努力は正論に他ならず   作:生野の猫梅酒

2 / 3
”努力”の証明/願いの(くる)しさ

 ──最初の内は、笑えるくらいに順調だった。

 

 なにせスズカ・旭・アマツの授けられた特典とは『努力すればするだけ結果が実を結ぶ』というもの。つまりやればやるだけ自らの力となるのが確定している訳で。怠けて努力をしない理由自体が存在せず、むしろより良い自分を夢想して磨くのもまったく苦にはならなかった。

 勉強すればするだけ物を覚え、小難しい理屈だって簡単に吸収していく。最初は分からずとも真面目に教師の話を聞き、教科書を読み、問題を解けばいずれ内容を理解するに至っていくのだ。いわゆる挫折という二文字に直面せず、与えられた内容を時間経過でいずれ必ず覚えていく様は傍からみれば”努力の天才”の評価が相応しかったことだろう。

 

 礼儀作法を完璧に覚えた。社会を回す経済学を修めた。

 政治での駆け引きを見て学んだ。もっと基礎的に歴史や数学についても改めて学習し直した。

 研究職にも就けるように旧暦以前の科学技術を調べることも怠らず。令嬢ながら軍人としても身を立てられるように身体を鍛え、剣を振った。

 強欲にも幅広く手を出しておきながら実によく吸収し、私はどの分野(ジャンル)に対しても深く深く知識を体得していくことになる。

 

「ま、特典があるのだからそれも当然、むしろ驕らないようにしていかないとね」

 

 などと(うそぶ)いた私の顔は、きっとニヤついて仕方なかったはずだ。

 

 必死に努力したって報われないかもしれない──なんて不安から解き放たれた私は間違いなく人生を謳歌していた。他者が尻込みして挑戦しないような内容にも一直線で関わろうとし、同じ年頃の子供なら興味も持たないだろう分野にも積極的に学ぼうとする。転生者として外見より精神年齢が高いことも原因だったのだろう、私はほんの10歳かそこらで貴種(アマツ)の中でも特に優秀な人間として数えられるようになる。

 白状するが、このときの私に与えられた賞賛の数々はあまりにも気持ちが良かった。だって前世の私はどこまでも凡庸な人間で、屑ではなかったが輝くような人間もなかったから。ありきたりに生きて、ありきたりに学んで、ありきたりな人間として過ごしていた。それが悪いとは言わないが、何処にでもいる只人でしかなかったのも事実だ。端的に言って、つまらない。

 

 比較して現状はどうだ。賞賛の言葉は気持ち良いし、後ろめたさだって微塵もない。凡庸だった私が特別な存在へとなれることに興奮する心を止められなかった。

 確かに才覚自体は特典として貰ったものかもしれない。しかしこれを活かして自らの糧としているのは紛れもなく己の意志に他ならず。そもそも努力という行い自体、やる気がなければ絶対に動き出さない歯車である。急に与えられた天才性で何をせずとも楽々すごい人間に──ではなくむしろ泥臭い努力をしているからこそ今の私があると思えば恥じるところは一つもない。

 

「いわゆる転生チートとかとは違うんだから……私は私の意志でもって、向上しようと努めてるのは本当だもの」

 

 呟いた言葉に宿っていたのはある種の反抗心だ。前世でたくさん読み漁ってきたネット小説たちの中には、まさしく今の私のような状況を書いた作品も多くあった。それらは総じて”神様転生系”と呼ばれ、例外もあるが多くは『特に苦労もせずに超常の力を与えられた主人公が、異世界で最強かつ自由に振舞う』類の物語である。私はそれらの作品があまり好きではなかった。

 だってそうでしょう? なんの苦労も物語もなく、努力することなんて一度もないまま。ただ与えられた力だけで調子づいて活躍するだけの輩にどんな意味があるという。心が伴わないまま力だけあったところで末路など目に見えているし、強いことと戦える心を持つことは全く別なのだから。

 何より、ただ気持ちよくなるために力を振るったところで虚しくなるだけ。よって私は無双することになんて興味が無いし、むしろ克己心を忘れず自分を戒められる方が良いと感じた。この特典を貰った理由もそんなところだ。

 

「神様に選ばれてめでたしめでたし、なんかじゃまだまだ甘い。人生はそれからが本番なのだから」

 

 正しいことを正しい時に行って、ただの一度も間違えない。夢に向かって進むための努力を怠らず、たとえ障害に出会っても前を向いて毅然と乗り越えろ──なんてことは根が凡人(パンピー)な私にはとても無理だ。常に(くる)しい生き方を出来るのはどうしたって一握りの傑物(バケモノ)に限られるのだから。

 でも、出来ないからと諦めるのもまた違う。燦然と輝く光のような生き方は無理でも、暗い闇のように堕落すれば末路は明らか。ならば重要なのは可能な範囲で正しい生き方を貫くということであり……神様転生をしたのだからその甲斐を見せろという結論に終始する。

 

 繰り返しになるが、この時の私は間違いなく人生の絶頂期に居た。

 学べば学んだだけ脳と身体がスキルを習得し、また一つ自分を高めていく実感を抱ける。これはとても楽しいことで、()()()()()()()()()()()はまるで麻薬のように私に快感を与えて努力家へと導いた。

