラスタホッパー……全身を覆う強固な新素材飛電メタルを利用し、多方面からの遠隔金属攻撃を行うライダーである。
剣にも盾にもなる金属は、一見無敵にも見えるが、対処法は数多存在する。銀の結晶を操る本体を攻撃してしまえばいい、結晶を躱しながら攻撃してしまえばいい。結晶の制御など届かない位置から遠距離攻撃してしまえばいい。これまでの天津に出来なかった事であり、それら全て、エミールなら可能な事である。
だが、天津の声は、銃声と爆発にかき消され、エミールには届かない。
やがて、草葉をかき分けてゼロワンの銀鎧が姿を現した。その手には新緑の長剣・プログライズホッパーブレードが握られている。バッタが描かれたその剣は、飛電メタルを制御する超高圧のブレードなのだ。
前門のゼロワン、後門のバルカン。
飛電テクノロジーの最高峰たる銀鉄の結晶群と、ZAIAテクノロジーの結晶たるライダモデル。未来の超技術を操るエミールさえも、彼らの速度に、手数には後塵を拝するしかない。
「効いてるみたい!!」
「このまま続けるぞ」
ゼロワン放つ銀斬撃の雨霰は鋼鉄とも思われたエミールの背面を僅かずつ削り、バルカンの銃撃は巨体を確実に怯ませていた。
天突くほどの巨体は、度重なる攻撃によりその場から動く事すらできない。心なしか、その大きさも少しずつ萎んでいるようにさえ思える。
「やめろ……エミールは、人間だ。ヒューマギアではない……人間だ」
かすれた喉で、届かない声を発する天津。
彼の心中を埋めつしていたのは、紛れもなく慚愧の念であった。エミールを兵器として見てしまった、自分の隣で肩を並べて戦う友として見てしまった自分への叱責。
眼前で戦うエミールは、あれほどまでに苦しんでいるというのに、彼をあまつさえ戦いの最先鋒に駆り立てようとしていた数時間前の自分を、天津は恥じた。
バイキングで天津が考えた事。
人が戦いを止めることができない理由、人を戦いに駆り立てるもの。それは恐怖である。自身が恐怖に駆り立てられている事をごまかし、人は皆戦っている。天津とてそれは例外ではない。純粋な成長を続けるヒューマギアに人類の、ひいては自分の株が奪われる事が怖いからこそ、あらゆる策謀と力を以って彼らをねじ伏せるのである。
だが、違う。
今、天津の胸中を支配し、彼の心臓を動かし、ズタズタになった足の筋繊維を動かすこの心は、決して恐怖などではなかった。エミールを助けたい、すべてを犠牲にしても。その想いに、名前がつけられぬまま……
「ヒューマギアは道具だ……それは間違いない。だが、君は、道具ではない」
天津は音もなく立ち上がった。
白の衣がズタズタに裂け血に滲んでも、震える両の脚で彼は立ち上がる。斬撃と銃撃の嵐風を耐えるエミールに、彼は今度こそ叫んだ。
「聞こえるかエミール!!」
彼の渾身の叫びは、そこにいる全ての動きを止めた。武器を構えるゼロワンとバルカンの横を通り抜け、天津は傷だらけのエミールの元へとたどり着いた。
今にも倒れそうなその身体で、天津はその頭を優しく撫ぜる。
「なんだ?」
「あまつ、さん」
最早子供の背程まで小さくなってしまったエミール。その弱々しい声に、天津は毅然として答える。
「ヒューマギアは道具だ。我が社の社員も同じ。全ては私の道具に過ぎない」
「アイツ……」
拳を振り上げかけたバルカンを、ゼロワンが制した。バルカンも分かっているのだろう、生身の天津に対し、それ以上の攻撃を続けることはしない。
天津は掠れる声を絞り出すように、続ける。
「だが、人類のために自ら戦おうとするお前は、道具ではない。立派な兵器だ」
「あまつ、さん……」
エミールの表情が、寂しそうに落ち込む。天津は彼の頭に乗せる手を、硬く握った。
ゆっくりと、しかし強く、エミールのデコをその拳で突く。
「だが、それの何が悪い!!お前が兵器なら、私も兵器だ!!私は、人類の一人として、ヒューマギアと戦える事を誇りに思う!!君も、そのために機械生命体と戦ってきたんだろう!!」
「!?」
エミールは瞳を見開き、天津を見つめている。驚きと悲しみに埋め尽くされていたはずのその表情が、少しずつ惚けてゆく。
曇天が、一粒の滴を彼の頭にもたらした。
