誰だって分不相応に天狗になれば、それまで持っていた良さを失ってしまう。向上する意志を失い、ただ誰かに威張り散らして現状維持の沼に溺れるだけ。むしろ他人から白い目で見られ、愛想をつかされてしまう始末となれば傲慢さなど毒でしかないだろう。向上心は生きていくうえで大事な要素に他ならない。
小さな幸せを噛み締めてその日その日を生きていく。相手への敬意を忘れず、さりとて自分もまた昨日よりほんの少しだけ立派に生きて、積み重ねていくだけでいい。時には心が折れて堕落することもあるはず。だけどそれこそ人間なのだから、ごく一握りの
──いったいどうして、私は選ばれてしまったのだろう。
──いったいどうして、私は望んでしまったのだろう。
──いったいどうして、私は生まれてしまったのだろう。
答えなんて分からない。
でもすべての始まりは、あの日に出会った神様なのは間違いないから。
きっともう、どうしようもないのだ。
◇
「すまなないが、おまえさんは死んでしまったんじゃ。お詫びに望みの世界に転生させてやろう」
「……はい?」
告げられた言葉は青天の霹靂、ハッキリ言って気でも狂ったのかと思った。
ついさっきまで家を出たはずに、どうしてこんな真っ白い何もない空間に居るのだろう。前後関係がさっぱりなうえに急に変な事を言い出した老人のせいで混乱しかしない。というかどちら様だろう?
戸惑うこちらを見て、老人は「ふむ……」と何やら納得してから改めて語り出す。
「順を追って説明すれば、おまえさんは神であるわしの手違いで『死ぬはずでない時期』に死んでしまったのじゃ。とはいえそれも不憫な話だからの、こうしてお詫びに転生させてやろうという訳じゃ」
「死んだ? 私が? え、まだ25歳なのにですか? いったいどうやって──」
「家を出た直後に空から植木鉢が降ってきて即死じゃ。きっと近くの高層ビルから落としてしまったのじゃろうな」
「えぇ……そんなのあります?」
死んだという実感がないせいか、他人事のような感想しか出ない。というか植木鉢を落とした人も可哀そうに、私のせいで警察のお世話になる羽目になりそうとは。いや、この老人の言ってることが本当なら私の方が被害者のはずなんだけど。
というか神と言ったか、この老人。つまりこれってテンプレ的な神様転生なのでは?
「本来ならありえない。だからそれがわしの手違いなのじゃ。で、なにか望みの世界に行きたいとか希望はあるかね? なんなら生きやすいように特典を付けることも可能じゃが」
「と、急に言われましてもね。普通に元の世界へ戻るのは? 家族とか友人とか居ますし……」
「それはすまんが出来ない相談じゃ。死者を同じ世界に戻せば秩序が乱れる。そういうルールなのでな、申し訳ない」
深々と頭を下げられたらこちらが恐縮するしかない。神様といえど出来ないことはあるのだろう、きっと。
しかしそうなると、私はどうすれば良いのか。家族も友人も残したまま、ようやく社会人になりたての女は一人寂しく世を去った訳で。やり残したことなんて無数にある。そもそもアパートにある”
「不安や心配があるのは当然分かる。だからこちらとしても悪い様にする気はないし、上手く転生先でも馴染めるように配慮しよう。あるいはここで満足というなら、すべてリセットして輪廻へと戻る選択肢もあるが……」
「あ、いえ、それはちょっと待ってください。やりたい事もありますし、転生とかいうのも気になります」
「ほう、それは結構じゃ。希望があるなら遠慮なく言ってくれて構わない」
死んでしまったこと自体は悲しいし不安になるが、
生前にドはまりした燃えゲーで言われたように頭をしっかり切り替えて──待てよ、それなら。
「転生先って本とかゲームとか何でもありなんですか?」
「勿論じゃよ。全ての世界はどうにせよ、”何処か遠くで実際に存在する世界”なのじゃから。希望さえあればそれに合致する世界を発見しておまえさんに提示する、それだけじゃよ」
「なら、私は──」
どうしてもやりたかったけど、荒唐無稽だからと諦めた夢がある。