 誰に恥じることもなく自信をもって学び続けた。他の努力をしている人間とも、あるいは怠けてしまう人間とも、最初の一歩を踏み出す条件は何も変わらない。やる気だけは誰しも平等に生み出せるのだから、神様転生の特典がどうだの指摘されようが「で、だから?」という話で終わると信じていた。

 

 後はまあ、初志貫徹じゃないが「アドラー万歳! 総統閣下に栄光あれ!」とか叫んでいられればそれで良い。あわよくばいずれ台頭する鋼の英雄の傍で文官か武官として働ければ充分だと思っていた。

 そのために親の反対を押し通して幼年学校、そして士官学校へと入学もしている。軍事帝国だけありアドラーでは軍人として身を立てるのが一番出世に近い。となれば、英雄を間近で見れるし家の滅亡も回避できるため一石二鳥だ。

 

 どこまでも順風満帆だった。思い描く理想通りに生きていると思っていた。

 しかし……少しずつ、ほんの少しずつ。

 完璧だと夢見ていた今生の生き方に(ひび)が入り出す。

 

 ──切っ掛けは13歳の頃、些細なことだった。

 

「努力すれば成果を出せるなんて、旭さんは羨ましいよな」

 

 士官学校の廊下を歩いていたとき、ふと耳に入った言葉だ。

 別に相手からすればなんて事はないのだろう。ただ友人たちとの会話の流れで私の話が出ただけ。当時の私は同期でも抜きん出た秀才として有名だったから不思議じゃないし、聞こえた限り悪意も嫉妬もなかったのを覚えている。

 だからこれは純粋な賛辞であり、私は当たり前に喜んで良かったはずなのに。その発言をした人物が”努力しても中々成果に結びつかない人間”だったのが妙に心に残ったのだ。

 

 彼は別に怠惰を良しとする人間ではなかった。むしろ実直に学ぼうとする人間だし、性格的にもこれといった欠点はなく一般的な感性を持った、本当に平々凡々な貴族の子息でしかない。ただ一つの欠点として、要領が悪くすぐには物事を覚えられない、身に付けられないというだけで。

 そんな人間に羨ましいと素直に思われているのを知って……私は、少しだけ恥ずかしくなった。彼我の差は結局のところ特典の有無というただ一点、もしも特典がなければ私こそ彼のようになっていたかもしれない。この事実を忘れることなく、浮かれる自分自身を戒めようと改めて決意する。

 

 この時はまだその程度だった。与えられた力に驕らず己を高めようと意識して終わり。そこまで気に留めてはいなかった。

 けれど、ああ……撃ち込まれた楔はジワジワと私の心を侵食して止まらない。

 

「旭さんはすごいよ、まさに努力の人だ」

「兄さんと同じくらいすごい人だね、ボクも負けないようにしなきゃだ」

「同じ令嬢として憧れますわね。私もいっそう励まなければ」

 

 ゆっくりと、段々と、聞こえてくる賛辞から耳を塞ぎたくなり始める。

 同じ環境で学ぶ人間からの評価というのは存外に感じ取りやすく、また自身に影響を及ぼすようで……裏表のない賛辞の言葉に居心地が悪くなる。本当に私は彼らからの賞賛を受け取って良い人間なのかという疑問が、かま首をもたげるようになりだした。

 あの人たちは当たり前に報われる保証など無いというのに努力をしている。もちろん腐って何もしない手合いも一定数いるが、大部分は暗闇の荒野を進むが如く手さぐりで進んでいるのだ。なのに私だけはただ一人、ランタンを持つどころか太陽に照らされ先が見えている有様。”やる気”という始点は誰しも同条件などと、恥知らずに語って良いのか疑問に思いだす。

 

「いいえ……違う! 違う! 能力に見合った範囲でやれることを続けているだけのこと、何を負い目に感じる必要があるのよ私……!」

 

 だけどもまだ、私は頑なであり折れなかった。どうあれ重ねた足跡は事実だからと言い聞かせ、更に更に努力家としての自分へ没頭していくことになる。

 

 ──本当はもう、自らの卑しい本質を理解してたはずなのに。

 

 そして目を背け続けたままに走った末路は、順当に虚しいものでしかなかった。

 努力して新たな知識を身に付けることが次第に()()()()()なっていく。未知への触れ合いがただの作業に落ちぶれる。

 覚えて身に付けて昇華する。何度も何度も繰り返した三つの動作に傲慢にも飽きを覚え、『時間さえあれば必ず定着するから』と効率重視で終わっていく。学んだ後の感動も何もなく機械的に学習(ラーニング)する様はロボットと少しも遜色ないだろう。

 

 とある冥狼が「最強になれば最後、戦いなど作業にしかならない」と述べたように……『報われる保証のある努力』もまた最終的には機械的なものへと終着した。やれば出来るという理屈だけを掲げ、達成感も高揚感もないまま虚しい勝利(どりょく)を積み重ねていく。気付いた時には心だけがすっかり取り残されてしまっていた。

 なのにこの頭は、身体は、心と正反対に幾らでも知識を吸収していくのだ。少しも、欠片も、成長している実感なんて持てないというのに!

