私が神様から貰ってしまった特典は愚かにも
一つは『努力すれば努力しただけ報われる特典』、これについてはもはや語る気力もない。努力の価値を最悪に貶めた特典は我ながら吐き気がするが、今更返品するなど不可能である。
そして二つ目が……『
かつての私なら諸手を挙げて喜んだことだろう。誰だって一度は特殊な力、不思議な能力に憧れるもの。ましてやそれが好きな作品の能力であるなら猶更だ。私のようなサブカルにドップリの人間ならば多かれ少なかれ共感出来てしまうはず。
でも、その喜びは既に欠片も残ってない。あるのはただ『どうせこれも神様転生に頼ったズル』という想いだけ。生まれる前から定められた特典たちは滞りなく私へと牙を剥き、逃げ場なんて何処にもない。
「おめでとう、スズカ・旭・アマツ。君は紛れもなく一流の
「……ありがとう、ございます」
強化措置を終えてすぐに技術士官に祝福され、私はただ力ない感謝を述べるだけだった。
やはりというか、私の身体は
……血筋によって優れた素養を発現することは、確かにある。ましてアマツの家系は強力無比な能力に目覚めやすいのを私は知っている。だからこれは単なる偶然で、神様の特典とは関係ない──などと言い張ることはもう出来なかった。
特典通りに目覚めた優秀な
根が小物な人間はどう足掻いても小物だから変われない。過ぎた賞賛は苦しいだけなのに心地良くもあるから手放せず、まして努力すら諦めてしまえば私はもう何者にもなれない。意地はあるから怠惰な屑にもなり切れず、それがいっそう自分を追い詰める。
「夢が叶っておめでとう、理想の自分になれた感想はいかがかな? ……なんてあの神様は笑ってるのかな」
光の勇者にも闇の只人にもなりきれない。
せめて驕らず立派になりたいと願い、少しだけ欲張った果てがこれなら笑ってしまう惨状だ。悲しいくらい理想は現実に追いつかない。もちろん自殺なんて終わりは怖くて出来ないから、このまま直進するしかなかった。たとえ分かり切った破滅がその先に待っていようとも。
だから心だけが腐ったままにさらに二年が経過し……気が付けば私はエリート軍人の一人として数えられることになる。周囲が言うには家柄、能力、宿した星光に向上心のある性格、それらすべてが並外れている傑物だそうだ。まったく、笑えない冗談にも程があった。
でも、それらをすべて否定して捨て去る勇気も当然ないから──
「スズカ・旭・アマツ大尉、貴官には血統派の一員として相応しき活躍を期待する。その身体に流れる
「……拝命致しました」
よって大した起伏もないままとんとん拍子に出世していく。
血統派、つまり帝国内の腐った派閥に所属する
もちろんこれは分不相応にすぎる配属だ。つまり腐敗した人間たちにそれだけ期待されているのと同時、改革派を疎ましく思っているのだろう。目をかけてやるから積極的に
ただ、私自身は今の血統派に興味なんて欠片もない。何なら原作ファンとしてクリストファー・ヴァルゼライド閣下以外を総統閣下と仰ぐつもりも毛頭なく、近衛部隊に配属されたからとやる気が出てくる訳もなかった。むしろ現政権を打倒しようとする改革派寄りなのは間違いなく、そちらの方に就きたいと願っているくらいだ。
ならどうするか、そんなの決まっている。借り物の力ばかりな私が、初めて自分の力で道を切り拓くとすれば今この時を置いて他になかった。
「改革派の人たちに接触する、それ以外に道はない……!」
特に一般階級出身の若い軍人を中心に、ヴァルゼライド大佐を擁する改革派は急速な拡大を見せている。そこに上手く紛れ込みつつ接触して面従腹背を出来ればと、希望的に考えていた。今度こそ自分だけの力で渡りをつけて望みを果たすのだと意気込み張り切っていた。
──だからここで、再び
「やあ、貴官がスズカ・旭・アマツ大尉かね? お初にお目にかかる。早速だが、貴官が
「え……どうして……」
──何の物語もない人間に都合よく変われる運命なんか訪れない。
まるで私が動き出すのを見計らったように接触してきたのは、改革派に所属する極めて有能な男であった。
私は
そんな人物が私にわざわざ接触してきた。つまりそれは、言わずともこちらの意志を見通した上でやって来たわけで……この時確かに、内心で
「──という訳で、貴官は非常に優秀な人間として血統派に重用され始めながら、我々と志を同じくする人間だと思ったのがどうだろうか? 共にこの国を変えてはみないかね?」
「止めてください……私は、そんな凄い人間じゃない……」
駄目だ駄目だ、耐えきれない。これまでの葛藤ですら慈悲であったといよいよ痛感し始める。
どれもこれも与えられたもので飾っただけ、褒められるような要素なんて私の中に一つもない。だというのに光の
羨ましい。惨めになる。あなたは凄い。私は塵だ。
羨望と絶望が交互に入り乱れる。かつて夢中になった”人間”からの好意がこんなにも苦しいだなんて知らなかった。知りたくもなかった。原作キャラと知り合うことが出来れば嬉しいだとか、そんなささやかな願いすら木端微塵に砕け散っていく。
「ふむ、これは……見込み違いだった、という訳でもないのだろうが」
「いえ、その……申し訳ありません。思いがけないお言葉に少々、取り乱して、しまいました。そのお話、是非とも受けさせてください」
その場から勢いで逃げ出さなかったのは最後の意地が成せる奇跡だった。