模様にしか見えないはずの両眼から、一筋の涙が伝っているかのように。雫は次々とエミールの、天津の全身を濡らしてゆく。
「兵器である事を誇れ。戦士である事を誇れ。君の戦果は、私が讃えよう。だからエミール……自分を取り戻せ!!」
鎧を纏わない天津の言葉に、エミールは呻き声を上げながら身を震わせる。歯を食いしばり、息を荒くさせ……その身体が、徐々に元の大きさに戻ってゆく。
その灰色の巨体が天津の胸に収まる程の大きさに戻った瞬間、天津はエミールを抱き抱えた。
「エミール!!」
天津の腕の中で、エミールは力なく笑っている。酷く衰弱しているのだろう、あれほどに丸かった眼は細くなり、雨に濡れた身体はずっしりと重かった。
「ごめん、なさい……あまつさん……僕は、また。自分を……おさえ、られなくて」
「謝る事じゃない。その礼は、後できちんと君の体からもらって行こう」
「痛いのは、いや……ですよ」
そう言い残し、エミールは目を閉じた。幸せそうに、口を少し開けて、眠りに落ちたようであった。
「今は、ゆっくり休め」
天津はふらつく身体で、エミールを近くのベンチまで運んだ。お姫様でも寝かせるように彼を横たえた天津は、未だ武器を構える二人の方へと向き直る。
ゼロワン、バルカン……両者とも、構えた武器のトリガーに手をかけている。トドメを刺そうというのだ、この小さな兵器に。これまで対立していた天津も、初めて彼らの判断が正しいと心中で認めていた。
ライダーシステムをたやすく破壊できる攻撃力を持ち、暴走の可能性を秘めたエミール。石墨邸をものの数分で廃墟にできるほどの攻撃力を、このまま放置しておく手はない。
そう考えているであろう2人の前に、それでも天津は立ちはだかる。傷だらけのベルトを腰に装着し、最早上がらなくなった両腕で二つのキーのスイッチを入れる。
「エミールは、私の協力者だ。私と共にあり、私の力になってくれる数少ない人物だ。今日の私は、彼を守るために戦う」
「天津社長。それは……危険だ」
「だとしてもだ」
天津は力なくキーをベルトに装填し、ベルトのスイッチを入れた。先の一撃で音声関連が損傷したのか、ベルトの変身音は雨天にかき消される。装飾は剥げ、5つあったツノのうち半数は砕け、煤に塗れた黄金の鎧騎士サウザー。それでも彼は、エミールを守るように両腕を広げる。
「たとえ幾度倒れようとも、兵器として人類の敵に立ち向かう。それが、仮面ライダーだ。私はここでお前達を倒す。ZAIAの未来のために、そして、エミールのためにだ!!」
サウザーは震えるその足で、濡れたアスファルトを蹴って駆け出した。水滴が鎧を打つ度、その部分から電撃にも似た火花が散る。相対するゼロワン達の目にも、最早彼の限界は明らかであった。
「おおおおおおっ!!」
先の欠けたサウザンドジャッカーを振り上げるサウザーの顔面を、バルカンの拳が打つ。
「ぐうっ!?」
何のこともない手打ち。だが、馬力に差がありすぎるのだろう、サウザーその身をふらつかせ、体制を崩しかけた。
「ま、まだだっ!!」
渾身の力で体勢を立て直し、再び突進しようとするサウザーを、今度はゼロワンが切り払った。銀の衝撃波に押されたサウザーはその身をアスファルトに強く打ち付ける。
「ぐはあっ!?」
息も荒く、立ち上がろうとするサウザー。彼を横目に、二人は目を閉じたままのエミールに武器の先端を突きつける。雨音が聞こえるほどに静まり返る周囲に、サウザーの呻きとゼロワン達の細い呼吸だけがある。
「……ッ!!」
短い呼吸と共に、プログライズポッパーブレードを振りかぶるゼロワン。展開された銀の刃、含蓄されたエネルギーは既に臨界点に達している。
「させるか!!」
動物の如く四足で駆けたサウザーは、縋り付くようにしてゼロワンの前に躍り出た。バルカンの銃撃をすんでの所で躱し、彼は金色の鎧をその銀斬の前に差し出す。
「や、やらせん!!」
一瞬、時が止まった。
雨粒は動きを止め、3人のライダー達もまた同じように静止している。剣を振り下ろすゼロワン、サウザーを蹴り飛ばそうとするバルカン……そして、エミールの盾になったサウザー。