でもこの神様とやらがその夢を叶えてくれるというのならお誘いに乗ってみるのも良いかもしれない。
「新西暦、シルヴァリオの世界に行きたいです! アドラー帝国に生まれてみたいです!」
「お、おぅ……少し落ち着いたらどうじゃ? 焦らんでも話は聞くからな?」
「あ、はい、すいません……」
深呼吸して冷静に。いつものように限界っぷりを見せつけても相手は困惑するだけだ。
そう、すべては”勝利”をこの手に掴むため。もし大好きなゲームの世界に自分も参加することが出来ればこんなに楽しくて素晴らしいことはないだろう。高鳴る期待を抑えようともせずに神様の反応を待つこと数秒、
「うむ、問題はないな。お主の望んだ世界は西暦2500年代に文明が一度リセットされ、その後に新西暦として新たに文明が築かれている世界で相違ないな?」
「そうですそうです、そして新西暦1000年代くらいに生まれられれば文句とかありません!」
「一転してすごい食いつきじゃの……まあ良い、ならばその願いを叶えてしんぜよう」
自嘲するように「元々わしの失態だしの」と神様は言い、次いでこちらに手をかざした。
「何か欲しい特典あるかの? 無ければわしの方で勝手につけておくが」
「うーん……どうしよう」
すごいチート能力で無双したい! なんて欲望は正直ない。バトルがメインの作品だから死ににくい方が当たり前に便利ではあるけど、一般人がチートを貰って即座に最強、なんてなる訳がないのだし。むしろそういう慢心は負けフラグだ。
正しいことは痛い事であり、それを忘れず謙虚に生きることが出来るなら。後は多少近くで”推し”を眺めていられればそれが一番良い塩梅だろう。
「それなら『努力したら努力しただけ、必ず結果が実を結ぶ』といったのが欲しいです。自分のやりたいことに対して、それまでの足跡が無駄にならないように」
「ふむ、また変わった特典を望んできたの。わしがこれまで出会った者たちは例外なく『最強になりたい』だの『無限の魔力を与えてくれ』だの言ってきたものじゃが」
「私は別に強くなることに興味はないので。少しずつ努力を重ねて堅実に生きる方が趣味に合います」
「了解した、謙虚な人間じゃのうお主は」
そうして神様のかざした手が光、ついで私の中へと消えていく。これが特典というヤツだろう。
感覚的には何かが変化した訳じゃないが、ダメで元々である。
「というより、これだけでは神様の名が廃るわい。特別にもう一つ何かしらの特典を付けても良いが、どうするかね?」
「良いんですか? それなら……
「ふむふむ、なるほど相分かった。ではそちらも追加で特典じゃな」
同じように神様の手から光が流れ、私の中へと入っていく。
どうせ物語の世界へ行けるというなら、特別な力というのにも多少は憧れるというものだ。この世は総じてあればあるだけ良いのだから、少しくらいは欲張ってみても罰は当たらないだろう。
「さて、これで諸々は完了じゃの。後はお主を別の世界へと転生させるだけじゃ」
「何だかよく分かりませんけど、ひとまずお世話になりました。ありがとうございます」
「構わんよ、すべてはわしのミスが原因なのじゃから。もっと殴りつけるくらい太々しくても良かったろうに」
「それはさすがに……」
苦笑したこちらに対して同じように笑いながら、神様は静かに告げる。
そこで初めて、好々爺然としていた神様は超越者の如き気配へと変貌させて──
「ならば最後に神様らしく神託を授けよう、
「それは──」
「なに、年寄りの戯言じゃよ。どうかわしの言葉など忘れ、新たな生を楽しんでくると良い」
唐突に告げられたのは祝福であるはずの言葉たち。しかしその意味を咀嚼しようとする前に。
私の意識はフッと途絶えて、暗闇に落ちていくのだった。
◇
まず初めに私が転生先に望んだ世界、すなわち”新西暦”について簡単に話そう。
きっかけは西暦2500年代、日本の研究が原因で発生した
そして時は新西暦1022年。この星辰体を用いた