 

「傲慢だとは分かってる。なのにどうして、恵まれているはずなのに、こんなにも……」

 

 ……色褪せて面白くなくなってしまうのだろう。

 気付いてしまえばもう駄目だ。これまでと同じ言葉を吐くなんてとてもじゃないが出来やしない。

 

 自分の意志で向上しようとしている? ああ確かにその通りだとも、ただし感情はそこに伴わない。

 見合った範囲でやれることを続けているだけ? それも当然、予定調和の努力はあらゆるすべてを”見合った範囲”に収めてしまう。

 褒められたって苦しくなるのは自明の理だった。どう取り繕おうと私はズルい人間で、神様の特典(チート)があるから頑張れただけの人間にすぎない。なのに最後はこの通り、いっそ開き直ることも出来ず”結果(かてい)”すら下らないものと感じ出して憚らない。

 

 でも、それなら……報われないかもしれない努力こそ正しいのだろうか?

 艱難辛苦の道を歩んだ果てに報酬を掴み取った者は確かに眩く尊いものだ。ただ寝ているだけで同じ報酬を手に入れた人間と比べ、前者の方が勝るというのは万人が頷く理屈である。

 だけど常人にそんな難題は出来やしない。だから手の届く範囲で頑張ろうとするし、夢を追い求めて果てのない努力を継続するなんて不可能なのだ。むしろ時には挫折し、時には実を結ばず、徒労に終わることだって多いはず。

 

 苦労が水の泡に終わることはもちろん怖い。誰だって頑張ったならそれに見合った成果が欲しいと願うはずなのに、現実に叶った私がこんなにも痛くて苦しいのはどうしてだろう。

 なら努力は()()()()()()()()と定められた方がいいのか? いやいや、そんな狂った理屈が在ってたまるか。そうなれば失敗を恐れて誰も頑張ろうとしなくなる。でも必ず報われるなら今度は作業になって達成感も何もかもが消え失せてしまう訳で……堂々巡りだ。呆れるほどに答えなんて出やしない。

 

「生きているだけで辛くて痛くて苦しくて……頑張ればその分の成果が欲しいと思うのはこんなにも罪深いことなの?」

 

 告解するように自問自答は積み重なる。

 確かに私はズルかった。でも人間なら誰しもこの問題に直面するのも事実で、だけどそう考えること自体が責任転嫁のようにも感じられるから──もう前に進むことしか、出来なくなっていた。

 せめて”努力を続ける意思”だけは保ちたいからと、達成感も満足感も無いまま機械的に学習し身に付ける日々。そこに名誉も自己満足も一切なく、出来てしまうから成し遂げ続けるという無情な現実ばかりが広がっていた。

 

 なのに皮肉にも、今の私は傍から見れば誰より勤勉で真面目な人間に映るらしい。聞こえてくる言葉はどれも嬉しくなるから苦しくて、でも嫉妬や悪意に塗れた言葉は当たり前に聞きたくなくて。じゃあ無関心がベストかと言えばそれはもちろん寂しいから、どう足掻いても嫌な側面ばかりが突き付けられる羽目になる。

 

 だからこれは、当然の末路だった。

 唯一残った自発的な意志を証明するために努力を続け、それによって傷つき続ける自縄自縛の無間地獄。救いなんて何処にもない。

 ああまったく……神様の授けた神託は嫌になるくらい正鵠を射ていた。

 

『ならば最後に神様らしく神託を授けよう、朝日涼香(アサヒスズカ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その道を阻む者は未来永劫、訪れない』

 

 まるで神祖のように悪辣で正しくて真っ当な言葉は、どこまでも今の私を予言しきったものだった。

 事実、偉大な努力家へとなれたのだろう。なってしまったのだろう。

 もはやスズカ・旭・アマツ(わたし)自身でさえ、私の道を阻むことは能わない。自らを繋ぎ止めながら壊していく、矛盾に満ちた存在に他ならないから。

 

「私は……どうすれば良かったんだろう」

 

 どうして、私は神様転生をすることになってしまったのか。

 どうして、私は努力の価値を手ずから貶めてしまったのか。

 成功したらこんなに惨めになるのなら、大人しく死んだ方が正解だったのか?

 答えなんて分からない。折り合いなんて付けられるはずもない。

 

 苦悶は尽きず、足は止められない。そうしてる間にも年月だけは悲しいくらい平等に過ぎ去っていく。

 そして来る新西暦1022年──15歳の時に星辰奏者(エスペラント)への強化措置が世に発表された。軍事帝国アドラーの主力兵器として一躍注目を浴びたその技術は、人造の超能力者を生み出す破格のもの。もちろん私も適性検査を受け、無事に強化措置を受ける素養があることが判明した。

 

 つまり──最後の神様の特典(ぜつぼう)が大口を開けて待ち構えているのだ。




正しいことをするのは辛いけど、間違ったことは当たり前に間違ってる。
その軋轢に煩悶とするのがシルヴァリオという作品たちなのです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。