彼の背後では、エミールが安らかに寝息を立てている。戦など忘れたような、心を緩ませきった寝息。それをサウザーが感じていたのか否かは分からない。だが、仮面の奥の天津は……おそらく、笑っていたのだろう。
一瞬の後、ゼロワンの斬撃がサウザーの金軀を切り裂き、爆風と衝撃波が雨粒をはじき飛ばした。
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気がつくと、天津は真っ赤な空間にいた。天も地も、見渡す限りが全て赤に包まれた空間。ここが地獄と言われても遜色ないほどに、赤しかない空間であった。
自分がどこに立っているのかも分からず、天津はふらふらと歩き出す。
すると、彼の前に、赤よりもさらに赤い紅の球体が姿を現した。球体の表面はつるりとしており、微塵も生命らしさは感じられない。
だが、フワフワと不規則に動くその姿から、天津は球体が意思を持っている事を直感した。
果たして、球体はよく聞いた声で天津へと語りかけた。
『選べ。人間を滅ぼすため力を得るか、塩芥と化すか。二つに一つだ、人間』
球体から放たれているのは、今朝より天津の思考に割り込んできた声だった。人を滅ぼすための力、塵芥、あまりにも非現実的で、耳慣れない言葉に、天津の思考が妨害される。
「これが、エミールの言っていたマモノ、なのか?」
球体は天津の独り言には答えず、再び同じように問うた。人類を滅ぼすための力を得るか、それとも塵芥と化すか。
A.I.M.S.隊長の言葉が、脳裏を過ぎる。
『あなたにも、神の声が聞こえているはずです』
もし彼の言っていた神がこの球体の事であれば、恐らく力と引き換えに何かを失う事になるのだろう。ここで、天津はようやく逡巡のステージに辿り着いた。
仮に前者を選べば、おそらくこの場所を脱出することができるのだろう。だが、その果てに恐らく自身は怪物となる。
後者を選べば、それこそ塵芥と化す事になるのだろう。この球体がどれほどの力を持っているかは不明だが、その言葉は嘘偽りではなさそうである。
後者を選ぶわけにはいかない。ZAIAの未来を切り拓くために、エミールを守るために、天津は今ここで倒れるわけにはいかない。
しかし、前者を選んで仕舞えば、人類の敵としての人生が始まる事になるのだろう。それは即ちエミールへの裏切りとなる。
『答えは決まったか』
球体は催促するように、天津へと語りかける。どちらを選んでも滅びしかない二者択一。だが、天津は迷わず球体へと近づいた。
「いいだろう。私はここで死ぬわけにはいかない。お前の提案を受け入れよう」
球体に手を触れる天津。球体はその瞬間にドロリと液体のようになり、天津の身体へと流れ込んでゆく。天津の瞳は徐々に赤みを帯び、全身の傷が瞬く間に癒えてゆく。
そして、天津の脳内に流れ込んできたのは、人類への憎悪であった。有史以来人類が繰り返してきた、略奪と虐殺の歴史。強者が弱者より奪い、弱者は徒党を組んで強者へと逆襲するという負の輪廻。並行世界を超えてまで繰り返される悪しき行為。
それらを断絶すべきという強い意志が、天津の思考の中に奔流の如く流れ込んでくる。
「人類は……滅亡させる」
全身を満たす凄まじい力の感覚に、天津は思わず口端を歪めた。今まで計画と策謀で培ってきた力がまるで児戯に思えてくるような強大な力が
天津は赤の世界の中で、力強く一歩を踏み出した。天津が足を進める度、視界の中の赤は薄れてゆき、現実の雨の世界が見えてくる。
視界がほぼ完全に現実とリンクする寸前、天津はほくそ笑む。
「人類に生きる価値などない……か。初めから知っているさ。私も、その人類の一人なのだから」
視界が再び赤く染まり……天津の意識は元に戻った。
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天津の意識が現実へと戻った瞬間、サウザーはゼロワンの剣撃をその手で受け止めていた。メタルクラスタの力が乗せられた必殺の一撃が、片手で受け止められたのである。
「人類滅亡などあり得ない。神とやらが私を駆り立てようと言うのなら、私はそれにも抗ってみせるだけだ!!」