というのが新西暦の背景であり、ひいては始まりの作品である『シルヴァリオ ヴェンデッタ』のあらすじともなる。随分と省略したが大筋は間違ってないだろう。
生前の私はこの『シルヴァリオ ヴェンデッタ』から続くいわゆる『シルヴァリオサーガ』の大ファンであり、それはもう強く強く入れ込んでしまった。何が琴線に触れたかは多すぎて分からないが、取り敢えず登場キャラの一人である”英雄”の大ファンとなり、更に言えば作品のテーマともなる”正しいことは痛いこと”という言葉に惹かれたのは間違いない。王道を理解した上で耳の痛いところを主題とする、そんな作品性が好きだったのだ。
これが転生先を新西暦とした理由であり、同時にすべてだ。好きだからこそ自分も近くで見てみたい、関わりたいという願いは普遍的でありきたりだろう。自分で言うのも何だが凡庸な願いだと思う。
で、転生した後で何をしたいのかと言えば……まあ、決まっている。
たぶんこの作品のファンなら誰もが考えることだろうが、ただこれを叫びたいだけである。
「アドラー万歳! 総統閣下に栄光あれ!」
心の底からこの喝采を叫ぶのが、今生でスズカ・旭・アマツと名を受けた私の日課なのだから。
軍事帝国アドラーにおける
「またそれですかお嬢様……愛国心は結構ですがもう少し慎みをお持ちください」
「あ、ごめんなさい……」
もちろん屋敷でそんなことを言っていれば侍女に叱られてしまう。その度に首を竦めるのもまた日課の一部だった。根っこが小市民な女が貴族の作法を覚えるとか、どう足掻いても無理だと思うし。まあそれはともかく。
この新西暦に生を受けてから早8年──新西暦1015年において、私は
「あと十年と少し……ふふふ」
期せずして理想の立場に収まってしまったのだが、生憎と私の目的はもう少し年月が経たないと達成できない。
そう、すべてはこの目で英雄を仰ぎ、この口で英雄を讃えるために。俗に言ってしまえば”推し”がまだ台頭してないから待つしかない。というか普段叫んでる「総統閣下に栄光あれ」だって今の第36代総統ではなくその次の第37代総統クリストファー・ヴァルゼライド閣下に対して言っているのだ、今の腐り切ったアドラー帝国なんてぶっちゃけ滅んでいいと思ってる。
ただし一つだけ問題なのが、私の生まれた家も”血統派”といういわゆる腐った貴族側に所属していることだろう。もっと簡潔に表現するなら悪役令嬢みたいな、そんな立ち位置である。これはちょっとマズい。
なにせ十年後にヴァルゼライド閣下が台頭する際に、この腐敗した貴族たちは揃って粛清されるのだ。旭の家系は比較的マシな方だがそれでも没落は免れないはず、さすがに一家揃って不幸になるのを指を咥えて待つわけにはいかないだろう。
じゃあどうするのか? そんなの答えは一つしかない。
「この世は総じてあればあるほど良いのだし、神様に選ばれてめでたしめでたしじゃ終わらない……えぇ、えぇ、私も実に同感よ」
才能も努力もお金も美貌も技能も家柄も何もかも、たくさん持っている方が当たり前に強いのだから。例えば黒に近い藍色の髪と鳶色の瞳は自分でも結構お気に入りだし、これだけで他者からの印象も良くなる。美人とはそれだけで得だとこの数年で痛感した。
結論、神様転生をしてすごい特典を貰えばはい終わり、とはいかないのだ。そこで思考停止をすれば最後見るも無残な末路が待っているのは明らかで。最後は何処にも行けなくなってしまったルーファス・ザンブレイブのようにはなりたくない。
「だからまずは勉強して勉強して、アドラー帝国の研究職とか文官に就任して……そこからどうにか、旭の家が粛清されないようにしつつ英雄万歳しよう」
これが私の基本方針。
努力をすればするだけ報われるのが保証されているだから、頑張らない理由が何処にもない。なら後は夢に向かって進むのみ、今ここにない理想を描くことだけは誰にだって可能なのだから。
「たとえどれだけの苦難が待ち受けていようとも──”勝つ”のは私よ」
ふふんと笑って気合を入れ直し、今日も勉強とばかりに手近にあった書物を開くのだった。
次回からが本番となります。