一握の矜持を必死にかき集めてその場を乗り切り、私は思惑通りに改革派側の一員となることに成功する。無事に当初の目的を果たせたのだが、それが喜ばしい成り行きであったかは語るまでもないだろう。
こうして改革派にとっての二重スパイの一人になったのだが、ここでもやはり『勤勉な努力家』という虚構のフィルターが上手く働き、血統派にて私が疑われることは一度も無かった。それを呪わしいと感じながらも一方で都合が良いと感じる自分もいて、更には立ち回りをちゃっかり覚えていくとなれば恥知らずにも程がある。
「結局私はどこまで行っても中途半端……開き直ることも捨て去ることも出来ないまま。境界線すら分からないじゃない」
相変わらず達成感も何も感じないまま、機械的に学習だけして行動する。
運命は覆らない。物語は何も変わらない。きっとこのまま恵まれているはずなのに悩み続けて、そんな自分に嫌気が差して、だけども満足してはまた自己嫌悪して、飽きずに繰り返す毎日が続いていくのだろう。
根拠もなく、けれど半ば確信じみて思っていた。
「貴官と会うのはこれが初めてだな」
「あなたは──」
──燦然と輝く
「こちらの要請に応えてくれたこと、まずは感謝しよう。おかげで血統派の動きがいっそう見通し易くなった」
急に改革派の人間に呼び出されたと思えば、そこに讃えるべき英雄が居たのだ。あまりの出来事に今度こそ言葉を失い立ち尽くしてしまう。そして同時に理解した、眼光を見れば理解する。どこまでも本気で眩く雄々しくて、私が積み上げてきた努力さえ鼻で笑ってしまうような密度の努力を重ねてきた存在であるのだと。
だというのに改革派を率いる英雄は、気負いなく真摯にこちらへ向けて頭を下げた。本当に心の底から、私の協力に対して彼は感謝しているのが伝わってくる。あまりにも
それからは私に求められる役割や、
などと考えてしまっている内に、話は既に終わっていた。強張らせていた肩からそっと力を抜く。
「このアドラーに光を齎すため、貴官の活躍には今後も期待している。他に何か訊ねておくことはあるか?」
「……許されるなら、一つだけ」
大きく深呼吸して逸る呼吸を整える。
誰よりもまっすぐ努力を重ねていける光の奴隷にこそ、聞いてみたいことがあったから。
今度こそ私は勇気を振り絞って眼前の勇者と相対する。
「仮に努力が必ず報われてしまうとしたら……そのせいで努力の価値が分からなくなってしまうとしたら。ヴァルゼライド大佐はどう思われますか?」
「……その仮定がどこから出たかはともかく、報われることそれ自体は素晴らしいだろう。人間ならば誰もが夢見る理想に他ならず、否定など出来ないとも」
さらに言葉は続けられる。
「自分ではなく”
「誰かの、ために……」
「面白味のない回答で済まないが、つまりは心の持ちようだ。自分以外の誰かのために研ぎ澄ました力を使えばいい」
まるで雷霆に撃たれたように正論が心の中に響いていく。
そうだ、私はこれまでの行いすべてが自分の為でしかなかった。立派な人間になりたい、怠惰にはなりたくない、だから頑張って努力して、アドラー万歳が出来れば良いと──動機の全てが自分へと矢印の向いたものだった。
どうしてこんな基本的なことを忘れてしまったのだろう。自分がいつだって栄光あれと叫んでいた人間は、まさしく”誰か”のために戦う人間だったというのに。神様転生をしてめでたしめでたし、後は誰に恥じない立派な人間になれれば良いと、結局はそんなことばかりじゃないか。
あまりにも幼稚だった自分への羞恥と憤りが一挙に訪れ、吹き抜けていく。
ざわめいた心の最後に残ったのは、今度こそ本当の意味で誇れる自分になりたいという一念だった。
「俺は破壊しか出来ない人間だが、それでも誰かが流した涙を明日の笑顔に変えることは出来ると信じている。貴官にもそのような誇りがあるのなら、悩む必要など欠片にもないだろう」
「もし、たった今からそのような誇りを抱きたいと願うのならば……大佐は私を軽蔑しますか?」
その言葉に英雄は首を横に振り、
「いいや、する訳がないだろう。少々遅いとは感じてしまうが、恥じること無き立派な一歩だ。貴官が改めてアドラー帝国のために尽力するというなら俺はその門出を寿ごう。
だから、それでもう駄目だった。
こんな情けない私でも変われることが出来ると肯定されたから。
まだ何も始まってすらいないというのに、もう泣きそうになる心を必死に堪えながら頭を下げた。
「ありがとうございます。その言葉に、私は救われました……!」
てらいなく、真実それがスズカ・旭・アマツにとっての救いだった。
何が変わった訳でもない。ただ誰かのためにという生き方を教えられ、初歩的なことに目を向けられるようになっただけ。神様転生の特典はこれからも変わらず残り続けるし、自分がズルくて情けない人間であるという自認も消えることはないだろう。
だとしても、自分だけでなく誰かのために頑張ることで、こんな私が少しでも役に立つことが出来るのならば──
努力は
「アドラー万歳! 今後とも、あなたの栄光を願い尽力させていただきます……!」
ほんの少しは自分を認めて頑張れるのではないかと、確かに思えたのだ。
真面目だけど凡庸で、やや視野狭窄になってしまった主人公が最後にちょっとだけ救いを得たお話でした。せめて立派になりたいと願うあまり足元の大事なことを忘れてしまう、そんなイメージです。
星辰光とかは特に考えていません。たぶん万能型っぽい何かでしょう。