ゼロワンが動揺の声を隠せない中、サウザーはその膂力だけでポッパーブレードを突き放す。身にまとうアーマーは傷だらけだ、そこは変わらない。だが、紫だったはずの両眼は紅に染まっており、何よりもその身体から迸る力は、明らかに先ほどまでとはレベルが違っていた。
「エミールから、離れろ。彼はZAIAの……ひいては人類の未来を切り拓く光明。そして何より、私の友だ!!」
サウザーは拳を固め、ゼロワンの胸部へと放った。寸頸にも近いノーインチの拳撃……威力など期待できないはずのその攻撃は、しかし一撃でゼロワンの身体を彼方へと吹き飛ばした。
これまでのサウザーからは考えられない、超威力の一撃に、バルカンは反射的に距離を取る。
「不破さん。これ、いつもの天津社長じゃない」
「ああ。油断できねぇな」
エミールを守るようにベンチの前に立ちはだかるサウザー。舞い戻ってきたゼロワンとバルカンは、警戒を厳にサウザーへと構える。
サウザーはそんな2人に向けて、悠然と歩みを始めた。その赤眼が、あゆみの重さが、先程までの彼とはまるで違う存在であると告げている。
「仮面ライダーサウザー。今日の私の力は、いつもの1000%……つまり、10倍ほど桁外れだ」
言うや否や、サウザーは2人へと駆け出した。最初に切り結んだバルカンをサウザンドジャッカーの一撃で吹き飛ばし、ゼロワンと刃を交える。
幾多にも展開される銀の盾を切り払いながら、サウザーはスペックで勝るメタルクラスタへと迫ってゆく。銀の盾は一枚また一枚と数を減らしてゆき、ゼロワンの戦力が削がれてゆく。
「アンタに、ヒューマギアの未来は奪わせない!!」
「ヒューマギアは人類の敵だ。今のうちに少しでも数を減らしておかなければならないと何故分からない!!」
「ヒューマギアと人間は絶対に分かり合える!!アイツらにだって夢があるんだ……俺は、その夢を叶えてやりたいんだよ!!」
「甘っちょろい事を言うな!!」
サウザーの叫びと共に、ついにゼロワンの盾が消えてなくなった。薙刀の如く振り回されるホッパーブレードをすんでの所で躱し、サウザーはゼロワンの胸ぐらを掴み立てる。
数tもの力に耐えられるはずの飛電メタル製の銀のアーマーが、サウザーの握力の前にひしゃげてゆく。
「そんな悠長な事を言っておいて、もし人類が滅亡したらどうする。職を失った人間が露頭に迷ったら?彼らが暴動を起こしたら、被害者達はどうなる!!その時、君はその人間達全てを救う事ができるのか!!」
「……そんな事には、ならないッ!!」
瞬間、無数の光弾が、背後から天津を襲った。サウザーがその衝撃に耐性を崩されている隙に、バルカンはゼロワンの手を取り、チーターの脚力で距離を取る。
「天津の妄言に惑わされるな!!コイツの言う事はデタラメだ!!コイツが君臨する人間の世界がどんなものか、想像できないお前じゃないだろう」
バルカンの言葉に、ゼロワンは強く頷く。間合い二つほどに離れた距離、互いの負った傷……それらの要素が彼らに告げる。もう戦いは最終局面を迎えていると。
「私は仮面ライダーという神話の創造者。人類をヒューマギアから守る責任がある。そして私以上に、君にその責任があるんだ!!」
「ああ。だからこそ、俺はヒューマギアが人類と分かり合えるって、証明してみせる!!」
ゼロワンはホッパーブレードのトリガーを引くと、腰を落とし、居合の如く超速で抜き放った。結晶化した銀の斬撃が、アスファルトを穿ちながら凄まじい速度でサウザーへと迫る。
対するサウザーも、サウザンドジャッカーにて展開した半透明のライダモデル達を前方へと展開した。だが、半透明の動物達は、同じくバルカンが放った半透明の霊獣達に妨害される。
銀の斬撃をサウザンドジャッカーで受けるサウザー。その威力は凄まじく、金軀がエミールのいるベンチまで吹き飛ばされる。
サウザーの顔を守るフェイスシールドは砕け、天津の顔面の一部が露出した。本来ならばとっくに変身解除されてもおかしくない程のダメージ。だが、それでも、天津は立ち上がった。
まさに不屈。狂気とすら思えるその執念に、バルカンが威嚇するように叫ぶ。
「何故だ!!刃すら手にかけようとしたお前が、どうしてコイツのためにはここまでする!!」
「このエミールは、未来の存在。我がZAIAに新たなる世界を見せてくれるかもしれない福音なのだ。ヒューマギアのいない、世界を!!」
サウザーはエミールへとサウザンドジャッカーの先端を押し当てた。眠り姫を起こさないようにそっと押し当てられたそれは、サウザーがレバーを引く事により、エミールの内部に存在するエネルギーを抽出してゆく。
「エミール!!君の力を借りるぞ」
サウザンドジャッカーの内部には、はち切れんばかりの赤熱したエネルギーが蓄積された。天津は槍を器用に振り回し、ゼロワン達に向けてそのトリガーを引いた。
『JACKING BREAK ©︎ZAIA』
瞬間、凄まじいエネルギーの反動が天津の身体を通り抜けた。サウザンドジャッカーの先端から、超高出力のレーザー線が、さながらカブトムシのツノの如くゼロワン達へと伸びる。ツノは二股に分かれ、ゼロワンとバルカンへと突撃した。
「なんだ、このパワー、ッ!!」
攻撃は一撃で2人を変身解除させ、アスファルトの地面へと倒れせしめた。さらなる追撃を行おうとする天津……だが、その胸で銃撃が爆ぜる。
ふと見やると、飛電製作所用社用車の運転席から顔を覗かせる刃が、ショットライザーを構えていた。
「石墨氏とジーペンは救出した!!ここは一旦退くぞ!!」
「そうだな……」
後部座席に2人を収納し、社用車は飛ぶようにして石墨邸から離れてゆく。サウザーは彼らが去り切るのを確認し、変身を解除した。
最早誰が見ても立派な怪我人と成り果てた天津は、千鳥足でエミールの元へと歩み、その小さな身体を抱き抱えた。
「さあ、行こう……エミール。今度は、私との約束を果たしてくれ」
「ごめんなさい、天津さん……迷惑、かけちゃいましたね」
エミールの弱々しい声に、天津は微笑みで返す。その笑みの柔らかさに、エミールもつられて頬をゆるくさせる。
「迷惑だと?お前のおかげで、奴らに一矢報いることができたじゃないか。君は自分が思うより、よほど立派な兵器だ」
「あまり、嬉しくない言葉です」
「そうか。だが、私は君に助けられた……ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って、エミールは再び目を閉じた。可愛らしい寝息を立てる彼を後部座席に寝かせ、天津は運転席にてキーを回す。
かくして、天津社長の長すぎる1日は激戦の末に幕を閉じたのである。工場設備にサウザーの装甲、彼が失ったものは少なくない。だが、天津の表情は今までにない程に満ち足りているようであった。
緊張を解きかけた天津は、ふと風の中に一枚の紙が漂っているの発見した。
「ん?これは……」
手に取ったその紙を見て、天津は目を見開いた。
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そこから1ヶ月は、「試練の月」と呼ばれる人類史上最悪の歴史となった。石墨邸にて行われた戦闘により拡散したエミールのエネルギーが、世界中に拡散し、大波乱を巻き起こしたのである。
エネルギーを吸引した人間は塩の柱となるか、怪物化するかの選択を迫られる。そして、怪物化した人間は軍が総出で立ち向かわなければならないほどに強大であったのだ。
研究の結果、エネルギー「魔素」は、人を怪物化させる影響がある事が判明した。その時には既に魔素は世界中に拡散されており、人類は大混乱に陥った。
だが、彼らの危機を救ったのが他でもない世界的大企業ZAIAエンタープライズである。独自調査により魔素の研究を進めていた彼らは、世界で最も早く魔素の視覚化に成功。開発を進めていたザイアスペックに魔素の可視化能力を付加し、世界中で販売したのである。また、新発売のレイドライザーには魔素を操る能力も付加され、現在でも魔素の無力化に向けたバージョンアップが行われている。
怪物がのさばる世界で、人類はレイドライザーとライダーシステムによりなんとか治安を保っていた。その存続の陰には、ZAIAエンタープライズ、ひいては天津社長の尽力があったのである。
さて、そんな中天津社長は何をしていたかと言うと、デイブレイクタウンの一角、丁度衛星アークへと接続するモニタルームにてエミールと談笑していた。
錆びたテーブルの上には紅茶のカップが二つ置かれており、その前では、エミールがコロコロと転がっていた。
天津は和やかに紅茶をすすり、笑顔でエミールに語りかける。
「今日で実験は終了だ。君からは十分に有用なデータを取らせてもらった。君の持つテクノロジーは、今後のZAIAの発展に大きく寄与する事だろう」
美味しそうに紅茶を啜るエミールに、天津は仰々しく頭を下げてみせる。
「本当に、ありがとう」
「どういたしまして!!」
エミールの屈託無い笑みに、天津もつられて微笑んだ。そこには、ヒューマギアを排斥しようと目を尖らせていた戦士の姿は最早なかった。
やがて、紅茶を飲み終えたエミールは思い出したかのように、少し声のトーンを落として話し出した。
「あの屋敷で思い出した記憶……アレは、僕の姉の記憶でした」
「君に、お姉さんが」
エミールは短く「はい」と答え、俯いてしまった。天津は敢えて急かす事はせず、エミールが話し始めるまで待つ。
長い間の後、エミールはまた語り出した。
「もう姿も曖昧なんですけどね。姉は僕と同じ兵器で……暴走して、研究所の奥底に封印されてしまいました。あの屋敷の下が研究所になっていて……その時の事を、思い出して、気がつくと天津さん達を攻撃していました」
あの時の姿はやはり暴走した形態だったのかと、天津は内心ヒヤリとしていた。あの時何度か身体をかすめた熱線に触れていたらと思うと、今でも怖くなる時があるのだ。
エミールは続ける。
「姉の暴走を止めたのは僕でした。姉を石に変えて、挙句その力まで奪って……一生消えない十字架を背負ってるんです。その罪から逃げたくて、記憶が無くなっていたのかも」
「私も、十字架なら背負っているのかもしれないな。もっとも、振り返る気はないが」
エミールが数えきれないマモノを倒してきたように、天津も数えきれないヒューマギアを壊してきた。もしヒューマギアに意識があるとすれば、きっと呪われる祟られるでは済まないだろう。
だが、振り返らない。どれだけ何があっても、前に進み続ける。それが、2人の間で言葉なく交わされた約束だったからだ。
その後、少し談笑をし、紅茶を3杯ほど啜ったところで……エミールは、切り出した。
「それじゃあ、僕は未来に帰ります。記憶も取り戻せましたし、何より、向こうで僕を待ってくれている人達がいるんです!!あの時は逃げてしまったけれど……もう、逃げません!!」
「あの時……?」
「昔の話です。暴走した何人もの僕に立ち向かった、とっても勇敢な僕の」
彼のその言葉に、天津は「そうか」と答え、少し間を置いて「少し、寂しくなるな」と続けた。
エミールはそんな天津の回答に、人懐こく笑った。
「で、どうやって帰るつもりだ」
天津の問いに、エミールは得意げに大口を開けてみせる。口の奥はその外見よりも深い空洞が広がっているようであり、手を突っ込めばどこまででも入っていってしまいそうだ。
「実は、ここに設計図があるんですよ。それを元に、色々と自作して……」
エミールはうがいでもするように、ガラガラと音を立てながら天井を仰ぐ。これまでの流れから察するに、なにかを探しているのだろうか。
「あれ、どこだったかな?ここ……いや、喉の奥だったかも」
悩み果てるエミール。だが、天津は彼の口ぶりから、既に彼の探し物に予想がついていた。
彼がガラガラと喉を鳴らしている中、天津はテーブルの引き出しからある紙を取り出した。
「それはひょっとして、これの事か」
紙を見たエミールは、飛び上がるように驚く。
紙の中に書かれていたのは、タイムマシンの設計図であった。
「あーっ!!それですそれです!!なんで持ってるんですかぁ!?」
「屋敷での戦闘の時、君の体からこぼれ落ちたものを拾っておいたのさ。これで一つ貸しだな」
「はい!!返せるかどうか分かりませんが」
エミールは子供のように笑い、紙を喉の奥に仕舞い込んだ。紙は咀嚼される事なく喉の奥へと消え、跡形もなく消えてしまった。
嬉しそうにポムポムと跳ねるエミールに、天津は人差し指を一つ立ててみせる。
「そして、もう一つ朗報がある」
「なんですか?」
その得意げな表情に、エミールは吸い寄せられるように彼を見つめた。そして、それに答えるように、天津はそれを口にする。
「もう作っておいた」
「えええっ!?作れたんですか!?」
「アークにシステムをラーニングさせるのには時間がかかったがね。だが、アークを作ったのはこの私だ」
天津が背面の扉を開けると、そこには青い部屋が広がっていた。部屋の全てが青で構成される部屋。その奥行きはまさに無限であり、細い通路が延々と続いているようであった。
近未来的な時空の部屋。まさにタイムトンネルと言った風情である。
「別れの時だな」
寂しそうにそう告げる天津に、エミールはあくまで笑顔を貫いた。その無邪気な笑みに、天津もまた同じように微笑んだ。
「あなたの事は忘れません!!多分……きっと」
「不安だな」
天津は苦笑すると、何か閃いたように口を開いた。近くにあったペンとメモを取り、天津は屈んで説明を始めた。
「もし忘れっぽいと思うなら、そうだな、絵や文章にして残しておくといい。過去のものを持って帰れないなら、忘れないうちに壁画にでも書いておくといいさ」
「なるほど!!いい考えです!!」
天津は近くにあった装置を弄り、部屋のドアを閉じた。中からは、まだエミールがポムポムと跳ねる音が聞こえて来る。
「それでは、11946年に飛ばそう。良い時間旅行を」
「はい!!また、会えるといいですね」
エミールの元気そうな声に、天津は安心してボタンを押した。部屋の中から機械音が聞こえ始め、部屋の中の青がモニタールームにまで漏れ始める。
ふと、中から声が聞こえ始めた。
「ん?いちまん……あ!天津さん違います!!それ千の位が一つ……」
エミールの言葉をかき消すように、部屋から小さな爆発音がきこえた。天津が慌てて扉を開けると、そこには既にエミールの姿はなかった。
天津は短くため息をつき、ふふっと笑う。
「……まぁ、多少の誤差だろう。彼なら、きっとどの時代でも上手くやってくれるさ」
静かになったモニタールームの中で、天津は画面を切り替えた。画面にはサウザンドライバーに似たベルトの映像が映し出されており、タイトルには『REDEYE THOUSER』とある。
モニターの画面を覗き込み、天津は満足げに笑んだ。
「さて、ここからは私の出番だ。エミールから得たテクノロジーで、今度こそ飛電製作所を壊滅させ、ヒューマギアを破壊し、人類に対する脅威を取り除いてみせよう!!」
デイブレイクダウン中にこだまする高笑い。赤眼となった天津の新しい計画が、今まさに、始まろうとしていた。
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そして、デイブレイクにて蠢く影がもう4つ。暗い色の装衣に身を包み、皆一様に気怠げにしている。共通しているのは、耳に飾り物を付けているという事だ。
徐に、ロングコートに身を包んだ長身の男が、高そうなスーツの男に話しかけた。
「アークが新しくタイムマシンをラーニングしたようだ」
スーツの男は、ふふっとおとなしく微笑み、「面白い事になったね」と長身の男に答える。
「ヒューマギアが夢を誇れる未来。人類がいない未来に行けば、それも叶うかもしれないね」
「アークから新たなる命令が届いた。早々に少しでも多くのヒューマギアを回収し、巨大タイムマシンを製造するのだ」
4つの影……滅亡迅雷は再び立ち上がる。全ては、アークの意思のままに。
最終話をお読みくださりありがとうございます(2回目)。
終盤にあたり少々更新トラブルが起きてしまいましたが、無事シリーズを完走する事ができました。今回の反省としましては、ニーアの方しか作品を知らない方に対して、仮面ライダー側のキャラクターの紹介が満足に出来なかった事でした。次回の作品では、その辺りをしっかりと頑張っていこうと思います。
次回からの新シリーズですが、諸事情により週一の更新は厳しいかもしれません。ですか、そう間をおかずに更新を続けられるよう頑張っていこうと思います。次回のシリーズはついにあの4人が主人公になります。楽しみにしていてください。
※同じものをPixivにも投稿しております。